ドラゴンは滅びない




形在るもの



 翌日。ジョセフィーヌの頭痛は治まらず、発熱すらしてしまった。
 こういう時こそ予知を使えなければ意味がないのに、と発熱による重たい倦怠感に支配された頭で考えていた。
ベッドの枕元には、ジョセフィーヌが本来看病するべき相手であるフィリオラが、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
背中からは小柄な体格に不釣り合いな竜の翼が一対生えていて、右翼の根本には包帯が巻き付けられていた。
完璧に翼がくっつき、体組織に戻るまでは体の中に元に戻してはいけないと、ファイドから言われたからであった。
なので、髪もツノも長いままになっており、髪を短く切り揃えているいつものフィリオラとは印象が大分違っている。
だが、違和感はない。翼さえなければ、彼女が若かった頃、旧王都にいた頃の十八歳の姿とあまり変わらない。

「ごめんなさぁーい…」

 ジョセフィーヌが謝ると、フィリオラは濡れた布を絞ってから微笑んだ。

「いえ、いいですよ。ずっと寝ていましたから、そろそろ動きたいなぁって思っていたところですし」

「でも、つばさが」

「まだ飛べはしませんけど、もうほとんど治っていますからそんなに心配して頂かなくても大丈夫ですよ」

 そう言うと、フィリオラは背中の翼を一度羽ばたかせてみせた。一瞬、強い風が巻き起こり、カーテンが舞った。
ね、と、安心ために一際明るい笑顔を向けてから、フィリオラはジョセフィーヌの火照った額に濡れた布を載せた。

「キャロルさんも大分落ち着いていますから、お仕事を手伝って下さっていますし」

「だけどぉ」

「力仕事はほとんどピートさんに任せていますから、大丈夫ですよ。ダニーさんだと念動力を使ってお手伝いして頂くのはちょっと気が引けるんですけど、ピートさんだとそうでもないんですよね。ですから、ここぞとばかりに頼んでいるんです。薪の補充とか水汲みとか畑の草むしりとか瓦礫の片付けとか」

 大助かりです、とフィリオラは得意げにした。その表情に釣られ、ジョセフィーヌも少し笑った。

「なら、よかった」

「色々とありましたからね。誰だって、疲れてしまいますよ」

 フィリオラは子供にするように、ジョセフィーヌの髪を撫でた。その手付きは優しく、心地良さから目を細めた。
フィリオラは二回りほど年下のはずなのに、彼女がまるで母親であるような気がしてとろりとした眠気に襲われた。
ファイドから処方された解熱剤と魔力鎮静剤が、効いてきたのだろう。今日は、良い夢が見られるかもしれない。
 フィリオラの声が、次第に遠ざかっていった。




 目を開けると、日差しの色が変わっていた。
 夕方。宵の口。日暮れ。日の入り。夕食時。夜の始まり。そんな言葉の羅列が、頭の中を走り抜けていった。
体を起こして額を押さえると、まだ冷たさを保っている濡れた布が落ちた。厄介な熱は、すっかり引いていた。
目を動かすと、薄暗い部屋の中が視界に入った。本棚に詰め込まれているのは、ラミアンの魔導書ばかりだ。
 魔法言語辞典第一巻から第二十二巻、古代魔法言語辞典第一巻から第十七巻、新訳魔導生物解剖書。
そんな言葉も、頭の中を駆け抜けた。これは何なのだ、と知覚するよりも先に認識したため、理解出来なかった。

「え…」

 ベッドから降りて靴を引っ掛け、本棚に近付いた。触れたこともない厚い本を引き出して、適当に開いてみた。
文字を目で辿った途端、情報が溢れ出して流れ込んでくる。今まで図形にしか見えなかったものが、読める。

「なんで」

 戸惑いながらもページをめくると、更に情報が訪れる。読むというより先に見た途端に、頭に直接入ってくる。
乾燥した砂地に大量の水をぶちまけたかのように吸い込まれ、嚥下され、空虚だった部分が埋め尽くされていく。
 嬉しさよりも恐ろしさが先に立ち、ジョセフィーヌは本を落として後退った。こんなことを、予知したことはなかった。
こんなにも大きなことを予知しないはずがない。だが、現に字が読めている。内容を理解している。知覚している。
なぜ、どうして、急にこんなことが。ジョセフィーヌは緊張と恐怖で渇いた喉に唾を飲み下し、ベッドに座り込んだ。

「どうして…」

 いつもは上手く回らない舌が思った通りに動いて、言葉が紡ぎ出された。落ち着いた、大人びた女の口調だ。
十年前、キース・ドラグーンに体を乗っ取られて操られていた時の口調とよく似ているが、彼はもうこの世にいない。
だから、キースのせいではない。これは間違いなくジョセフィーヌ自身の言葉であり、他の誰の言葉でもないのだ。
 廊下の床を踏み締める足音が、寝室に近付いてきた。咄嗟に逃げようとしたが、逃げられないとすぐに悟った。
二階なので、飛び降りればただでは済まない。だが、このままここにいては、この異変を他の者に察されてしまう。
どうする、と困惑していると、扉が数回叩かれた。ジョセフィーヌは逃げ腰の格好で扉を睨み付けて、身動いだ。

「ジョーさん、起きましたか」

 アンソニーの声だった。ジョセフィーヌは咄嗟に、幼女のような口調を作った。

「うん、おきたよ」

 だが、その後が続かなかった。入ってくるな、と叫んでしまいたかったが、急に強く言うと変に思われてしまう。
しかし、このままでは。どうやってこの場を凌ごうかと考えたが、良い考えが思い付くよりも先に扉が開けられた。

「失礼します」

 扉を開けて寝室に踏み入ったアンソニーは、ジョセフィーヌの警戒心に漲った硬い表情に驚き、足を止めた。
緊張感のない、弛緩した幼い表情などではない。目付きも、態度も、身構えも、全て大人のものになっている。
 まるで別人だった。ジョセフィーヌの茶色の瞳はアンソニーを射抜くように睨み付けていて、唇は歪んでいる。
近付けば掴み掛かってきそうなほど、強張っている。アンソニーは扉をゆっくりと閉めてから、彼女に向き直った。

「どうかしたんですか」

「近寄らないで!」

 声を荒げたジョセフィーヌは、壁際まで下がった。

「ああ、嫌よこんなこと。あっていいわけがないわ! お願い、嘘だと言って、夢なら覚めてちょうだい!」

 頭を抱えて髪を振り乱し、ジョセフィーヌは喚いている。その口調と態度こそ違うが、声は正しく彼女だった。
とにかく、状況を確認するしかない。何が起きたのか確認するためにも、彼女に触れて情報を取得しなくては。
 アンソニーは足早にジョセフィーヌに歩み寄ると、腕を掴んだ。途端に、接触した部分から情報が流れ込んだ。
ジョセフィーヌは力強い動作でアンソニーの手を振り払うと、顔を背けた。今にも、泣き出してしまいそうだった。

「何も、視ないで…」

「一体、何が」

 ジョセフィーヌから受けた情報が受け入れられず、アンソニーは困惑した。彼女の知能が、急激に成長している。
昨日までは五歳程度の幼い知能しかなかったはずなのに、唐突に肉体年齢とほぼ同じ精神年齢になっている。
原因として考えられるのは、あの頭痛と発熱だろうか。しかし、発熱と言ってもそれほど高いものではなかった。
風邪を引いた際とあまり変わらない温度だったので、脳に多大なる影響を及ぼすほどの高熱であるわけがない。
頭痛も、異能力を使いすぎた際に起こるものだった。頭を打ったのか、とも思ったが、そんな情報は感じなかった。
では、何があった。アンソニーが戸惑いの眼差しでジョセフィーヌを凝視していると、彼女は両腕を強く掻き抱いた。

「来ないで!」

 怯えと恐怖が混じっていたが、その言葉は強かった。

「ですが」

「私だって信じたくないわ、こんなこと! 今更成長したって、何の意味もないわ!」

「しかし」

「あなたには解らないのよ、解るわけがないのよ! いいこと、私はああであったから私なのであって、こうなってしまったら最早私は私ではなくなってしまうのよ! こんなにも早い口調で喋ること自体が、私という人間には有り得えてはいけないことなのよ! ああ、なんて役立たずなの、私の力は! 知るべきことを知らせないで、知らない方がいいことばかりを知らせてくる! お願い、ラミアン、ブラッド、帰ってこないで!」

 涙を落としながら息を荒らげるジョセフィーヌは、長い髪を掻き乱すように頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「嬉しくない…ちっとも嬉しくないわ…」

 今まで解らなかったことが解るようになるのは、とてつもなく恐ろしい。見たくなかったことまで、見えてくるからだ。
愛する夫のおぞましい姿、一人息子の異様さ、ゼレイブで生きている者達の罪深さ、自分自身の愚かさまでもが。
幼いままでいたら、見ていても解らずに済んだのに。解らずに済んだなら、こんなにも怯えることはなかったのに。
 だが、最も恐ろしいのは、予知を全て知ってしまうことだ。予知した映像が何であるかが、理解出来るようになる。
その未来へ向かわずに済む方法を考えられるようになるかもしれないが、恐ろしさから逃避するかもしれない。
事実、逃げてしまいたかった。ラミアンの魔導書を読んで魔法を使い、どこへでもいいから去ってしまいたかった。
しかし、そうしたところでどうにもならないという未来が視えている。自分一人欠けたところで、結末は変わらない。

「ジョーさん」

 アンソニーに名を呼ばれると、ジョセフィーヌは拒絶するように喚き散らした。

「本当に嬉しくないわ! 文字が読めるようになっても、計算が出来るようになっても、魔法の扱いを覚えられるようになっても、いいことなんて何一つないわ! 未来を視る苦しみが深まって、業が増えるだけのことよ!」

 肩を上下させて呼吸を整えながら、ジョセフィーヌは自分を落ち着かせるために呟いた。

「私を守っていた白痴の鎧が唐突に壊れたのは、どうしてなのかしら。私にも、現実と戦えという神の意志か何かかしら。ラミアンやブラッドにばかり苦しいことや辛いことを押し付けて、私だけへらへら笑っていた罰かしら。キースの器にされて、サラ・ジョーンズ大佐となり、あなた達を痛め付けた罰かしら。それとも、死の前兆なの?」

「なんということだ…」

 アンソニーは、顔を背けた。ジョセフィーヌがサラ・ジョーンズ大佐と化して犯した罪は深く、償えるものではない。
アンソニーもまた、サラ・ジョーンズ大佐ことキース・ドラグーンの被害者であるが、その罪を許せるわけがない。
サラ・ジョーンズ率いる特務部隊に捕まり、能力強化兵手術を受けさせられ、一時的だが体の自由を奪われた。
操られるがままに仲間達を攻撃しかけた記憶は生々しく残っており、側頭部には未だに深い傷跡が付いている。
頭蓋骨を削って魔導金属片を埋め込まれたせいで、脳に微細な傷が出来てしまった。それは、いわば爆弾だ。
いつ、その傷が裂けるか解らない。もし裂けたら、ポールのように脳内出血を起こして苦しんだ末に死ぬだろう。
 アンソニーの瞼の裏に死んだ仲間達の顔が浮かび上がり、今まで感じないようにしていた負の感情が膨らんだ。
それまで感じないでいられたのは、ジョセフィーヌが五歳の幼女そのものの言動をしてくれていたおかげであった。
あれは彼女の体内に宿っていたキース・ドラグーンがした所業で、ジョセフィーヌはただの操り人形だったのだ。
だから、彼女も哀れな被害者であり憎しみの矛先を向ける相手ではない。しかし、彼女は大人になってしまった。
その口調が、表情が、サラ・ジョーンズ大佐を思い出させる。自分や仲間達を痛め付けた、悪魔の女なのだ。
この女さえいなければ。この女が殺したのは誰だ。この女を殺したいと思っていたのは、自分だけではない。
穏やかな日常の中で忘れかけていた激情が、迫り上がってくる。今更、人を一人殺してもどうということはない。
この女は罰を受けていない。罰を受けるべき女なのだ。その罰を下す役目を仰せつかっても、良いではないか。
 屋敷の中は静かだ。この階には、アンソニーとジョセフィーヌの他に誰もいない。暗殺を行うのは、慣れている。
武器は、兵士のたしなみとして常に腰にナイフを携えている。急所を一突きすれば、血を吹き出して死ぬだろう。
そうだ。これもきっとアンソニーの戦いだ。アンソニーは腰の後ろに手を回し、ぱちり、とナイフの鍔を押し上げた。
太めの柄を握り締めて使い慣れた厚い刃を引き抜くと、足音が背後の廊下で止まった。そして、声が掛けられた。

「いかんなぁ」

 ナイフを抜いて振り返ると、廊下にはファイドが立っていた。気怠げな眼差しで、アンソニーを見つめている。

「そんな物騒なものを抜いて何をするつもりかね、アンソニー?」

「…う」

 アンソニーは言葉に詰まり、鞘に戻した。だが、ジョセフィーヌに感じた強烈な殺意が薄らいだわけではなかった。
だが、これでは分が悪い。アンソニーが目線を彷徨わせていると、ファイドは歩み寄ってきて、肩を突き飛ばした。

「退きたまえ。御婦人を怯えさせてはいかん」

 姿勢を崩したアンソニーは、壁に倒れ込んだ。その拍子に強く後頭部をぶつけてしまい、ずるりと座り込んだ。
ファイドはジョセフィーヌの前に屈むと、ジョセフィーヌの顔を上向けさせた。皮の厚い指が、細い顎を支える。

「熱は下がったようだな。頭痛はどうだい」

「いえ、もう、それはありません」

 ジョセフィーヌが目を伏せると、ファイドは半ば強引に顎を持ち上げてその視線を上げさせた。

「そうかい。その言葉はどうしたんだ? 説明してみたまえ、ジョセフィーヌ」

「目が覚めたら、急に、こんなことになってしまって。私にも、何がなんだかさっぱりで」

 ジョセフィーヌは無理に上向けられているせいで、首筋に軽く痛みを感じていたが、彼の力には抗えなかった。
ファイドの視線は舐めるように動いてジョセフィーヌを見回していたが、ぐっと顔を近寄せて目を覗き込んできた。

「ふむ。君は、なかなか面白い状態になっているようだ」

「あの、私はどうしたら」

 ジョセフィーヌが呟くと、ファイドはジョセフィーヌの顎から手を離した。

「ひとまず、鎮静剤でも処方してやろう。これからどうするかは、気を落ち着けてから考えたまえ」

 ファイドは腰を上げ、壁に背を預けて座り込んでいるアンソニーに向いた。

「君もだ、アンソニー。特にきついのを飲ませてやろう。ブリガドーンの一件で気が立っているのは解るが、その矛先をジョセフィーヌに向けるのは筋違いのように思うがね」

「違う」

 アンソニーは痛みを堪えながら顔を上げ、唸るように漏らした。

「その女は、オレの仲間を殺した女だ。殺し返して、何が悪い」

「ああ、なるほど。そういうことか。君はジョセフィーヌの言動で、サラ・ジョーンズを思い出したわけか」

 ファイドは白衣の下から出ている黒い翼を広げながら、アンソニーの目の前に膝を付いた。

「彼女はキースの道具であったに過ぎない。簡単に言ってしまえば、君はナイフに対して憎しみを抱いているというわけだ。道具とその持ち主を混同してしまうのはありがちだが、だからといってすぐに殺そうとするのは頂けんなぁ。長いこと戦場を駆けずり回っていたから、殺人に対する躊躇が失せているのだな」

 ファイドは、アンソニーとの間を詰める。

「ここは君の知る戦場ではない。全くの別世界だ。分を弁えて行動したまえ、アンソニー」

 ファイドの手が、アンソニーの手首を強く掴んだ。その直後、流れ込んできた大量の魔力と情報に目が眩んだ。
力を逆流させている、と察するよりも前に意識が揺らぎ、魔力の奔流に頭を掻き混ぜられたために頭痛が起きた。
やはり、どれだけ穏やかでも竜族だ。手首から手を離されたが、アンソニーは立ち上がれずに座り込んでいた。
ファイドから感じた情報が渦のように回り、ひどく酔ったような感覚がある。そのうちに意識が遠のき、気絶した。
ファイドはアンソニーの手首を掴んでいた右手を白衣で拭ってから立ち上がり、ジョセフィーヌに再び向き直った。

「立てるかね、ジョセフィーヌ」

「はい」

 ファイドから差し伸べられた手を掴み、ジョセフィーヌは立ち上がった。ファイドは、興味深げに目を細める。

「君の知能が急激に成長した原因を徹底的に調べてやりたいところではあるが、今はそういう状況ではないからな。だが、ジョセフィーヌ。君はそれを受け入れなくてはならない」

「けれど、私は」

 ジョセフィーヌが項垂れると、ファイドの手が肩に置かれた。

「君は、他の者達よりも成長がひどく遅れていた。ただそれだけのことだ。どんな生き物であっても、成長するものだ。生まれたままの姿を止めているものは、この世に何一つないのだよ。成長に伴う苦しみも、誰しもが味わうことであって君だけが経験するものではない」

「だけど、こんなのは嫌。知りたくないのよ、視たくないのよ!」

 再び取り乱しそうになったジョセフィーヌの両肩を力強く掴み、ファイドは支えた。

「気を確かに持ちたまえ、ジョセフィーヌ。予知に振り回されてどうする。その力も君自身ではないか」

「でも」

「予知と言えど、それが真実であるとは限らない。事実と真実は違うのだよ、ジョセフィーヌ」

 ファイドは幾分柔らかな表情になり、ジョセフィーヌを見下ろした。

「予知で視ているものだけが真実ではない。それは解るな?」

「はい」

 ジョセフィーヌが頷くと、ファイドは続けた。

「力に溺れてしまわぬように、見えているものを大事にしたまえ。今までと同じように。それは出来るだろう」

「けれど、もう私は以前の私ではありません。今まで通りになんて、出来ません」

「出来ないのなら、出来ないなりにやれば良いではないか。何事にも、臨機応変に対応しなければならんよ」

 ファイドはジョセフィーヌの肩から手を外すと、笑った。

「とりあえず、今晩の夕食は何かね? 私も君の料理は好みでね、楽しみにしているのだよ」

 その温かみのある言葉に、ジョセフィーヌはかすかに口元を緩めた。

「まだ、考えていませんけど、おいしいものを作りますわ」

「それで良し」

 大きく頷いたファイドは、これは片付けてしんぜよう、と気絶しているアンソニーを肩に担ぎ上げ、出ていった。
ジョセフィーヌはファイドに頭を下げ、彼の足音が遠のいてから顔を上げた。彼の言葉で、少しばかり落ち着いた。
アンソニーに殺意を向けられた動揺は胸に重たく残っていたが、彼の心中を考えると、もっともだとすら感じた。
だが、だからといって殺される義理はない。罪を抱えて生きることを選んだのは、他でもないジョセフィーヌ自身だ。
 形在るものはいつか変化する。ラミアンが魔導兵器と化し、ブラッドが青年となったように、物事は変わっていく。
それが、ジョセフィーヌにも訪れただけだ。すぐには受け入れがたかったが、時間を掛けて消化していくしかない。

「このことを、どうやって話せばいいのかしら」

 ラミアンやブラッド、ギルディオスらにどう説明すればいいのだろう。そして彼らは、どんな反応をするだろうか。
怖いが、少し楽しみでもある。特にラミアンは、幼女のようなジョセフィーヌを愛しているので戸惑うに違いない。
ラミアンに申し訳ない気がしたが、彼にも受け入れてもらわなくてはならない。夫婦である以上、それは当然だ。
そのためには、まずはジョセフィーヌが現実を飲み込まなくては。深く息を吸い込んで、吐き出し、唇を締めた。
 形在るものが変わるのならば、あの予知も変えられるのではないか。予知した当初は、恐ろしいだけだった。
だが、今は違う。自分の頭で、ちゃんと考えられる。だから、あの未来を回避するための手段を考えなくては。
 予知能力者は、実に無力だ。先のことが視えていても視えるだけでしかなく、未来に触れることは出来ない。
念動力のように戦うことも、精神感応能力のように伝えることも、瞬間移動能力のように飛ぶことも出来ない。
けれど、未来に立ち向かうことは出来るはずだ。ジョセフィーヌは服の胸元を握り締めると、静かに目を上げた。
 自分なりに、未来と戦おう。




 彼女の時間は、いつか視た未来へと進み始める。
 幼いままでいるかと思われた魂は、目覚めの時を迎えた。
 己の罪を僅かでも償い、罪無き者達を救えるかもしれぬという希望を抱いて。

 その心中に、戦意を燻らせるのである。







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