豪烈甲者カンタロス




最終話 次なる女王



 蜂須賀ねねの安楽死が実行されてから、一週間後。
 自衛軍の捜索部隊からの情報を受け、黒田は東京北部の山間のトンネルに向かってバイクを走らせていた。
アクセルを噴かして曲がりくねった道を昇っていくと、トンネルが見えた。情報通りならば、そこに彼女らがいる。
減速した黒田は、トンネル前方に設置された封鎖用のチェーンの前に止まり、バイクを降りてヘルメットを外した。
 立ち入り禁止の札が下がったチェーンを飛び越えた黒田は、コートの裾を翻しながら、薄暗いトンネルに入った。
ここは、かつて兜森繭とカンタロスが訪れた場所であり、カンタロスが繭を守るために初めて戦った場所でもある。
トンネルの内壁には未だに人型バッタの体液の染みが付いていて、干涸らびた外骨格の破片が転がっていた。
乾燥した体液溜まりや堆積した枯れ葉などを踏み散らしながら、黒田は手袋を外し、コートのポケットに詰めた。
一歩進むごとに淀んだ空気が粘つき、異臭が混じる。触角を過ぎる匂いの粒子に、黒田は内心で顔を歪めた。
 トンネルの入り口から差し込む光が弱まるが、出口は見えない。カンタロスが戦闘した後、封鎖されたからだ。
岩や土砂を詰め込まれた出口に近付くに連れて匂いが重たくなり、触角に絡み付く生臭い匂いが濃厚になった。
外骨格の輪郭を舐める程度の光源しかなくても、闇を見通せる黒田の目にはそこに何があるかは見えていた。

「久し振りだな」

 黒田の正面では、カンタロスが裸身の繭を抱いてうずくまっていたが、繭の腹部は内側から破られていた。

「兜森君、カンタロス」

 黒田は繭の血溜まりに膝を付くと、その頬に触れて温度と弾力を確かめた。

「死後二日、ってところか」

 血溜まりは既に乾いていて、黒田のコートの裾には付着しなかった。爪を外した黒田は、腹部の傷を覗いた。
繭の腹部は子宮を中心にして内側から破られ、千切れた腸や肝臓、膵臓が零れ落ちていて、乾燥しきっていた。
気温が低いので腐敗は始まっていないようだが、時間の問題だろう。繭の表情は、思ったほど険しくはなかった。
むしろ、穏やかに眠っているかのようだ。腹を破られて死んだのなら、普通は苦悶の表情のまま息絶えるだろう。
繭の陰部と頸椎にはカンタロスの神経糸が接続されており、どうやら彼がその痛みを引き受けていたようだった。
その証拠に繭が暴れた形跡はないが、カンタロスは苦痛で爪を振り回したらしく、上両足の爪が全て折れていた。
 二人が生活していた痕跡はなく、繭の傍には死ぬ寸前に脱いだと思われるワンピースがきちんと畳まれていた。
恐らく、カンタロスと繭は逃亡を繰り返した末、出会った場所に辿り着いたところで女王の卵が孵化したのだろう。

「カンタロス、お前は優しい男だな」

 黒田はカンタロスの折れた爪が刺さった岩石を見上げ、呟いた。

「俺とは違う」

 繭の胎内から生まれ出た次なる女王が見当たらない。トンネルにもその姿はないが、今はまだ幼虫のはずだ。
這いずるしか移動手段がない彼女が、それほど遠くに行けるとは思えない。黒田は、トンネルの出口を睨んだ。
隙間なく詰め込まれた岩石と土砂から、ほんの少し光が零れていた。よく見ると、岩石の表面が薄く濡れていた。
この分では、孵化した女王の幼虫は早々に虫と人の両親の元から離れ、トンネルから脱してしまったのだろう。

「まあ、大した距離じゃないだろう」

 黒田はコートとブーツを脱ぐと、手近な岩石に引っ掛けてから、高く跳ねた。

「とおっ!」

 岩石と土砂の斜面に着地し、ずしゃっ、と爪を噛ませて体を支えた。人の足なら、滑り落ちてしまう角度だった。
だが、虫の足には傾斜など関係ない。岩に引っ掛け、土を踏み締め、黒田は着実に斜面を這い上がっていった。
幼虫が這い出したと思しき穴に近付いたが、黒田の頭が通るかも怪しいほど狭く、掘り返すしか進む術はない。
黒田は中両足を土に噛ませて体を固定してから、上両足で硬く締まった土を掘り出して、大きな石を投げ捨てた。
しばらく掘り返すと穴が広がり、肩が通るほどの広さになったので、黒田は穴の中に頭と肩を押し込んで進んだ。
穴の深さはそれほどでもなく、一メートルもない。幼虫の体に付着していた繭の血の混じった体液が残っている。
触角を傷付けないように気を遣いながら、黒田は湿った穴を匍匐前進の要領で進み、光の差す出口を目指した。
穴から脱すると、吹き下ろしが体毛をくすぐった。引っ掛かりかけた腰を外し、脱した黒田は、斜面を滑り降りた。
トンネルの出口側の道路も同じように塞がれていて、立ち入り禁止の札が下がったチェーンが掛けられている。
 そこに、次なる女王がいた。体長四十センチ程度の純白の芋虫で、うねうねと柔らかな肉体を波打たせていた。
その先に、野生動物の死骸が転がっていた。生まれたてながら、幼虫は獣の厚い皮を食い破って血を啜った。
泥と砂に汚れた体を動物の血液で染めた幼虫は、未発達の顎でぐじゅぐじゅと傷んだ内臓を抉り出し、捕食した。
 今、彼女を殺さなければ、人類は再び人型昆虫に脅かされる。そうなれば、今度こそ人類には勝ち目がない。
真の女王を倒せたのは、運が良かっただけに過ぎない。偶然がいくつも重なったからこそ、勝利出来た戦いだ。
戦術外骨格の開発は全面的に中止され、改造人間も作られず、人造外骨格が未完成では勝てるわけがない。
増して、黒田の肉体は限界を通り越している。強い薬で誤魔化しているから、ヒーローの真似事が出来るだけだ。
だが、爪を振り上げることが出来なかった。その場に立ち尽くした黒田は、次なる女王の幼虫を睨むだけだった。
ぐずぐずしている暇はない、と己を叱責するが、相反する感情が黒田の胸中に広がって体を硬直させてしまった。
躊躇う意味もなければ、理由もないはずだ。それなのに、なぜ。黒田が呻いていると、背後から物音が聞こえた。

「…ん」

 複眼を上げて振り向いた黒田は、今し方自分が這い出してきた穴を見上げ、驚いた。

「ツノ、だと?」

 トンネルの内側から、穴を抉るものが突き出していた。それが動くたびに土が崩れ、石が零れ、落下してくる。
黒田の外骨格も砂粒に叩かれ、転げた石が下両足の爪先に当たるが、それを気にするほどの余裕はなかった。
だが、複眼に映っているものは、人型カブトムシの屈強なツノだった。汚れて傷付いているが、間違いなかった。
そして、この場にツノの持ち主はただ一匹しかいない。しかし、彼が動けるような状態だとは到底思えなかった。
 穴の内側から伸びてきた爪の折れた上右足が、穴の端を掴み、土壁を崩しながら頭を強引に押し出してきた。
それは、カンタロスだった。胸部も押し出してきたが、神経糸を体内に戻す余力がないらしく、垂れ下がっている。
土と砂と繭の血に汚れた漆黒の複眼を黒田に向けたカンタロスは、ぎぢりと顎を軋ませ、敵意を剥き出しにした。

「俺と繭の子に触るな」

 低く濁った声を発したカンタロスは、傾斜の付いた土壁の上に直立した。

「あいつが命懸けで産んだ子だ、誰にも殺させやしねぇ」

「なんだと?」

 カンタロスらしからぬ言葉に、黒田は呆気に取られた。彼は、虫の本能で彼女を守っていただけではないのか。
桐子と執着し合っていたセールヴォランや、ねねと完全な主従関係にあったベスパとは違うとばかり思っていた。
カンタロスだけは戦術外骨格でありながら人型昆虫の本能だけで行動しており、人格は希薄だと考えられていた。
最も凶暴で最も野性的であり、感情や情緒といった部分が欠落している性格なのだと、政府側は判断していた。
繭は猛獣の本能を注がれる哀れな犠牲者であり、二人の間には特殊な繋がりはないのだと黒田も思っていた。
だが、そうではなかった。カンタロスと繭の間には種族を越えた恋愛感情が芽生え、そして、愛し合ってしまった。
 
「俺の繭に、触ったな?」

 カンタロスは黒田の膝関節に付いた赤黒い蛋白質を見据え、ぎぢ、と顎を開いた。

「殺してやる!」

 巨体を宙に弾き出したカンタロスは、黒田の目の前に着地し、吼えた。

「あいつは俺のものだ! 繭に触っていいのは、この俺だけなんだぁあああっ!」

「くうっ!」

 黒田は素早く身を下げるが、カンタロスは腰を捻って上両足を交互に振り翳し、重たい打撃を繰り返し放った。
折れた爪の先端が頭部の外骨格を掠り、触角が風圧で煽られる。攻める隙はなく、カンタロスに迫られる一方だ。
だが、押されてばかりでは戦いにならない。黒田はぐっと下両足を踏ん張り、カンタロスの上両足を受け止めた。

「君がその気なら、俺も本気を出さざるを得ない!」

「ほざけゴキブリ! 害虫が王の中の王たる俺に勝てるわけねぇだろうが!」

 カンタロスは黒田の爪に押さえられた上両足を押し切ろうと力を込めるが、以前ほどの凄まじい力はなかった。
足元も踏ん張りが利かないのか、逆に押されて滑っている。交尾をしたために、カンタロスといえど衰えたのだ。
ならば、勝てる。黒田はカンタロスの上両足から爪を離すと、腰を落として頭を下げ、彼の懐に拳を叩き込んだ。
強烈な一撃を加えると、カンタロスの下両足は崩れた。更に蹴りを放って仰け反らせ、最後に顔に膝を入れた。
以前ならば、拳を当てる前に殴り殺されていただろうが、今のカンタロスは並みの人型昆虫より弱体化していた。
たたらを踏んで後退り、カンタロスは仰向けに倒れた。その背後に着地した黒田は立ち上がると、姿勢を正した。
頭を反らしてツノを地に付けたカンタロスは悔しげに呻き声を漏らし、起き上がろうとするが上体すら上がらない。

「俺は、負けるわけにはいかねぇ」

 寂寥と悔恨が満ちた言葉を連ねながら、カンタロスは乾いた空を複眼に映した。

「俺が負けると、繭がやられちまうからだ。俺は繭を守る。それしか、俺が繭に返してやれることはねぇんだ」

「彼女はもう死んでいる。それは君も解っているだろう」

「ああ、解ってる。解ってるさ。けどよ、それでも、俺は繭を守ってやりてぇんだよ」

 繭を求めるように、カンタロスは爪の折れた上右足を伸ばした。

「俺は繭が好きだ。どうしようもなく好きだ。繭も俺を好きだと言ってくれた。だが、俺は好きだと言われても何をどう返せばいいのか解らねぇ。だから、俺は戦うしかねぇんだよ。それが、王の役割ってもんだろ」

「だが、君は虫だ。彼女は人間だ」

「…ああ。解ってる。解ってるさ」

 同じ言葉を繰り返したカンタロスは、上右足をだらりと下げた。

「だが、いくら解っていても、どうにもならねぇことがあるんだよ」

「君を殺した後に、俺は女王の幼虫を殺す。それが俺の任務だからだ」

 黒田が冷たく言い切ると、カンタロスは笑みを見せるかのように顎を開いた。

「俺は、お前なんかに殺されねぇ。繭が俺のものであるように、俺も繭のものだからだ」

 一陣の風が吹き抜け、枯れ葉が巻き上げられた。複眼に砂粒が当たってしまい、黒田は僅かに顔を逸らした。
そして、黒田が視線を戻した時にはカンタロスは動かなくなっていた。触角は風に弄ばれ、顎も開いたままだった。
歩み寄って声を掛けるも、反応はない。先程までは生気のあった複眼も、ベスパの頭部と同じように艶を失った。
僅かばかりの体温も抜け始め、茶褐色の外骨格に触れても冷たさしか感じられず、カンタロスの命は消えていた。

「カンタロス…」

 黒田は胸に迫るものがあったが、堪え、上右足を振り上げた。

「これも、任務なんだ」

 真っ直ぐ振り下ろされた拳が息絶えた戦士の頭部に叩き込まれ、外骨格が砕けてツノの根元がへし折れた。
青い体液が飛び散り、複眼が割れ、機械仕掛けの脳が仕込まれた矮小な脳が潰れ、黒田の拳が深く埋まった。
粘ついた水音を立てて拳を引き抜いた黒田は、息を荒げながら、父親の死臭を感じ取った幼虫に向き直った。
野生動物の死骸を粗方喰い荒らした幼虫は、うぞうぞと腹をうねらせて前進し、死したカンタロスへと近付いた。
きちきちきちきち、と顎を小さく鳴らしながら、幼虫がカンタロスの周囲を這い回る様は人間の赤子を思わせた。
殺さなければならない、と黒田はカンタロスの体液に濡れた拳を固めるが、やはり、どうしても振り上げられない。
下両足も動かず、地面に縫い付けられたかのようだ。喉が詰まり、胸が痛んだが、複眼からは涙が出なかった。
 カンタロスと繭の関係は、黒田と紫織の関係と変わらないではないか。違うのは、黒田が元人間だったことだ。
それ以外は、まるで変わらない。一度でもそう思ってしまうと、桐子やねねの関係もそうだとしか思えなくなった。
皆が皆、寂しかっただけだ。寂しいから、心を開ける相手を求めて、心を開いた相手に好かれようと懸命だった。
ただ、それだけのことなのだ。気付いてはいけないことだと思ったが、既に遅く、黒田は膝を付いて慟哭していた。
 そうしなければ、気が狂ってしまいそうだった。




 冷え切った少女の死体を抱えて、黒田はバイクを走らせていた。
 黒いコートで全身をくるまれた繭は黒田の膝の間に座らされ、大型バイクの震動を受けるたびに揺れていた。
初めて触れた繭の体は冷え切っていて、恐ろしく軽かった。元々華奢だったが、女王の卵に体力を奪われたのだ。
コートの襟元から垣間見える繭の死に顔は、何度見ても穏やかだった。だが、それを見るたびに胸が痛くなった。
ハンドルを握る黒田の爪はカンタロスの体液に青く汚れていて、その雫が風圧で垂れ落ち、繭の頬を濡らした。
痛烈な罪悪感に苛まれながら、黒田はいくつものカーブを下って、峠道の入り口を封鎖する自衛軍と合流した。
 黒田が停車すると、兵士達は揃って敬礼した。繭を抱えたままバイクを降りた黒田は、彼女を地面に横たえた。
走っている間に開いてしまったコートの襟元を整え、繭の死に顔を隠してやってから、黒田は兵士達を見渡した。

「カンタロスの殺処分、及び、兜森繭の死体回収を完了した」

 そして、と黒田は兵士達に見せつけるように、体液の絡んだ爪を掲げた。

「次なる女王の幼虫も殺処分した。これで、もう二度と人類が人型昆虫に脅かされることはない」

 兵士達から安堵の声が零れ、目に見えて空気が緩んだ。それを感じ取った黒田は頷き、爪を下げた。

「兜森繭は蜂須賀ねね以上に貴重な検体だ、丁重に運んでやれ」

 黒田が命じると兵士達は威勢良く答え、迅速に行動を開始し、死体を入れるための細長い袋が運ばれてきた。
繭の死体は寝袋のようなミリタリーグリーンの袋に収められ、装甲車の隣に停まっている輸送車へ運び込まれた。
カンタロスを殺処分した現場を焼却するため、火炎放射器や消化器を装備した兵士を満載した車両が発進した。
排気筒から黒煙を噴き上げて山を登っていく幌を張ったトラックを見送り、黒田は水の入ったバケツを受け取った。
バケツの中に入っていた布を絞ってから、体液や土砂に汚れた外骨格を清め、冷たく乾いた風で水気を乾かした。
汚れも水気も落ちたことを確かめた後、黒田は兵士から予備のヘルメットやコートを受け取り、全て身に付けた。

「急用が出来た。事後処理を頼む」

 ヘルメットのストラップを留めた黒田が小隊長に声を掛けると、小隊長は敬礼した。

「了解しました!」

「くれぐれも気を付けろよ。人型昆虫はしぶといからな、俺ほどじゃないが」

 黒田は小隊長に敬礼を返してから大型バイクに跨り、まだ熱が残るエンジンに火を入れて排気音を轟かせた。
排気ガスの尾を引きながら発進した黒田は、バックミラー越しに兵士達の敬礼を見、後ろ手に上左足を振った。
そして、アクセルを回して加速した。ヘルメットに吹き付ける風の強さを感じながら、黒田は鼓動が高ぶっていた。
 車体後部に搭載したトランクには、繭の胎内で育ち、カンタロスの精を受けた、次なる女王が入っているからだ。
生まれたての赤ん坊と大差のない大きさの次なる女王はトランクにすっぽり入り、難なく運び出すことが出来た。
 どうしても女王の幼虫を殺せなくなった黒田が取った行動は、人間としても、兵士としても、常軌を逸していた。
いずれ無数の人型昆虫を生み出し、次なる女王として生態系の頂点に君臨する女王の幼虫を保護してしまった。
大きな過ちだと解っているが、黒田の内側では深い後悔とは異なるもう一つの情念がぐつぐつと煮え滾っていた。
 黒田が黒田で在り続けるためには、どうしても埋められない寂しさを紛らわすためには、敵と戦うしかないのだ。
倒すべき巨悪が存在するから、黒田はヒーローになれた。憧れていた姿とは違うが、ヒーローはヒーローだった。
敵がいなくなってしまえば、世界は黒田を必要としなくなる。それどころか、黒田を疎み、蔑み、差別してくるだろう。
家族も恋人も居場所も失った黒田を支えているのは、ヒーローとしての自分であり、ブラックシャインに他ならない。
それがなくなってしまえば、今度こそ黒田は壊れてしまうだろう。だから、次なる女王を殺すことが出来なかった。

「これも正義のためだ」

 黒田は複眼の隅に捉えたトランクに、柔らかく語り掛けた。

「人目の付かない山奥にでも逃がしてやるよ、女王様。だが、すぐに野垂れ死んだりしないでくれよ。君には、次なる女王として人型昆虫を繁殖させる大役があるんだからな」

 進行方向を見据えた黒田は、笑みを零すような気持ちで顎を鳴らした。

「何せ、俺はヒーローだからな」

 一際高くエンジンを噴かし、速度を上げた。加速を感じたのか、トランクの中で次なる女王がごそごそと動いた。
これからどこへ行くべきか考えながら、黒田はヘルメットの遮光シールドを過ぎ去っていく山や街並みを眺めた。
人類を裏切った辛さを感じる一方で、次なる女王を救い出せたという相反する喜びも感じる自分が可笑しかった。
けれど、後悔はしていなかった。未来の敵が生まれたことで、黒田の寂しさは偽りの正義感に埋められたからだ。
陰険な笑みを押し殺しながら、黒田は次なる女王を放つ場所を探し出すべく、曲がりくねった峠道を走り抜けた。
 悪がいなければ、正義は成立しない。




 とくん。
 生まれたての体に、体液が流れる。
 どくん。
 血肉を得た内臓に、力が漲る。
 ずくん。
 父から継いだ本能が、母から継いだ知能が、白き脳に満ちている。

 どくん。どくん。どくん。

 次なる女王は、繁栄の時を待ち侘びている。






THE END.....




09 3/24


あとがき