機動駐在コジロウ




昨日の敵は今日のトラップ



 昼食時になったので、離れに人数分の食事が運ばれてきた。
 バターの香りがする柔らかな卵に包まれたオムライスとフレンチドレッシングを掛けられてクルトンがトッピングされた レタスサラダ、透き通った黄金色のコンソメスープだった。羽部にも同じメニューが出されたが、植物も同然の状態で ある高守には何もなかった。そんな相手の前で食べるのは少し気が引けるので、つばめは水差しに入って いた水を高守のコップに足してやった。
 腹が膨れると、頭にも栄養が回ってきた。徐々に疑問も湧いてきて、つばめは食後の紅茶を傾けながら、目の前 に並べた二冊の本とコンガラを睨んだ。恐らくは祖父の意思が宿っているであろう無限情報記録装置、ラクシャは、 どうやってコンガラを奪いに来るのだろうか。中に収めている異次元ごとフカセツテンを動かすにしても、東京までの 所要時間はどれくらいなのか。また、フカセツテンの再起動に掛かる時間はどれくらいであって、フカセツテン自体 の規模も不明だ。また、フカセツテンがただの輸送船なのか、戦艦なのか、それすらも解っていない。フカセツテンが SF映画に出てくる異星人の宇宙船のような攻撃力を持っていたら、手の打ちようがない。

「ちっとも解らん!」

 頭の中でこねくり回していても仕方ないので、つばめはレポート用紙を一枚もらって書き出してみた。それを羽部に 渡すと、羽部は心底嫌そうに顔を背けたが、渋々つばめの書いた紙を受け取った。一通り目を通してから、羽部は 座椅子の背もたれに寄り掛かった。尻尾の先で縁側の床を軽く叩きながら、顎をさする。

「そりゃまあねぇ。今のところ、最大の脅威はフカセツテンであって佐々木長光本人じゃないけど、そのフカセツテンを 操れる立ち位置にいるのは佐々木長光だから、結局は奴のウィークポイントを探るしかないんだよ。フカセツテン 自体は君がいればどうにでもなるし、攻撃力があるってまだ決まったわけじゃないし、佐々木長光が手当たり次第 に襲撃する理由がないじゃないか。そりゃ、君んちのクソ爺ィが世界征服でも目論む時代遅れで世間ズレした悪役 ごっこをする馬鹿だとしたら有り得る話だけど、生憎、そんなのはうちの社長一人で充分だ。それに、シュユが奴を どう思っているか、も解らないしね。本当にシュユが奴を拒絶しているのであれば、コンガラで船島集落を複製して 異次元を造り上げたばかりか、叢雲神社を隔てて隣り合わせたりはしないはずだ。そうだなぁ……目を離したくは ないけど決して近付きたくはない、ってところかもしれない」

「シュユって生き物なの?」

 つばめが高守に問うと、高守はコップと隣り合ったティーカップに角砂糖を入れながら答えた。

『厳密に言えばね。但し、それは僕達の知る生物の括りからは少し離れている。僕は図らずもシュユの分身となって 弐天逸流を切り盛りしていたんだけど、その間、シュユは自分のことをほとんど僕に教えてくれなかった。問い詰め ようかと思ったこともあったんだけど、シュユに拒絶されたら僕は生きていけないから、深入りはしなかった。けど、 彼は秘密主義を貫いたわけじゃない。僕達の概念で理解出来ないことを噛み砕いて説明出来るような道具が手元 になかったから、言うに言えなかったからってのもあるだろうね』

「てぇことは、宇宙人なの?」

『物凄くざっくりと表現すれば、そうなるね。さっきも言ったけど、シュユは生物には入らないんだ。生物だと断定 するために必要な構成成分である、水、蛋白質、脂質、炭水化物、核酸、そのどれもを備えていないんだよ。僕が 意識を宿している種子だって、外見は植物に見えるけど中身はそうじゃないんだ。ゴウガシャもだけど、分子構造 だけ見ればシリコンと言うべきものなんだけど、触れた感じや構造は植物に限りなく近いんだ』

「どういうこと? 植物なのにシリコンって、変じゃないの? あれって鉱物じゃなかったっけ?」

 つばめが首を傾げると、つばめのティーカップに紅茶のお代わりを注ぎながら、文香が言った。

「つまり、本来はシュユの分子構造はまるで違うんだけど、こっちの宇宙に出てきた時点で分子構成がこっちの宇宙 に合わせたものに変換された際にシリコンになった、ってことじゃないかしら」

「大体そんなところだね。他の遺産にしてもそうだ。姿形に囚われちゃいけないってことだ。目に見えているものが 全てではない、真価は見えないところにあるのさ」

 この僕みたいに、と羽部は付け加えてから、つばめが疑問を書き出した紙をぺらぺらと振った。

「だからって、遺産をどうにかしたからって宇宙がひっくり返るわけじゃないし、物理的法則を書き換えられるわけでも ないし、神の領域に至ることが出来るわけでもない。だってそうだろ、遺産は現行の地球文明の延長線上にある 代物ばっかりじゃないか。ムリョウはエンジン、タイスウは保存容器、アマラはインターネット、ナユタは核融合炉、 アソウギは遺伝子工学、ラクシャはハードディスク、コンガラは工場、フカセツテンはロケット。つまり、シュユとその 片割れであるクテイが地球に持ち込んだ遺産は、どれもこれもオーバーテクノロジーなんかじゃないんだ。ちょっと 発展した現代文明なのであって、超未来のハイテクなんかじゃない。だから、彼らも神なんかじゃないし、珪素生物 と言うのもちょっと違うね。だって、単体繁殖は出来ないんだろ? 繁殖して個を増やしている時点で、生物の範疇 からは逃れられていないじゃないか」

「あれ、でも、先生は単体繁殖出来るって言っていたような。てか、そもそも先生は何者なんだっけ」

「それは一乗寺昇のことか?」

 羽部に聞き返され、つばめは頷いた。

「うん、そう。詳しく説明すると長くなるから省くけど、大ケガしたら女の人になっちゃって、自分でそう言っていた」

「あいつの資料、ある?」

 羽部は文香に問うと、文香はぱんぱんと手を叩いた。

「もちろん。持ってこさせるわよ」

 すると、すぐさま使用人がやってきた。離れの傍でずっと待機していたのだろうか。文香が手短に命じると、使用人 は足早に母屋に戻っていった。ついでに飲み終わった紅茶のポットも持ち帰っていった。

「アソウギでもそこまで汎用性は効かないよ。話は少し戻るけど、この僕が佐々木長光が管理者権限を得ていない と言い切った理由がそこにあるんだ。アソウギがいじくれる染色体の本数も限られていて、性別を左右する染色体は 特に重要だから切り貼りしないんだ。その証拠に、この僕は女にはならなかった。この僕と融合したヘビはペットとして 飼っていたグリーンパイソンのメスだったんだけど、この僕はなんともない。卵も産まないし」

『となると、また事態が変わってくるね。一乗寺さんの出生には弐天逸流が深く関わっているから、僕も彼女の動向 を把握するように努めていたけど、彼女の正体までは突き止められなかったからなぁ。三十年近く前に弐天逸流に 入信してシュユと交配した女性がいることは僕も知っているし、一乗寺さんがその長姉であり、弟がもう一人いることも 知っているけど、弐天逸流とは深く関わらせたくないから遠ざけたんだ。今の僕と同じ立場にあった祖父がね』

「その理由は?」

 文香が聞き返すと、高守は触手の尖端を緩く振った後、タイピングした。

『覚えていないな。その頃の僕は弐天逸流にそれほど興味がなかったし、祖父も僕を敢えて弐天逸流に引き込もう とは思っていなかったようだしね。まあ、結果としてこうなっちゃったわけだけど』

「ああ、届いた届いた。はい、これ」

 文香は離れに戻ってきた使用人から資料を受け取ると、分厚いファイルを羽部に手渡した。

「これ、一乗寺姉弟が養子になっていた病院のカルテ一式。経営破綻しかけていたから、買収した時に買い取って やったの。佐々木長光の手に渡ると面倒かなーって思って。お役に立てるかしら」

「充分だよ。ああ、でも、ちょっと一人にしてくれる? 高守も持っていってくれる? 集中したいから」

 羽部はカルテから目も上げずに追い払う仕草をしたので、つばめはむっとした。

「まだまだ聞きたいこともあるし、話さなきゃならないことだってあるのに」

「この珠玉であり究極であり至高である僕が君の与太話に付き合ってあげたばかりか、話を聞いてあげたし、意見も 爪の先程度だけど拾ってあげたし、説明してあげたんだから、むしろ五体投地で感謝されるだけじゃなく末代まで 崇め奉ってもらいたいぐらいだよ。害虫よりも鬱陶しいから、さっさと視界から失せてくれる?」

 淀みなく出てくる羽部の自画自賛と罵倒の数々に、つばめは更に苛立った。

「別にあんたに会いたくて来たわけじゃないし、用事がなかったら近付きたくもないし! 大体、なんでいっつもそんな 態度しか取らないの! 性格悪すぎじゃないの!?」

「ほらほら、あっちのお部屋に行きましょう。高守さんも。つばめちゃん、あの子のことを起こしてあげて」

 高守の入ったコップを手にした文香に背中を押され、つばめは離れを後にした。だが、羽部は振り向こうともせず にカルテを読み漁っていた。一度気が入ると、それに集中するタイプらしい。理屈っぽくて偉そうで自尊心の固まりで ある羽部に対して好意は全く抱けないが、頭が良いのは本当だった。自慢するだけのことはある。だが、それとこれと は違う。いくら頭が良くとも、他人を蔑ろにしていいわけがない。それに、やっぱりヘビだけは苦手だからだ。
 今更ながら寒気に襲われ、つばめは悶絶した。




 長い廊下を通り、曲がり、奥の間に通された。
 畳が敷き詰められた広間の中央に布団が敷かれ、そこで一人の少女が眠っていた。人形のように整った顔付き にまだらに脱色した長い黒髪、折れそうな細さの首、透き通っているかのような白さの頬。それは、五人目の吉岡 りんねだった。長い睫毛に縁取られた瞼は固く閉ざされ、細い吐息に合わせて胸元が上下していた。りんねの枕元 に控えていた使用人は退室し、つばめと文香、そして高守だけが残された。

「ここにいるってことは、やっぱり、この子は吉岡りんねだったんだ」

 つばめが呟くと、高守が返した。

『そうだよ。色々と事情があってね、御鈴様を演じていてもらったんだ』

 つばめが布団の傍に正座すると、文香は高守の入ったコップを水差しの載ったお盆に置いてから、りんねの顔に 手を伸ばした。文香の指先が色白の頬をなぞった瞬間、文香は得も言われぬ声を漏らし、目を潤ませた。それは、 つばめに食事を作ってくれたり、優しい言葉を掛けてくれた際の好意とは根本から異なる掛け値なしの愛情だった。 言葉を出すのも惜しいのだろう、泣き出すのを必死に堪えながらりんねを愛でている。髪を撫で、呼び掛け、涙を 数滴零した。それほどまでに愛されているりんねが羨ましくもあり、妬ましくもあり、つばめは目を伏せた。

「お願い、つばめちゃん」

 文香はりんねの白い手を布団から出し、胸元に横たえた。つばめはその冷たい手を握り、命じた。

「起きて」

 つばめの手の中で、華奢な指が曲がった。呼吸が少し速まり、手足が布団の下でびくついた。睫毛が震えて瞼が 薄く開き、瞬いた。唇も動き、頬に徐々に血色が戻ってくる。瞼が開き切ると、眼球が動き、りんねの視線が布団を 囲む者達を捉えた。だが、文香には留まらず、つばめを見据えた。次の瞬間、りんねは布団を跳ね上げた。

「んだてめぇっ!?」

 つばめの手を振り払って飛び退いたりんねは、長い髪を振り乱しながら壁際に逃げた。

「つか、なんだよここ!? 俺、さっきまで事務所にいたんじゃねぇのか!? 一体何がどうなってやがる、てめぇの せいか、そうなんだな、つばめ!」

 りんねは荒い語気で叫び、敵意を込めた眼差しでつばめを睨んできた。が、高守の種子に気付いた。

「……いや、違うか。高守がここにいるってことは、クソヘビ野郎も連れてこられたんだな」

『理解が早くて助かるよ、御鈴様』

 高守が手早く文章を打ち込むと、りんねは無造作に水差しを取って、コップに入れずに直接呷った。

「んで、俺はどうすりゃいいんだよ。つばめの所有物にだけは成り下がらねぇからな、俺は他の連中とは違ぇし」

『それは僕だって同じさ。一時的に利害関係が一致しているだけだから、手を組むことにしたんだよ』

 高守が答えると、りんねは舌打ちした。

「俺も付き合わされるのかよ? ウゼェな」

 二人のやり取りを見、文香は硬直していた。文香が思い描いていた愛娘とは言動が懸け離れていたからだろう。 つばめもりんねの外見と内面のギャップに戸惑ってはいたが、美野里の事務所での戦闘で目にしているし、りんねの 言動には既視感があったので割り切ることが出来ていた。ある程度の想像も出来たが、それはあくまでも想像 の範疇であり、それが現実に起きたとは到底思いがたい。しかし、こうやってりんねの言動を目の当たりにすると、 つばめはこう思わずにはいられなかった。そして、それを口に出さずにはいられなかった。

「何があったか知らないけど、なんで藤原伊織みたいな言動になっちゃったの? 頭打ったの? それとも二人で 階段からゴロゴロ転げ落ちて精神だけ入れ替わっちゃったの? だとしたら、藤原伊織はどこに行ったの?」

「んだよ、まだ説明してなかったのかよ。クソが」

 嫌みったらしく眉根を歪ませたりんねに毒突かれ、高守は触手を曲げた。

『ちょっと忙しくてね。改めて紹介するけど、こちらは御鈴様。弐天逸流の新たな御神体であり、ネットで売り出し中の 新人アイドルさ。でも、つばめさんの予想は当たらずとも遠からずだよ。御鈴様は、瀕死の藤原伊織君と御嬢様が 融合した結果出来上がった人物なんだ。つまり、肉体は御嬢様だけど精神は伊織君なんだよ』

「え?」

「え、ええええええー!?」

 つばめ以上に文香が驚き、りんねに詰め寄った。

「じゃあ、りんねはそこにはいないの? せっかく会えると思ったのに、やっと家族になれるって思ったのに、あなたは りんねじゃないの? また、りんねの格好をした別人なの? どうしてなの? なんでそんなことをするの!?」

「これは、俺とりんねの意思による結果じゃねぇよ。だが、りんねの精神は死んでねぇし、俺もりんねの体を好き勝手 に使っているわけじゃねぇ。アイドルごっこも、りんねの許可を得た。つか、このケバいババァ、誰だ?」

 りんね、もとい、伊織が文香を指して不思議がると、文香は泣きそうになったので、つばめは慌てて説明した。

「吉岡りんねのお母さんだよ!」

「あ、あー! えっと……なんか、すんません。こんなことになっちまって」

 すると、伊織は納得した後に態度を改め、布団の上に座り直した。伊織なりに責任を感じているのだろう。文香は 納得も理解もしがたいようだったが、少し落ち着いたのか、佇まいを整えた。

「詳しい事情は、後でゆっくり説明してもらいますからね」

「俺の知っている範囲になりますけど、いいっすか?」

「ええ、もちろん」

 頷いた文香の横顔は険しかったが、それは恐怖や戸惑いによるものではなく、覚悟が据えられていた。これから 先、何が起きても受け止めるつもりでいるのだ。

『じゃあ、要点だけを掻い摘んで説明するけど……』

 そう前置きしてから、高守は複数の触手を使ってタイピングし、ホログラフィーモニターに二日間の出来事を箇条書き していった。次々に羅列される出来事に、伊織は驚き、困惑し、呆れ、そして嘆いた。

「馬鹿かてめぇは。つか、途中で姉貴が裏切っていたって気付けよ、なんで人の忠告を無視しやがるんだ!」

 伊織に正論をぶつけられ、つばめは臆しかけたが言い返した。

「じゃあ、あんたはどうなの! 吉岡りんねが行方不明になって、助けてーって電話が来たら、信じるでしょ!」

「それは……なんだ、時と場合に寄りけりじゃねーの?」

 痛いところを突かれたのか、伊織は口籠もった。高守は触手を一本伸ばし、伊織の細腕を叩く。

『御嬢様への忠誠心の表れじゃないか、恥じらうことでもないよ』

「ウッゼェなーもう」

 伊織は照れ隠しに高守の触手を弾いてから、つばめに向き直った。

「大体の筋は解った。遺産絡みのゴタゴタの黒幕はつばめのクソ爺ィで、弐天逸流の本部に乗り込んできてシュユ を操ったのもそいつで、俺達をこんな目に合わせやがった切っ掛けを作ったのは全部クソ爺ィってことだな。んで、 遺産を掻き集めて変な宇宙船を動かして、コンガラを奪いに来るんじゃねーのっつー話だな。けど、いつ襲われる のかってビクビクするのは性に合わねぇ。いっそ、誘いを掛けようぜ。俺のデビューライブ、ぶちかますんだよ」

 好戦的に頬を持ち上げた伊織の言葉に、つばめと文香は戸惑うが、高守は乗り気だった。デビューライブをする ことが、なぜ佐々木長光を挑発することになるのだろうか。この一大事に、そんなことをしている暇があるものか。 つばめは意見したくなったが、文香がすっくと立ち上がった。

「そうと決まれば、早速会場を押さえてくるわ! 観客も半日で掻き集めてあげる! なんだってしてやるわよ、私は りんねの味方なんだから!」

 さあ忙しくなってきたわ、と言いながら、文香は足早に去っていった。つばめは彼女の潔さに圧倒されてしまって、 制止することすら出来なかった。伊織も高守も同様で、ぽかんとしている。気も強ければ決断も早く、こうと決めたら 即決してしまう性格なのだろうが、それに伴った利害を計算しているのだろうか。どのジャンルにも言えることだが、 大規模なイベントを行うためには、それ相応の準備期間が必要だ。増して、大会場でのライブとなれば。

「でも、なんでライブなの? それって何か意味あるの?」

 つばめが変な顔をすると、伊織は寝乱れた髪を荒い仕草で掻き上げた。それでも、美貌は翳らない。

「弐天逸流っつーか、シュユの原動力は信仰心なんだよ。だから、俺は信者の数を増やすためにアイドルごっこを してシュユを叩き起こすはずだったんだが、てめぇのクソ爺ィが引っかき回したせいで予定が狂ったんだよ。だが、 これは断じて俺の意志じゃねぇからな、高守と弐天逸流の連中が俺とりんねを仕立て上げただけなんだからな!  それだけは勘違いするじゃねぇぞ、寺坂とか一乗寺とかに変なことを言ってみろ、首を飛ばしてやる!」

 次第に羞恥心に駆られたのか、伊織はつばめに食って掛かってきた。つばめは半身を引き、苦笑する。

「大丈夫だって、余計なことは言わないから。まあ、その……大変だね、お互いに」

「だとしても、だ。クソ爺ィがシュユを動かすための信仰心を集められねぇ、っつー保証はねぇ。本部にいた弐天逸流 の信者共は高守が外に逃がしたし、そこら中に散らばっている信者共と俺のファンの洗脳はそう簡単には解けない だろうが、クソ爺ィにはバックボーンがいる。そうだろ?」

 伊織は高守に話を振ったが、つばめが答えた。

「あ、それは吉岡グループだよ」

「だったら、なんで逃げねぇんだよ。ここがりんねの実家で、あの小母さんがりんねの母親なら、吉岡グループの肝と 言っても過言じゃねぇ。他の連中が生死不明だっつっても、なんで敵の懐に飛び込むような真似をしやがる。俺は ともかく、てめぇには人を殺してまで生き延びる覚悟も度胸もねぇだろ。アホか」

「無茶言うなっ! 泥だらけだったし疲れていたしお腹空いていたし、長い物にぐるぐる巻きにならなきゃ、あのまま 行き倒れていたかもしれないんだもん! 大体、もう誰が敵か味方かなんてあってないようなもんじゃんか! 敵か 味方かで相手を括っているようじゃ凌げる状況も凌げるわけがない! 文香さんは私を利用したいから助けてくれた んだろうから、私も文香さんと吉岡グループを利用し返してやるつもりで連れてこられたに決まってんでしょっ!  逆らう余力がなかったのも事実だけど!」

 羽部に対する苛立ちを伊織の罵倒で煽られたつばめは、中腰になって語気を荒げた。

「遺産が手元になかったら、私が役に立たない人間だってことはよぉーっく知っている! ただの人間が出来ること なんて限られているんだから、回りにあるものを利用するっきゃないだろ!」

「お……おう」

 つばめに気圧され、伊織は若干仰け反った。その反応に満足し、つばめは座り直して腕を組む。

「解りゃいいんだよ」

『で、その、吉岡グループが佐々木長光のバックボーンだっていう証拠は?』

「説明するよりも、実物を見せた方が早いよ」

 つばめは高守の入ったコップを手に取り、立ち上がった。伊織は訝しげだったが、腰を上げた。ふすまを開けて 広間から出ると、似たような景色が続いている廊下を見比べたが、どこから来たのか解らなくなった。広間の外で 控えていた使用人に声を掛け、床の間への道順を尋ねると、親切なことに案内してくれた。
 長い廊下を歩き、曲がり、曲がり、再び床の間に辿り着いた。伊織と高守は、薄布を顔に掛けられて横たわった 二体の複製体と五つの骨壺を目にした途端、つばめの説明がなくとも悟ったようだった。伊織は慟哭を押し殺して 拳を固め、高守は触手を萎れさせた。二体の物言わぬ肉塊が、人間の形をしていて人間と同じ成分で出来ていても 人間として得るべきものを何一つ得られずに命を落とした者達が、佐々木長光の業を如実に伝えてくれた。
 祖父は、人を人とは思っていないのだと。





 


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