横濱怪獣哀歌




トラ・トラ・トラ



 不意に、首から下が弛緩する。
 麻里子とカムロがジンフーの糸を悟った時、既に手遅れだった。ジンフーは、結婚式での傷を縫合していた髪の毛 に自らの意思を流し込み、麻里子のみならずカムロの意識を押さえ込んでしまった。並の人間に出来る芸当では ない。麻里子は懸命に自分を取り戻そうとするが、カムロごと首を外されてしまい、身動きが取れなくなった。夫は 苦悶の表情を浮かべる妻の生首を舐めるように眺めていたが、足元に無造作に置いた。

「おぬしらが何を考えちょるのか、大体は解るようになってきたわい」

 ジンフーのワイシャツの腹部に血が細く滲み、傷口を縫合していた髪の毛が抜け、それが麻里子の生首の断面に 刺さった。思念による無線操作でも充分に麻里子を支配出来ていたが、それでは心許ないので、有線接続による 操作に切り替えたのだ。カムロ以外の他者に操られる感覚は初めてで、麻里子もカムロも混乱し、でたらめに髪の毛 を躍らせた。が、それもすぐにジンフーに押さえられてしまう。髪の毛の一本一本に意志を注ぎ、均等に操るだけ でも、慣れなければ心身にかなりの負担が掛かる。だが、ジンフーは涼しい顔をしている。余程肝が据わっている のか、頭が回るのか、或いは人間にあるまじき狂気を備えているのか。
 麻里子の意思とは無関係に、髪が形を変える。見覚えのある青竜刀、ライキリによく似た日本刀、柄も付いた 薙刀、古代中国の武器である法天戟、蛇矛、斧、鉈、と次々に武器の形を成しては解ける。青竜刀と日本刀以外 は麻里子の記憶にもカムロの記憶にもなかったので、ジンフーの記憶を元にして造ったのだ。
 ジンフーは麻里子の髪を束ねて造った槍を手にし、躊躇いもなく握り締めた。滑らかであるが故に切れ味抜群の髪 は、男の分厚い手の皮を浅く切り、血を滲ませる。。突き、滑り、回し、振り下ろし、虚空を 切り裂いた。最後に頭上で槍を回転させた後、かん、と柄の先端でアスファルトを叩く。

「軽いが鋭い。ええ武器じゃのう」

「……お一人の力で、と指定すべきでしたね」

 ジンフーの足元から麻里子が呟くと、虎は牙を剥く。

「さしずめ、夫婦の共同作業じゃ。作り物の洋菓子に刃のない包丁を入れるよりも、余程ええわい」

「ですが、私の髪の槍だけではシャンブロウまではまず届きません」

「問題はそれだけじゃなかろう。この世には重力っちゅうもんがある。それがある限り、発射したモンは真っ直ぐは 飛んでくれん。発射した物体の重さと速度にもよるが、弧を描いて下降する。質量が大きければ大きいほど、その 角度は大きくなるっちゅう寸法じゃ。リーマオがここにおるっちゅうことは、マーリーズーはリーマオの足の棘でも 芯にして髪の毛の束を発射しようとでも考えちょったんじゃろうが、浅知恵じゃのう」

 ジンフーは外見に見合わぬ言葉を並べ立て、太い顎をさする。

「あの触手の怪獣が質量を持った実体の怪獣であるっちゅうのが大前提じゃが、あれの表皮の厚さと筋肉の硬さまで は計算に入れちょらんかったじゃろう。刺さったところで、ささくれ程度じゃ何の効果も出んわい。刺さるにしても、 神経に触れんと無駄じゃ。血管から毒を流し込んだとしても、あの図体じゃと相当な量の毒を入れんと効かんわい。 となれば、神経の位置を見定ねばならんのじゃが、あれは人間と同じ形だからといって中身も人間と同じとは限らん からのう。透視出来る怪獣人間がおればよかったんじゃが、生憎、そこまでの贅沢は言えん」

 槍の穂先を掲げ、ジンフーはシャンブロウの胸を指す。

「じゃから、シャンブロウの皮を裂き、肉を破り、神経を抉り出すしかなかろう」

「無茶苦茶やないけ。そら、親父は大陸におった頃は大型怪獣を何体も解体しとったけど……」

 呆れ返っているリーマオに、ジンフーは麻里子の髪を一本引き抜いて投げた。途端に髪は彼女の首筋に刺さり、血管から するりと体内へと入り込んだ。リーマオはよろめき、座り込む。

「うちの体まで操るなんて、無茶のし過ぎやで……」

「そこまでせんと、命中精度なんて上げられんのじゃ。砲台代わりに使われるだけでもありがたいと思え」

 ジンフーは娘を一瞥してから、帝国軍人を見やる。

「軍人、その怪獣義肢は熱線を撃てるんじゃろう?」

「弾丸のように細切れにして放つことも出来なくもないが、あまり得意じゃない。熱と光を収束して刃を作るか、 その光線を変質させて鞭のように操る方が得意だ」

 田室は左腕を吊っていた三角巾を外し、包帯も外し、タヂカラオを露わにする。その手の甲の目は潰れていたが、 手のひらから新たな目が現れ、ぎょろついた。

「但し、この有様だから威力は弱い。それでもいいというのなら、俺の左腕を貸してやる」

「なんじゃ、あっさりしたもんじゃのう。儂らの結婚式をぶち壊した時の気迫はどこにいったんじゃ」

「それはそれ、これはこれだ」

 田室は左手を一度握り締めてから、開く。

「そんなら、儂の思った通りの場所に狙いを定めてくれんかのう。リーマオの目だけでは掠りもせんわい」

 そう言うや否や、ジンフーは麻里子の髪の毛を新たに抜き、田室の左手の甲の傷口に突き刺した。田室もまた 体の制御を奪われ、崩れ落ちる。一度に三人、それも全員怪獣義肢が備わっている。一人操るだけでも厄介だという のに、そんな芸当が出来るものか。麻里子は夫は平気なのかと上目に窺うが、額に脂汗がじわりと滲んでいる 程度で、顔色も変わっていなかった。恐るべき精神力、そして演算能力だ。
 異変を察知してか、シャンブロウが暴れ出した。歌に似た抑揚が付いた咆哮を上げ、触手を躍らせ、海面を割って 波を蹴散らした。怪獣にとっても彼女は脅威なのだろう、海底から現れた怪獣が群がって触手を押さえようとするが、 すかさず触手をうねらせて振り払ってしまった。
 仰向けに寝転がった田室の左腕が上がり、手のひらが開き、手中の小さな目から赤い光線が迸った。貫通力も なければ火力もない、ごくごく細い光の糸だ。それは真っ直ぐに海上を貫き、薄い霧を抜け、シャンブロウの胸の下 にぽつりと赤い点を付けた。小さな点の真下にあるのは、人間で言えばみぞおちに当たる部分だ。大きな乳房が 貼り付いている胸を形作っている骨組みは人間の肋骨と同じ形をしていて、その下の腹部は呼吸しているかのよう にゆっくりと上下している。ほんの小さな点の、ほんの僅かな温度の上昇ではあったが、シャンブロウは光の点を 振り払おうと体をくねらせる。だが、その都度赤い点も素早く動き、照準を補正した。ジンフーの目の動きに合わせ、 タヂカラオが動いているからだ。
 嫁入り前の娘らしからぬ、両足を大きく広げた格好で寝転がされているリーマオの両足の外骨格が開き、赤い棘 がずらりと現れた。ジンフーは黒髪の槍を解き、リーマオの棘をその中に入れて芯にすると、再度髪の毛を絞って 槍を成した。大きく振り被った後、赤い光に沿わせる形で投擲する。

「ぬぇあっ!」

 ジンフーの猛りが響き渡ると、槍の軌道がほんの少し変わり、赤い光を石突きで受けた。途端に赤い光の幅が太く なり、石突きが真っ赤に熱した。つまり、槍を成している髪の毛を燃やして推進剤代わりにして、貫通力と速度 を上げようというのだ。麻里子は片目を閉じ、髪の毛の槍が捉えている景色を目にした。おぞましい槍は弾丸の 如く潮風を突き破り、一直線にシャンブロウの鳩尾に向かっていく。そのまま突き刺さる――かと思いきや。
 呆気なく触手に弾かれ、海に没した。一度で上手く行くぐらいなら、誰も苦労はしない。だが、ジンフーの執念深い 性格からすれば、一度や二度の失敗で諦めたりはしないだろう。麻里子が懸念したが、その通りになった。髪の毛の 槍を次から次へと作り、リーマオの足から棘を何十本と抜き、タヂカラオが放つ赤い光も途絶えさせず、ひたすら攻撃 を繰り返した。しかし、敵の触手の数が多すぎる上、触手に突き刺さった髪の毛の槍を通じて操ろうにも、相手の 体積が大きすぎて支配しきれない。これでは、さすがのジンフーでも分が悪い。

「……そう思うちょるんか?」

 麻里子の考えを見透かし、ジンフーはにたりとする。傷跡の残る頬から顎へ、汗が伝う。

「浅い、浅いのう」

 その笑みの奥で、シャンブロウが暴れ出した。触手をでたらめに振り回し、咆哮し、海を泡立てている。何事 かと麻里子が目をやると、ジンフーは幼妻の生首を拾い、脇に抱える。

「あれの触手の切れ端を売り捌いちょった頃、触手がどういう代物なのかを確かめてみたんじゃ。あれは、人間で 言うところの腸に当たる器官に近いような気がしたんじゃ。そんで、人間っちゅうもんは、尻の穴から腸に直接酒を 流し込まれれば、一発で悪酔いしよる。じゃから、それと似たようなことをしてみようと思うてのう」

「では、こちらが本命なのですか?」

「どっちも本命に、決まっちょろうが!」

 叫んだ後、ジンフーは息を詰めて身構える。びりっ、と過電流にも似た強烈な思念が麻里子だけでなく二人にも 駆け抜け、三人の手足が不自然に痙攣した。麻里子の脳と意識に、ジンフーのものでもない、田室でもリーマオでも ない、何者かの意識が割り込んでくる。顎と首を支えている手には、じっとりと汗が滲んだ。
 地面が震え、海が唸る。ず、ず、ず、ず、とシャンブロウの手前の海面が膨れ上がり、割れ、超大型怪獣に匹敵 する体積の物体が直立した。いびつで不安定で中途半端で、体の右半分が下に傾いている。一応、人型を成しては いるのだが、その体を構成しているものは無数の廃棄物と泥と砂で、今にも崩れ落ちそうだった。麻里子の黒髪 とリーマオの赤い棘で縫った、不格好なぬいぐるみだ。妙に可愛らしい、丸い耳と太い尻尾が付いている。

「あれ、もしかしてトラなのですか? クマにしては尻尾が長いですし、ネコにしては耳が丸いので」

 麻里子が半笑いになると、ジンフーはなぜか照れた。

「儂の頭ン中におる一番強いモンは、トラなんじゃ」

 泥のトラ怪獣はシャンブロウを威嚇するために一声吼えたが、その拍子に口の中から潰れた車両を吐き出した。 それはシャンブロウの顔にまともに命中してしまったため、当然ながら彼女の怒りは高ぶり、触手の動きは鋭さを 増した。耳と尻尾、手足、そして胴体、と呆気なく触手で縛り上げては握り潰していくが、泥のトラ怪獣は泥である が故にしぶとかった。見た目に反し、ジンフーの精神力の強さに比例したタフさの持ち主で、潰された部位をすぐさま 泥で塞いで元に戻してしまう。そればかりか、廃棄物の固まりで絡み付いてきた触手を捉え、断ち切った。
 赤い体液と赤い肉片を散らしながら、一本の触手が翻った。その程度では致命傷には成り得ないが、粘膜と腸壁 は外気に曝された。すかさず、泥のトラ怪獣は触手の断面を握り、そこに髪の毛付きの棘をずぶりと差し込んだ。 ぬるりとした粘膜の感触が髪の毛を通じて伝わってきて、麻里子は身震いする。ジンフーも似たようなものなのか、 なんともいえない顔になった。
 赤い棘が赤い触手の内に没し切ると、泥人形が崩れ、高々と水柱を立てた。同時に、シャンブロウもまた大きく 仰け反って倒れ込む。かと思いきや、触手を突っ張って難を逃れたが、胸を大きく反らした格好で留まった。多少 の時間は掛かったが、カムロの毒が回ってきたのだろう。綺麗な滴型だった双丘は柔らかく潰れ、左右に広がって 垂れている。両膝を曲げて海に浸し、計らずも股間を広げる格好になった。股座には人間のそれに似たものが備わって いるのが不可解であり、不愉快ですらあった。だが、狙いはそこではない。
 田室の左腕を抱え上げ、ジンフーはその手のひらをシャンブロウの鳩尾へと向ける。腕程の太さの光線が放たれ、 不規則に揺れ動く波を破り、薄靄も突き抜け、白い肌を醜く焦がした。その痛みで、巨大な手足だけでなく触手 も躍動するが、痺れを打ち破るほどの刺激には至らなかった。だが、それでいい。
 リーマオが悲鳴を上げるのも構わずに、その足から三本の棘を無理矢理引き抜いたジンフーは、田室の左腕から伸びる 光線に麻里子の生首を近付けて後ろ髪をごっそりと切り落とした。ヴィチローク、否、ライキリに髪を切断された 時よりも壮絶な苦痛に襲われ、麻里子は首から下を硬直させた。ジンフーは三本の棘をありったけの髪で包み、形を 変えさせ、三叉槍を作り上げた。

「ずぇああああああああっ!」

 腹の底から雄叫びを上げ、ジンフーは三叉槍を投擲する。赤い光線に沿って飛んでいった三叉槍は、石突きに熱を 浴びて発火し、瞬く間に炎が槍全体に燃え広がる。その熱による苦痛が麻里子とカムロを苦しめ、声も出せない ほどの痛みを与えてきた。追撃の気配を察してか、シャンブロウは触手を繰り出そうとするが、波間を破ることすらも 出来なくなっていた。炎は髪を焼き切り、三叉の芯である三本の赤い棘が露わになり、そして――刺さった。
 それから数分後。シャンブロウは倒れ、海に没した。




 自分で持ちかけた勝負だとはいえ、負けると悔しい。
 麻里子は合わせ鏡で後ろ髪を確かめ、その雑な切り口を見てげんなりした。トラの彫刻が施された朱塗りの手鏡 を置き、ざんばらに切られた髪を撫で付けてみるが、思うように伸びてこなかった。無茶に無茶を重ねられたせい で、カムロもすっかり消耗してしまったからだ。仕方ないので、ツゲの櫛で梳いて慰めてやった。
 中華街の一角にある古びた中華料理店にて、中華街の王たる獣はひっくり返っていた。壁沿いに作り付けられた 長椅子に巨体を横たえ、氷水を入れた袋を頭に載せて唸っている。知恵熱が出たのだ。その隣では、リーマオも両足を 投げ出してぐったりしている。田室正大陸軍中佐はといえば、ジンフーが部下に作らせた中華料理をひたすら胃袋に 詰め込んでいた。なんでも、タヂカラオから光線を出すとひどく体力を消耗するのだそうだ。ちなみに、皆を中華街 まで運んでくれたのは、寺崎とサバンナである。

「この分だと、初夜どころじゃないな」

 あ、これも旨い、と田室はこんがりと揚がった春巻きを齧った。

「渾沌の料理には何が入っているのか解らないのに、よく食べられますね」

 そうは言いつつも、麻里子も山椒の効いた料理の香りには食欲をそそられていた。ジンフーの意思によるものとは いえ、怪獣と戦い抜いたので、心身が消耗している。

「その辺は大丈夫だ。妙なものが混じっていたら、タヂカラオが中和して分解してくれる。麻里子さんも身に覚えが あるだろう、怪獣人間なんだから」

 田室は朱色の円卓に鎮座している紹興酒を一瞥したが、手は伸ばさなかった。その代わり、ゴマ団子が山盛りに なった皿を取り、ゴマがたっぷりと付いた揚げ団子を口にした。

「甘いな、これは」

「あなたは軍人なのに、彼らに手を下さないんですか?」

 仕留めるなら、今しかない。麻里子が夫と義理の娘を窺うと、田室は言い返した。

「生憎、それは俺の領分じゃないんでな。あんた達の業界にまで足を踏み込んでいる余裕も余力もない」

「ですけど、見逃すのですか?」

「あんた達だって、俺を見逃しているだろう。俺を帝国陸軍に引き渡せば、それなりの報酬が得られるはずなのに、 こうして泳がせている。曲がりなりにも左官がいるとあっては帝国陸軍も桜木町に踏み込みづらいだろう、と考えた 上でのことだろう。その通りだよ。だが、俺もいたずらに余暇を過ごしているわけじゃない。俺達は玉璽近衛隊だ、 怪獣使いを守るのが最重要任務だ。綾繁家の次期当主の最有力候補である枢様は、あんた達と取引をした。それが どう転ぶかを見守るのも、枢様があんた達をどうするのかも、俺は見届けなきゃならん。だから、見逃していると いうわけじゃない。何かあれば、すぐに動けるようにしているしな」

 だから喰うんだ、と田室はゴマ団子を平らげてしまった。麻里子は小さく嘆息したが、ジンフーが目を覚ました 後のことを考え、料理の皿を引き寄せた。エビのチリソース和えを一口食べてみると、滑らかな甘辛い餡の中に 歯触りの良い衣があり、中心には新鮮なエビが隠れていた。エビは大振りで瑞々しく、生臭みもない。九頭竜屋敷 の食事は、九頭竜総司郎の味覚に合わせた和食ばかりなので、香辛料と油が惜しみなく使われた中華料理はこの上 なく刺激的だった。二皿、三皿と平らげて胃袋が膨れると、腹も据わった。

「寺崎さん」

 口元の汚れを拭ってから、麻里子は部下を呼び付けた。

「あっ、はい、なんです?」

 店の一角でタバコを吸っていた寺崎は、慌ててタバコを灰皿に突っ込んだ。

「ジンフーさんの別邸に連れていって頂けませんでしょうか。使用人と、あの日、使いそびれた嫁入り道具もいくつか 運び入れて下さい。あの人が目を覚ます前に、支度を調えておきたいのです。髪も整えたいですし、少しは化粧も しませんと格好が付きません。使用人は、そうですね、ミツ子さんがよろしいですね」

 麻里子は熱いジャスミン茶を口にし、舌にまとわりついている油っぽさを流した。

〈ここまで来たなら仕方ねぇ。……せいぜい、痛くないようにしてやるよ〉

「お構いなく。痛みを伴わなければ、知り得ないこともありますから」

 麻里子は髪に指を通すと、カムロは懸念を示したが、目を引っ込めた。寺崎は九頭竜総司郎にどう報告したもの かと思い悩んでいるようだったが、麻里子には逆らえないと覚悟を決め、車を回すために店から出ていった。田室は ジンフーと麻里子を見比べていたが、苦笑した。どうにでもしやがれ、とも言いたげだった。麻里子は意味もなく 髪を何度も撫で付け、深く息を吸い、吐いた。緊張するのは久し振りで、やり過ごし方を忘れていた。
 今夜は、長くなりそうだ。





 


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