DEAD STOCK




11.Take Over



 人造妖精の映像が途切れたが、すぐさま録画しておいた映像に切り替え、音声を調整した。
 遠からず、こんなことになるだろうと思ったので準備しておいたのだ。それが役に立ってくれた。マゴットは 立体映像のモニターとキーボードを滑らかに操作しながら、イカヅチに定期連絡を入れた。何事も起きていない、 と。イカヅチからの返答は相変わらずで、平べったかった。彼自身が人造妖精のお守りをさせているノーバディに 対して妙な信頼を寄せているから、疑うつもりすらないのだろう。イカヅチは周到で用心深いように思えるが、それで いて、一度懐に入れた相手には極めて無防備だ。それが弱点であると気付いているのは、マゴットだけではない。
 山盛りのディスクを次々にコンピューターに飲み込ませては文書を読んでいたバートストライクは、長い足を机 の両脇に投げ出していた。磨り減ったかかとが立体映像を抉っていたが、気にも留めていない。彼の周囲には、この 一ヶ月間で食べ尽くした乾燥糧食のパッケージが散らばっていた。用事があったり、生理現象に襲われた時は机から 離れるのだが、それ以外の時間はほぼ全てコンピューターの前で過ごしていたからだ。

「で、感想は?」

 マゴットが振り返ると、バードストライクは両足を下ろしてパッケージの山を枯れ葉のように踏み躙った。

「弱者は強者を凌駕する。それが世の真理ってやつなのかねぇ」

「童話や寓話はその物語が作られた当時の世相風俗を繁栄した風刺なんだけど、まあ、大体そうだね」

 マゴットは色街の土台を囲んでいるメダマの映像にチャンネルを切り替えたが、メダマが何者かの手で破壊された らしく、砂嵐しか映らなかった。だが、それもまたイカヅチには伝えずに別の映像に差し替える。

「映画にしても小説にしても漫画にしても、社会的に弱い立場にある主人公がのし上がったり、悪事を働く有力者を やり込めたり、どうってことない無能な人間が世界を救ったり、ぱっとしない外見と性格の女の子が美形でやたらと 有能な男に一目惚れされたり、とまあ、そんなものばっかりだよ。それが悪いとは別に言わないよ、当時の消費者 が求めていたものが、それだってだけなんだから」

「全く、無意味なことに時間を費やされたものだよ。退屈凌ぎにはなったが。それはそれとして、敵の動勢は?」

「ん、まあ、予想通りだよ。一ヶ月の準備期間を与えてやったんだから、デッドストックとクイーンビーの陣営が戦力 を立て直せないわけがないしね。それにしてもバーディ、君の腕は相当なものだね。クイーンビーの餌にされるような 道順を辿らせるために、イカヅチに誘われた人間達の進行方向を爆撃して、的確に誘導したんだから。地理が解って いなきゃ、まず出来ない芸当だね。さすがにヴィランのナンバー2じゃなかったってわけだ」

「ジガバチの構造とその材料について教えてきたのは、お前の方だろうよ」

「やだなぁ。その言い方だと、僕がイカヅチを裏切るみたいじゃないか」

 人聞きが悪いなぁ、とぼやきつつも、マゴットは複眼の端に当の昔に壊した盗聴器を捉えた。マゴットが仕事を するために与えられた部屋のそこかしこに仕掛けてあったので、バードストライクの助力を得て見つけ出しては 壊したのである。だが、全部壊すと不審がられるので、一つだけ残して都合の良いことだけを聞かせられるように スイッチを入れたり切ったりしている。今は、もちろん切っている。

「僕はイカヅチには色々と義理も恩もあるし、イカヅチが面白そうなことを実行する前に裏切っちゃうのは、あまりにも 勿体ないじゃないか。だから、その心配は無用だよ」

「奴は何をするつもりなんだい」

「知りたい? ふふ、だったら特別に教えてあげよう。但し、他言は無用だからね?」

 マゴットは椅子から身を乗り出し、きちきちと顎を鳴らし、声を低めた。

「この都市ごと、上に昇るのさ」

 突拍子もないことにバードストライクは面食らったが、間を置いてから問い返してきた。

「そりゃ……また豪儀じゃないか。だが、昇った後はどうするんだ?」

「そこまでは聞いていないけど、ジャックと豆の木になるんじゃないの?」

「ああ、あの寓話か。雲の上に住む大男から盗みを繰り返したクソガキがいい目を見る、都合の良すぎる話か」

「そう。あれって労働者階級の願望がこれでもかと詰め込んであるよね。だから、塔を昇って天上世界に行ってから は、略奪と殺戮の限りを尽くすんじゃないかな。アッパーにやり返されなければ、という前提に基づいた話ではある けどね。でも、そんなことをしても何も解決しないし、事態は悪化すると思うんだけどね、僕としては」

「ほう」

 バードストライクが興味を示したので、マゴットはここぞとばかりに持論を並べ立てる。

「僕達はなんだかんだで均衡を守って生き長らえている。そりゃ、バーディみたいなヴィランが暴力と略奪の限りを 尽くしてはいるけど、それもまた自然の摂理なんだ。能力者はこの地獄みたいな環境に適応しているし、ちょっとの ことでは死なない体になっているから、そうじゃない人々が淘汰されるのは当たり前なんだよ。だから、イカヅチが 能力を持たない人々に電極を埋めて電撃をバチンとやるのは、その微妙なバランスを崩すことになる。それ自体も あんまり良くないけど、アッパーにケンカを売るのはもっと良くない。だって、考えてもみてごらん。僕達の頭の上を 塞いでいるものを作り出したのは、他でもないアッパーだ。だから、その壁を落とす方法を知らないわけがない」

「ゼロか百か、ってことかねぇ」

「ギャンブルをするのは勝手だけど、僕達をチップにはしないでほしいね」

「だから、手を打つのか」

「バーディも、騒ぎに乗じて何かをするつもりだろう? そうでもなきゃ、僕に付き合ったりはしないはずさ」

 手始めに僕でも殺す気かい、とマゴットは水を向けてみるが、バードストライクは笑いもしなかった。力任せに使い 込みすぎて布地に穴が空いている手袋を引き抜き、空袋を一つ取って折り曲げて飛行機に似た形にすると、手首を 軽く曲げて放った。薄っぺらい作り物の機械の鳥であろうとも、彼の概念の中では鳥の範疇に入っているのだろう、 機械熱と男二人の体温が籠もった空気を素早く切り裂き、壁に突き刺さった。プラスチックとアルミを重ねただけで 強度の欠片もない素材なのに、バートストライクの能力を付与されているからだろう、槍の穂先のような打撃力を 備えていた。壁に空いた穴の深さとヒビの多さが、その威力を知らしめてくれた。

「風向きが変わるのを待っているだけさ」

 ぎしりと背もたれを軋ませながら上体を反らしたバードストライクの頭上で、照明が瞬いた。コンピューターの立体 映像も同様で、窓の外で投影され続けている人造妖精の媚びた笑顔もだ。だが、それも束の間ですぐさまイカヅチ による電力供給は安定を取り戻した。マゴットが片方の触角を上げると、バードストライクは得意げに笑みを零して 肩を揺すった。彼は空袋の内側に文字を書き記してから、鳥に似せた形に折り畳み、窓の隙間から外へと放った。 ビル風を受けて滑らかに飛行していった偽物の鳥は、程なくして見えなくなった。
 大方、ヴィランの誰かと連絡を取り合っているのだ。バードストライクはイカヅチの足元でサンダーボルト・シティ の構造とヴィジランテを内情を探り、外に残しておいたヴィランに情報を伝え、行動を起こさせようとしている。電気を 用いた通信であればイカヅチに感付かれてしまうだろうが、折り畳んだ紙の内側に書き記した文字であれば、簡単 には読み取れないと踏んだのだろう。その通りだ。マゴットの知る限りでは、イカヅチが掌握しているヴィジョンの チャンネルにも、監視用のメダマでも、バードストライクの紙の鳥を捉えているものはなかった。数が多すぎるので、 捉えたとしても中身の調べようがないからでもある。彼の思慮深さに感嘆し、マゴットは顎を広げた。
 一段と面白くなってきた。




 多すぎる光は、視覚への暴力だ。
 クイーンビーの色街とは違った意味で毒々しく、圧迫感がある。空を塞ぐ壁に挑むかのように超高層ビルがいくつ も建ち並び、鏡のように光を撥ねる窓が色とりどりの照明とヴィジョンの立体映像を反射し、色彩同士が重なって 複雑な光とそれに応じた色合いの影が出来ていた。今日もまたイカヅチの妄言に誘われたのだろう、列を成して人々 が都市へと向かっていく。彼らの周囲にはメダマが飛び交っているのだが、ヴィジョン受像機が内蔵されているもの らしく、イカヅチの御立派な言葉と人造妖精の笑顔を明かり代わりに投影し続けている。
 時折吹き付ける風には、奇妙な匂いが混じっていた。毒気もなければ砂の粒子もなく、ほんのりと水気と草木の 匂いが含まれていた。恐らく、イカヅチの都市で空気清浄のために栽培している植物のものだろうが、あまりにも 不慣れな匂いにデッドストックは咳き込んだ。綺麗すぎると、逆に体に馴染まない。
 塔を囲んでいる建造物の中でも際立って背が高いものがイカヅチの牙城だ、とプライスレスは教えてくれた。情報 の真偽はともかくとして、権力者は高いところに住みたがる習性があるのだろうかとデッドストックは一抹の疑問に 駆られた。クイーンビーも高いところに住んでいたが、スマックダウンはそうでもなかったような気がしたので、個人 の嗜好によるものなのだろうと結論付けた。部下や被支配者達に権力があることを知らしめるには手っ取り早い、 という側面もあるのだろう。そんなことを考えているうちに、ジガバチの群れは目的地に近付きつつあった。
 ジガバチのリーダーであるハニートラップの頭と胴体の間に跨っているデッドストックは、かつての色街の土台を 見下ろした。雷撃を受けるたびに性交中の女のように脈動している巨大な肉塊は、素肌を覆っていた土がすっかり 剥がれていて、茶褐色の体表面が露わになっていた。上級、中級、下級の娼婦が詰め込まれていた娼館は跡形も なくなっていて、粉々の瓦礫が散らばっているだけだ。単純計算でも一辺が五キロメートルほどはある肉塊の四隅に 突き刺さっている鉄骨は、何度も雷撃を受けたために割れたらしく、四隅には新しい鉄骨が刺さっていた。

「あの女の位置は?」

 狙いはただ一つ、ジャクリーン・ザ・リッパーだ。デッドストックが問うと、ハニートラップは応じた。

「案ずるな、捕捉済みだ」

 ジガバチの部隊は、現在、三つに分かれている。色街の土台を襲撃する部隊、襲撃部隊に近付いてくるメダマを 破壊する部隊、そしてクイーンビーを守るための部隊である。作戦開始までに孵化し、成虫までに成長したジガバチ の数は百二十八に至っているが、それでも最盛期には程遠い数だそうだ。個々の性能よりも物量で攻める、という 発想は実に昆虫らしい。姿形が人間に近い部分があろうとも、やはり彼女達は虫なのだ。
 分厚い闇と青白い雷撃に紛れ、メダマの監視網が崩れた隙間から肉塊に近付いていく。羽音だけは押さえようが ないのだが、イカヅチ側のジガバチ部隊の羽音と重なっているので、それほど目立ってはいないようだった。大きく 円を描きながら距離を狭めていき、ぐるぐると回転しているサーチライトの太い光の筋を追い掛けていき、風下に 忍び込んで羽音とデッドストックが醸し出すメタンガスの臭気を後方へと逃がす。土台に足を擦りかねないほどに 高度を下げたハニートラップに促され、デッドストックは左腕に巻いた鎖を今一度握り直してから、身を投じた。
 瓦礫の隙間、娼館の残骸、美術品の破片が散らばる地面に迫った両足を広げ、ブーツの靴底を摩擦させながら 減速して両膝を曲げた。風を孕んで膨らんだトレンチコートの裾が落ち着いてから、顔を上げ、辺りを窺って目当て のものを探った。プライスレスの言葉が正しければ、下級娼婦の娼館の裏手にあるはずだ。
 血が生温かく湯気を立てている、細切れの死体がいくつか転がっていた。どれもこれも真新しく、輪切りにされた 頭蓋骨からは不定型な脳がでろりと零れていた。それらを踏まないようにしながら歩いていくと、瓦礫だらけの地面 にぽっかりと四角い穴が空いていた。プライスレスが言っていた、死体を喰うゴミ捨て用の穴だ。と、同時に肉塊が 栄養分を補給するための口でもある。その下には、下水道に良く似た構造の穴があり、動き出す前は下水道に直接 繋げられて排泄物を落としていたのだそうだ。

「その下水道越しに、バードストライク共はプライスレスを襲ったというわけか」

 誰が手引きをしたのかは、考えなくても解る。マゴットだ。

「獅子身中の虫、というには大袈裟か」

 イカヅチも、厄介な輩を部下にしたものである。その気が知れない、と思ったが、プライスレスを殺さずに甘んじて いるデッドストックもまた人のことは言えまい。そしてまた、イカヅチは部下によって自陣を崩されるのだ。せいぜい 己の人選ミスを悔やむがいい。殺されて間もない死体の足、太股、腰、尻、腸、肋骨、上腕、と血の筋と共に辿って いくと、かつては娼婦が男を銜え込んでいたベッドの上で、全身から刃物を生やした女が男の頭部を抱えていた。 長い髪、制服、包帯で覆い尽くされた肌、唯一露出している左目。探し求めていた、狂気の源泉だ。

「……あ、ぅん」

 両側頭部から突き出した刃が長い髪を切り、黒く細い糸がはらりと舞い落ちる。

「まぁくうん」

 ジャクリーンの体は隅々まで血に染まっていて、特にべっとりと濡れていたのが股間だった。最早スカートとして の体を成していない千切れた布の筒を腰から下げた女は、内股と股間から生えた複数の刃に男の頭部を挟み、 一瞬で砕いた。潰しきれなかった眼球がつるんと飛び出し、転がり、デッドストックのつま先を汚す。

「好き、好き、好きぃいいい」

 ジャクリーンは男の頭部の上で腰を捻るが、その都度、男の頭部と脳はぐじゅぐじゅと掻き回される。

「好きなのにぃ、まーくんはなぁんにもしてくれないからぁ、ふへ、へは、私からしたんだよぉ?」

 ぢゅぷん、と男の血溜まりに股間を埋めて、ジャクリーンは首を逸らした。途端に、喉元から刃が飛び出す。

「ねっ、気持ちいいでしょ? ね、ねっ、ねえええ」

 包帯で隠されている頬に血みどろの手を添えて、強引に持ち上げる。口角が上がり、剥き出しの歯が覗く。

「えへぇ、へへへへへへっ、やだなぁまーくんって、えっちだなぁ、もっとするぅ、しちゃうぅ?」

 一歩、また一歩とデッドストックは妄想の中での快楽に没頭している刃物女に近付いていく。着古しているせいで 裏地には大きな穴が空いているトレンチコートを脱ぎ捨て放り、次にブーツを脱いで素足を曝し、尖った破片だらけ の地面を素肌で踏み締める。続いて正面のファスナーを下げ、首、胸、腹、股間までを外気に触れさせる。
 デッドストック本人でさえも、息を吸うのを躊躇うほどのメタンガスが発生する。この数年間は脱いだことすらない ラバースーツを剥がすのは、少々苦労した。老廃物の類は早々に腐ってしまうので、肌とラバースーツが貼り付いて はいないのだが、着込んだ時に比べて体格が変わったのか、遊びが減っていた。左手の手袋を剥がしてブーツと 同じ場所に放ってから、背中から剥がして右手が欠けた上半身を曝す。冷えた外気が心地良く、分泌されて間もなく 腐った汗を乾かしてくれた。左手を使い、右足、左足と抜いていくが、ラバーマスクだけは外さなかった。

「おい」

 陽炎のように揺らめく濃厚なメタンガスを纏い、デッドストックは刃物女に呼び掛ける。

「ふぁ?」

 かくんと首を曲げて左目を動かしたジャクリーンの焦点が、黒い覆面を被った裸身の男に定まると、ジャクリーンの 左目は瞳孔が急激に窄まった。途端にジャクリーンは甲高い悲鳴を上げて足を閉じようとしたが、内股から生えた 刃が邪魔をして閉じきれなかった。スカートを下ろそうにも短冊になっているので、どうにもならなかった。

「やっ、やだぁっ、まーくんごめんなさぁああいっ!」

 その場に座り込んで子供のように泣き出したジャクリーンに、デッドストックは更に距離を詰める。

「ジャクリーン」

「まーくん、まーくうん、今度はもっと優しくしてぇ。だからぁ、だからぁっ」

 左目から血混じりの涙を零したジャクリーンは、おずおずと両足を広げてきたが、やっぱりダメぇっ、と叫んで 背中を丸めた。途端に、背骨に添って太く長い刃が一斉に生え、女の薄い皮膚を破って肉片を散らした。

「やっ……ぁふ、ううっ」

 苦痛という範疇すら越えた激痛の嵐が感覚を混濁させているのだろう、ジャクリーンは鼻に掛かった甘ったるい声 を漏らして腰を捻る。痛みが強ければ強いほど、妄想も深くなるようだ。デッドストックは手近な肉片を掴んで早々に 腐らせると、臭気と共に更なるメタンガスを生み出した。ごめんなさいぃ、私ばっかりぃ、と悩ましく呟くジャクリーンの 髪を無造作に掴み、引っ張ると、刃物女の顔が上がった。

「違う」

 左目の焦点が、今度こそデッドストックに定まった。が、間髪入れずに肉片を口の隙間にねじ込み、腐った肉片の 中に指を突っ込んで掻き回してやると、更に腐敗速度が高まった。重力に従って腐敗汁が喉に滑り込んだらしく、 ジャクリーンは突然仰け反って手足を突っ張らせたが、デッドストックはその顎を蹴り上げて嘔吐を許さなかった。 上顎と下顎が激突した拍子に歯から刃が生え、刺さったのか、ジャクリーンの上唇にあたる部分から真新しい刃 が飛び出す。嘔吐感と激痛に苦しむジャクリーンはのたうち回り、声にならない悲鳴を上げる。

「違うから、なんだと言うんだ」

 げぇ、ごうぇ、と喉から奇怪な音を上げているジャクリーンの頭部を、デッドストックは踏み躙る。途端に髪と頭皮が 腐り落ちていき、ぬるりと頭皮ごと髪が剥がれて頭蓋骨が露わになる。

「お前にとっての男とは、全て都合がいいものなのだろう?」

「違う! まーくんは違う! あんたなんかとは違うぅうっ!」

 上唇を断ち切って口を開いたジャクリーンは、髪が剥がれ落ちた後頭部を押さえながら喚くが、デッドストックは その下腹部に蹴りを加えた。細切れの服に染み込んでいた男達の血が腐ってとろけると、その奥にあるジャクリーン の柔らかな腹も溶けて崩れ、穴が開いた。つるりとした腸がはみ出し、血溜まりの上でとぐろを巻く。

「そうだ。違う。だが、お前が求める男は存在していない。俺の求める女も、俺の中にしか存在していないように」

 その腸を乱暴に踏み潰すと、ぐぇあうっ、とジャクリーンは吼えて吐瀉物を噴き出した。

「だから、俺はお前を求めもしない。ただ、使うだけだ」

「うぶ、ぶえぁ」

「男を抱けないのなら、手も足もいらないな」

 メタンガスを纏ったデッドストックの左手がジャクリーンの右肩に触れると、すぐさま腐り、溶解し、骨が露出する。 苦痛と屈辱に駆られて左腕を闇雲に振り回してきたが、鎖を巻いた左腕で受け止めて、捻ると、刃は思いの外呆気 なく折れた。折れた刃を太股に突き刺して、瓦礫に繋げてやると、ジャクリーンは一際激しい悲鳴を上げる。その刃 に鎖を絡めてから捻ってやると、恐るべき切れ味で大腿骨が真っ二つになり、脂肪の付いた太股は根本から分断 された。その傷口から新たな刃が生えるも、強度は皆無で触れただけで折れる体たらくだった。

「お前は自分が好きなだけであって、その男を好きなわけじゃない」

 出血多量で痙攣するジャクリーンの左腕も腐らせて毟り取り、放り投げる。

「男を好きな自分が可愛いだけであって、その男に心底惚れているわけじゃない」

 左足の太股に手を添えて皮膚と筋肉を崩し、骨と筋を露出させると、骨に鎖を巻き付けて折る。

「男に媚びている自分が気に入っているだけであって、その男を誘いたいわけじゃない」

 刃物を生やす余力もないのだろう、ジャクリーンは引きつった嗚咽を漏らして千切れた包帯を捻らせる。

「俺もだよ」

 手足を奪われた刃物女は、芋虫も同然だった。デッドストックは合図を送って、中身が空っぽのジガバチを運んで きてもらうと、その中に息も絶え絶えのジャクリーンを叩き込んだ。メタンガスを吸い込んだせいでよろめきながらも、 ジガバチの群れは遠ざかっていった。彼女達が充分離れたことを確かめてから、デッドストックは四角い穴の前に 片膝を付いた。井戸のような穴の中には、女と男と胎児の死体が折り重なって詰め込まれていて、蛆虫が湧いて いた。デッドストックはジャクリーンの血が絡む鎖を握り直すと、深く息を吸った後、穴の底へと身を投げた。
 蛆虫ですらも腐った。





 


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