機動駐在コジロウ




好きこそもののジャンキーなれ



 フジワラ製薬の裏金を投じて新免工業が開発した特注のサイボーグは、巨大だった。
 新免工業が最も大規模なシェアを誇っている製品は、軍用サイボーグに他ならない。分厚い積層装甲と高出力の モーターを搭載しているにも関わらず、ボクサーのような軽快なフットワークと多角関節による柔軟性が売りである。 元々製造していた工業機械や重機より、今となっては軍用サイボーグの売り上げの方が高くなりつつあるほどだ。 それだけ、世の中には争いが絶えない証拠でもあるのだが。
 そして、この男もまた争いに身を投じようとしている。武蔵野は出来上がったばかりのサイボーグボディを見上げ、 不可解な気持ちに陥った。新免工業が製造、販売している軍用サイボーグは、基本的には人間大の大きさで発注 されている。使用者の注文によっては、手足の長さや、モーターやシャフトの規格を変えることもあるが、人間離れ した体格になることはほとんどない。宇宙開発用のサイボーグボディですらも、無駄なエネルギーの消費を避ける ために全体的に小型化している。だから、藤原忠が造らせたサイボーグボディの大きさは、異様だった。

「無駄が多すぎるぞ、これ」

 武蔵野はサングラスを外し、古傷の残る目元をしかめた。三メートル強の厳つい機体がビンディングで固定され、 壁際に直立していた。丸太のように太い両腕には最新式の光学兵器が据え付けられ、筋肉質を通り越して外骨格 に包まれたようなデザインの胸部は圧迫感すら与えてくる。二百キロ超の機体を支える両足には、サイボーグには 不要であろうスラスターまで取り付けられている。これではサイボーグと言うよりも戦闘ロボットだ。それも、素人考え 丸出しの、見栄えはいいが実践に不向きなタイプだ。人型の機体はオールマイティなものであり、それ故に武装は 必要最低限でいい。光学兵器にしても火器にしても弾が切れてしまえば重量を増やすだけのモノになり、バッテリー の消耗が激しくなるだけだからだ。

「我々もそう言ったんですけどねぇ」

 新免工業のサイボーグ開発部の社員は、渋い顔をした。何日も帰宅していないのか、作業着が垢染みている。

「でも、どうしても大型化するって聞かなかったんですよ、あの社長さんは。そりゃ、機体を大きくすればバッテリーも 物理的に大きく出来ますし、充電量も増えますけど、これほど大きい機体だと通常のサイボーグとは電力消費量が 桁違いなんですよねぇ。通常であればフィードバックした稼働時の余熱を使って再充電し続ければ数日間は無補給 でイケますけど、これはちょっと……。なんか、こう、美しくありません」

「だろうな。機能美ってのがない」

「解ります? 解ってくれて嬉しいですよ、武蔵野さん。でも、あの社長さんは、そういうのは全然で……」

 骨の髄まで疲れているのか、社員はそれだけのことで泣きかけた。無理もないだろう、通常業務のサイボーグの 開発と研究と平行して特注品の設計図を引き、藤原忠が金に物を言わせて叩き付けてくるデタラメな注文と部品の 製造を行う工場との折り合いを付け、更には藤原忠の御機嫌取りもしなければならないのだから。

「もうしばらくの辛抱だ。あの社長の脳髄をこの機体に乗せて同調させ、仕事に就かせたら報われる」

 武蔵野は他人事とは思えないので、彼を慰めた。

「ですけどね、その同調テストが出来るのはもう少し先になっちゃったんですよ。補助AIと社長さんの脳波をシンクロ させて各種設定を施してもらって、人工体液に対する免疫反応の有無もチェックする段階は終えたんですけど、また 変な仕事が入っちゃいまして。おかげで、こっちのプランはぐちゃぐちゃですよ」

「上の仕業か?」

「それ以外に考えられますかぁ? こっちにはこっちの事情があるのに、ちっとも慮ってくれないんだから」

「で、その、変な仕事ってのは何なんだ。まさか、あの社長を実戦に投入するわけじゃないだろう。いくら本人の意識が 高いとはいえ、所詮は絵空事の悪役フェチでしかないんだ。紛争地帯で何年も警備会社に勤めていた俺や鬼無 とは訳が違う。だとしたら、俺の方も御免被るからな」

「それだったらまだいいんですよ、補助AIの設定次第である程度は誤魔化しが効きますから。でも……」

 社員は徐々に表情が暗くなり、俯いた。

「うちの会社、なんでショー用のサイボーグなんて取り扱っていたんでしょうねぇ。それさえなかったら、あの社長さん が変なことを考えずに済んだだろうし、うちの上層部だって取り合わずに済んだはずなのに。気が滅入りますよー、 何が悲しくてあんなにふざけた外見のサイボーグを造らなきゃならないんですか。機能美からは遠ざかるどころか、 光の速さで機能美の方が逃亡していますよ。あー、やんなっちゃう」

「ショー用ってことは、特撮のやつも扱っていたのか?」

「あれ、武蔵野さんって知りませんでしたっけ? まあ、そういう専門分野向けのを扱っているのは子会社ですから、 すぐに気付かないのも無理はないかもしれませんね。ヒラタ造型、って会社なんですけど」

 そっちの社長が平田さんなんですよ、と社員が付け加えてきたが、武蔵野は動揺を隠すことに集中していたため に記憶に残らなかった。ヒラタ造型といえば、ニンジャファイター・ムラクモでサイボーグアクターの機体だけでなく衣装 や怪人の着ぐるみも手掛けている会社だ。大人の目から見ても精巧でテレビ映えするデザインが多いので、最近は ムラクモの本編だけではなくそちらも気になりつつあった。だが、それが新免工業の子会社だったとは。

「で、その、あの社長さんがヒラタ造型に一方的に話を付けちゃって、今度撮影するムラクモの怪人の中の人をやる って言って聞かなくて……。って、どうしましたか、武蔵野さん?」

 社員に訝られるほど、武蔵野は変な顔をしていたらしい。近頃では、SNSを覗いてはニンジャファイター・ムラクモ のコミュニティで楽しげに語り合っているファン達を見ては羨んでいた。彼らと共にムラクモの魅力を語り明かしたい 気持ちはあれども、仕事が仕事なのでむやみやたらにインターネット上に発言を散らかせない。だから、りんね達に 隠れて岩龍を言い訳にして録画したムラクモを何度も見返して満足していたのだが、そのムラクモに、あの藤原忠 が出演してしまうのか。しかも、怪人となって。

「おい、その撮影はいつだ」

 こうなったら物理的に阻止してやる。武蔵野がサングラスを掛け直すと、社員は半笑いになった。

「終わりましたよ? とっくの昔に」

「は?」

「いや、だって、特撮って撮影が終わった後に映像を加工する方が大変なんですよ。金も掛かるし。CG技術が発達 した現代であっても、一コマ一コマ調節していかなきゃならないことには変わりありませんから。加工するのは背景 やエフェクトだけじゃないですからねぇ。クロマキーにしてある背景だけを差し替え、ってわけにはいきませんし」

「ほ……放映日時はいつだ?」

「来週ですけど。なんですか、武蔵野さん。そういうキャラだったんですか、意外だなぁ」

 社員はぐちゃぐちゃと話し掛けてきたが、武蔵野はそれを一切合切無視して携帯電話を取り出した。来週に放映 される回は、宇宙山賊ビーハントの幹部の一人である紅色のタカノシンが、上司からも部下からも追い詰められた 末に地球のスーパーに逃げ込み、滑って転んだ拍子に宇宙妖怪を生み出すためのエネルギーの固まりである妖怪 羊羹をチクワに突っ込んでしまうというギャグ回なのだが、生まれる妖怪というのがチクワ入道だった。
 次回予告の映像を見ただけでもチクワ入道のデザインは素っ頓狂だった。吉岡りんねが愛して止まない練り物、 ちくわと妖怪の輪入道を組み合わせたデザインなのだが、輪入道の顔を囲んでいる車輪が、ちくわで出来ている。 更に、その車輪の四方からは円筒形の手足が伸びている。もちろん、これもちくわだ。確かにこんなものをデザイン させられた挙げ句に造らされては、軍用サイボーグも手掛ける技術者としては泣けてくるだろう。そして、そんな外見 の怪人を演じるアクターになろうと申し出た、藤原忠も大概だ。怪人自体に憧れを抱いていたようだったから、怪人の 外見は二の次だったのかもしれないが。

「お嬢には言わないでおこう」

 様々な感情が過ぎったが一巡して妙に落ち着いた武蔵野が呟くと、社員は頷いた。

「それがいいと思います。武蔵野さんの話と鬼無さんが送ってくる監視映像を総合すると、あの御嬢様は潔癖な感じ がしますからね。御嬢様が唯一デレる相手であるちくわが、こんなへんてこりんな怪人にされていたと知ると、きっと 怒りますよ。表には出さないけど、その分強烈に」

「とにかく、今日のところは帰る」

 武蔵野は嘆息してから、携帯電話のホログラフィーを消してポケットにねじ込んだ。

「鬼無さんによろしくお願いしますねー」

 社員に見送られながら、武蔵野は新免工業の工場を後にした。外に出てから愛車のジープに乗っても、頭の混乱 はなかなか収まらなかった。通常の作業用サイボーグの製造工場と同じラインを使って藤原忠専用のサイボーグを 製造しているため、工場の駐車場には作業員達の自家用車が止まっていた。一ヶ谷市から二つの町と一つの市を 越えた町にあるのだが、ここは一ヶ谷市よりも発展していないので、工場の周囲は見渡す限りの田畑だった。交通の 弁も悪いので、作業員達のほとんどが自家用車を所有している。
 気分が落ち着くまでは武蔵野はジープのエンジンを暖め、それから工場を後にした。車が行き交っている県道に 出てから国道に向かっていったが、チクワ入道のことが頭を離れなかった。そのうちに、チクワ入道に対する期待が やけに高まってしまった。あの変な怪人はどんな動き方をするのか、必殺技は何なのか、ニンジャファイター達は チクワ入道に対してどんなリアクションをするのか、などと、考え出したらきりがなかった。
 いつも以上に、日曜日の朝が待ち遠しくなった。




 そして、日曜日の早朝。
 予想外の展開に、武蔵野は戸惑うしかなかった。道子がいなくなったので、代役として高守が作ってくれた純和風で 真っ当な味付けの朝食を取った後、りんねは自室には戻ろうとしなかった。それどころか、ベランダからリビングを 覗き込んでくる岩龍と共に大型テレビを見つめていた。武蔵野は気のない振りをしつつも、人一倍熱心にテレビを 窺っていた。高守はといえば、自分の世界に閉じ籠もっていたいのか、朝食の片付けを終えると地下室に籠もりきり になった。前番組である幼児向けアニメが終わり、二分後、ニンジャファイター・ムラクモが始まった。

『テレビを見る時は、部屋を明るくして離れてみるが良いぞ!』

 ニンジャファイターのリーダーである水神のムラクモは、龍をイメージしたポーズを決めながらお決まりのセリフを 述べた。そしてアバンが始まると、今回の主役である紅色のタカノシンが、宇宙山賊ビーハントの首領とその恋人で ある女幹部怪人から成績不振を叱責されていた。勧善懲悪が大前提の特撮なので怪人達は負けるのが仕事では あるのだが、タカノシンはあまりにも負けが込んでいた。タカノシンは鷹がモチーフなので外見は格好良いのだが、 三枚目でありギャグ要員なので、負け方も悲惨なものばかりだった。だから、項垂れながらも次こそはと意気込んだ タカノシンが、下級戦闘員であるビーブー達の巣に通り掛かると、ミツバチがモチーフであるビーブー達はエフェクト の掛かった甲高い声でタカノシンを非難し始めた。上司が悪いと部下も大変だよねー、などと。そして、少し長めの アバンが終わり、問題の本編が始まった。
 彼らの発言に驚き、よろめいたタカノシンは、うおおっと野太い泣き声を上げながら、宇宙山賊ビーハントのアジト であり宇宙船であるブラックネスト号から逃げ出した。そして、辿り着いた先が、こぢんまりとしたスーパーマーケット だった。そのスーパーマーケットでは、以前に家出を企てた宇宙妖怪がアルバイトをしていたこともあり、宇宙妖怪に 対する敷居はやたらと低かった。だから、所在をなくしたタカノシンがうろついていようと店員も客も咎めない。
 そこに現れたのは、ニンジャファイターとしての武装を解除して素顔に戻っている鬼蜘蛛のヤクモであった。平安 時代に命を落とした姫君の魂と女郎蜘蛛の怨念が現代人に転生したという設定なので、ヤクモの私服はどことなく 平安朝を思わせる着物風のワンピースだった。敵も現れないようだから、今日こそは付き合ったばかりの恋人のため に手料理でも振る舞ってやろう、とモノローグで語っているが、その恋人と会おうとすると必ず戦闘が始まるので、 これは定番と化した前振りである。買い物カゴをぶら下げたヤクモが通り掛かると、タカノシンは逃げ惑い、練り物の 陳列棚に追い詰められてしまった。だが、ヤクモはタカノシンに気付いていないのでタカノシンの一人芝居である。 戦闘が起きたら店に迷惑が掛かってしまう、とタカノシンは悪役らしからぬ殊勝さで練り物売り場から逃げ出すの だが、その時、懐から妖怪羊羹が転げ落ちてちくわの袋に突き刺さった。妖怪羊羹のラベルには、おどろおどろ しい輪入道のイラストが描かれていた。直後、ぼふんと白い煙が立ち、チクワ入道が生まれた。

『どぅーわっあっはははははははははっ!』

 一話限りの怪人らしからぬ堂々とした振る舞いで、藤原忠が演じるチクワ入道は見得を切った。

『と、とりあえず笑っておけば掴みとしては充分だワ! ワシはチクワ入道だワ!』

 語尾のワが変に上擦っていたのは、藤原なりにキャラ付けをした結果なのだろう。

『だがしかし、ワシは何をすればいいのか解らんのだワ! 誰か教えてくれんのかワ!』

 最後の語尾はかなり強引だった。武蔵野が頬を引きつらせるが、岩龍とりんねは食い入るように見ていた。

『何もしなくてもよろしい! ええいもう、私はまたあの人に会えぬのか!』

 チクワ入道に愚痴混じりの啖呵を切ったのは、鬼蜘蛛のヤクモだ。ニンジャファイターの変身アイテムであり、宇宙 妖怪に対抗するための霊力増幅装置である勾玉型のメカが付いたブレスレット、マガタマックスを掲げた。

『ファイターチェーンッジ!』

 その掛け声と共にマガタマックスのボタンを押し、赤い光が放たれると、ヤクモの変身バンクが始まった。着物風の ワンピースの上から、ヒヒイロカネを加工して造り上げたアーマーが装着されていき、鬼蜘蛛に相応しい八つの目 が付いたヘルメットがヤクモの顔を覆い隠した。ヤクモは見事な宙返りを決めてから着地し、視聴者に向けて糸を 放ってから妖艶なポーズを決めた。

『ニンジャファイター、鬼蜘蛛のヤクモ! 推参!』

『とりあえず外に出るんだワ! と、言ってその場でジャンプするとっ!』

 そう叫びながらチクワ入道がジャンプすると、ヤクモが飛び掛かろうとした。直後、場面が転換し、二人の居場所は スーパーマーケットから河川敷に一瞬で切り替わった。特撮の御約束である。

『妙に広いところに出るんだワ! ふはははははははーっ!』

『待てぇいっ、チクワなんだか輪入道なんだか解らない奴めが!』

 はしゃぎながら河川敷を駆け抜けるチクワ入道を、ヤクモが追い掛けていく。

『ええい、あの人との逢瀬を阻むとは悪辣の極みだ! 必殺っ、糸車!』

 ヤクモは腰に提げていたヨーヨーに似た武器を投げ付け、チクワ入道を白く細い糸で戒める。あっという間に両腕 を縛られたチクワ入道は、ぐうっ、と唸ってたたらを踏む。ヤクモは糸を引き絞りながら、チクワ入道を睨む。

『私の純情を踏み躙った罰を受ける覚悟は出来ておるだろうな?』

『出来ているわけないんだワ! そんなもんっ、出来ている方が怖いのワー!』

 そう叫ぶや否や、チクワ入道は両腕を引っこ抜いて自由を取り戻し、河川敷を駆け出した。ちくわが両腕のカバー の役割を果たしていたらしく、本来の両腕はちくわの内部に収納されていたようだった。

『三十六計逃げるにしかずなのだワ! って一度言ってみたかったんだワー!』

『待てぇいっ!』

 ヤクモはチクワ入道を追い掛けるものの、すぐに立ち止まって変身を解いた。そして、チクワ入道が残していった 二本の極太で巨大なちくわを見つめた。見るからに作り物ではあるのだが、焼き色といいちくわ本体の色味といい、 宇宙妖怪の体の一部ではあるが、どことなくおいしそうだ。ヤクモもそう思ったらしく、チクワ入道の忘れ物を拾うと、 遠い目をしながら独り言を言った。

『そうだ……。今夜はあの人に、おでんを作ってあげようぞ』

 そこでAパートは終了し、アイキャッチの後にオモチャのCMが始まった。

「そんでもって、小父貴。ヤクモ姉さんの彼氏はまだ子供じゃろうに、おでんで喜ぶんかいのう?」

 岩龍が武蔵野に尋ねたので、武蔵野は出来る限り素っ気なく答えた。内心では、感想を言いたかったのだが。

「喜ぶだろうさ。あの二人は相思相愛なんだから」

「ほうかいのう? ワシャあ、カレーやらハンバーグやらの方がええと思うんじゃがのう。転生前は立派な御侍さん じゃったかもしれんが、転生後のヤクモの彼氏はまだ十歳じゃろ?」

 岩龍は首を捻っていたが、CMが開けるのを待つためにテレビに向き直った。

「……素敵」

 画面を凝視していたりんねの言葉に、武蔵野は動揺した。

「え? あ、だ、何がだ?」

「決まり切っております。チクワ入道さんです!」

 いつになく力を込めた声を張り、りんねは武蔵野に振り返った。色白な頬が、心なしか紅潮している。

「素敵だとはお思いにならないのですか、巌雄さん? チクワ入道さんが登場するという情報をネット上で目にした ので初めてニンジャファイター・ムラクモを視聴しましたが、チクワ入道さんはレギュラーではないのですね? そうなの ですね? 一話限りの怪人なのですね? それはとても惜しいことです、この世の損失です、チクワ入道さんは幹部 怪人に昇格して宇宙山賊ビーハントの野望に荷担すべきです、そうはお思いになりませんか!?」

 りんねは武蔵野に詰め寄ってきたので、武蔵野はやや臆した。武蔵野の予想としては、ちくわをふざけた怪人に するだなんてちくわに対する冒涜だ、と辛辣な文句を連ねるのだと思っていたのだが、正反対だったとは。

「制作側に掛け合いましょう」

 りんねが携帯電話を取り出して電話を掛けようとしたので、武蔵野は慌ててそれを止めた。これまでの出来事で、 吉岡グループとりんねの持つ資本主義の権力を思い知っているから、りんねがスポンサー側に口添えすれば特撮 番組の一つや二つ、シナリオを大幅に変更出来てしまうだろう。だが、そんなことをすればこれまで積み重ねてきた ストーリーが台無しになるばかりか、ファンが嘆き悲しむ。武蔵野も嘆き悲しむ。
 自分の主観を出来るだけ排除しながら、武蔵野がそういったことを力説すると、りんねは冷静さを取り戻したのか 携帯電話をポケットに戻した。Bパートが始まると、りんねは再びテレビを凝視した。余程、チクワ入道が気に入った のだろう。やはり彼女もまだまだ子供なのだ、と思う反面、チクワ入道のサイボーグアクターが藤原忠だと知ったら、 どうなってしまうだろうか。夢を壊されたと怒りを燃やしてニンジャファイター・ムラクモを打ち切りに追い込むのか、 チクワ入道に惚れ込んだ自分を否定するのか、チクワ入道そのものだからと藤原忠を吉岡一味に引き入れるのか。 いずれにせよ、ろくなことにはなるまい。
 Bパートの終盤に差し掛かると、チクワ入道はニンジャファイター達によって追い詰められるも、タカノシンと合流 して戦況を巻き返した。だが、それもほんの一時で、チクワ入道はタカノシンに見捨てられた形で採石場に取り残されて ニンジャファイター達と戦わざるを得なくなった程なくしてチクワ入道は必殺技のラッシュを受けて爆砕してしまうが、 物陰から様子を窺っていたタカノシンが芋羊羹を投げ付けると、チクワ入道は生き返って巨大化した。しかし、 ニンジャファイター側もダイダラーという名の巨大ロボを呼び出して応戦してきたので、チクワ入道は最後の言葉を 叫びながら再び爆砕した。御約束の展開の連続だが、特撮番組を見慣れていないりんねには衝撃的な展開だった のか、チクワ入道が爆死した後も、呆然としながらテレビを凝視し続けていた。
 そして、ニンジャファイター・ムラクモの二十四話は終わった。





 


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