純情戦士ミラキュルン




恋する野郎共の逆襲! プレゼント返し大作戦!



 そのまま膠着状態が続くかと思われたが、事態は急転した。
 議論しようにも論じる議題すら見定められない男達は、コーヒーと洋菓子と軽食を消費しながら管を巻いていた。 まともな議論が始まったかと思っても同じことを堂々巡りしてしまうだけであり、誰一人として結論を出せなかった。 雑談になることもあったが、結局はまた同じところに戻り、掴み所の解らない女心について論じてばかりだった。
 そんな折、カフェに来客が訪れた。彼らは、入店してすぐに何時間も隅の席を占領し続けている四人に気付いた。 それは、ベージュのマフラーを巻いたレピデュルスと、レザージャケットとジーンズ姿の大神鋭太だった。実に珍しい 組み合わせだ、と大神が意外に思うと、二人は四人のテーブルにやってきた。

「何してんだよ、馬鹿兄貴」

 鋭太の手には、白地に金字で GODIVA と印刷された紙袋が下がっていた。

「これはこれは、皆様、お揃いで。御機嫌麗しゅうございます、若旦那」

 裸マフラーの状態であるレピデュルスは、格好に似合わない丁寧さで頭を下げた。

「あ、ああ。驚いたな、こんなところで会うなんて」

 大神は飲みかけのコーヒーを置き、鋭太が下げている紙袋を指した。

「なんでお前がチョコなんか買いに来たんだ? しかも、みなとみらいまで」

「ここが一番近場だっつーだけだし」

 鋭太は四人が座っている席の隣の席から椅子を引っ張ってくると、どっかりと腰掛けた。

「ただのプレゼント返しだよ。つか、それ以外にねーし。レピデュルスと一緒なのは目的が同じだったってだけだし」

 鋭太は紙袋をテーブルに置いてから、冷水を出してくれたウェイトレスにケーキセットを注文した。

「な、何を買ったんだ?」

 先を越されたか、と大神が焦ると、鋭太は紙袋を開いて覗いた。

「大したもんでもねーよ。二千円のセットを四つ買っただけだし。元手は暗黒参謀の給料だし」

「私めも芽依子にマフラーの礼をと思いまして、鋭太坊っちゃまと共に足を伸ばした次第でございます」

 鋭太の向かい側に座ったレピデュルスは、鋭太の注文を取っているウェイトレスにケーキセットを注文した。

「つか、兄貴達、どんだけこの店に長居してんだよ」

 鋭太は四人のテーブルに積み重なった皿と器の山を見、顔をしかめた。

「かれこれ三四時間はいるねぇ」

 氷も新調した冷水を飲みつつ、カメリーは自虐的に笑った。

「それ、店にマジ迷惑だし」

 鋭太は足を組もうとしたが、テーブルが低めだったので膝が引っ掛かってしまい、仕方なく元に戻した。

「てか、何してんだよ、こんなところで。そりゃ、祝日だからジャールは休みかもしんねーけど、マッハマンが一緒って のがマジ意味不明すぎるし。作戦会議とは違うだろ?」

「作戦会議といえば作戦会議だが、それがちょいと情けない話でな」

 パンツァーは大神を視線を向けて同意を求めたので、大神が頷くと、パンツァーは気恥ずかしげに話した。

「俺達ぁよ、その、相手の女達からプレゼントを寄越されたんだよ。んで、クリスマスも近いっちゅうことで、プレゼント 返しをしようっちゅう話になったんだが、なかなかどうして思い付かねぇんだ。だから、街中まで出てきて探してみた んだが、これだってのが見つからねぇんだ。んで、もう一度話し合って考えてみようってことで、この店に入って休憩 がてら話してみたんだが、これが思い付く以前の問題でよ」

「詰まるところ、何を贈ればいいのか、じゃなくて、何をすれば喜んでくれるかすらも解らないんですよ」

 速人は思い詰めすぎて深刻な顔で、レピデュルスに向いた。

「どうせ贈るのなら、一番喜んでくれる物がいいじゃないですか。でも、俺は芽依子のことを知るようになってからは日が 浅すぎて、どんなものが好きなのかもよく解らないんです。だけど、本人に聞いたらプレゼント返しの意味がなくなるから、 せめて大神さんから情報を聞き出せたら、と思って来たんですけど」

「すまん。全く役に立てなかった」

 大神が謝ると、レピデュルスはきちりと外骨格を擦り合わせた。

「それでしたら、私めに聞いて下さればよろしかったでしょうに」

「そうですね、なんで思い付かなかったんでしょうね、大神さんが役に立たないってわけじゃないんですけど」

 速人が曖昧に笑うと、鋭太がずるりと腰を下げてだらしなく座った。

「つか、兄貴が役に立たねーのは今に始まったことじゃねーし。役に立ってたら、とっくに世界征服出来てるし」

「それとこれとは別問題だよ、鋭太君。それで、レピデュルスさんは芽依子に何を贈るんですか?」

 大神をフォローしてから速人がレピデュルスに問うと、レピデュルスは小さな紙袋をテーブルに上げた。

「こちらでございます」

 レピデュルスが取り出したのは黒いビロードの小箱で、蓋を開けると、シンプルな銀の懐中時計が現れた。

「芽依子は水仕事をしますので、腕時計では仕事に支障が出ます。ですので、懐中時計の方が使い勝手もよろしいかと 思いまして。メイド服にも似合いますしね」

「はあ……」

 非の打ち所のないプレゼントに速人は感服したが、打ちのめされた。

「ダメだ。俺には、そんなに気の利いたものは無理だ」

「そんなことはありません。芽依子は、速人君のことを何よりも愛しております。それは、私が保証いたします」

 レピデュルスは紙袋を下げ、二人分のケーキセットを運んできたウェイトレスに礼を言ってから、速人に向いた。

「あの子は、長らく速人君の存在を心の支えにして生きてまいりました。私はあの子をメイドとして育てる傍ら、心を開かせる ことに尽力しましたが、最後の部分までは開いてくれませんでした。それは、あの子がマッハマンと速人君のために残して おいたからです。そして、今、あの子の心は全て開かれています。贈られる品など関係ありません、あの子が求めているのは 速人君そのものなのです。どうか、思いのままに、あの子を満たしてやって下さい」

「いや、俺はそんなに大業なことは」

 速人が謙遜すると、レピデュルスは深々と頭を下げた。

「いえ。それほどのことです。速人君は、私では決して出来ないことをなさったのですから」

「芽依子が喜ぶもの、かあ」

 レピデュルスの顔を上げさせてから、速人は考え込んだ。芽依子が笑う様を思い描くと、それだけで熱が生じる。 デートに連れて行った時は、終始笑っていた。マッハチェイサーに合体していても、速人は速人だと喜んでくれた。 それと同じことだ。たとえ、懐中時計のように日常的に役立つものでなくても、芽依子を飾り立てるものでなくても。

「クマとか、好きかな」

 せめて、芽依子が笑ってくれれば。そう考えた末に速人が呟くと、レピデュルスは大きく頷いた。

「とても喜ぶことでしょう。あれでいて、芽依子は幼いところもありますので」

「じゃ、俺、行ってくる! 会計よろしく! 釣りは後で返してくれればいい!」

 速人は立ち上がると、財布から千円札を二枚取り出して大神に握らせ、カフェから飛び出すように出ていった。

「んじゃ次、カメリーな」

 鋭太はミルフィーユをフォークで切って食べながら、カメリーを指した。

「え? なんで俺よ?」

「マッハマンの隣にいたからに決まってんじゃん。それ以外の理由はあるかっての。てか、カメリーは天童の趣味、 知ってんのかよ?」

「知っているようで知らないかもね。そんなに一緒にいないし、話すことも大したことないもの」

 カメリーがクリームとソーダの混合物を喉に流し込むと、鋭太はパイに絡むカスタードクリームを掬い取った。

「あいつさ、MP3プレーヤー欲しがってんだよな。でも、兄妹も多いからバイト代は生活費に充てられちまうし、家に パソコンもないしで、買うに買えねーっつってたわ。つか、普通は彼氏なら知ってるもんじゃね?」

「え、えー? そうなの? そんなに普通なものが欲しいの?」

 カメリーが素で驚くと、鋭太は不可解げに耳を曲げた。

「つか、彼氏のくせして知らなさすぎだし。つか、カメリーんちはパソコンあるっしょ?」

「ああ、うん、まぁね。情報収集にもってこいだし、色々と便利だしで」

 カメリーは返事をしながらも、戸惑っていた。七瀬本人から知ることが出来なかったのが、たまらなく寂しかった。 友人である鋭太には話せても、カメリーには話せないことがあるのだと思い知り、まだまだ距離があると痛感した。 七瀬に傍にいてもらうためには、その距離を狭めていくべきだろう。プレゼントを贈れば、きっと今よりは近付ける。 そして、七瀬に感謝されてみたいという欲が湧いた。礼の言葉はぶっきらぼうだろうが、それはそれでまた。

「そうか、そうかぁ、そうなのねぇ、うん解った」

 カメリーは上着を羽織ってからショルダーバッグを提げ、自分の分の代金を大神の手にねじ込んだ。

「それじゃ、俺もひとっ走り行ってくるわ。若旦那、後はよろしくねん」

 速人に続き、カメリーも足早にカフェから出ていった。

「それでは、次はパンツァーだな」

 レピデュルスは腹部の口を開いてチーズケーキを食べながら、パンツァーに向き直った。

「お前さんに解るんであれば、俺は苦労なんざしてねぇよ」

 他人に助力されるのが情けなく感じたパンツァーが毒突くと、レピデュルスは控えめに笑った。

「物事というのは、距離を置いていた方が理解しやすいこともあるのだよ」

「まあ、参考として聞いてやるがな。お前さんとしては、何を贈ればアラーニャが喜ぶって思うんだ?」

「彼女は酒が好きだ。だが、独り酒は好きではないのだよ」

「そりゃあ、飲み屋なんざやっていたぐらいだからな」

「そこで、私はこう考えたのだ。ペアグラスと共にブランデーでも贈ったらどうだろう、と」

「ぺッ、ペアグラス?」

 パンツァーがぎょっとすると、ミルフィーユの上から転げ落ちたイチゴを食べながら鋭太が言った。

「付き合ってんだったら、酒飲みも付き合うのが道理じゃね?」

「でもよ、俺がそんなモン買ったってよぉ……」

 ペアグラスという言葉の響きだけでパンツァーが恥じ入ると、レピデュルスは畳み掛けた。

「酒を傾け合い、言葉を交わし合うだけでも、アラーニャは満たされるのだよ。君が命を張って守り通した女だ、身も心も 満たしてやりたいとは思わないのかね?」

「そりゃ、そうだがよ……」

 パンツァーは返答に詰まり、語気を濁す。だが、パンツァーがアラーニャを満たしてやれたことはあっただろうか。 アラーニャはパンツァーが何をしようと拒まないが、その理由はパンツァーからアラーニャに触れてやること自体が 少ないからだ。帰路を共にすることは滅多になく、同じ夜を過ごした回数も数えるほどで、それらしいことをした回数 も同様だった。だが、アラーニャはそれに文句は言わない。パンツァーがいてくれればそれだけでいい、と言うが、 それは強がりだと知っているはずだ。少女のように寂しがり屋だと解っているのに、ついつい照れ臭くて。

「アラーニャアアアアアッ!」

 叫声を放ちながら立ち上がったパンツァーは、照れを振り払うために全ての関節から蒸気を噴出した。

「うぉおおっしゃあ、俺はやるぜぇっ、やってやろうじゃねぇかあああっ!」

 会計よろしく、とやはり大神の手に現金をねじ込んでから、パンツァーは床を踏み砕きそうな歩調で駆け出した。 呆然としながらその背を見送った大神は、とりあえず落ち着こう、と手にねじ込められた三人の現金を広げて伝票 に書かれた代金と比較し、全員の分が足りていたので安堵した。大神は二人に感心し、拍手までしてしまった。

「凄いな、お前達」

「つか、どいつもこいつも鈍すぎだし」

 鋭太は砂糖とミルクをたっぷりとコーヒーに入れ、掻き回した。

「んで、最後は兄貴だけど、兄貴は野々宮をどうしたいわけ? クリスマスにかこつけて一発ヤりたいん?」

「だから、なんでそう生々しい方向に行くんだ。カメリーといい、お前といい」

 大神がぼやきながらコーヒーを啜ると、レピデュルスはストロー状の口でコーヒーを啜った。

「下心のない恋愛などございません」

「そりゃそうだが、もうちょっと穏やかにだな」

 大神が片耳を曲げると、鋭太もまた片耳を曲げた。

「んじゃ、兄貴は野々宮を何とも思ってねーってこと?」

「そんなわけないだろうが」

「じゃ、とっとと動けよ。マジ焦れったいし」

「無論、そのつもりだ。だが、その前に、一つ聞いて良いか?」

「何を?」

「どうして、プレゼント返しにチョコレートを選んだんだ?」

 大神が神妙な顔で問うと、鋭太は目を丸めた後に笑い出した。

「んなのマジ簡単じゃん、あいつら女だし、普通に甘いモン喰うじゃん! それだけに決まってるし!」

「バレンタイン対策でもございますが」

 すかさずレピデュルスが捕捉すると、鋭太は途端に笑いを収めて顔を背けた。

「……うん、まぁ、考えてねーわけじゃねーけど。何もなかったらマジ空しすぎだし」

「そうか」

 参考になるかと思ったが、ならなかった。大神はなんだか気が抜けてしまい、コーヒーではなく氷水を飲んだ。

「何事も力みすぎるな、ということにございます」

 レピデュルスもまたストロー状の口で氷水を啜り、空にしたグラスをテーブルに置いた。

「合体に至る時など、いざという時に合体ツールが役に立たなければ、御相手の女性に笑われてしまいます」

「ん、な?」

 大神が耳を疑うと、鋭太もきょとんとした。

「レピデュルスでもそんなこと言うんだ」

「私めは突然変異体故に性別を持たぬ無性の存在ではございますが、心根はれっきとした男でありますので」

 レピデュルスは穏やかに笑ったが、大神も鋭太も笑えなかった。まさか、彼が言うとは思ってもいなかったからだ。 ヴォルフガング家から大神家に至るまで仕えているレピデュルスが、真面目腐っているだけの男ではないと知って いる。だが、あまりに唐突すぎて笑うに笑えず、むしろ困った。堅物の教師が冗談を飛ばした瞬間のような感覚だ。 大神は上手くリアクション出来ないまま、自分の代金を置いて二人に会計を任せ、カフェを後にした。良いアイディア が浮かんだわけではないが、カフェに止まり続けていても時間の無駄だとようやく理解したからだ。
 力みすぎてはダメだ。だが、そう思えば思うほど変な方向に力が入った挙げ句、こんなことになってしまっている。 大神は休日を楽しむ人々が行き交う通路を早足で歩き、女性向けの店が並ぶフロアへ移動するべく直進した。これ といって思い浮かんではいなかったが、美花が喜んでくれるものを、と思うのが一番大事なのだと思い直した。美花 が好きで好きでたまらないのは変わらない事実であり、その美花を喜ばせてあげたいからプレゼントをする。大神が 美花から手編みのマフラーをもらった時は物凄く嬉しかったから、美花にもその気持ちを返してやりたい。
 大神もれっきとした男なので下心もないわけではないが、まだその段階ではないと考えている。美花はまだ幼く、 手を繋いで一緒に歩いたり、キスをしたり、抱き合ったり、それだけで充分だと思う。いや、違う。思おうとしている。 クリスマスの雰囲気で一気に押し流してしまえば、とちらりと考えた自分に嫌気が差した。大神はぐらぐらと煮え滾る ような煩悩と、それを抑制しきれない自分の弱さに苦悩しながら、宝飾店を探し歩いた。
 まずは、プレゼントを決めよう。





 


09 12/10