機動駐在コジロウ




終わり良ければ全て良し



 構築した情報を用い、自我を編成する。
 きゃあきゃあと歓声を上げて逃げ回る子供達を追い掛けていくのは、黄色と黒の外装と背中の昇り竜が特徴的な 人型重機、岩龍だった。特撮ヒーロー番組の真似事をしているらしく、皆、岩龍に必殺技と思しきポーズを取っては 奇妙な単語を叫んでいる。その度の岩龍は仰け反り、やられた振りをしている。
 護、ひなた、翔也の三人は物心付く前から一緒にいるため、仲が良い。護は少々大人しい性格だが、父親と姉の 血を受け継いでいてロボットファイトの世界に興味津々だ。ひなたは母親に似て男勝りな性分の少女である一方、 三人の中で最も思い遣りがある。翔也は特異な性質の母親の血をあまり受け継いでおらず、常識的な性格だが、 時折エキセントリックな一面を覗かせる。そんな三人に遅れながらも走っているのが、つばめの義理の娘、すずめ だった。今年で三歳になり、口も達者になった。年長の護とは八歳も歳が離れていて、体の大きさが違いすぎるが、 三人と同じ遊びに混ざろうと、毎日一生懸命だ。負けず嫌いな性分なのだ。

「なあ、コジロウ」

 格闘用から土木作業用の両腕に換装しているレイガンドーは、すずめを見守っている警官ロボットを窺う。

「お前がしたことは、無駄だったんだな」

「その言葉の意味が解らない」

「だってそうだろう。お前は、自分を戒めるために自力でムジンを割って、理性を俺に、感情を岩龍に与えたんだ。 武公はちょっと違うな。お前の青臭い部分、とでも言うべきか。そうした理由は解っている。余計なことを考えずに、 つばめを守るためだったんだろう。だが、お前って奴は」

 泥の付いた両手を払いながら、レイガンドーは佐々木家の庭先に視線を投げた。母親然とした佇まいのつばめ が、はらはらしながら娘を見守っていたが、コジロウの目線に気付いて笑みを向けてきた。その左手の薬指には、 コジロウの外装の合金を加工して作られた銀色の指輪が填っていた。すずめを養子として迎えてからしばらくした 頃に、佐々木長孝が息子の破損した外装を削って加工し、娘に贈ったものである。

「昔は俺も若かった。お前に苛立ったことがあったが、今はそうでもない。むしろ、お前から分離させてもらったこと を感謝しているよ。そうでもなければ、俺は美月と出会えなかった。一緒に戦うことも出来なかった」

 レイガンドーは欧米風の動作で、首を横に振る。現役時代にアメリカで暮らしていたせいだろう。

「だが、その結果は」

「言うな。美月の左腕が潰れたのは、誰の責任でもない。俺が美月を肝心な時に守ってやれなかった。それだけの ことなんだ。それに、デビューしてからの十年間、俺と美月、そして岩龍はトップを突っ走ってきた。だから、息切れ する前に休んでおけってことなんだと思っている。美月も散々苦しんだが、今はこれで良かったと言っている。護と 一緒にいられる時間も増えたし、俺をいじり回している時間も増えたしな。RECのレギュレーションは変わらんが、 オーナー以外の枠で復帰出来る可能性はないわけじゃない。だから、そう悪いことばかりでもないんだ」

「そうか」

「だから、これからもよろしく頼むぜ」

 兄貴、とレイガンドーはコジロウを小突いてから、畑の開墾作業に戻った。大型のバケットを備えた両腕を用いて 土を盛大に掘り返すレイガンドーを、美月が監督していた。左腕の義肢は歳を重ねるごとに最新型に交換している ため、今では生身の腕と遜色のない外見になっていた。RECのリングでは色味の強い化粧をしてアイドル紛いの 派手な衣装を着ていたが、機械油と泥の汚れが付いた作業着を着てレイガンドーを見守るようになってからは表情 が心なしか柔らかくなっていた。ロボットファイトに青春を費やし、若さを使い切ったからだろう、達観しているようでも あった。美月とレイガンドーが言葉を交わす様も穏やかで、暖かみがあった。
 ぐおおおおお、と呻いて仰け反った岩龍は、仰向けに倒れた。ヒーローごっこも一段落したらしく、護が勝ち誇り、 ひなたが決めポーズを取り、翔也がそれを少し冷めた目で見ていた。息を切らしながら三人に追い付いたすずめは、 最後まで遊びに混ざれなかったのが相当悔しかったのか、徐々に涙目になった。

「こーじーろーぉーっ!」

 途端に、すずめはコジロウの元に駆け寄ってきた。

「ねえコジロウ、岩龍と戦ってよぉ! どかーんばきーんぐわっしゃーってやっつけてよー!」

「その命令は受け付けられない」

「なーんーでー! だって、コジロウって強いんでしょ、岩龍は悪い奴なんだよ、どおしてぇー!」

 すずめはコジロウの脚部装甲にぺちぺちと平手を当てたので、コジロウは腰を屈めて目線を合わせる。

「岩龍は本官と敵対関係ではない。更に、岩龍は人間に対して危害を加えない」

「じゃ、僕と戦ってみる? ねえねえねえ?」

 佐々木家のガレージから出てきた武公がすずめに話し掛けるが、すずめはむくれる。

「やだ。武公は強くないから、コジロウに倒されても面白くないもん」

「これでも、メガトン級王座を二度も取ったんだよ? それを強くないだなんて言わないでよー」

 武公が拗ねてみせるが、コジロウは武公を押しやってから、再度すずめに言う。

「本官と岩龍が戦闘を行うべき、正統な理由が存在しない。よって、すずめの命令は」

「もーいいっ、お母さんと遊ぶー!」

 コジロウなんて嫌いっ、とすずめは言い放ってから、おかぁさーんっ、とつばめの元に駆けていった。一部始終を 見ていたつばめは、すずめにまとわりつかれて家の中に引っ張られていった。

「ああいう言い方しかしないから、嫌われちゃうんだよ」

 それでもお父さんなの、と武公に茶化されたので、コジロウは反射的に武公の側頭部に拳を入れた。がしゃあっ、 と合金と合金が激突すると、武公はたたらを踏んで後退った。

「なんで殴るの!」

「本官はその呼称に相当する立場ではない」

 コジロウは冷徹に言い放ち、兄弟機に拳を突き付けた。困った兄貴だなぁもう、とぼやきながら、武公は掠り傷が 付いたマスクフェイスを押さえてガレージに戻っていった。レイガンドーからは三年、岩龍からは二年遅れてREC を引退した武公も、長孝の手で格闘用から土木作業用に改造してもらっているのである。
 コジロウは佐々木家の敷地内を巡っていくと、庭に面した居間では母と娘が戯れていた。散々走り回ったので汗を 吸った服を着替えさせられたすずめは、母親に髪を梳かれながら、子供ながらに愚痴を零している。つばめはその 幼い言葉に耳を傾けながら、笑いを堪えている。

「ねえお母さん、コジロウってお巡りさんなんでしょ?」

「そうだよ。パトカーと同じ色だし、頭のところに警察のマークが付いているからね」

「じゃ、なんで悪い奴と戦わないの? 岩龍はね、ニンジャファイターを苦しめる地獄ロボ軍団の一人なんだよ」

「そっか、今日はそういう設定だったのか」

「セッテイじゃなーい、本当のこと!」

「はいはい」

「でね、岩龍も悪いロボットだけど、もっともっと悪い奴らがいるじゃない。あーるいーしーに出てくる、ブラックボマー ってのもすっごく怖いし、一杯物を壊すし、この前は女の人を攫ったじゃない。で、警察って正義の味方なんでしょ?  警官ロボットは困っている人を助けるロボットなんでしょ? それなのに、なんでいつもおうちにいるの?」

「うちというか、この集落にいるんだよ。すずめが寝た後に、怪しい人がいないか、変なことが起きていないか、誰か 困っていないかってパトロールしてくれているんだよ」

「どおして?」

「可愛い可愛いすずめを守るためだよ」

「どおして?」

「すずめのお母さんの、私も守るためだよ」

「どおして?」

「そりゃ……コジロウは、私の」

 つばめは言葉を濁し、すずめの髪をボンボンの付いたヘアゴムで結んでやった。

「まも兄ちゃんちには、あんまり帰ってこないけどお父さんがいるよ。ひな姉ちゃんちには、でっかいけど凄く優しい お父さんがいるよ。しょう兄ちゃんちにも、刑事さんのお父さんがいるよ。なのに、なんでうちにはお父さんがいない の? ねえ、どおして?」

 ボンボンの付いた頭を揺すり、すずめは問い掛ける。つばめは娘と向き直り、微笑みかける。

「すずめが大きくなって、色んなことが解るようになったら、少しずつ教えてあげる」

「お父さんのことも?」

「うん。ちゃんと話してあげる」

「嘘吐いちゃダメだよ? 嘘だったら、コジロウにタイホしてもらうからね?」

「大丈夫だって。だったら、ほら、約束しよう」

 つばめが小指を差し出すと、すずめも短い小指を伸ばしてきた。指切りげんまん、と約束を交わす母と娘を視界に 捉えていたが、コジロウは視線を外した。つばめとすずめが戯れる声を背に受けながら、コジロウは集落内の警邏 に戻った。すずめに家族として認識されていない以上、親子の団欒に割り込めるはずがないからだ。
 子供達とのヒーローごっこを終えた岩龍は、レイガンドーに手伝ってもらいながら泥だらけになったボディを洗って いる。美月はそんな二体を見守りながら、身振り手振りで必殺技を繰り出している弟の話も聞いている。
 駆け足で帰宅したひなたを、畑仕事から帰ってきた武蔵野が出迎えた。そして、第二子を妊娠している小夜子にも 出迎えられ、手を洗ってこいとせっつかれていた。ひなたはお昼御飯が何なのかが気になるらしく、しきりに台所を 覗いていたが、母親から手伝えと言われると喜び勇んで台所に駆け込んでいった。
 マイペースな足取りで帰宅した翔也は、分校での教職に戻って久しいが勤務態度は一切変わらない母親、一乗寺 皆喪を起こしに掛かった。休日となれば、昼過ぎまで起きてこないからだ。内閣情報調査室の諜報員としての職は 退いたものの公僕であり続けている周防国彦は、一ヶ谷市内の警察署にて警官として勤務している。なので、非番 と休日が重なることは希で、今日もまた母親と息子を残して仕事に出ている。だから、だらしない母親とあまり家に 寄り付かない父親の元で生まれ育った翔也は、子供達の誰よりもしっかりしている。
 浄法寺の近くに差し掛かると、庭木の剪定をしている道子と、長年使い込んだバイクを手入れしている寺坂から 挨拶された。吉岡家の近くにも行くと、ドライブインの定休日なので自宅で休息を取っていた吉岡文香からも挨拶を された。娘とその恋人の墓に供えるために育てた花を摘んでいた。極めて平穏だった。
 逃げ水が白く撥ねるアスファルトを歩きながら、コジロウはいつしか船島集落跡地に辿り着いていた。クテイの根の 残骸の処理作業は全て終わっていて、船島集落跡地は更地となっていた。どことなく船底に似ていた地形も、 クテイの根を掘り出したり、崩れた斜面を修復したため、いびつになっていた。処理作業を行っていた人間達は一人 残らず撤収していて、現場事務所であったプレハブ小屋も撤去され、重機も一台残らず引き上げていた。船島集落 跡地に通じる唯一の道には、政府が設置した監視カメラと各種センサーは設置されていたが、警備を行う人間の姿 は見受けられなかった。砂埃と枯れ葉が堆積した道路を歩いていくと、錆びたプレハブ小屋に差し掛かった。

「やあ」

 集落から外れたプレハブ小屋で暮らしているシュユは、ふらりと触手を振ってコジロウを出迎えた。

「君はそのままでいいさ、コジロウ君。だって、それが君って奴じゃないか」

 シュユは遺産同士の互換性を通じ、コジロウの思考の奥底にある薄い感情を読み取ったようだった。コジロウは 反論もしなければ返事もせず、シュユの住居の前を通り過ぎて歩き続けた。
 コジロウは思考する。つばめの幸福と自分の幸福は同一ではないのだと、理解出来たからだ。つばめはコジロウ が傍にいてくれればそれだけでいい、と言った。それが、つばめの信じる愛の形なのだと。だが、その言葉は、傍に いる以外の何も出来ないコジロウに対しての思い遣りでもあったのだ。
 コジロウはムリョウであり、ムジンであり、ロボットであり、機械であり、道具だ。それ故に出来ることは多々あれど、 それ以上に出来ないことも多い。だが、人間臭いわだかまりを表には出さずに、つばめの命令を貫き通すことこそ が自分の使命なのだとも判断する。つばめの幸福を支え、守り抜けるのは自分だけだとも自負する。そして、それが 愛と称すべき主観だと断定する。生み出せなくても、与えられなくても、添い遂げられればいい。
 揺らぐな、迷うな、躊躇うな。過去の数々の経験を糧にして得た自我と感情を強張らせて、ロボットとしての矜持を 保つためにも、コジロウ自身が見出した愛を果たすためにも。決意を固める際に握り締めた拳を緩め、凄惨な過去が 宿る土地に背を向け、愛する女性とその家族が待つ家へと進路を定めた。
 己の意思で下した判断だった。




 七十年の年月を経て、船島集落跡地には草木が生い茂った。
 コジロウは主を支えてやりながら、鬱蒼とした森へと姿を変えた、因縁の地を見下ろしていた。吉岡文香が経営 していたドライブインがあった場所も更地になっていたが、駐車場であったアスファルトは残っていた。雑草が生えて 至る所にひび割れが出来ていたが、車一台分のスペースを区切っている白線は昔と変わらない姿で雑草の合間に 横たわっていた。コジロウはつばめを横抱きにして、集落を一望した。

「ねえ、覚えている?」

「本官は、つばめと出会ってからの全ての事象を記録し、記憶し、保存している」

「ここで初めて、コジロウに会ったの。凄く強くて、格好良くて……今でも、たまに思い出すぐらい」

「本官も記憶している。つばめが本官を再起動させ、管理者権限を行使して命令を下したことを」

「あの日は、何もかも信じられなかった。あの時は、美野里さんがああなることは予想もしていなかった。ただただ、 お金が欲しかった。そして、あなたが欲しくなったの」

「その行動と判断は正確だった」

「うん。そうだね」

「つばめは何も心配することはない。すずめも、その子孫も、本官が守り通す」

「ありがとう。また、お婆ちゃんとお母さんに会えるかな。ちょっと先にあっち側に行っちゃった、お父さんにも会える かな。他の皆にも、会えるかなぁ。会ったら、色んなことを話したいんだ」

「つばめがそれを望むのであれば、異次元宇宙と遺産は応えてくれる。本官がそうであったように」

「うん。いつか、コジロウを迎えに来るね。一人になんて、させないからね」

「……了解している」

「今、気付いたんだけどね」

「いかなる事実に」

「コジロウってさ、了解した、じゃなくて、了解している、って言う時があるでしょ。それって、ちょっと意味が違うんだ よね。了解している、ってことは、私の言うことも気持ちも最初から解ってくれていたってことだから」

 だから、あなたには最初から感情があったんだね。そう呟いて、つばめは痩せた手でマスクフェイスに触れる。

「もっと早く、そのことに気付きたかった」

「それは、最重要機密事項だ。だが、管理者権限所有者からの命令であれば情報を開示することは可能だ」

「馬鹿だなぁ、私も。最後の最後にならないと、そんなに大事なことに気付けないなんて」

 つばめは掠れた声で笑ってから、コジロウの肩装甲に頭を預ける。色素が抜け落ちて白くなった髪と弛んだ肌が 痩せ細った骨格に貼り付き、コジロウが背負っている酸素ボンベと繋がっているマスクの内側に吐き出される呼気 はか細い。体温も脈拍も低下していて、今にも途切れてしまいそうだ。もう少しだけ猶予を、とコジロウは密かに願い ながら、主を抱く腕に力を込める。そう思うだけ、空しくなると知っているはずなのに。

「もう何も欲しがらない、って、あの時決めたのにね。でも、やっぱり欲しいものはあるよ」

 つばめはコジロウの首の後ろで手を組み、懇願してきた。

「もう一度、言って」

「愛している。本官は、僕は……つばめを何よりも愛している」

 コジロウは背を曲げ、つばめの頬にマスクを寄せる。白く血の気の失せた肌と、白い外装が重なる。

「愛してる。コジロウ。だから、ずっとずっと私のものでいてね」

 私もあなたのものだから。その言葉を言い切る前に、彼女の呼吸が止まった。脱力した両手を取って、胸の前で 組ませてやってから、横抱きにし直した。積層装甲に搭載されたセンサーでかすかな体温が抜けていくことを感じ 取りながら、コジロウは膝を折った。ムリョウが高ぶる、ムジンが過熱する、電脳体が震える。やり場のない感情が 機体を痺れさせ、全ての機能が著しく低下した。発声装置が停止し、慟哭すらも出せなかった。それが寂しさなのだ と肉体的に感じながら、どれほどの時が過ぎようとも、つばめの命令を貫き通すと誓った。
 たとえ、この宇宙が終わろうとも。




 赤い砂塵、白い光、黒い闇。
 そして、黄色い布地。シュユが纏っていた布地の残骸を握り締めるが、その中身は何千万年も前に朽ちていた。 遙か昔に、彼も滅んだ地球の一部と化したからだ。話し相手がいなくなったのは寂しいが、いずれまた出会えるだろう。 この宇宙の万物は、輪廻しているからだ。老化した末に膨張し、赤色巨星となった太陽の熱波に薙ぎ払われた 地球は跡形もなく、コジロウと佐々木家の墓石の周囲だけが、未だに原形を止めていた。正方形に切り取られた 地球の欠片に立ち尽くし、太陽の死骸である白色矮星が発する超高温の熱を浴びながらも、コジロウは佐々木家 の墓石に寄り添い続けていた。

「お疲れ様」

「本官は疲弊しない」

「そういうところ、相変わらずだね」

「職務の継続中につき、警戒姿勢は緩められない」

「うん。そうだろうと思った」

「所用か」

「約束したでしょ。迎えに来たの」

「待ち侘びていた」

「私も」

 赤く焼けた砂と風化した黄色い布を握り締めていた銀色の手に、小さく柔らかい手が触れる。コジロウが人差し指 と中指を広げると、その手は指を二本だけ握ってきた。振り返ることを恐れるほど、それが空想や妄想や夢の類では ないのかと疑いたくなるほど、現実と意識が交わってしまったのではないかと危惧するほど、嬉しかった。かち、と 指輪が積層装甲に擦れた際の僅かな金属音を、膨大な電磁波の影響で絶え間ないノイズに襲われているはずの 聴覚センサーが拾った。間違いなく、感知した。
 ぎし、と砂が堆積したために関節部の駆動が鈍くなった指を曲げ、その手を握り返してやる。心臓の代わりに過熱 するムリョウと、いつになく凄まじい情報量を処理しているために処理落ちする寸前のムジンに促され、コジロウは 赤いゴーグルを下げる。そこには、忘れもしない、忘れるはずもない、忘れることなど有り得ない姿で。
 あの日の、彼女がいた。







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