DEAD STOCK




5.Rip Off



 雨音とは異なる異音が耳に届いた。
 それが何なのか察しが付いたデッドストックは、プレタポルテを抱えて咄嗟に身を屈めた。どずんっ、と鈍い衝撃音 と共に肉片と血が噴出し、汚れた羽が散らばった。銃口の主は思い掛けない衝撃に仰け反り、口を半開きにした ので、その隙を見逃さずに足を払って転ばせた。バッテリーと思しき箱が付いた銃を奪い、今し方までそれを持って いた男の頭部に据えて引き金を引くと、弾丸は出ずに熱線が放たれた。蛋白質が焼ける匂いが立ち上り、脳天に 焦げた穴を開けた男は痙攣したが、しばらくすると動かなくなった。

「バードストライクの奴もしつこいな」

 銃口に突き刺さっているカラスの死骸を引っこ抜き、デッドストックは肩を竦める。先程から、雨音に混じって異物 が投擲される音を耳にしていたのだが、さすがのバードストライクもこの悪天候では照準が定まらないのか、デッド ストックを掠りもしなかった。今度も適当にあしらおうと思っていたのだが、まさかこんな形で役に立ってしまうとは、 バートストライク本人も思いも寄らなかっただろう。
 背後でドアが閉まったが、振り返らずに進み続けた。警備員として配備されている輩は一人や二人ではないのか、 薄暗い廊下を駆けてくる足音は多かった。銃なんてまともに扱ったことはないが、せっかく拾ったものを無駄に するのは惜しいので、デッドストックは行く手を塞ぐ人影に向けて銃口を向け、引き金を引いた。赤い光線が直進 し、人影の胸や腹を貫いては血飛沫が舞う。反動がほとんどないがバッテリーと何らかの装置がやたらと重い ので、きちんと照準を据えて撃つのは至難の業だった。落ち着きなくうろちょろしているプレタポルテを押さえながら、 ライフル式の銃のストックを脇に付けてから引き金を引いた。撃ったことはなくとも、使い方は知っているからだ。
 相手が撃ってくる前に攻撃しなければならないのは厄介だったが、いちいち近付いて殴るよりも簡単かつ確実で すんなりと進路を開けた。しかし、バッテリーの充電量が長持ちしないらしく、それも長くは続かなかった。十数人、 いや、二十数人を倒したところで赤い光線は出なくなってしまい、ただの金属製の筒と化した。
 役に立たなくなったライフルを放ってから、デッドストックは手近な部屋に身を隠した。手当たり次第に殺してきた からだろう、にわかに騒がしくなっている。プレタポルテは何が起きているのか今一つ解らないらしく、きょとんとして いたが、余計なことを言って騒がれると困るので特に説明しなかった。
 その場凌ぎで身を隠した部屋の中を見回すと、思いの外広かった。薄暗いが、暗がりに慣れた目なので見通しは いくらでも効く。天井は高く、奥行きも広かったが、金属製の箱が雑然と置かれていた。何らかの法則があるのか どうかは定かではないが、散らかっているような印象は受けなかった。
 箱にはラベルが貼り付けられていて、内容物を示す単語が書かれていた。機械部品、薬剤、宝飾品、電子機器、 など種類は豊富だったが、最も数が多かったのは内臓だった。脳、皮膚、眼球、歯、舌、骨、手、足、性器、という ラベルが貼り付けられた箱にはケーブルとチューブが繋がっていて、それらは部屋の奥へと伸びていて、見上げる ほど大きな機械が動いていた。人工体液循環装置、という文字が読み取れたので、恐らく、この大きな機械で体液 を循環させて内臓を維持しているのだろう。何の目的で集めているのかは想像も付かないが、そんなことに興味を 持っても何の意味もないので、デッドストックは見なかったことにした。

「ぴっ」

 突然、プレタポルテが小さく悲鳴を上げた。

「おい」

 黙れ、とデッドストックは人造妖精を小突こうとしたが、プレタポルテは短い腕を精一杯振り回した。誰かがいるの だろうかとプレタポルテが指し示している方向を見やると、金属の軋みが聞こえてきた。ぼんやりとした光をいくつも 灯した体を重たげに揺らしながら歩み寄ってきたが、背中からはヘソの緒のようにチューブが伸びており、それは一段 と大きい箱に刺さっていた。この部屋の住人なのだろうか。

「なんだ、お前は」

 デッドストックはプレタポルテを背後に隠してから、手袋を外す用意をした。ゆらりゆらりと風にそよぐ麦の穂のよう にしなりながら、それは近付いてくる。その度に、チュイン、キュイン、と鋭い金属音が上がる。ドアの隙間から漏れる 細い縦長の光が、それの体表面を輝かせた。薄汚れた銀色の肌を持った、人型の機械だった。

「てりゃう゛ぅ」

 プレタポルテは顔をしかめてデッドストックに縋り付き、小刻みに震えていた。

「おい」

 ただの機械ではないか。そこまで怯える意味が解らない。デッドストックは人型の機械とプレタポルテの間に立ち、 両者を隔てながら移動したが、人型の機械も追ってきた。じりじりとドアから壁に移動し、箱の群れの間を過ぎって いくが、人型の機械はデッドストックから離れようとしなかった。
 つるりとした顔面には、何も付いていなかった。ラバーマスクで素顔を覆い隠しているデッドストックが言えた義理 ではないが、不気味だった。銀色の外装もまた武骨で、両腕の手首から先には繊細な器具が何本も付いている が、それ以外は何もなかった。余計なものを一切合切削ぎ落として、利便性だけを高めた機械だ。NOBODY、との 文字が荒っぽく胸に刻まれていて、やけに目を惹いた。きっと、それが彼の名なのだろう。

「ノーバディ」

 デッドストックが文字を読み上げると、人型の機械は制動を掛けた。

「お前はここの管理者か?」

「私は、生体部品保管庫の管理、及び人工体液循環装置の管理、及び警備を一任されている」

「俺達はここの荷物には手を出さない。欲しくはないからだ。だから、何もしない」

「状況に応じて命令系統の優先順位を調整、現場に上官は不在、よって現行では人造妖精とその同伴者の命令 を最優先すべし。緊急事態に匹敵する状況であると判断し、結論付ける」

 平べったい中性的な音声で応じた人型の機械、ノーバディは、デッドストックの肩越しに人造妖精を捉えた。

「人工翅より、人造妖精の個体識別信号を確認。初期不良品であり、廃棄処分品である。よって、この人造妖精に オーナーは存在せず。早急な保護の必要性はないと判断する。よって、人造妖精の捕獲者の逮捕、及び、処刑の 必要性はないと判断する。状況終了」

「何がなんだか解らんが、解ったのならそれでいい」

 デッドストックはノーバディを遠ざけると、涙目になって震えているプレタポルテを脇に抱え、部屋の奥へと進んだ。 ノーバディは後を追ってこようとしたが、背中に刺さっているチューブはあまり長くはないらしく、途中まで付いてきた ところでつんのめった。敵ではなさそうだが扱いづらいのは間違いないので、デッドストックは今度こそ反応せずに 前進していくと、部屋の奥にドアが待ち構えていた。ノブを回してみるが施錠されておらず、簡単に開いた。
 カーブを帯びた円形の天井の下、燦々と光が降り注ぐ空間が現れた。そこには、見覚えのある檻が円を描くよう に配置されていた。パラシュートこそ外されているが、クリミナル・ハントで使われる犯罪者入りの檻に間違いない。 その中身は当の昔に死んでいて、白骨化している者もあれば腐肉が残っている者もいたが、全員、息絶えていた。 清浄すぎて毒々しささえある甘い空気で満ちていて、浅く吸っただけで噎せた。檻の下には葉の短い草が隙間なく 植えられていて、柔らかな緑色の絨毯と化していた。つんとした青臭さが鼻を突いてきたので、その匂いの元に目を やると、幅広の轍が付いていた。タイヤに踏み潰された草の汁が匂っているのだ。プライスレスが言っていた通り、 大型のトレーラーが積み荷を運び入れた証拠だ。
 轍を辿ると、排気を振りまいている大型トレーラーがコンテナのハッチを開けていた。積み荷はやはり犯罪者入り の檻で、中身もまだ健在だった。パラシュートに付いていた番号が檻の側面に塗られていたが、1番の檻と4番の 檻は空っぽだった。1番は墜落死し、4番はこうしてデッドストックが手に入れたのだから。

「あれぇー?」

 大型トレーラーのコンテナから、女が出てきた。長い栗色の髪と左目以外は包帯で覆っているが、短いスカート の下に伸びる太股とブレザーの胸元の膨らみと襟元に付いたリボンで、女だと解った。首を奇妙な角度に捻った 女は左目を瞬かせると、デッドストックとプレタポルテを捉えずに、その背後に焦点を合わせた。

「まーくん、どこいったの?」

 小柄な女はコンテナのタラップを軽い足取りで降りてくると、辺りを見回す。

「まーくん、さっきまでお手伝いしてくれていたのになぁ。イカヅチのお願いはちゃーんと聞かないと後が怖いよって、 まーくんはいつも言っているじゃない。それなのに先に帰っちゃうなんて、まーくんは意地悪だなぁ」

 息を殺し、気配を殺し、ただただ女の注意が逸れる時を待つ。それが、この包帯女、ジャクリーン・ザ・リッパーに 遭遇した時に最も有効な対処方法だ。ジャクリーン・ザ・リッパーは、その名の通り、あらゆるものを切り裂ける刃物 を全身から生み出す能力を持っている。だが、それ故に常時体が切り裂かれていて、包帯で押さえ付けていても、 傷口を塞いでも、すぐにまた刃が生えてきて肉を切り裂いてしまう。終わりのない激痛に耐えきれなくなった彼女が 選んだ自己防衛手段は、最も確実で簡単なものだった。発狂してしまうことである。

「あのねぇまーくん、今日はね、一杯御仕事したんだよ?」

 ジャクリーンは誰もいない空間に笑みを振りまきながら、スカートの裾を翻す。太股が裂けて刃が出る。

「イカヅチが掴まえさせた犯罪者をね、コレクションルームに運ぶっていう、とっても大事な御仕事を任されたんだよ。 まーくんも一緒にやったじゃない、やあだ、もう忘れちゃったの?」

 ジャクリーンが小首を傾げると、首を逸らした部分から細長い刃が飛び出す。動脈が切れて血が噴き出す。

「でね、あのね、イカヅチはその後にも御仕事を頼んできたんだよ。ほら、ほら、あれだよ、ええとなんだっけ?」

 はにかんだジャクリーンが肩を竦めると、手のひらから飛び出した刃が包帯越しに頬を刺した。

「違うよぉ、デートするのはその後、後だって。まーくんってせっかちだなぁ、んふふふ」

 ジャクリーンが身を捩ると、その勢いで腰の布地が裂けて太い刃が飛び出し、腸の切れ端が躍った。

「あ、そうだ、思い出した!」

 長い黒髪を靡かせながら振り返ったジャクリーンは、プレタポルテの目の前に顔を突き出す。喉から刃が現れて、それが 人造妖精の眉間に迫った。ジャクリーンの素早さも相まって刃物が出現する場所の予想が全く付かず、デッドストックは 身動いだ。が、ジャクリーンの血を幾筋も帯びた切っ先は、プレタポルテの眉間の数ミリ先に浮いていた。薄緑色の毛先を 僅かに削ぎ、重力に従って膨らんだ血の滴が、プレタポルテの襟元に染みる。

「デッドストックを殺して、人造妖精を手に入れるの! だって、イカヅチが欲しいっていうから!」

 息を詰めて唇を噛み締めているプレタポルテの目の前で、左目の焦点が泳ぎ、浮き、逸れる。

「でも、まーくんは欲しくないの? そっか、そうだよねぇ、まーくんには私がいるもんねぇ」

 脂汗を滲ませたプレタポルテから身を引いたジャクリーンは、落胆した。膝から刃が突き出し、骨が割れる。

「それでさ、まーくん」

 ジャクリーンの気が逸れているうちに、撤退しなければ。少なくとも、この部屋にはメダマはない。デッドストックは 必死に嗚咽を堪えているプレタポルテを抱き上げ、柔らかな芝生とその下の湿った地面を踏み締めながら、一歩 一歩、慎重に下がっていった。中身が入ったまま転がされている檻の隣を擦り抜けようとしたが、その時。
 じゃりぃっ、と二人を繋いでいる鎖が掴まれた。唐突な金属音と、左足を引っ張られた痛みに驚いたプレタポルテの 声とそれを押さえようとしてたたらを踏んだせいでデッドストックが後ろ向きに転んだ音が、卵の殻の内側のような 天井に反響した。ジャクリーンは左目の前に掛かった髪を掻き上げながら、振り返り、目の焦点を合わせる。

「その人達、まーくんのお友達?」

 己の意思で刃を生み出すことも出来るのだろう、ジャクリーンが華奢な両腕を振り下ろすと、その側面から大鎌の ように弓形に曲がった長い刃が跳ね出す。血飛沫と肉片が草を彩り、青臭さに鉄臭さを混ぜる。

「ふうん、へーえ、ああ、そうなの、そおなんだぁあああああああああっ!」

 妄想の中の男に当てた言葉と、目の前にいる標的に対する言葉を入り混ぜた言葉を放ちながら、ジャクリーンは 身を低くして駆け出してきた。デッドストックよりも頭二つは背が低いので、見るからに体重は軽い。だから、そこに 能力者特有の発達した身体能力を併せれば、羽のように舞い踊れる。
 少女の繰り出した大鎌が、デッドストックの鼻先に突き刺さる。その寸前に鎖を張り詰め、鎖の穴で大鎌の切っ先 を捉えたデッドストックは、ラバーマスクの下で歯噛みする。ぶわりと大きく広がった黒髪が落ち着くと、ジャクリーン は左目をぎょろつかせて腐った男と人造妖精を見据えた。射抜くように睨み、包帯に覆われた口元を広げる。

「そっかぁ」

 場違いに明るく弾んだ声を出し、包帯女は笑う。

「この黒い人、まーくんをいじめたんだぁ。妖精さんも、まーくんが嫌いだって言ったんだぁ」

 口角が上がるに連れて包帯を重ね合わせた部分が開き、舌と歯が覗く。舌先から、またも刃が飛び出す。

「じゃ、いじめ返してあげるねっ!」

 純粋な好意、真っ直ぐな思い、淡い恋心。過酷な現実と苦痛から逃れたいがために生み出した妄想の産物に、 甘ったるい感情を注いでいる包帯女は、その甘さを狂気と凶器へと変換している。だからこそ、侮れない。ダンスを 躍るかのように体を回転させたジャクリーンは、デッドストックのラバーマスクの下の目と目を合わせると、にっこりと 親しげに微笑んでみせた。ジャクリーンの足首から生えた刃が草を削ぎ、細切れの葉が渦を巻く。
 渦の中から、少女は失せた。





 


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