純情戦士ミラキュルン




五つの力を一つに合わせろ! 正義戦隊パワーファイブ!



 世の中のヒーローは、戦隊を組んで活動していることが多い。
 理由は簡単、効率が良いのだ。怪人や悪の組織と敵対した時、単独で戦うよりも大人数で戦う方が早く終わる。 そして、一人一人のヒーロー体質が不安定でも、同じ目的と同じイメージを固めれば必殺技も威力を増すからだ。 上手くやれば素体となる物体がなくても巨大ロボを生み出せるようになり、二号ロボ、三号ロボ、と作り出せる。更に 新規参入に次ぐ新規参入を重ねてチームメンバーを増やし、数の暴力のような戦力で攻められるからだ。けれど、 野々宮一家のような単独のヒーローも珍しくはないので、要するに戦いに関する考えが少々違うだけだ。だから、 事と次第によっては、野々宮一家の誰かが戦隊ヒーローの一員になることも考えられないことではない。
 そして、野々宮一家が戦隊ヒーローになることも。予想出来ない事態ではなかったが、現実になると気が滅入る。 美花は飲みかけのカフェオレ入りのマグカップを持ったまま、自信と活力に溢れすぎて突き抜けた父親に向いた。 同じようにソファーから振り返って父親の鷹男を見やった兄、速人は、食中りになったかのようなひどい顔をした。

「まぁあああっ!」

 ドアが鳴るほど激しくトイレのドアを開けて飛び出してきた母親、鳩子はリビングに駆け込んで夫に詰め寄った。

「それ、なんて素敵なのかしらっ!」

「そうだろうっ、そうだろうそうだろうそうだろうぉうううっ!」

 胸を張りすぎて反り返りながら、鷹男は引き締まった腰に両手を当てた。

「そうよ、そうよそうよねぇええっ!」

 中途半端な位置に下がっていたストッキングをスカートの中に引き上げてから、鳩子は鷹男に抱き付いた。

「やりましょう、あなたっ! やっちゃいましょうよ!」

「ああっ、やるぞっ、俺はやるぞ鳩子ぉおおおおっ!」

 雄々しく猛った鷹男は鳩子を抱き締め、そのままぐるぐると回った。

「……見ちゃいられねぇ」

 額を押さえた速人がずるりとソファーにへたり込むと、美花も顔を伏せた。

「うん。だって、お父さんの、ぶらぶらしてるし……」

 なぜなら、鷹男は全裸だったからだ。例によって風呂上がりで、体もろくに拭かずにリビングに突進してきた。その 状態で鳩子を抱き締めて回転したので、当然ながら鷹男の股間にぶら下がっている最強の武器も遠心力に従って 持ち上がっていた。二階の自室に駆け込みたくなったが、鷹男と鳩子が回転しているのはドアの前なので逃げるに 逃げられなかった。まだ終わらないかな、と美花は背後を窺うが二人はまだ回っている。鳩子がはしゃぐから調子に 乗っているのだ。それから五分が過ぎ、鷹男はようやく鳩子を下ろすと、がっしと妻の肩を抱いて宣言した。

「今この時より、俺達一家は戦隊ヒーローとなるのだぁあああああっ!」

「いやん素敵よあなたぁあああっ!」

 散々回されたのに目も回していない鳩子は、軽く跳ねて夫の首に抱き付いた。

「その理由が見えないんだけど。ていうか、今は美花以外は表立って活動してないだろ?」

 速人が冷たく意見するが、鷹男は全く構わなかった。無論、鳩子も。

「リーダーはこの俺だぞっ、速人ぉおおっ!」

「ええもちろんよあなたぁあっ!」

「だ、誰と戦うつもりなの……?」

 美花が恐る恐る尋ねると、鷹男は白い歯を剥いて笑った。

「無論っ、悪の秘密結社ジャールだっ!」

「……え」

 そんなことになれば、大神や怪人達は蒸発してしまう。美花は血の気が引き、マグカップを落とした。

「だっ、ダメ、ダメダメダメダメダメだよダメダメダメダメ! おっ、大神君達と戦ってるのは私なんだからダメェ!」

「ダメじゃあないっ! なぜなら、美花がメンバーに入っているからだっ! 家族の敵は皆の敵だからなっ!」

「う、うぁああああっ」

 鷹男の乱暴な理屈に、美花は涙目になって兄に振り返った。

「お兄ちゃん、このままじゃ大神君が殺されるぅ! お父さんに消し炭にされちゃうよぉおおおっ!」

「落ち着け」

 速人は妹の頭を平手で叩いてから、片腕で鳩子を抱き上げている全裸の鷹男に向いた。

「父さん。突っ込みたいことは腐るほどあるけど、重大な問題がある」

「なんだっ、速人っ! お父さんに言ってみろっ!」

「一人、足りない」

 速人は右手を挙げ、五本指を広げた。

「うちは四人家族だろ? 戦隊ヒーローってのは、少なくて三人、ノーマルで五人、追加メンバーが加わったとしても 最大で七人。派生ヒーローとか寝返りヒーローとかも含めるともっと数は増えるんだろうが、基本は三人か五人だ。 だけど、うちはどう転んでも四人家族だ。今日の夜にもう一人仕込むとか、変な動物を連れ込むとか、親戚を連れて くるとか、訳の解らない新規参入メンバーは却下だ。でも、父さんの性格上メンバーを減らすことは出来ないだろ?  だから、どっちに転んでも一人足りないんだ」

「お兄ちゃん……」

 理屈は尤もだが、さらっと下品だ。美花が褒めるべきか非難するべきか迷っていると、鷹男は唸った。

「それは道理だっ! さすがはマイサンッ、我が家で一番まともなことを言うなぁっ!」

「そう言われてみれば、そうねぇ」

 鳩子も頷き、鷹男に寄り掛かった。

「ねえあなた、どうする? 速人ちゃんの言う通り、今夜のうちにもう一人仕込んじゃう?」

「それも凄く良い考えだがっ、もっと良い方法があるぞっ!」

 鷹男は、無駄に派手な動作で美花を指した。

「美花ぁっ、お前の友達をメンバーに加えればいいのだぁあっ!」

「え、えぇー……」

 美花は心底げんなりしてカフェオレの池が出来た床に座り込みそうになり、慌てて腰をずらして座り直した。使え、 と速人が差し出したティッシュ箱を抱えてカフェオレの池を拭き取りながら、美花は物凄く渋い顔をした。友達を誘え と言われても、そんなことに誘ったら絶交されかねない。特に怪人である大神鋭太は頼れないだろう。かといって、 クールでシビアな天童七瀬は論外だ。誘ってみたところで、手厳しい言葉で突っぱねられる。だが、美花のヒーロー 活動のことも家族のことも理解している友人はその二人だけなので、選択の余地はなかった。カフェオレの染みた ティッシュの固まりをゴミ箱に入れ、濡れ布巾で床を拭きながら、美花は真剣に考えた。
 そして、決意した。




 翌日。美花は三つの弁当箱を抱え、二人の友人を中庭に誘った。
 購買にパンを買いに出ようとしていた鋭太と都合良く昼食を買い忘れていた七瀬は、美花の誘いに乗った。美花 はずしりと重たい弁当箱を抱えて二人を先導して歩きながら、とてつもない罪悪感に駆られて泣きそうだった。二人 のどちらかが戦隊ヒーローの一員になってしまったら、間違いなく迷惑を被ってしまう。主に父親の鷹男から。運が 良くても徹底的にしごかれる、運が悪ければぶっ飛ばされる。主に父親の鷹男から。時として母親の鳩子も。最悪、 野々宮家の戦隊から抜け出せなくなってしまうかもしれない。根本的にも全面的にも父親の鷹男のせいで。
 中庭に出て芝生に座った美花と七瀬と鋭太は、円を組むように座った。鋭太だけは少し気恥ずかしげだったが。 美花は実質賄賂とも言える兄の渾身の力作の弁当を二人に勧めると、二人は礼を言ってからそれを食べ始めた。 美花も自分の弁当箱を開け、食べ始めた。エビフライ、スコッチエッグ、ポテトサラダ、といった洋風のメニューだ。 特に力が入っているのが、抜群においしいカレーピラフだ。程良い辛みの中にも、野菜の甘みが含まれている。

「んで?」

 顎を噛み合わせてエビフライを断ち切った七瀬は、美花に触覚を向けた。

「美花は私達に何をさせたいわけ?」

「んあ」

 まだ何も話していないのに、と美花が目を丸くすると、鋭太は片耳を曲げた。

「つか、これ、野々宮の兄貴の料理だろ? 味で解るし。なんか理由でもあるわけ?」

「いっ、嫌だなぁもう、そんなわけないじゃない」

 美花は取り繕おうとするが、罪悪感で既に涙目だった。

「つか、あのシスコン野郎のマッハマンがしゃしゃり出てくるってことは、絶対になんかあるし」

 スコッチエッグを一口で囓った鋭太は、口元に付いたソースを舐めた。

「隠し事の出来ない質だからねぇ、あんたは」

 七瀬は校内の自動販売機で買ってきたレモンティーを流し込んでから、美花を指した。

「んで、誰があんたに私達をそそのかせって言ったのさ?」

「てか、パワーイーグル以外に考えられなくね?」

 鋭太がけらけらと笑うと、美花は弁解の余地もなくなった。

「う、うん……」

「正直に言っちゃいな。事情も知らずに逃げ出すほど、私も鋭太も現金じゃないよ」

 なあ、と七瀬に振られ、鋭太は目線を揺らしてから小声で答えた。

「……まーな」

「んじゃ、その、えっとね」

 美花は昨夜の出来事を話そうとしたが、一番強烈に覚えているのは、父親の股間で揺れ動く最強の武器だった。 思い出すまい、としようとすればするほど思い出されてしまい、美花は無性におかしくなってきて肩を震わせた。二人 が怪訝な顔をしたのが見えたが、笑わずにはいられなくなってしまい、美花は弁当箱に蓋をしてから笑った。

「お父さんがぁ、お父さんのがぁ……」

「小父さんのナニがどうしたっての」

 カレーピラフをつつきながら七瀬が問うと、美花は笑いに上擦った声で答えた。

「お父さんのが、お風呂上がりだからぶらんぶらんしてて、おまけにお母さんをぐるぐる回すもんだから、お父さんのが もっとぶらぶらしちゃってさぁー!」

「ちょっ、待てや野々宮!」

 鋭太はすぐさま立ち上がって美花の顔を押さえ付け、強引に黙らせた。

「今、何時だと思ってやがる。つか、お前、そういうキャラじゃなくね?」

「うー、んぁー!」

 鋭太の手に顔を鷲掴みにされた美花は、まだ笑いが収まらないので肩を震わせながら唸った。

「てか、今のはエロワードじゃなくね? 風呂上がりに全裸の父親が闊歩してー、って定番のアレじゃん」

 アイアンクローを喰らっている美花とやけに動揺した鋭太を全く気にせず、七瀬は弁当の続きを食べた。

「だっ、けどよ、その後がよ!」

 鋭太が挙動不審になりながら言い返すと、アイアンクローを剥がした美花は笑いすぎて滲んだ涙を拭いた。

「ぐるぐる回したってのはね、ほら、抱き上げて、遊園地の回転ブランコみたいにするアレだよ、アレ」

「あー……」

 そう言われてようやく意味を悟ったのか、鋭太は座り直して弁当箱を取った。

「なら、別にいいけど」

「何だと思ったわけ? エロ少年」

 七瀬が鋭太の肩を小突くと、鋭太はその足を振り払った。

「うっせー!」

「あー、可笑しかった……。思い出すんじゃなかった……」

 美花は呼吸を整えて目元の涙を拭いてから、再び弁当箱を膝に載せた。

「んじゃあ、改めて話すけど、昨日の夜、うちのお父さんが変なことを言い出したの。それ自体はいつものことなんだ けど、メンバーが一人足りないってことをお兄ちゃんが指摘したら、お父さんは私にもう一人のメンバーを連れてくる ようにって無茶振りをしてきたの」

 本題を話すと逃げられる、と確信していた美花は敢えて話の焦点をぼかし、ターゲットを絞った。

「鋭太君、カレーって好き?」

「ん、まあ、普通に」

 カレーピラフを掻き込んでいた鋭太が返すと、美花は笑顔を引きつらせた。

「じゃ、イエローかな」

「……は?」

 鋭太が聞き返してきたが、美花はその疑問に答えずに畳み掛けた。

「お願い、鋭太君! お父さんの傍迷惑な思い付きに付き合って! でないと、後が大変だから! さすがに世界は 滅びないだろうけどああでももしかしたらそうなっちゃうこともないわけじゃなかったりして!」

「付き合えば、なんか良いことでもあるん?」

「うーんと、えーと、えぇーっと……」

 美花は背中に嫌な汗を滲ませながら、頬が攣りそうなほどわざとらしい笑みを作った。

「か、カラオケ、奢るから」

「乗った」

「ありがとう、ありがとう、ほんっとおーにありがとう、鋭太君! 大神君の次の次の次の次の次ぐらいに好き!」

「それ、マジ失礼じゃね?」

 鋭太の両手を掴んで上下に振る美花に、鋭太は辟易した。兄、剣司と自分の間に入る人物の名が気になるが。 大方、美花の家族や七瀬なのだろうが、そこまで間を開けられてしまうと好きだと言われても嬉しくもなんともない。 けれど、美花に手を握られているのは悪い気分がしなかったので、尻尾を振っていると七瀬がにやにやと笑った。 七瀬の態度に気付いた途端に照れに襲われた鋭太は美花の手を振り払い、まだ残っている弁当を食べ始めた。
 美花もカレーピラフを食べながら、笑みを崩さないように尽力したが、少しでも気を抜くと謝り倒してしまいそうだ。 これから鋭太がどんな目に遭わされるのかと思うと、想像しただけで泣けてしまう。哀れでどうしようもないからだ。 鋭太は確かに怪人だが、何の罪もない。それに、ついこの間までは暗黒参謀ツヴァイヴォルフとして活動していた。 そんな彼を戦隊ヒーローに引き摺り込んでしまうのは心が裂けそうなほど痛むが、父親にだけは逆らえない。
 何せ、鷹男は世界最強のスーパーヒーローなのだから。







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