機動駐在コジロウ




案ずるよりもウォーズが易し



 まずはコジロウを再起動させようと、つばめは口を開けた。
 と、正にその時、つばめは後ろから抱えられた。太く硬い腕の主は武蔵野で、大振りな拳銃を抜いて神名と周防に 銃口を突き付けていた。これは一体何事だ。更なる混乱に襲われたつばめが呆気に取られていると、武蔵野は じりじりと後退してベランダからレストランの中に戻っていき、料理が並ぶテーブルを挟んで二人と対峙する。

「どういうおつもりですか、武蔵野君?」

 やや凄みを帯びた声色で、神名は仕立ての良いスーツの懐から拳銃を抜いた。周防もまた同様だったが、左目 だけでは照準が付けづらいのか、やけに目元を顰めている。武蔵野の肩の上に載せられたつばめは、急に高く なった視点に戸惑いながらも、懸命に状況を確認しようとしていた。
 ウェイター達は厨房に早々に引っ込んで、廊下で待機していたであろう戦闘部隊の隊員達が雪崩れ込んできた。 彼らの銃口は武蔵野に据えられ、自動小銃の安全装置が外される音がする。大海原を望んでいた窓にはいかにも 頑丈そうな合金製のシャッターが下り、完全に封鎖された。新免工業の戦闘員達はつばめには絶対に手を出さない だろうが、武蔵野は別だ。確実に殺される。だが、何のためにこのタイミングで上司に刃向かうのだ。

「ね、ねえ、どういうつもりなの?」

 つばめが武蔵野を問い質すが、武蔵野は短く答えただけだった。

「耳を塞いでいろ」

 銃声、銃声、銃声。最初の一発は神名のゴーグルアイを貫通し、二発目は周防の足を抉り、三発目は戦闘部隊 の真上にあるスプリンクラーを破壊した。耳を塞いでも尚脳天を揺さぶる爆発音に、つばめは顔を歪めた。武蔵野 は三つの薬莢が転がる絨毯を踏み締めて駆け出すと、テーブルを蹴って転がして戦闘部隊の射線を塞ぎ、その上 で消火剤の入ったスプリンクラーを撃ち抜いた。猛烈な勢いで噴出された白煙がレストラン中に立ち込めてくると、 武蔵野は自身の胸ポケットからハンカチを抜いてつばめに渡してきた。鼻と口を塞げ、という意味だろう。
 つばめがその指示に従うと、武蔵野は雑な狙いの射撃を回避しながら厨房へと駆けていった。レジカウンターの 横を通って厨房に飛び込むと従業員達から悲鳴が上がったが、武蔵野が一発威嚇射撃をすると黙った。ウェイター が拳銃を抜いて武蔵野に向けてきたが、武蔵野はそれを意に介さずに厨房を突っ切って走っていった。コース料理 の続きが作られていたらしく、見るからに質の良い食材がまな板の上でカットされ、皿に盛られ、鍋で煮え、オーブン で焼かれていた。けれど、それらの芳しい香りは薬臭い消火剤の匂いで台無しになっていた。
 厨房の奥には裏口と階段があった。従業員が出入りするためのものだ。武蔵野は防火扉を閉めると、その前に 消火器を置き、大きな缶詰の入った段ボール箱を引き摺っていき、防火扉の開閉を妨げた。その作業を終えると、 武蔵野は咳き込みながら息をした。両手が塞がっていたのと、自前のハンカチをつばめに渡したので、息を詰めて いたようだった。武蔵野はつばめを肩から下ろすと、心なしか白くなった短髪とスーツを払った。

「あーあ、やっちまった」

「なんで、あんなことしたの?」

 けふん、と一度咳き込んでから、つばめが再度問い質すと、武蔵野はネクタイを解いてポケットに突っ込んだ。

「気に入らないんだよ。社長のやり方も、考え方も。それだけだ。新免工業とは長いこと付き合ってきたが、時間は 人間を変えちまうもんだ。いつのまにか、俺の思想とは根本的に食い違ってきちまったんだ」

「本当に?」

「ああ本当だ。だから、今は黙って俺に守られておけ。後で逃がしてやるよ」

「そんなの嫌」

「はあ?」

 つばめの反論に、武蔵野は声を裏返した。

「お前なぁ、客観視して状況を見たらどうだ。ナユタがお前にだけは危害を加えないという保証はないんだよ。あの 実験にしたって、適当なもんなんだ。ナユタのエネルギーフィールドに接触させるために色々な物を放り投げただけ であって、御大層なもんじゃない。お前のヘソの緒と……その、なんだ、アレが消滅しなかったのは、ナユタがそれ が管理者権限の持ち主だと認識しただけって可能性もある。認識しただけであって、管理者に対して絶対服従して いるとは限らないしな。アマラがそうだったじゃないか」

「だからって、なんで逃げなきゃならないの? コジロウも先生達もいるのに、見捨てられるわけがないよ!」

「あいつらを助けたところで、俺達に何か利益が生まれるのか?」

 いやに真剣な顔をした武蔵野に、つばめは少々迷った。寺坂と一乗寺は、生かしておくべきなのだろうか。

「コジロウと道子さんはともかく……いやいや、でも、そんな非人道的な……」

「とにかく、俺と一緒に来い。守ってやる」

 武蔵野に手を差し伸べられたが、つばめはその手と武蔵野の顔を見比べた。

「上司が気に食わないから、ってだけでここまでするわけがないよね、普通は。でも、今は四の五の言っている場合 じゃないから、仕方ない。呉越同舟と行こうじゃないの」

 積年の経験が染み付いた兵士の手は大きく武骨で、つばめの手よりも二回りは大きかった。それでも、コジロウの 方が大きく、安心感も桁違いだと思ってしまう辺り、恋心とは現金だ。武蔵野はやたらとぎこちな手付きでつばめの 手を握り締めてから、今度は背中に背負った。その際に邪魔だからと言われてドレスの裾をナイフで引き裂かれて しまい、悲鳴を上げかけたが口を塞がれて黙らされた。やることがいちいち過激な男である。
 従業員用の階段にも追っ手が来ていて、上下から足音が聞こえてきた。つばめを背負った武蔵野は狭い階段を 駆け下りていくと、螺旋状の階段の中心部分に銃撃が放たれた。それらの銃声と足音が近付いてきて、挟み撃ち にされるかと思いきや、武蔵野は階段の中程にあるドアを開けて通路に転がり込んだ。
 倉庫にされている区画らしく、ずらりとドアが並んでいる。程なくして戦闘員達が追い付いてきて階段と廊下を繋ぐ ドアを破ろうとしてきたので、武蔵野は更に走っていった。このまま倉庫の一室にでも隠れてやり過ごすのだろうか、 とつばめが案じていると、武蔵野は倉庫の一つの前で止まり、つばめを下ろした。カードリーダーにキーを滑らせる とドアのロックが解除され、分厚いドアが開いた。そこには、大量の武器が詰め込まれていた。

「うえっ」

 壁に立て掛けられている数十挺の自動小銃、山盛りの弾薬、手榴弾、その他諸々。あまりの物量の多さにつばめ が声を潰すと、武蔵野は薄暗い武器庫に入り、大型のショットガンとマガジンを担いだ。

「この部屋に入っていろ、外に出てくるな」

 つばめを武器庫に押し込め、入れ違いに廊下に出た武蔵野に、つばめは察した。

「もしかして、その銃であの人達を吹っ飛ばすの?」

「対サイボーグ用の徹甲弾だからな、あいつらの防弾装備なんてオモチャみたいなもんだ」

「だ」

「殺すのはダメだ、とでも言いたいのか? だがな、あいつらは、いや……俺達は、お前の母親を殺したんだ」

 どれだけ殺し返しても足りるもんじゃねぇ、と吐き捨て、武蔵野は乱暴にドアを閉めた。直後、一際大きい銃声が 幾度となく鳴り響いてドアをびりびりと震わせた。火薬臭い空間にへたり込んだつばめは、鉄条網に縛られたかの ような緊張感に負けまいと意地を張りながらも、薄々感じ取っていた。武蔵野は、つばめの母親である佐々木ひばり を愛しているのだと。だから彼はひばりを愚弄し、利用し、蹂躙した者達を許せないのだ。
 また一つ、銃声が轟いた。




 退屈と空腹は、底なしの苛立ちを呼ぶ。
 たとえ、真下が海であり、今までにないほどの窮地に陥っていようとも。寺坂は額と胸に空いた傷口からの出血が 止まっていることを確かめ、体液と血液を吸い込んでばりばりに固まった包帯を剥がそうとした。だが、再生させた ばかりの表皮に包帯が硬く貼り付いていて、再生したばかりの薄皮までもが剥がれそうになったので諦めた。死に づらい体であるとはいえ、脳を剥き出しにして動き回るのはさすがに嫌だからだ。
 日が暮れたせいで、潮風が冷たくなってきた。そのせいで、体温維持のために一層体力の消耗が激しくなり、それ に伴って空腹もひどくなってきた。それなりに再生能力があろうとも、肉体を再生させるために必要なエネルギーは 無限ではないからだ。新免工業の戦闘部隊に襲撃されたのは午前中だったので昼食前だったし、買い出した食材 は手付かずのまま放置することになってしまったので、今頃は暑気を燦々と浴びて腐ってしまっただろう。

「俺のプリン……。俺のコーヒー牛乳プリン……」

 寺坂が嘆くと、MP3プレイヤーに電脳体を宿した道子が小さなモニターに文字を羅列した。

『私のアイス……。冷たくて甘くて後味スッキリな、チョコミントのアイス……』

「うん、俺も腹減ったよぉ。カレー喰いたい。ここさぁ、接待悪くない? 普通、捕虜は丁重に扱うもんだよ?」

 一乗寺が不機嫌さを丸出しにしながら起き上がったが、あいてっ、と胸を押さえて背を丸めた。

「レストランの辺りがゴタゴタしているから、今なら適当に食い逃げ出来るんじゃねーの?」

 寺坂が触手を挙げ、白煙が立ち込めているレストランを指すと、道子が文字で答えた。

『うーん、それはちょっと難しいかもしれませんねー。戦闘部隊は武蔵野さんとつばめちゃんを追い掛けていきました けど、全員ってわけじゃないですし、こっちの守りも堅いんですよ。船首とブリッジ側からは常に狙われていますし、 少しでも動けば今度こそ殺されちゃいますね。この船って見た目はセレブ向けの豪華客船ですけど、対空機関銃も 装備してあるみたいですしね。詰んでますねー、私達』

「せめてコジロウが動けばなぁ。そうすれば、ちったぁどうにかなるものを」

 寺坂が舌打ちすると、一乗寺がむくれた。

「そうだよぉ。手足をバラされた程度でダメになる奴じゃないしさぁ。つばめちゃんがぴーぴー泣いたら、あの野郎は 飛び起きるだろうね。大方、つばめちゃんが連中に脅されてコジロウをシャットダウンしたんだろうけど、だからって ずっと寝ている理由なんてなくない? 大体、コジロウって命令違反しまくりじゃんか」

「だなぁ」

『ですねー』

 寺坂と道子に同意され、一乗寺は調子に乗った。

「でっしょでしょー? この際だから言うけど、コジロウってムッツリスケベだよね、ね?」

「ぶははははは、そりゃそうだ、確かにそうだ!」

 寺坂が盛大に笑い出すと、道子も文字を羅列するスピードを速めた。

『言われてみればそうですねー! コジロウ君のデータやメモリーバンクはプロテクトが硬すぎて、アマラを使っても 覗き見出来ないんですけど、そんなもんを見る必要ありませんって! つばめちゃんと一緒に住むようになってから はコジロウ君の日々の業務を目にしているんですけど、何かってとつばめちゃんです、何をしていてもつばめちゃん です、それ以外のことは考えられないんじゃないのかって疑っちゃうぐらいにつばめちゃん主義です!』

「えー、どんな具合に?」

 退屈が紛れてきたので、寺坂が道子に尋ねると、道子はテンションの高い文章で語った。

『先日のことなんですけど、つばめちゃんが量産型のコジロウ君とデートに行きましたよね? で、本体のコジロウ君 が豪速で任務を片付けて爆走して帰ってきましたー、ってお話もしましたよね? その時に何かがあったみたいで、 コジロウ君ってば、つばめちゃんのヘアゴムの色も見咎めるようになったんですよー。それまでは、つばめちゃんが どれだけ可愛い服を着ようが、ツインテールをシュシュで結ぼうが、無関心だったんですけどねー。ああ、その 変化の理由を知りたいけれど、遺産同士の互換性を使ってもそれだけは無理です! ああんっ!』

「他にもあるだろ、な、なー?」

 寺坂が食い付くと、一乗寺も元気を取り戻してきた。

「あの二人って手ぇ繋ぐだけで、そこから先はさっぱりなんだもーん。先生はもう焦れ焦れで、何度後ろからどついて やろうと思ったか解らないんだぞー! リア充は爆発しろっての!」

『あははー、やっぱりそうですよねー? んで、つばめちゃんの方も見所満載なんですよ、これがー! コジロウ君 のことを意識しすぎているから、家の中でコジロウ君に鉢合わせしちゃうと挙動不審になっちゃったりしちゃったりする のです! 更には、コジロウ君に話し掛ける前にはちょっと深呼吸して顔を作ってから、なのです!』

「うあー、いじらしいっ! 青臭ぇ! リア中だもんな、JCだもんなー!」

 身悶えした寺坂が触手をうねらせて床板を叩くと、大きな檻が左右に揺れた。

「どんだけ好きなのよ、あの木偶の坊のことを。一目惚れみたいだったけど、それにしたってさぁー」

 一乗寺は笑いを噛み殺しながら、結晶体の花の如きナユタに縛られているコジロウを指した。

「え、そうなの?」

『そうなんですかー? わお新情報!』

 寺坂と道子に食い下がられ、一乗寺は目を丸めた。

「あれ、知らなかったの? ほら、あの日だよ。つばめちゃんが船島集落に来た日で、ドライブインでさぁ」

『あー、思い出しました、あの時だったんですね! あの戦闘の時のコジロウ君は登場といい活躍といい、ヒーロー っぷりが際立ってましたもんねー! そっかー、あの時からだったんですねー。うふふふふ』

 道子は文字をスクロールさせる速度を更に上げ、テンションの高ぶりを窺わせた。

「だが、その愛しのつばめちゃんは、今や武蔵野のおっさんに連れて行かれちまったわけだが」

 寺坂が真顔を作ると、一乗寺はにんまりした。

「そうそう。武蔵野のおっさん、略してむっさんのストライクゾーンからはつばめちゃんは大外れだろうけどさ、つばめ ちゃんはどうなんだかねー。白馬ならぬパンダカラーの王子様が振り向いてくれないんじゃ、吊り橋効果で現実の男 にグラッと来ちゃったりしちゃったりするんじゃないのー? ファザコンの気があればヤバくない?」

『潔癖な武蔵野さんのことですから、まあ、大丈夫だとは思いますけど』

 道子も同調し、文字列の速度をやや落とした。場の空気で、三人は互いの意図を読み取っていた。つばめを第一 に考えるコジロウに、今、つばめがいかに危うい状況に陥っているかを伝えれば、つばめの命令を無視して再起動 するのではないか、と。だが、コジロウが再起動した様子はなかった。つばめを第一に考えるからこそ、その命令は 厳守しなければならない、と認識しているのかもしれない。だとすれば、他の手段で脱出方法を探るしかない。
 コジロウが再起動してナユタに何らかの作用を与えてくれれば、勝機は見出せた。寺坂の触手が万全であれば、 この檻を掴んでいる人型重機のマニュピレーターを破壊出来ただろうし、道子の電脳体が入ったMP3プレイヤーを 人型重機に押し付けて電脳体を移動させることも出来ただろう。だが、体液と血液と体力を多大に消耗してしまい、 寺坂の触手はあまり伸びなくなっている。リーチはせいぜい二メートル程度だ。当てに出来ない。

「あのさー、さっきからうるさいんだけどー? てか、ガチで屑な人質の分際でダベらないでくれるー?」

 ライトの光条を切り裂きながら、一筋の影が人型重機の頭上に着地した。それは、昆虫じみた細長い手足を持つ 戦闘サイボーグ、鬼無克二だった。自動小銃を無造作にぶらさげて背中を少し曲げた姿勢は、今時の若者らしく、 締まりに欠けている。鬼無は白煙が排出されつつあるレストランと檻を見比べて、つるりとした鏡面加工が施された マスクフェイスを傾けた。夜の海と煌めく波、囚われの三人が映り込む。

「まー、暇なのは俺も変わりないですけどねー。つか、無線封鎖のせいでネットも出来ないしー、動画の一つも再生 出来ないなんてマジ最悪すぎてワロエナイー。速報、俺が退屈ー。あーもう、暇、暇っ」

 鬼無克二は頭を振り、神経質な仕草で人型重機の外装を蹴った。が、不意に顔を上げた。

「あ、そーだ。んじゃ手近なところで暇潰しだぁ、実況してやる、デュフフフ」

 ぐるりと頭を巡らせたサイボーグは即座に電波を絡め取ったのか、満足げな声を漏らした。戦闘員同士の無線は 短波無線を使っているんでしょうね、と道子が文字列で言った。鬼無は悠長に胡座を掻き、肩を揺する。

「あ、見つけた。なんだ、十六ブロックにいたのかー。え、あ、何、武蔵野さんがドンパチしてるけど、それはどうでも いいかもー。てか、俺、あの人苦手だしぃー? わ、在られもない姿。ドレスがビリビリってだけでエロシチュでしょ、 これは。ひどいことする気でしょう、エロ同人みたいに! あらら、しかも泣いちゃって。美少女じゃないけどちょっと そそるかもなー、これ。でも、ツインテじゃないのが減点かなー。巻き毛なんてビッチ臭くてウゼェー」

 鬼無が誰を盗撮しているのかは、考えるまでもなく解った。レストランで起きた荒事の最中に、つばめは武蔵野に 連行されていったからだ。恐らく、反旗を翻した武蔵野がつばめを守って戦っていて、つばめはどこかの部屋に身を 隠しているのだろう。鬼無克二という男とその人格についての情報は一乗寺からある程度得ていたが、虫酸が走る 趣味の悪さだ。寺坂は居たたまれなくなり、唇を曲げた。

「あー、なんだよ。お母さーん、だなんて。クソ展開すぎ。つか、母親なんて人生最大のクソでしょー」

 けたけたと笑いながらつばめの盗撮を実況中継する鬼無に、寺坂が思わず腰を浮かせかけると、一乗寺が寺坂 のベルトを掴んで制してきた。だが、一発殴っておかなければ気が済まない、と寺坂が一乗寺の手を振り払おうと するが、今度は道子も制してきた。今は動かない方がいいですよ、と文字を羅列した。二人揃ってらしくねぇ、と寺坂は 言いかけたが、視界の端に捉えたものを正視して、喉元に迫り上がった言葉を飲み下した。
 ナユタが発光していたからだ。鬼無はそれを気にも留めずに、楽しげにつばめの実況中継を続行している。ドレス の裂け目から見える足がどうの、胸の大きさがどうの、化粧をした女は非処女だから死ね、だのと、下品な言葉を 好き勝手に並べ立てている。ナユタに縛り付けられている太い鎖が飴細工のように伸びていき、千切れていく様は、 彼の怒りの温度を見せつけられているかのようだった。彼が怒りという感情を得ているのであれば、だが。
 直後、ナユタを中心とした半径十メートルに存在する物質が、分子レベルで分解された。





 


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