南海インベーダーズ




御三家御前会合 後



「予想通りだ」

 あの声が耳に届き、紀乃は振り返った。竜の首に気を取られている間に接近してきたヘリコプターが着陸し、暴風 を撒き散らしている。その轟音にも負けぬほど良く通る声を発したのは、家紋入りの和装姿のトカゲ、竜ヶ崎全司郎に 他ならなかった。その背後には、多少乱れてはいるが留め袖姿の一ノ瀬真波が控えていて、重武装した自衛官達も 揃い始めていた。次々に到着する車両から戦闘員が吐き出され、一斉に銃口を向けてくる。

「さすがは忌部の御前だな、忌部君は」

 竜ヶ崎は興奮しているのか、尻尾を立てながら足早に歩み寄ってくる。

「近寄らないでよ、変態オオトカゲ!」

 暴風に掻き消されないように紀乃が喚くと、波号が唐突に紀乃を突き飛ばした。

「パパになんて口を利くの、この馬鹿女!」

 小さな手のひらに見合わない腕力で転ばされ、紀乃は背中から砂と破片だらけの地面に突っ込んだ。先程虎鉄が 貸してくれたライダースジャケットのおかげで腕と背中には切り傷は出来なかったが、摩擦痕と痣は背中一面に 出来たらしく、鈍い痛みと熱が生じる。それを堪えながら上体を起こすと、波号は紀乃の前に立ちはだかった。

「あんな馬鹿が親じゃ、子供も馬鹿で当然だよね」

「波号、その辺にしておいてやれ。あまり痛め付けると、生殖能力に支障を来す可能性があるのでね」

「はーい、パパ!」

 竜ヶ崎が波号を宥めると、途端に波号は機嫌が良くなり、竜ヶ崎の袖を掴んでしがみついた。

「あのね、あのね、私ね、すっごく頑張ったんだよ! だからね、パパ、褒めて褒めて!」

「ああ、もちろんだとも。だが、それは帰ってからだ。いいね、波号」

 竜ヶ崎が波号を撫でると、波号は満面の笑みで頷いた。

「うん!」

「この期に及んで、まだ紀乃に手を出そうとしてんのかよ!」

 竜の首は摩擦音で声を発しながら、二本足で直立する。岩の繭から脱皮したばかりの異生物は、皮と筋で作ったで あろう間に合わせの翼を広げ、竜ヶ崎を威嚇する。透き通った単眼から敵意の漲る視線を注がれるが、竜ヶ崎は全く 同じ色の単眼で竜の首を仰ぐだけで動じもしなかった。それどころか、尻尾をますます高く持ち上げる。

「手を出すとは人聞きの悪いことを言うのだね、忌部君。寵愛を受けると申したまえ」

「いつまでも偉ぶってんじゃねぇぞ! 見ての通り、竜の首は俺の支配下にある! どういう理屈で合体出来た上に 変形出来たのかはさっぱりだが、もうお前に勝ち目はない! こいつを忌部島に連れて帰って首から下とくっつけち まえば、お前は目的を果たせなくなる! そうすれば、俺達は生体洗浄され、お前の汚い血から逃れられる!」

 忌部を宿した竜の首は、頸椎から首の筋肉を引き剥がして変形させ、胴体のように作り替えた。

「そうすれば、俺も翠も他の連中も自由になれる! 本当の意味でだぁあああああっ!」

 赤黒い筋肉だけで出来た両足が曲がり、瓦礫を弾く。全長百メートル近い巨体がしなやかに踊り、赤紫色の皮膚で 形成した翼が風を孕んで広がる。紀乃と波号の頭上を一跨ぎで飛び越えた竜の首は、竜ヶ崎に真っ直ぐ狙いを 定めて振りかぶった。爪も骨もない肉だけの拳が、背骨代わりの頸椎を曲げて作った運動エネルギーを注がれて 放たれるが、竜ヶ崎はやはり動じなかった。大きすぎる影が真上から襲い掛かり、竜の首の拳はべしゃりと水音を 立てて地面に激突した。その瞬間、拳を成している肉の筋が剥がれて爆ぜ、硫黄を感じさせる匂いが混じった体液の 細かな飛沫が廃墟に散った。波号は大きく口を開いていたが、ぺたんとその場に座り込んだ。

「パパ……?」

「いい加減に気付け、波号。あんなのと血が繋がっていても、いいことなんてないんだ。今からでも遅くはない、俺達と 一緒に忌部島に来るんだ。ゾゾがワン・ダ・バを蘇らせてくれれば、生体洗浄を受けられる。そうすれば、俺もお前も 普通の人間になれる。自由に外に出たり、学校に行ったり、働いたり、遊んだり、出来るようになるんだ」

 竜の首は竜ヶ崎を叩き潰した方の拳を抜き、ずちゅ、と体液の糸を引きながら拳を再構成した。

「そんなのいらない! パパだけがいればいいんだもん!」

 波号は涙を浮かべながら両手を突き出し、サイコキネシスを放とうとしたが、小石の一つも浮かばなかった。

「あ、あれぇ?」

「悪いな、俺もお前の真似をさせてもらった。伊号の真似との複合技だけどな」

 竜の首は赤い筋を束ねた指先で、後頭部と思しき位置に生えた一対のツノを小突いた。

「こいつは恐ろしく万能でな、俺が中に入ると同時に使い方を教えてくれたんだ。電磁波を利用した生体電流の外部 操作、らしいが、詳しい理屈についてはさっぱりだ。だが、まあ、要するに電磁手錠と同じ効果があるってことだ」

「忌部さん、なんか凄い!」

 よろけながらも立ち上がった紀乃が歓喜すると、竜の首と同化した忌部は照れた。

「止せよ、凄いのは俺じゃなくてワンの方だ。でもって、ついでに説明しておくが、合体した拍子に解ったことがある。 御前ってのは、ただ単純に一族の当主って意味じゃない。ゴ・ゼンだ。ウ・ドゥンとも言うらしいが、発音はゴ・ゼンの 方が日本語に近いし、意味も通じやすいだろうからそっちで説明する。ゴ・ゼンってのは要するに、あーうん、うん、そう だな、そう言えば解りやすいな」

 と、話の途中でワン・ダ・バらしき相手と会話してから、竜の首は話を続けた。

「ゴ・ゼン、すなわち、御前だが、元々の意味は宇宙怪獣戦艦生体同調能力保有者って単語らしい。その能力者の 役割は、簡単に言えば、宇宙怪獣戦艦の操縦と制御と世話をすることだそうだ。だから、宇宙怪獣戦艦を使用した 恒星間航行には欠かせない能力なんだが、ワンの話に寄れば、ゾゾの母星では能力者の誕生を待たないで、手を 加えて作り出すものらしい。人工生命体には、ン、を付けるのがゾゾの母星の慣習だそうで、ゴ・ゼンの名前自体に、 ン、が付いているんだ。だから、俺がこうしてワンと合体出来たのは偶然でもなんでもなくて、竜ヶ崎のクソ野郎は 赤ん坊だった俺の生体情報を採取して、ワンと同調出来るかどうか調べた上で忌部家の御前に指名したんだ。 呆れるほど周到だが詰めが甘かったな、竜ヶ崎」

 竜の首は竜ヶ崎のものと思しき血が絡んだ右の拳を広げ、縦長の細い瞳孔を向けるが、瞼を見開くと同時に収縮 させた。拳をめり込ませた跡が残る瓦礫と右の拳を見比べ、筋を束ねただけの腕を解いて確かめてみるが、竜ヶ崎の 死体はどこにもない。それどころか、紋付き袴の切れ端すら見つからない。

「……ああ、そうかぁっ!」

 竜の首が察した時には、既に手遅れだった。竜の首は分厚い瞼を下ろして単眼を塞ぎ、みぢみぢみぢぃっ、と筋を 擦り合わせながら両腕をねじ曲げていき、折り畳み、元ある位置に押し込んでいく。

「どうしたの、忌部さん!」

 ただならぬ様子に紀乃が動揺すると、竜の首は瞼を開けようとするが、小刻みに震えるばかりだった。

「俺の意志が通じない、生体制御を奪われた、異物として排出出来ない! ああ、くそぉっ!」

「俺と溶子が何をしようと、奴が余裕綽々だった理由がやっと解ったよ。遅すぎるがな」

 自動小銃を携えた自衛官に取り囲まれ、瓦礫の上に座り込んでいる虎鉄は苦渋に顔を歪ませていた。

「ええ。そうね。私達には、勝ち目なんて最初からなかったのよ。どうして、そんなことに気付かなかったのかしら」

 同じように複数の銃口に睨まれている芙蓉は、乱れた髪も直さずに項垂れていた。

「そうだよ、だからお前らはみーんな馬鹿なんだよ。竜ヶ崎全司郎ってのはね、パパの本当の名前じゃないの。パパの 本当の名前はね、ゼン・ゼゼ。忌々しくてキモすぎなトカゲ野郎のゾゾ・ゼゼの生体分裂体って意味もあるけど、 パパの本来の役割はワン・ダ・バの生体同調能力者なんだ。どう、凄いでしょ? だってパパだもん!」

 波号はにこにこと笑っていたが、へたり込んだままだった。目まぐるしい感情の変化に、体が付いていけないよう だった。紀乃は波号の場違いなほど明るい笑顔と、絶望と悔恨に押し潰されそうな両親と、みぢみぢみぢみぢぃ、と 変形していく竜の首を一目で見渡していた。紀乃が呆然と突っ立っている間にも、竜の首は足として伸ばしていた筋を 解き、翼として広げていた皮を縮め、頸椎を曲げて肉の筋に埋め、瞼の下でぎょろつく単眼の動きも減っていき、 忌部の意志という意志が退けられていく。そして、最後には、竜の首はただの首となって横たわった。
 変形を終えた竜の首は、静まった。紀乃は忌部の安否が気掛かりですぐさま竜の首に駆け寄ろうとするが、即座に 自衛官達に取り押さえられて引き倒された。電磁手錠を填めた手を引っ張られて倒され、傷が痛む背中を太い膝で 抉られ、頭には硬く冷えた銃口が当てられる。倒された勢いで、瓦礫の端で頬と顎を切ったのか、熱い痛みと共に 粘り気のある液体が肌を伝い落ちた。紀乃は唇を噛み締めながら、目を上げ、竜の首を仰ぎ見た。

「皆、ご苦労」

 口に似た役割を果たしていた隙間が内側から押し広げられると、隅々まで体液を吸い込んだ紋付き袴を引き摺り ながら、竜ヶ崎だけが這い出してきた。単眼の瞼を拭って体液を払ってから、竜ヶ崎はしとどに濡れた襟を正す。

「竜の首、及び全ての生体兵器の回収作業を開始せよ。海上基地へ移送した後、今後の処分を決定する」

「忌部さんは! 忌部さんはどうなったの!?」

 紀乃は首を上げて竜ヶ崎に喚くと、頭蓋骨に当たる銃口の数が一気に増えた。竜ヶ崎は袴の裾を引き摺って体液の 筋を残しながら、ゾゾのそれに酷似してはいるが別物の単眼で紀乃を一瞥した。

「私がそれを教える義理があると思うのかね? 知りたければ、私の剣を受けるがいい」

 それは、つまり。紀乃の脳裏に竜ヶ崎邸でのおぞましい出来事が過ぎり、胃液の味が喉の奥を焼いた。あの続きを するなんて、考えただけでも嫌だ。忌部が死んだとは思いたくないが、それを知るためだけに竜ヶ崎のものになる のも嫌だ。そんなことをするために、戦いに来たわけじゃない。捕まるために来たわけでもない。ゾゾや、皆のために なることだと、自分さえ堪えれば事態を打開出来ると信じていたからだ。けれど、世の中、そんなに都合良くも甘くも ない。波号が散々繰り返していたように、紀乃はとんでもない馬鹿だった。結局、両親も忌部も自分も誰も彼もを 追い詰めてしまっただけで、事態が解決するどころか悪化させる一方だ。これでは、ゾゾに合わせる顔がない。ゾゾを 喜ばせたかったのに、ゾ好意を行動で示そうとしたのに、全てが裏目に出てしまった。
 泣き出す気力すら失せて虚脱した紀乃は、何本もの手によって抱え上げられると、引き摺られて連行された。ゾゾに 嫌われるな、それどころか二度と会えないかも、と頭の片隅で考えるだけで絶望の深度は増し、目に映っている はずの景色が脳に入ってこなかった。虎鉄と芙蓉共々自衛隊の輸送車両に押し込まれた紀乃は、鉄格子の填った 窓の外に青黒い外骨格とノーズアートが目立つ人型軍用機を認めた。ガニガニと電影だ。電影の手の上には伊号 らしき車椅子に載った少女の姿があり、三人は口々に言葉を交わしている。来るのが遅すぎたらしいね、でも一体 何があったんさー、そんなん知らねーし、と。ガニガニに醜態を見られずに済んだ安堵感が、紀乃の心の端っこに 生まれたが、そんなものは慰めにもならなかった。虎鉄と芙蓉は一言も喋らず、足元だけを見つめている。きっと、 両親も紀乃に呆れている。怒りもしないのはそういうことだ。忌部島にも二度と帰れない。帰りたくてたまらないが、 帰っても誰の顔も見られない。事の重大さを深く考えずに勝手に突っ走った、自分が悪いのだから。
 完全敗北だ。




 付けっぱなしの液晶モニターからは、延々と同じ映像が流れ続けている。
 日没から時間が経過したので大分暗くなったが、居間兼食堂は明かりが灯されないままで、画面から発せられる 青白い光だけが光源だった。アナウンサーが読み上げる原稿も同じ内容ばかりで、時折挟まれる現場リポーターの 報告も様変わりしない。思い出したように流れるニュース速報は現場近辺の交通情報が多く、現場の状況については 一切触れていなかった。変異体管理局の情報統制は相変わらず完璧だ。液晶画面に映し出されている現場は、 記憶に新しい場所、メテオの廃墟だった。だが、その敷地は真っ二つに切り裂かれ、単眼で一対のツノを持つ巨大 な首が横たわっていた。死体に群がるハエのように飛び回っているのはテレビ局や新聞社のヘリコプターで、現場 周辺は大量の戦闘車両が固めている。仰々しいテロップには、インベーダー討伐! とある。

「……なんすか、これ」

 山吹は離島の廃校には場違いな液晶モニターに歩み寄り、画面を覗き込んだ。

「見ての通りですよ、山吹さん。これで、当分はクソ野郎の目をワンの首に向けられます」

 ゾゾは椅子を引いて立ち上がると、テレビを横目に見やった。

「その間に、私はやるべきことをしなければなりません。ですので、数日間は食事も家事も疎かになりますが、それも しばらくの辛抱です。ワンの蘇生手術さえ完了すれば、また、全ては元通りになるのですから」

「忌部さんはどうなったんすか、乙型一号も!」

 山吹はゾゾに詰め寄るが、ゾゾは背を向けて尻尾を振った。

「あなたが心配なさることもないでしょう。忌部さんも紀乃さんも、あなたにとっては敵なのですから」

「そうかもしれないっすけど、あんたには違うじゃないっすか! なのに、なんでそんなに涼しい顔してるんすか!」

「肉を切らせて骨を断つのです。そこまでしなければ、あのファッキンなクソ野郎をやり込められません」

 ゾゾは尻尾を下ろし、両手をきつく握り締め、肩を怒らせる。

「こうなることは最初から予想が付いていました。ゴ・ゼンに相応しい生体情報を持ち合わせていようとも、忌部さん の生体情報は人間のものであり、スペアにしかなりません。ですが、竜ヶ崎は違います。私がこの手で、この尻尾で 作った、生体分裂体であり、ワンのためだけに生み出した対宇宙怪獣戦艦生体同調能力者なのです! 先に忌部 さんがワンと生体同調しようとも、竜ヶ崎に勝てるわけがありません!」

「目的のために、仲間を売ったってことっすか。血も涙もないっすね」

「それはそうでしょう。私は、あのクソ野郎と同じ生体情報を保有していますからね。所詮は同類なのです」

 ゾゾは喉を引きつらせて低く笑い、尻尾を引き摺りながら居間兼食堂を後にした。

「きっと、紀乃さんには嫌われてしまいましたねぇ」

 背を丸めたゾゾは、首を横に振りながら嘆いた。ゾゾの広い背を見送ってから、山吹は鎖の後が残っている外装を 擦った。山吹を箱詰めの状態から解放してくれたのは、意外にもゾゾだった。他の面々は山吹が何を言おうとも 相手にすらしなかったが、ゾゾはどこからか持ってきた工具で両手足を拘束しているチェーンを切ってくれた。当初、 山吹は解放された瞬間に戦闘に持ち込むつもりでいたのだが、ゾゾに介抱されているうちにその気が失せてきた。 しかし、時間が経つに連れて秋葉が山吹をモノ扱いしたのだという自覚が湧いてくると、インベーダーに対する戦意 が面白いように削げていった。これまでは、秋葉のためならと思うからこそ命を張って戦えた。けれど、その秋葉が 山吹を売ったとなると話は変わる。信念の根幹が揺らぎそうになり、山吹は頭を抱えた。

「おい」

 無遠慮に声を掛けられ、山吹が顔を上げると、鮫島甚平を従えた呂号が廊下に立っていた。

「へへ、なんすか、ロッキー」

 山吹は体面を取り繕おうとしたが、中途半端に声が上擦っただけだった。

「状況が読めない。紀乃はどうなったんだ。忌部もだ」

 セーラー服姿の呂号は光源であるテレビに目を向けたが、映像を捉えてはいなかった。

「あ、うん。ええとね、状況で言えば最悪って言うか、これ以上ないほど拙いね」

 甚平は棚からランプを取ると、マッチを擦って芯に火を灯してからテーブルに置き、改めてテレビを見た。

「あ、えと、紀乃ちゃんと忌部さんは拘束されたと見て間違いないね。乙型一号と突然変異体二十六号の逮捕、って あるから。んで、その、テロリストであるインベーダーに荷担して国家に反逆を企てたってことで、乙型生体兵器四号と 五号も逮捕されたってある。虎鉄さんと芙蓉さん、というか、うん、伯父さんと伯母さんだね」

 甚平は鋭い牙が並ぶ顎に分厚い手を添え、じっとテレビを見つめた。

「でも、竜ヶ崎って人がやったことは、竜の首を目覚めさせただけか。となると、うん、そうなるかな」

「何がっすか」

 本心では興味はなかったが気を紛らわしたいがために山吹が問うと、甚平は丸い目を瞬かせる。

「ああ、うん、ええとね。たぶん、この島は動く」

「……はぁ?」

 山吹が面食らうと、呂号も眉を曲げた。

「甚平。お前は何を言っているんだ」

「ああ、えと、うん、それが普通のリアクションっていうか、うん、当たり前。でも、まるっきり根拠がないってわけ でもないっていうか。ほら、僕、サメだし、この辺の海底に遺跡があるんじゃないかって思って、忌部島の周辺を 何度も何度も見て回ったんだ。そしたら、うん、色んなことが解ったっていうか」

 甚平は二人と目を合わせづらいのか、テレビから目を離さずに捲し立てた。

「あら、そちらの御方は御客様ですの?」

 すると、勝手口が開き、翠が入ってきた。と、同時に彼女の背にミーコが抱き付き、高らかに答えた。

「そこのサイボーグはね、はね、はね、はね、ミーコの同級生で建ちゃんに体を潰されちゃったけど今は地上最強の サイボーグの山吹丈二君だよ、だよ、だよ、だよー!」

「あら、そうでしたの。私、滝ノ沢翠と申します。以後、お見知りおきを」

 ミーコを背負ったまま、翠は礼をした。山吹は翠の素顔を見るのは初めてだったので、若干臆しながらも返した。

「ご、御丁寧にどうも。御紹介に与りました、山吹丈二現場監督官っす」

「御兄様は、どちらに?」

 翠は瞳孔が縦長の目を動かして透き通った兄の姿を探すと、ミーコは翠を抱き締める腕に力を込めた。

「それがね、がね、がね。次郎君はね、紀乃ちゃんと一緒に東京に連れて行かれちゃった。だから、当分は帰って こられないと思うの、の、の、の。やっぱり、良くないことになっちゃった、た、た、た」

「まあ……」

 テレビを目にした翠は両手で口元を覆い、肩を震わせて俯いた。

「ゾゾはどうした。こんなのは俺達の手に負えることじゃない、あいつの領分だろうが」

 六本足を器用に折り曲げて屈んだ小松は、ミーコと翠の肩越しにテレビを覗き込んだ。

「やることがある、って言って、どっかに行ったっすけど」

 山吹が答えると、呂号は痛烈に舌打ちした。

「どうせろくでもないことだ。奴にとって僕らは報復の道具でしかない。局長が僕らを利用してゾゾを攻め立てていた のと何も変わりはしない。だから僕は嫌いなんだ。僕自身も紀乃もお前らも政府の連中も。どうでもいい争いのため だけに生み出されてどうでもいいことのためだけに擦り切れるまで戦わされた挙げ句どうでもいい死に方をするだけ なんだ。他人のために戦ったりすることからしてまず紀乃は馬鹿なんだ。自分のためだけに戦えばいいんだ」

 呂号は踵を返し、大股に歩いて去っていった。間もなく、憂さ晴らしに掻き鳴らすエレキギターが聞こえてくる ことだろう。山吹はセーラーを翻した呂号の背を視界の隅に捉えてはいたが、正視出来なかった。考えてみれば、確かに そうかもしれない。国防だの何だのと言っても、ミュータントとインベーダーの出所は竜ヶ崎全司郎とゾゾだ。更に本を 正せば、その二人の間に生まれた諍いが原因なのだ。山吹と秋葉は完全な部外者であって被害者でもあるが、 中途半端な正義感と使命感に駆られた結果、彼らと戦い続けている。山吹がこの場にいる全員を倒したとしても、 喜ぶのは竜ヶ崎だけだ。得をするのも竜ヶ崎だけだ。山吹は再び頭を抱え、大いに悩んだ。
 誰のために、何のために、戦うべきなのか。





 


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