機動駐在コジロウ




机上のクローン



 目的地まで移動する車中で、妙な光景を目にした。
 道路の至るところでサイボーグが倒れ、動かなくなっている。一人や二人であったらボディの動作不良の範疇で 済むが、その数は十や二十では足りなかった。横断歩道の真ん中で、歩道橋の階段で、踏み切りの中で、ビルの 壁に激突している車の運転席で、サイボーグというサイボーグが機能停止していた。人々はそれを遠巻きに眺め、 異変に怯えていた。救急車を呼ぼうと行政に通報している人間もいたが、似たような状況のサイボーグが大量に いるのだろう、救急車のサイレンがひっきりなしに行き来していた。
 黒塗りのリムジンの窓から見える抜け殻のサイボーグの群れに辟易し、武蔵野は頬を引きつらせた。藤原忠の 偽物は巨体を窮屈そうに背中を丸め、車内に収まっている。武蔵野は後部座席の端に座っていたが、居たたまれなく なってサイボーグ達から目を逸らすと、テーブルを隔てた座席に身を沈めている神名は頬杖を付いた。

「彼らはハルノネットのサイボーグですよ。彼らの生命維持装置に使われている部品の一部に、シュユの生体組織 を培養、加工したものがありましてね。それを用いて、決して交わるはずのない人間と機械を融和させてサイボーグ を完成させたのですよ。言ってしまえば、根です。シュユとクテイの肉体は、こちらの宇宙で言うところのシリコンで 出来ていますが、分子構造が若干違いますから絶縁体ではないのです。サイボーグ化手術を受けた方々の脳内に 神経細胞に成り代わる根を張り巡らし、生身の脳とコンピューターに接続したのですが、開発当初は何人もの被験者 が死亡しました。当たり前ですが、人間の技術だけでは彼らの技術は手に負えませんからね。なので、ハルノネット の方々は弐天逸流に助けを求めたのですよ」

「道理で、異次元から携帯が通じるわけだ」

 都合が良すぎる話には裏があるのが当然だ。武蔵野が呟くと、神名は続けた。

「ですが、ハルノネットは利用したはずの弐天逸流から利用されるようにもなりました」

「技術提供した代わりに布教を手伝え、とでも弐天逸流が迫ってきたのか?」

「おや、崇高な彼らのことをそのような粗野な名称で括っているのですか。……まあ、いいでしょう。ええ、大筋では その通りですよ。ハルノネットのサイボーグはシュユの部品を使い、シュユの管理下でなければ動作出来ない以上 は、どうしても弐天逸流に頼らざるを得ませんからね。携帯電話とインターネットを主流とした通信のシェアはいずれ 埋まってしまいますし、売り上げも落ちてきます。それらを活用しつつも更なる業績を得られる分野を開拓出来たの ですから、そう簡単に弐天逸流とは縁を切れません。ですから、弐天逸流もハルノネットを利用しに掛かってきたの ですよ。サブリミナルとでも言いましょうか、ネットのそこかしこに弐天逸流の教義を紛れ込ませてユーザーの意識に 刷り込んでいったのです。その最たる例が、魔法少女ぱすてるチェリーのネットゲームです」

「……はぁ?」

 突如出てきた異様な単語に武蔵野が面食らうと、藤原が割り込んできた。

「では説明しよう! 魔法少女ぱすてるチェリーというのは、いわゆるタイトル詐欺のアニメで、キャラクターデザイン は子供向けのようでいて、ストーリーは大きなお友達向けのハードSFで敵も味方も死にまくりという、オタクの琴線 をじゃらんじゃらん掻き鳴らすアニメである! ガイノイドの魔法少女に科学で魔法を完全再現した敵幹部に異星人 のマスコットに、とまあやりたい放題だったのだ! だがしかし、その設定の詰め込みぶりと超展開ぶりが二次創作の 標的となった挙げ句にやたらと持ち上げられて受けてしまい、その結果、アニメの放映から五年後にネトゲ化された という次第だ!」

「知らん、そんなもん」

 武蔵野がぞんざいにあしらうと、藤原は首を捻る。

「ぱすてるチェリーの脚本家とムラクモの脚本家は被っているのだがなぁ。筆名は違うが。まあとにかく、一度見て みるといいぞ。監督が弐天逸流の人間もどきなのでな、必然的に弐天逸流の教義がSF設定に偽装されて大量に 練り込まれているのだ! それを踏まえて見ると尚面白い! そのおかげで、弐天逸流は信者の数を増やすことに 成功し、シュユを半覚醒状態にまで引っ張り上げたのだ!」

「日々数十万のユーザーで溢れかえるサーバー内で、ハルノネットの当時の社長はある実験を試みたのです。弐天 逸流が与えてくれた教義と技術を利用し、遺産と通じ合える人間がいるのかどうか、と。その当時、我が社を始めと した企業が遺産を操るための手段は佐々木長光が法外な値段で売り捌いている生体安定剤だけでしたので、それ を買い付けずに済むようになれば大幅なコストカットが望めますし、遺産の能力も今以上に引き出せる、と踏んだの です。ですが、なかなか上手く行くものではありませんでした。第一、遺産の適合者を探そうにも、探すための手段 が限られていたからです。遺産そのものに接触させてみれば一目瞭然なのでしょうが、我らの事情を何も知らない 一般人に稀少な遺産を触れさせるわけにはいきませんし、適合者の選定でさえも一苦労でしたからね。ですから、 ハルノネットの系列会社が製作していたアニメ、魔法少女ぱすてるチェリーに手を加えたのです。アニメの効果音に シュユの固有振動数を変換した音を含ませ、放映したのです」

 そして道子さんが目覚めたのです、と神名が頷いてみせた。武蔵野は疑問に駆られ、言った。

「道子がアマラと合った理由はそれだけなのか? たったそれだけの切っ掛けで、あいつはああなったのか?」

「ええ、そうですよ。ハルノネットは精神的に打ちひしがれた道子さんが受診した精神科医に手を回し、精神安定剤 との名目で生体安定剤を多量に服薬させていたようですけどね。その甲斐あって、道子さんはアマラと通じ合えた だけでなく、電脳体にまで上り詰めることが出来たのですが」

「何の目的で、ハルノネットは道子をいじくり回したんだ」

「それは解り切ったことですよ。最も身近でありながらも最も遠い並列宇宙、ネットワークを支配するために決まって いるではありませんか。通信技術が発達し続けている現代社会に置いては、電脳体である道子さんは神にも等しい 存在です。その彼女を掌握出来てさえいれば、いかなる戦いにも負けることはありませんよ」

「一介の通信会社が、どこの誰と戦うんだよ」

「それこそ解り切っておりますよ。佐々木長光さんですよ。遺産を手にしていても操れないのでは、刃向かうことすら まず不可能ですからね。ですから、あの手この手で同じ土俵に上がろうとしているのです。もっとも、私はその段階 を当の昔に超越しておりますけどね」

 赤信号を灯した交差点に差し掛かると、リムジンの速度が緩み、止まった。神名が交差点の至るところに倒れて いるサイボーグ達を一瞥すると、彼らは前触れもなく再起動し、ぎこちない動作ではあるが立ち上がった。

「ほら、この通り。私の可愛い子供達はクテイの苗床を使って育てたものですから、チャンネルをほんの少し操作して やればシュユの人間もどきにも命令を下せるのです。もっとも、プログラム言語に差異があるので、私の命令の 細かな部分は通じないようですけどね。いずれ、その辺もアップグレードするつもりではおりますが」

 十数分のドライブを終えてリムジンが到着したのは、ハルノネットの本社だった。もちろん、業務は終了していて、 窓明かりはほとんど付いていない。ビルを彩っているホログラフィーも消えていて、夜景を跳ね返すミラーガラスは 夜空へ屹立している箱を冷ややかに包み込んでいた。
 ビルの正面玄関では、警備員として配備されている武装サイボーグが何体も倒れていた。異変が起きたことすら 察知していないのだろう、立ったまま機能停止している者もいる。受付では見栄えのする美人の女性型サイボーグ が沈黙していて、両目を見開いた状態で凍り付いていた。広々とした吹き抜けのあるロビー、近未来的な装飾 が施されているエレベーターホール、各部署に繋がる廊下、など、路上と同じくサイボーグ達が倒れていた。人間の 社員もいないわけではないのだろうが、皆、早々に逃げ出したのだろう。その証拠に、社員の私物やタブレット端末 が廊下に点在している。神名は躊躇いもなくエレベーターホールに入ると、タイミング良く一基が到着した。
 神名に促され、武蔵野と藤原はそのエレベーターに乗った。またも地下に向かっていき、階数表示の番号が徐々 に進み、数十秒を経て地下四階に到着した。外気よりも遙かに冷え込んだ空気が足元から流れ込んで、武蔵野は 思わずコートの襟を立てた。ぴんと張り詰めた内気が宿っている空間はおかしな装飾が施され、さながらゲームの ダンジョンのようになっていた。だが、遺産絡みの争いでコジロウが暴れたせいであちこちが損傷し、破損している コンピューターが一箇所に積み上げられていた。見上げるほど大きなコンピューターの群れを横目に進んでいくと、 最深部では一人の男が待ち構えていた。

「夜分失礼いたします、吉岡君。先日のお話の答えをお持ちいたしました」

 神名が一礼すると、スーツ姿の男は武蔵野を見咎めた。

「この方は、確か」

「ええ、そうです。娘さんのお付きの一人であり、我が社の優秀な戦闘員でもあった、武蔵野巌雄君です」

 神名は武蔵野を紹介してから、こちらはハルノネットの社長である吉岡八五郎君ですよ、と武蔵野に男の素性を 明かしてくれた。ならば、この男こそがりんねの父親なのか。武蔵野は複雑な思いに駆られたが、顔に出さないよう に尽力した。りんねの父親であろうが何だろうが、事と次第によっては銃を向けるだけだ。

「でしたら、私の話を快諾して下さったんですね?」

 吉岡は武蔵野を一瞥してから、表情を緩ませた。銀縁のメガネは、りんねのそれに似ていた。

「武蔵野君はサイボーグの類ではありませんが、抜きん出た実力の持ち主ですからね。一個中隊を貸すことは 少々難しいですが、武蔵野君でしたらお貸しいたしましょう」

「はい?」

 武蔵野が聞き返すと、神名は武蔵野を軽く小突いてから、話を進めた。黙って聞いていろ、ということか。

「ですが、武蔵野君はしばらく前までは我が社の社員ではありましたが、今やつばめさんの個人資産であると言える 人材ですねぇ。よく考えてみなくとも、吉岡君に雇用されてしまったら、武蔵野君は二重契約になってしまいますし、 敵なのか味方なのか解らなくなってしまいます。それに、船島集落は現状でも長光さんの私有地ですから、みだりに 攻撃を仕掛けると恐ろしい額の損害賠償を吹っ掛けられてしまいますよ? それ以前に、吉岡君が立案した作戦は 穴だらけですよ。第一、準備期間がろくにないのに制圧なんて出来ませんよ。一個中隊を動かせる、とは言いました が、動かすとは一言も申し上げておりません。更に言えば、御相手は人智を越えた存在なのですから、通常兵器が 通用すると考えることからして浅はかですよ。今まで誰も手出ししなかった、というか、出来なかった御相手なのです から、そう簡単にやられるとは思いがたいですけどね。路上で横たわっているサイボーグ達を見る限りでは、シュユは 致命傷を負ったようなので私としては手間が省けて何よりなのですが」

「私はあの連中を倒さなければならないんです。私は、それをやるために生きてきたんですよ」

 吉岡は理性的な態度を保とうとしていたが、腹の底から沸き上がる歓喜が口角を上向かせていた。

「私の両親は、非常識と不条理の固まりなんです。母は言うまでもなく、父もまた正気ではありません。そんな父に 縋り付いているあの虫女も、兄の子も、皆が皆、まともではないんですよ。ですから、私だけはこうして正気を保ち、 至極真っ当な方法で事を片付けようとしているんですよ。神名さんはそれをお解り頂けると思ったのですが、あなたも 遺産に魅入られた人間の一人に過ぎませんでしたか。シュユがやられたせいでハルノネットのサイボーグは全滅 してしまいましたが、新免工業のサイボーグは無事ですよね。ですから、彼らをお貸し下さい。フカセツテンがこちら の世界に戻ってくる前に、戻るべき場所を潰してしまいますから」

「彼らは私の子供達ですよ。私の愛なくして、呼吸をすることすらままなりません。それを、自社製品のサイボーグも 管理しきれない吉岡君に預けることは出来ません。小児性愛者に愛娘の子守を任せるようなものです。こんな場所 に引き籠もっている暇があるのでしたら、外に出て自社製品のユーザーのサポートに回ったらいかがです? 少しは 役に立てますよ。どうせ、彼らの命は助かりませんけどね」

「どうせ、何度死んでも作り直せるものではないですか。あなたが作っていた人間もどきは」

「吉岡君も、そう思っておられるのでしょう? だから、りんねさんを複製させて父親に弄ばせていたのですよね?  私も人のことは言えませんけど、それだけ嫌っている相手に従うなんてどうかしていますよ。人間に生まれなかった 長孝さんに対してコンプレックスを抱くのも、長光さんが吉岡君に真っ当な愛情を注いでくれなかった不満を歪曲 させてしまうのも、その延長で文香さんに物を与えるだけ与えたくせに構わずに放っておくのも、全て吉岡君の勝手 ですよ。その勝手を私達に押し付けないで下さいませんか? 私はあなたの欲望なんて、叶えたくありません」

「今まで、私達は上手くやってきたではありませんか」

「上手く? 何をどう、上手くやってきたのですか? そもそも、私達は共闘関係ではありません。遺産を巡って財力 と策謀をぶつけ合い、互いをいかに消耗させるかと画策しながら拮抗してきたではありませんか。それなのに、何を 急に女々しいことを仰いますか。屈折した両親の愛情に飢えていた子供時代を引き摺るにしても、どうして文香さん に甘えておやりにならなかったのですか。文香さんも哀れな女性ですよ、あなたが文香さんに目を掛けてやらない から、文香さんはあなたの気を惹くためにりんねさんを利用しようとしているではありませんか。そうでもなければ、 あんなに派手な作戦は行いませんよ。それなのに、あなたと来たら、奥様と娘さんの顔を見もしないで……」

 余程呆れているのか、神名は首を横に振った。吉岡は言葉に詰まりかけたが、言い返す。

「襲撃作戦のために手を回していたから、現場に出向く時間が取れなかったんですよ」

「それはどうですかねぇ。私の注意を引き付けておいて、無線封鎖した空間に閉じ込めるのが狙いなのでしょう?  そして、私の脳を吹っ飛ばしてナユタの破片を回収し、私の子供達を支配下に置く、と。警備員の武装サイボーグ は製造元が違いますし、遺産のテクノロジーを使わずにサイボーグ化した人間も多々おりますからね。それぐらいの 区別が付けられなくて、サイボーグなど売り捌けはしませんよ。ですが、勝ち目はありませんよ?」

 神名が己の側頭部を小突くと、前触れもなく防火扉が作動して自動ドアを塞いだ。更に隔壁も下り、エレベーター とサーバールームを隔絶した。武蔵野は若干動揺したが、ホルスターに手を滑り込ませて拳銃を握り締める。吉岡 は短く悲鳴を漏らして身動ぎ、慌てている。ハルノネットのサーバーにもシュユの部品を使用していたのだろう、そう でもなければ神名の能力は及ばない。

「半殺しにするのは、もう少し後でもよろしいですよ」

 神名は武蔵野を制してから、吉岡に歩み寄る。

「凡庸であることがそれほど屈辱ですか? 退屈ですか? 無益ですか? ええ、解ります、解りますけど、だからと いってあなたの言うことを鵜呑みにするわけがありませんよ」

 身長の高い神名に迫られ、吉岡は壁まで後退し、背を当てる。

「ビジネスですからね」

「私を殺したところで、何も」

 苦し紛れに吉岡は喚くが、神名は吉岡の襟首を掴んで持ち上げ、足を浮かせる。

「何も生まれない、何も終わらない、何も出来ない、何も始まらない、何も解決しない、とでも仰りたいのでしょうが、 そういうのは退屈なので止めて下さい。私があなたから知りたいことはただ一つ、桑原れんげのデータやプログラム を保存してあるサーバールームの住所です。私はアソウギは持っておりませんから、あなたの脳をかち割って中身 を啜り上げても情報は読み取れませんしね。言ってしまえば、吉岡君にその他の価値はないんです。あなたは自分 にどれほどの価値があるのかと思い上がっているようですが、吉岡君はハルノネットを一から起こしたわけでもない ですし、奥様は飼い殺しにされているから吉岡君に執着しているだけですし、御両親だって御兄様だって、吉岡君が 何を画策しようとも気にも留めておりませんよ。どうしても関わってほしければ、御自身で遺産を扱えるように命でも なんでも掛ければよろしいのです。それが出来ないのであれば、つまらない人間に成り下がることですね」

 神名は吉岡の襟首を離して床に落とすと、後ろ手に手信号で合図を送ってきた。今のうちに殺せ、と。武蔵野 が行動するよりも早く、藤原が右腕の外装を開いて熱線銃を出し、一筋の光線を放った。空間を貫いた閃光は呆気 なく吉岡を抉り、焼いた。蛋白質の焼ける匂いがじわりと漂い、冷気に混じる。焼き付けられた胸部の傷口からは ほとんど出血しなかったが、吉岡は目の焦点を失い、壁からずるりと滑り落ちる。すると、吉岡の傷口と同じ位置に 丸い焼け焦げが出来ていて、壁の塗装が変色していた。

「まだ喋れますでしょう? 桑原れんげさんの居場所を、お教え下さい」

 神名は胸部に穴が空いた吉岡に迫り、問うた。吉岡は懸命に抗おうとするが、神名は再度問うた。

「お教え下さい」

 吐息を吐き出しているだけの掠れた声が、途切れ途切れの言葉を成した。関東近郊の住所を告げたが、吉岡の 唇は動きを止め、不規則に手足を痙攣させた。肺に残っていた空気を残らず吐き出した後、吉岡の四肢はだらりと 弛緩して首が垂れた。事切れたのだ。

「さあ、愛して差し上げましょう」

 神名は吉岡の死体にマスクフェイスを寄せると、細長い指で男の顔を柔らかく包み込む。

「私があなたを愛すれば、あなたは私を愛さずにはいられなくなります。私が子供達を愛せば、子供達は私からの 愛を得ようと忠実になります。私が誰かを愛さなければ、誰もが愛し合えないようにしてしまいましょう。弐天逸流が 潰えてシュユが屈した今こそ、私の子供達を野に放ち、私の子供達の元となる人々を手に入れる絶好の機会なの です。そして、私の温室で無垢な命を芽吹かせ、私の愛を注いで育て上げるのです」

 愛、愛、愛。つまり、神名の欲する愛の形とは求められることなのだ。ナユタを通じて人間もどき達にエネルギーを 与えなければ人間もどき達は長らえられないから、必然的に神名を肯定し、崇拝し、欲するようになる。あの温室を 手に入れる以前に、鬼無の母親を始めとした女性達に手を出しては距離を置いたのも、女性達に追い縋られたい がためだ。求められることは自分を肯定されることでもあり、認められることでもある。
 武蔵野にも、解らない感覚ではない。ひばりから頼りにされた時、武蔵野はそれまでの暗澹とした人生が許された かのような気分になった。他愛もない話を、強いね、凄いね、と褒められたら、万能感に浸れた。つばめに雇われて からも、つばめに頼られるのは嬉しかった。佐々木長孝がいないのをいいことに、つばめの父親代わりになれた気 になっていた。ひばりに愛されることは不可能だから、つばめからも愛されないだろうから、せめて自分自身を肯定 出来る材料が欲しかった。だから、神名の欲望の一端は共感出来るが、それだけである。許されることではないし、 武蔵野自身が許せない。神名が悪用している道具も、弄ばれる命も、在るべき姿に戻してやらなければ。
 武蔵野はコートを脱ぎ捨てた。





 


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