機動駐在コジロウ




柔よくゴングを制す



 と、思っていたのだが。
 なぜ、こんなことになったのだろう。美月はセミの声が降り注いでくる雑木林を背にしながら、ロボットファイト用に セットされたリングを見上げた。天王山工場に設置されていたリングは、元々自動車部品の工場だったこともあって 造りがしっかりしていたが、こちらはアスファルトが敷かれた駐車場の一角なので地面には杭は打ち込めないことも あって、支柱を立てて鎖で四方を囲っただけだ。野良試合と言った方が正しいだろう。もっとも、ロボット同士の格闘 自体がアンダーグラウンドの娯楽なので、野良でない試合の方が珍しいのだが。
 ロボットファイト、とのやる気に欠けるゴシック体の看板が立て掛けられたリングを見、美月は腹を括った。ここ まで来てしまったのならやってやるしかない。自信は欠片もなかったが、戦う前に逃げ出してしまっては勝負する以前 の問題だし、レイガンドーに悪いからだ。

「やっはー、ミッキー!」

 縁日の露店が並ぶ大通りから、コジロウを伴ったつばめがやってきた。

「つっぴー、来てくれたんだ」

 美月が遠慮がちに手を振り返すと、つばめは片手に提げていた袋を差し出した。

「お昼、まだでしょ? 差し入れ!」

「ありがとう。これって縁日の?」

 美月はつばめの差し出した袋を受け取ると、出来たてで熱々だった。つばめは笑い、手を横に振る。

「違うよ、ああいうところのは原価の割に味がイマイチだから。だから、そこんとこのスーパーのイートインで」

「つっぴーらしいや」

 つばめが指し示した方向にある大型スーパーマーケットを確かめ、美月は失笑した。二つ買ってきたから一緒に 食べようね、とつばめに促されたので、美月はリングの裏手に設置された関係者用のテントに入った。といっても、 中には長机とパイプ椅子が置かれているだけなのだが。
 つばめが買ってきてくれたのはイタリアンだった。この県内にあるチェーン店でしか販売されていない御当地料理 というやつで、もやしとキャベツの入った太麺の焼きそばの上にミートソースが掛かっている。他のファーストフードに 比べると値段が格段に安いので美月も何度か食べたことがあるが、焼きそばとミートソースの味付けが程良い加減 なのでどちらもケンカしていない。水気も欲しくなるからついでに買ってきた、と言って、つばめは良く冷えた麦茶の ペットボトルも渡してきてくれた。美月はそれに心底感謝して、喉を潤した。

「で、レイはどこにいるの?」

「お呼びかな、お嬢さん」

 つばめの呼び掛けに応じ、雑木林の奥からレイガンドーが現れた。彼は親指を立て、背後を指し示す。

「この林の向こう側にある臨時駐車場の方に、待機所を作ってあるんだよ。だから、俺と対戦相手のロボットは出番 が来るまではそこで大人しくしていなきゃならんのさ。バッテリーに余裕があれば、適当にシャドーでもやって客寄せ が出来るんだが、生憎、俺はコジロウとは違うからな。派手に動きすぎると、本番でへばっちまう」

「対戦相手のロボットって、どんな奴だっけ」

 つばめはミートソースの絡んだ麺を咀嚼し、嚥下する。美月は携帯電話からホログラフィーを投影する。

武公ぶこうって言う名前の人型ロボットで、スペックはなかなかだよ。フレームはうちの会社の人型重機を払い下げした やつを流用しているけど、それ以外はかなり改造してある。特に凄いのが腰回りだね、背骨に当たるシャフトの強度 とギアの大きさが段違いだから、モーターの性能以上の重たいパンチが出せる。レイみたいに人型重機のパーツを 掻き集めて造ったロボットなんかじゃない、最初から純粋に戦うためだけに造られている。怖いぐらいに」

「……そうなの?」

 つばめは今一つぴんと来ないのか、武公の画像が表示されたホログラフィーと美月を見比べてくる。コジロウという ハイスペックな警官ロボットが傍にいても、ロボット自体に興味がないのであれば、凄さが解らないのは仕方ない。 美月は夏の暑さとは異なる汗が滲み出し、顎から首筋に滴った。これは、単なる遊びでもトレーニングでもない。

「でも、なんでミッキーとレイがそんなロボットと戦うことになっちゃったの?」

 つばめに問われ、美月は気を戻した。

「ああ、それなんだけどね。なんでも、最初は武公と適当な人型重機でエキシビジョンマッチをする予定だったらしい んだけど、自治体の人の中にロボット格闘技が好きな人がいたらしくてね。で、私がレイの部品を馴染ませるために ランニングをしていたところを見ていたらしくて。で、是非とも出てくれって言われてさ。解る人には解るものなんだね、 機体が全部変わってもレイはレイだって。でも、嬉しくはないかな。そういう人達がいたから、お父さんは……」

 美月が憂うと、レイガンドーは美月の小さな肩に太い指を添える。

「大丈夫だ、美月。今回のファイトは賞金も出ない代わりに賭け金もない、純粋な戦いなんだ」

「じゃ、その武公ってロボットもレイと似たようなことをしていたのかな」

 つばめが言うと、美月は顔を上げた。

「みたいだね。でも、武公ってネットで調べてみてもあんまり情報が出てこなかったんだ。大抵のロボット格闘技は、 さっきの自治体の人みたいなコアなファンがいるから、画質は荒いけど動画がアップされていることが多いんだよ。 だから、昔のレイと岩龍のファイトの動画は山ほどあるよ。だけど、武公は地方の地下闘技場にデビューしたばかり らしくて、ほとんど出てこなかったんだ。この画像だって、個人のブログを回って回ってやっと見つけたやつだし」

 美月は、その名の通りの武骨なマスクフェイスの武公の画像を掲げる。暖機している最中なのだろう、武公は拳を 振り上げて虚空を殴り付けている。ボディカラーは黒に稲妻のような赤いラインが差し込んであり、所々にアクセント として蛍光イエローが加えられている。そして、左右の二の腕には草書体で武公と書き記されている。ヒールとしては 最高の外見だ。対するレイガンドーは、継ぎ接ぎの部品で組み上がっているいびつなロボットだ。せめて塗装だけ はきちんとしてやりたかったが、メインカラーを決める前に夏祭りの当日が来てしまったので、結局、外装の地の色 が剥き出しのままで戦うことになった。せめてもの情けで、霊巌洞、と印刷したステッカーを背中に貼った。

「あのさ、つっぴー」

 美月は縁日を行き交う人々の流れを見つつ、言った。つばめは顔を上げる。

「ん、なあに?」

「ここに来るまでの間に、誰かに変なこととか言われなかった?」

「色々と言われような、言われなかったような。顔はそんなに売れてないと思ったんだけど、考えてみれば、コジロウ を連れている時点でバレバレだしね。でも、そういうのを気にしていたら面倒臭いしさ、言うだけで何かしてくるって わけでもないし。うちのお爺ちゃんが先祖代々引き継いできた土地を全部買い上げて私有地にしちゃったんだから、 その土地に住んでいた人達から反感買うのが当たり前なんだよ。私だって、そういうことをされたら恨んじゃうって。 それこそ、七代先まで」

「でも、辛くないの? だって、外に出るだけで……」

「ミッキーはどう思うの?」

 つばめに逆に聞き返され、美月はやや口籠もった。

「つっぴーは悪くない、何も悪くない。だって、訳も解らないうちに相続させられたわけだし。だけど、それだけのことで 疎まれるのはひどいし、嫌だって思う。でも、やり返すのは良くないかなって」

「悪くないからって、無抵抗になる意味もないと思うけど。だけど、コジロウを前に出すと過剰防衛になるし、コジロウ は原則的に対人戦闘は出来ないように設定されているから、コジロウの手を汚させるべきじゃないって思っている から言いたいように言わせているだけ。そこから先をしてくる人間なんて、吉岡りんねとその一味だけだから。それ 以外の人達は何もしてこない。出来ないんだと思う。でも、ミッキーは違ったみたいだね」

 不意に日差しが翳り、コジロウのパトライトの淡い光を受けたつばめの眼差しが美月を貫く。

「ミッキー、誰かに何かされているの?」

「大したことじゃないから。つっぴーと友達になりたいって言ったのは私だし、クラスの人達と話を合わせようとしない のも私だし、つっぴーの事情を知った上で仲良くなりたいって思ったのも私だから。だから」

 美月は笑みを作ろうと頬を持ち上げようとしたが、上手く動かなかった。相手に上と下を作らずに、中立でいようと 決めたのも自分だ。そうしていれば敵を作らずに済むからだ。つばめの眼差しは揺らがない。

「だったら、なんでレイを戦わせるの?」

 つばめの言葉は、セミの鳴き声には掻き消されなかった。美月はその理由を明言しようとしたが、具体的な動機が 思い浮かばなかった。そもそも美月は、兄も同然のレイガンドーが本来の用途とは異なった使い方をされている ことに心を痛めていたはずだ。父親が地下闘技場でロボット賭博に明け暮れていたことも嫌だったが、それ以上 に人型重機であるレイガンドーが土木工事を行わずに、鉄屑とオイルと火花が飛び散るリングの中で夜な夜な 死闘を繰り広げているのが辛かった。けれど、かつての美月には父親を止める術はなく、レイガンドーを実家から 逃げ出させるだけの力もなく、最終的にはレイガンドーと岩龍が対戦するための賭け金にされた。
 そんな目に遭っているのに、なぜ自分はレイガンドーを誤った道に進ませようとしているのだろうか。セミの鳴き声も つばめの眼差しも遠のき、レイガンドーの駆動音すらも聞こえなくなる。あんなに恨んだのに、疎んだのに、美月は 父親と同じことをしようとしている。穏やかな心と豊かな情緒を備えた彼を、美月を守るためならば己の犠牲すらも 厭わない彼を、物心付く前から一緒に育ってきた彼を、再び暴力と狂気の世界に引き戻そうとしているのか。
 なぜ。




 ロボットファイトの開始時間までには、まだ余裕があった。
 レイガンドーが死闘を繰り広げるリングが設置された第一駐車場と雑木林を隔てた場所にある、第二駐車場にて 羽部は時間を持て余していた。レイガンドーとその整備道具を満載してきたせいで、愛車のアストンマーチン・DB7 の後輪は大分くたびれてしまった。美月と羽部が居候している親戚の家は兼業農家なので、中型トラックはあるには あるのだが、それを運転するのは羽部の自尊心を大いに損なうので、輸送能力が乏しかろうとアストンマーチン・ DB7を運転したかった。弐天逸流から与えられた車ではあるが、なんだかんだで気に入ってきたのだ。
 シートも敷かずにロボットが乗ったせいで多少なりとも汚れてしまった後部座席を気にしながらも、羽部は周囲に 気を付けていた。雑木林を隔ててはいるが、コジロウとつばめがいるのだから、見つかってしまえば対処するのが 面倒になる。コジロウとつばめに見つかれば羽部は美月の傍を離れざるを得なくなるだろうし、そうなれば弐天逸流 と交わした交換条件を果たせなくなり、羽部の後ろ盾がなくなってしまうからだ。決して美月とレイガンドーから別離 するのが惜しいわけではない。

「ああ、あれねぇ」

 エンジンの余熱が残るボンネットに腰掛けた羽部は、第二駐車場に駐まっているトレーラーを認めた。コンテナの 側面には、草書体で武公の文字が書き記されている。コンテナの裏手には、レイガンドーの対戦相手である武公と いう名のロボットが搬出されていた。黒地に赤い稲妻に似たラインが走る外装がインパクトを与え、レイガンドーとは 根本的に異なるパターンのマスクフェイスには凄みがある。
 動作テストをしているのか、武公は二メートル半の巨体ながらも軽快にステップを踏んでいる。レイガンドーの格闘 スタイルはボクシングがメインだが、武公もそうらしく、蹴りはほとんど出さずに拳を繰り出している。腰を捻る角度は レイガンドーよりも大きくモーションも派手だが、そこに隙はない。間合いに入られたら最後、首が跳ね飛ばされる ことだろう。武公の足元には、ノートパソコンを膝に広げている男が座り込んでいた。
 携帯電話を取り出した羽部は、ホログラフィーモニターを展開して画像を開いた。美月の親戚の家にあった写真を 携帯電話のカメラで撮影した画像で、その中に写っている男の顔と現実の男の顔を重ね合わせる。過ぎた年月の 分だけ、年齢を重ねてはいるが骨格も輪郭も一致した。弐天逸流から受け取った情報は正しかった。

「実のある仕事をしようじゃないの、この僕に相応しい規模と内容の仕事をね」

 機械油に汚れた作業着を着ているが、上半身は脱いで袖を腰で縛っており、白いランニングを着た上体を暑気に 曝している。日に焼けた体は御世辞にも引き締まっているとは言い難いが、体格は羽部よりも一回りは大きく、上腕 は逞しかった。横顔は険しく、しきりに武公とモニターの間で視線を行き来させている。が、その視線が上がり、羽部を 見咎めてきた。羽部は組んでいた腕を緩めると、ポケットから小さな金属板を取り出した。途端に男は目を剥く。

「やあ」

 羽部は指の間に挟んだ金属板を振ってみせると、男はノートパソコンを武公に投げ渡してから立ち上がる。

「それをどこで手に入れた!?」

「さあね。お前なんかにそれを答える義理が、この僕にあると思う? ないよねぇ?」

 羽部は男と一定の距離を保ちながら、カード状の金属板を見せびらかす。

「だったら当ててやろう。小倉貞利の女房の実家だな?」

 男の言葉に、羽部は目を丸めた。

「へえ、凄いね。下劣な生物にしてはそこそこ発達したニューロンを持っているみたいじゃない」

「俺のことも、そこで知ったな?」

「まあね。小倉の嫁さんの結婚式の写真があったんで、そいつを見たのさ。この僕の優れた頭脳による鋭敏な 推理に寄れば、こいつは小倉貞利の義弟である美作彰が小倉貞利の手元から盗んだんだ。んで、小倉貞利は あんたの手元から盗んだ。だから、あんたはこいつを取り戻すために一ヶ谷に来た、ってわけ。当たりでしょ?」

「どうとでも思うがいい」

「で、あんたと小倉貞利はどういう関係なのさ。その辺を洗い出させてくれる? 色々と腑に落ちなくてね」

「そこまで話す理由も義理もない。お前はどこの輩だ。吉岡か? 弐天か?」

 男は羽部に詰め寄ろうとするが、羽部は身軽に避ける。

「そっちがそのつもりなら、この僕も答える義理はないね。そのお粗末な脳みそで考えるといいよ。で、あんたはこれ の扱い方を知っている、ってことをこの僕は知っているんだよ。だから、あんたは性能のいいロボットを次から次へと 作れるんだ。量子アルゴリズムを単純化させたプログラムを用いた順応性の高い人工知能なんて、そうそう作れる ものじゃないしね。だけど、それだけじゃ宝の持ち腐れだ。だから、こいつの扱いをこの僕に教えるという素晴らしい 栄誉を授けてあげようじゃないか」

 羽部が口角を吊り上げて先の割れた舌を覗かせると、男は顔を歪める。

「アソウギを使ったな?」

「それが解るんだったら、それなりの審美眼を持っているとこの僕が判断してあげてもいいよ。この僕は舌が肥えて いるから、お前みたいな中年のおっさんに食欲なんて微塵も湧かないけど、場合によっては頭から喰ってやらなくも なかったりするよ? もっとも、骨格をへし折って殺すだけで、消化する前に吐き出すけどね」

 羽部は金属板を口元に寄せながら、目を細める。

「教えないんだったら、そうだね、この僕が日々見張らされている娘から喰ってあげようか? あの年頃は肉も脂肪も 薄いけど、その分苦味がなくてね。一度食べたら、また食べずにはいられないんだよ」

「……喰うな。人間を喰うな。アソウギの用途からは大いに外れている。そもそも、あれは」

「アソウギの本来の用途がなんだったとしても、この僕は自分の生き方について悩むほど青臭くはないよ。だから、 この僕にこいつの正体を教えるか、殺されるか、してくれる?」

 まどろっこしくなってきた羽部が舌を波打たせると、男は躊躇いながらも口を開いた。

「そいつは、集積回路だ」

「全部で十五枚もあったけど、全部が全部そうなの?」

「そうだ。俺は答えた、だから人は喰わないでくれ。誰の娘であろうと、手は出すな」

「手は出さないよ。この僕はヘビだよ、手なんか出すわけがないじゃないか。でも、口から牙を出して頭から丸飲み にしちゃうよ? 血抜きもしなければ内臓も洗っていない生身の人間を丸ごと胃の中に入れて消化するのはちょっと 大変だし、出すものも増えちゃうけど、その分旨味は格別なんだ」

 自分の想像に浸りかけた羽部に、男は腕を振り上げた。だが、間隔が空きすぎているから無意味だ。そう思った 羽部の足元に、前触れもなく衝撃が訪れた。次の瞬間には仰向けになり、背中がアスファルトに叩き付けられた。 何事かと驚きながら起き上がってみると、男と武公は姿を消していた。毒々しいカラーリングのジーンズの裾を捲り 上げてみると、衝撃を感じた部分が溶けていて骨が露出していた。否、羽部の体液に宿っているアソウギに何かの 力が作用して制御を失ったのだ。羽部はそれを元に戻そうとするも、相手の制御能力の方が高かったのか、すぐには 肉と皮が戻ってこなかった。ダメージ自体は大したことはないが、心底腹立たしく、舌打ちした。
 このままでは気が収まらない。なんだか空腹も感じる。羽部は溶けた左足を引き摺るようにして立ち上がり、第二 駐車場の片隅で女子中学生達が集まって喋っていた。精一杯のお洒落をした少女達の会話の内容は、いかにして 美月の邪魔をするか、だった。話題の中心になっているのは、先日、ドラッグストアで美月を蹴っていた女子中学生 だった。美月が生意気で態度が面白くないから、というだけで過剰な加虐心を抱いている。これだから、生きた人間は 汚らしい。血の気が失せて生体電流が止まれば、知恵の足りない脳もとろりと美味な蛋白質に変わるのに。

「冷凍物ばっかりじゃ飽きちゃうんだよねぇ」

 羽部は少女達に振り返ると、久しく伸ばしていなかった牙を出して毒液を滲ませた。弐天逸流が日々送り届けて くれる人間の血肉は悪くないのだが、血も肉も冷凍されているので新鮮味に欠ける。瑞々しく鉄錆の味が充ち満ちた 柔らかな肉塊を、つるりと喉から胃に滑り落としたい。その衝動に任せ、巨大なヘビに変化した。
 少女達は笑う。思い通りにならないからと言うだけで、輪を乱すからと言うだけで、なんとなく気に食わないからと 言うだけで、他者の人生を蹂躙しながらも笑う。笑う。笑う。笑いすぎていたから、背後に迫る人喰いヘビの姿には 気付きもしなかった。最初の一人は丸飲みし、次の一人は喉を牙で噛み砕いて黙らせ、他の二人は長い下半身で 締め付けて窒息させて悲鳴を殺し、最後の一人である香山千束を凝視する。可愛らしいが品のないデザインの浴衣 を着ている少女はがちがちと顎を震わせ、羽部から逃れようと後退ったが、恐怖のあまりに失禁したのか水の帯を 引き摺った。ああ、なんて汚らしい。けれど、死の恐怖に瀕した人間でなければ醸し出せない風味もある。羽部は 瞬膜を開閉させて瞬きした後、顎を最大限に開き、香山千束を内臓に引き摺り込んだ。
 ああ、美味しい。





 


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