機動駐在コジロウ




論よりシャウト



 土曜日の早朝。鋼鉄製の足が、軽快なステップワークを刻む。
 前方に踏み込んだかと思えば素早く後退し、適度な間合いを取る。土木作業用のアームを転用した二本の腕が 空を切り、風が重たく唸る。人間味のない角張ったマスクフェイスは顎を引いているために翳り、ゴーグル型の青い スコープアイには威圧感さえ宿っていた。踏み込むタイミングに合わせて分厚いかかとを浮かせ、コンクリートの床 に書かれた十五メートル四方の四角い枠の中で飛び跳ねる。
 汗の代わりに関節からオイルの小さな雫が散り、吐息の代わりに熱い排気が漏れる。人型重機の大型のボディ から、スクラップの寄せ集めである人間大のボディに人工知能を移したロボットは、本来の用途からは懸け離れた 格闘性能をこれでもかと見せつけてくれた。キレのある鋭いパンチに抉り込むようなアッパー、基本中の基本である ジャブ、関節の駆動域を生かし切ったしなやかな軌道を描くフック。ロボット賭博を目的とした地下闘技場で、長らく チャンピオンの座を守り続けていただけのことはある。だが、今後、それが何の役に立つのやら。
 そんな疑問を抱きながら、羽部鏡一はレイガンドーのトレーニング風景を眺めていた。総合格闘技の教本を手に してレイガンドーに指示をしている小倉美月は、今までになく生き生きしていた。目の輝きが、声の張りが、身振りの 大きさが違う。母親とその親族から弐天逸流の信仰を強要されていた時とは、別人のようだった。

「暖気は済んだぜ、美月。次は俺に何をさせたい?」

 レイガンドーは関節から排気を行ってから、リングに似せた四角形の中を軽く駆けて移動し、コーナーにいる美月 の元に近付いた。美月は教本を捲っていたが、唸る。

「んー……。必殺技の一つや二つ、作っておきたいんだけど、何がいいのかなーって思って」

「世界でも目指そうってのか? いいぜ、俺はどこまでも付き合ってやる」

 レイガンドーは軽く笑うと、腰を曲げて美月の手元を覗き込んだ。警官ロボットであるコジロウよりも体格が大きく、 二メートル半はある。外装の色は決めかねているのか未塗装の部分が多く、細かな傷が付いた銀色の合金が早朝 の日差しを撥ねて輝いていた。それがやたらと眩しく、羽部は顔をしかめながら目を細めた。
 
「羽部さーんっ」

 美月はサイドテールの髪を揺らしながら駆け寄ってきたので、羽部は面倒臭がりながらも答えた。

「なんだよ、この僕に」

「レイの必殺技、どうしようかなーって思って。何がいいと思いますか?」

「何って、この僕は格闘技なんてものは嗜んだことすらないよ。見たこともないよ。アテにしないでくれる?」

「でも、毎朝外に出て、レイのトレーニングを見に来てくれるじゃないですか」

「そりゃ、この僕は体温が低めだから、日光にでも当てないと優れすぎる脳が動き出さないからだよ。この僕の秀逸な 知性がなければ世界は多いな損失を被ることになるからね。ついでに言えばこの家で一番日当たりが良いのは、 奇しくも君とレイガンドーが世にも下らないトレーニングを行う作業場前の広場なんだよ。そうでもなかったら、君達 のことなんて視界にも入れたくもないよ」

 羽部はまだ冴えていない頭を押さえつつ、いつものように言い放った。アソウギを用いて生み出された怪人は合成 された生物の能力を十二分に得る代わりに、その生物の弱点も得てしまう。だから、羽部も低温動物のような体質に なってしまったのである。体温が下がりすぎると新陳代謝が著しく低下して冬眠状態に陥る危険性もあるが、ヘビを 飼っていた経験があるのでその辺りのノウハウは身に付いている。

「相変わらずだな」

 美月の背後に近付いてきたレイガンドーは腰を曲げ、羽部を見下ろしてきた。羽部はそれを見返す。

「なんだよ、文句でもあるなら言ってみたらどう? ロボット如きに負けるほど、僕の語彙は少なくないよ?」

「文句はないさ。あんたは俺を動けるようにしてくれたばかりか、美月を助けてくれた。だから、それ相応の礼を返す のが道理ってもんだしな。それに、俺はあんたのその底なしの自信が嫌いじゃないんだぜ?」

「は?」

「そこまで自分を買い被れるってことは、それだけ自分に力があるって認めていることだし。実際、羽部さんって凄く 頭がいいですしね。私がネット通販で買い付けようとしたレイの部品の性能と値段を比較してくれたし、組み上げる 時もどこの部品をどう繋げたら効率良く動力を伝えられるようになるかをちゃんと調べてくれたし。私一人だったら、 こんなに効率良くレイを組み上げることなんて出来なかったかもしれません」

 はにかんだ美月に、羽部は居たたまれなくなって目を逸らした。

「ただの暇潰しだよ、そんなの。大体、設計図だけ読めても何の意味もないからね? パワーゲインの計算式だって ろくに扱えない君が、人型ロボットを組み上げようってことからしてまず無茶なんだよ。部品の買い付けにしたって、 機械部品の相場も知らないのに相手の言い値で買おうとするから、この僕が手を出してやったんじゃないか。馬鹿に 無駄金を落とすなんて、それこそ馬鹿の極みじゃないか。解り切ったことだよ」

 どうしてこう、この二人はプラス思考なのだろう。羽部は美月とレイガンドーの種族の違う姉弟を横目で見、苦虫を 噛み潰したような顔をした。人の神経に障ることを敢えて口にしている羽部に対して、いちいち好意的な解釈をする ような人間とロボットと接するのは生まれて初めてだ。だが、それを嬉しいだなんて思ったことはない。そもそも羽部 は他人に好かれるような人間でないことを自覚しているから、好かれないように、心地良い孤独を手に入れるため に上から目線に徹している節がある。だから、美月の住まう美作家に来ても態度は一切変えずに、自分がやりたい ようにやってきた。美月とレイガンドーの扱いが良くなるように、美月の母親とその親族に口添えしたのは、羽部を 拾ってくれた弐天逸流からの依頼であって、れっきとした仕事なのだ。だから、美月がどう思っていようが、羽部は 美月とレイガンドーに対して何も思っていない。そもそも、何か思うような相手ではない。

「でも、佐々木さんのコジロウ君って見るからに強そうだし、手合わせするんだったらそれなりに格好が付く技がない とダメかなーって思っちゃって」

 美月はひどく難しい顔をして、教本を開いてみせた。羽部は、丁寧に図解されている打撃技を見やる。

「何だよ、コジロウと殺し合いでもするの? 止めておいた方がいいよ、あれは勝てる相手じゃない」

「羽部さんってコジロウ君も知っているんですか? って、ああ、そうか、佐々木さんと知り合いならそれが当たり前 だよね。で、コジロウ君ってどういう感じの格闘プログラムがインストールされているのか解りますか? 普通の警官 ロボットなら柔道を応用したプログラムがインストールされているんですけど、コジロウ君は佐々木さんの個人所有 のロボットだから、違うんじゃないかなーって。他国の軍用ロボットを転用したのだとしたら、その国の軍の格闘術が そっくりそのまま入っているだろうから、型に填ったボクシングとかじゃ太刀打ち出来ないだろうし」

「この僕は見ての通りの知的階級なんだから、そんな野蛮なことを知っているわけがないじゃないか」

「ですよねー」

 美月は残念がりながらも引き下がり、教本を閉じた。羽部は体温が上がってきたので、母屋に踵を返す。

「適当なところで切り上げて朝食を摂りに来なよ。でないと、君の母親がまたうるさいからね」

「あ、そうだ。羽部さんって車を運転出来ますか?」

「そりゃあ、まあ。一般教養としてね」

「今日はお母さんも叔父さん達も出かけちゃうから、送ってくれませんか。羽部さんの車は、その、あの変な宗教の 人が持ってきてくれたのがあるし。ああ、でも、無理にとは言いませんから。本当に」

 美月は教本を胸に抱え、取り繕った笑顔を顔に貼り付けた。それが癪に障り、羽部は鋭く言う。

「この僕に命令しようだなんて良い身分じゃないか。なんでこの僕が君なんかの足になってくれるとでも思うんだよ、 思い上がるのもいい加減にしてくれる? あと、その顔は止めてくれないか、心底苛々するんだよね。この僕の機嫌 を窺ったところで、君の母親とその親戚みたいに上手くいくわけがないじゃないか。下手に出ていれば手玉に取れる だなんて考えない方がいいよ、次はないからね」

「あ、いや、そんなつもりは、全然……」

 美月は俯くが、その顔には笑顔がこびり付いていた。レイガンドーは美月の傍に寄り、大きな手で背を支える。

「気にするな、早めに家を出て歩いていけばいい。な、美月」

「うん。ごめんなさい、そうします」

 美月は一礼すると、足早に駆けていった。レイガンドーは羽部を一瞥した後、ガレージに戻って自力で充電を行い 始めた。羽部は母屋に戻って一旦二階の自室に戻ると、組み上げたばかりのパソコンを起動させ、弐天逸流宛に 美月とレイガンドーの行動を簡潔に書き記したメールを送付した。
 家庭環境が一変し、父親は賭け事で身を滅ぼし、母親は宗教に執心し、自分を蔑ろにしているのだから、美月が 自己防衛のために当たり障りのない態度を取るのは当然のことかもしれない。けれど、そんな薄っぺらい盾では、 自分すらも守れまい。羽部も過去に他人に対して柔らかい態度を取ってみたことがあったが、気色悪いと言われて 一層遠ざけられただけだった。美月は外見は無難だが、地元の子供とは言葉も違えば習慣も違うばかりか、趣味が 中学生女子のものからは懸け離れているので、この土地には馴染めないだろう。だから、自衛しようとする。
 それから小一時間後、美月は身支度を調えてレイガンドーと共に外出した。行き先は市街地から離れているの で、子供の足ではかなり時間が掛かるはずである。レイガンドーは人間を乗せて歩くように設計されていないから、 美月の助けにはならないだろう。そもそも、なんで美月はあんな辺鄙な場所を待ち合わせ場所に選んだのだ。

「選りに選って、あのドライブインなんて指定するんだよ。馬鹿じゃないの?」

 昨夜、美月は佐々木つばめと遊ぶ約束を取り付けた。羽部が話を振ってやると、美月は余程嬉しかったのか嬉々 として待ち合わせ場所まで話してくれたのだが、それは一ヶ谷市内の繁華街でもなければジャスカですらなく、船島 集落に行く道中にある寂れたドライブインだ。佐々木つばめの側からすれば近場ではあるが、市街地からいくらか 離れた場所に住んでいる美月にとっては十数キロ先の場所だ。下手をすれば、日が暮れても辿り着けないかもしれ ない。途中でレイガンドーのバッテリーが切れたら、どうするつもりなのだろうか。もしも道中で他の勢力に捕獲されて 佐々木つばめを強請る道具にされでもしたら、回収する手間が増えてしまう。

「ああもう、面倒臭い!」

 羽部は雑然としたパソコンデスクの片隅に引っ掛けてあったイグニッションキーを取り、吟味に吟味を重ねた服装に 着替え、朝食を囲む美作家の人々に適当な言い訳をしてから家を出た。ガレージには納車されたばかりの新車 が収まっていて、羽部に運転される時を待ち構えていた。アストンマーチン・DB7、ヴァンテージ・ヴォランテ。

「派っ手」

 渋いダークグリーンのオープンカーは、隣り合って駐車している軽トラックとトラクターを威嚇している猛獣であるか のようだった。弐天逸流には納車する前にそれなりに注文を付けたのだが、まさか二つ返事で高価なスポーツカー を持ってきてくれるとは思ってもみなかった。新興宗教って儲かるんだねぇ、と余計なことを考えてしまう。
 回転の良いエンジンを空吹かしして暖機しながら、羽部は怪人体の自分の体色にどことなく似ているスポーツカー のボンネットを見下ろした。天井にはレイガンドーを吊り下げて整備するためのフックとチェーンがあり、ガレージの 三分の一はレイガンドーの部品や工具が山積みになっていて、滑らかな車体にそれらが写り込んでいる。それらを 見ていると、いかにレイガンドーが美月に愛されているのかを実感し、にわかに胸が悪くなった。
 苛立ちに任せ、羽部はアクセルを踏み込んだ。




 本当に、これで良かったのだろうか。
 寂れたドライブインの自動販売機コーナーで、赤いビニールカバーが破れかけている丸椅子に腰掛け、つばめは 小倉美月の到着を待ち侘びていた。コジロウは出入り口に控えていて、外の様子を絶えず窺っている。桑原れんげ は先程自動販売機で買ったアイスクリームを食べていて、満足げに頬を緩めている。
 つばめは腕時計を見やり、約束の時間まで十五分ほどの余裕があることを確かめた。今からでも待ち合わせの 場所を変更しようか、と、隅っこに追いやられているレトロな硬貨投入式の公衆電話を窺うが、美月が本当にこちら に向かっているのであればここから動くべきではない。だが、普通の感覚であったら、古臭いドライブインなどではなく、 一ヶ谷市内の繁華街かジャスカを指定するだろう。待ち合わせて会ったとしても遊び場なんてないし、佐々木家 に美月を招いたとしてもゲーム機の類は一切ないし、妙なことをすれば美月が政府関係者にしょっ引かれてしまう かもしれないし。美月の考えがさっぱり解らず、つばめは悶々としていた。

「何だかなぁー……」

 やはり、美月は吉岡りんね側の人間なのだろうか。そう考えると、わざわざドライブインを指定した理由も見当が 付く。レイガンドーを使って奇襲攻撃を仕掛け、つばめを確保するつもりなのだ。だが、美月と出会った時の様子と 待ち合わせする時の口振りは至って普通で、悪巧みをしているようには見えなかった。となると、美月はりんねとは 縁が切れている、と考えるべきなのだろうか。だが、美月とは生まれて初めて対等な友達になれそうなのに、敵対 するだなんて嫌だ。けれど、これまでの経験が危機感を否応なく煽り立ててくる。

「いいじゃないの、美月ちゃんのやりたいようにやらせてあげれば。こういう辺鄙な場所じゃないと、つばめちゃんも 美月ちゃんも思い切ったお喋りなんて出来ないだろうし」

 れんげは逆円錐型のワッフルコーンに包まれている抹茶アイスを舐め取り、にんまりした。

「そりゃそうだけどさぁ」

 れんげの言うことも尤もではあるが、釈然としない。れんげが食べる様がとてもおいしそうなので、つばめは自分も アイスクリームを買おうかと悩んだが、結局買わないことにした。梅雨の入りなので、少し肌寒いからでもある。

「つばめ」

 磨りガラスの填ったスチール製の引き戸の前に立っていたコジロウが振り向いたので、つばめは反応した。

「ん、なあに?」

「車両の接近を確認」

「どうせ、また寺坂さんが適当に車を転がしてんでしょ?」

 GTカー特有の鋭いエンジン音を耳にしてつばめは毒突いたが、コジロウは否定した。

「いや、違う。寺坂住職の所有する車両のエンジン音ではない」

「えぇー、そうかなー」

 そう言われても、スポーツカーのエンジン音の違いなんてつばめにはさっぱり解らない。コジロウは身構えて戦闘 態勢を取ったが、件のエンジン音はドライブインに近付く前に止まり、ドアが開閉する音の後にロボットの駆動音が 聞こえてきた。しばしの間の後、それらはドライブインの敷地内に入ってきた。
 つばめはコジロウを伴って外に出ると、見慣れないロボットを伴った美月が息を弾ませて駆けてきた。パーカーに ハーフパンツ姿の美月はサイドテールの髪を元気良く揺らしながら、大きく手を振ってみせた。その背後にいる人型 ロボットも美月と同じ仕草で手を振ってきたので、つばめが思わず振り返すと、コジロウもそれを真似た。

「佐々木さーんっ!」

「小倉さん、久し振り」

 駆け寄ってきた美月につばめが笑みを向けると、美月は立ち止まり、笑みを返してきた。

「あのね、これがレイガンドー! 私のお兄ちゃんみたいなもん!」

「初めまして、佐々木のお嬢さんにコジロウ。俺は今し方御紹介に与ったレイガンドーだ、以後よろしく」

 人型ロボット、レイガンドーは腰を曲げ、つばめと目線を合わせてきた。ジャンクの寄せ集めで完成させたであろう 機体は不格好ではあったが、所々露出しているシリンダーが荒々しい力強さを窺わせた。マスクフェイスはコジロウ よりも型が古いのか、滑らかさはなく、顔を覆う盾と言うべき形状だ。合成音声はコジロウよりもいくらか年上に設定 されているようで、口調も相まって二十代後半の男性のような印象を受ける。

「未成年による人型ロボットの個人所有は法律によって認められていない」

 コジロウは一歩前に踏み出ると、冷徹に言い放った。美月がぎくりとすると、レイガンドーが言い返した。

「出会い頭に随分な御挨拶だな、公僕さん。だが、俺はちゃんと許可を得て稼働しているロボットなんだぜ? 見て みろ、正式な電子文書だ。弁護士の立ち会いの下で美月の親父さんの財産を切り分ける時に、きっちりと名義変更 してもらったものなんだ」

 レイガンドーは分厚い外装に覆われた手を広げ、そこにゴーグルアイから投影したホログラフィーを浮かばせる。 コジロウは辛辣さえ感じるほど真っ直ぐな視線でその電子文書を見据えたので、つばめはかかとを上げて電子文書 を覗き込んでみた。確かにレイガンドーの言う通り、美月がレイガンドーを所有することを許可するという書面が記載 されていた。美月の父親であろう小倉貞利から小倉美月に名義変更した経緯もきちんと書いてあり、これならば文句 の付けようがあるまい。そう思いながら、つばめはコジロウを見上げた。

「だってさ。だから、あんまり固いこと言っちゃダメだよ」

「……了解した」

 何か言いたげな間の後、コジロウは了承して一歩身を引いた。

「わー凄ーい、これがレイガンドー? 格好いいね、美月ちゃん!」

 抹茶アイスを食べ終えて手を洗ったのか、れんげがハンカチで手を拭いながら外に出てきた。

「でしょー? ほら見てよ、この両足のサスペンション! デモンストレーション用の軍用機が解体されて放出された 部品をネットオークションで買い付けて使ってみたんだけど、具合がいいの! レイはバッテリーを大型にしたから、 体重が百キロを超えちゃったんだけど、このサスならバッチリなんだ! それだけじゃないんだよ、体重移動で発生 する運動エネルギーをフィードバックさせて発電させてバッテリーに戻して充電出来る装置も付けたから、余程無茶な 動きさえさせなければ、計算上では無充電で十五時間は稼働出来るんだ!」

 それでねそれでね、と美月は興奮しながらまくしたてるが、れんげはにこにこしているだけだった。わー凄いねー、 格好良いー、としか言わなかったが、美月は自慢出来るだけでも満足なのか延々と喋り続けていた。つばめは美月 の情熱が溢れ返っている話を聞き流しつつ、レイガンドーを眺めた。コジロウ以外の人型ロボットと向き合うのは、 これが初めてかもしれない。吉岡一味の設楽道子はフルサイボーグなので、その範疇には入らない。

「何だ、お嬢さん。警官ロボットを持っているってのに、俺が珍しいのか?」

 レイガンドーは片膝を付き、つばめと目線を合わせてきた。そのマスクフェイスを真っ向から捉え、つばめは一瞬 戸惑った。コジロウに初めて会った時と同じような感覚を抱くのではないか、と危惧してしまったからだ。だが、少し 間を置いても心は跳ねず、胸が痛くなることもなかったので、やはりコジロウだけが特別なのだろう。それを知って 安堵する一方、レイガンドーと至近距離で向き合っていてもノーリアクションのコジロウに対し、若干の不満を抱いて しまった。我ながら面倒臭い性分である。

「ん……?」

 すると、レイガンドーが首を傾げた。つばめもそれに釣られ、首を傾げる。

「なあに? どうかしたの?」

「お嬢さんと俺が会うのは、これが初めてなのか? それにしちゃ、俺の対人情報履歴が反応するんだが」

 人間の語彙で言えば、既視感がある、といったところだろう。

「それ、気のせいじゃない? だって、コジロウと会うまではまともにロボットと接したことはなかったもん」

「もしかすると、俺が地下闘技場で戦うようになる前に出た現場で見かけた、ってことかもしれないな。いや、そうだと すると顔認証の履歴がある理由が解らねぇな。お嬢ちゃんは地下闘技場に来て賭け事に興じるような年頃でも育ち でもなさそうだし。だとすると……もしかして、あいつのせいか?」

「あいつって?」

「ああ、そいつはな……」

 と、レイガンドーが説明を始めようとしたところ、つばめは美月のお喋りが止まっていることに気付いた。ふと彼女を 見やると、にこにこしているが気まずげなれんげの傍らで、美月がつばめを凝視していた。その眼差しには友人に 対する親しみもなければ暖かみも含まれておらず、突き刺さるような敵意が漲っていた。もう一つの視線に気付いて 顔を上げると、コジロウもまたつばめを注視していた。こちらはレイガンドーに対する警戒心が籠もっていた。
 山間から、暗雲が垂れ込めてきた。






 


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