機動駐在コジロウ




机上のクローン



 体に染み付いた動作を行うために、意識する必要はなかった。
 視界を塞ぐコートを藤原が振り払う一瞬の隙にホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外してすぐさまチェンバー をスライドさせて初弾を装填する。藤原の巨体が捻れ、鉄塊の右腕が武蔵野に振り下ろされる。後方に軽く跳ねて 直撃を回避してから、藤原が顔を上げる前に引き金を絞った。腹に響く炸裂音が凍えた空気を砕き、大柄な戦闘 サイボーグの関節に弾丸が埋まる。右腕の肩関節を押さえて身動いだ藤原目掛け、ベストから取り出した手榴弾 のピンを抜いて投げ捨てる。かこん、と頭部のアンテナの隙間に挟まった手榴弾を抜こうとするが、藤原の左腕が 楕円形の爆弾を掴んだ瞬間に炸裂した。
 骨の髄まで揺さぶる衝撃波と爆風をやり過ごしてから、武蔵野は敵の様子を確かめた。新免工業製の積層装甲 の性能はさすがで、藤原の頭部は多少ひしゃげていたが破損してはいなかった。レトロささえある丸いレンズ型の 視覚センサーは粉々で、露出した部品からヒューズが飛んでいる。外見さえ見れば、藤原は無事だった。だが、彼は 微動だにせず、バランスを失って床に突っ込んだ。サイボーグを倒すのは簡単だ、脳をシェイクすればいい。

「古い手を使いますねぇ」

 神名は吉岡の死体を横たえてから立ち上がり、武蔵野に向き直った。武蔵野は、新たな手榴弾を取り出す。

「伊達に生き延びちゃいねぇさ」

「なぜ、武蔵野君は戦うのですか?」

「三流の悪役のセリフ回しだな。そんなことを言った時点で、あんたの価値は下の下に下がっちまったよ」

 武蔵野は手榴弾のピンを引き抜くタイミングを窺いながら、神名との距離を測る。

「そうですか。ですが、私は武蔵野君が面白くて面白くてたまらないのです。愛した女と同じ姿の生き人形が目の前 に現れたというのに、押し倒して貫きもせずに撃ち殺してしまうのですから。たまには御自身の欲望に正直になっても よろしいと思いますがねぇ。それとも、御自身の右手の方が女性よりも具合がよろしいとでも?」

 神名の下品な言い回しに、武蔵野は喉の奥で笑いを漏らした。

「かもしれねぇな。俺は女の扱いが下手すぎる」

「それでこそ武蔵野君ですよ。だからこそ、私はあなたを愛に浸してやりたいと思って止まないのです」

「社長は男でもイケる口なのか?」

「時と場合に寄りますよ。私が愛おしいと思ったならば、性別など関係ありません」

「俺は大いに関係あるな!」

 そう叫ぶや否や、武蔵野は手榴弾のピンを歯で引き抜いて放り投げる。神名は長い腕で的確に手榴弾を払うと、 サーバールームに飛んでいき、四秒後に爆音が轟いた。余韻で蛍光灯が点滅し、酸素を多量に消耗した末に発生 した硝煙の匂いが一層濃くなる。神名と武蔵野の影もまた、薄い煙を含んでぼやける。

「愛し、愛され、愛し合う。それは知的生命体にのみ許された美酒であり、麻薬です。自意識の高さ故に孤独を嫌う ようになった人類が行き着いた果てが、この過剰なまでにネットワークが発達した世界です。昔々のサイバーパンク SFで描かれていた科学技術のほとんどは現実に再現されておりますし、SNSを始めとした交流のシステムは日々 進化を続けております。それはなぜか」

 神名の淀みない言葉に、武蔵野は荒く言い返す。

「退屈だからだよ」

「ええ、そうです、そうですとも。余暇がなければ、愛は生まれるものではありません。衣食住足りて礼節を知る、とは よく言ったものですよ。人並みの清潔で安定した生活がなければ、他人に気を配る余裕などありませんからね。 ですから、現代社会は実に便利になりすぎてしまったのですよ。だから、生活に追われることも少なくなった人々は 退屈凌ぎに他人と交流を図るのです。ですが、ゲームや娯楽や話題を媒体にした繋がりは薄っぺらく、吹けば飛ぶ ような脆い関係ばかりなのです。だから、私は皆さんに噎せ返るような愛を与えてやるのです」

「弐天逸流の真似事か」

「新興宗教などとは一緒にしないでくれますかぁっ!?」

 突如、神名は腕を翻す。仕立ての良いスーツの袖が内側から破け、銀色の刃が放たれる。武蔵野は神名の動作 から攻撃を予測して腰を下げ、体の軸をずらして射線から逃れると、細いナイフが自動ドアに突き刺さった。

「仕込み武器とは、またハイソなものを」

 武蔵野が元上司の装備を一瞥すると、神名はスーツの袖口を押さえた。

「ですからね、武蔵野君。愛し合いましょうよ。そうすれば、あなたの慢性的な愛情欠乏は補われますよ? あなた の家庭環境は当の昔に調べておりますし、あなたの御両親が子供を大事に扱わない人間であったことも把握して おりますし、あなたに恋人と呼べるような親しい間柄の女性がいなかったことも知っております。女性を自分の部屋 に連れ込んで情愛を交わした経験がないことも、性欲は金を払って解消していたことも、何もかも」

 そうだ。だから、ひばりを欲して止まなかったのだ。武蔵野はまた別の手榴弾を探りながら、動揺を殺した。

「ああ、なんて哀れな武蔵野君でしょうか。命懸けで愛した女性は夫の子を孕んでいたばかりか、夫の元に戻って 逢瀬を交わす様を見せつけられたのですから。長孝さんと御自分の立場をすり替えた妄想で、何度果てましたか?  覚えがないとは言わせませんよ、武蔵野君?」

 しゃりん、と神名の両腕から長いナイフが飛び出し、蛍光灯の光を撥ねて青白く輝く。

「つばめさんがあなたの種で出来た子供であったならと、ひばりさんと手に手を取って逃避行をしたいと、長孝さん を亡き者にしてひばりさんを娶ってしまいたいと、つばめさんが成長してひばりさんに似てきたら、自分の伴侶にして しまおうと、考えなかったはずがないでしょう! ねえぇ、武蔵野君!」

 社交ダンスのステップを踏むように、神名は長身をしならせて刃を振るう。武蔵野は文句を喉の奥で殺しながら、 サーバーの間に滑り込んで態勢を整える。神名はサーバーの隙間に身を潜めた武蔵野と対峙すると、右腕の刃 を収納してから、左腕の刃を解き放って突き出した。武蔵野の銃口と、神名の切っ先が拮抗する。

「考えたからって、何もかも実行に移すわけがないだろうが。妄想だけで止めておくのが普通なんだよ」

 詰めていた呼吸を整え、武蔵野は引き金を絞る。だが、神名は避けようともせずに頭部に弾丸を浴びた。額の位置に 貼り付いていた潰れた鉛玉を払ってから、神名は首を傾げる。

「それでも男ですか、あなた。惚れた女の鞘に己の剣をねじ込めないで、何が人生でしょうか」

「俺の行動理念が、あんたと同じだとは思わないでくれ」

 二発目。効かない。

「私の行動理念が、あなたと違うとは思えませんけどね」

 三発目。効かない。

「誰からも愛されず、誰を愛しても返されず、ひばりさん以外の誰かを愛そうともしない、武蔵野君を突き動かすもの が知りたいのです。性欲でもなければ物欲でもなければ食欲でもなければ、一体何なのですか? 人間、見返りを なくして働けないですからね。無償の愛や善意などというものは幻想です、綺麗事に心血を注いでいる自分の姿を 他人に評価してもらいたいから、善人の皮を被るのです。そういう武蔵野君は、何の皮を被っておりますか?」

「そんなもん」

 四発、五発、六発。やはり効かない、ならば。

「ズル剥けだ!」

 ベルトから抜いたナイフを下手に投擲し、神名の顎の下を狙う。腕のナイフで弾かれるのは想定済みだ、相手の 動作の方が早いに決まっているからだ。武蔵野のナイフは床に突き刺さり、びぃんと震える。神名は左腕のナイフを 振り上げて武蔵野に迫るが、武蔵野はサーバーボックスの横道に入った。神名も横道に入ってきたが、ベストの脇 から抜いたミニウージーを乱射して仰け反らせた。すると、神名の腕のナイフがサーバーボックスに刺さる。
 狭い場所で使うことは想定せずに装備したらしく、配線と基盤が複雑に絡み合っている箱から刃を引き抜こうと しても、上手くいかないようだった。その隙に、武蔵野はサーバーボックスの列の前方に回ると、壁際の箱の足元に ピンを抜いた手榴弾を転がした。距離を置いてから四秒後に爆発し、機械の詰まった箱は傾いて隣り合った箱を倒し、 倒し、倒し、その間で藻掻いていた神名ごと倒れていった。ドミノ倒しの要領である。

「……安いハリウッド映画みたいですねぇ」

 サーバーボックスに挟まれてもまだ余力があるのか、神名がぼやいた。

「安っぽいのが現実なんだよ」

 武蔵野はミニウージーのマガジンを交換してから、サーバーボックスに挟まっている神名の前に回った。いかに サイボーグの腕力といえども、積み重なった機械の箱を持ち上げるのは難しいようだ。倒れてくる箱を受け止めよう として失敗したのか、右腕の肘から先は無惨にも折れている。細身の見た目通りのデリケートなセッティングだった のだろう、破損した関節と配線が露出して火花が散り、人工体液が垂れている。

「本当に、私に愛されなくてもよろしいのですか?」

「真っ平御免だ」

 ミニウージーの照準を合わせ、引き金を絞り切る。だだだだだだだだっ、と一息に吐き出された弾丸の雨が神名の 頭部を揺さぶり、無数の弾痕を刻んだ。それでも尚積層装甲の頭部は抉れなかったが、神名のマスクが外れて でろりと人工体液が流れ出してきた。渋く鋭い硝煙の煙に紛れて感じ取れた、神名の体液の匂いは、あの温室で ひばりの偽物を殺した時に感じたものと同じだった。

「どいつもこいつも、人間じゃないのか」

 恐らく、鬼無に殺された時に完全に死亡していたのだろう。その後、神名の本体の意識を宿した偽物が生まれ、 神名本人に成り代わって新免工業を運営していたのだ。神名は、自分が人間でなくなっていたことに気付いていた のだろうか。きっと気付いていたのだろう。そうでもなければ、ここまで愛を求めないし、そもそも遺産と通じ合える わけがない。武蔵野はナイフを使って神名の頭部を外し、ブレインケースを開け、熟れすぎて崩れつつある果実の ような腐臭を放つ脳から、ナユタの破片を取り出した。これで、つばめを危ぶませる輩は一人減った。
 ナユタの破片を出来る限り拭ってからポケットに収めると、がこん、と隔壁が動いた。何事かと武蔵野が本能的に 拳銃を構えると、隔壁が上がりきって自動ドアが開いた。エレベーターの前には、黒を基調としたゴシックロリータの 衣装を身に纏った少女が立っていた。ビスクドールを思わせる、透き通るような白い肌に巻き毛の金髪、大きな瞳に 艶やかな唇。だが、常人ではないと一目で解った。少女の背中からは、何本ものケーブルが生えていたからだ。

「武蔵野さーん、御無事ですか?」

 声色こそ違うが、その口調で誰が宿っているのかを察した。

「道子か?」

 警戒心を緩めた武蔵野が銃口を下ろすと、少女型アンドロイドに意識を宿している道子は手招きした。

「ええ、まあ。とにかく外に出てきて下さいよ。手当たり次第にいじくってきたので、このビルは小一時間もしないうち に吹っ飛んじゃうんですから」

「お前は何を仕掛けてきたんだ」

 武蔵野が若干呆れながらサーバールームから出ると、道子はしれっと言った。

「うちの社長が密輸して隠し持っていた爆薬とその他諸々ですよ。船島集落を攻撃しよう、っていう作戦は、至って 本気だったってことです。まあ、実行されたら後片付けが大変なので、神名さんと潰し合ってくれて大いに助かって しまいました。うちのはともかくとして、武蔵野さんとこの社長さんは現場主義だったんですね」

「割とな」

 連れ立ってエレベーターに乗り込んで、階数ボタンを押すと、数十秒で一階に到着した。道子に促されるがままに ハルノネット本社から脱し、都市のエアポケットのような暗がりに身を潜めた頃、濁った花火のような炸裂音が何度 も起きた。遺産絡みの争いに関わる情報を保存しているデータベースを主に破壊したのだろう。
 夜気で冷え切った壁に寄り掛かり、武蔵野は嘆息した。これで遺産争いの一角は潰せたことになるが、つばめに 合わせる顔はない。結局のところ、武蔵野に出来ることと言えば殺しだけなのだ。なんだかんだで子供らしい優しさ を持っているつばめには、近付いてはいけない。武蔵野がいなくなっても、コジロウがつばめを守ってくれる。本当 の父親である佐々木長孝も、いずれつばめに会いに行くだろう。そうなったら、武蔵野が収まるべき場所はない。 夏から初秋に掛けての短期間だったが、合掌造りの家で一緒に暮らしたのは、良い思い出だ。その優しい思い出 さえあれば、今までの寂しさも、これからの空しさも振り払える気がする。

「つまらない意地を張らずに、つばめちゃんのところに帰ってきて下さいよ」

 道子に裾を掴まれ、武蔵野はぎくりとした。本心を見透かされていたのか。

「だがな、道子。俺はお前らみたいな遺産の産物でもないし、コジロウに比べれば弱いし、色々と負い目が」

「私達のマスターは、そんなことを気にするほどデリケートじゃないですよ。武蔵野さんが素人童貞でひばりさんの 綺麗な思い出をズリネタに出来ないような純情クソ野郎であると知ったところで、出迎えてくれますって」

「女がそんな言葉を使うなよ」

「とにかく、船島集落に帰ってきて下さいね。でないと、とっておきのディナーを御馳走しちゃいますよ?」

「それだけは勘弁してくれ。あんなもの、二度と喰いたくない。もう一度喰えと言われたら、俺は鉛玉を喰う」

「素直で結構です、ふふふ。じゃ、約束ですね。詰まるところ、武蔵野さんの行動理念って何だったんですか?」

「俺と社長の与太話を聞いていたのか」

「そりゃまあ電子の妖精ですから、大抵のことは出来ますよ。で、何ですか?」

「言えるか、そんなこと」

 じゃ、帰ってきて下さいね、と再度念を押し、道子は動きを止めた。電脳体を退けたのだろう、少女型アンドロイド は四肢を脱力させてその場にへたり込んだので、武蔵野は見た目の割に重たいボディを引き摺って壁際に置き、 その場から離れた。一度自宅マンションに戻ろうか、と考えたが、新免工業の新宿支社ビルから火の手が上がって いるのが窺えた。道子が手を回してきたのか、それとも神名が自身のバイタルサインが消えると同時に発火する装置 をセットしていたのか。どちらにせよ、これでまた一つ、遺産争いの証拠は灰燼に帰す。
 何台もの消防車がサイレンを鳴らしながら幹線道路を通り、消火活動に特化した装備を持つ多脚ロボットが後を 追っていった。この分では、武蔵野の自宅マンションに警察が雪崩れ込んでくるのは時間の問題だ。僅かばかりの プライベートを蹂躙されるのは嫌だが、つばめに会えなくなるのは、それ以上に嫌だと思った。道子の言った通り、 つまらない意地は捨てた方が余程楽だ。
 今の武蔵野を突き動かすものは、至って単純だ。つばめにひばりの墓に案内してやると言ったきり、連れていって やれず終いだった。だから、せめて他愛もない約束だけは守らなければ。鬼無との約束も守れなかったのだから、 それぐらいは果たさなければ、死んでも死にきれない。どうせ何も残せない人生なのだ、愛した女の娘に思い出を 残してやっても、罰は当たらないだろう。壁から背を外し、武蔵野は闇に紛れて歩き出した。
 帰るべき場所はないが、向かうべき場所があるのは幸福だ。




 一方、その頃。
 武蔵野の後方支援とハルノネットの大掃除を終えてから、道子は女性型アンドロイドに意識を戻した。といっても、 道子の意識は通常のインターネットの中に複数存在しているため、意識のチャンネルを切り替えた、と言った方が 正しい。メインと複数のサブ、更にそのサブ、そして全てのバックアップ、と、作れるだけ作っておいた。異次元宇宙 の演算装置との接続が切れているので情報処理能力は大いに低下したが、まだまだ自由は利く。
 武蔵野の現状を報告するべきだと判断し、道子は主を見やったが、ベッドに潜り込んだつばめは熟睡していた。 髪を乾かしている余裕もないほど眠かったのだろう、生乾きの髪が枕カバーに貼り付いている。この分では、明日 の朝は大仕事だ。ヘアアイロンが調達出来るような店があったかな、と道子は考えると同時にインターネットで検索 を始めると、ドアの前に立っているコジロウが振り向いた。

「大丈夫ですよ。このホテルの近辺の監視カメラを全部探ってみましたけど、監視は最低限で戦闘員は配備されて いません。吉岡グループの手の者も少しはいますけど、何か仕掛けてくる気配もありません」

 道子はつばめの髪の水気を取ってやろうと、洗面所からバスタオルを一枚持ってきて、つばめの頭を持ち上げて 髪を包んでやった。こうしてあげれば、翌朝の寝癖はひどいことになるかもしれないが、寝冷えせずに済むはずだ。 布団を掛け直してやると、つばめは小さな声を漏らしたが起きる気配はなかった。無理もない。ここしばらくで、物事 が激変してしまったのだから、心身が疲れ果てるのは当然だ。
 東京から船島集落に戻るためにつばめが選んだ手段は、公共交通機関だった。道子がハルノネットの社員だった 時代に貯め込んでいた給料を路銀にして、鉄道とバスを乗り継いでいったが、途中で日が暮れたので一泊する ことに決めたのである。だが、車両であるコジロウは普通の宿には入れないので、モーテルを見つけた。検索して 探し出したはいいが駅からは遠かったので、到着した頃には深夜になっており、つばめは道中のコンビニで買った 夕食を食べ終えて風呂に入ったらすぐに寝入ってしまった。その間に、道子は武蔵野と接触したというわけだ。

「設楽女史。質問の許可を」

「はい、どうぞどうぞ」

「設楽女史を経由し、本官も情報収集と状況把握に努めていた。神名代表取締役は不特定多数の執着を得ようと 画策していたと判断するが、その執着に意味が見出せない」

「人間に戻りたかったんじゃないですか、あの人」

 私だってそうですよ、と呟いてから、道子はコジロウに笑いかけた。特定の人物から感情を注がれれば、擬人化 されて扱われれば、古道具ですらも人格を持った存在に昇格するのだから、遺産の産物も人間になれる可能性が なきにしもあらずだからだ。だが、神名は当の昔に人間ではなくなっていた。それ故に、人間に戻るための手段が目的 へと入れ替わってしまった結果、愛への妄執に取り憑かれてしまったのだ。
 複製体も人間もどきも、ただの偽物だ。遺産の産物は道具が造り上げた道具であり、そこから先はない。それを 最も良く理解しているのはコジロウだ。情緒的な主観を廃絶してしまえば、主人に、人間に近付きたいと思わないで 済むからだ。狭い机の上の小瓶の中に生まれたホムンクルスは、小瓶の外へは出られないのだから、憧れた分だけ 苦しみが深まるだけだ。道子はかつて人間であったからこそ、その隔たりの深さがよく解る。
 人間と道具は寄り添えるが、決して相容れるものではない。





 


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