人造妖精とは、アッパーの愛玩動物である。 ありとあらゆる穢れを切り捨て、賢く優れた人々だけを選び抜き、かつての人類が夢見ていた天国を科学技術に ものを言わせて作り出した。清浄な価値観、平等な社会、優雅な生活をアッパーに与え、労働は機械に任せ、娯楽 と快楽だけを味わい尽くしていた。悩みもなければ苦しみもなく、汚れることもなければ疲れることもなくなったが、 それ故にアッパーは怠惰に苛まれるようになり、退屈から逃れるために刺激を求めるようになった。 最初は機械同士の格闘技、次は機械と人間の殺し合い、その次はホルモンに酷似した成分のドラッグ、更にその 次はポルノ、更に更にその次は、という具合に刺激的なものを追い求めるうちに、かつて切り捨てたはずの穢れを 蘇らせるようになっていった。クリミナル・ハントもその一つに過ぎない。そして、アッパーは禁断の玩具を作った。 「あー、本当だ。ただの作りモンだ」 プライスレスはプレタポルテの背中から生えている、虹色の羽を抓み、引いてみた。昆虫のそれに似た羽は薄く 黄色味掛かっていたが、角度を変えると色彩が変化した。かつて地上を飛び交っていた美麗な昆虫、チョウの羽に 付着している鱗粉と同じ効果を生み出す塗料を開発し、それを羽に塗布したのだろう。 その羽の根本は、少女の真っ白く薄い背中の木の葉のように小さな肩胛骨の間に埋め込まれていたが、神経が 繋がっていないようだった。なので、プライスレスが羽を広げ、動かしてみても、プレタポルテは無反応で湯冷ましを 飲み続けていた。貴重な真水を零されては困るので、デッドストックはプレタポルテの見るからに筋力のない両手に 包まれているコップを支えていた。 「ぷーるー?」 今更ながら背中にちょっかいを出されていると気付き、プレタポルテが振り返ると、プライスレスは手を離す。 「で、性処理用だったら内股に花のタトゥーがあって、単なるペットだったら首の後ろに持ち主のタトゥーがあって、 食肉加工用だったら腹に製造番号のタトゥーがあるってことだけど、こいつにはなーんにもないな」 「そうだな」 プレタポルテの後ろ髪を指で広げ、デッドストックはその短くも細い首が真っ新であることを確かめた。 「内股も腹も綺麗なもんだ。てぇことは何、つまり、どういうこと?」 プレタポルテの裾を捲っていたプライスレスが訝ると、デッドストックは人造妖精の髪を払った。 「そうだな……。製造されて出荷されただけの状態だったのかもしれん。クリミナル・ハントで消費されるためだけに 売却されたんだ。だから、こいつは誰のものでもなく、教育も設定もタトゥーも施されていなかったんだ」 「俺も大体そんなところじゃないかと思っていたところだったんだよ、ストッキー!」 「お前のガスマスクごと減らず口を叩き潰してやりたいところだが、お前の蛋白源を差し出すのならば、手加減して やらないでもないんだが」 「えぇー? 俺の食い扶持が減るんだけどぉ」 「食い扶持を増やしたのは俺だが、その食い扶持が元手の稼ぎの上前を跳ねようとしている立場の輩であることを 弁えたらどうだ。なあ、おい」 「クソッ垂れのヘドロ野郎、ゾンビの出来損ない、ラバースーツフェチの変態!」 「どうとでも言え」 鎖を繋げていない左手の手袋を外したデッドストックがプライスレスを指すと、プライスレスは両手を上げて黙り、 自身のリュックサックを引き寄せて中身を掘り返した。その奥から出てきたのは、乾燥蛆虫の入った袋だった。 「そら、喰えよ」 プライスレスが袋を渋々渡すと、プレタポルテは目を丸め、干涸らびた蛆虫を無造作に掴んだ。いくつかの乾燥 蛆虫が砕け、粉と化す。プレタポルテは小さな手のひらに収まった分の乾燥蛆虫を取り出すと、匂いを嗅ぎ、眺め、 頬張った。もしゃもしゃと咀嚼していたが、不可解そうに眉根を顰め、余っていた湯冷ましを呷った。 「にょん」 「そりゃ不味くて当たり前だ。俺らだって、好きで喰っているわけじゃねぇよ」 プレタポルテの手から袋を奪い返すと、プライスレスはガスマスクを少しずらして残りを口に流し込んだ。 「んで、妖精ちゃんで儲けるにしても、どうやって儲けるんだよ? まさか、ヴィジョンに売り込むつもりか?」 空になった袋を丁寧に折り畳んでリュックサックに戻しながら、プライスレスは冗談めかして笑った。 「そのつもりだ」 デッドストックが肯定すると、プライスレスは乾燥蛆虫を飲み込み損ねたのか、盛大に咳き込んだ。プレタポルテは プライスレスが苦しんでいる理由が解らないのか、不思議そうに観察している。だが、その反応が正しいのだ。 デッドストックも常軌を逸していると思わないでもなかったが、目的を果たせる最短距離だと判断したからだ。 ヴィジョンとは、アッパー達に特に好まれている、音声と映像と体感を組み合わせた大衆娯楽である。クリミナル・ ハントもその中の番組の一つであり、犯罪者達と共に地下世界に放り込まれる球状の浮遊するカメラ、通称メダマ がダウナーと犯罪者の血みどろの追いかけっこをリアルタイムで中継しているのと同時に、アッパー達のギャンブル の対象とされている。もっとも、その事実が判明したのは数十年前のことであり、それまではメダマの正体がどういう ものなのかすらも解らなかった。ヴィジョンの受像機らしきものを拾っても、それを動かせるほどの安定した電圧も なければ、電波も拾えなかったからだ。だが、大空を塞ぐ壁も経年劣化しているらしく、近年になって天上世界から 漏れてくる電波がラジオチューナーなどで受信出来るようになり、ヴィジョンの受像機もまともに映像を映すように なった。そして、ダウナー達は、自分達がアッパーの娯楽物にされていることと、時折投げ込まれてくる檻の中身 と、その周囲を浮遊する金属製のメダマの正体について知ったのである。 そして、自分達が地下世界の住人であるとも知った。 手回し式充電器による電力は、あまりにも乏しかった。 だから、大量の電気を喰うヴィジョンの受像機は、ほんの数秒しか灯らなかった。しかも、そこに写ったのは低俗 極まりないコマーシャルで、デッドストックが見たいと思っていたクリミナル・ハントに関する映像ではなかった。それ に苛立ちを覚えたデッドストックは、ヴィジョンの受像機を動かすための電力を確保しようと、電線を引っ張っている 建物から盗んでくるべく大型バッテリーを入れたショルダーバッグを担いだ。だが、その動きに合わせてじゃらりと鎖が 引き摺られて、プレタポルテがよろめいた。 「にょんっ」 ぺたんと倒れ込んだプレタポルテに、プライスレスは肩を竦める。 「自分で起きろよ」 「おい、プライスレス」 「なんとかしろって言いたいだろうけど、俺にはなんとか出来ないからな! 大体、その鎖を自分の右手首に繋いだ のはストッキーじゃんか。奴隷とその主みたいでちょっとイケてるけどさ。電気を盗みに行くつもりなんだろうけど、 その仕事は手伝わないからな。俺はこの本を読むだけで手一杯だし、さっき蹴られた腹がまだ痛いんだよ」 プライスレスが本を振り回したので、デッドストックは舌打ちしてから、鎖を強めに引いた。プレタポルテはずるりと 汚れた床に筋を付けながら引き摺られ、柔らかな頬が潰れた。儚げな透明感がある白い肌は汚れきり、足の裏も 真っ黒だ。デッドストックはそのまま強引に外に出ようとしたが、プレタポルテの羽が目立つのではないかと危惧し、 一度引き返した。せめて靴を履かせて上着を被せなければ、面倒なことになる。 しかし、手元に子供用の靴があるはずもないので、デッドストックは仕方なく破れたラバースーツの切れ端を裁断 してプレタポルテの足に合わせた大きさにした。新生児のようにぷっくりとした足の裏はろくに歩行した経験がないと 思われるので、これまた仕方なくウレタンマットを切ってソールを作り、それをアルコールランプで少し炙って溶かして からラバーシートに貼り付けた。その即席の靴をプレタポルテの両足に被せて紐で結び付けてやってから、無防備 極まりない小さな体にも、シャツとジャケットを着せてやると、羽が隠れた。 きょとんとしているプレタポルテにガスマスクを被せ直してやってから、デッドストックは出入り口であるドアを開けて 外に出たが、そこに辿り着くまでにひどく体力を消耗した。子供というものは、ここまで手の掛かるものなのか。ドアを 閉めて施錠してからプレタポルテの鎖を引っ張ると、プレタポルテはよたよたと歩いたが、すぐにへたりこんだ。 「むぅ」 「足腰が弱すぎる……」 本当に赤ん坊と同じだ。デッドストックはうんざりしてきたが、放り出せば苦労が水の泡になるので、プレタポルテ を担ぎ上げて肩車させた。こうしておけば、少なくともプレタポルテが足手纏いになることはない。鎖は突っ張るし、 プレタポルテが足を振るので胸に蹴りは入るし、正直重たいが、引き摺っていくよりはマシだからだ。 ようやく外に出ると、案の定、ヴィラン共の興味を惹いた。廃墟の街のそこかしこから注がれる視線に耐えかね、 デッドストックはプレタポルテにジャケットのフードを被せて髪を隠したが、プレタポルテは好奇心の固まりなので、 すぐに首を伸ばしてフードを外してしまい、しきりに辺りを見回しては歓声を上げていた。 ヴィラン達が住む街は、単なる廃墟だ。能力者達が形成している中立組織であるヴィジランテの手が入っている 街は区画整理され、住居も作られ、それなりに整ってはいるが、ヴィランにはそんな馴れ合いは出来ない。他人に 気を遣えるような性格であれば、そもそもヴィランには成り下がっていないからだ。皆、己の能力と欲望を剥き出しに して、荒くれた日々を獣のように生きている。デッドストックもプライスレスも、決して例外ではない。 「てめぇのガスに混じって甘ったるい匂いがすると思ったが、原因はそれかぁ。ひっひゃふふははは」 前触れもなく立ちはだかったのは、赤味掛かった体色の異形の生物、アングルワームだった。その名前の通りの ミミズ人間で、目も鼻もない。一際大きな頭部の首と思しき部分だけはやや色白で、体表面が常にぬるついている。 太い筒でしかない体の上下左右には手足が備わっているが、その尖端に指はない。節が付いているだけだ。 重心が定まっていないのか、アングルワームは不規則に腰を引き、首を逸らしては、時折奇声を発している。頭部 に付いている小さな感覚器官がひくつき、手足の先が小刻みに震えている。薬物中毒に陥っているからだ。数年前 はそれなりに落ち着きのある態度を取る男だったのだが、ヴィランの街から離れた廃工場の内部を改造してミミズ 人間の能力によって土壌も改良し、ケシや大麻を栽培して売り捌くようになってからは薬物に溺れるようになった。 そういった輩も珍しくはないし、薬物に頼っていない者の方が少ないかもしれない。デッドストックの場合は、たとえ 薬物に頼ったとしても、その薬物を体に入れる前に腐ってしまうので無意味なのだが。若い頃に何度か試してみた ものの、いかなる原材料のいかなる薬物を使おうとも、他の面々のようには酔えなかった。 「ガス野郎、そのガキをどこで拾ってきた?」 アングルワームは下半身を不規則にくねらせ、デッドストックに近付いてくる。 「お前には関係ないことだ」 デッドストックはプレタポルテのフードを押さえて歩き出そうとすると、アングルワームはその右足に骨のない足を ぐぬりと絡ませた。寸でのところで転ぶのは避けたが、プレタポルテを担いでいるのでバランスが悪く、デッドストック はたたらを踏んだ。それをいいことに、アングルワームは感覚器官が集まっている頭部をデッドストックに寄せる。 「お前のガキってこたぁねぇよなぁ、お前とヤった女は腐って死ぬだけだもんなぁ?」 「んむ」 プレタポルテは体を縮めてデッドストックの頭部に縋るが、アングルワームはにゅるりと首を伸ばす。 「どれ見せてみろ、おほう、なかなか悪くねぇなぁ。睫毛も長いし、色も白いが、顔もいいが、体が小さすぎるぜ。 あと十年、いや五年……。それぐらい経てば、いい娼婦になってくれるだろうぜ。つうわけだから、売ってくれよ」 「十万ドルだ」 「言ってくれるなぁ、ガス野郎の分際で」 デッドストックの足に絡めていた足を高く上げて、アングルワームは哄笑する。足下を掬われたデッドストックは、 急に視界が回転したせいで悲鳴を上げるプレタポルテを抱えてから左手を付いて側転をした後、顔を上げた。が、 そこに強かに膝が入り、ラバーマスクの下の鼻が抉られる。仰け反ったところで首を刈られ、薙ぎ倒される。 「この守銭奴が。そこまでして金が欲しいのか、てめぇは女を抱けないからって金を抱くのか、クソが」 砂利とアスファルトの破片が散る地面から顔を上げたデッドストックは、ラバーマスクの内側を伝い落ちてくる 鼻血の生温さと鉄臭さに辟易しつつも、プレタポルテを脇に抱えながら立ち上がる。 「お前は抱いた女をことごとく殺すだろうが」 「パパルナは例外だろうがぁよぉー。あいつだけは殺せねぇよ、金蔓なんだからさぁああ」 へらへらと笑いながら不安定に体をくねらせていたが、アングルワームは唐突に腕を振り回した。最初の一撃は 避けることが出来たが、予想外の角度から迫ってきた追撃が胴体にめり込み、デッドストックは一瞬息が止まった。 すぐさま呼吸を取り戻して目を見開くが、アングルワームの奇怪なダンスは止まらない。 プレタポルテさえいなければ、手袋を脱いでどうにでもしてやるのだが。歯痒さに苛まれながらも、デッドストックは アングルワームに蹴りを返し、倒し、殴ったが、敵は思った以上にタフだった。それでなくても、体表面の粘液で打撃 の軸がずれてしまうのでダメージが入りきらないのだ。 「みゅっ」 左手の拳と入れ違いに滑り込んできた細長い腕に的確に右肩を突かれ、デッドストックの右腕が緩む。すかさず プレタポルテを絡め取られ、奪われる。その拍子に長い鎖が伸び切り、デッドストックの右腕も引かれる。アングル ワームはプレタポルテを頭上に高く掲げると、ぬちり、と嗅覚器官のある頭部を近付けて匂いを嗅ぐ。 「てめぇのガスとプライスレスのクソガキの匂いと酒の匂いに混じってはいるが、うほぉ、甘い甘い。男をなーんにも 知らねぇ、正真正銘の女の匂いだなぁ。ふひょひょひょひょ」 「に゛ょっ!」 プレタポルテはでたらめに手足を振り回して抵抗するが、アングルワームは伸縮する腕を伸ばし、更に遠ざける。 デッドストックは鎖を引き返そうとするも、逆に鎖を引っ張られた直後に離されてつんのめり、転ばされた。またもや 顔面を地面に強打し、前歯で舌を噛み切りそうになる。 「んー、どうしたぁ? 俺をどうにかしたいのかぁ? それともなんだ、てめぇの御主人様が助けてくれるとでも思って いたりすんのかぁ? いたとしても、こいつはどうってことねぇ野郎だよ」 じゃりぃっ、と更に鎖が突っ張り、デッドストックの右腕が吊り上げられる。アングルワームは片足を長く伸ばして デッドストックの首に叩き付け、頸椎を踏み締めると、徐々に体重を掛けてきた。喉が塞がれては息が出来るはず もなく、血流も鈍くなり、視界が狭まってくる。鼻血がまだ止まっていないせいで、舌の上にも鉄の味が広がる。 「ヴィジランテに鞍替えしちまうような半端な能力者にとっちゃ、デッドストックは強敵かもしれねぇが、ヴィランの世界 じゃそうでもねぇ。せいぜい下の中ってところだ。腐敗能力っつっても、直接触らなきゃどうってこたぁねぇからな」 ごき、と頸椎が不気味に鳴る。 「つぅわけでだぁ、このメスガキは俺がもらっていってやるよ!」 アングルワームは高笑いして、一際力強くプレタポルテを引っ張った。その腕力は凄まじく、デッドストックの右腕 どころか上半身が持ち上がりかけたほどだった。これでは、プレタポルテの足が脱臼してもおかしくはない。そんな ことになれば、後が面倒ではないか。上半身が持ち上がった瞬間に首の重みが僅かに軽くなり、その隙を見逃さず にデッドストックは仰け反った。逆にアングルワームの足を払いのけてから身を低くして踏み込み、ぬるつく下腹部 に全体重を掛けた肩を突っ込ませる。それだけの重みがあれば、打点はずれないだろう。 思った通り、アングルワームは腰を落としてやや後退る。頭上で鎖が波打ち、プレタポルテの短い足が空を蹴る様 が視界の端に過ぎる。デッドストックは鎖が落ちてくる前に体を捻り、その捻りを鎖に伝えて輪を作り、真っ逆さま に落下してきたプレタポルテを受け止めた。と、同時に鎖の輪がアングルワームの首に填った。 「げぶぇおっ」 鎖を肩に掛けて一息に絞ると、呆気なく、アングルワームの首は千切れ飛んだ。大きく弧を描いたくびれのない首が 地面に落ちると、首を失った体が崩れ落ち、生臭い体液を振りまきながら痙攣した。打撃を加えて滑るならば、 叩かずに縛ってしまえばいいだけのことだ。デッドストックはアングルワームの体液の飛沫を浴びたラバースーツを 払ってから、ラバーマスクの下で早々に腐敗し始めた鼻血を拭い捨て、ごきりと首を捻って頸椎を元に戻した。 「行くぞ」 肩から滑り落ちかけたバッテリー入りのショルダーバッグを直してから、デッドストックはプレタポルテを再び肩車 させた。プレタポルテは何が起きたのか解らないのか、目を丸くしていたが、デッドストックのラバーマスクを小さな 手で握り締めてきた。寄り掛かられると元に戻したばかりの頸椎が痛んだが、そんなものはすぐに治る。能力を持つ 者達は、皆、その能力の高さに応じた自己再生能力も備えているからだ。おかげで、今まで死にかけても数日で 体が元通りになり、生き延びてこられたが、なぜそうなるのかという理由は誰も知らないし、調べようとすらしない。 それを調べたところで、腹が膨れるわけではないからだ。 アングルワームの死体を目当てに、物陰から事の次第を窺っていたヴィラン共が飛び出してきた。細かく切れば 食用にも出来ないこともないだろうし、廃油と化学物質に汚染され尽くした黒い海を泳ぐ魚を釣る餌に出来るからだ。 だから、死んだ者は何一つ無駄にはならない。地下世界の貧困が、死をも無駄にさせてくれない。 それ故に、デッドストックは嫌われている。素手を使って戦えば相手は確実に死ぬが、倒した相手は即座に腐って 食べる部分がなくなるからだ。今は金を稼ぐためになるべく喰える部分を残してはいるが、それでも腐らせてしまう ことは少なくない。だから、今後はプレタポルテと共に手に入れた鎖を活用すべきだろう。 ぬちぬちぬち、びちびちびち、ぶしゃぶしゃぶしゃ。ヴィラン達は慣れた手付きでアングルワームを解体していく。 水っぽい異音が耳に届くが、不快感を感じたことはない。それが日常であり、地下世界の住人が死んだ者の肉を 食うのは当たり前であり、いかなる生物であろうとも喰えそうであれば喰うのが必然だからだ。 だから、喰われたくなければ生き延びるしかない。 13 6/9 |