機動駐在コジロウ




可愛い子にはタブーをさせよ



 一連の出来事の顛末は、こうである。
 佐々木つばめを身を挺して守る警官ロボット、コジロウを攻略するためには、対人型ロボット戦略を立てること が不可欠だった。りんねは、そのための情報収集を行ううちに、生産数はそれほど多くはないが高性能な人型重機 を製造販売している小倉重機に行き着いたが、小倉重機に関する金と人の流れが正常ではないことに気付いた。 小倉重機の経営者はクラスメイトである小倉美月の父親だということは事前に知っていたが、小倉重機については それほど深く調べたことがなかったのである。だから、気付くのが遅れてしまった。
 美月の父親であり小倉重機の経営者である小倉こくら貞利さだとしは、毎週末ごとに稼ぎ頭であるレイガンドーを持ち出しては 天王山工場に入り浸り、その度にレイガンドーを派手に破損させて帰ってくるようになった。当然ながらそれを不審 に思った美月の母親、小倉直美はレイガンドーの映像記録装置を作動させておいた。最初は小倉に気付かれては 映像記録装置を切られてしまったので、設定に切り替え、レイガンドーが完全独立稼動する最中に映像記録装置を 作動させるばかりか、その映像を小倉重機のパソコンに転送するように設定した。そこに映っていたものは、破壊と 暴力と欲望が充ち満ちた地下闘技場であり、賭け事に正気を失った小倉の姿だった。何度も直美は小倉を止めようと したものの、振り切られてしまった。レイガンドーの機能をダウンさせようとしても、人型重機の扱いについては 小倉は何枚も上手だったので不可能だった。違法賭博が横行している地下闘技場の場所を警察に通報しようにも、 映像記録装置の発信側の現在位置を割り出せるほど、直美はコンピューターに長けていなかった。事態を打開 する解決策を模索している間にも、小倉はどんどん会社の金を使い込んでいき、気付けば本社工場の抵当までも が賭け金にされ、従業員達も一人残らず賭け金にされ、直美までもが賭け金にされかけた。寸でのところで小倉の 元から逃げ出したものの、通学していた美月までもは助け出せず、小倉に居場所を知られるのが怖くて電話すらも 掛けられず、路頭に迷いかけたところで、りんねの母親である吉岡文香と出会ったのである。
 その後、直美は文香を通じて、自由に身動き出来る上に多額の現金と腕に覚えのある部下を持ち合わせている りんねに美月の奪還を依頼した。そして、その情報を元に、りんねが動いたというわけである。
 長話を終えたりんねは、ガラス製のリビングテーブルに金属板状の携帯電話を横たえた。りんねと向かい合って 座っている小倉親子は、何度となくりんねに礼を述べていた。美月は真相も知らずに冷淡なりんねに対して文句を 言ったことで気が引けてしまうのか、俯きがちだった。土地も広ければ部屋数も膨大な吉岡邸の一角にある応接間 に通された美月は母親と感動の対面を果たした後、りんねが先刻した通りに事の次第を説明されていたのである。 道子は五杯目の紅茶を淹れてくると、皆の前に出した。吉岡邸のシェフが淹れたものなので、味は折り紙付きだ。

「道子さん。彼をお願いいたします」

「はぁーいん?」

 りんねから携帯電話を差し出され、道子はそれを受け取りつつも首を捻った。

「その中には、レイガンドーさんの人格を司るデータの一切合切が入っています。容量不足になりそうでしたので、 一部のデータは吉岡グループのホスティングサーバーに転送してありますので、そちら側のデータを回収した上で 再構築して頂けませんか。レイガンドーさんの人工知能に用いられている基盤の写真も撮影してまいりましたので、 部品さえ手元に揃えば全く同じ機体が組み上げられます」

「……じゃ、今のレイは?」

 美月が不安混じりに問うと、りんねは道子の手中にある携帯電話を示した。

「小倉重機本社工場にいらっしゃるレイガンドーさんは、ただの抜け殻です。レイガンドーさん自身がそれをお望み になりましたので、ソフト面での破壊を行ってまいりました。ハード面での破壊を行うと小倉さんに感付かれてしまい ますし、岩龍さんとのリターンマッチがフイになってしまいますからね。そのリターンマッチ当日は、レイガンドーさんは もう一つのボディを遠隔操作して戦って頂くことになりますが、その際にタイムラグや処理落ちが起きないように、 こちら側でそれ専用のサーバーを御用意いたします」

「でも、レイの部品って結構型が古いんだよ? ハードディスクドライブを積みまくったおかげで容量がかなりでかい からプログラムに処理能力が追っついているけど、二三世代前のだよ? 基盤一つ取ったって、そっくり同じものを 見つけ出すのは大変なんじゃないかなぁ」

 美月の懸念に、りんねは抑揚を変えずに答えた。

「御心配なさらず。吉岡グループには、それだけの力が備わっておりますから」

「重ね重ね、ありがとうございます。なんと御礼を申し上げたらいいか」

 直美が這い蹲るように頭を下げると、りんねはそれを諌めた。

「あまりお気になさらないで下さい。業務の延長でもありましたので、必要経費はこちらで負担いたします。小倉さん に譲渡した資金についても、返済して頂かなくて結構ですわ。レイガンドーさんの人工知能に関するデータをコピー させて頂くだけで充分ですから。美月さんが無事であることが一番なのですから」

「ありがとう、りんちゃん」

 美月が笑顔を見せると、りんねはそれと同じ表情を浮かべた。

「いえいえ」

 なんだ、笑えるんじゃないか。道子は視界の隅でりんねの笑顔を捉え、ほっとした。りんねが携帯電話の記憶容量に 落として運んできたレイガンドーのデータは膨大で、銀色の針を脳内に宿している道子であっても、短時間では処理 しきれないほどの情報量があった。仕方ないので別荘にあるサーバールームに一部のデータを転送して処理量を 軽減させてから、吉岡グループが所有しているホスティングサーバーに転送されていたレイガンドーの人工知能の データをダウンロードし、解析していった。その傍らで、少女達は話し込んでいた。
 主立った話題はレイガンドーの新機体についての話題で、両親が離婚することは確定事項なので、管理維持費や 置き場所やらの諸々の事情で人型重機に搭載させてやることは出来ないが、出来る限り格好良いロボットに人工 知能を搭載させてやりたい、と美月は熱っぽく語っていた。りんねは笑顔を保ったまま、その話に頷いていた。娘の 無事を確かめたら気が抜けたのか、小倉直美は早々に来客用の寝室に引き上げていった。それからしばらくして、 美月も眠気に襲われたのか、よろめきながら来客用の寝室に入っていったので、客間には静寂が訪れた。道子が 情報処理を行いつつもティーカップや御茶請けのクッキーを出した皿を片付けていると、りんねが言った。

「道子さん。レイガンドーさんの人工知能の再構築が終わりましたら、今度は岩龍さんの人工知能をハッキングして 頂けませんか。岩龍さんは機体の大きさとサーキットボックスの大きさからして、人工知能の大部分をホスティング サーバーに委ねているはずです。岩龍さんのオーナーはハード面には長けていますが、ソフト面には長けていない 方ですからね。人工知能はただでさえセッティングが難しいですし、管理も大変ですし、荒々しい格闘戦を行う方々が 機体本体に全てのデータを搭載している場合はほとんどありません。ですから、人工知能そのものを機体に搭載して いるレイガンドーさんは特殊なのです。ネットワークから完全に独立しているコジロウさんには負けますが」

 りんねは七杯目の紅茶を傾け、一息吐いた。

「はぁーいん、承りましたぁーん」

 道子が快諾すると、りんねは道子を労った。

「御苦労様です、道子さん。岩龍さんのこともありますし、いずれ別荘のサーバールームを強化いたしますね。その 方が、あなたの脳に過負荷が掛からずに済みますからね」

「いえいえーん、そんなお気遣いなくぅーん」

 道子は手を横に振ってはみせたが、内心では喜んでいた。前回の女性サイボーグをハッキングする際にも、別荘 にあるサーバールームの出力だけでは心許なかったので、サーバーが強化されるのは願ってもないことだ。それが あれば、ハッキングに必要な情報処理能力の底上げが出来る。道子を電脳世界の住人たり得ている銀色の針の 情報処理能力を引き出すためにも、それ相応の力がなければならないからだ。

「明後日の夜が楽しみですね」

 りんねは半分ほど残った紅茶に目を落とし、僅かばかり頬を持ち上げた。

「そういえば御嬢様ぁーん、そろそろお休みになってはいかがですかぁーん? 夜が明けてしますぅーん」

 午前三時を回っている壁掛け時計を示しながら道子が進言すると、りんねはティーカップを下ろした。

「もうこんな時間でしたか。ですが、休むのはもう一働きしてからにいたします。私はこれから部屋に戻りますので、 道子さんはお夜食を見繕って頂けませんか」

「ちくわがございましたらぁーん、ちくわにいたしますぅーん」

 道子がにこにこすると、りんねは血の気の薄い頬をかすかに上気させた。

「……ええ、そのようになさって下さい」

 階段を昇っていくりんねの背を見送ってから、道子は真鍮製のワゴンを押して厨房に向かった。長い廊下を通って 角を何度か曲がり、レストランのような設備と規模の厨房に入ったが、使用人はまだ誰も来ていなかった。三人分 のティーカップと皿を洗って片付けて、大型冷蔵庫を開けてちくわを出した。それをどう料理したものか、と思案した 道子は、武蔵野がうどんに載せていたように焼いてみようと思い、フライパンを出した。夜食なのだから、あまり手を 掛けすぎてもよくないだろう。調理と並行しながらレイガンドーの人工知能の再構築を進め、更に彼が人格を得るに 至るほど重ねた経験と感情の履歴を、また別のホスティングサーバーにコピーしていった。
 この分では、まだまだ脳を休められそうにない。




 抜け殻の機体、抜け殻の男、抜け殻の地下闘技場。 
 三日後のリターンマッチの後に残ったのは、つまらない夢の残滓ばかりだった。岩龍とレイガンドーの再戦に何人 もの人々が金を賭け、オイルでオイルを洗う死闘が望まれ、鉄の檻に入れられた哀れなロボット達は、それぞれの 主の命ずるままに戦い抜いた。けれど、その主達が気付かぬ間に、どちらのロボットも抜け殻と化していた。
 数多のゴミが散乱している地下闘技場の床に、鉄の檻を突き破って転げ落ちたレイガンドーの抜け殻が転がって いた。その傍に座り込んでいる小倉貞利は茫然自失で、勝負にすらならなかった賭け試合の末路を凝視していた。 対する岩龍もまた抜け殻であり、レイガンドーを殴り飛ばした衝撃で反対側の檻を突き破って、壁に埋まっていた。 ロボット賭博の試合は、互いが勝負として成立しているからこそ沸き立つものである。だが、その勝負を成立させる ためには人間の助力が欠かせず、人型に組み上げた金属塊に人間が感情移入しているからこそ、加虐的な快楽 が生まれる。それ故に人工知能は作られ、非人間的な存在に人間味を与え、人間的な主観での娯楽をもたらして くれるのだ。しかし、哀れなロボット達が人間が望みもしない行動を取れば、娯楽にすらならない。

「御嬢様ぁーん、トレーラーが到着いたしましたぁーん」

 道子が報告すると、観客のいなくなったリングの傍に控えていたりんねが振り返った。さすがに今回はゴシック調 のドレス姿ではなく、りんねの嗜好を反映したシンプルなワンピース姿だった。

「では、岩龍さんの搬入作業を開始して下さい」

 りんねが指示すると、吉岡グループのロゴが目立つトレーラーから作業員達が降りてきた。彼らは無惨にも壁に 埋まった岩龍にワイヤーを結び付けて、牽引させて壁から引き抜くと、手際良く回収作業を始めた。りんねは彼らの 淀みない作業を横目に、小倉貞利の背後に立った。

「それでは、ごきげんよう」

「待て。俺の、俺の家族は、どこに行った?」

 息も絶え絶えの小倉に問われ、りんねは素っ気なく返した。

「美月さんと直美さんの行方を口外することは出来ません。ただ一つ言えることは、お二方は小倉さんに心底愛想を 付かしておられるということです。御自分の行動を顧みれば、お解りになりますでしょう」

 コンクリートの床に突っ伏して呻く小倉を一瞥し、りんねは工場の外に出ると、夜風に弄ばれた髪に手を添えた。 分解されてトレーラーのコンテナに運び込まれていく岩龍を注視している男に、りんねは歩み寄る。

「御不満がおありでしたら、どうぞ申し出て下さい。善処いたします」

「岩龍をどうする気だ?」

 岩龍のオーナーは感情の起伏を押し殺した声で漏らすと、りんねは答えた。

「私共の仕事で使用させて頂きます。悪いようにはいたしません」

「何もかも奪っていきやがって」

「奪うなどと仰らないで下さい。私共は、業務を行使しているだけに過ぎません。岩龍さんの価値に見合った対価は お支払いいたしますので、御安心下さい」

「あいつは、今、どうなっている」

「気になるのでしたら、御自分でお確かめになったらいかがですか?」

 手の届くところにおられるのですから、とりんねが外を示すが、岩龍のオーナーの男は顔を伏せた。

「それが出来たら苦労はしない。……お前は何者だ?」

「見ての通りの小娘にございます。それ以上でも、それ以下でもありません」

 りんねは一礼すると、岩龍のオーナーの元から離れた。銀色のベンツへと戻ってきたりんねに、道子はすかさず 後部座席のドアを開けてやった。りんねは後部座席に乗り込むと、シートベルトを締めた。道子も反対側のドアから 乗り込み、シートベルトを締めた。岩龍の解体と搬送作業が完了したのを確認してから、銀色のベンツは船島集落を 目指して発進した。物憂げに車窓の外を見つめるりんねに、道子は声を掛けた。

「岩龍のオーナーさんとはぁーん、お知り合いなのですかぁーん?」

「いえ、別に。それにしても、これほど上手くいくとは思っておりませんでした」

「そうですねぇーん」

 と、道子が気のない相槌を打つと、りんねは頬杖を付いた。黒い絹糸のような髪が、一束崩れる。

「レイガンドーさんの人工知能は独自の発達をしていたので興味があったのですが、そう簡単にコピー出来る ような代物ではありませんでした。なので、まずは外堀から埋めてしまおうと小倉重機に吉岡グループの営業マンを 送り込んでロボット賭博に誘い込んでみたのですが、こうも呆気なく事が進むと拍子抜けしてしまいますね。最初から 私の申し出を受諾していれば、もう少し穏便な結末になったのですが。念には念を、ということで小倉さんが口にする 飲料水に一種の高揚剤を混入させておいたのですが、ここまで効果が覿面だとは思ってもみませんでした」

「はいぃっ?」

 ならば、この出来事の裏で糸を引いていたのは。道子が声を裏返すと、りんねは気怠げに語る。

「吉岡グループが所有する遺産がいかに優れていようとも、知性と個性ばかりは複製出来ませんからね。人工知能 の開発は遅々として進んでおりませんので、手っ取り早く成長した人工知能を拝借しようと考えていたのです。戦闘に 長けていて人間に従順で、知性の高い人工知能を持ったロボットを探し出すだけでも手間が掛かりました。ですが、 その人工知能の持ち主である小倉さんは、吉岡グループがどれほどの金額を提示しようとも頷いては下さいません でした。おかげで、随分と回りくどい手段を用いらなければなりませんでしたが、岩龍さんという収穫を得られたことを 顧みると決して無駄ではありませんでしたね」

「それは、それはぁーん」

「これで私は、美月さんとその御母様に恩を売れたことでしょう。情緒的な判断を伴う計画を立てるのは難しいことでは ありましたが、恩を売っていて損はない、というのが世間一般の認識ですので売れるだけ売り捌いてみたのです。 利子には期待しておりませんが、ゼロと言うこともないでしょうね。美月さんは律儀な方ですから」

「そ……それはそれはぁーん」

「少し寝ます。別荘に到着したら、起こして下さいね」

 そう言い残し、りんねは柔らかな座席に身を委ねた。道子は流れるはずもない冷や汗が滲み出る感触を覚えた が、身震いまではしなかった。ということは、もしかするとロボット賭博すらもりんねの一存で動いていたのだろうか。 天王山工場の名義の履歴を照会し、辿ってみると、案の定だった。天王山工場は吉岡グループの傘下の会社の 所有物となっていて、名義人の名前は違っていたが、利権は全て吉岡グループのものだった。更にはロボット賭博の 元締めすらも、本を正せば吉岡グループの子会社の社員だった。
 見た目ばかりが仰々しい茶番劇だったのだ。そうとは気付かずにりんねに感謝していた美月とその母親が哀れ であり、人生を蹂躙された小倉が悲痛だったが、道子はその感情を受け流した。味方でさえあれば利益を得られる のだから、機嫌を損ねないように務めなければならない。それもまた、吉岡一味の業務の一部だ。
 そして道子は、取って付けたような笑顔を顔に貼り付けた。





 


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