機動駐在コジロウ




窮鼠、ネットワークを噛む



 道子が組み立てた作戦はこうである。
 まず、ハルノネット本社に乗り込む。武蔵野に銃撃されて生身の脳を破壊された後、道子の脳内に埋まっていた アマラは桑原れんげに奪われたと見て間違いない。ハルノネット本社にはアマラの情報処理能力をこちらの宇宙で 生かすためには不可欠なスーパーコンピューターが設置されており、それと連動したサーバーを通じてハルノネット のユーザーの脳に働きかけるとみていい。社長就任会見によって世間に認知されはしたが、桑原れんげの存在は まだまだ朧だ。それに肉付けし、骨子を組み立て、血を通わせるためには、桑原れんげに心酔するような人間達が 現れる必要があるからだ。だが、そこまで強く働きかけるには、携帯電話やインターネットなどの情報媒体だけでは 効力が弱いので、直接接してインサーションソートを送り込まなければならない。よって、ハルノネットに対して元から 好意的な人間達が一堂に会する一大イベント、株主総会に桑原れんげが登場する可能性が極めて高い。
 不特定多数の脳に強く働きかけるのは、同じプログラムと似たり寄ったりの電子回路で組み上げられている携帯 電話やパソコンに侵入するのとは訳が違う。皆が皆、一人一人違う人生を送り、異なる価値観を持ち、それぞれの 視点で物事を見ているから、神経伝達細胞の繋がり方からして違えば生体電流の流れ方も違うので、その人間に 合うように量子アルゴリズムを調節していかなければならない。もちろん処理すべき情報も増えるので、異次元宇宙 にて量子並列計算を用いて処理した情報をハルノネット本社のスーパーコンピューターへと転送し、人間の意識に 作用するように変換して微調整した後に刷り込む。つまり、情報を処理するためのプロセスが増えてしまうので、その 分、桑原れんげ本体の動作も重くなる。といっても、実時間では0.1秒よりも短い時間だろうが、そのラグを狙って 桑原れんげを形成しているプログラムの中に侵入出来れば、僅かだが勝ち目はある、ということだ。
 しかし、その作業を行うためには、有線で侵入する必要がある。無線ではかつての道子がしていたように呆気なく 電波を絡め取られてハッキングし返されてしまうだろうし、ルーターを経由するので情報処理速度が遅くなり、すぐに こちらの居所を感付かれて倍返しをされるだろう。だから、桑原れんげとアマラと密接な関係にあるハルノネット本社 のスーパーコンピューターに接触しなければならない。
 と、道子から一通り説明を受けたが、つばめにはやはり解らなかった。言いたいことは解らないでもないのだが、 要所要所の単語が理解出来ないので、結局は解っていないことになる。それがなんとも悔しかったが、これまでは 学校の授業以外ではほとんどIT機器に触れてこなかったので、感覚的に飲み込めないのだ。桑原れんげの一件が 片付いたら携帯電話を買ってやろう、とつばめは密かな野望を抱いた。
 設楽道子の過去を含めた事の次第を説明され、桑原れんげを打ち倒すための作戦の説明も終わると、気付けば 昼を過ぎていた。寺坂の触手に驚きすぎて気が遠くなった美月は、そのまま一眠りしてしまったらしく、ぼんやりした 表情で仏間の隅に座り込んでいた。つばめはぶっ続けで授業を受けたような感覚に陥り、気疲れした。

「頭ん中、ぐっちゃぐちゃ……」

「となるとあれだね、みっちゃんの作戦を遂行するに当たってやらなきゃいけない仕事が増えたね」

 一乗寺は道子のややこしい説明を理解しているらしく、にこにこしている。

「変なことをやらかすんじゃねぇぞ? 後始末で無駄な税金を使っちまうんだから」

 寺坂はタバコを銜えて火を灯し、深く煙を吸った。

「んふふふふ」

 しかし、一乗寺は寺坂の忠告を耳にすら入れていないらしく、上機嫌だった。またろくでもないことをやらかすのは 間違いなさそうだが、それを止める意味もなければ理由もない。道子の立てた作戦を成功させるには、桑原れんげと その取り巻きのような位置付けの株主や社員達の注意を惹き付けておく必要がある。だから、一乗寺の仕事が派手 であればあるほど作戦成功の確率は高くなるが、嫌な予感しかしない。いや、厳密に言えば予感などという不確かな ものではない。確信ですらある。

「あれぇ……」

 寝起きでぼんやりしている美月が、不思議そうに辺りを見回している。ここがどこなのか、すぐには思い出すことが 出来なかったのだろう。つばめは頭の中を整理することを諦め、寝起きの美月を案じた。

「ミッキー、具合、大丈夫?」

「あ、うん、どうってことない」

 少し間を置いてから現状を思い出したのか、美月は頷いた。が、寺坂を見た途端、凄い速さで後退った。

「ぎゃあ!」

「ゴキブリを見た時みたいなリアクションしないでくれよ、いい歳こいたおっさんだけど傷付いちゃうぜ」

 寺坂があからさまに嫌がると、一乗寺がけたけたと笑った。

「えぇー、よっちゃんにも傷付くような繊細な心が存在したのー?」

「寺坂さんの触手は無害だから、そんなに怖がらなくてもいいですよ、美月さん」

 レイガンドーの姿をした道子は立ち上がり、部屋の隅で縮こまっている美月に近付き、優しい声色で宥めた。美月は 嫌悪感と不信感で顔を強張らせていたが、ね、と道子が小首を傾げると、美月は恐る恐る寺坂を窺った。

「……本当に? てか、なんでつっぴーは怖くないの?」

「こいつなー、美月ちゃんと違って擦れてんだよ。ガキのくせに斜に構えちゃってさー、子供らしさの欠片もねぇんだ。 だから、俺の触手にもほぼノーリアクションだったんだよ。美月ちゃんのリアクションが普通なんだよ」

 寺坂は右手を挙げてつばめを指し示すと、つばめはむくれた。

「次から次へと非常識なことが起こるから、触手如きでビビっている暇もなかったんだもん」

「で、でも、それはつっぴーの事例であって私の事例じゃないですからね! だから、その、出来れば近付かないで 下さいね! なんかもうヤバいから!」

 美月はレイガンドーの機体を盾にしながら声を上げたので、寺坂は右手を振った。

「へいへい。まあ、もう五年分は成長していたら、追いかけ回してぎゃあぎゃあ言わせたかもしれないけどな」

「美野里さんに言い付けますよ?」

 道子の忠告に、寺坂は拗ねた。

「ああ、存分に言ってくれよ。怒られるだけでも、みのりんが俺を構ってくれるんならそれで充分なんだよ」

 なんで知ってんだよ、俺とみのりんのこと、と寺坂が道子に聞き返すと、誰だって解ります、と道子は肩を竦めた。

「あ、そうだ。お姉ちゃんに連絡しておかないと」

 つばめは浄法寺の電話を借りようと腰を上げると、境内の外から聞き慣れた走行音がした。排気音のない低騒音型 電気自動車特有の、アスファルトをタイヤで踏み締めるだけの気配だった。つばめは仏間のふすまを開けて廊下 を走り、境内から正面玄関に向かうと、今し方連絡しようと思っていた美野里が正門を通ってきていた。

「お姉ちゃーん!」

 外に出たつばめが駆け寄ると、仕事着であるスーツ姿の美野里も駆け寄ってきて抱き付いてきた。

「きゃーつばめちゃーん! お出迎えしてくれるなんて、お姉ちゃん嬉しいっ!」

「なんで家じゃなくて、真っ直ぐお寺に来たの? お寺に来るよっていうメモも残していなかったはずなんだけど」

 しがみついてくる美野里を剥がした後、つばめが疑問をぶつけると、美野里はきょとんとした。

「なんで、って。つばめちゃんがこっちにいるってこと、教えてもらったんだけど」

「それって、桑原れんげ?」

「んー……誰だったかしらねぇ。でも、教えてもらったのは本当よ。でね、これがハルノネットの電子株券で、こっちが 株主総会の入場票で、これが日程表」

 曖昧な返事をしてから、美野里は重たげな書類カバンからデジタルパッドを取り出し、立体映像を展開した。

「ああ、うん、ありがとう」

 つばめはデジタルパッドを受け取りつつ、微妙な気持ちになった。美野里に連絡しようと思っていたのは、これらの 情報とデータを持ってきてもらうためだったのだが、桑原れんげに先手を打たれていたらしい。ということは、こちらの 考えも筒抜けだと思ってもいいだろう。だが、だからといって、負けるとは限らない。挑みもしないで敗北を決め込んで しまうのは性に合わないし、他人の妄想で出来上がった疑似人格に思考を支配されてなるものか。

「で、株主総会は」

 つばめは株主総会の日程表のファイルを展開し、日付を見て慌てた。

「明日ぁ!?」

「そりゃそうよ、株主総会は大体が六月末に開催されるんだから。一昔前は一律で六月二十九日だったけど、最近じゃ ばらつきが出てきたのよね。だから、ハルノネットの株主総会は少し早めの六月二十一日なの」

 五月期決算だからね、との美野里の言葉を最後まで聞かずに、つばめは本堂に駆け戻った。玄関でスニーカーを 脱ぎ捨ててデジタルパッドを落とさないように抱えながら仏間に入り、株主総会の日程を説明すると、コジロウ以外は 焦った。それはそうだろう、作戦を展開するためには下準備は欠かせないのだから。美月は事の次第が把握しきれて いないはずなのだが、皆に釣られてしまったらしく、戸惑っていた。

「どうしようよっちゃん、圧倒的に武器が足りない! 支給された弾薬、この前の大暴れで使い切っちゃった!」

「知るかそんなもん! それよりさっさと移動しないと妨害工作の雨霰だ!」

 法衣の裾に縋り付いてきた一乗寺を振り払ってから、寺坂は大股に歩き出した。

「高速で飛ばせば四時間弱で東京には着くが、問題はその後だ。ハルノネットなんかを敵に回しちまったんだ、道中 にサイボーグやら人間やらがごろごろ転がってくるぞ。そいつらを轢かずに行けるわけがねぇ。かといって、リニア 新幹線なんか使えば架線故障でも仕組まれて閉じ込められて、それで終わりだ」

「俺に良い考えがあるぅ!」

 畳に這い蹲っていた一乗寺が威勢良く挙手したので、寺坂は振り返り様に怒鳴った。

「んだよ、その不吉な語彙は!」

「オスプレイとチヌーク、どっちがいい?」

 一乗寺は頬杖を付くと、したり顔で寺坂を見上げてきた。

「そうか、空路があったか。だったら、ミサゴの方がいい。で、何時間あれば引っ張ってこられる」

 平静を取り戻した寺坂が聞き返すと、一乗寺は起き上がって両腕を掲げた。

「一時間もあれば持ってこられるよーん! 米軍から買い上げたやつが五十キロ圏内で演習しているから、そいつ をこっちに向かわせちゃう! あれだったらよっちゃんの車も輸送出来るし、コジロウだって楽々だよ! で、ついでに 適当なサイボーグボディでも持ってきてもらおう。レイガンドーの格好じゃ、みっちゃんも動きづらいだろうし」

 まるでオモチャの貸し借りのようである。だが、一乗寺は至って本気らしく、携帯電話で連絡を取り始めた。美月は 半信半疑だったが、それから小一時間後、どこからか大型ヘリコプターの爆音が聞こえてきた。着陸出来るような 場所があっただろうか、と、辺り一帯に暴風を撒き散らすティルトローターのヘリコプターを見上げながら、つばめ は一抹の不安に駆られた。梅雨の晴れ間の空から下りてきたオスプレイは器用に大きな機体を微調整し、浄法寺 の手前にあるロータリーに着陸した。大方、寺坂が車の出し入れを楽にするために拡張しておいたのだろうが、こんな ところで役に立つとは寺坂自身も思ってもみなかっただろう。
 唖然呆然としている美月を横目に、作業はあれよあれよと進んでいった。本当に演習中だったのだろう、機体からは 戦闘服に身を固めた自衛官達がどやどやと下りてきて、隊長と思しき自衛官が一乗寺に指示を乞うた。一乗寺は 弾薬と銃器と共にオスプレイを要求すると、彼らは驚くほど簡単に快諾してくれた。そればかりか、寺坂の鮮烈な 真紅のフェラーリ・458を載せる手伝いもしてくれただけでなく、どこからかやってきた警察車両が未使用の女性型 サイボーグボディを運んできてくれた。至れり尽くせりである。

「ねえつっぴー、いつもこんなことが起きているの?」

 大人達の邪魔にならないように、美月は本堂の縁側に腰掛けてカップラーメンを啜っていた。昼食を見繕っている ような余裕と材料がなかったから、寺坂の買い置きを拝借したのである。つばめは美月の隣に並び、チリトマト味の カップヌードルを啜った。

「いつもってわけじゃないけど、まあ、大体は」

「面白いねぇ」

「でも、誰にも言わないでよ。でないと、先生がとっちめに来るから」

「大丈夫だって、言わないよ。言ったって、誰も信じないし」

 言うような相手もいないし、と小声で付け加えた後、美月は塩豚骨味のスープが染みた太麺を啜った。

「事が落ち着いたら、私がおうちまで送っていってあげるわ。寺坂さんからトラックのキーを借りたから、レイガンドーも 一緒に連れて帰れるから安心してね、美月ちゃん」

 細麺の醤油ラーメンを食べていた美野里が笑いかけると、美月は頷いた。

「ありがとうございます」

「というわけだから、頑張ろうね。コジロウ」

 麺を食べ終えたカップを置き、つばめは庭先に立っているコジロウに声を掛けた。コジロウは振り返る。

「了解した」

 これからが大変だ。まず東京に移動しなければならないし、その後もドタバタするだろうから、気合いを入れなければ 踏ん張れない。フジワラ製薬とやり合った時は巻き込まれていただけだったが、今回はこちらから攻勢に出るの だから、生半可な覚悟では乗り切れないだろう。そのための腹拵えがカップラーメンなんかでいいのか、と思わない でもなかったが、手元にあったのがこれだけだったのだから仕方ない。
 残ったスープも飲み干したせいで喉が渇いたので緑茶を淹れ直しながら、つばめはふと思った。そういえば、吉岡 りんねはハルノネットの株主なのだろうか。あの性格だから、部下の会社の株券をいくらか買い付けていてもなんら 不思議はない。それどころか、株の相場の変動を見逃さずに売り買いしてマネーゲームを行っているかもしれない。 桑原れんげに促されるままに設楽道子を処分したが、その脳内に埋まっていた遺産を手に入れたのが桑原れんげ 本人であるとすれば、あの吉岡りんねが手を打たないわけがない。だとすれば、また厄介なことになる。
 湯が切れて、エアー式の保温ポットが情けない音を立てた。




 一方、住人が一人欠けた別荘では。
 着々と身支度を済ませていく主を見つつ、武蔵野は腑に落ちなかった。人間一人が入れそうなほど大きなトランク の中に折り畳んだ衣類を詰め込み、化粧品や日用品も詰め込んでいき、理路整然と並べていた。りんねは作業の 邪魔にならないようにと、長い黒髪をポニーテールにしていて、動き回るたびに艶やかな黒が跳ねていた。彼女の 指示を受けて細々とした準備をこなしているのは、矮躯の男、高守信和だった。少し前であれば、その仕事はメイド である道子が行っていたのだろうが、当の道子は武蔵野が昨夜撃ち殺してしまったのだ。

「なあ、お嬢」

 愛銃を分解して整備を行いながら、武蔵野が声を掛けると、クリーニング済みの制服をトランクに入れたりんねは 目を上げた。銀縁のメガネの奥の眼差しは、いつも以上に鋭かった。

「御用がなければ話し掛けないで頂けますか、巌雄さん」

「なんで高守を連れて行くんだ? 俺で良いだろう」

 武蔵野は若干の不満を込め、齧歯類のような機敏な動作で動き回る矮躯の男を示すと、りんねは答えた。

「今回のハルノネットの株主総会に信和さんを同行させるのは、明確な理由があります。第一に、道子さんが私の 配下でなくなったことによって、私の日常生活の補助と護衛という業務を担当する者がいなくなりました。巌雄さんは 戦闘が専門ですので、別荘の管理維持には向いておりませんし、伊織さんも鏡一さんも別荘に戻ってくる気配すら ありませんので当てには出来ませんし、岩龍さんは論外です。第二に、ローテーションです」

「ローテーション、って、ああ」

 ちくわロシアンルーレットだ。武蔵野は今朝の朝食を思い起こすと、納得した。近頃は騒動続きで本来の業務から 懸け離れていたため、りんねが決めたちくわロシアンルーレットの存在も忘れかけていたが、今朝の朝食の中には ちくわが入っていた。高守が茶碗に盛った白飯に埋まっていたのである。

「だが、お嬢が直接行くことはないんじゃないのか。桑原れんげは俺達の味方でもないが、敵でもない」

 武蔵野は銃身の煤を取りながら意見すると、りんねは肩に掛かったポニーテールを払った。

「いえ、あれは異物です。味方であるわけがありません」

「そりゃまあ、たかが人工知能に利用されてやり込められたのはムカつくだろうが、そう意地になるな」

「意地になってなどおりません。ですが、あれに対して強烈な不快感を覚えているのは事実です」

「それが意地だってんだ」

 りんねの態度に少しだけ可愛気を感じ、武蔵野は口角を綻ばせた。

「本来、道具とは自我を持つべきではないのです。ですが、あれは道具としての本分を弁えないどころか、その機能 を応用して自我を確立させ、道具の範疇から逃れようとしています。私は、それが許し難いのです。増して、あれは 遺産の能力を行使しております。その自我が増長し、自立してしまえば取り返しが付かなくなります」

 りんねは以前通っていた中高一貫の私立校の洒落た制服を畳み直し、ビニールカバーをそっと撫でた。

「人に抗えるほどの自我を得た刃物が真っ先に出る行動は、それを操る手の主を切り裂くことでしょう。彼らは日々 身を削って調理を行っておりますが、その犠牲が報いられることはありません。道具ですから、主に従って働くのが 当然だからです。ですが、使役されることに苦痛を感じ、磨り減るのが嫌だと思ってしまえば、彼らは自由を求めて その刃を人に向けるようになります。あれは、桑原れんげは、その段階に片足を掛けた状態なのです」

「正義感か? らしくねぇな、お嬢」

「何を青臭いことを仰りますか。私の行動理念には正義は存在しません」

「じゃあ、なんで行くんだ。意地でも正義でもないとしたら、お嬢を動かしているものはなんだ」

「労働意欲です」

 では失礼いたします、とりんねは一礼してからトランクを閉じ、縦に起こしてから、ローラーで玄関先まで引き摺って いった。りんね専用のベンツは既に運転手が手配してあるらしく、銀色の車体はガレージから出てきてロータリーに 進んできていた。少し遅れて二階から下りてきた高守は、自分の荷物と思しきくたびれたショルダーバッグを肩から 下げていて、片手にはりんねの物と思しき上品なハンドバッグを持っていた。窓の外から、留守番をさせられることに 不満を漏らす岩龍を宥めるりんねの声が聞こえたが、程なくして収まった。相変わらず子供っぽいロボットだ。
 寂しい寂しいと嘆く岩龍をあしらいながら、武蔵野は拳銃を組み立てていった。チェンバーをスライドさせて動作を 確認してから、広々としたリビングを見渡し、ほんの僅かながら空虚感に駆られた。道子の人工眼球から生身の脳を 撃ち抜いた手応えを思い出すと、自虐的な笑みが苦味と共に喉の奥から込み上がってくる。
 女を殺すのは苦手だ。





 


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