それから、数分後。 食前酒代わりに出されたミネラルウォーターで喉を潤していたが、緊張しているせいで、飲んだ傍から喉が渇いて しまった。かといって、水だけで胃を膨らませてしまうのは嫌なので、つばめはグラスに入ったミネラルウォーターを 飲み干したい気持ちを堪えながら、口の中を濡らすだけに止めておいた。 おい、と武蔵野がドアを示したので、つばめもそちらに向いた。ウェイターがうやうやしく案内してきたのは、見覚え のある顔のスーツ姿の男と、上等なスーツを着込んでいるスレンダーなサイボーグだった。二人はつばめと武蔵野 が座っている窓際のテーブルにやってくると、男はウェイターに代わって椅子を引いてサイボーグを座らせた。その 顔を凝視し、つばめは唖然とした。顔の左半分に大きなガーゼと包帯を巻き付けて松葉杖を突いているが、間違い ない。一乗寺の同僚であり、内閣情報調査室の捜査員である周防国彦だ。ということは、周防の正体は。 「もしかして、スパイだったの?」 つばめが不愉快さを隠しもせずに言うと、周防は淡々と返した。 「人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺は俺の信念に基づいて行動しているだけだ。政府の捜査員になったのも、 新免工業と手を組んだのも、俺がそうしたいと思ったからだ」 「話したいことは沢山おありでしょうとも。佐々木つばめさん」 スーツを着たサイボーグは白い手袋を填めた手でポケットを探り、合金製の名刺入れを開いた。そこから名刺を一枚 取り出すと、つばめに差し出してきた。 「お初にお目に掛かります。僕は新免工業を経営しております、神名 「はあ、どうも」 つばめは名刺を受け取り、しばらく眺めた後でハンドバッグに入れた。周防は神名の右手の椅子に腰掛けたが、 ウェイターが運んできた食前酒を断った。ケガをしているからだろう。武蔵野も酒は断り、見るからに値の張りそうな シャンパンをグラスに注がれたのは神名だけとなった。彼はつるりとしたマスクフェイスの外骨格強化型サイボーグ なので、食べられないのではと思ったが、マスクを開いて頭部の外装に収納して口を露出した。最近のサイボーグ は高性能だ。では乾杯いたしましょう、と神名が細長いグラスを挙げた。 「管理者権限を持つ麗しき女性と再び出会えた喜びと、我が念願を果たせる喜びに」 「その目的も知らないのに、乾杯なんて出来ません」 つばめがミネラルウォーター入りのグラスを睨むと、神名は穏やかに笑った。工業製品を扱う大企業の社長とは 思いがたい雰囲気を持ち合わせている。どちらかというと、名のある大学の教授のようなタイプだ。物腰も柔らかく、 態度も紳士的で、絵に描いたようなインテリだ。フジワラ製薬の社長が強烈すぎたので、その反動で、神名円明は 恐ろしくまともな人間に見えてしまう。フルサイボーグであるが。 「……ん?」 前菜のトマトとチーズのサラダに口を付けようとして、つばめは引っ掛かりを感じてフォークを止めた。 「再会、ってどういうことですか? 私と社長さんは初対面じゃないんですか?」 「それについては、武蔵野君に説明して頂いた方がよろしいでしょう」 神名が武蔵野に顔を向けると、早々に前菜を食べ終えた周防が煽った。 「そうだな、お前以上にあの女について知っている奴はいないもんな。洗いざらい喋ってやれよ、あの女の娘に」 「社長命令じゃ、仕方ねぇな」 武蔵野は前菜を平らげると、つばめを一度窺ってから口を開いた。 「十五年前のことだ。新免工業は、お前の母親、佐々木ひばりが妊娠したことを知って確保した。うちの社長が遺産 を譲渡された時から、遺産の管理者権限を継承するのは直系の孫だと解っていたからな。吉岡グループでも社長 夫人が妊娠したとの情報があったが、あっちはガードが堅すぎて手の出しようがなかった。だから、佐々木ひばりが 外出したところで確保した」 「誘拐、って言えばいいのに」 話の触りだけでつばめは胸苦しくなり、吐き捨てた。産まれる前から、道具扱いされていたのか。 「いや、そうでもないのですよ。確かに弊社の社員は、計画の当初は手荒な手段に出ましたが、それは最初だけの ことなのです。ひばりさんは弊社にとても協力的でして、それはそれは丁重にお出迎えいたしました。身重の御婦人 ですから、スプーンでクリームを掬うよりも優しく扱わなければなりませんからね。ひばりさんを確保した当初は妊娠 初期でしたので、尚更でした。武蔵野君はその当時から弊社の特殊部隊に所属しておりまして、人格も戦闘能力も 安定している、との理由でひばりさんの確保と身辺警護の仕事を任せたのです」 二品目の空豆の冷製スープが運ばれてくると、神名はそれを口にして頷いた。つばめはスープであれば食欲が 湧くような気がしたので、神名が使っているものと同じ形のスプーンを探し、スープを一口飲んだ。空豆のまろやかさ に程良い塩気とクリームが混じり合った、優しい味わいだった。 「それから八ヶ月近く、俺達と佐々木ひばりは生活を共にした。多少危うい場面もあったが、佐々木ひばりは順調に 胎児を育てていき、三時間の陣痛の後に自然分娩で出産した。つばめと名付けたのは、佐々木ひばりだ」 武蔵野は義務的な口調で話していたが、サングラスの下で時折視線が彷徨った。 「お父さんはどうしたの? お母さんを助けたり、探したり、しなかったの?」 つばめはスープの続きを飲む気になれず、スプーンを置いた。 「お前の父親である佐々木長孝は、俺達が佐々木ひばりを確保した時から行方が知れていない。だが、佐々木長孝が 死んだという情報は得ていない。だから、誰にも見つからずに生き長らえているんだろう」 武蔵野が答えると、周防は顔の傷が痛むのか、右頬を歪ませながら言い返した。 「見つかってはいるが、手を出していないだけだ。今、佐々木長孝に手を出したら面倒なことになりかねんし、無用な 戦闘が起きる可能性が高いからな。だから、現状で最優先すべき作戦を実行したんじゃないか」 「……え? そうなの? お父さんは今も生きているの!?」 父親は見つかっているのか。つばめが腰を浮かせかけると、武蔵野が制してきた。 「焦るな。まだ話は終わっちゃいない。お前が産まれてから一ヶ月と数日が過ぎた頃だ、俺と佐々木ひばりは隠れ家 にしていたマンションから次の隠れ家に移動するために外出した。その時、奇襲を受けてお前が誘拐された。相手 は怪人だった。俺は戦ったが、凌げなかった。実弾を至近距離で脳天にぶち込んでも、貫通するどころか穴すらも 空かなかったからな。言い訳はしない、俺は負けた。怪人に負けた。だから、右目を持って行かれた」 武蔵野はサングラスを外し、古傷が付いた右目を露わにした。恐ろしく精巧に出来た義眼が填っていた。 「それから数日後に、佐々木長光が懇意にしている弁護士一家の元で養育されていると知ったが、佐々木ひばりは 手を出すなと言った。実力行使で奪い返したら弁護士一家に迷惑が掛かるし、産まれたばかりの娘に傷が付いたら 大変だから、と。居所は解っているのだから、何か起きてもいくらでも対処出来る、と俺達も認識して、佐々木ひばり の指示に従った。それから半年後に、ナユタが暴走した」 「ナユタとは弊社が所有する遺産です。見た目は空のように青く澄んだ鉱石なのですが、膨大なエネルギーを発生 させる機能を持つのです。小指の先よりも小さな破片であっても、刺激を与えると分子が活性化し、中性子が発生 するのです。放射線とは分子構造が違いますので、人体に被害は及びませんが、中性子ですので破壊力は抜群 でしてねぇ。あの時も洋上での実験を行っていましたので、工場やその従業員は無事だったのですが、弊社の所有 するタンカーが一隻、消滅しました。比喩ではありませんよ、中性子線によって陽子レベルで分解された結果、分子が 本来あるべき形状を保てなくなったのです」 私達は止めたのですが、と神名は首を横に振ってから、空豆の冷製スープを平らげた。 「佐々木ひばりは、お前のヘソの緒を持って現場に行ったんだ。俺は行くなと言った。船もヘリも出さないと言った。 だがあの女は、だったら泳いででも行く、と言い張ったんだ。あいつは正義感が強かったからな。だったら俺も付き 合ってやると言って、俺はヘリを飛ばした。ナユタは周囲の海水も原子分解していたから、ナユタを中心にして半径 五メートル程度の空間がぽっかりと空いていた。中途半端に作動したせいで出力が不完全だからか、エネルギーが 放出される範囲が狭かったんだ。ヘリの備品を落として安全地帯を確かめながら、俺はナユタの上空に出た。目測 でも百メートルはあったが、あの女は迷わずに飛び降りたよ」 武蔵野は僅かな躊躇いの後、言った。 「……佐々木ひばりは消滅した。お前の生体組織を与えられたことで、ナユタは沈静化し、安定した。その後、新免 工業のタンカーでナユタを回収したが、佐々木ひばりの遺体は見つけられなかった」 骨の一つでも拾ってやりたかったがな、と苦々しげに漏らした武蔵野の横顔には、鉛のような後悔が宿っていた。 つばめはこの話を理解したくなかったが、真実だと思いたくなかったが、彼らが嘘を吐く利点が見当たらなかった。 やっと会えると思ったのに、誰かの記憶の中にいる母親に出会えたと思ったのに、母親を追い求められると思った のに。やりきれなさと腹立たしさと、母親への恋しさで、つばめはぼろぼろと涙を落とした。 「そんなのって、ないよぉ……」 「ああ、俺もそう思う」 周防は苦労しながら空豆の冷製スープを飲み干し、スプーンを皿に投げ入れた。 「では、本題に入りましょう」 次に出てきたパンを千切って行儀良く食べながら、神名はつばめに柔らかく語り掛けた。 「私は、遺産を全て消滅させてしまいたいのです。ナユタの能力を持ってすれば、消滅出来ないものなどないのです から。度重なる実験で、ナユタは遺産に関連するものも等しく消滅させるのだと判明しました。遺産同士の互換性は 証明されておりますが、遺産同士での攻撃が無効であるというわけではありませんからね。ですから、私達は怪人 やコンガラによって複製された物体などを実験材料にしました。いずれも消滅し、灰すら残りませんでした。ですが、 つばめさんの生体組織だけはナユタには消滅されず、それどころかナユタが機能を安定させました。ヘソの緒だけ では不充分なので、その後もつばめさんの生体組織を採取しては実験を繰り返していたのです。尾籠な話ではあり ますが」 神名が目を細めるようにゴーグルの光を弱めたので、つばめは複雑な心中の内に嫌悪が湧いた。 「もしかして、うちのゴミ袋、漁ったの? で、もしかして……私のアレを……」 「御想像にお任せいたします」 つばめさんの体が大人になっていて大助かりでした、と微笑んだと思しき声を出した神名に、つばめは喉の奥に 胃液が込み上がってきた。今し方、僅かばかり食べたものまでもが戻ってきそうになった。どう考えても、新免工業 はつばめの経血を利用したとしか思えない。というか、それ以外に回収出来る生体組織などあるものか。船島集落 に引っ越してきてからは散髪にも行っていないし、トイレは水洗式なので、思い当たる節はそれぐらいである。目的 のためには手段を選ばないのが悪役の常ではあるが、選ばなさすぎる。 「メインディッシュはこれからですよ、つばめさん」 神名はしなやかに手を広げ、船首に面した大きな窓を指した。 「あちらをご覧下さい」 太陽が水平線に没すると、複数のライトが輝いて船首を照らし出した。広いプールに日光浴が出来るデッキの先 には、豪華な大型客船には馴染まない人型重機が鎮座していた。岩龍と似通ったシルエットで、キャタピラの付いた 四角い下半身に上半身が乗っていた。その片腕は洋上に突き出されていて、何かをぶら下げていた。青白いライトが 強すぎるので、すぐにはそれが何なのかが解らなかった。 上下を板で挟んで網で囲ってある、やたらと大きな箱だった。遠目に見ても、一辺が三メートルはある。その中には 二人分の人影があり、忘れもしないモノが蠢いていた。触手である。ということは、つまり。つばめは立ち上がって ベランダに駆け寄り、窓を開け放った。猛烈な潮風が吹き込んでドレスを巻き上げ、涙を乾かしていった。 「てぇらさぁかさぁーんっ! みぃちこさぁーんっ! せぇんせぇーっ!」 つばめが腹の底から声を出して叫ぶと、がしゃっ、と人型重機がぶら下げた箱が揺れた。神名が指示を出したのか、 別方向を向いていたライトが人型重機の手中の箱に当てられた。光量が数倍に増したことで箱の中身の輪郭が ぼやけたが、夜の帳が追い払われた。つばめが再度凝視すると、箱には寺坂と一乗寺が入れられていた。二人は 手酷くやられたのか、服が血で赤黒く染まっている。寺坂は頭部にタオルを巻いていて、いつも右腕を縛っている 包帯でタオルを戒めていた。胸も同様で、タオルが詰まっている。一乗寺はと言うと、こちらも胸から腹に掛けて血で 染めていた。あの出血量では、生きている方がおかしいレベルだ。どちらも常人ではないのだなぁ、とつばめは感心 すると同時に薄ら寒くなってしまった。潮風が強いから、でもあるが。 「なー、つばめー、何喰ってんだー? 退屈すぎて腹減っちゃってさぁー!」 寺坂は右腕から垂れ落ちている触手で箱を掴み、揺さぶった。その質問の悠長さに、つばめは呆れる。 「そんなの、今はどうだっていいでしょ! んで、道子さんはどうしたの?」 「みっちゃんはねぇ、これの中だよー。ちなみに、新免工業の在庫品ね」 そう言って一乗寺が掲げたのは、年代物のMP3プレイヤーだった。 「元のサイボーグボディが吹っ飛ばされちゃって、この船を含めた周囲一体は無線封鎖してあるから、みっちゃんが 得意などこでもネットサーフィンが出来なくなってちゃってんだぁ。んで、これは仮のハードね。みっちゃんは電脳体 で異次元宇宙寄りの存在だけど、こっちの物質宇宙に繋がっていないと接続が切れちゃって、二度とこっちの宇宙 に戻ってこられない可能性もあるからねー。んでさ、つばめちゃん、そっちにすーちゃんがいるでしょ?」 「うん、いるよ! 裏切り者だったんだねー、この人!」 つばめが一乗寺に返すと、一乗寺はいつも通りにへらっと笑った。 「そうなんだよぉー。ひっどいよねー。でも、すーちゃんは俺が殺すから、手出ししないでね。うふふふふふふ」 「だってさぁ」 つばめが振り返ると、周防が顔をしかめた。 「よく言うよ、死に損ないの宇宙人め」 「もしかして社長さん、あの三人を海に落とすぞーって私を脅すつもりなんですか?」 つばめが箱入りの二人と一体を指すと、神名は悠長にワインを傾けた。 「ええ。ですが、あのお三方は不死身も同然なので、そのような取引は成立しないと理解しております。寺坂善太郎 さんは触手さえ再生出来れば死に至りませんし、設楽道子さんは肉体が存在していないので殺せませんし、一乗寺 昇さんはいかなる状況にも適応する肉体の持ち主ですからね。ですから、つばめさんの心を揺さぶるには、彼の力を 借りるのが有効だろうと判断しまして」 神名は立ち上がると、ウェイターに一言命じた。ウェイターは一礼してその場を去った。数十秒後、プールの水が 排出されていった。露わになったプールの青い底面が割れて、その下から球体が現れた。直径五メートルほどはある 巨大な銀色の球体で、どことなくガスタンクに似ていた。表面に新免工業の社名が刻まれていて、銀色の球体は ほのかに光を帯びていた。神名はつばめの背後に近付くと、球体を見下ろした。 「あれはナユタの収納庫です。様々な研究を繰り返した結果、特殊な合金で作った球体に入れておけば、中性子の 活性を押さえられると判明いたしましたので、あのような措置を施したのです。今はナユタも安定しておりますので、 外気に曝しても平気でしょう。お開けなさい」 神名が命じると、銀色の球体が割れ、開花する蕾のように開いていった。花びらのように分かれた外殻が螺旋状 に収納されると、銀色の太い軸に青白い結晶体が載っていた。だが、それだけではなかった。結晶体には、手足を 失った彼が縛り付けられていた。コジロウだった。 「コジロウっ!?」 思わずつばめが駆け出そうとすると、神名の合金製の手がつばめの肩を押さえてきた。 「彼を助けよう、などとは思わないで下さいね。彼もまた遺産であり、危険なのですから、この世から排除すべきなの です。オーバーテクノロジーが人間の手に余るのは世の常ですし、弊社もまたナユタを持て余しておりますからね。 その能力を活用して自社製品の品質を上げようと思っても、ナユタは私達に逆らうのです。劣化ウラン弾を何十発 と使用してナユタを砕いたところで、その破片を利用した武器やロボットは自爆するばかりです。暴走する一歩手前 で制御出来れば、無尽蔵なエネルギーを生み出せるばかりか、一度も充電せずに稼働出来るサイボーグやロボット を作ることも夢ではありませんし、ともすれば頭打ちになっている宇宙開発も成功することでしょう。ですが、その裏で どれほどの人間や技術や物資が犠牲になることか。技術が躍進すればするほど争いも増え、人間は蔑ろにされて いくことでしょう。僕は人間が好きなのです、愛おしいのです。だからこそ、遺産などという異物によって、人間社会が 歪んでいくことが我慢ならないのです」 「新免工業は兵器や武器を売っている会社なのに?」 やっとのことで神名の手を振り払ったつばめが後退ると、神名は胸に手を添えた。 「武器を手にして主義主張を鬩ぎ合わせるのは、古来より受け継がれてきた人間同士の営みです。僕はそれすらも 愛しているのです。愛しておりますから、私を狙撃して肉体を破壊したゲリラ兵を恨もうなどとは思いませんし、復讐 しようなどとは微塵も考えたことがありません。もちろん、つばめさんや他の方々も愛おしく思っておりますよ。だから こそ、その人間の辿々しい文明の歩みを歪める遺産を廃絶しなければならないのです」 「それ、おかしくないですか?」 言っていることは正しいのに、何かがずれている。つばめが身動ぐと、神名は微笑んだ。 「そうお思いになるのは、今だけですよ。さあ、つばめさん。あなたの持つ管理者権限を行使し、ナユタを作動させ、 愚劣で下品で無益な遺産を消滅なさって下さい。ひばりさんの仇討ちにもなりますしねぇ」 それがメインディッシュですよ、と笑った神名に、つばめは震えた。この男も、やはりまともではないのだ。平和を 重んじるがあまり、平和をなすためにはいかなる武力行使も厭わないのだから。けれど、遺産を破壊するなんて、 出来るわけがない。増して、コジロウを消滅させてしまうだなんて。 つばめは赤い痣が付いた肩を押さえながら、淡い光を放つ結晶体を見つめた。ナユタは美しかった。中心の太い 六角柱を包み込むような形で短い六角柱が無数に生えていて、さながら鉱石の花のようだ。その中心にワイヤーで 縛り付けられているコジロウは、童話に出てくる親指姫を思い起こさせる。だが、彼の手足は外され、胴体だけに なっている。胸部装甲に貼り付けてある片翼のステッカーは無事だが、彼はつばめの命令を頑なに守り通していて、 沈黙を貫いていた。俯いたマスクフェイスは翳り、赤いゴーグルは光を失ったままだ。 どうすれば、彼と皆を救える。 12 10/3 |