純情戦士ミラキュルン




五つの力を一つに合わせろ! 正義戦隊パワーファイブ!



 その週の土曜日。美花は、朝早くから鋭太を迎えに行った。
 約束を忘れられたり、うっかり遊びに出掛けられてしまっては、美花だけでなく速人も本気で困ってしまうからだ。 なんだかんだで子供には甘い鷹男から本気で怒られたことはないが、機嫌を損ねるとそれはもう厄介なのである。 まず第一に、拗ねて鳩子に愚痴る。第二に、憂さ晴らしに周囲に衝撃波を撒き散らしながらスパーリングしまくる。 第三に、手当たり次第に怪人を見つけては戦いを挑んでボッコボコにする。どれもこれも迷惑極まりない。五十歳を 迎えた大の大人だというのに、子供のように感情のセーブが効かず、鳩子ですらも押さえ切れない時がある。本能 で生きているような人間なので、未だにまともな家庭を築けない最大の原因は、考えるまでもなくそれなのだ。鷹男 のことは子供心に嫌いではないのだが、本当に面倒だ。美花はかすかに頭痛を感じつつ、大神邸へと向かった。
 大神邸に到着し、呼び鈴を鳴らすと芽依子が出迎えてくれた。芽依子は西洋式に膝を折って礼をし、挨拶した。

「お待ちしておりました、美花さん」

「おはようございます、芽依子さん。早くに御邪魔しちゃってすみません」

 美花が挨拶を返すと、芽依子は顔を上げた。

「いえ。休日となると無益に惰眠を貪る鋭太坊っちゃまを叩き起こす口実が出来て、嬉しゅうございます」

 芽依子は唇の隙間から牙を覗かせて微笑むと、美花を邸内に促した。

「どうぞ、こちらへ」

「御邪魔しまーす」

 美花は頭を下げて、玄関を通った。それぞれの部屋のドアが面した広間に入ると、居間からは弓子が出てきた。 妊娠五ヶ月目に突入したので腹部が丸く迫り出てきた弓子は、ゆったりとしたチュニックにレギンスを履いていた。 弓子は美花を見た途端にオオカミの耳をぴんと立て、尻尾を緩やかに振りながら近付いてきた。

「いらっしゃい、美花ちゃん!」

「御邪魔してます、弓子さん」

 美花が挨拶すると、弓子はにんまりした。

「剣ちゃんじゃなくて鋭ちゃんをお出迎えに来るなんて、剣ちゃんに妬かれても知らないからね?」

「い、いえ、そういうことじゃなくて」

 美花が狼狽えると、弓子は美花の肩を叩いてきた。

「うんうん、解ってるって。美花ちゃんと剣ちゃんがラブラブすぎてどうしようもないのは、私も知ってるもん」

「そう仰る弓子御嬢様も大概にラブラブでございますが」

 芽依子が口元を押さえて笑むと、弓子は微笑んで腹部をさすった。

「だって、刀一郎さんが私のこともこの子のこともすっごく可愛がるんだもん。イチャイチャしなきゃ損じゃん」

「そういう芽依子さんだってお兄ちゃんと仲良しじゃないですか」

 負けじと美花が芽依子に笑みを向けると、にやけた弓子も芽依子に詰め寄った。

「そうそう。私達のことを言えた義理じゃないでしょお、芽依子ちゃんも。速人君に可愛がられてんでしょ?」

「い、いえ、そのようなことはあるような、ないような……」

 一瞬で耳まで赤らめた芽依子が後退ると、弓子が壁際まで追い詰めていった。

「ほらほら、お姉ちゃんにならいくらだって惚気たっていいんだぞー?」

「しっ、仕事中でございますので! お戯れをなさらないで下さい!」

 壁に背を当てた芽依子は、弓子から逃れるように顔を逸らした。その弱りぶりに、美花は笑い出しそうになった。 毅然として凛としたメイドとしての芽依子からは想像も付かない表情で、肌が白いので赤らみが目立っている。これを 兄に見せたらどうなるだろう、と美花はにやけを押さえないまま、弓子に遊ばれる芽依子を眺めた。弓子は本当 の姉のように振る舞っていて、照れに負けて口籠もってしまった芽依子を撫でながら茶化していた。芽依子は大分 困っているのか、美花に助けを求めるように視線を送ってくるが、心から嫌がっているわけではなさそうなので手を 出さないことにした。要するにじゃれ合いなのだから。

「朝っぱらからじゃれてんじゃねーし」

 不機嫌な声が掛かり、美花が振り向くと、だらしない姿勢で鋭太が階段を下りてきた。

「野々宮、さっさと行くぞ」

「えぇー、鋭ちゃんもたまにはモフらせてよぉ。刀一郎さんは大好きだけどモフモフ出来ないんだもん」

 芽依子を押さえ込みながら弓子が拗ねるが、鋭太は我関せずと言わんばかりに美花を引っ張った。

「いい加減に成長してくれよ、何がモフモフだ。早く来い、とっ掴まったらマジ面倒だし」

「あ、うん」

 鋭太に引っ張られて玄関から出た美花は、二人に手を振った。

「それじゃ、御邪魔しました」

 いってらっしゃーい、と弓子が手を振り返すと、芽依子も礼をした。美花は手を下ろすと、鋭太の背を追い掛けた。 寝て起きたばかりらしく、鋭太の後頭部の毛並みは乱れ、耳も立ち具合が半端で尻尾もやる気なく下がっている。 ジーンズはいつものように腰より下で履き、ウォレットをベルト穴に繋げているチェーンをじゃらじゃらと鳴らし、靴底 を引き摺るように歩く。代表取締役であり暗黒総統であるがために背筋を伸ばして歩く大神とは懸け離れているが、 背格好は似ている。やっぱり兄弟なんだな、と感じ入りながら、道中、美花は鋭太と取り留めもない会話をした。
 以前に比べれば、格段に会話が弾むようになっていた。




 大神邸から徒歩十数分で、野々宮家に到着した。
 美花はただいまと声を上げながらドアを開き、玄関に入って気付いた。見覚えのある靴が三和土に置いてある。 美花の肩越しにそれを見た鋭太はあからさまに顔をしかめ、美花が顔を上げるとリビングから触角が飛び出した。 黒い複眼と赤い外骨格に長い六本足を持つ人型テントウムシが現れ、ごく自然に野々宮家の朝食を食べていた。 七瀬は綺麗に焼けたトーストを喰い千切ってから、パン屑の付いた爪先を振り上げて二人に挨拶した。

「ういーっす」

「な、なんで?」

 美花が驚くと、七瀬はしれっと言った。

「暇だから」

「え、で、でもさぁ」

 美花が戸惑うと、七瀬の背後から速人が顔を出した。

「お帰り、美花。鋭太君はいらっしゃいだ。とりあえず上がれ、朝飯がまだまだあるんだから」

「うん……」

 美花はブーツを脱いで上がると、鋭太もスニーカーを脱いで上がった。

「御邪魔しやーっす」

 美花と鋭太は洗面台で揃ってうがいと手洗いをしてからリビングに戻ると、速人がリビングに面したダイニングに 促してきた。美花は家を出る前に軽く入れてきたが、鋭太は何も食べていない様子だったので、速人は早々に料理 を出した。なぜこの場にいるのか良く解らない七瀬はまだ食べ足りないらしく、もう一枚トーストを取って鋭利な顎で 囓り取っていた。事の元凶である両親は早々に食べ終わっているらしく、リビングのソファーに座り、土曜日の朝に 相応しい釣り番組を眺めていた。

「んで?」

 ココアを入れてからテーブルに付いた美花が七瀬に問うと、七瀬はトーストにバターを厚く塗った。

「んで、って、だからさっき言ったじゃん。暇なんだって。バイトもないし、バカメレオンは仕事だっつーし」

「でもさぁ」

 ちょっとは遠慮ってものを、と美花が口の中でもごもごと言うと、カウンター越しに速人が顔を出した。

「犠牲は少しでも多い方が俺達の負担は軽減される」

「身も蓋もない……」

 兄の言い分に美花が顔を引きつらせると、速人は洗ったフライパンを棚に置いてから美花に向いた。

「それと」

「芽依子さんなら元気だったよ。弓子さんに遊ばれてた」

 美花が答えると、速人は慌てた。

「いや、それを聞こうとしたわけじゃなくって、ああ、でも、うん、ならいいんだ」

「つか、それ以外に何を聞くっつーんすか? マッハマンの場合」

 マスタードを擦り付けたソーセージを囓った鋭太が言うと、速人は少々恥じ入った。

「俺、そんなに芽依子のことしか話してないのか?」

「うん。最近のお兄ちゃんの話、八割方が芽依子さんだけど。残りの二割は大学とバイト」

「つか、芽依子もそうっすけど。大体がマッハマンの話っつーかで、他の話題はねーのかよって思うぐらいに」

 美花と鋭太が肯定すると、速人は項垂れて冷蔵庫に手を付いた。

「そうか、そうだったのか……」

「ま、世界が平和でいいじゃないっすか。ヒーローが殺気立ってないってことはそういうことっしょ?」

 コーヒーのお代わりを注いだ七瀬は、砂糖を三杯も入れて飲んだ。それは確かにそうかもしれないが、暇だからと いうだけの理由で友人の家に上がり込んだ挙げ句、ひたすら朝食を食べるのはどうかと思った。けれど、兄の言う ことにも一理ある。鷹男の暴走に巻き込まれる人員は一人でも増えた方が、少しは救いがある。

「それで」

 速人は対面式カウンターから身を乗り出し、美花に顔を近付けた。

「この二人に本題は説明したのか? この感じだと、してないだろ?」

「う、うん……。出来るわけがないっていうかで……」

 美花がマグカップに顔を埋めそうなほど俯くと、鋭太が怪訝な顔をした。

「てか、野々宮は俺に何をさせたいわけ?」

「そうそう。それがどうしても解らないから、来ちゃったわけだし」

 コーヒーを口腔に流し込んでから七瀬は美花に詰め寄ると、美花が答える前に鷹男が立ち上がった。

「それはもちろん決まっているっ!」

 効果音が付くのではないかと思うほど勢い良く振り返った鷹男は、鋭太を指した。

「今日から君はパゥワァーイエロォウだからだぁ鋭太君っ! カレーが好きだそうだからなぁあああっ!」

「……あ?」

 鷹男の勢いに押された鋭太が仰け反ると、鳩子も立ち上がって鋭太に手を差し伸べた。

「そうよそうなのよぉっ! 今日から私達家族は、正義戦隊パワーファイブなのよぉおおっ!」

「でも、一人足りないんだよ」

 速人はエプロンを脱いでから、全てを諦めた顔をした。

「だから、その、鋭太君を五人目にしようかなぁって……うん、本当にごめん……。カレー好きだって言うし……」

 美花が出来る限り身を小さくしていると、鋭太は三十秒ほど呆気に取られてから腰を浮かせた。

「はああああああっ!? つか、俺怪人だし! 活動休止中だけど暗黒参謀だし! そんなの有り得ねーし!」

「いやいや、有り得るよ。てか、定番じゃん。寝返りヒーローってのは。敵対していた時は惚れ惚れするほど強かった 奴が、正義側に寝返るとなぜか弱くなってイマイチ目立たなくなるってのも定番だけど。鉄板の展開だね。でもって、 カレーイコールイエローの図式は宇宙が滅んでも変わらないし」

 事の次第を面白がっているようだが関わりたくない七瀬は、悠長にコーヒーを飲み続けた。

「てか、そういうんだったらイエローってマジおかしいし。普通、シルバーとかパープルとかブラックじゃね?」

 鋭太が両耳を伏せると、速人が淡々と解説した。

「生憎、俺達のイメージカラーは最初から決まっているんだよ。父さんはバトルスーツのメインカラーが赤と金だから レッド、母さんは白とピジョンブラッドだからホワイト、俺は青と銀だからブルー、美花は今更説明する必要もないだ ろうけど赤とピンクだからピンク。だから、余った色がイエローなんだ。カレーうんぬんは、まあ、口実だな」

「で、でもさ、グリーンとかあるし」

「グリーンってキャラじゃないだろ、君の場合。おちゃらけ要素満載のイエローが丁度良いじゃないか」

 速人はキッチンから出ると、リビングと廊下を繋げるドアの前に立って退路を阻んだ。

「俺、そういうキャラなん?」

 困り果てた鋭太が助けを求めるように七瀬に向くと、七瀬は大きく頷いて爪を一本立てた。

「反論の余地ゼロだね!」

「さあっ、正義のパワーブレスを受け取るがいいっ! 五人目のヒーローッ、パゥワァイエロォオオオーッ!」

 室内であることを忘れたかのような派手な動きで振りかぶった鷹男は、鋭太目掛けて何かを投げ付けた。

「うおっ!?」

 突然額に命中した異物の衝撃に鋭太が後退ると、その足元に P をデフォルメした変身ブレスが落ちた。

「うわダセェ。つか、これ、パーマンバッジじゃね?」

 実際、呆れるほど趣味が悪かった。P の文字はもちろん黄色だが、安物のオモチャのような薄っぺらい黄色だ。 P の膨らみの中に腕時計のようなデジタル表示が付いていて、線の下には用途不明のメーターがあるが、どちらも 飾りだった。表面にシールが貼ってあるだけで、デジタル表記もメーターも使えるわけがない。極め付けが、手首に 填めるバンドがマジックテープ式だった。鋭太は両耳を伏せて尻尾を丸め、美花を見やった。

「あのさ、俺、逃げていい? つか、こんなんで変身するんだったら死んだ方がまだマシだし」

「……変身」

 美花は鋭太の気持ちは痛いほど解ったが、ここで逃げ出されては全てが台無しなので、変身した。

「花も恥じらうプリティ・オブ・ミラクル! パワーピンク!」

 美花、もとい、パワーピンクは父親の考案したアイドル風のポーズを付けた。ミラキュルンの何十倍も恥ずかしい。 ミラキュルンの時のバトルスーツがまだマシだと思えるほどに、パワーファイブの衣装は全体的に野暮ったかった。 バトルマスクに付いているのはもちろん P で、胸には番号を示す 4 がでかでかと付いて、ベルトもむやみやたらに 太い。グローブ一つ取っても、バトルマスクのデザイン一つ取っても、昭和の香りがこれでもかと溢れ出している。

「変身!」

 妹を哀れんだ速人は変身し、これもまた父親の考えたポーズを決めた。やはりダサかった。

「理性と知性のクール・オブ・シャープ! パワーブルー!」

「変身!」

 二人に釣られて鳩子も変身し、ポーズを決めた。こちらは堂々としすぎている分、少しだけマシだった。

「穢れなきピュア・オブ・ハート! パワーホワイト!」

「変っ身んんんっ!」

 一人だけ異様に力を入れて変身した鷹男は、リーダーらしいポーズを決めた。

「情熱のパワー・オブ・ジャスティスッ! パゥワァーレッドォオオオオオオッ!」

 と、四人が変身を終えると、四人の視線が鋭太に向いた。七瀬も向いた。

「さあっ! 変身だっ、鋭太君っ!」

 筋骨隆々のパワーレッドが鋭太に詰め寄ってきたので、鋭太は条件反射で腰を引いた。

「だから、なんで俺?」

「そりゃあもちろん、美花ちゃんの友達だからよぉ!」

 パワーホワイトが瞬時に移動して、鋭太の背後を固めた。

「諦めろ。ここまで来て逃げるようなら、男じゃない。俺達の敵に回るつもりなら覚悟しろ、叩き潰してやる」

 パワーブルーがこれ見よがしに指を鳴らすと、パワーピンクが両手を振った。

「あ、で、でもね、たぶんそんなに戦わないから! 今回の決闘だけだから! お父さん、飽きっぽいし!」

「……え」

 それは更に拙いのでは。戦う相手が兄とその部下だ。鋭太が青ざめると、七瀬がからかってきた。

「おー、頑張れよー、パワーイエロー。せいぜいカレーでも食ってこい」

「だから俺はそういうんじゃねぇって!」

 追い詰められた鋭太は逆上寸前で言い返したが、パワーホワイトに右手を取られてパワーブレスを添えられた。 びりばりべりと盛大に騒音を立てながら剥がされたマジックテープ式のベルトが巻かれ、手首に装着された。

「さあっ、変身してくれたまえっ! 五人目の仲間っ、パゥワァーイエロォオオオッ!」

 ずいっとパワーレッドがバトルマスクを突き出して鋭太のマズルを押し潰さんばかりに迫ったので、鋭太は全力で 逃げたくなった。だが、ヒーロー四人を相手にして逃げ出せるような能力もなければ体力もなく、敵に回れる度胸も なかった。鋭太はけらけらと笑い続ける七瀬を横目で睨んでから、兄と悪の秘密結社ジャールの面々に内心で謝り 倒した。怪人としての能力など一欠片もない鋭太は、当然変身能力はないので、変身するのは生まれて初めてだ。 だから、出来ればもう少し見栄えのする格好が良かったのだが、戦隊ヒーローは外見が統一されているのが筋だ。 四人のヒーローとクラスメイトから痛いほど期待が込められた視線を浴びながら、鋭太はパワーブレスを掲げた。
 そして、変身した。





 


09 11/29