純情戦士ミラキュルン




狂おしき野望の果てに! ジャール・決死の総攻撃!



 そして、三日後。ジャールによるミラキュルンへの総攻撃、エヒトシュナイト作戦が決行された。
 本社に残ったヴェアヴォルフは、怪人達が現場に派遣されたことを確認し終えると、受話器を下ろして椅子を回転 させた。そこには、思い出すのも嫌になるほど失敗続きだった作戦会議でも使用した、スクリーンが吊り下げられて いた。幅三メートル、高さ二メートル弱もあるもので、これに大写しになった美花の水着姿は艶めかしかった。だが、 今はそんなことを考えている場合ではない。ヴェアヴォルフは自分のデスクから立ち上がり、移動した。スクリーンの 真正面にはカメラ怪人のロックガーがパイプ椅子に腰掛け、大きなレンズをスクリーンに向けていた。ロックガーは あらゆる映像を撮れる万能カメラだが、万能ついでに上映も可能という多機能な怪人である。VHS、ベータ、8ミリ はもちろんのこと、DVD、ブルーレイ、HDD、SDカード、USB接続による再生も可能だ。おかげで休日ともなれば 怪人達にデッキ代わりに呼び出されてばかりで、肝心の世界征服活動を出来ずにいる。

「総統、準備出来ました」

 ロックガーは後頭部を探り、衛星放送チューナーと接続したケーブルを確認してから、ヴェアヴォルフに向いた。

「サテラインとの通信状態は?」

 カーテンを引いて日光を遮断した後、ヴェアヴォルフはロックガーの隣に置かれたパイプ椅子に腰掛けた。

「良好です。怪人電波は他の衛星の電波に比べて強力ですから、探知しやすいんですよ」

 機嫌良く頷いたロックガーは、電波の発信源を辿るように天井を仰いだ。その先の宇宙には、怪人がいるのだ。 今、衛星軌道上にはジャールに所属する人工衛星型怪人のサテラインが浮かび、衛星中継の準備を整えている。 人間大のロボットからスパイ衛星に変形出来るサテラインの能力は、変形後の姿通りの超望遠監視能力である。 衛星軌道上に浮かんだサテラインの目に掛かれば、地上のどんなに小さな目標物も捕捉出来る上音声も拾える。 だが、自力で衛星軌道上に移動することが出来ないため、地上にいる限りは海外ドラマ好きの無害な青年である。 なので、今回、エヒトシュナイト作戦を行うに辺り、サテラインはロケット怪人のタネガシーによって打ち上げられた。 宇宙に旅立つサテライン、長年の夢を叶えるタネガシー、そんな二人を見送る怪人達の様はそれはそれは感動的 だった。部下達と共にタネガシーの打ち上げを見守っていたヴェアヴォルフもぐっと来てしまい、ちょっと泣きそうに なってしまったほどだった。

「映像、音声、共に届きました。再生します」

 ロックガーはサテラインから受け取った電波を再生し、スクリーンに投影させた。そこには、野々宮美花がいた。 大神とのデートが頓挫したことが余程残念だったらしく、足取りは重く、事ある事にため息を零しながら歩いている。 チューブトップのキャミソールの上にショート丈のボレロを羽織り、ハーフ丈のジーンズにスニーカーを履いていた。 その肩からは服装に見合ったスポーツブランドのショルダーバッグが下がり、これから外出するようだった。

「気晴らしに買い物に行くんだ……」

 ヴェアヴォルフはそれを察しただけで、落ち込んだ。

「一杯買ってくるぞ、それを次に会った時に着てみせるんだ、嫌味ったらしく……。ああでもそれも可愛い……」

「どっちなんですか」

 ロックガーはヴェアヴォルフの言い草に呆れたが、目線はスクリーンに固定していた。映像が乱れるからだ。

「あ、来ましたよ、ほら、総統!」

「そのようだな」

 ロックガーに揺さぶられ、ヴェアヴォルフは顔を上げた。美花の前には、ジャールの怪人達が立ち塞がっていた。 第一陣である、ブルドーズ、ダンゴロン、スパイラー、デゴイチ、フレイムスローラーという近接戦闘が得意な五人だ。 彼らが現れた途端に美花は立ち止まり、すっと表情を消すとブレスレットを掲げて変身した。

『大神君のっ!』

 美花、もとい、ミラキュルンは拳を振り上げて先頭のデゴイチを吹き飛ばした。

『ばーぁかぁあああああー!』

 衛星通信を経由して届いたミラキュルンの声が再生され、ロックガーの側頭部のスピーカーから出てきた。

『デゴイチィイイイッ!? お前の体重は確か1トンはあったはずだぞ!?』

 ぎょっとしたダンゴロンが反射的に丸くなると、ミラキュルンはそのダンゴロンを蹴り飛ばした。

『仕事が入ったからなんて言ってぇ!』

『ぐげぇっ!?』

 ボールの如く蹴り上げられたダンゴロンが命中し、ブルドースが弾き飛ばされた。

『ま、待て、ミラキュルン、いやミラキュルンさん! お願いだから戦って、まともに! 作戦だから!』

 フレイムスローラーは火炎放射用のチューブの付いた腕を挙げ、制止しようとしたが、無駄だった。

『急にデートを断ったと思ったらぁ!』

『ふおっ!』

 一撃で薙ぎ払われたフレイムスローラーは、スパイラーに叩き付けられた。

『ぎゃひぃっ!』

『こういうことだったんだぁあああああああっ!』

 昏倒したフレイムスローラーを投げ捨てたミラキュルンは、スパイラーを踏み付けてから、しくしく泣き出した。

『大神君の馬鹿……。もうやだ……』

『あ、あの、ミラキュルンさん……』

 強かに踏み付けられたスパイラーが、息も絶え絶えにドリルが付いた腕を伸ばすと、ミラキュルンは座り込んだ。

『ていうか私の方がもっと馬鹿ー! 期待しすぎて滑りまくりだしぃっ!』

『何がですか?』

 背中に座り込んだミラキュルンを退かそうとスパイラーは身を起こすが、後頭部を引っぱたかれて昏倒した。

『言わせないで下さい、ああもう恥ずかしいぃ!』

『だ、だけど、言ってくれなきゃ何も解らないですよ?』

 ねえ、と身を伸ばしたダンゴロンがコンクリートに背を埋めたブルドーズに同意を求めると、ブルドーズも頷いた。

『そうっすよミラキュルンさん、俺らじゃ力になれないかもしれないっすけど、相談には乗れるっすよ?』

『えぇ、でも……』

 ミラキュルンはハートのゴーグルを両手で覆い、もじもじした。

『いやぁダメ、やっぱり恥ずかしいっ!』

 右手でゴーグルを覆ったまま左手を振り回したミラキュルンから、ブルドーズは強烈な平手打ちを喰らった。その 拍子にアスファルトに叩き付けられたブルドーズは顎から突っ込んで昏倒し、身動きしなくなった。いやだぁもうっ、と ミラキュルンは上擦った悲鳴を残して駆け出し、その場には無惨な怪人達が取り残されてしまった。

「……総統」

 ロックガーがびくつきながらヴェアヴォルフに声を掛けると、ヴェアヴォルフは眉間を顰めた。

「俺の作戦が拙かったのか? いや、そんなはずはない、ああすれば美花は絶対落ち込むと思って……」

「どうします、次も映しますか?」

「余さず映してくれ。全部見るのが俺の責任だ」

 ヴェアヴォルフは本音では逃げ出したかったが、スクリーンを見た。程なくして第二陣がミラキュルンと接触した。 第二陣はシザック、スナイプ、ノイザー、フーパー、カガミラー、という特殊な能力を有している怪人達だったが、これ もまた易々と突破された。ミラキュルンは何かに恥じらうあまりに、無遠慮に暴れてしまうようだった。怪人達は任務 を果たそうと懸命に襲い掛かるが、ミラキュルンに掠り傷一つ与えられずに吹き飛ばされた。怪人電波の入射角が 感知出来るのか、カガミラーはカメラ目線になり、もう無理ですマジ無理です、と号泣した。
 続いて第三陣は、ドグラス、ベンダー、アンタレス、スポアッシュ、ナクトシュネッケという遠隔攻撃系の怪人達だ。 だが、遠隔攻撃の必殺技を放つ前に間合いに入られ、吹っ飛ばされた。所要時間は三十秒にも満たなかった。
 更に続いて第四陣は、タガメス、スクイッド、テンタクラー、シャッパー、ポーキュパインという水陸両用怪人達だ。 だが、やはり必殺技を放つ前に蹴散らされ、得意な戦闘フィールドであるはずの川に揃って沈められてしまった。
 更に続いて第五陣は、アーケロン、ヘドロン、ディグモール、ブレイクハンマー、ムカデッドという連携攻撃陣だ。 だが、やはり事前に練習した連携攻撃の態勢に入る前に攻撃され、五人揃って負けたことすら解らずに倒れた。
 更に続いて第六陣は、ユナイタスを先頭にした機械系怪人のチームのはずだったが、二人も宇宙に出ていた。 なので、ユナイタス、新入社員の旧式戦闘機型怪人のヒエン、ウンリュウ、で攻めたがやはり結果は同じだった。
 更に続いて第七陣は、ナイトメアを主力とした精神攻撃系怪人のチームだったが旗色が悪すぎて即時撤退した。 ヴェアヴォルフはそれについて責める気もなければ、咎める気もなかった。その気持ちは痛いほど解ったからだ。 第八陣、第九陣と続いたが、結果は言うまでもなく一撃KOで、誰一人としてミラキュルンに攻撃を放てなかった。

「俺、泣きそう……」

 痛ましい映像の数々に打ちのめされたロックガーはレンズにオイルを滲ませ、スクリーンの映像が歪んだ。

「安心しろ、俺もだ」

 ヴェアヴォルフも声を詰まらせ、目頭を押さえた。

「この戦いが終わったら、皆で飲みに行こうな」

「ここぞとばかりに死亡フラグを立てないで下さい。リアルに成立しそうで怖いんで」

 ロックガーは手近なティッシュペーパーでごしごしとレンズを拭い、再びスクリーンに向いて投影を続けた。そして、 次の映像が映し出されたが、既に戦いは終わっていた。四天王、カメリー、ベーゼリッターが倒れていた。

「え!? あれ!?」

 展開の早さに面食らったロックガーは映像と電波を再確認したが、間違いなくリアルタイムの映像だった。

「な、何が起きたんだ?」

 ヴェアヴォルフも全く状況を把握出来ず、動揺した。ロックガーは腰を抜かしたため、映像が斜めに傾いた。

「有り得ねー……。俺が目ぇ離したのはせいぜい二三秒で、移動時間もあったはずだろー……? で、相手は四天王と ベーゼリッターさんとカメリーさんだろー……? どんだけオーバースペックなんだよ、ミラキュルンさん……」

「とりあえず、続きを見よう。状況が変わっても変わらなくても、俺は出撃する」

 ヴェアヴォルフは椅子から崩れ落ちそうなロックガーを支えてやると、ロックガーは首を横に振った。

「いやいやいやいやダメですってマジダメですって総統! 死にますってこれー!」

「この流れで出撃しなかったら、皆に悪いじゃないか。管理職は現場主義であるべきだ」

 恐怖を押し殺して真顔で言い切ったヴェアヴォルフに、ロックガーは感極まって腰を浮かせた。

「総統ぉおおおーっ!」

「いいから前を見ろ。でないと、続きが見られない」

 ロックガーを座り直させ、ヴェアヴォルフは前を向いた。状況は依然として変わらず、全員、昏倒したままだった。 レピデュルス、パンツァー、アラーニャ、ファルコ、カメリー、ベーゼリッターの六人が、ほんの一瞬で倒されていた。 ミラキュルンの背景は街外れの空き地で、夏の日差しを浴びて放置されたプレハブ小屋の屋根が白んでいた。その 手前の見るからに暑そうな黒光りするアスファルトに倒れた六人は時折呻くが、起き上がる気配はなかった。

『もう、やだ……』

 一人だけ立っていたミラキュルンは、ぺたんとアスファルトに座り込み、バトルマスクで覆われた頭を抱えた。

『こんなのばっかり……。もうやだ、本当にやだ……。こんなんだから、きっとダメなんだ……』

 嗚咽を零しながら、ミラキュルンは俯いた。

『だから、いつまでたっても大神君から何もされないんだ……。あんな水着、着るんじゃなかった……』

「水着って、何の話です?」

 ロックガーが訝ると、ヴェアヴォルフはすかさずその頭を鷲掴みした。

「余計な詮索はするな。したら、この場でヴァールゲヴァルトだ。ゼロ距離でフルパワー、物凄く痛いぞ」

「あ、はい! 了解です!」

 ロックガーは即答し、スクリーンを凝視した。映像の中のミラキュルンは、ゴーグルの下から落ちる涙を拭う。

『け、結構自信あったのに、大神君ったら何もしないんだもん……。そりゃ、あんなことをされるのは恥ずかしいし、 まだちょっと怖いけど、でも、もう付き合って三年になるんだよ? それなのに、なんでまだ……』

「ちがっ、違う!」

 聞こえないとは解っていても言い返さずにはいられなくなり、ヴェアヴォルフは腰を上げた。

「何もしないんじゃなくて、出来なかっただけだ!」

『それなのにあんなにはしゃいじゃって、ポーズまで付けて写真まで撮ってもらうなんて、恥ずかしすぎるよぉ! 凄く 楽しかったけど、一緒に旅行に行けて嬉しかったけど、そこまで行ったら普通は期待するじゃない! 同じ部屋にも 泊まったのに、それなのに、どうして大神君ったらー!』

「俺も期待した! 超期待した! だから準備万端だったんだよ! 色んな意味で!」

『そりゃ、そそる体じゃないって自覚してるし、未だに色々と足りないって解ってるけどぉ!』

「足りなくない! 充分足りてるから、俺も余計なことをごちゃごちゃ考えすぎて結局何も出来なかったんだ!」

『もうちょっと勉強しておいた方が良かったのかなぁ……』

「しなくていい、しなくていい、しなくていい! されたら嬉しいけど、嬉しすぎて逆に困る!」

『ていうか、二十歳になって悩むようなことかな、これって』

「いやいや充分悩む! 俺なんか頭が痛くなるぐらい悩んだ! 徹底的に準備した挙げ句に不発だったけど!」

『私と大神君って、進展遅いよねぇ……。七瀬なんてさくっと結婚しちゃったし、お兄ちゃんと芽依子さんだって……』

「それは俺も思う! だけど、俺にも俺の事情ってものがあってだな!」

『あー……やんなっちゃう……。どうして私、ヒーローなんだろう……』

 ミラキュルンはしゃくり上げてから、ミニスカートの裾を握り締めた。

『本当はもう、戦いなんて止めたいのに。大神君と戦うのは、凄く辛いのに。怪人の皆を倒すことだって、前みたいな 気持ちで戦えるわけじゃないもん。大神君がヴェアヴォルフさんだって解ってから、ずっとそうなんだよ。でも、言える わけないじゃない。大神君や皆が真剣なのに、私だけが嫌だから戦いを止めるって、そんなのは無責任だよ』

 しばらく、沈黙が続いた。ミラキュルンは泣き声を堪えようと声を殺したが、ゴーグルから零れる涙は止まらない。 誰も見ていないからこそ吐き出されたミラキュルンの本音に、尖った耳を伏せたヴェアヴォルフは沈痛に呟いた。

「俺だって、辛いさ」

『でも、戦わなきゃ。そうしなきゃ、大神君や怪人の皆が困っちゃう。戦わなきゃ、戦わなきゃ、戦わなきゃ!』

 両の拳を固めたミラキュルンは立ち上がったが、膝には力が入りきっていなかった。

『戦わなきゃ……大神君と戦わなきゃ……』

「貴様の望み通り、全力で戦い、抹殺してくれる。それが我らが野望を果たすに不可欠であり、そして」

 ヴェアヴォルフはスクリーンに背を向けると、軍用サーベルを取ってベルトに差した。

「君を解放することにもなる」

 ロックガーに現場の映像の受信と記録を続行するように命じてから、ヴェアヴォルフはジャール本社を後にした。 外に出た途端、容赦ない暑さが頭上と足元から襲い掛かった。そのアスファルトを蹴り付け、力の限りに跳躍した。 軍帽を落とさないように押さえながら跳ねたヴェアヴォルフは、手近なビルの屋上を足掛かりに、もう一段跳ねた。 軍服の下に滲む汗は風を切るたびに冷えるが、着地した瞬間にすぐさま吹き出し、厚い体毛は乾く暇がなかった。
 ミラキュルンの気配はサテラインの衛星通信がなくても解る。怪人としての感覚に勝るものが、神経を逆立てる。 この戦いには、必ず勝たなければならない。勝たなければ、愛情と正義の狭間で苦しむ彼女を更に苦しめてしまう。 先日の旅行先には負けるが、雲一つない青い空と喧噪と熱気が詰まった街の狭間を跳び、戦場を目指した。
 臆病で泣き虫なヒーローを倒し、救うために。





 


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