DEAD STOCK




6.Carry Out



 畑に放たれた火は、三日三晩燃え続けていた。
 プライスレスによる凶行の名残は、焼け爛れた畑のそこかしこで生焼けになっていた。炎の温度が今一つだった からだろう、ぐずぐずに煮えた肉や内臓が骨にこびり付いている程度だった。これでは中途半端で据わりが悪いが、 農民達の死体を一つ一つ焼いても時間が掛かる上に無意味なので、放っておくことにした。彼らはいずれ腐り果て、 堆肥と化し、再び作物となって人々の口に入ることだろう。
 未だに燻っている火が細い煙を上げていたが、すぐさま潮風に散らされた。トレーラーのコンテナのハッチ部分に 腰掛け、再生しつつある右腕の具合を確かめながら、デッドストックは忙しくトレーラーと民家を行き来する少年を 眺めていた。イカヅチにとって重要なものが保管されているドーム型の倉庫で、プライスレスに報酬としてどんなもの を盗んでも構わないと言ったが、あの倉庫にはプライスレスにとって価値があるものは見当たらなかったようだった。 なので、プライスレスは農民達が住んでいた掘っ立て小屋のような民家を漁っては、食糧や物資を盗み出し、次々に コンテナに積み込んでいった。トレーラーが動かせる程度で止めておいてほしいものである。

「むー」

 暇を持て余しているプレタポルテは、メダマを転がして遊んでいた。結局、プライスレスがマニュアルと首っ引きで 使い方を調べたのだが、起動させるためにはコンピューターの端末が必要で、コマンドもその端末を介して行うもの だと判明したのだが、肝心の端末が見つからなかった。それに気付いたのは、ジャクリーン・ザ・リッパーから追撃 されないためにトレーラーを盗んで倉庫から逃げ出した後で、その頃には倉庫からは十数キロも離れていた。再び 現場に戻って倉庫を漁れるような度胸も気力も体力もなく、危険を冒しても見返りが少なすぎるので、一旦身を引いて 回復に専念すべきだという結論に至った。
 三日前に雨は止み、広大な農場を舐め尽くした炎は燃やすものを失ったことで落ち着いたが、青々と生い茂って いた作物は全て炭と化した。これではヴィジランテの食糧事情が悪くなるが、デッドストックの知ったことではない。 潮風に混じって飛んでくる麦の穂の灰が、時折ラバースーツの肌を掠めていった。

「しっかしまぁ、どいつもこいつも」

 がっしゃん、と機械の詰まった箱をコンテナに乗せたプライスレスは、ガスマスクをずらして汗を拭った。

「ヴィジョン好きすぎじゃねぇの?」

 プライスレスが箱の蓋を開け、中身を見せてきた。そこには、大小様々なヴィジョン受像機がこれでもかと詰まって いて、電源が入っているものもあった。他のヴィジョン受像機に貫かれた立体映像の中では、アッパーに認められた 唯一のヒーロー、クリスタライズが清々しく活躍していた。即座に怒りを覚えたデッドストックは、手近な箱の中を探って 工具を出し、おもむろにヴィジョン受像機を叩き潰した。がっちゃん、と真っ二つに割れて立体映像も止まった。

「ああああああっ、売れるのに、ジャンク品でも売れるのに、金になるのにさぁ!」

 プライスレスは慌てふためきながら箱を押しやり、壊れたヴィジョン受像機をデッドストックに投げ付けてきた。が、 デッドストックは工具で打ち返してコンテナの内壁に激突させ、粉々に砕いた。その様を見ていたプレタポルテは、 面白がって笑った。プライスレスはガスマスクの中で文句を零しながら、コンテナの出入り口に腰掛ける。

「つか、ヴィジョン受像機ってそんなに簡単に捨てるようなものなのかな?」

「知るか」

「そりゃ、アッパーの事情なんてストッキーに聞くだけ無駄だけど、ちょっと気になるじゃん」

「どうでもいい」

「他の機械もバラバラ落ちてきたりするけど、まともに動くのはヴィジョン受像機と、それに関する機械ぐらいだろ?  後は大昔のエンジンとか、やたらと丈夫な車とか、そういうのだけでさ。ヒコーキとか、空を飛ぶ機械は面白いくらい 出てこねぇよなぁ。空を飛んでも、壁に激突してぶっ壊れちまうから無駄だってことで、誰が地面か海の底に埋めたの かもしんねぇけど。アッパー共が俺達を天上世界に行かせないために、俺達の御先祖を地下世界に封じ込めた時に 一切合切壊していったーって可能性もあるな」

「下らん」

「そう無下にするなよ、ストッキー。俺達がどうしてこうなのか、考えてみるだけ、無駄じゃないと思うぜ」

「そう思うのはお前だけだ」

「うぃ」

「そうかなぁ……」

 プライスレスは片足をぶらぶらさせながら、空を塞ぐ壁を見上げた。

「なんで俺達がこうなったのか、どうしてこうならなきゃいけなかったのか、どうやってあの壁を作ったのか、ダウナー なら気にならないわけがねぇって。俺は気になる。だから、色々本を読み漁ってみたり、それっぽい話を知っている 奴から情報を“寄越して”もらったりしたけど、納得出来るのが一つも出てこなかった。そうなると、余計に気になって 気になってさぁ。でも、知らない方がいいのかもしれねぇなぁーって思う時もあるんだよなぁ」

「すこぶるどうでもいい」

「うぃ」

「ちったぁ聞いてくれよ、どうせ暇なんだから」

「お前の話が退屈凌ぎになるとは思いがたい」

「うぃ」

「だったら、ストッキーにも妖精ちゃんにもリアクションなんて期待しねぇからな! 俺の独り言!」

 思うような反応が得られなかったため、プライスレスはむっとしつつも喋り続けた。

「そもそも、俺達が言うところの能力って何なんだろうな。生きていくために必要な能力だったら、もっとマシなものに なるはずじゃん? でも、蓋を開けてみれば役に立ちそうで立たないような、変なのばっかり。貧乏クジにしたって、 もうちょっとセンス良いはずだ。なのに、どいつもこいつも中途半端でいい加減で屑だ。徒党を組んでアッパー共を 叩きのめそう、とか、能力者とそうでない連中の間で戦争を、とか、海の向こうにいるはずの連中を探しに船旅に、 とか、まあとにかく、そういう建設的なものも起きねぇ。イカヅチはそれらしいことをしてはいるけど、所詮は自警団 上がりのヴィジランテだ、屑が屑を掻き集めたところで出来上がるのは塵の山だ。何にも、ならねぇ」

 珍しく真面目な口振りで、プライスレスは持論を述べた。

「俺達は、アッパー共のクソを分解して消化するだけの微生物なのか? つか、アッパー共は壁の上に本当に存在 してんのかよ? 存在しているとしたら、なんで宇宙に出ていかねぇんだ? 昔の本を読むついでに大昔のSF映画 とかも出てきたから見てみたけど、大抵の映画だと、地球の環境がズタボロになったら、地球を見捨てて新規開拓 するために宇宙に旅立っていくんだよ。んで、その開拓地で現住生物とドンパチするまでが御約束なんだけどな。 最低でも、月か火星には移り住むもんだ。なのに、アッパー共が垂れ流すヘドロみてぇな番組には、それ系の話題が 欠片も出てこない。てぇことはつまり、アッパー共は地球の外側に作った壁にへばりつくカビみたいなみみっちい 暮らしで満足しているってことだ。意味解んねぇ」

「俺にはお前の話が徹頭徹尾意味不明だ」

「うぃ」

「なんでだよ? たとえ答えが出ないとしてもだ、物事を考えるだけ、無駄じゃねぇだろ?」

「俺には理由も動機も必要ない。ただ、目的さえあれば、それでいい」

「それこそ意味不明すぎんだけどー」

「にょん」

「えっ、何、妖精ちゃんは意味解るの?」

 えー何それ狡くねぇ、とプライスレスは身を乗り出してきたが、埃と煤にまみれているので押しやった。それから、 プライスレスは愚にも付かない話をしながら、積み込んだ物資の整理を始めた。順序も場所も考えずにぽんぽんと 詰め込んでいったので、食糧も機械も一緒くたになっていたからだ。口を閉じているという選択肢がないのか、余力 を持て余しているのか、プライスレスは手を動かしながらも延々と喋り続けていた。

「じぇそみう」

 プレタポルテは瞼を瞬かせ、仰向けに寝転がった。退屈すぎて眠たくなったらしい。

「みゅ」

 だが、一人では物寂しいのか、プレタポルテはデッドストックの汚れたトレンチコートの裾を握ってきた。薄い爪先 には泥が入って黒くなっていて、白い肌も埃っぽくなっていた。デッドストックはその手を振り払い、厚着をさせている せいで丸っこい体形になっている人造妖精を転がし、トレーラーの壁際に追いやった。

「寝るなら一人で寝ろ」

 プレタポルテから不平の声が上がったが、それを無視して、デッドストックは切り裂かれたラバースーツの代わり にビニールシートを巻き付けた右腕を曲げた。無事蘇った筋肉が繋がり、血管が連なり、神経が交わり、血流と共に 感覚が戻ってきていた。外から触れてみると、再生したばかりの筋肉は頼りない柔らかさだったが、慣らすついでに 鍛えてやればいい。右肩がやたらと凝り、右手首に繋げた鎖が重たいが、それが本来の重みなのだろう。
 プライスレスが言っていたようなことは、デッドストックも若い頃に散々考えた。考えて、考え抜いて、考え切って、 考え疲れて、全てを諦めただけだ。自分がどこから来てどこへ行くのか、なぜ腐敗能力を持ったのか、なぜこの世 はこうなのか、思い付くままに疑問を並べ立てたが、答えは出なかった。答えを探す気にもならなかった。
 悩むくらいなら、行動に出るべきだからだ。




 目的地は塔でもなければ、イカヅチの都市でもない。
 プライスレスに運転を一任したデッドストックは助手席に収まったが、鎖の長さの都合でプレタポルテを膝の間に 座らせた。プレタポルテは慣れない乗り物に興味津々だったが、凄まじい悪路なのですぐに酔ってしまい、青い顔を して大人しくなった。たまに窓の外に顔を出させて吐かせてやると、少しは顔色が良くなった。
 焼け野原の農地を過ぎ、プライスレスが手当たり次第に農民を殺したので人気のなくなった集落を過ぎ、ドーム状 の倉庫を遠巻きにしてヴィジランテの手の者がいないかどうかを確かめてから、ヴィランの街がある島とは逆方向 へと進路を定めた。遙か彼方には、円錐状に堆積した廃棄物に囲まれた塔がそびえ、相も変わらず空を塞ぐ壁を 貫いている。プレタポルテは口の端に伝った胃液を袖で拭ってから、汚れたフロントガラス越しに塔を仰いだ。

「とぅーる……」

「そうだ、塔だ」

 デッドストックが素っ気なく返すと、プレタポルテは短い人差し指を立てて空を塞ぐ壁を指した。

「むりゅ」

「あれは壁だ」

「めーりゅ」

「壁だ」

「めーりゅ」

「いい加減にしろ」

「べりゅ、めーりゅうぅ……」

 不意に、プレタポルテの語尾が萎んだ。眉を下げて目を潤ませたが、痛い目に遭った時や怖い目に遭った時とは 表情が違っていた。プレタポルテはデッドストックの膝の上に戻ると、デッドストックのラバースーツに覆われた腹に 額を埋めて小さな背中を丸めた。どうやら、急に寂しさに駆られたようだが、それを紛らわすために、手っ取り早い 相手に甘えてきたようだ。腹の辺りでもぞもぞと動く子供に辟易したが、窓の外に放り出すわけにはいかないので、 デッドストックはむず痒さと重苦しさと生温さを堪えた。運転席でプライスレスが下品に笑い出したが、今ばかりは 殴るわけにはいかないので、手持ち無沙汰になった手をダッシュボードに叩き付けて紛らわした。

「んでさぁストッキー、あれ、マジでガチ?」

 半笑いで問うてきたプライスレスに、デッドストックは言い捨てる。

「お前の主観も意見も聞いていない。クイーンビーの娼館に向かえ。その道中で戦利品を売り捌いて金に変えろ、 とにかく金にしろ。この界隈に散らばっている金という金を掻き集めろ。メダマが動かないのなら仕方ない、順番 は変わってしまうが、やるべきことをやらなければ事は進まん」

「ぷーるー?」

「そりゃまあ、このコンテナの中身を全部売り払えば一財産築けるけどさぁー。てか、前々から気になっていたけど、 ストッキーが守銭奴になっていたのって女を買うため? つか、誰を?」

「リザレクションだ」

 へあ、けりゅ、とプライスレスとプレタポルテが不思議がったが、無理もない。余程呆気に取られたのか、プライス レスがハンドルを切り損ねてトレーラーは大きく揺れた。しなるように車体が傾いた後に元の位置に戻ると、またも 車酔いに襲われたプレタポルテが頬を膨らませたので、デッドストックは早々に窓の外に顔を出させた。
 けほえほぐへっ、と力なく吐き戻すプレタポルテの羽を埋め込まれた背中をぞんざいに叩きながら、デッドストック はショルダーバッグに入っている有り金の合計金額を頭の中で数えた。全て紙幣というわけではなく、矮小ながらも 絶大な価値を持つ金塊や、女達の間では有益な宝石もいくらかある。真っ当に密造酒の売り上げだけで稼いだ金では ない、金や金や宝石を溜め込んでいるヴィランやヴィジランテを襲い、殺し、盗み、得たものだ。
 その金で、クリスタライズに結晶化された後に粉々に砕かれたばかりか、死の淵からでも生き返ることが出来る 不死の妙薬として売り捌かれた、リザレクションの肉体を取り戻す。そして、彼女を腐らせてやり、完全な死を与えて やる。それが、リザレクションと肌を重ねた際に交わした約束であり、彼女が欲しがった報酬だった。
 愛でもなければ恋でもないが、欲されたからには応じるのが男というものだ。





 


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