横濱怪獣哀歌




円卓ニ余地ナシ



 そして、狭間は受け取ってしまった。
 抗怪獣薬入りの注射器が三本、更に怪獣人間の藪木と秋奈である。二人は狭間の監視役を兼ねた戦力だよ、と 辰沼が明るく送り出してくれた。ツブラは怪獣人間が物珍しいのか、藪木を眺め回していて、藪木もシャンブロウ に興味があるのかツブラと目を合わせていた。秋奈はそれが面白くないのか、むっすりとしていた。
 九頭竜屋敷を後にした狭間は、ガレージに停めてあるドリームを取りに行った。右ハンドルに引っ掛けておいた ヘルメットを被り、思い切りため息を吐いた。秋奈と藪木もガレージに入ってきて、おもむろに黒塗りのキャデラック のボンネットを開けた。何事かと振り返ると、ボンネットの中の藪木が入ろうとしていた。

「何やってんですか」

 思いがけないことに狭間が困惑すると、空っぽのボンネットに下半身を入れた藪木は肩を竦める。

「いやあ、オイラはこの図体っすから、狭間君と一緒に行動しようにも目立ちすぎるじゃないっすか。だから、 いっそ車の動力源になっちまえばいいんじゃないかって考えたんすけど、物理的に無理っすね、無理」

「キャデラックはでかい車ですけど、さすがにきついですよ」

「……残念」

 ボンネットに入りきらなかった藪木を見上げ、秋奈は眉を下げる。

「無理に付いてこなくてもいいですよ、別に。いざとなったら、ツブラがなんとかするんで」

 ただでさえ厄介な事態なのに、騒動を起こされたら迷惑だ。狭間があしらおうとすると、藪木は笑う。

「だけど、この前はシャンブロウは御嬢様とカムロにあっさりしてやられちゃったじゃないっすかー。二度あること は三度あるって言うじゃないっすか。狭間君は怪獣に関してはエキスパートかもしれないっすけど、怪獣人間との戦い に関してはズッブスブのド素人っすよー。この前の鳳凰仮面二号の件にしても、ありゃ須藤さんが頭と下半身に血が 上りすぎていたからなんとかなったわけであって、そうでもなかったら今頃は横浜湾の藻屑っすー藻屑ー」

「あ、あぅ、あっ」

 鳳凰仮面二号の正体を文字通り見透かされていたのか。狭間がたじろぐと、秋奈が続ける。

「あれは辰沼先生による怪獣との相性を調べる試験。但し、本来の試験対象者はあなたではない。鳳凰仮面本人 であり、あなたをグルムと関わらせる予定はなかった。その上あなたは予定外の行動ばかり取るので、追尾と透視 にはかなり苦労させられた。けれど、そのおかげで大きな収穫を得られた。狭間君、あなたには怪獣と会話が出来る能力があるのが判明した」

「一体なんのことで」

 狭間は目を泳がせるも、秋奈は平然と述べる。

「私は赤外線の変動もある程度であれば目視出来る。よって、あなたが言葉を発した際にあなたの近隣に存在する 怪獣の温度が上下していることを検知した。同時に、怪獣電波検知器によって電波の変動も検知した。怪獣電波の 変動は不規則ではあったが、電波の進行方向は決まってあなただった。氷川丸からも、バンリュウからも、その他 の怪獣からも検知し、精査した結果、それらの怪獣電波に含まれている情報までは割り出せなかったが、これまで の研究データから何らかの情報交換を行っていると判断出来た。そして、あなたからも怪獣電波を検知した」

「え? そうだったの?」

 自分の能力はそういう仕組みだったのか。狭間が驚くと、藪木が割り込んできた。

「んで、怪獣人間である俺とむーちゃんはアパートの隣室に住んで、狭間君が無意識に出している怪獣電波を受信 っつーか聞き取っていたんすよ。まー、怪獣人間は怪獣とは言い切れないんで、その内容まで把握するのは無理 っちゃ無理なんすけど、狭間君が出している怪獣電波と狭間君に向けられた怪獣電波は周波数が同じっつーかで、 ちょっとだけ解ったんすよ。んで、それを俺とむーちゃんなりに調べたら、会話だったんすよ」

〈あ、そうか。この怪獣人間のでかい方、怪獣の電波受信器官が体に埋めてあるから、俺達の声が拾えるのか〉

 狭間の股の下で、ドリームが納得した。

「怪獣達が発する怪獣電波は極極極超長波からテラヘルツ波まで周波は様々だが、あなたに放たれる怪獣電波は いずれも短波で統一されていることも判明している。そして、あなたから放たれる怪獣電波もまた短波で統一 されている。よって、双方が何らかの情報交換を行っているのは間違いない」

「辰沼先生が言うには、狭間君の頭の中に怪獣と同じような電波受信器官があるんじゃないか、んだそうで。んで、 せっかくだから狭間君を解剖して電波受信器官の有無と位置を確かめたいそうっすけど、さすがに今は無理だから 素直に諦めておく、んだそうで。よかったっすねー」

 何がせっかくで、何がよかったのだ。狭間は反論しかけたが、二人の話のおかげで自分のことが少しだけ解った ような気がした。だから、どんなに遠く離れていても怪獣と会話出来たわけだ。ツブラとも怪獣電波を介して会話した ことが一度だけあるが、それ以降はすっかり御無沙汰なので、ツブラは怪獣電波を用いて会話するのが下手なの かもしれない。そのツブラはといえば、ドリームの後部座席にちょこんと座って発進を待っている。

「というわけだから、狭間君には怪獣が何を言っているのかをリークしてほしいんすよ。カムロが何を言っている のかも。渾沌の動向の情報も出来ればリークしてほしいっすけど……」

「俺は聖徳太子じゃありませんので」

「論外」

「ロンガイ?」

 秋奈の言葉を聞き返したツブラに、藪木が説明する。

「話にならない、ってことっす。つまり、オイラ達は狭間君の意見なんて端から聞く気はないっす」

「じゃあ聞かないで下さいよ」

「サイヨー」

 狭間が渋い顔をすると、意味も解らずにツブラが言葉を真似た。

「ごちゃごちゃ言っているのもアレっすから、そろそろ出発するっす。でないと、御嬢様がどこに行くか解ったもんじゃ ないっすからね。不良娘っすからねー」

 キャデラックは諦めるしかないっすね、とぼやききながらボンネットから出た藪木は、キャデラックよりも更に図体 のでかいアメ車の黒いピックアップトラックのボンネットを開けて、その中に潜り込んだ。最初からその車に入れば よかったのでは、と狭間は思ったが胸の内に留めた。ボンネットに入った藪木は体のあちこちに大型ワニクリップを 付けて配線を繋ぎ、しばらくするとエンジンが唸り出した。秋奈は運転席のドアを開け、中を示した。

「運転」

「俺が?」

 狭間が自分を指すと、秋奈は頷いた。

「私では運転出来ない」

「俺のバイクは」

「ガレージに置かせてもらったらいいんじゃないっすか。親分もそれぐらいは許してくれるっすよ、たぶん」

 それは単なる希望的観測であって根拠ではない、と狭間は言いかけたが、ドリームには大人しくしてくれるように 言い聞かせてからツブラを連れてシボレー・C/Kの運転席に乗り込んだ。車内は驚くほど広く、小学生並みに小柄な 秋奈ではシートに座ると足が浮いてしまうのは確実だ。それ以前に、彼女は無免許なのだろう。狭間も身長はそれ ほど高い方ではないが、ペダルに足が届いたので安堵した。ブレーキ、クラッチ、アクセル、ギア、サイドブレーキ、 ハンドル、ミラーの角度、と一通り確認してから、秋奈から渡されたイグニッションキーを差して回した。
 クラッチを踏み忘れて発進したため、盛大にエンストした。




 九頭竜会の情報網と秋奈の透視により、諸悪の根源の居所が判明した。
 古代喫茶・ヲルドビスでもなく、野毛山の市立図書館でもなく、場末の盛り場でもなく、聖ジャクリーン学院だった。 女学生なので至極当然と言えば当然なのだが、よりによって一番近寄りがたい場所だった。狭間達が乗るシボレー が停まっているのは、聖ジャクリーン学院から少し離れた駐車場で、熱を持ったボンネットに腰掛けた秋奈がじっと 校舎を見つめていた。何がどう見えているのか、知りたいようで知りたくない。
 名前からして御嬢様学校の聖ジャクリーン学院は、外見もそれらしかった。洋風を通り越してルネサンス建築じみた 装飾が付いた校舎と体育館、尖った屋根の先端に十字架が付いている礼拝堂、講堂と思しきドーム状の屋根が 付いた大きな建物もあり、寄宿舎も敷地内に建っているが、いずれも近寄りがたい雰囲気を纏っている。

「どこから入れと言うんだよ……」

 入ったら最後、即座につまみ出されて不法侵入で逮捕されて人生が終わってしまう。打ちひしがれた狭間がぼやく と、ボンネットの中に収まっている藪木が明るく答えた。

「どうにでもなるっすよ、むーちゃんの目に掛かれば抜け道の一つや二つや三つや四つ」

「ナル?」

「ならない」

 好奇心に駆られたツブラが身を乗り出してきたが、狭間はツブラの頭を押さえ付けた。

「なる」

「だから」

 狭間が再度言い返そうとすると、ボンネットから降りた秋奈が駆け寄ってきて、背伸びをして運転席を覗いた。

「搬入口の施錠がされていない。用務員、及び警備員、及び教職員、及び生徒の通行は見受けられない」

「だから?」

「侵入すべし」

「誰が?」

「そりゃあ狭間君っすよ」

「同意」

「マー」

 藪木と秋奈だけでなくツブラにもせっつかれ、狭間は大きなハンドルに突っ伏した。こうなると、反論しても 無駄だ。そもそも、反論しても聞き入れてくれないと藪木は明言していた。面倒臭い仕事こそ素人任せにする もんじゃないだろうが、と言いたくなったが、九頭竜会の関係者だと裏工作に忙しいカムロに感付かれてしまう 危険性が高いのは確かだ、と少しだけ納得した。ほんの少しだけだが。
 しばし逡巡した後、狭間は全てを諦めた。九頭竜邸で食した二切れのザッハトルテとは異なる重みが胃袋を圧迫 していたが、ぐっと押し殺して運転席から降りた。だが、独りきりではどうしようもないので、ツブラは変装させて から同行させた。藪木はボンネットの隙間から、秋奈は助手席から見送ってくれた。
 広い塀に沿って延々と歩き、正門とは反対方向の搬入口に到着した。学生寮や学生食堂に食材を搬入するための ものだからだろう、幅が広い。半信半疑で門扉に手を掛けてみると、秋奈の言うとおりに施錠されていなかった。 滑らかに開いた門扉の隙間から入り込んでみても、誰とも鉢合わせなかった。授業中なので、校舎からは教師の 声やチョークが黒板を叩く音が零れ、グラウンドからは少女達の掛け声も流れてきた。狭間の心中は学生時代に 引き戻され、懐かしさで胸が締め付けられたが、そんな場合ではないのだとすぐに思い直した。

〈こっちこっち、こっちにいるわよ!〉

 どこからか、怪獣が嬉々として狭間に話しかけてきた。声色は十代後半の女性のようだった。

「こっちってどっちだよ」

「ダヨ」

 物陰に隠れてから狭間が問い返すと、その怪獣は応じる。

〈こっちよこっち、聖堂にいるわ。ステンドグラスが綺麗な建物よ〉

「そこに、あいつがいるのか?」

〈そうよ。麻里子ちゃんとカムロが待っているわ〉

「どうしてそれを俺に教えてくれるんだ?」

「ルンダ?」

〈ふふ、それはね……〉

 突如、大きな音が響いて校内を揺さぶった。音源は件の聖堂だ。狭間はツブラを咄嗟に抱えながら様子を窺うと、 聖堂の両開きのドアが全開になっていて、そこには長い黒髪を靡かせる女学生が立っていた。九頭竜麻里子だ。 なんだそこにいたのか、と狭間は毒気を抜かれかけたが、すぐさまそれは戻ってきた。
 麻里子の背後に、全身に包帯状の布を巻き付けた石像じみたもの――――女性型怪獣が屹立していた。体格は 三メートル前後で、背中から天使のような一対の翼が生えている。否、翼の羽根に見えたのは全て刃だった。包帯 の隙間から飛び出しているのも刃、髪の毛に似た形状の物体も細く長く連なった刃、刃刃刃。

〈いらっしゃい、人の子、天の子〉

 しゃらしゃらと涼やかな金属音を零しながら、声の主は歩み寄ってきた。

〈私は……ここに通う娘達からは、聖ジャクリーンと呼ばれているわ。私は神の御使いにはなれないけど、娘達の 悩みや迷いを受け止めることは出来るわ。だから、私は麻里子さんとカムロの気持ちも受け止めているの。誰かに 話すだけで気持ちは落ち着くし、活路が見出せるかもしれないから〉

〈まあ、そういうわけだよ。人の子、天の子〉

 聖ジャクリーンを背後に従えている麻里子の後ろ髪が広がり、赤い瞳――――カムロの目が現れる。

〈少しでいい、俺の話を聞いてくれないか〉

「お前みたいな悪党の話なんて」

〈聞く価値もないとでも? だがな、人の子。お前は俺達怪獣の話を聞く以外の存在意義はないと、自分でも解って いることだろう? 穏健派共と慣れ合うのも結構だが、あいつらの思想はあれはあれで偏っているんだよ。性善説と でも言おうか、人間が無害な存在だという認識の元に成り立っている思想だ。それがどれだけ危ういか、俺はこの目で 見届けてきた。だから、人の子、天の子。俺の話を聞いてくれよ。なあに、時間は取らせない〉

 にたりとカムロの目が細まり、髪束が柔らかくしなる。これこそ罠だ、危険だ、上手く丸め込まれるだけだ。そう は思いつつも、カムロが麻里子と九頭竜会の構成員の支配を緩めてさえくれれば、狭間は危ない橋を渡らずに済む かもしれないとも思った。ツブラはちょっと不安げに狭間の裾を引っ張ってきたので、その手を握り返す。
 本日二度目の円卓会議に出向くしかなさそうだ。





 


14 7/21