機動駐在コジロウ




親しき仲にもラインあり



 縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代。
 更に奈良時代を経て、平安時代にまで至った。一ヶ谷市内の畑から発掘された貝殻、土器の破片が発掘された 地層の写真、埋葬されていた人骨の一部、翡翠の勾玉、などの遺物が展示されたガラスケースの前を通っていくと、 滝口が展示物に関することを事細かに説明してくれた。話も上手く、解りやすいので面白かった。
 奈良時代から平安時代に推移すると、平家の落人伝説のコーナーが設けられていた。一ヶ谷市一帯が本条藩と 称される以前の出来事で、戦乱によって後ろ盾を失った姫君が流浪の果てに八重山に落ち延びたものの、妖怪に 喰われてしまった、とのことだった。その八重山とは、船島集落を囲んでいる山の一つである。妖怪絡みの伝承は それだけには留まらず、戦国時代に入って本条藩が立藩し、七代目の藩主が家督を継いだ頃にも妖怪が登場して いた。藩主が正室との間に世継ぎを設けて間もなく、雨に紛れて女郎蜘蛛が本条城を襲い、世継ぎを奪って八重山 へと逃げ込んだのだそうだ。だが、女郎蜘蛛が糸を張っている八重山に足を踏み入れることは出来ず、世継ぎの命 も危ぶまれた。そこで立ち上がったのが、七代目藩主である荒井久勝である。荒井久勝は女郎蜘蛛から恋慕されて いることを利用し、本条城の天守閣に女郎蜘蛛を誘き寄せて切り伏せ、世継ぎを取り戻した、のだそうだ。
 そこまで聞けばハッピーエンドだが、続きがあった。荒井久勝は女郎蜘蛛との戦いで深傷を負い、腹心の部下で ある早川政充に世継ぎを任せてから息絶えた。世継ぎである赤子は早川政充に連れられ、他の土地で生き長らえる が、武将として初めて出陣した戦で討ち死にしてしまった。その地は、奇しくも本条藩の藩内であったという。

「……超絶バッドエンドじゃないですか」

 滝口の解説を聞き終えたつばめが率直な感想を述べると、滝口は苦笑した。

「昔話がどれもこれも綺麗に終わるわけじゃないですからね」

「で、その蜘蛛妖怪の昔話と、うちの御先祖様がどう繋がるんですか?」

 つばめは滝口を見上げ、訊ねた。佐々木家の先祖が妖怪伝説に関わっている、と滝口から聞かされたからこそ、 妖怪伝説を事細かに説明してもらったのである。自由研究の議題にするには丁度良い、と思ったからでもある。

「荒井久勝は、女郎蜘蛛と若い頃に一度出会っているんですよ。そのことは荒井久勝自身の日記に書き記してあり ますし、本条城から持ち出されて民家の土蔵に補完されていた書物にも一節があります。ですが、荒井久勝は一人で 女郎蜘蛛を撃退出来たわけではありません。荒井久勝の兄嫁に当たる佐々木みつの弟、つまり、義理の甥に当たる 侍の力を借りて打ち倒したのです。もうお解りだと思いますが、それが佐々木家の御先祖なのです」

「はぁ」

 そう言われても実感は湧かない。つばめが生返事をすると、滝口はガラスケース内の古書を示した。

「佐々木みつとその弟の侍はそれからしばらくして亡くなったそうですが、佐々木家は元々他の藩の家系でしたので 途絶えることはなく、現在まで脈々と長らえてきたのです。それが、長光さんであり、つばめさんなのです」

「へぇ……」

 朧気ではあるが自分のルーツを知ることが出来たからか、つばめは訳もなく胸が熱くなった。祖父の葬儀に出た 時にも感じ入ったが、歴史まで知るとなるとそれ以上の感慨に耽る。巻物に書き記された佐々木家の家系図も横長 のガラスケースに張り出してあり、つばめはゆっくりと歩きながら線を辿っていった。佐々木家の当主、その妻、その 間に生まれた何人もの子供、そのまた子供、子供、子供、子供、子供、子供。家系図は江戸時代中期で途絶えては いたが、その下に自分が続くと思うと、ますます胸が熱くなった。
 先祖と自分の間には、つばめの両親も含まれている。それを思うと、つばめは訳もなく切なくなった。本当の両親 に会いたいという気持ちは、いつも心の隅に押し込めている。あまり意識しないようにしていれば、寂しいと思わず に済むからだ。けれど、時々居たたまれなくなる。血の繋がりという線が断ち切られて、つばめだけが放り出された かのような感覚に襲われてしまうのだ。

「なんか、凄いですね」

 つばめが家系図を見つめていると、滝口が背後に立った。

「その家系図を始めとした佐々木家の資料を寄贈して下さったのが、他でもない長光さんなんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、そうなんです。おかげで、随分と研究が捗りましたよ。資料が増えると、その分だけ伝承を検証出来る角度も 増えますからね。荒井家の資料は、早川家の末裔の方々が寄贈してくれたものが多いのですが」

「その、早川家はどうなったんですか?」

「一ヶ谷市内にはいらっしゃいますが、あまり詮索しない方がよろしいと思いますよ。つばめさんの御先祖様は荒井 久勝に貢献なさった御侍ではありますが、つばめさん御自身は厄介なことに巻き込まれていますからね」

 滝口に穏やかな口調でたしなめられ、つばめは引き下がった。

「ですよねぇ。この街の人達には、私のこともお爺ちゃんのことも良く思われてないですし」

「良くも悪くも保守的ですからね、こういう土地は。仕方ないですよ」

 滝口はつばめに先を促した。つばめはそれに続いて歩き出したが、一定の距離を保ち続けているコジロウが気に なって振り返った。目が合いそうになるとまた逸らされた。つばめは試しに後ろ向きに歩いてみるが、それでも彼は つばめと視線を合わせようとしなかった。彼なりに怒っているのだろうか、それとも気を遣っているのだろうか。
 つばめは釈然としないまま、江戸時代から現代へと続く展示物を眺めていった。一ヶ谷市が発展するまでの道程 は長く、明治維新を迎えても農業と林業で細々と生き長らえていて、大正、昭和初期まではそんな感じだった。林業 をしていたおかげで鉄道が開業するのは早めだったが、それ以降は頭打ちだった。戦争に出征する若者を見送る 一族、集団就職に出向くために蒸気機関車に乗り込む少年少女、山の斜面に作られた千枚田、といった白黒写真 のパネルが続いていったが、昭和中期から高度経済成長期に入るとカラー写真になった。高速道路の開通を記念 する式典の様子、整備された田畑を空撮した写真、一ヶ谷駅に向かって高架橋を通る新幹線、市町村合併によって 統合された中学校に通う子供達、などなど。現代に移り変わると、新設された真新しい市役所、リニア新幹線の 開通、生徒数の減少で廃校になった小中学校、という内容になっていった。

「あの、これって」

 その中でも異彩を放つパネルの前でつばめが立ち止まると、滝口が言った。

「若い人は知らないでしょうね、この騒ぎのこと。もっとも、僕も自分の親から聞いたんですけどね」

 謎の流星、落下。当時の新聞記事を引き延ばして作られたパネルを見上げ、つばめは怪訝に思いながらもそれを 読み取った。今から五十年前のことだ。七月十六日の夜更け、一ヶ谷市上空を青白く光り輝く物体が横切った。 それは船島集落に落下したと思われたが、その痕跡は一切なく、目撃証言だけだった。その後、政府や専門家に よる現場検証が行われたが、物証は発見されなかった。地面の焼け焦げもなければ大穴も見つからず、流星の 破片も落ちていなかった。謎が謎を呼ぶ事件ではあったが、時が経つに連れて騒動は収束した。と、ある。

「長光さんが船島集落一帯を買い上げて私有地にしたのは、それから三ヶ月後だったそうです」

 滝口はパネルに見入っているつばめの横顔に、目を向ける。

「あの出来事があるまで、佐々木家は武士の末裔ではありましたが一般的な農家と変わらない生活を送っていたん です。長光さんも、勉強熱心で純朴な青年だったそうです。結婚して間もなかったそうですが、お嫁さんは都会から 来た方で体もあまり丈夫ではなかったそうで、佐々木家との折り合いが上手くいっていなかったと。だから、長光さん は交通の便の悪い船島集落から引っ越そうと考えていたようですが、あの流星が落ちてきてからは考えを改めて、 佐々木家の跡を継ぎました。そればかりか、唐突に莫大な資金を手に入れてきて、船島集落の土地を買い上げて しまいました。ですが、長光さんは誰にも理由を話そうとはしませんでした。つばめさんは御存知ありませんか?」

「いえ、全然。お爺ちゃんと会ったのは、お通夜の時が最初で最後でしたから」

 つばめが手を横に振ると、滝口は残念がった。

「そうですか。長光さんと交流のあった寺坂も口を割ろうとしませんでしたから、余程重大なことなんですね」

「寺坂さんとお知り合いなんですか?」

「ええ。僕と寺坂は中学校の同級生で、高校時代は連んで遊んでいましたけど、今は……」

「会わない方が良いと思いますよ。色んな意味で」

 語尾を濁らせた滝口に、つばめは忠告した。滝口は肩を竦める。

「ほとぼりが冷めたら一度は会いたいと思っていますけどね。でも、それはまだまだ先のようです」

 そろそろ本題に入るべきだ。つばめが自由研究に使えそうな資料を集めようとノートを広げると、またもコジロウが そっぽを向いていた。ケンカをしたつもりはなかったのに。

「ところで、この前の夏祭りで中学生が行方不明になっていることを御存知ですか?」

 滝口の語気が冷え込み、業務用の笑顔が消えた。つばめは駅前交番の貼り紙を思い起こし、頷く。

「ええ、まあ」

「皆、あなたと同じ年頃の子達ですよ。あの馬鹿げたロボット同士の格闘技が始まる頃までは、携帯電話の電波も 通じていましたし、姿を見た人達も会話した人達もいたのですが、あの大騒ぎの後からぱったりと足取りが途絶えて しまったんです。何か、御存知ありませんか?」

「いえ、何も」

 知るわけがない。知っていたとしたら、行動に出ている。つばめが首を横に振ると、滝口の表情が一変した。

「あの中には僕の姪がいるんですよ。小生意気ではあるけど可愛い子で、君なんかよりも余程出来た子なんです。 それなのに、なぜ帰ってこないんです? 政府の人間も大勢うろうろしているのに、なぜ捜そうとしないんです?  それなのに、なぜ佐々木家の人間だけが特別扱いされるんです? おかしいでしょう?」

 平静さを保とうとしているが、滝口は次第に語気が上擦っていった。つばめは、やや身動ぐ。

「私だって、特別ってわけじゃ」

「警官ロボットがボディガードに付くような人間の、どこが特別じゃないと? 地上げ屋も顔負けのやり方で、先祖 代々受け継いできた土地を買い取った血も涙もない人間の孫が普通だと? 笑わせるな!」

 押し殺していた理性が途切れたのか、滝口が怒鳴った。

「佐々木の人間がいる限り、ろくなことがないんだ! 変なことばかりが起きる、人が死ぬ、誰かが消える、化け物 が出てくる、唸るほど金を持っているくせに地元に落とそうともしない! いい加減にしろよ!」

 頭に血が上ったのか、滝口の顔色は赤らんでいく。が、それとは対照的に、つばめは徐々に冷静さを取り戻して きていた。変なことが起きるにしても、それをイコールで佐々木家と関連付けるのはおかしいのでは。女子中学生達 が行方不明になった事件もそうだ。結び付けるために必要な情報が見当たらない。たとえ巡り巡って関係があった としても、つばめが彼女達に直接手を下したわけではないのだ。八つ当たりもいいところだ。

「どうする、コジロウ?」

 つばめがコジロウを小突くと、コジロウはつばめと滝口の間に割り込み、身構えた。

「対処している」

「僕に手を出してみろ、他の人間が黙っちゃいないんだからな!」

 威勢のいいことを言いつつも、滝口は腰が引けていた。結局、口で言うのが精一杯だからこそ、つばめとコジロウに 暴言を吐いたのだろう。先程までの愛想の良さからは打って変わって、卑屈な態度が剥き出しだ。滝口という人間の 本性を思い知り、つばめは落胆した。やっと、一ヶ谷市の住民でも普通に接してくれる人間に出会えたと思ったのに、 蓋を開けてみれば他の人間達と同じだったとは。悲しくなるよりも先に、情けなくなってきた。
 すると、受付にいた女性職員が血相を変えて階段を駆け上がってきた。何事かと滝口とつばめが振り返ったが、 コジロウだけはノーリアクションだった。女性職員は余程動揺しているのか、呂律が回っていない。滝口は女性職員 がやってきた途端に態度を改め、表情を取り繕った。

「何かあったんですか? 急病人ですか?」

「い、いえ、その、ええっと、とにかく見て頂ければ解りますぅっ!」

 涙目になった女性職員が正面玄関を指したので、つばめは階段から正面玄関を見下ろした。窓越しに見えたものを 捉えても、すぐには脳が理解しなかった。滝口は、ひい、と引きつった悲鳴を上げてよろけた。
 なぜなら、郷土資料館の正面玄関に警官ロボットが大量に押し寄せていたからだ。十体や二十体などではなく、 駐車場が見通せないほどの数の警官ロボットが突っ立っている。つばめが唖然としている間にも、その数は増える 一方だった。自動ドアを開けて入ってこないのは、いかなる建造物にも無許可では入れないから、なのだが、それが 異様な圧迫感を生み出していた。つばめがぎこちない動作でコジロウを仰ぐと、コジロウは腰を曲げてつばめと 目を合わせてきた。いつもと変わらぬ無表情なマスクフェイスが、今ばかりは空恐ろしい。
 一体、何を考えているのやら。




 同時刻、都内某所。
 予想を遙かに上回る制圧の早さに、誰もが呆気に取られていた。それは周防も例外ではなく、彼の行動の早さを 目で追うだけで精一杯だった。佐々木つばめから借り受けたコジロウは、政府の権限を使って周防が下した命令と 作戦を充分に飲み込んではいたが、まさかそれを小一時間で全て済ませてしまうとは思ってもみなかった。
 戦闘員も民間人も負傷者はなく、周囲の被害も最小限。但し、フジワラ製薬の療養所に移送される最中であった 元怪人達を狙った犯罪者達は、生きてはいたが多大なダメージを受けていた。手足を折られ、武器を砕かれ、車を 破壊されていた。政府側としては、組織同士が潰し合ってくれることも計算に入れていたのだが、コジロウはそれが 行われる前に全ての組織の戦闘員と関係者を叩きのめしてしまった。効率的ではある、が、しかし。
 元怪人の人々を乗せたヘリコプターが、手近なビルのヘリポートから離陸する様を確認してから、周防はコジロウ を見やった。ある組織が最後の足掻きとして、政府関係者目掛けて突っ込ませてきた爆弾を満載した車両を一刀 両断したままの格好で直立しているばかりか、右腕に爆発物を抱えていた。大型のバンを破壊すると同時に摘出、 確保するとは人間では到底無理な芸当だ。普通の警官ロボットでは、爆弾ごと自爆するのが限界だろう。

「これ、どう思う?」

 一発も撃たず終いに終わった拳銃をホルスターに戻しながら周防が呟くと、一乗寺は笑った。

「楽でいいんじゃないのー?」

「だとしても、これはなぁ……」

 一騎当千、国士無双。三国志めいた単語が脳裏を過ぎり、周防は頬を引きつらせた。コジロウのスタンドプレイが 始まったのは、元怪人の人々を餌にして複数の組織を誘き寄せる作戦が成功した直後だった。通常では政府関係者の行動 と戦況を事細かに把握して必要最小限の行動しか取らないはずのコジロウが、今日に限って前に出た。そればかり か、出過ぎていた。元怪人達の輸送用のヘリコプターとの合流地点に差し掛かってから行動に出る予定だったが、 コジロウは後方支援とのタイミングを調整することすらせずに進み、タイヤを使って超高速で壁を上り詰めて組織の スナイパーを倒し、倒し、倒し、襲撃者達が乗っている車両に突っ込んだ。その間、三十秒足らず。
 そして、一時間以内に全てが終わってしまった。これでは、内閣情報調査室直属の戦闘サイボーグで編成された 特殊部隊の出番がないどころか、出動させたSATは銃口を上げる間すらなかったほどだ。楽ではあるし、味方側の 損害がゼロで済んだのは何よりだが、歯痒さがある。オーバースペックのロボットであるコジロウに頼ることに慣れて しまいかねないからだ。実際、現場の人間達にそんな空気が漂いつつあった。優れた機械に対する畏怖と人間の 限界に対する諦観、そして実戦の恐怖から免れられた安堵感だった。
 爆発物をロボットで構成された爆発物処理班に預けてから、コジロウは外装を開けると蒸気と共に熱を噴出した。 僅かに陽炎を帯び、白と黒の機体が揺らぐ。銃創の付いたマスクを上げ、任務完了、との平坦な言葉を発した。

「事後処理、面倒臭そー。すーちゃん、お願いっ」

 一乗寺の頼み事に、周防は辟易した。

「たまにはまともに仕事をしてくれよ。夏休みなんだから、お前もちったぁ体の自由が効くだろ?」

「夏休みだからこそ教師は忙しいんだってばぁ。今度、いおりんの家庭訪問に行かなきゃならないしぃ」

「藤原伊織を民間人に預けること自体が正気の沙汰じゃないが、その家庭訪問だなんて悠長すぎるぞ」

「大丈夫だってぇ。いおりんはアソウギごとつばめちゃんの所有物になったわけだし、よっちゃんはあれでいて結構 腕が立つし、フジワラ製薬はいおりんのことなんか見限っちゃったみたいだし、政府も政府でいおりんみたいなのは 持て余しているしー。だから、現場の判断でどうこうした方がいいんだってば」

「藤原伊織の主食を忘れたわけじゃないだろう」

「人間を喰うからって悪人ってわけじゃないでしょ? 俺の感覚だと、いおりんは悪い奴じゃないよ。ただ、体の方が アレなだけって感じ。だから、固定観念を持つのは良くないと思うけど?」

「殺人と食人が悪くないはずがないだろうが。大体、お前の感覚なんて信用出来るか」

「ひっどーい。傷付いちゃうなぁ」

「宇宙人に傷付くようなメンタルがあるか」

「じゃ、みっちゃんのことは見逃してくれるんだ? うっわー、やっさしーい! すーちゃんってば素敵!」

「そんなわけないだろうが。設楽道子こそ、野放しにするべきじゃない。だが、現行の法律では電脳体を罰するため の法がないんだ。脳も吹っ飛ばされちまったし、戸籍も死亡済みだしな。だから、佐々木つばめの手元に置かせて 俺達が監視するしかないじゃないか。佐々木つばめ専用回線なんて代物を無許可で作ったばかりか、コジロウと その同型の警官ロボットを同期させるためのネットワークも作りやがった。そのどちらも政府側に一部を開放しては くれたが、それが何になる。せいぜい、女子中学生と警官ロボットが馴れ合う様子を合法的にストーキングが出来る だけだ。設楽道子もだが、連中は遺産の中身を明かそうとしないくせに俺達を利用しようとしているんだ」

「そりゃそうでしょ。手の内を明かしちゃったら、つばめちゃん達は商売上がったりなんだもーん。それにしても、今日の すーちゃんは御機嫌斜め四十五度にすっ飛んでるねー? もしかして二日目?」

「馬鹿言え」

 周防は一乗寺の軽口に切り返しつつ、搬送されるために応急処置を受けている犯罪者達を眺めた。

「新免工業に動きがあった。戦闘サイボーグの鬼無克二が本社の警備から地方の支社の警備に転属したが、その 転属先にはいなかった。大方、船島集落に来ているんだろうが、尻尾が掴めていない。設楽道子でも利用出来たら いいんだが、そうもいかないからな。手掛かりを掴んだら、すぐに教えてくれ。飛んでいく」

「手掛かりを掴ませる前に行動に出ると思うけどなぁー、新免工業は。やらかすことも見当が付かないわけじゃない けど、どうする? 泳がせておいた方がよくない? フジワラ製薬とハルノネットと同じでさ」

「その根拠は」

「面白そうだからっ!」

 ウィンクしながら舌を出した一乗寺を、周防は本能的に張り倒した。

「ちょっと黙ってろ!」

 ひどーい、と拗ねてみせた一乗寺を無視し、周防はコジロウの様子を窺った。すると、コジロウは軽く俯いた態勢 で沈黙していた。左耳のアンテナに手を添えている仕草は、携帯電話で会話している人間のようだった。

「あれ、傍受出来るか?」

 周防がコジロウを指すと、一乗寺は自前の携帯電話を取り出したが渋った。

「えー、そういうのは良くないよー。だって、慎ましやかでプラトニックな中学生の恋愛の様子を覗き見するなんてこと、 ダメに決まってんじゃーん。すーちゃんのドスケベ」

 と、言いつつも、一乗寺はコジロウが使用している回線を割り出した。これもみっちゃんにしてもらったんだ、と説明 しつつ携帯電話を操作し、佐々木つばめ専用回線の中の一つである対コジロウ専用回線に接続した。一乗寺の 携帯電話が相手であれば音声が暗号化されないように設定されている、とも説明してくれた。一乗寺が携帯電話を 耳に当てたので周防もその近くに耳を寄せた。少々甲高くなっているが、佐々木つばめの声が聞こえてきた。

『だから、何をどう思ってあんなことしたの? 普通にすっごく困るんだけどさ』

 どうやら、妙な事態が発生したらしい。それに対し、コジロウは答える。

『本官の判断に誤りはないと判断する』

『だーからっ、その判断自体が間違いなんだって! いつもとは性能が違うボディに意識を入れているのが不機嫌 そうだとは思ったけど、だからってアレはないでしょ、アレは! 私はハーメルンの笛吹男か!』

『つばめは女性だ』

『そういうことを言っているんじゃなくて、とにかく、ここに集めた子達を元の持ち場に戻してよ!』

『本官は、量産型の人型特殊警察車両一体ではつばめの身の安全を保証出来ないと判断する。よって』

『にしたって、やり方ってのがあるでしょ。全くもう、過保護なんだから!』

 そう言い終えて、つばめは通話を切った。周防は一乗寺と顔を見合わせた後、コジロウを窺った。通話が切れた からか、左耳のアンテナから手を外したコジロウは、徐々に俯いていった。どことなく肩も落としているように見え、 銃撃や粉塵で汚れた背中はそれ以上に煤けているように思えた。感情がない、とは思いがたい光景だった。

「もしかして、やたらとコジロウの仕事が早かったのって、つばめちゃんが無事かどうかが気が気じゃなかったから 焦りまくったからー、だとか? うっわー、かぁーわぁーいーいー」

 一乗寺は身を捩りながら女子高生のようなイントネーションで感嘆したが、周防にはそうは思えなかった。むしろ、 薄ら寒くなってしまった。コジロウには感情が発生しない、人間的な情緒が形成されるために必要なアルゴリズムが プログラムされていない。そもそもコジロウは無限動力炉であるムリョウに手足を付けたようなものであり、ロボット と言うよりも剥き出しのエンジンに近い。コジロウを原型にした量産型の警官ロボットは、コジロウの余剰エネルギー が多すぎるエンジンこそ再現出来なかったが、人間に極めて従順で情緒や躊躇を徹底的に排除してある人工知能 を再現することは可能だった。だからこそ、量産型の警官ロボットは全国的に普及し、その台数は一千体を越えよう かという勢いである。おかげで、日本国内の治安はかなり改善された。
 その膨大な数の量産機を遠隔操作出来るコジロウに絶対的な命令を下せる佐々木つばめは、事の重大さを理解 しているとは到底思えない。一乗寺から受けた報告に寄れば、設楽道子とアマラの能力を使用して、佐々木つばめ 専用の堅牢なセキュリティのネットワークまで造り上げたそうだ。つばめ側からはこちらのネットワークのどこへでも 接続出来るが、こちら側からはつばめ側に接続出来ないという構造なのだ。佐々木つばめが世間に愛想を尽かして クーデターでも何でも企てたとしたら、不可能はない。決して裏切らない最強の兵士、電脳世界と現実を行き来する ことが出来る亡霊、生き物を改造出来る液体、使途不明だが物理的な破壊は不可能な箱、そして莫大な資産。
 それらに対して、一乗寺は危機感を抱かないというのか。倫理観どころか、危機感も欠如している。周防は苛立ち すら覚えながら、落胆したように両肩を落としたままのコジロウの傷一つない背部装甲を一瞥した。
 それにしても、コジロウは何をやらかしたのだろうか。





 


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