純情戦士ミラキュルン




恋する野郎共の逆襲! プレゼント返し大作戦!



 十二月二十三日。
 大神剣司は、大いに追い詰められていた。追い詰められすぎて、飲み過ぎたコーヒーで胃がちくりと痛んでいた。 だが、それは目の前の面々も同じである。野々宮速人、カメリー、パンツァー、と、皆が皆、むっつりと黙っていた。 原因は言うまでもなく、クリスマスプレゼントである。パンツァー以外の三人の襟元には、マフラーが巻かれている。 いずれもそれぞれの恋人の手編みであり、そしてまた処女作のマフラーなので編み目がばらついていた。しかし、 そんなことは欠片も気にならない。手作りしてプレゼントしてくれた、という事実が何よりも大事なのだから。さすがに パンツァーに贈られた自動車用マフラーだけは手作りではなかったが、マフラーであることに違いない。

「……どうしよう」

 大神は五杯目のコーヒーを啜り、項垂れた。

「……どうしましょうか」

 速人は追加で注文したクレームブリュレを掬い、食べた。

「……どうしよっかねぇん」

 カメリーはメロンシロップ色のソーダに浮かぶアイスクリームを掬い、分厚い舌先で舐め取った。

「……どうすりゃいいんだぁあああ」

 パンツァーは赤い単眼から光を失い、ごっとん、とテーブルに頭を衝突させた。

「本当に、どうすればいいんだ」

 大神はマフラーにマズルを埋め、目を伏せた。正義と悪の混在した四人が長居しているカフェはざわついていた。 入店してから三時間近くが経過していて、無意味に時間ばかりを浪費していた。祝日だけあって、客の数は多い。 他の客達は一時間足らずで退店していくので、四人は嫌でも目立っていて店員もちらちらと目線を向けてくる。何も 注文しないままテーブルを陣取っているのは気が引けるので、時折注文する品の皿が積み重なっていった。速人は これまでにもデザートをいくつも食べているので、重たい胃の中にクレームブリュレを機械的に入れていた。
 今日、四人が集った経緯はこうである。四人は紆余曲折を経て、愛する女性と密接な交際を始めるようになった。 そして、それぞれ付き合っている相手からクリスマスプレゼントを贈られたわけだが、お返しが思い付かなかった。 なので、三人寄れば何とやら、ということで集まることにしたが、本社に近すぎては社員に見つかってしまう。どうせ なら目的の物が見つかりやすい場所で話し合おう、とのことで、臨海副都心の大型モールまで足を伸ばした。だが、 いざ訪れると、二十代から三十代の女性向けのブティックばかりで、却って見つけられなかった。とりあえず具体的な 案を上げようということで、手近なカフェで休憩しながら話し合おうという次第だったのだが。

「全く思い浮かばん」

 大神は心底情けなくなりながら、生温いコーヒーが溜まったカップを下ろした。

「というか、そもそも何をあげれば喜ぶんだ?」

「やっぱり現ナマでないの?」

 カメリーがアイスクリームが溶けて白く濁ったソーダを啜ると、速人は苦笑にも至らない微妙な表情を作った。

「そりゃ、天童さんはそうかもしれないですけど」

「若旦那、俺は一体どうすりゃいいんだ。このままじゃオーバーヒートしちまいそうだぜ」

 パンツァーは十数杯目の氷水を呷ると、関節から薄く蒸気を漏らした。

「誰かに意見を仰ごうにも、こんなことでは仰げないしなぁ……」

 大神が頭部の体毛を掻き乱すと、速人はクレームブリュレの器に貼り付いたカラメルをスプーンで刮いだ。

「というか、バレますからね。誰か一人に相談すれば、そのままずるずるっと」

「七瀬も美花ちゃんも芽依子ちゃんも姐さんも、皆が皆、お友達だもの。抜け道ってのはないのよね」

 カメリーはずぞぞっと音を立てながらソーダを吸い尽くし、氷の上に残ったアイスクリームを食べた。

「芽依子の趣味がちっとも想像付かないんだよなぁ。私服だって、ほとんど弓子さんのセンスですよね?」

 速人は口直しに冷水を飲んでから、大神に尋ねた。

「そうなんだよ。芽依子さんは自分からは率先して服を買いに行かないし、行ったとしても姉さんの着せ替え人形に なるから、結局は姉さんの好みで固まっちゃうんだよ。似合っているし、本人もそれでいいみたいだから、別に文句は ないんだが、なんというか、こう……」

 大神が両耳を伏せると、速人は髪を乱した。

「芽依子は自主性がなさすぎるんですよ。それが悪いとは言わないし、他人に気を遣えるってことなんですけど、 もうちょっと自分ってものを出してほしいんですよね。服にしても、何にしても。でないと、どんな色や物が好きすらも 掴みようがないんですよ」

「でも、美花ちゃんは美花ちゃんでまた面倒よね。女の子女の子しすぎていて、逆に解りづらいっていうかね」

 カメリーが口を挟むと、大神は嘆息した。

「ひたすら可愛い物でも喜んでくれるだろうけど、あれで結構背伸びをしたがっているところがあるから、もうちょっと 大人びたものがいいんじゃないかと思ったりもするけど、かといって飛躍しすぎるのも……」

「そこまで解ってんならまだいいじゃねぇか、若旦那よ!」

 過剰に蓄積した熱が頭脳回路に及び、パンツァーはいきり立って腰を浮かせた。

「俺はなぁ、アラーニャのこたぁちっとも解らねぇんだよ! 昔の話は聞かせてもらったが、それっきりなんだぁ!」

「落ち着きなさいよ、もう。いい歳してみっともない」

 カメリーは尻尾を首に絡めてパンツァーを引っ張り、座り直させてから、自分の分の冷水を飲ませた。

「そういうあなたはどうなんですか、カメリーさん。天童さんにあげるもの、思い付いたんですか?」

 速人が問うと、カメリーはへらへらと笑った。

「思い付くわけないでしょ。思い付いていたら、とっくにこんな湿気た空間から退散してるはずでしょうに」

「名護さんはどうなんです? 既婚者ですから、少しは参考になるんじゃ」

 速人は再度大神に尋ねるが、大神は手を横に振った。

「刀一郎さんは姉さんが喜ぶことしか考えていないし、姉さん以外の女性は知らないから、参考にしちゃいけないよ。 刀一郎さんが選ぶのは、あくまでも姉さんが喜ぶものってだけで、姉さん以外の女性も喜ぶとは限らないんだ」

「埒が明かないのよねん」

 カメリーはグラスに残った氷をがりぼりと噛み砕き、飲み下した。

「そういえばさ、鳩子さんって鷹男さんに何を贈るのよ? ちょっと気になっちゃった、今」

「毎年恒例の手料理ですよ」

「あら、それはまた素敵ね」

「でも、俺はあれを料理とは認めません。認めたりしたら、俺の中の何かが崩壊します」

 速人は両の拳を固め、人類を滅亡させんとする史上最大の強敵との最終決戦に突入したかのような顔をした。

「母さんは最初にローストビーフを作るんですが、それは本当にローストしたビーフであって、ただの焼け焦げた肉塊 なんです。しかも、10ポンドは優に超えているんです。次に作るのはクリスマスケーキなんですが、あれをケーキと呼ぶのは ケーキに対しての最大の侮辱なんですが、ケーキ以外の呼称がありません。一応、平たい円錐なので。ですが、あれは 断じてケーキではありません。ただの砂糖と動物性脂肪の固まりです。スポンジなんかありません、そこにあるのは、砂糖と バターを乱暴に練り合わせて合成着色料と香料をどっばどばぶち込んだだけの異次元の物体なんですよこれが! 蛍光 ピンク、蛍光グリーン、蛍光ブルーは当たり前なんですから!」

 自分の話でエキサイトした速人は、若干身を乗り出した。

「そして最後に作るのがローストターキーなんですが、これがもうひどい! 俺に時間超越能力があったら、母さんの手が 届いてしまった不運な七面鳥を食肉処理場から解放して自由の身にしてやりたい! たとえタイムパラドックスが起きたって 構うもんか! 一緒に食べるんだから今から入れたって味は同じでしょ、とかほざく母さんの手で腹の中に直接ベリー類を 詰められる七面鳥が哀れで哀れで! クランベリーが見つからなかったからって、何もイチゴを詰めることはないだろうに!  しかも百貨店で売られていた高級品を! だけど、一番有り得ないのは、そんな料理を平らげる父さんなんです! あの人が 毎年毎年きっちり食べて母さんを褒めるもんだから、すっかり増長してるんですよ! そのせいで、今年の大掃除は地獄ですよ!  特にキッチンとオーブンが!」

「ああ、だから、今日は俺達に付き合ってくれたわけか。鳩子さんにキッチンを占領されて使うに使えないから」

 納得しつつも同情した大神に、速人は呼吸を整えながら座り直した。

「まあ、そういうことです」

「そりゃ不憫だわ」

 カメリーまでもが同情すると、パンツァーはぎしぎしと関節を軋ませて肩を揺らした。

「パワーイーグルらしいっちゃらしいことだがな」

「身内はそれだけじゃ済まされないんですよ。あの二人の愛情表現は、いつか改善してもらわないと」

 速人はカップの底に少しだけ残っていたコーヒーを呷り、飲み干した。

「愛情表現、なぁ」

 くすぐったい言葉だと思った大神が何の気なしに呟くと、速人が大神に向いた。

「で、どうなんです?」

「どうって、何が?」

 急に話を振られて大神が戸惑うと、速人は半身をずらして大神と向き合った。

「美花との仲に決まっているじゃないですか。それ以外に何があるって言うんです」

「ま、まぁ、うん、普通に」

「普通に何なんですか」

「いや、だから普通に」

 大神は曖昧すぎる返事を繰り返しながら、後退するような気持ちで背もたれに寄り掛かった。

「普通にエロいことしてんでしょ、きっと」

 カメリーが余計な口を挟んだので、大神は慌てた。

「してないしてない! まだしてない! 出来るわけがない!」

「でも、もう何度も大神さんの部屋に行っているんですけど」

 速人が目を据わらせたので、大神は必死に釈明した。

「来てはいるが、至って健全だ! だっ、大体、あの安普請でナニをどうこう」

「出来るよん。やろうと思えばね」

 経験者は語る、とカメリーが更に余計なことを付け加えたので、大神はもっと慌てた。

「いやっ、そのだから違うって!」

「美花に何もするなとは言いませんよ、俺だってその気持ちは充分解りますから。ですけどね、大神さん」

 速人は身を引いてから、声量を落とした。

「くれぐれも妊娠だけはさせないで下さいね」

「させるかぁあああっ!」

 照れと恥とその他諸々の感情に駆られて大神が全力で言い返すと、一瞬店内が静まり、視線が集まった。

「なんでもないです、なんでも……」

 大神は店員や周囲の客に引きつった笑みを見せてから、速人に顔を向けた。

「なんでまた急にそんな話を。俺と美花は付き合い始めてからはまだ二ヶ月少々だし、そこまで心配されなくても」

 速人は渋面を作り、大神を見据えた。

「俺もそう思うんですけど、万が一ってこともありますから。それに美花は、ここのところ、マフラーの作り方を教えてもらう ために弓子さんに会ってばかりだったせいか、子供を産んでみたいとか言うんですよ。誰の子とは言いませんけどね、 誰の子とは」

「そりゃ不安になるな」

「なるねぇん」

 パンツァーが肩を竦めたので、カメリーも同調してから、そのパンツァーに話を振った。

「それで、どうなのよ?」

「どうって、俺のことか?」

「そうよ、叔父貴と姐さんはどうなのよ。二人ともあんまり話さないから、気になっちゃうの」

 カメリーが首を伸ばしてパンツァーに迫ると、パンツァーは腰を引いた。

「そんな大したモンじゃねぇよ。俺もあいつもいい歳だし、これといって派手なことはしちゃいねぇよ」

「それに、出来ればそういう話は俺も聞きたくはない。色々と生々しすぎて」

 大神がカメリーを制すると、速人もカメリーの尻尾を引っ張ってパンツァーから引き離した。

「ていうか、なんでさっきからシモの方向に話を持っていこうとするんですか。真っ昼間なのに」

「情報収集よ、情報収集」

 もう離してよ、とカメリーは速人の手から尻尾を奪い返してから、足を組んだ。

「俺はね、異種間のはシたことないのよん。昔々にちょっとだけ付き合っていた女もトカゲだったし、買うのもそんな感じ だったわけ。でも、ほら、七瀬はテントウムシでしょ? だからね、要領が解らないの。外骨格があるのは初めてだし。産卵管 だってどこから出すのか解らないし、受精するのは中か外かも……」

「じゃかあっしいっ!」

 大神はテーブルを乗り越えると怪人の腕力でカメリーを張り倒し、強引に黙らせた。

「そういう話はな、酒の席でやってくれ! 今は昼間だ、ここはカフェだ、そして議題はクリスマスプレゼントだ!」

「痛いじゃないのよ、もう。俺じゃなかったら頭蓋骨陥没してるってば」

 カメリーは強烈な打撃を喰らった頭をさすりながら起き上がるが、大してダメージを受けた様子はなかった。

「お前さん、つまんねぇことを次から次へと喋りすぎだ。本題から離れてどうするよ」

 パンツァーは気分を紛らわすためにタバコを蒸かすと、カメリーはべろんと長い舌を出した。

「だって、俺、真面目腐ったことを考えるのは苦手なんだもの。だから、親密な付き合いとかも苦手なわけよ」

「だが、クリスマスプレゼントなんだぞ。真面目に考えるべき事柄じゃないか」

 大神は話を元に戻そうとするが、カメリーはまたも脱線しようとした。

「その労力は世界征服に費やすべきなんでないの? ねえ、若旦那?」

「それはそうかもしれないが、それとこれとは根本的な意味が違う」

「あんまり違わないような気もするけどねぇ。下心と野望って」

 カメリーはもっともらしく言ったが、誰も同意しなかった。これ以上話が逸れては、時間がなくなってしまうからだ。 美花とのデートを控えているクリスマスイブまでは半日を切っていて、今日中には決めてしまわなければならない。 当日、デートをしながらプレゼントを探すわけにはいかない。気もそぞろでは美花を楽しませられない。それは速人 も同じであり、芽依子とデートをする予定がある。だから、今日のうちに問題を解決しておかなければ。パンツァーは アラーニャと出掛ける予定があってもなくても、同じ会社に勤めているのだから必ず会うことになる。カメリーは口では 気のないことを言っているが、四人の中では誰よりも手編みのマフラーを気に入っているようだ。
 どうにかしなければ。だが、どうにかしようと思えば思うほどに、余計なことばかりが思い浮かんでしまった。美花が 喜んでくれればそれで良いのに、そこから先を考えてしまう自分に嫌気が差し、大神はお代わりを頼んだ。
 六杯目のコーヒーを飲まざるを得なくなった。







09 12/9