機動駐在コジロウ




可愛い子にはタブーをさせよ



 実に長い夕食だった。
 ディナーが始まったのは午後七時過ぎだったが、終わったのは午後十時を回った頃だった。その間、設楽道子は 吉岡一家が貸し切りにしたフレンチレストランの個室の前で待機していた。三時間以上も突っ立っていたことになる が、そこはフルサイボーグなので肉体的な疲労は感じないし、早々に節電モードに切り替えておいたのでバッテリー の浪費も少なく済んでいた。退屈凌ぎにインターネットにアクセスして動画やSNSを見ていたが、ネットサーフィン にも飽きてきた頃合いにようやく会食がお開きになった。
 吉岡一家が長々とディナーを楽しんでいた個室のドアをウェイターがうやうやしく開けると、恰幅の良い中年の男が 最初に出てきた。仕立ての良いスーツの下腹部は大きく膨らみ、生え際が少々後退しつつある髪が後頭部へと 撫で付けてある。顔立ちは濃いが決して悪印象はなく、経済界を渡り歩いてきた貫禄があった。この男こそが、吉岡 グループの総元締めである吉岡八五郎だ。
 続いて現れたのは、シルクのとろけるような艶を際立たせるデザインのディナードレスで肢体を包み込んだ妙齢の 女性で、ワインの酔いでかすかに上気した首筋が匂い立つような色香を醸し出していた。彼女こそが吉岡りんねの 母親であり、吉岡グループの大株主でもある、吉岡文香だ。一人娘の容貌に勝るとも劣らぬ美貌の持ち主であり、 年齢を重ねても尚、衰えを知らないどころか円熟味を増している。
 最後に個室から出てきたのは、ゴシックな雰囲気の黒のドレスに身を包んだ吉岡りんねだった。普段は真っ直ぐ 垂らしている黒髪はふんわりと結われて後頭部にまとめられ、薄化粧をも施されている。控えめなフリルとレースが 付いたドレスの裾が柔らかく揺れ、ローヒールのパンプスが分厚い絨毯に埋もれた。

「いつも娘が世話になっているね、道子さん」

 吉岡は道子に近付き、人好きのする笑顔を見せた。

「いえいえ、こちらこそ御嬢様の元でお仕事をさせて頂けるなんて光栄ですぅーん」

 道子が笑顔を返すと、文香はウェイターが差し出してきた毛皮のストールで肩を覆った。

「あまり結果を急がなくてもよろしくてよ。私達には、お金も時間もあるのだから」

「承知しておりますぅーん、奥様、旦那様ぁーん」

 道子がメイド服の裾を持ち上げて一礼すると、吉岡夫妻は娘を頼むと言い残して立ち去った。二人の姿が見えなく なるまで道子は頭を下げていたが、その気配が遠ざかるとメイド服の裾を離した。りんねがエナメルのハンドバッグ を差し出してきたので、道子はそれを受け取ると、りんねの一歩後に続いて歩き出した。

「御嬢様ぁーん、御両親との御食事はいかがでしたかぁーん?」

「鴨のローストの味が落ちていました。クレームブリュレの焼き色も今一つでした」

「それはそれはぁーん」

「ですが、コンソメスープの香りと真鯛のソテーの焼き加減は向上していましたので、フルコースの全体的な完成度 は保たれています」

「それはそれはぁーん」

「御母様からクラスメイトのお話を伺いました。その居場所についても、クラスメイトの御母様が御母様にお伝えして くれていたものを耳に入れました。何やら厄介なことに巻き込まれていらっしゃるようです」

「それはそれはぁーん、よろしゅうございましたねぇーん」

 道子が同じ言葉を繰り返すと、りんねは一度振り向いた。

「皆さんから、何か連絡はありましたか?」

「定期連絡に寄ればぁーん、高守さんの作戦が失敗したそうですぅーん」

「そうですか。それは残念ですね」

 言葉の割には冷淡な反応を返し、りんねはまた歩き出した。ゴシックなドレスに合わせるにしては地味な水晶玉の ネックレスが細い鎖骨の間で揺れ、間接照明の光を撥ねる。

「参りましょう、道子さん」

「はぁーいん。御屋敷にお戻りになられるんですねぇーん?」

「いえ、今夜は直帰いたしません。少し、寄りたいところがあるので」

 行き先は車に入ってからお伝えいたします、と言い残し、りんねは歩調を速めた。お堅い性分のりんねが夜遊びとは 珍しい、とは思ったが口には出さず、道子は駐車場に向かった。吉岡夫妻が乗ってきたリムジンは既に発車して おり、優雅な車体は影も形もなかった。道子は小走りに駐車場を通り抜け、運転手共々主の帰りを待ち侘びていた 銀色のベンツCLKクラスの後部座席のドアを開けた。りんねは後部座席に乗り込み、シートベルトを締めた。道子も 反対側のドアを開けて乗り込み、座り心地の良いシートに身を沈め、シートベルトを締めた。

「それでぇーん、御嬢様ぁーん。どちらまで車をお出しすればよろしいのですかぁーん?」

 道子がハンドバッグを渡しながら尋ねると、りんねはハンドバッグから携帯電話を出し、操作した。

「京浜工業地帯の天王山工場までお願いいたします」

「あらまぁーん。そこって確かぁーん、自動車のフレーム組み立て工場だったけど色々あって倒産してぇーん、格安で 買い叩かれてろくでもないことに使われているところですよねぇーん?」

 りんねらしからぬ行き先に道子が目を丸めると、りんねは運転手を促した。

「ええ、その通りです。発車して頂けますか」

 その指示に従い、メルセデス・ベンツは滑るように発進した。フレンチレストランの従業員に見送られながら道路に 出た高級車は、静かな排気音と品の良いエンジン音を響かせながら、赤いテールランプが幾重にも連なる車列に 紛れ込んだ。誰も彼もが帰路を急ぐわりには進みが遅い幹線道路を脱し、京浜工業地帯に繋がる道路に入ると、 いくらか車の台数が減って進みやすくなった。りんねは終始無言で、眩い夜景を見つめていた。
 久し振りに家族に会ったというのに、反応が薄すぎやしないか。道子はりんねの整った横顔を見つめながら、ふと そんなことを考えた。だが、考えるだけである。意見する意味も必要もないので、音声として変換する作業すらせず に脳の内に収めた。道子もそうだが、一味の部下は全てりんねの道具だ。破格の給料を受け取る代わりに十四歳 の少女の手足となって働くのが役割なのであり、無駄口を叩くことではない。
 だが、こう思ってもいる。遺産相続に関わる一切合切をりんねが一任しているというのも妙だ。部下達はその筋の プロではあるが、りんねはそうではない。どれほど頭が良かろうと十四歳の少女に過ぎないのであり、友達と遊びに 興じたいのではないだろうか。研ぎ澄まされた刃を思わせる美貌の下にも、年相応の素顔があるはずだ。

「道子さん。こちらから、天王山工場のデータベースに侵入出来ますか?」

 りんねがホログラフィーモニターを向けてきたので、道子はその中に投影されているレイアウトが素人臭いウェブ サイトを見つめた。パスワード制のSNSを装ってはいるが、その実は天王山工場で行われている違法賭博を専門 に扱うサイトだった。違法賭博を愛好する者達の間だけで通用する隠語と略語が飛び交っていて、読みづらい。

「うーん、それはちょっと難しいかもしれませんねぇーん。ウェブ上にアップされているデータは大したことはないです しぃーん、データベースは完全に独立していますぅーん。なのでぇーん、現地に行って直接サーバーをどうこうしない と難しいですねぇーん。違法賭博だけあってぇーん、その辺はきっちりかっちりやっていますぅーん」

「そうですか。でしたら、その方法でお願いいたしますね」

「はぁーいん、了解しましたぁーん」

 道子は笑顔を保ちながら了承すると、りんねはホログラフィーモニターを縮小し、操作した。

「このような経緯ではありますが、久し振りにお会いするのが楽しみです」

 りんねの手元に投影された画像の中では、国立大付属中学校の制服姿の少女が二人映っていた。片方は笑顔 を浮かべているりんねで、もう一方の少女は少しクセのある長い髪をサイドテールに結んでいた。目鼻立ちが地味 だが表情が弾けるように明るく、りんねに率先して腕を絡めている。その画像を見、道子はなんだか安心した。人形 じみたりんねにもちゃんとした学園生活があり、当たり前に友人がいるのだと知ったからだ。
 年下の上司に、いくらか親しみを覚えた。




 小一時間後、銀色のベンツは天王山工場に到着した。
 弱い街灯に照らされた駐車場は汚らしく、件の工場の壁やその周囲にはペンキやスプレーによる落書きが山ほど あった。グラフティーアートの真似事もあれば社会への文句をぶちまけたものもあり、中には薬物の密売人の名前 と連絡先も印されていた。駐車場に並ぶ車はどれも原形を止めないほど改造されているので、銀色のベンツは文字 通り掃きだめの鶴だった。天王山工場の錆び付いた出入り口にはピアスとタトゥーが付いた若い男達がたむろし、 タバコの煙が濃厚に漂っていた。運転手は臆したらしく、ここでお待ちしております、と言って運転席から出ようとも せず、シートベルトすらも外そうとしなかった。
 道子は後部座席のドアを開けてやると、りんねは躊躇わずに外に出てきた。銀色のベンツは駐車場に入る段階で 目を惹いていたのだろう、若い男達や駐車場のトラックの運転手達の視線がりんねに食らい付いた。道子はりんね を守るように、半歩後に続いて歩き出した。パンプスの硬質な足音を高らかに響かせながら、りんねが天王山工場 へと近付いていくと、銜えタバコの男が立ちはだかってきた。限界まで脱色した髪を逆立て、擦り切れたジーンズに 醜悪なスラングが付いたTシャツが多少の威圧感を生み出していた。

「んだよお前ら、ここでパーティでもやってると思ったのか?」

「つか、メイド連れなんてヤバくね? 金持ち?」

 別の若い男が、けたけたと笑いながら近付いてくる。

「それともアレか、こいつらって誰かの賭け金だったりするん?」

 また別の男が、安酒の缶でりんねを示す。

「あーあるかもしんねー、レイガンドーは負けが込んでんもんなぁー」

 娘差し出してもおかしくねーし、と若い男の一人が大笑いすると、その笑いが伝染して全員が声を上げた。

「よろしければ、道を空けて頂けませんか。私も一勝負いたします」

 りんねが一礼すると、髪をオレンジに染めた男が馴れ馴れしくりんねに顔を寄せてきた。

「勝負すんだったらさぁ、俺達ともっと楽しい勝負しようぜ。お前んちのメイドさんも一緒にさ、な?」

「戦う前に負けますよぉん?」

 すかさず道子がりんねとオレンジの髪の男の間に割り込み、手首の人工外皮を開いて銃口を突き出してみせた。 虚仮威しではないことを示すために低出力でビームを放ち、出入り口付近に転がされていた安酒の缶を撃ち抜く。 中身が残っていたアルミ缶に呆気なく穴が空き、レモン味のチューハイが飛び散った。男達は乏しい語彙で罵倒 しながら後退ったので、りんねは深々と一礼してから、両開きの鉄扉の脇にあるドアに向かった。
 一部始終を見ていた門番の男は一言二言文句を付けてきたが、りんねが財布を開いて現金の束を差し出すと、 すぐさま鍵を開けてくれた。ステンレス製のドアの奥には金網を張ったドアがあり、更に防音壁を張ったドアがあり、 最後のドアを開けた瞬間に凄まじい轟音と閃光が襲い掛かってきた。
 強烈なスポットライトとカクテルビームを浴びせられているのは、鋼鉄の獣の檻だった。不格好な人型ロボットが 拳を振るうたびに、巨大な檻を取り囲んでいる人間達は叫声を上げる。外装が砕け、オイルが飛び散り、ケーブルが 千切れ、機械同士の殺し合いが加速すればするほどに人々は熱狂する。かつては車のフレームを組み立てる工場 であった天王山工場は、今や地下闘技場と化していた。単純明解な娯楽で生み出されるのは破壊と暴力による快楽 だけではなく、ロボット同士の殺し合いの勝敗を巡る違法賭博も横行し、一夜にして莫大な金が動いていた。

「さあ、まだ立ち上がれるか!? かつての無敗の帝王はスクラップに成り果ててしまうのかぁーっ!」

 音割れのひどいマイクで実況役が絶叫すると、人々は壊れかけた人型ロボットに悲鳴とも罵声とも付かない声を ぶちまける。リングというには粗野すぎる檻の中で戦いを強いられているのは、青い塗装が剥げかけた大型の人型 ロボットだった。道子は一目見て、そのロボットがどの企業の製品をベースにして作った機体であるのか判別した。 機械の骨格ともいうべきフレームのクセと独特のモーター音、肘の駆動域の広さに攻撃に対する反応速度から して、工業用ロボットが主要産業である小倉重機の製品を改造した機体だろう。
 壁に貼られているオッズ表によれば青いロボットはレイガンドーという名であり、勝敗表を見る限りでは先週末までは 無敗を誇っていた。先程りんねが提示してみせたウェブサイトにアクセスして賭博参加者の書き込みや記事を参照 してみると、工業用ロボットらしい下半身の安定性と特殊合金を使用したフレームのしなやかさを生かした戦い方で 幾多の苦戦も切り抜けてきたが、新規参入した機体、岩龍がんりゅうにKOされてからは調子が振るわないようだった。そして 今夜は、その岩龍にリターンマッチを挑んだようだった。オッズ表から察するに、飛ぶ鳥を落とす勢いで連戦連勝の 岩龍に期待を掛ける者達とレイガンドーの復活を願う者達で半々のようだった。
 レイガンドー、レイガンドー、とのコールが巻き起こる。飾り気のないマスクフェイスは傷だらけで左のスコープアイは完全 に潰れていたが、バランサーは無事なのか腰を据えて立ち上がり、歪みかけたシャフトを物ともせずに拳を放った。 金属と金属が激突する破砕音の後に吹き飛んだのは、レイガンドーの右の拳だった。

「これはいけませんね」

 がしゃあっ、と檻を揺さぶったレイガンドーの拳を一瞥し、りんねが呟いた。右の拳を失ったレイガンドーはたたらを踏み、 左の拳を構え直そうとするも、相手のロボットが顎を突き上げてくる。視覚センサーをあらぬ方向に逸らされたことで 一層混乱したのか、レイガンドーは拳を振るうも空を切っただけだった。そして、相手のロボットは腰を落としてレイガンドー の懐に滑り込むと、両の拳を突き出して吹き飛ばした。両足を引き摺って火花を散らしたレイガンドーは檻に背中から 突っ込み、破損部分からオイルを噴き出した後に機能停止した。

「KO! 勝者あっ、岩龍ぅうううううううっ!」

 マイクに噛み付かんばかりに吼えた実況役は、岩龍のオーナーでありセコンドである男の腕を挙げさせた。だが、 男は無反応で、手元の小型ラップトップに目を落としていた。道子はズームして男の手元のホログラフィーモニターを 見つめ、人型ロボットのコントロールを行うソフトを判別した。基本的には工業用ロボットの遠隔操作に用いられて いるソフトと同じフォーマットだが、そっくりそのままであるはずがない。道子は工場内を飛び交う電波を絡め取ると、 岩龍のオーナーのコンピューターに意識を侵入させた。だが、深入りはしない。足跡を付けておくだけだ。プロテクトの 掛かったハードディスクの深層に潜り込むためには、サーバーの助力を借りなければならないからだ。

「さあ差し出せぇっ、お前の賭け金を!」

 実況役が大きく手を挙げると、レイガンドーのオーナーでありセコンドである男の頭上にスポットライトが降り注ぐ。 疲れ果てた中年の男が倦んだ目を上げると、セコンドコーナーの片隅に、鉄臭く油臭い闘技場に似付かわしくない 制服姿の少女が身を縮めていた。その顔は、りんねと一緒に写真に写っていた少女と同じだった。

「お……お父さん……」

 少女は青ざめて後退るが、男は岩龍のオーナーを顎で示すだけだった。

「行け」

「嫌ぁあああああああっ!」

 少女は泣き喚いて逃げ出そうとするも、手近な男達が少女を取り押さえ、引き摺っていく。ローファーが脱げるのも 構わずに足をばたつかせるも、背が高く腕力のある男達の手は弛みもしなかった。血の気の引いた唇を震わせて 唸りを漏らし、顎から滴るほど涙を流すも、誰一人として制止しなかった。それどころか、観客達は煽り立てていく。 もう岩龍に勝てる奴はいないのか、あの娘を欲しい奴は岩龍に挑め、と。

「この勝負、お待ち下さいませ」

 りんねが涼やかな声を張ると、狙い澄ましたようにスポットライトが当たった。岩龍のオーナーの元に転がされそうに なっていた少女は目を見開き、浅く息を飲んだ。りんちゃん、と動揺した呟きがざわめきに塗り潰される。

「不躾な発言を御許し下さいませ、皆々様」

 りんねはスカートの両端を持ち上げて軽く膝を曲げ、一礼してから、少女に目線を向けた。

「私は吉岡グループの一人娘であります、吉岡りんねと申します。以後、お見知りおきを」

「これはこれは大金持ちの中の大金持ちの御嬢様、このような汚ねぇクズ共の掃きだめに何の御用時で?」

 実況役がわざとらしいほど下卑た口調で言い放つが、りんねは穏やかに返した。

「私は両親の教育方針の一環でマネーゲームを嗜んでおります。魑魅魍魎が跋扈する経済界の一角を担う、という ほどのものではございませんが、投資には多少心得があります」

 りんねが歩み出すと観客達は左右に割れ、黒衣の少女に道を譲った。

「この度私が目に留めましたのは、レイガンドーです」

 途端に、怒濤の如くブーイングが沸き起こる。が、りんねは動じず、機械油に汚れた檻に手を掛けた。

「今、この瞬間より、私はレイガンドーに一億円ほど投資いたします。リターンマッチのリターンマッチ、と申し上げるのは 奇妙ではありますが、最高のコンディションのレイガンドーと最高の経験を積み重ねた岩龍の激闘を、観客の皆々様は ご覧になりたくはありませんか?」

 僅かな静寂の後、ブーイングが歓声に反転する。

「だがな御嬢様、これはガキの遊びじゃないんだ、今夜のファイトが無効になったらどれだけ損をすると!」

 マイクを握り締めながら実況役がりんねに詰め寄ってきたが、りんねは小切手を千切り、差し出した。

「どうぞ、お好きな額をお書き下さい」

「話が解るじゃねぇの」

 実況役はりんねの手から小切手を引ったくると、威勢良く叫んだ。

「崖っぷちのレイガンドーに、世にも麗しいスポンサーが現れやがったぁああああっ! 今夜の勝負は一旦幕引きだが、 これで終わりだと思うなよ馬鹿野郎共ぉおおおおおっ! レイガンドーと岩龍の真の戦いは一週間後、この場所でだ!  せいぜい賭け金を抱えてくるがいい!」

 廃工場全体が揺れ動きかねないほど、皆、熱狂した。ブーイングを発していた者達も場の空気に飲まれたようで、 高揚して声を上げている。道子も少しだけ集団心理の影響を受けそうになったが、ノーリアクションのりんねを見て 冷静さを取り戻した。割れんばかりの歓声の中、あの少女が無造作に放り出された。父親であるレイガンドーの オーナーを苦々しげに睨んでから、人混みを掻き分けながら、りんねの元に近付いてきた。

「りんちゃん!」

 少女は息を切らして髪も振り乱してはいたが、顔に生気が戻っていた。

「お久し振りです、ミツキさん」

 りんねが目を細めると、少女は若干戸惑ったようだったが、りんねの手を取った。

「もしかして、私のことを助けに来てくれたの?」

「ええ」

 りんねは少女の手を握り返そうともせずに、太いチェーンが巻き上げられて天井へと引き上げられていく鉄の檻を 見やった。鉄の檻に寄り掛かっているだけで精一杯だったレイガンドーは仰向けに倒れ、割れた外装の間から部品 がいくつも外れて足元のオイル溜まりに没した。対する岩龍は安定した動作で歩いて地下闘技場を後にした。岩龍 のオーナーは小型ラップトップを閉じて脇に抱え、愛機を伴い、資材搬入口から足早に出ていった。
 りんねが食い入るように見つめていたのは、賭け金にされてしまった哀れな少女でも敗北続きのレイガンドーでもその オーナーでもなく、外装の傷以外は目立ったダメージを受けていない武骨な人型ロボット、岩龍だった。
 それが真の投資先か。





 


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