機動駐在コジロウ




対岸のカーニバル



 最低最悪の気分だった。
 思い付く限りの罵詈雑言を胸中で燻らせながら、つばめは粘液がこびり付いて重たい睫毛を強引に開き、状況を 確認した。息を吸えば湿っぽく生臭い臭気が吐き気を催させ、鼻と唇に貼り付いている汚れを拭い取ろうにも両手 が動かせず、体を少し捩るのが精一杯だった。綺麗にアイロン掛けしておいたジャンパースカートの制服は粘液が 滴るほど濡れ、素肌ごと左袖を切り裂かれたブラウスも同様だった。
 生きていることが忌々しくなるほど、劣悪な状態だった。良い感じに結べたツインテールも片方がずり落ち、大量 のジェルを塗ったかのような髪は束になって肌にこびり付いている。今の今まで息が詰まっていたからだろう、目を 開いても視界はぼやけている。何度か瞬きし、深呼吸すると、ようやく外の景色が見えてきた。
 弓形に反ったコンクリートの分厚い壁と、藍色の淀んだ水面が見えてきた。見覚えがあるかもしれない、とつばめ は再度深呼吸してから目を開けた。幅広で左右の壁が高い橋の先には、赤い屋根のレストハウスがあり、年代物 の売店が隣り合っている。やたらとだだっ広い駐車場には、フジワラ製薬の名が入ったタンクローリーが一台、更に いかにも高級そうな黒のベンツ。どうやら、奥只見ダムに連れてこられたらしい。口の中に溜まっていた粘液を唾液 ごと水面に吐き捨ててから、つばめは呟いた。

「あれから、何がどうなったんだっけ……?」

 寺坂の運転するオープンカーに可燃ゴミを乗せ、別の集落のゴミ集積所までゴミ捨てに行ったのだ。だが、ゴミを 捨てようとした頃合いにヘビ男こと羽部鏡一が運転するタンクローリーが突っ込んできた。すかさずコジロウが応戦 したが、別行動を取っていた怪人体の藤原伊織による奇襲攻撃を受け、コジロウは左腕を破損してしまった。それ ばかりか、つばめは田んぼの水と泥と一体化していた粘液によって奪取され、今の今までタンクの中に詰め込まれて いた。恐らく、窒息した拍子に気絶したのだろう。

「覚醒するまでに一時間弱か。自己再生能力は普通なんだねぇ、管理者権限の持ち主ってやつも」

 突如、つばめの目の前にヘビ男が現れた。つばめは心底驚き、目を剥く。

「ひっ!?」

「アソウギに対する耐性は抜群。遺伝子の型は怪人の染色体の欠落部分にぴったりと填るけど、だからって親和性 が高いってわけじゃない。うん、その辺もこの僕の立てた完璧な仮説に一致する。でもって、口腔摂取したアソウギに よる自己改造現象は発生せず、L型アミノ酸の状態を維持している。ああ、なるほどねぇ。本人にその意志がない からだねぇ。そりゃそうだ、管理者権限の持ち主が自分を改造出来ちゃったら、管理する意味がないものねぇ」

 ヘビ男は先割れの舌をちろちろと前後させながら、つばめの全身を睨め回してくる。その視線と、体の前面を這い 回るウロコの冷たさに怖気立ちながら、つばめは歯を食い縛って震えを堪えた。

「……うっ」

「でも、本人にその意志が発生したのであれば、話は別だね。うふふ」

 羽部は瞬膜を開閉させて瞬きしながら、つばめの目の前に鎌首をもたげる。間近で見る羽部が気色悪く、濡れて 体に貼り付いた制服から直に染み込んでくる爬虫類特有の冷たさが恐ろしく、呼吸さえも疎かになってくる。泣くまい と懸命に気を張っていたが、羽部の尻尾の先が太股にまとわりついたスカートの内側から内股に滑り込んできた。 猛烈な恥ずかしさと情けなさと、それらを上回る絶望感に、つばめは嗚咽を漏らしかける。

「その辺にしておいてやりたまえ、羽部君」

 中年男性の声が掛かった途端、羽部の先細りの尻尾がスカートから引き抜かれた。

「社長命令なら仕方ないねぇ。まあでも、この僕が有効活用してあげるんだから、せいぜい感謝することだね」

 羽部は物足りなさそうだったが、しゅるしゅると這いずってつばめから離れていった。コンクリートの壁に癒着して つばめの両手足を拘束している粘液の上を移動していったが、一滴も貼り付いていなかった。巨大なヘビがとぐろを 巻き、牙の間に舌を収めると、一礼した。その相手は、特撮番組の悪役じみた服装に身を固めた男だった。
 モチーフが今一つ解りづらいツノが生えたヘルメットに鼻から上を覆う仰々しいマスク、引き摺るほど長い漆黒の マントの裏地は血のような赤で、両肩には用途不明な棘が生えたアーマーが付き、胴体を守る防具には合成樹脂 製であろう光沢のジェムが填っている。両手には動かしづらそうなガードが付いたグローブを填め、両足はつま先が 尖ったブーツで、いずれも黒のエナメルだった。悪趣味だという他はない格好だが、羽部の口振りを信じるならば、 これがフジワラ製薬の社長だというのか。

「あんたが、フジワラ製薬の社長なの?」

 恨み辛みを込め、つばめが睨み付けるが、男は動じない。それどころか、笑い出した。

「いかにも。この私こそがフジワラ製薬の社長であり、世界征服を目論む悪の組織の大総統なのだ!」

「私を攫ったからって勝った気にならないでよね、すぐにコジロウが来るんだからね! そしたら、あんた達みたいな 連中なんてすぐに倒してもらうんだから!」

 つばめは声を張り上げるも、フジワラ製薬の社長は両腕を広げてマントを翻す。

「ふははははははは! それがどうした、我が息子の力を持って返り討ちにしてくれるわ!」

「息子、ってことは、つまり」

 つばめは首を捻って目を動かし、黒い影を捉えた。ダム壁に面した欄干に座り込んでいる人型軍隊アリ、伊織は 面倒臭そうに顔を背けて触角も逸らした。フジワラ製薬の社長は、空を仰ぐように上体を反らす。

「そうだ! 我が息子こそ最高傑作の怪人であり、我らが待望を遂げるためには欠かせぬ戦力なのだ! どうだ、 凄いだろう、凄いと言ってくれ、凄いと言ってくれないと困るじゃないか!」

 そんなことを言われても困っているのはこっちだ。つばめは足元を見、身震いした。アソウギと思しき粘液によって つばめが貼り付けられているのは、ダム湖側の欄干の外側、つまり湖面の真上だ。目測でも十数メートルは高さが あり、水面に叩き付けられたら無傷では済まない。水面との激突で致命傷を負わなくとも、その衝撃で気を失ったり してしまえば溺死する。管理者権限でアソウギを制御して両手足を脱したとしても、その後が上手くいかなければ、 一巻の終わりだ。コジロウが助けに来たとしても、つばめが死んでしまっては元も子もない。
 フジワラ製薬の社長はつばめの傍に寄ってくると、羽部を手招きした。羽部は心底面倒臭そうではあったが、欄干 と橋の間に長い体を渡した。フジワラ製薬の社長は部下の背中をおっかなびっくり歩き、無事、欄干に辿り着いた。 が、途端に欄干に這い蹲ってしがみついた。服装が全体的に黒いせいもあり、さながらゴキブリのようである。

「なんだこの高さ! 凄く怖いじゃないか! 足でも滑らせて落ちたら死んでしまうぞ! よくあるシチュエーションを 身を持って体感してみよう、ってことでこのロケーションを選んだが、失敗したなぁ、うん!」

 フジワラ製薬の社長は悪の大総統らしからぬ情けなさで喚き、息子に振り返る。

「おい伊織、じゃなかった、アントルジャー! お前も早く橋の方に下りなさい、でないと落ちて死んじゃうぞ!」

「ウゼェ」

 だが、伊織は醜態を曝している父親には取り合わず、そっぽを向いた。その気持ちはつばめにも解らなくもない。 フジワラ製薬の社長は息を荒げて必死に這いずってくるが、つばめの背後に近付く前に動けなくなった。落ちるのが 余程怖いのか、装飾だらけで実用性が薄そうなグローブでコンクリートを握り締め、肩装甲を怒らせている。

「ふ、ふはははははははっ、我が名は……えーと、なんだっけ。役員会議で考えた、結構格好が付いてそれなりに 意味もあるけど解りやすさ重視のコードネームがあったはずなんだが、羽部君!」

「知りませんよぉ、そんなもん。この僕を下劣で低学歴な秘書なんかと同列に扱わないでもらえますぅ?」

 早々に橋に戻った羽部は再びとぐろを巻き、自身の胴体の上に顎を横たえた。

「そっそうか……。秘書の三木君は滞りなく業務を行うために本社に留まってもらっているからな、それに今は大事な 商談の真っ最中の時間だ、下手に電話なんか掛けたら叱られるぞ、そりゃもう辛辣な語彙で!」

 では仕方ない、とフジワラ製薬の社長は腹を括り、ぎこちなく上体だけ起こして挙手した。

「私の名は藤原忠、フジワラ製薬の社長にして伊織の父親、でもって世界征服を企む悪の大総統だ!」

「最後のは二度目なんだけど」

 正直、まともに相手をしたくない輩だ。つばめが冷淡に返すと、藤原はダム湖の水面を指差す。

「というわけであるからして、誰も君を助けに来ない場合はアソウギを下流に流し、そこに住まう全ての人間にアソウギ を癒着させて怪人化させてくれる! それを防ぐ手立てはただ一ぉつ! 君が我らに従うか、満身創痍の正義の 味方、機動駐在コジロウが哀れなヒロインを助けると同時にアソウギを撤去して機能停止させるかだ!」

「機動駐在、って……何それダサい」

 古臭いロボットアニメのタイトルみたいだ。つばめは思い切り貶したが、藤原はなぜか勝ち誇る。

「どうだ、なかなかいいネーミングセンスだろう! 候補は色々あったんだが、語呂が一番良いのがこれなのだ!」

「ふーん」

「なんだ、その貧乏な家庭のカルピスのように薄いリアクションは! 本気で考えた私が馬鹿みたいじゃないか!」

「いや馬鹿だろ、ガチで」

 つばめの気のない反応に不満を示した藤原の言葉に、伊織が刺々しく言い捨てた。あうっ、と藤原は仰け反るも、 すぐにまた欄干にしがみついた。一度深呼吸して気を取り直してから、藤原はつばめを指す。

「ふはははははははっ、そう言っていられるのも今のうちだ! と、私が言えるのも今のうちかもしれんけど!」

 ああ怖い怖い怖い、と呪文のように早口で喋りながら、藤原は欄干から橋に戻って両足で立った。衣装に付いた 砂埃を払い、マントの裾を整え、ずれかけたヘルメットも直してから、意味もなく胸を張った。

「というわけであるからして、と言うのは二度目だけど気に入っているから何度だって言ってやるぞ! というわけで あるからして、哀れなヒロインにして億万長者の孫娘にして莫大すぎる財産と訳の解らない遺産をこれでもかと相続 した少女、佐々木つばめよ! この私の凄く楽しい趣味に付き合ってもらうからな!」

「趣味?」

「うむ、そうだ。これは趣味なのだ。知っての通りってほどでもないが、我がフジワラ製薬は吉岡グループの足元にも 及ばないが、薬品と食品とその他諸々の商品を展開している。私は社長としては二代目であってアソウギの能力も 創業者である私の父親ほどは生かせてはおらんのだ。私の父親は、アソウギと出会い、製薬会社を立ち上げる前は 医者として腕を振るっていたのだが、その経験を生かしてアソウギを駆使し、現代医学では治療不可能とされる 難病を治療、或いは緩和させてきたのだ。もっとも、その当時は使用者権限を持つ者に頼っていたために、管理者 権限を利用したわけではないから、病因を取り除いて生体改造することまでは出来ず、患者の痛みを取り除くだけ で精一杯だったそうだがね。そして、父親はアソウギを有効活用すべく、過去の臨床試験データを元にして開発した 薬剤を販売する製薬会社を立ち上げた。それが我がフジワラ製薬である。で、父親が病死したために私は父親から 会社とアソウギを引き継いだのだが、まー、そのどっちも生かせるほどの才能がなくってなー」

 藤原はなぜか照れ臭そうに、ヘルメットを押さえる。

「周囲に流されるままに結婚したんだが、我が妻の真子は不妊症だった。ぶっちゃけた話、会社の跡継ぎはどうに でもなるんだが、私の母親、つまり真子の姑が子供を産めとやかましかった。そのせいで真子は追い詰められて、 一度は家出をしてしまったほどだった。そこで私は思い付いた、アソウギを使えばいいと!」

 聞いてもいない話をべらべらと喋りながら、藤原は両腕を突き上げる。

「そして私は、私の遺伝子情報を与えたアソウギに真子を与えた! すると、アソウギは真子に生殖能力と同時に 胎児を授け、十ヶ月後には我が息子、伊織が生まれ落ちた! だがしかし、それで万事解決とは行かなかった!  管理者権限はおろか使用者権限を持つ者にすらも操られていなかった無調整のアソウギによって、我が息子、 伊織がこの世に生まれ落ちたのだ! だが、伊織は人間とそうでないものの中間である伊織は極めて不安定で あり、形すらも覚束無かった! よって、薬剤試験を繰り返したために凄まじい免疫と薬剤への耐性を備え持った 軍隊アリを混ぜてやったところ、伊織は世にも素晴らしい軍隊アリ怪人となったのだ! だが、怪人と化して蘇った 伊織は残虐極まりなく、真子を殺し、その場で喰ったのだ! どうだ凄いだろう、凄いと言ってくれ!」

 おぞましい話を楽しげに語りながら、藤原は広い空を仰ぐ。

「それから私は高額報酬の臨床実験を餌にして被験者を募り、その半分は怪人化への人体実験に用い、残り半分は 伊織の食事にしてやったのだ! それはなぜか、そうでもしなければ伊織は飢え死にするからだ! アソウギを 多量に含んだ真子を食した際に、アソウギの能力の相乗効果によってL型アミノ酸は一切受け付けぬ体に変貌して しまったのだ! だがそれは、人間が人間を超越し、進化した姿であると私は気付いたのだ!」

 藤原は一呼吸置いてから、まだ話を続ける。

「だがしかし、伊織の進化は極端だ! 生殖能力も損なわれていることからして、突然変異体の一体に過ぎない!  変身能力と身体能力と再生能力を得た反面、死んだ人間を喰らい続けなければ生きられないというのは現代社会 ではまず受け入れられない! だが、捕食するための屠殺は許されているはずだ! いや、許されぬはずがない、 なぜなら人間は他種族を殺しに殺して喰らいに喰らっているからだ! 我が息子が許されないわけがない、むしろ 許してくれぬ社会が悪い! と、いうことで、私はアソウギによる怪人の増産に増産を重ねていった! しかし、怪人 を増産したところで管理維持費が半端なく掛かることに気付き、七年前には怪人増産計画を凍結した! だが私は、 怪人達を付き従えて世界の主のように振る舞う楽しさを忘れられなかった! で、話は最初に戻る!」

 ふう、と一際大きく息を吐いてから、藤原は再度胸を張り直す。

「実益の出ない業務は業務に非ず、伊織の体の根本的な生体改造も出来ないのであれば治療に非ず、かといって 本気で世界征服が出来るとは思ってはおらず、しかし怪人化されたいという人間も後を絶たなかったのだ。よって私は 腹を括り、開き直り、決めたのだ。この悪の組織の大総統ごっこを趣味にしてしまおうと」

 デタラメな出来事の果てにデタラメな結論を出した男は、仰々しい仮面の下で笑った。

「んで、この僕みたいな優れてはいるけどろくでもない性格の化学者は社長に引っこ抜かれて、超本格ごっこ遊びに 付き合わされているってわけ。アソウギはどこの誰が作ったのかも解らない無限バイオプラントだから、たかが人類が そんなものを有効活用出来る方がおかしいんだよね。ま、無駄にしていないだけ、マシだと思ってくれないとね。 怪人増産計画が頓挫した後に生体改造した連中だって、少なくとも無下にはしていないんだし?」

 羽部は藤原の傍らに付くと、一対の牙が生えた口を開いてみせる。

「この戦いの勝者とて、最初から決まっているではないか。吉岡グループだ。私達のような一企業が楯突いたところで、 吉岡グループには痛くも痒くもない。アソウギにしても、あの麗しい御嬢様に奪われるに決まっているのだ。私は どれほど見栄えを良くしてみたところで、中身の追い付かない男だとも当の昔に自覚している。頭のおかしいことを ほざいて馬鹿げた行動を取っていても、それだけだ。だが、だからこそ、私は全力で趣味に没頭する! そのために 我が息子とアソウギと怪人達を合体させて巨大化させ、破壊の限りを尽くさせた末に下流の水質汚染をしてやる のだ! うあっははははははははぁっ、がはぁっ!」

 藤原は意気揚々と高笑いするが、笑いすぎて盛大に噎せ返った。羽部はにやけている。伊織の表情は読めない。 つばめの手足を戒め続けているアソウギと、そのアソウギに溶けている怪人達の意志は感じられなかった。価値観 も倫理観も社会通念も根底からねじ曲がっている演説であり、光景だというのに、誰もが異常性を認知してないか のようだった。つばめは、重たい粘液に埋もれた背筋が冷え込んでいった。
 何もかもが対岸の火事。伊織が何人もの人間を殺して喰おうが、アソウギが何人もの人間の人生を歪めようが、 妻が不妊で苦しんでいようが、その妻を妊娠させるために訳の解らない粘液に頼り、産まれ落ちた我が子が人間を 喰らう如き化け物であろうが、挙げ句の果てに妻が喰い殺されてしまおうが、藤原の心を揺さぶりはしないのだろう。 どいつもこいつも、まともな人間の感覚を持ち合わせていない。
 けれど、腹の底から怒りが湧いてこないのは、つばめが社会正義に燃えるほど素直ではないからだろう。藤原 の言うことを全面的に支持することは有り得ないが、端々は理解出来なくもない。自分にとって極めて都合の良い考え に浸ることは、現実逃避への最短距離だからだ。しかし、怒りが湧かないからと言って許しているわけでもなければ 認めているわけでもない。つばめは粘液の中で拳を固めると、唇を真一文字に結んだ。

「おい、クソメスガキ」

 外骨格を擦り合わせながら、伊織が立ち上がる。上両足の爪を扇状に広げ、波打たせる。

「クソ親父と俺の目的が一緒だと思うなよ? あ?」

 下両足でコンクリートを踏み切った伊織は、つばめの背後に降ってきた。粘液に爪を立てて体を安定させながら、 高さも水面もものともせずにつばめの前に近付くと、五本の爪先を揃えてつばめの喉元に突き付ける。

「俺はクソ親父が何を考えていようが、何を企んでいようが、マジでどうでもいい。つか、ガチで関係ねぇし。人殺しが 出来るっつーから来てやっただけで、それ以外の目的なんてねぇし。てめぇを掴まえたのだって、てめぇの血と肉が あればちったぁ体の動きが良くなるからだし。つか、てめぇにそれ以外に価値なんてねぇし?」

「だったら、なんで付き合ってあげてんの? お父さんのこと、そんなに好きなの?」

 伊織の全身に漲る殺意に臆しそうになりながらも、つばめは言い返す。

「馬鹿じゃね? 俺がクソ親父のことが好きなわけねーし? つか、クソ親父に価値なんてクソもねぇし?」

 あぎとを広げた伊織は、つばめの首を噛み切れる位置まで顔を突き出し、触角を上げる。

「俺がやりてぇことは最初から最後まで一つだけだ。飽きるまで喰う、腹一杯喰う、殺した分だけ喰う。そのためには 俺が誰よりも強くならなきゃならねぇ。クソお嬢やら他の企業やら政府が俺の邪魔をしてくるはずだからな。半端な 強さじゃ、腹一杯になる前に俺のドタマが吹っ飛ばされちまうんだよ。てめぇの血はクソお嬢の何十倍も力をくれる、 それを腹一杯喰ったらどうなるか、考えただけでイッちまいそうだ」

 ひゃひゃひゃひゃひゃっ、と黒い餓鬼は哄笑する。あぎとを全開にして胸郭を震わせると、爪を振り下ろし、つばめの 制服を紙切れのように引き裂いた。千切れたブラウスの間からスポーツブラに包まれた薄い乳房が零れ、粘液と 汗に潤った薄い肌を、切れ味の衰えない爪先がなぞる。ちくりとした浅い痛みが滑っていくと、一筋、赤が走る。
 それを、飢えた虫が舐め取った。





 


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