純情戦士ミラキュルン




素晴らしき未来への門出! 正義と悪のウェディング!



 神前挙式の後、披露宴が執り行われた。
 主役である芽依子は、申し分なく美しかった。元より形の良い顔立ちが、純白の衣装で引き立てられていた。普段 はほとんど化粧をしない顔に化粧が施され、面差しからは幸福感が溢れ、事ある事に笑顔を零していた。打ち掛け から着替えたウェディングドレスは肌を出しすぎない品の良いデザインで、彼女の性格が表れていた。野々宮夫妻 と内藤夫妻は二人が結婚する以前から親交があったので、どちらも穏やかに言葉を交わしていた。そして、両家は 芽依子のもう一つの家族である大神家とも酒を酌み交わしては、頻繁に笑い声を響かせていた。速人側の友人達 はヒーローや怪人に対する免疫が薄いためか、最初は不慣れだったが時間と共に馴染んできていた。

「ご出席頂き、どうもありがとうございます」

「ありがとうございます」

 レピデュルスの傍にやってきたのは、コウモリ怪人のドミニク内藤とその妻の愛だった。

「この度はおめでとうございます」

 レピデュルスが半身をずらして礼をすると、ドミニクも頭を下げ、続いて黒いドレス姿の愛も頭を下げた。

「出来れば、式の前に一度お会いしたかったのですが、俺達にも色々とありまして」

 ドミニクが申し訳なさそうに目を瞬かせると、愛はレピデュルスのグラスに酌をした。

「鷹男さんに手伝って頂いた戦いが長引いてしまって、帰国する時間が取れなかったんです」

「いえ、お気になさらず。あなた方の戦いは、我らの戦いとは違います故、ご苦労もありましょう」

 頂きます、とレピデュルスは新たにビールが注がれたグラスを掲げてから、ストロー状の口で啜った。

「俺達の戦いは、影で隙間を埋める戦いなんですよ」

 ドミニクはヒーローと怪人が入り混じった式場内を見渡し、鋭い牙の生えた口を開いた。

「どこの世界もこんな感じだと、戦いももう少しは楽なんでしょうけど」

「誰も彼もが仲良くなったら、私達は商売上がったりですけどね」

 愛が冗談めかして笑うと、レピデュルスも笑みを返した。

「全くです。ですが、世界を征服するのは、我らであり若旦那でございます」

「もしそうなったとしても、人間とそうでない者の間に軋轢はあります。俺達は、それを埋めるために戦います」

 ドミニクは耳元まで裂けた口を開き、威嚇に似た笑みを見せた。

「あの二人の間には、必要なさそうですけどね」

 愛は新婚夫婦が座る高砂に向き、頬を緩めた。

「そうですとも。芽依子と速人君の間には、人かそうでないかという壁もなければ正義と悪の壁すらもございません。 それがどれほど尊く、素晴らしいことか、言葉にすることすらも憚られましょう」

 レピデュルスが二人を見上げると、ドミニクは再度頭を下げてきた。

「俺達の娘を育て直して下さって、本当にありがとうございます」

「何度御礼を申し上げても足りません」

 愛もまた、ドミニクと同じく頭を下げてきたので、レピデュルスはそれを制した。

「お二方、それは違いますよ。私めは芽依子を育て直したわけではなく、環境を与えただけです。大神家のメイドに なることを決めたのも、私めの指導を受けることを決めたのも、全てはあの子です。一度は道に迷いましたが、進む べき道を見出したのもあの子自身です」

「俺達がするべきことをしてくれたのは、あなたや大神家の方々です」

 ドミニクは上げたばかりの顔をまた下げて、巨躯を縮めるように背を丸めた。

「図々しいことを申し上げるようですが、これからも、芽依子のことをよろしくお願いいたします」

 愛もまた、体を折らんばかりに礼をした。

「こちらこそ、大切な娘さんを長らくお預かりさせて頂き、ありがとうございました」

 レピデュルスも椅子から立ち上がり、内藤夫妻に礼をした。礼儀でも何でもなく、本心からの言葉だった。

「おや、もうお色直しになりましたか」

 司会者の言葉で顔を上げたレピデュルスが高砂に向くと、芽依子はドレスの裾を持ち上げて来客達に礼をした。 メイド服と違って裾が重たいのでほとんど持ち上がらなかったが、その仕草は堂に入っていた。お色直しエスコート の相手を選んで下さい、と司会者から言われた芽依子は、レースの手袋を填めた手で美花を示した。

「美花さん、頼まれて頂けますでしょうか?」

「え?」

 怪人達に酌をしていたピンクの振り袖姿の美花に、スポットライトが当てられた。

「義理ではありますが、これから姉になるのですから」

 芽依子が美花に手を差し伸べるとと、美花は迷わずに笑みを返し、芽依子に歩み寄った。

「解りました。こんなに素敵なお姉ちゃんが出来て、私も幸せです!」

 美花が微笑みながら芽依子の両手を取ると、新郎側の親族席で紋付き袴の鷹男が突然叫んだ。

「そうだぁああああっ! マイサンには勿体ないほど良く出来たお嬢さんだぁっ、しかも可愛いと来ているっ!」

「そうよそうよっ、そうなのよぉおおっ!」

 黒留袖の裾を割らんばかりにポーズを決めた鳩子は、スポットライトの当たる実の娘と義理の娘を指した。

「勿体ないどころか、世界の財産よぉおおおっ! だから、余計に気合い入れて世界を守っちゃうんだから!」

「……二人して相当飲んでやがる」

 高砂に一人残された白いタキシード姿の速人が呆れると、鷹男は豪快に高笑いした。

「こんなに素晴らしい日に飲まずにいられるかぁっ! だからお前も存分に飲むがいいぞっ、速人ぉおおおっ!」

「速人ちゃんもお父さんに似てお酒に強いんだから、日本酒の一升ぐらい軽いわぁっ!」

 鳩子が無責任なことを言い放ったので、速人は腰を浮かせた。

「いくらヒーローでも、一度にそれだけ飲めば潰れちまうんだよ! ていうか、潰れてたまるか! これが終わったら 二次会もあるし、明日になれば新婚旅行に行くんだから、二日酔いになってたまるかってんだ!」

「なぁに心配はいらないぞっ、なあドム!」

 弛緩しきった鷹男がドミニクに振ると、ドミニクは牙を見せつけた。

「うん。酔い覚ましに戦えばいい。但し、負けない」

「あんたはいきなり何を言い出すのよ、速人君に失礼でしょうが」

 愛が夫の尖った耳を引っ張ると、ドミニクは速人を指した。

「だって、俺、花嫁の父親なのに新郎を殴っていない」

「お願いですから殴らないで下さい、ドミニクさん。お父さんもお母さんも、嬉しいのは解るけど落ち着いてよ」

 美花は苦笑してから、芽依子の手を引いて歩き出した。芽依子は美花に手を引かれながら、大神に言った。

「若旦那様。万が一、うちの父親が速人さんを攻撃するようなことがあれば、必殺技をよろしくお願いいたします」

「引き受けた。カタストローフェシュラークでもベーゼフォイアでもヴァールゲヴァルトでもなんでも出してやる」

 ワインを飲み干した大神が真顔で答えると、その隣に座る鋭太が水割りを飲みながら片耳を曲げた。

「ヴァールゲヴァルトはやりすぎじゃね? 床が抜けるどころか、ホテル全体がマジヤバくなるし」

「いやなに、力加減は出来るさ。どの必殺技も、美花を相手に何度も練習したからな」

「必殺技を出しまくっても倒されまくったってこと?」

「……それを言うな」

 大神が項垂れると、来賓席の周囲から笑いが上がった。鋭太もけらけらと笑いながら、兄を揺さぶった。

「もうちょい頑張れよ暗黒総統、そんなんじゃマジ世界征服出来ねぇし!」

「されたら困るから、美花が戦うんじゃないか」

 学生時代からの友人から酌をされたビールに口を付けてから、速人は付け加えた。

「暇を見て俺も戦うから、その時は覚悟しておけよ。美花とは違って、手加減もしなきゃ同情もしないからな」

「その分、俺達も強くなってやるさ。なあ鋭太、いや、暗黒参謀ツヴァイヴォルフ!」

 大神が弟の肩を痛いほど掴むと、鋭太は腰を引いて兄から距離を置こうとした。

「ちょ、ちょい待てよ、俺は復帰しねーっつったろ、大学あるし、就活あるし、ちえりのこともあるし!」

「いいんじゃないの。副業になるし」

 コース料理を淡々と消化していた斬彦が呟くと、来客達に酌を終えて戻ってきた鞘香が言った。

「そうね。この不景気だし、就職出来なかったら剣司の世話になりなさい。その方が確実よ」

「そうそう、その方が亜矢も喜ぶし」

 ねー、と弓子は膝の上で眠っている娘に笑いかけた。挙式の段階ではしゃぎ疲れたため、熟睡していた。

「ジャールの戦力が増えるのは良いことだよ。もちろん、それ相応の働きをすれば、だけどね」

 あまり酒を飲めないのでウーロン茶を飲みながら、名護も笑った。

「その点は大丈夫よ。鋭太坊っちゃまだって、昔に比べれば立派になられたんだから。頭も体もねん」

 大神家に酌をした後に自席に戻る途中で立ち止まったカメリーは、互い違いに動く目を鋭太に向けた。

「ま、昔に比べたらマシって程度だけどね。頭数を揃えるには丁度いいんじゃね?」

 夫が毎度御世話になっています、と七瀬は口調を変えて大神家の面々に挨拶した後、夫を引っ張った。

「ほれさっさと戻るぞ、怪人共の相手をしなきゃならないんだから」

「ああそこは痛いのよ、尻尾はダメだってぇんっ」

 スーツから飛び出した尻尾を引っ張られたカメリーは、七瀬に引き摺られて変な歩き方で怪人達の席に戻った。 七瀬とカメリーが結婚したのは二年前だが、それ以来七瀬は悪の秘密結社ジャールに入り浸るようになっていた。 幹部怪人クラスの実力はあるが頼りない夫を煽ったり宥めたりすかしたりして、間接的に戦いに参加している。頻繁 にジャールに顔を出し、時には作戦会議に加わるので、社員の中には七瀬を怪人だと勘違いする者もいる。

「いえーい、俺達の参謀が復活だぁ! さーんぼうっ、さーんぼうっ、さーんぼうっ!」

 すっかり出来上がったユナイタスが参謀コールを始めると、他の怪人達も同調し、ムカデッドが更に煽った。

「てなわけで覚悟するっすよ、マッハさん! ジャールのアイドルを奪った責任はブラックホールよりも一番重いんす からね! でもって、我らが参謀の思い付きは世界一凶悪なんすからね! ソースは伝説の対名護さん戦!」

「上等だ。五秒で畳んでやる」

 速人が強気に答えると、怪人達が繰り返す参謀コールに押され、鋭太は躍起になった。

「だったら、こっちは一秒も掛からねぇで倒してやるし! ジャールに挑んだことを後悔しやがれ、マッハマン!」

 その時、お色直しを終えた芽依子をエスコートして美花が式場に戻ったが、参謀コールの真っ最中だった。芽依子 と美花は揃ってきょとんとしたが、酒と戦意に浮かれている怪人達の参謀コールはなかなか止まなかった。司会者 は方向性を正そうと花嫁のお色直しについて喋ったが、それでも怪人達の参謀コールは止まなかった。

「ああっもうっ!」

 大股に踏み出した美花は、着物に合ったデザインの草履を床に叩き付けた瞬間、勢いで変身してしまった。

「大神君も鋭太君も皆もいい加減にしなさい! 芽依子さんとお兄ちゃんに悪いでしょうが!」

 美花、もとい、ミラキュルンは手をハート型にしてぐるりと会場を見回した。

「でないと、ミラキュアライズを一発……って、あ、あぁー!?」

 自分の両手を見て変身したことに気付いたミラキュルンが慌てると、水を打ったような静寂が広がった。

「うわあっ、ああもうごめんなさいごめんなさいぃーっ! う、うっかり撃たなくよかったけどぉー!」

 居たたまれなくなったミラキュルンがその場から逃げ出そうとすると、芽依子は彼女の腕を取って引き留めた。

「逃げることはありませんよ。私の耳が正しければ、速人さんにも非はあるのですから」

 お色直しで青いドレスに着替えた芽依子の涼やかな眼差しが速人に向くと、速人は平謝りした。

「ごめん。俺も言い過ぎた」

「だったらいいけどさ」

 鋭太が座り直すと、芽依子は大神にも目を向けた。

「若旦那様もお酒は程々になさいませ。お強いのは解りますが、加減というものがございます」

「そうするよ」

 大神が尻尾を丸めると、ミラキュルンは大神の席に歩み寄り、ハートの付いた胸を張った。

「そうだよ、大神君。あんまり飲み過ぎないでね。いくら明日が日曜日でジャールがお休みだって言っても、うっかり 潰れちゃったら暗黒総統の面目ってものが……」

「解った、解ったから。で、美花はいつまで変身しているつもりだ?」

 大神がミラキュルンに苦笑すると、ミラキュルンはようやく変身を解除し、素顔に戻った美花は赤面した。

「ごめん……忘れてた……」

「いかなる時にも正義を忘れぬ信念と新たな家族にも慈愛を惜しまぬ、純情戦士ミラキュルンにどうぞ拍手を」

 芽依子がフォローを入れると、割れんばかりの拍手が起こった。失敗を取り繕うため、美花は会釈を繰り返した。 芽依子の機転に感心しながら、レピデュルスも手を叩き合わせた。高砂に戻った芽依子は、速人から褒められた。 新婦とその義妹への鳴りやまぬ拍手の中、芽依子は得意げな笑顔を浮かべて夫を見つめ、言葉を交わしていた。 その顔はレピデュルスが今まで見たこともない表情で、少女の頃の面影を残しつつも完成した女になっていた。
 そして、妻となり、いずれ母となるのだろう。




 ケーキカット、キャンドルサービス、来賓祝辞の後、手紙の朗読となった。
 速人が両親と妹への別れと感謝とその他諸々を込めた手紙を読み終えた後、芽依子が読む番になった。皆から の拍手に出迎えられながらマイクスタンドの前に立った芽依子は、深々と礼をして手紙を広げた。緊張した面持ち の芽依子は、手紙を何度も読み直して文面を確かめてから、浅く息を吸った後に朗読を始めた。

「今日という日を迎えられたことを、私は何よりも嬉しく思います。ですが、ここに至るまでに、私は沢山の方々から 御世話になってまいりました。私をこの世に産み出し、育ててくれた、お父さんとお母さん。生まれた時から悪の組織に 入れられて、怪人として育てられたことはもう恨んではいません。辛いことも嫌なこともあったけど、今はお父さんと お母さんが私を立派に育てようとしたのが解るからです。名前も、そのまま怪人名にするためではないと知って、 嬉しいです。私はお父さんとお母さんの娘であることも、怪人に生まれたことも、誇りに思います」

 芽依子が手紙を読み終えるや否や、ドミニクは自分の影に没してしまった。泣き出したからである。

「そして、私をメイドとして雇ってくれたばかりか、家族同然に扱ってくれた大神家の皆様」

 芽依子はやや上擦った声を整えるため、深呼吸した。

「今は亡き大旦那様からは、沢山の温かな思い出を頂きました。旦那様からは、異国の文学の奥深さを教えて頂き ました。奥様からは、美しく着飾る素晴らしさを教えて頂きました。弓子御嬢様からは、兄弟のいない私にお姉様の いる楽しさを与えて頂きました。若旦那様からは、いかなる困難にも挫けずに大望を貫く信念を授けて頂きました。 鋭太坊っちゃまからは、気遣われる嬉しさを感じさせて頂きました。刀一郎様からは、本当の強さの在り方を教えて 頂きました。亜矢御嬢様からは、慕われる素晴らしさを教えて頂きました。感謝しても、しきれません」

 声が震え出していたが読み切った芽依子は、次の手紙を読み始めた。

「最後に、人でもなければ怪人にもなりきれない私を、怪人として受け入れて下さったジャールの皆様。私が所用で ジャール本社に御邪魔する度に気遣って頂き、ありがとうございました。過ちを犯した時も、罰を下すどころか許して 下さってありがとうございました。ジャールの一員でありながら前線に出ない私を仲間として扱って下さり、ありがとう ございました。そして、そして……」

 声ばかりか手も震え出した芽依子は、手紙を握り締めたが、懸命に読み続けた。 

「ただの小娘だった私に使用人のなんたるかを教えて下さったレピデュルスさんには、どれだけ感謝を述べても足りません。 ちっとも足りません。私如きの言葉では伝えきれないほど、足りませんっ……」

 堪えきれずに涙を落とした芽依子は、ついに手紙を下ろして俯いたが、言葉を続けた。

「ですが、今を逃せば、感謝を述べる機会はありません。だから、言うだけ言ってしまいます。私を一人前のメイドに 鍛えてくれたばかりか、勉学まで授けてくれただけでなく、家事全般を教えて下さった上、抱えきれないほどの愛情を与えて 下さって、本当に、本当にぃ……」

 押さえてきた感情が決壊した芽依子が崩れ落ちそうになったので、速人は芽依子を抱き寄せて支えた。

「よく頑張った、偉いぞ」

「ほらほらぁん、レピさぁん、行ってやりなさぁい。泣いちゃってもいいんだからぁ」

 レピデュルスの席に近付いたアラーニャが促すと、彼女と共にやってきたパンツァーが壇上を示した。

「行かねぇと後悔するぜ、お前さんは。あれだけ言われて、なんとも思わねぇわけがねぇだろうが」

「この後に及んで、怪人がどうだとか使用人がどうだとか言うんじゃありやせんぜ、レピデュルス」

 ファルコまでもがレピデュルスを急かしたので、レピデュルスは立ち上がった。

「仕方あるまい」

 高砂まで歩きながら、レピデュルスは内心で打ち震えていた。それが声色に出ていないか不安になるほどだった。 芽依子への拍手が送られ続けている来客席の間を通って高砂に上がったレピデュルスは、芽依子と向き直った。 ほら、と速人に優しく促されて顔を上げた芽依子は、溢れ出る涙で頬と顎ばかりかドレスの胸元も濡らしていた。

「芽依子」

 レピデュルスが名を呼ぶと、芽依子は顎を震わせながら答えた。

「はい……」

「私は、君が成長する手助けをしたまでに過ぎん。解るな。大神家のメイドに相応しい品格も、技術も、経験も、全て 芽依子が得たものなのだ。私はそれを得る機会を与え、見守っていただけだ。人間と怪人の狭間で悩み、苦しんだ 末に見出した活路も芽依子の心がそれを求めていたからだ。私がしたことと言えば、忘れもしないあの夜、芽依子を 御屋敷に連れ帰ったまでのこと。それを愛と呼んでくれるのならば、私は」

 すまん、とレピデュルスは速人に一言断ってから、泣きじゃくる芽依子を抱き寄せた。

「芽依子を愛してやれたのだと解って、本当に嬉しい」

「あ、ありがとうございます、本当に、本当にぃ……」

 レピデュルスの冷たい外骨格に涙を散らす芽依子を、レピデュルスは宥めてやるために背をさすった。 

「礼を言うのは私の方だ、芽依子。子も宿せず、精も作れぬが故に、終わりなき孤独を約束された身の私に、娘がいる 幸せを与えてくれたのだから。だが、芽依子は私よりも幸せになる。他でもない速人君がいるからだ」

 泣き止まない芽依子を離して速人に預けたレピデュルスは、笑みを見せられない代わりに外骨格を鳴らした。

「速人君。私の愛した娘を存分に愛してやってくれ」

「言われるまでもありません。俺は芽依子のヒーローですから」

 新妻の肩を支えた速人は、誇らしげに笑った。レピデュルスが頷くよりも早く、凄まじい拍手が沸き起こる。ヤベー マッハさんマジかっけー、と叫んだユナイタスとムカデッドが七瀬に張り倒されたが、それらも拍手に紛れた。もらい 泣きした美花が大神に慰められ、ドミニクはまだ影に没しており、愛はそんな夫に呆れながらも泣いていた。鷹男は スーパーヒーローの意地で堪えていたが、鳩子からハンカチを渡された途端に決壊し、派手に号泣した。大神家の 家人達も感極まっているようだったが、弓子が一番最初に泣き出したせいで他の誰も泣けずにいた。母親の泣き声 と異変で目を覚ました亜矢がぐずりだしたので、名護は妻に代わって亜矢を連れて式場から出た。状況に流されて 泣きそうになっている怪人達に混じり、レピデュルスに声援を送ったのは四天王の三人だった。レピデュルスは胸に 手を添えて深く礼をしてから自分の席に戻ったが、長い間、拍手は鳴りやむことはなかった。
 複眼の奥が、神経が千切られたかように痛かった。





 


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