横濱怪獣哀歌




ダーティ・ハニー



 狭間が外に出ると、ヲルドビスの照明が消された。
 光源を失って狭間は困惑するが、すぐに海老塚の意図を察した。光源を背にしていれば影が出来て、鳳凰仮面と 羽生と狭間達の居所が一瞬で狙撃手にバレてしまう。それでなくとも、鳳凰仮面は派手な格好をしている。狙いを 付けてくれと言わんばかりに。だが、敵はどうだ。これまで、一瞬たりとも姿を見せていない。

「こんなこともあろうかと、闇に目を慣らしておいたのだ」

 少し離れた路地に点在する街灯と民家の窓明かりが連なる中、鳳凰仮面はサングラスを外す。

「逃げましょうよ、鳳凰仮面。でないと本当に死にますよ、これ」

 手探りで羽生の位置を確かめ、羽生と鳳凰仮面の間に立った狭間が引き止めるが、鳳凰仮面は譲らない。

「解っていないな。相手は銃を使うが、それを使うのはあくまでも人間だ。鳳凰仮面は撃たれればそりゃもちろん 死ぬだろうが、撃たれても当たらなければいい。鳳凰仮面には、それが出来る」

 無茶苦茶にも程がある。第一、相手がどこから撃ってくるのか見当も付かないというのに。せめて怪獣達が敵の 居所を教えてくれれば、と耳を澄ませるが、怪獣達は揃いも揃って息を殺している。まるで、自分の存在が誰かに 見つかるのを恐れているかのようだ。先程はやかましく喚き立てて、羽生の危機を狭間に教えてくれたというのに。 ということは、まさか――――
 静寂を切り裂く発砲音が響いた。鳳凰仮面は身を翻したかと思うと、その足元のアスファルトが弾けて黒い破片 が飛び散った。一発避けただけではまだまぐれかもしれない、だが。緊張と恐怖とその他諸々で心臓が絞られ、息が 詰まり、狭間は無意識にツブラの手を強く握り締めていた。

「銃火を上手く隠してはいるが、そのせいで照準が若干ずれているな? それとも、一発で仕留めるのは惜しいと でも思っているのか? ふははははは、生憎だが、この鳳凰仮面は一発で仕留められるような男ではない!」

 二発目。鳳凰仮面が軽く身を引いて七色のスカーフをなびかせると、その布地に穴が開く。

「リボルバーの回転音が聞こえん代わりにチェンバーのスライド音がする、ということはオートマか? ならば、多く とも後七発を無駄撃ちさせれば、そのマガジンは空になるということだな。解りやすいように説明してみたぞ」

 鳳凰仮面は穴が開いたスカーフを一瞥して舌打ちし、身構える。

「さあ、来い。当てられるものなら当ててみろ!」

 自殺行為以外の何物でもない。二度も回避に成功したが、三度目も成功するかどうか解らないではないか。狭間は 不安が極まりすぎて泣きそうになっていると、羽生に手を引っ張られて座り込まされ、店の壁を背にして屈んだ。 当の羽生は重たいビジネスバッグを頭上に掲げていて、ささやかな抵抗を試みている。

「一発目は斜め上、二発目はそこから少し下がってきたから、敵は高いところにいるね。たぶん、その辺の民家の塀 の上だ。そんなに不安定なところから、しかも普通のハンドガンで、この距離でそこまで正確な狙いを定めるんだから、 相手も大概だよ。もちろん、弾丸を避けるあの旦那もだけど」

 で、怪獣の声は聞こえたかい、と羽生に問われ、狭間は答えようとしたが、立て続けに放たれた銃声に掻き消された。 三発四発五発六発、と一息に連なった銃声に紛れていたが、鳳凰仮面の足が鋭く動いて機敏に立ち回った。悲鳴も 呻きも血の匂いもしなかったことからするに、全て避けたらしい。いやいや普通はそんなに避けられるものではない だろう、ちょっと素早く動いただけで避けられたら戦争で誰も死んだりしない、避けたところを狙い打たれたら 命中するはずだろう、だけど鳳凰仮面は無傷だよなあ、と狭間はひどく混乱した。ただの紙芝居屋の旦那が、常軌 を逸した身体能力と反射神経と度胸の持ち主であるとはにわかには信じがたかった。

「それで九発目だ」

 これまでの銃撃で敵の位置を正確に捕捉したようで、鳳凰仮面はヲルドビスの左の斜向かいにある民家の塀の上 を見据えた。狭間はそこにじっと目を凝らしてみると、見えた。闇に馴染む黒ずくめの格好をした人間が、ネコの 如きしなやかさで狭い塀の上に立っている。鳳凰仮面も鳳凰仮面だが、相手も大概だ。サーカスの曲芸の真似事を しながら撃ってくるのだから。じゃきり、と硬い金属音が鳴り、黒い人影は拳銃を挙げる。両手を。
 直後、発砲音が重なる。拳銃と散弾銃の双方が同時に発射された途端、黒い人影は反動に負けて上半身をやや 仰け反らせたが塀からは落ちなかった。恐るべきバランス感覚だ。両方の銃口の真正面に立っていた鳳凰仮面は と言えば、板切れを掲げていた。そこには銃弾と散弾がびっちりと埋まっていて、かすかに煙を上げている。どこで そんなものを入手したのかは定かではなかったし、片腕一本で、しかもただの板切れで銃撃を防ぐこともまた常人 が成せる業ではない。ともすれば、銃弾が板切れを貫通していたかもしれないというのに。

「なあに、どうってこたぁない。命中する瞬間にちょっとばかり板の角度を変えて、力を受け流しただけだ。ちなみに この板はヲルドビスの敷地内に転がっていたものだから、後でマスターに言っておかねばならんな」

 聞かれてもいないことを答えて板切れを投げ捨てた鳳凰仮面は、ちょっと手が痺れちゃったぞ、と右手をひらひら と振った。ちょっとで済むわけがない、それで済む人間がいるはずがない、と狭間は文句を言いたくてたまらなかった が、言葉に出来ず、水から揚げられた魚のように口を開閉させるだけだった。

「弾切れかーあ。つまんなーい」

 子供じみた口調でぼやきながら近付いてきた人影は、右手の拳銃と左手の散弾銃を投げ捨てる。かと思いきや、 すぐさま手中に戻し、引き金に指を掛けた。目を見張った鳳凰仮面が半身を引いた途端、黒い穴の開いたスカーフ が消し飛び、焼け焦げた合成繊維が散って火の粉が舞う。発砲音もなければ、弾丸を装填する仕草もなかったのに、 まだ弾丸がある。ということは、狙撃手が持っている拳銃の正体は。

「怪獣拳銃!?」

 愛歌との会話で耳にしたことがある、その名の通りの武器だ。狭間が思わず叫んでしまってから、口を塞いだ。 黒い人影はオートマチックの大振りな拳銃を回転させてから、熱を帯びた銃身に覆面で覆った頬を寄せる。

「こっちがボニー」

 続いて、銃身を短く切った散弾銃にも頬を寄せ、にんまりと目を細める。

「こっちがクライド。どっちも凄く良い子でしょ?」

 男でもなければ女でもない、どっちつかずの口調と声色だった。身長はそれほど高くはなく、二丁の銃を操る両腕 はがっしりしているが、腰回りの肉付きはまろやかだ。

〈あらあら、この子ったら。私達を自慢したいからって、こんなことをしちゃって。殺し屋としては三流ね〉

〈だが、それだけ俺達に愛着を持ってくれているってことだ〉

〈殺しましょう、殺したいのよ、早く私の引き金を引いて!〉

〈いや、俺が先だ! 俺がこいつらを殺してぐちゃぐちゃにしてやる!〉

 続いて狭間に聞こえてきたのは、女っぽい怪獣の声と男臭い怪獣の声だった。前者がボニー、後者がクライドと みていい。間近に迫った死への恐怖で狭間は気が遠くなりそうだったが、懸命に思い返す。怪獣拳銃、通称怪銃に ついて愛歌がなんと言っていたのかを。怪銃に詰め込まれている熱源の怪獣が発射するのは、超高熱を凝縮した 非質量弾であり、簡単に言えばSFによく出てくるレーザービームを固めたものだ。質量を持たないから大気摩擦も なければ重量もないため、通常の銃弾とは違って落下せずに直進する。そして、弾切れがない。

「怪銃相手に生身で立ち回れるわけがないですよ、今度こそ逃げましょうよ!」

 狭間は鳳凰仮面を諭すが、鳳凰仮面は身を下げる素振りも見せなかった。

「怪獣? そうか、こいつは人間ではないのか。人間の言葉を操る怪獣がいると聞いたことがあるが、なるほど そうか、だったら遠慮はいらないなぁっ!」

 と、急に歓喜した鳳凰仮面は黒い人影に真正面から向かっていき、狙撃手に銃口を据えられる直前に体を低く して足払いし、即座に腕を絡め取って背負い投げた。大きく弧を描いた敵は背中をアスファルトに叩き付けられ、 がへっ、と息を吐き出して体を震わせた。それでも両手の怪銃を離さないのは、彼、或いは彼女の意地か。

「さあ立ち上がれ、立ち上がらぬのであればもっと行くぞぉおおおっ!」

 異様に張り切った鳳凰仮面は敵の両足を掴んで持ち上げ、ジャイアントスイングの要領で放り投げると、強かに 板塀に激突した。衝撃を受け止めて波打った板塀から滑り落ちた黒い人影は、震える手で怪銃を挙げようとする が、その手を鳳凰仮面に踏み付けられた。敵の両手を踏み躙って仁王立ちする正義の味方は、分厚い胸を張る。 それでも尚、敵の指は緩まなかった。それどころか、引き金を引いた。

「うおうっ!?」

 両足の下から迸った熱弾に、鳳凰仮面は飛び上がって後退する。途端に二丁の怪銃が銃口を上げて鳳凰仮面の 両腕を狙うが、すかさず鳳凰仮面は体を捻って射線から逸れる。命中しそびれた熱弾は電柱を貫いた後、夜空に 吸い込まれていく。幸い電柱は倒れなかったが、黒焦げの穴が空いてしまった。

「ふぬははははははは、面白い面白いぞ、そうだ、こういうのを待っていたのだっ!」

「なんで当たらないのさぁー、あーもう苛々するなあ!」

「喚く元気があるということは、まだ鳳凰仮面と戦えるということだな、そうだなっ!?」

 さあてもう一戦交えようではないかあっ、と鳳凰仮面はおもむろに狙撃手を肩に担いだ。当然ながら黒い人影は 抵抗するが、先程の一本背負いによるダメージもあり、暴れ切れていない。それをいいことに、鳳凰仮面は肩の上 で跳ね回る人間を力任せに抑え込んでしまった。狭間は鳳凰仮面を引き止めようとしたが、声を掛けるよりも先に 暗い路地へと消え去ってしまった。鳳凰仮面と狙撃手のどちらを心配すればいいのか解らず、追うべきか追うまいか を悩んでいる狭間に、すっかり蚊帳に外になってしまった羽生が言った。

「で、狭間君。あの狙撃手は怪獣なのかい?」

「いえ、違います。怪獣なのは怪獣拳銃であって、その使い手は常人ですよ。たぶん」

「マー、ツブラ、ナニカ、スル?」

 ツブラにシャツの裾を引っ張られ、狭間は苦笑する。

「余程のことがなければ、何もしなくていいんじゃないのか?」

「ナンデ?」

「ボニーとクライドって名付けられた怪銃とその持ち主、押されているんだよ。鳳凰仮面に」

 狭間はツブラを構ってやりながら、二丁の怪銃の声を聞き取った。名乗った時はあれほど調子付いていたのに、 今はボニーもクライドもぎゃあぎゃあと情けなく悲鳴を上げている。それもこれも、使い手である狙撃手がひたすら 殴られているからである。致命傷は負わせていないようだが、この分では狙撃手は当分の間は身動きが取れない だろう。これでいいのか、いやよくない、だがしかし、と狭間は大いに迷った。街灯が切れかかっているのか、目の 端で光が不規則に点滅した。その点滅が途絶えると、羽生は立ち上がってスラックスの汚れを払った。

「迷惑を掛けたね、この僕は帰るとするよ。ああ疲れた」

「真っ直ぐ帰って大丈夫ですか、羽生さん」

「デスカ?」

「大丈夫だよ。さっき、どこかからモールス信号で撤退しろとの指示が出ていた。あれはあの狙撃手に向けて出した ものだと考えるべきだ。光源がどこかまでは見当が付けられなかったが、こちらに向けていたのは確かだからね。 となると……この僕が考えているよりも、もっと根は深いのかもしれないなぁ。ううん、だけど、あのトカゲ男が この僕を生かそうと考えるものかな? ああ、考え込みたいけど血糖値が足りない、夕食を喰いっぱぐれたからなぁ」

 ジャケットのポケットを探った羽生はタバコを出し、銜えたが、ポケットを探り直して眉根を寄せた。

「狭間君。火、貸してくれる?」

「どうぞ」

 タバコを銜えた羽生に、狭間はマッチを渡した。羽生はマッチで火を灯し、煙を深く吸う。

「これで終わるとは思えないんだよな、相手が相手だからね。だけど、今日はここまでみたいだ」

「生きた心地がしませんでしたよ、最初から最後まで。というか、羽生さん、よく平気ですね」

「そんなこと、あるわけないじゃないか。この僕はどこまでも誉れ高い存在ではあるけどさ、拳銃で命を狙われた のなんて生まれて初めてだよ。怪獣を研究している時に危険な目に遭ったのは一度や二度じゃないけど、人間相手に ここまでされたのはね、初めてに決まっているじゃないか。余裕なわけがないだろ、そう見えていたとしてもそれは 君の主観に過ぎなくてこの僕の主観じゃない。泣けるものなら泣きたいよ、冷静に事の行方を見定めなければ死ぬから 冷静になっていたのであって、そうでもなければ冷静でいられるわけがないだろ、なあ!?」

 一気にまくし立ててきた羽生は、心なしか目が潤んでいた。当たり前の反応だ。常人のそれとは少し違う価値観を 持っている人間であろうとも、羽生はやはり科学者で堅気なのだ。彼の目論見はとんでもないが、予期せぬ災難に 見舞われたことは同情に値する。タバコを一本吸い終えると、羽生は落ち着きを取り戻した。

「また会おう、狭間君、ツブラ。生きていられたらね」

「嫌なこと言わないで下さい」

 渋面を作った狭間に、羽生はぞんざいにビジネスバッグを投げ渡した。が、それを受け取ったのはツブラの触手 だった。狭間はビジネスバッグと羽生を見比べていると、羽生は手を振りながら歩き出す。

「あげる。辰沼を探し出すために集めた資料が入っているけど、いらなくなったから便所紙にでもするといい」

「え?」

「辰沼を探し出そうと思っていたのは、個人的な感情があったからだ。だが、よくよく考えてみると、あれを泳がせて おいた方がこの秀ですぎてどうしようもない僕の研究が捗りそうなんだ。怪獣が人間を殺せば光の巨人が現れると いうのなら、怪獣人間や怪銃を使っている九頭竜会が暴れるほど、光の巨人の出現頻度が高くなる。そうすれば、 この誇らしすぎて認めざるを得ない僕の理論が証明出来るかもしれない。その時はよろしく頼むよ」

「無茶苦茶ですよ! それこそしちゃいけないことですよ!」

「光の巨人を知らなければ手の打ちようがないさ。資料もなしに研究成果をあげろという方が、余程無茶苦茶だ」

 それがこの僕の仕事なんだよ、と言い残して羽生は去っていった。それは尤もではあるのだが、しかし。狭間は 羽生に文句を言いかけたが、開きかけた口を閉じた。羽生が予想した通りに、九頭竜会の構成員である怪獣人間 や強硬派の怪獣義肢が人間に手を掛けた末に光の巨人が現れたら、その時は今まで通りにツブラに戦ってもらえば いい。出来る限り被害を出さないように、ツブラには頑張ってもらうしかない。狭間は何も出来ないのだから。
 出来ないから、誰かに頼るしかない。




 全治二週間。
 それが、一条御名斗の診断結果だった。体の至る所に薬を塗られて湿布を貼られて包帯を巻かれてしまい、素肌の ほとんどが覆い隠されてしまった。骨折も捻挫もしていないのは、手加減された証拠だ。須藤がいてくれたら、と 寂しくなったが、電話を掛けると足が付いてしまいかねないので連絡は取れない。御名斗は薬臭くなった自分の体に 辟易しながらも、少し動かしただけで引きつる手足にびくつきながらも、ワンサイズ大きいシャツを着た。

「ねえ、辰沼先生。これ、綺麗に治るぅ?」

 傷跡が残ったら、須藤がどれほど怒ることか。御名斗が不安がると、辰沼京滋はカルテ代わりのノートに御名斗 の体の具合を書き込んでから返した。

「須藤さんが帰ってくるまでには完治はしないが、綺麗に治るようにはしてあげるよ。その分の金は、君の恋人から たんまりと頂くつもりだからね。無論、その分の仕事はするよ」

 白衣を着た西洋人じみた顔付きの男は、青緑色の長髪を首の後ろで一括りに結び、銀縁のメガネの奥で赤い瞳を 動かした。だが、辰沼京滋が捉えているのは半裸の御名斗ではなく、剥き出しの二丁の銃だった。オートマチックの拳銃 はコルトM1911、銃身を短く切ったソードオフショットガンはレミントンM870。今はどちらも銃弾は抜かれて いるが、撃とうと思えばすぐに撃てる。銃弾を装填している時も、拳銃のボニーは独りでに撃鉄を起こしてくれるし、 ショットガンのクライドは自力でポンプアクションを行うので片手で撃てるのが利点である。だが、昨夜はどちらも 使い勝手を確かめるだけのつもりでいたので、クライドに装填した散弾が少なすぎたために鳳凰仮面も羽生鏡護も 仕留め損ねた。挙げ句の果てに鳳凰仮面に散々殴られて、この有様だ。

「しかし、珍しいこともあるもんだ。御名斗君が負けて帰ってくるなんて」

「負けたっていうか、相手が飽きてくれたっていうかでさぁー……。ひっどい屈辱だよぉ」

 鳳凰仮面にしこたま殴られた顔をさすり、御名斗はむくれた。標的を圧倒するかと思われた怪銃をあっという間に 封じられたばかりか、これでもかと殴られ、蹴られ、柔道とプロレスがごっちゃになった技を掛けられた。御名斗は それなりに経験があるので受け身を取れたおかげで、この程度のケガで済んだが、鳳凰仮面は御名斗が怪獣でも 怪獣人間でもない人間だと知るまでは暴れ続けた。やれる限り応戦はしたが、どんなに力一杯殴っても蹴っても、全く 動じなかった。それどころか、反撃されると喜ぶ始末だった。野良ヒーローと御名斗の不毛な戦いは、御名斗が気絶 するまで続いた。その間、怪銃を使うチャンスは全く与えられなかった。

「俺でも取っ組み合って負けちゃったんだから、他の奴らなんかじゃ瞬殺されちゃうね。だから、鳳凰仮面と出会ったら チャカかヤッパですぐに決着付けろって言っておかなきゃ。でないと、若衆共が全滅しちゃう。でもなぁ、このこと、 すーちゃんには知られたくないなぁ。でも、御嬢様に報告しないとなぁ。失敗したって。やんなっちゃう」

 御名斗がしょげていると、赤い髪の少女、田室秋奈が小さな薬袋を渡してきた。痛み止めと抗菌薬である。

「大丈夫、問題はない。辰沼先生が口添えする」

「そうそう。あのヘビ男を見逃せって指示したのは、ヘビ男に狙われていた張本人の僕なんだからね。責められると すれば、僕ぐらいなものさ。それに、ヘビ男をすぐに殺しちゃうのはあまりにも勿体ないよ。僕とは違う意味で才能 溢れる人材だし。それに、一度会って色んなことを話したいんだ」

 辰沼はやたらと楽しそうで、上機嫌だった。狙われていたという事実よりも、古い友人が接点を持とうとして くれたことの方が彼にとっては重要であるらしい。

「むしろ、御名斗さんがズタボロにされたことに気付かなかった若衆をぶん殴るんじゃないっすかね、左腕で」

 複数の怪獣を組み合わせた外皮を被っている怪獣人間、藪木丈治は牙を曝してにやける。

「僕としては須藤さんに暴れてもらいたいんだけどなぁ。あの人とシニスターの結合手術は上手く行きすぎるほど 上手く行ったし、双方の体質も合っているし、須藤さんであればシニスターの能力を全て引き出せるはずなんだが、 なまじ偉いものだから暴れてもらえないんだよなぁ。だけどなぁ、あの人の理性を吹っ飛ばすのは結構簡単なんだ よなぁ。うぅん、どうしようかなぁ。御名斗君、須藤さんを焚き付けてもいい?」

 身を乗り出してきた辰沼は期待に満ち充ちていたので、御名斗は快諾する。大暴れする須藤を見てみたいのは、 御名斗も同じだからだ。

「いいよー。すーちゃんだって、社長業ばっかりだと退屈だろうしね。シニスターも」

 じゃあまた来るね、と御名斗は三人に手を振ってから外へ出た。錆の浮いた鉄階段を下りて一階に下り、角部屋 に入り、鍵を閉めるとそこは自宅だった。暫定ではあるが、辰沼京滋とその部下達はフォートレス大神の空き部屋 を隠れ家にしている。それを羽生に感付かれかけていたので、殺すつもりで牽制を掛けに行ったのだが、その甲斐 あってか羽生は急に大人しくなった。辰沼はそれが不気味だと言っていたが、羽生の真意までは解らない。
 散らかり放題の自室に戻った御名斗は、もらったばかりの薬を飲もうとしたが、コップが見つからなかった。さすが に酒で薬を流し込むのは拙いので、コップに代わる入れ物がないかと探していると、服の山に埋もれている黒電話の ベルが鳴った。むっとしながらも電話を取ると、相手は九頭竜麻里子だった。

「あ、御嬢様? あー、俺ね、ちょっとね……あ、はーい。じゃ、今から御屋敷に行きまーす」

 丁度、退屈していたところだ。体のあちこちは痛いが、動けないほどではない。鳳凰仮面に殴られた憂さ晴らしも したかったから、願ってもない話だ。麻里子によれば、今、九頭竜邸には渾沌と通じていたばかりか九頭竜会 の名を使って好き勝手やっていた下位組織の構成員を絞り上げているのだそうで、情報を吐かせるだけ吐かせた ので嬲り殺しにしてもいい、とのことだった。要するに、いつものパーティだ。
 ボニーとクライドをバッグに突っ込んで、包帯と湿布を隠すために一枚多く着込んでから、御名斗は鼻歌混じりに 出発した。道中、愛車のサバンナで通りかかった寺崎善行に拾ってもらい、九頭竜邸へ向かった。だが、どうせなら 須藤に殺しを見てもらいたかった。その後は、彼はいつにも増して性欲が旺盛になるからだ。
 なんて愚かで、なんて愛おしい男だろう。





 


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