純情戦士ミラキュルン




狂おしき野望の果てに! ジャール・決死の総攻撃!



 悪の秘密結社ジャール。
 今、ここに、悪の総力が結集していた。五十名以上もの怪人がひしめき合い、独特の緊張感を生み出していた。 光はなく、あるのは烏合の衆に権力という名の秩序をもたらす暗黒総統ヴェアヴォルフが放つ威圧感だけだった。 そして、暗黒総統の両脇を守るのは四天王であり、セイントセイバー戦後に加わった新たな幹部怪人達であった。 最高権力者だけが座ることが許された椅子に身を委ねるヴェアヴォルフは、軍帽の鍔を指先で持ち上げた。茶褐 色の毛並みに覆われた目元が上がり、灰色の瞳が怪人達を睨め回すと、異形達は静まり返った。期待と共に畏怖 が充ち満ちた空気は不気味に冷え込み、さながらヘビのように足元からぬるりと絡み付いてきた。黒い革製の軍靴 を履いた長い足を組み、頬杖を付いたヴェアヴォルフは、足の間から出た尻尾の先端を振る。空気の代わりに鉛を 詰めたかのような沈黙が長く続いたが、ヴェアヴォルフは牙の並んだ口を開いて声を発した。

「同志諸君」

 第三帝国軍人に似た格好に相応しい厳格さを滲ませたヴェアヴォルフは、膝の上で手袋を填めた手を組んだ。

「我らが野望はなんだ?」

「世界征服にございます」

 ヴェアヴォルフのすぐ後ろに控えていたレピデュルスが、うやうやしく頭を下げた。

「その通り。して、その大望の真意はどこにある?」

 ヴェアヴォルフがレピデュルスを下げさせると、右側に控えている暗黒騎士ベーゼリッターが答えた。

「人と怪人を隔てるものを破壊し、新たな秩序を構築すること。だね?」

「いかにも。だが、我らの野望を阻む者がある」

 ヴェアヴォルフが頷くと、左側に控えていたアラーニャが毒液の滴る牙に足先を添えた。

「古今東西のヒーローよぉん」

「そうだ。その中でも特に厄介なのが、我らジャールに楯突く身の程知らずだ」

 ヴェアヴォルフが軍帽の下で片耳を曲げると、ベーゼリッターの隣に立つファルコがくええと一声鳴いた。

「御存知、純情戦士ミラキュルンでさぁ」

「ミラキュルンのせいで、我らは何度煮え湯を飲まされたことか。そして、同志達が傷付けられたことか」

 ヴェアヴォルフが首を横に振ると、アラーニャの隣に立つパンツァーが鋼鉄製の拳を叩き合わせた。

「小娘の分際で、俺達の野望を阻むたぁいい度胸じゃねぇか」

「だが、それも今日までのこと!」

 組んでいた足を解いて立ち上がったヴェアヴォルフは、両腕を大きく広げた。

「遊びは終わりってぇわけよ。本腰入れて掛かんなきゃ、おまんまの食い上げだからねん」

 ヴェアヴォルフの座っていた椅子の背もたれの上から顔を出したカメリーが、互い違いに目を動かした。

「これより、我らはミラキュルンに総攻撃を仕掛ける!」

 だん、と軍靴を鳴らして大股に踏み出したヴェアヴォルフは、拳を固めて頭上に突き上げた。

「同志諸君! 今こそ、世界征服の野望を果たす時は来た! 我が膝下に下ったことを誇りに思うならば、その命を 張るがいい! そして、正義の名の下に愚行を繰り返す小娘を今こそ血祭りに上げてやるのだぁっ!」

 うおおおお、と怪人達から荒々しい歓声が上がり、興奮が膨張した。

「そのためにはまず、同志諸君にミラキュルンの弱点を知らしめてやろう! 情報こそ、勝利を得る近道だ!」

 ヴェアヴォルフは監視カメラ怪人を指すと、ロックガーは頷き、ヴェアヴォルフの背後のスクリーンへと投影した。 が、怪人達の歓声がぴたりと止んだ。怪訝に思ったヴェアヴォルフはスクリーンに振り返り、尻尾を膨らませた。

「あ゛ぁ゛っ!?」

 スクリーンに大写しになったのは、恥じらい混じりの笑顔を見せながらも大胆な水着を着た、野々宮美花だった。 真っ青な空とエメラルドグリーンの海、白い砂浜を背景に立つ美花は花柄のパレオを広げ、ポーズを付けている。 たわわな双丘を包むのは面積の小さいピンクのビキニで、下半身を隠すパンツも両サイドが細い紐である。日差し を浴びて輝く太股は筋肉と脂肪が適度に付いているが腰はくびれ、健康的な色気を振りまいていた。きめ細かな肌 は透き通るようで、匂い立つような肢体と子供っぽさを残す顔立ちのアンバランスさが絶妙だった。

「あ……」

 リアクションに困ったロックガーが次の写真に切り替えると、これもまた美花で波打ち際ではしゃいでいた。

「え、ええっと」

 ロックガーは更に切り替えるが、次の写真も美花で、ビーチパラソルの下で寝転んでいた。

「すっげー……普通にエロい……」

 タガメ怪人のタガメスが、羨望と欲望を交えた呟きを漏らす。ヴェアヴォルフは動揺し、ロックガーに詰め寄った。

「ヤバい間違えた! SDカード間違えた! ロックガー、出せ出せすぐに出せぇえええええっ!」

「いいや出すな、この際全部見せてくれよ、総統と美花ちゃんの吐き気がするほどのラブラブショット!」

 ナノマシン怪人のユナイタスがロックガーにまとわりつき、そのSDカード挿入口を塞いでしまった。

「ちょっ、まっ、ユナイタス、そこダメ、俺のメインサーキット! ああ俺ますますお嫁に行けないぃいいいっ!」

 ロックガーが悲痛な悲鳴を上げるが、ユナイタスはそれに構わずに次から次へと美花の写真を投影していった。 笑う美花、拗ねる美花、甘える美花、照れる美花、美花、美花、美花。背景と服装は違ったが、全てが美花だった。 スライドショーのように投影され続ける宿敵に怪人達は見入り、切り替わるたびに野太い歓声を上げた。その意味 は先程のヴェアヴォルフへの忠誠心と戦意を示すものとは根本的に違っていて、男達は無駄に生き生きしていた。 ヴェアヴォルフは必死にロックガーからSDカードを回収しようとするが、ユナイタスが融合したせいで取り出せない。 その間にも美花の写真という写真が怪人達の元に晒され、最後に出たのは大神とのツーショットの写真だった。

「カタストローフェシュラーク!」

 焦りに焦ったヴェアヴォルフはユナイタスに必殺技を放ち、ロックガーから引き剥がした。

「あー、くそー、なんだってこの大事な時に限って有り得ない凡ミスをするんだよ俺は……」

 同時に必殺技を受けて伸びたロックガーからSDカードを回収し、ヴェアヴォルフは元の立ち位置に戻った。

「ハメ撮りしてなくて良かったねぇん」

 取締役のデスクに寄り掛かっているカメリーがくすくす笑うと、ヴェアヴォルフは体毛を逆立てた。

「誰がするかそんなこと!」

「見ている方が恥ずかしいよ、これ……」

 ベーゼリッターが暗黒剣フェアデルベンにヘルムを当てて項垂れると、パンツァーが身震いした。

「ああ、全くだ」

「お気を確かに、若旦那」

 レピデュルスがヴェアヴォルフを慰めると、ヴェアヴォルフはSDカードを軍服の内ポケットに入れた。

「うん……なんとか……」

「ちゅうことは、こいつが本来使うはずだったSDカードですかい?」

 総統の椅子の後ろにある取締役のデスクからSDカードを取ったファルコに、ヴェアヴォルフは力なく頷いた。

「そうだ」

「美花ちゃんもすっかり色っぽくなったわねぇん。ていうかぁ、いつのまに旅行になんて行ったのぉ?」

 アラーニャがヴェアヴォルフに音もなく近付くと、ヴェアヴォルフは軍帽を下げて表情を隠す努力をした。

「先月の連休だよ! 二泊三日で沖縄!」

「で、どこまで進んだのよ? 水着まで見ておいて、まぁさか何もしてないってぇことは……」

 にやにやしながら顔を寄せてきたカメリーを、ヴェアヴォルフは力一杯引っぱたいた。

「いちいちエロ方向に持っていこうとするな!」

「皆、これ以上傷口を広げてやるな。若旦那、部下の手前もあります故、その辺りで収めて下さいませ」

 レピデュルスは涙目のヴェアヴォルフを宥めてから、ファルコから受け取ったSDカードをロックガーへと投げた。 レンズにSDカードが当たったことで目を覚ましたロックガーは起き上がり、再びスクリーンに投影した。すると、今度 は戦闘中と思しき純情戦士ミラキュルンが映し出されたが、怪人達のリアクションは一概に薄かった。

「なんだ変身後か」

「バトルスーツのぴちぴち加減も捨てがたいけど素肌の色気には到底敵わねぇよなぁ」

「こっちになるとおっかねぇし」

「総統ばっかりずるいよ、彼女がいてさ」

「リア充は滅びろ」

「世界征服しなくてもいいじゃん、彼女がいるんだし」

「もっとエロが欲しい。世界征服にはエロス、エロス!」

「そうだエロスだ、エロが足りない! 俺達には根本的に女っ気が足りない!」

 などと怪人達が勝手なことを言い始めたので、ヴェアヴォルフは誰から殴ってやろうかと拳を固め直した。だが、 ヴェアヴォルフが拳を振るう前に特殊な超音波を含んだ声が放たれ、怪人達は揃った動きで崩れ落ちた。

「バッドシャウト!」

 音源は、天井から逆さまにぶら下がっているナイトメアだった。

「御安心を、若旦那様。今の一撃で、全員、美花さんの写真に関する記憶の一切を封印されました」

「ありがとう、ナイトメア。だが、どうしてジャールに?」

 ヴェアヴォルフが不思議がると、天井から飛び降りて上下を正したナイトメアは切なげに翼を下げた。

「昨日から、速人さんが会社の研修に行ってしまいまして……。一週間ですよ、一週間……」

「それは寂しいな」

 ヴェアヴォルフが同情すると、ナイトメアは翼を戻し、表情を怪人らしいものに直した。

「ですので、私めには暇が有り余っております故、総攻撃のお手伝いをさせて頂きとうございます」

「それは構わないよ。むしろ、頭数が増えるんだからいいことだ」

「ありがたき幸せに存じます」

 ナイトメアはスカートの裾を持って広げるような仕草と共に、膝を曲げて礼をした。

「そろそろ催眠も解けることでしょう」

 膝を伸ばして姿勢を戻したナイトメアが怪人達を一瞥すると、呻きを上げながら目を覚まし始め、起き上がった。 皆、記憶が飛んでいることは理解しているようだが何が起きたのか良く解らないらしく、きょとんとした様子だった。 事の発端のロックガーやユナイタスも、幻惑音波で美花の写真を見たことは忘れたらしい。力も強ければ能力耐性 も強い幹部怪人達には幻惑音波の効果は薄かったらしいだが、意味はあったようだ。皆のざわめきが落ち着いた のを見計らってから、仕切り直しだ、とヴェアヴォルフは会議の本題を再開した。

「えっと、情報こそ、勝利を得る近道だ!」

 ヴェアヴォルフが同じセリフを繰り返してロックガーを指すと、ロックガーは頭の痛みに首を捻りながら投影した。 ヴェアヴォルフの背後のスクリーンに大写しになった写真は、戦闘中の純情戦士ミラキュルンだった。

「純情戦士ミラキュルン! それは、稚拙な正義を行使する愚者であり、我らが宿敵だ!」

 ヴェアヴォルフはスクリーンに映るピンクでハートのヒーローを指し、声を張った。

「その力の源は、その名に違わぬ純情! そして、恋だ! しかし、それは、我らが据える野望に比べてなんと 脆弱なことか! よって、ミラキュルンの弱点は恋心にある!」

「でも、総統がミラキュルンの彼氏なんですよね? てぇことは、別れるんですか? 浮気したんですか?」

 ムカデッドが暴言を吐いたが、ヴェアヴォルフはぐっと堪えた。

「人聞きの悪いことを言うな、誰が他の女に興味を持つか。総攻撃を仕掛けるためにデートを中止にしたんだよ」

「大英断にございます、若旦那」

 レピデュルスは感嘆するが、ヴェアヴォルフは口元を引きつらせた。

「そしたら、電話口で泣かれちゃって、もう傷付くのなんのって……」

「だからって中止しないでね。僕だって、総攻撃の日には弓ちゃんと亜矢と買い物に出掛けるはずだったんだから」

 ベーゼリッターは神経質な仕草で、ガントレットに包まれた硬い指で暗黒剣の柄をかつかつと叩いた。

「だったら尚更ぁ、美花ちゃん最優先な若旦那らしくないわねぇん。どうしてぇ、今ぁ、総攻撃なのぉ?」

 アラーニャが八つの目を瞬かせると、ヴェアヴォルフは気を取り直してから答えた。

「今だからだ。今じゃなきゃ、ダメなんだ」

「その理由については後でじっくり聞かせてもらいやすとして、総攻撃はどういう手筈でやりやすんで?」

 ファルコがヴェアヴォルフの前に出ると、ヴェアヴォルフは怪人達に向き、話を再開した。

「ミラキュルンを誘き出し、波状攻撃を仕掛けるのだ! いかに肉体的に打たれ強いミラキュルンと言えども、猛攻に 次ぐ猛攻を受けては凌げないはずだ!」

「ですが、対名護さん戦の後にミラキュルンに全員で攻撃を仕掛けましたけど、すぐに倒されちゃいましたよ?」

 テッポウウオ怪人のスナイプがヒレとウロコの付いた手を挙げ、発言した。

「あの時は刀一郎さん、というか、セイントセイバーを倒すことが本題だったから、ミラキュルンは二の次だった!  だから、我らは惜敗してしまった! だが、今回は違う! ミラキュルンを倒すためだけに動くのだからな!」

 作戦を説明するべく、ヴェアヴォルフが事前に準備したホワイトボードに手を掛けると、給湯室のドアが開いた。 

「大神君、そろそろお茶出していい? てか、この中、空気薄くね?」

 人数分の麦茶の支度をしていた七瀬が顔を出したので、ヴェアヴォルフは返した。

「あー、もうちょっと後かな」

「んじゃさっさとやってね。でないと氷が溶けるし、差し入れだって温くなっちまうっての」

 七瀬は給湯室に引っ込み、ドアを閉めた。ヴェアヴォルフはすっかり話の腰を折られたが、挫けずに続けた。

「作戦の概要はこうだ! 所定の場所に呼び出したミラキュルンに、チームで襲い掛かる! そして、第二、第三、第四、 第五、第六、第七、第八、第九と続けて攻めていき、その次に四天王、幹部怪人で一気に畳み掛け、最後にこの俺が 直接手を下し、止めを刺すという作戦だ! 名付けて、エヒトシュナイト作戦!」

「総統だからって、いいとこ取りすぎじゃね?」

 給湯室から出てきた七瀬は茶々を入れながら、中両足で抱えたケーキ箱に詰まったシュークリームを数えた。

「だから、ああもうっ! 作戦会議一時中断! 三十分後に再開! それまで休憩!」

 集中力を保てなくなったヴェアヴォルフが投げやりに叫ぶと、怪人達はどやどやと立ち上がり始めた。

「はいはい、ちゃんと並べよー。でないと配ってやらないからな、鋭太とちえりちゃんの差し入れ」

 給湯室から出てきた七瀬は怪人達を手際良くあしらいつつ、差し入れであるシュークリームを皆に配っていった。 大した仕事もしていないに疲れたヴェアヴォルフが椅子に座り込むと、四天王がカーテンを開けて日差しを入れた。 窓も開けられて風が吹き込むと、大人数の怪人達が押し込められていたせいで淀んだ空気が晴れていく。冷房は 効かせていたが、これだけ人数がいると意味がない。ヴェアヴォルフは軍帽を上げ、ずるりと腰を下げた。ジャール に馴染みすぎたせいで運動部のマネージャーのような立場と化している七瀬は、怪人達に麦茶も配った。四天王と 幹部怪人の元にも麦茶は届き、ヴェアヴォルフにも渡されたので、それを一口飲んで乾いた喉を潤した。
 悪の秘密結社ジャールは手狭だ。ビルのワンフロアを丸々借り切っているとはいえ、ビル自体が中規模なのだ。 だから、オフィスの広さもその程度で、社員全員を集めての会議には不向きだ。だが、適当な会議室では雰囲気が 出ない。しかし、狭さは否めない。ヴェアヴォルフは氷が少し溶けた麦茶を呷ってからコップを下ろし、嘆息した。
 こんなことで、総攻撃は成功するのだろうか。







10 1/12