横濱怪獣哀歌




曇天



 氷川丸のいない横浜港から、横浜に上陸した。
 羽生と須藤とはその場で別れ、狭間達は横浜駅に向かった。ヒツギによれば、枢は当主が不在となった綾繁家の 正式な後継者となるべく、準備を進めているのだそうだ。横浜湾沖に沈んでいる巨大なシャンブロウを鎮めるために 祝詞をあげていたが、シャンブロウを倒したのは枢ではなく、ジンフーなのだそうだ。カムロの髪の毛を槍の如く 変化させ、急所に突き刺し、カムロの毒を流し込んだのだそうだ。だから、致命傷を与えたわけではなく、発生した 熱量も少なかったので光の巨人も出現しなかった、とのことだが、にわかには信じがたい。

「……人間業じゃ、ないな」

 今一度、狭間はシャンブロウの沈んだ海を顧みる。

「それで、あれはツブラなのか? ツブラじゃないのか?」

 狭間がヒツギに訊ねると、ヒツギは怪獣電波を波打たせた。

〈彼女は光の巨人のように、前触れもなく出現した。だが、その肉体には質量があり、気温も下がらなかった。かと いって、上がったわけでもない。多少暴れはしたが、上陸はしなかった。明確な目的を持って出現したわけではない ようだが、何の理由もないはずもない。しかし、彼女は何も語ってはくれないのだ〉

 タヂカラオに切られた翼はまだ本調子とは言い難いのか、ヒツギは着地し、狭間達と歩みを並べた。

〈あのトライポッドは火星怪獣ではあるが、我らと同じ怪獣電波を用いていたから、その意思は感じ取れないことも なかった。もっとも、意識が弱すぎて内容までは掴み取れなかったが。あのまま海中に没するのか、復活するのか、 或いは全く別のものと化すのか、計りかねている。故に、我らも枢様も、シャンブロウに手出し出来ないのだ。 人の子であれば通じ合えるのではないか、と思ったのだが、その様子では通じ合えなかったようだな〉

「――――フラれちまったよ」

 怪獣電波を放っても、名を叫んでも、ツブラは応えてくれなかった。手を伸ばせば届きそうなほど近くにいるのに、 見間違うはずもないのに、彼女は気付いてくれなかった。出来ることなら、ツブラが目を覚ますまで傍にいたかった のだが、そうもいかない。狭間は後ろ髪が引かれたが、渋々前を向いて歩き出した。
 すると、物理的に後ろ髪を引っ張られた。思い切り仰け反ってしまい、何事かと狭間が戸惑うと、真琴が兄の髪を 掴んでいた。海老塚の銃撃が掠めたので、ただでさえだらしなく伸びているのに、半端に焼け焦げていて千切れて いるので、不格好極まりない。髪を縛っているヘアゴムもくたびれていて、今にも弾けてしまいそうだ。

「前々から思っていたけど、これ、なんとかしろよ。締まりがないったらありゃしない」

「切ろう切ろうと思っていたんだが、切ろうと思った時に怪獣絡みのゴタゴタが起きてだな」

 狭間は弟の手を払ってから、背中の中程まで伸びつつある髪を払った。

「ライキリにでも切らせればいいじゃない」

 悲が狭間の腰の刀を差すと、ライキリは反論した。

〈馬鹿言え、そんなもんを切ったら俺の切れ味が落ちるだろうが! ここのところ、ろくに研いでもらえなかった もんだから、ただでさえ刃が傷んでいるってのによ! 正大や総司郎とは違って手入れしねぇんだよ、人の子は!〉

「この有様じゃ、床屋なんてやってなさそうだしなぁ」

 狭間は辺りを見回すが、桜木町は閑散としていた。トライポッドもブリガドーンもいなくなったのだから、避難 命令は解除されてもいいはずなのだが、人影はない。たまに見かけたとしても、寿町を始めとしたドヤ街の住人ばかり だった。彼らは我が物顔で略奪を繰り返していて、商店は荒らされ放題だった。だから、床屋が店を開けているとは 思えないし、そもそも理容師がいないのだから。だが、長く伸びた髪は鬱陶しいので、どうしても嫌になったら真琴 にでも切ってもらおう。
 横浜駅に至り、品物が一つ残らず盗まれた売店を横目に見つつ、改札を素通りした。あの騒動以降、枢様の御力で バベルの塔の破片へ通じる入り口は開きっぱなしにしてある、とヒツギは言った。実際、その通りになっていた。 横浜駅の構内の床に直径一〇メートル近い大穴が開いていて、御丁寧にも階段が付いていた。大穴の内壁と階段 は、ノブスマ達が固めているので頑丈だ。また地下深くに潜らなければならないのか、と狭間が内心でげんなり していると、歩き始めてから五分もしないうちに居住臓器が現れた。しかも、その中身は綾繁家の本拠地だった。 これには悲も驚いていて、しきりに辺りを見回していた。
 出入り口を塞いでいる隔壁の粘膜は祝詞もなしに開き、四季が一度に訪れている桃源郷が目の前に広がった。 かと思いきや、外気と変わらぬ冷たい空気が満ちていて、作り物の空の色も鉛色だった。庭園の春と夏の花々は 枯れ、秋の花も枯れつつある。バベルの塔の根が張っているせいで人間が住める場所ではなくなった屋敷の前では、 着物姿の少女、綾繁枢が待っていた。長い髪をお団子にまとめて櫛を差し、たすき掛けをしている。

「お帰りなさいまし、ヒツギ、悲御姉様」

「……ただいま」

 少々迷った後、悲は挨拶を返した。

「ちっとも片付いておりませんけど、こちらへどうぞ。ヒツギは御台所でお茶でも淹れてきて下さい」

 やることが多すぎて怪獣を操っても操ってもきりがないのです、とぼやきながら、枢は三人を促した。以前は土足 で上がらなければならないほど汚れていた玄関が、隅々まで磨き上げられている。ガラスが割れた引き戸は外し、 廊下を破っていた根も取り除いていて、板を渡して穴を塞いである。全ての部屋の畳も外されて、一枚残らず庭に 出されて干されている。布という布を洗濯したのだろう、色とりどりの着物が物干し場で棚引いている。

「まさか、ここに住むつもりなのか?」

 狭間が訝ると、枢は頷く。

「それはもちろん。綾繁家の次期当主たるもの、屋敷を手入れしなければなりませんからね。それに、迂闊に外に 出てしまえば、帝国陸軍と政府が襲い掛かってきます。いちいち相手にすると疲れてしまいますし、横浜に残った 人々に迷惑が掛かってしまいます。彼らは実に打たれ強いですね。あっという間に闇市を作って、盗品を取引して いるのですから。私もそうあるべきなのです。だから、綾繁の名も、怪獣使いの力も捨てはしません」

 十歳の少女らしからぬ、芯のある言葉だった。

「悲御姉様の苦悩と御決断は、否定いたしません。御父様、いえ……哀御姉様が御自分らしく生きようとしたことも また、私は受け入れます。綾繁家を捨て、一人の女として人生を全うした鎬御姉様もです。怪獣使いの力を持って 生まれながらも、怪獣使いにはならず、己の欲望に素直に生きておられる麻里子さんもです。誰かが彼女達を許して あげなければ、誰が彼女達を許すのでしょうか。ですから、私は許すのです。そして、綾繁家を継ぎ、怪獣使いと しての使命を全うするのです。時代に沿ったやり方で怪獣と接していた魔法使いを否定し、退けたからには、私は 怪獣使いでなければ成し遂げられないことをするのです。しなければなりません」

 並々ならぬ決意を据えたからだろう、枢の顔付きは一変していた。色白を通り越して死人のようだった顔は血色が 良くなり、声にも張りがあり、足取りもしっかりしている。だが、それは、十歳の子供の肩では支えきれないものを 率先して担いだからだ。本来であれば、悲のような年長者が背負うべき重荷だ。悲は居たたまれなさに駆られたのか、 目を伏せた。それを察し、枢は姉を窺う。

「御心配なさらず。私は、悔いのないように生きたいだけですから」

 それから、畳が敷かれている応接間に通された。程なくして、ヒツギが盆を携えてきたので、怪獣が淹れた緑茶を ありがたく頂いた。御茶請けはなぜかココナッツサブレであったが、ブリガドーンと印部島では質素なものしか口に 出来なかったので、狭間も真琴も砂糖の甘みと小麦粉の香りに感動してしまった。
 その席で狭間は、怪獣聖母ティアマトにケンカを売る、と宣言した。ツブラがいる火星に行くためには、宇宙怪獣 戦艦に乗る必要がある。だが、宇宙怪獣戦艦は神話時代よりも古い黄金時代の生き残りであり、黄金時代の宇宙怪獣 戦艦の生まれ変わりである氷川丸は狭間を良く思っていなかった。だから、他の宇宙怪獣戦艦達も似たようなものだ と考えるべきだ。ツブラを連れ戻そうと思っているわけではないので、火星には行くだけでいい、戻ってくる必要は ない。だから、怪獣聖母にとことん嫌われるようなことをして地球から追放されたいのだ、と。

「…………は?」

 長い沈黙の後、枢は口角を歪めた。

「だから、怪獣聖母にケンカを売る方法、教えてもらえないかな。マスターからは聞きそびれちゃって」

 狭間は白々しい愛想笑いを顔に貼り付けるが、こんなもので枢の機嫌を取れるはずもない。

「馬鹿ですかっ! あなたという人はあっ!」

 案の定、枢は激昂した。頬を紅潮させて怒鳴り散らし、ばあん、座卓を両手で叩いた。

「かっ、怪獣聖母というのはですね、全ての大陸と地脈とマントルとコアに繋がっているんですよ! 少しでも刺激 を与えれば、地震か異常気象か重力異常か大陸移動か、とっ、とにかくっ、何かしらの天変地異が発生するのは 間違いありません! そうなったら、取り返しが付きません! 火星に行きたいと思うのは結構ですし、私だって 狭間さんとツブラさんが幸せになればいいと思ってはいますけど、いますけどっ!」

 だんだんだんっ、と枢は座卓を叩く。小さな拳が赤くなるほど、力一杯殴る。

「ですけど、あなた方二人の幸せのためだけに、全人類と全怪獣が犠牲にするわけにはいかないんですっ!」

 はあはあはあはあ、と枢はひどく喘いだ。髪を振り乱し、汗を滲ませていたが、ひどく咳き込んだ。すぐさまヒツギ が飛んできて枢を庭に連れ出すと、枢は草むらに頭を突っ込んで吐き戻した。体力が付いてきても、胃の弱さだけ はどうにもならないらしい。ひとしきり吐いてから、枢は戻ってきた。

「見苦しいところをお見せしました。……もう、胃液の味にも慣れてしまいました」

 ヒツギが気を利かせて持ってきてくれた水で口を漱ぎ、洗面器に吐き出してから、枢は話を続けた。

「というわけなので、怪獣聖母の逆鱗を蹂躙する方法は教えられません。決して」 

「そう言うだろうと思ったよ」

 狭間は苦笑してから、緑茶を飲み干した。

「いや、誰だってそう言うだろう」

 つくづく馬鹿だ、兄貴は馬鹿だ、と真琴は嘆いた。

「でも、狭間君は怪獣聖母にケンカを売る方法を思いついているんでしょ?」

 悲は下半身の闇をとぐろに巻き、座っていた。

「ああ、まあ、一応は」

 狭間は枢の鬼気迫る表情を窺いつつ、言うべきか否かを逡巡したが、言ってしまうことにした。

「東京照和塔もそうなんだが、世界中の建物は高さは三〇〇メートル以下にしろって決められているだろう?  古代遺跡は例外だが。あれって、超大型怪獣を刺激しないための措置ってことになっているが、実のところはそう じゃないかもしれないって思ったんだよ」

 狭間は佇まいを整え、怪獣使いを見据える。枢の顔色は芳しくなく、表情も硬い。

「なぜ三〇〇メートルを超えてはいけないのか、俺なりに色々と考えてみたんだよ。建物の高さを制限しているくせ に、ブリガドーンのような怪獣が空を飛ぶことを許しているのはなぜなのか。誰が何を恐れ、危惧しているのかも。 そもそも、世界規模でそんなルールを敷ける存在は一つしかない。怪獣聖母ティアマトだ。地球とその上に住まう 全生命体の首根っこを掴んでいるんだから、出来ないことじゃない。となれば、ティアマトは何を怖れているのか、 って疑問が湧いてくるが、バベルの塔の役割を踏まえて考えてみるとある程度察しが付く。神話時代、バベルの塔 が健在だった頃は人間と怪獣の境界が薄く、俺みたいな人間が山ほどいた。怪獣と通じ合えれば、人間の文明は 恐ろしい勢いで発展する。怪獣もまた、人間から刺激を受けてどんどん進歩する。だが、ティアマトはそれをあまり よく思っていなかったんじゃないだろうか? 本来は金星の神話怪獣であるイナンナを呼び寄せ、バビロニアの神 たる怪獣に仕立て上げたのも、火星の神話怪獣であるエレシュキガルを呼び寄せて争わせるためだったとしたら?  双方の戦いは、バベルの塔を折らせるためのものだったとしたら?」

 狭間は畳に触れ、床板の下にあるバベルの塔の破片に意識を向ける。

「だとすれば、バベルの塔を天まで伸ばせば、ティアマトを確実に怒らせられる」

「……それはただの推論です、確証なんて」

「そうだ、何もない。だが、この話をしただけで、バベルの塔の破片は騒ぎ出した。それは証拠じゃないのか?」

 床下を通り抜けて脳に突き刺さってきた怪獣電波は、痛みさえ生じるほど鋭かった。狭間は同じ感覚を共有して いるであろう枢の目をじっと見つめると、枢は口角を歪める。

「仮にそうだとしても、バベルの塔の破片を目覚めさせることは出来ません。そもそも、許せるはずもありません。 それに、バベルの塔を刺激するためには御名玉璽が不可欠なのです。そして、その御名玉璽は哀御姉様が持っている はずなのですが、どこをどう探して見つかりませんでした。ですから、それはただの夢物語です。あなたのお考え は大胆であり、あまりにも無謀です。お忘れになった方が、身のためです」

 お引き取り下さい、と枢は深々と頭を下げてきた。その背後では、ヒツギが牙を剥いていた。彼が放つ怪獣電波 は苛立っていて、ひどく刺々しかった。それはそうだろう、怪獣使いの根城であるバベルの塔の破片を目覚めさせて 成長させでもしたら、管理不行届きだのなんだのと言われ、怪獣使いは今度こそ失墜してしまう。それでなくとも、 危うい立場だというのに。その気持ちは痛いほど解るので、狭間は素直に引き下がった。
 真琴と悲と共に横浜駅から出ると、辺りにはすっかり雪が降り積もっていた。湿っぽく重たいぼた雪なので、道路 に降り積もった雪は解け切っていて、べちゃべちゃになっている。悲はともかく、狭間のスニーカーや真琴の革靴 ではまともに歩けないので、駅前商店街の靴屋に向かった。この店も例によって粗方の商品が略奪されていたが、 幸いなことに長靴はいくらか残っていたので、それを拝借した。

「狭間君、財布ある?」

 悲の言葉に、狭間はポケットから財布を抜き、レジに長靴の代金を置いた。

「ええ、まあ」

「ずっと前に私が寄越したマガタマ、そこにあるでしょ?」

「そりゃあ、まあ。捨てられるものでもないんで。それで、結局、あれって何の怪獣のマガタマなんですか?」

「それ、御名玉璽なのよ」

 ハイヒールが陳列されていた棚に近付き、悲は片方しか残っていない真っ赤なピンヒールを手に取った。

「はあぁっ!? あっ、あれ、怪獣使い見習いだとかいうやつ、ただのハッタリじゃなかったんですかぁ!?」

 狭間は財布の入ったポケットを押さえて、びくついた。そんなに重要なものが入っていると知ったら、もっと大事 に扱っていたのだが。恐る恐る財布を取り出し、中身を確かめてみると――あった。以前、悲から寄越された、怪獣の 中枢神経の一部である赤い結晶体、マガタマが小銭に埋もれていた。

「それねー、当主の座を継いだねえさまに屋敷から追い出された時に盗んできたのよ。ねえさまは我が侭で気位が 高いから、御名玉璽を盗まれた、なんて口が裂けても言えないだろうって思って。それを持っていること、マスター にも最後まで言わなかったわ。というか、言えるはずもなかったし。でも、私が持っていたところでどうにもならない から、狭間君に押し付けちゃおうって」

「押し付けないで下さいよ」

「それにしても、狭間君ほどの人が全然気付かないなんて意外だわ。マガタマは怪獣電波を出さないの?」

 悲に訊ねられ、狭間は手中に収めた小さな赤い石を見下ろした。

「ええ、全く。ミドラーシュの赤い砂時計もマガタマから作られたものですけど、その正体に気付いたのは、砂時計 が手元に来てから大分時間が過ぎた後でしたからね」

「枢はああは言ったけど、実際、どうするかを決められるのは狭間君よ」

 悲は姿見の前に身を乗り出し、下半身の形をぐねぐねと変えたが、ヘビのような形に落ち着いた。

「見ず知らずの四十億の人間と、たった一人の怪獣の女の子。どっちが大切なのか、考えるまでもないでしょ?」

 他のお店で服も探してみましょ、と悲は浮かれ気味に言い、真琴の腕を引っ張って靴屋から出ていった。真琴はその 強引さに辟易しつつも、まんざらではないようだった。雪の中に出て間もなく、グルムは真琴の体を覆う外套に変化 したが、宿主の気持ちに釣られているのか、漏れ出す怪獣電波は高揚していた。

〈今度ばかりは、さすがの俺も人の子には賛同しかねる。いかに強硬派と言えどもだ〉

 腰に帯びた刀ががたつき、話しかけてきた。

「だろうな」

 昼間とは思い難い薄暗い空を見上げ、狭間は白い息を吐く。

〈怪獣であろうと人間であろうと、怪獣聖母の怒りを怖れない者はいない。この星がなければ、怪獣も人間も生きて はいけないからだ。それでも、人の子が怪獣聖母に噛み付こうというのなら、その時は俺は人の子を斬る〉

「言うようになったじゃねぇか、お前」

〈誰のせいだ〉

 独りでに鯉口を切って赤い目を覗かせ、ライキリは毒吐いた。否定出来るはずもなく、狭間はライキリを鞘の中に 戻してから靴屋を後にした。タバコ屋を見てみたが、案の定、綺麗さっぱり奪い尽されていた。それに安堵する一方 で落胆もしつつ、狭間は桜木町をぶらぶらと歩いた。
 大通りは静まり返っているが、裏通りには日雇い労働者やヤクザや移民といった人々が集まっていて、それぞれの 戦利品をやり取りしていた。食糧もさることながら、タバコと酒と薬物が幅を利かせている。ナイフや拳銃も当然 のように露店に並び、驚いたことに軍用品の手榴弾も売られていた。帝国陸軍から横流しされたものか、或いは 盗み出したものなのか。或いは、帝国陸軍の密偵が桜木町に入り込んで武器や食糧を売り、怪獣使いやら何やら の情報を買い取っているのかもしれない。いずれにせよ、気は抜けない。
 いつも以上に治安が悪くなっている、裏通りにはあまり近付くべきではない、と狭間は彼らに気付かれないように 身を引いた。つもりだったのだが、反対側の裏通りから出てきた人間にスカジャンの襟を掴まれ、引き摺られた。 振り解く暇も与えられず、細い路地へと引っ張り込まれた。狭間は反射的にライキリに手を掛け、警戒心を漲らせ ながら振り返ると、そこには見知った顔があった。

「おーす」

 禿頭にサングラスに千手観音のスカジャンの大柄な男、寺崎善行だった。

「あ、どうも、お久し振りです」

 狭間は一礼すると、寺崎は狭間の腰に提げられた斬撃怪獣を見、なんともいえない顔になった。文句やら何やら 言いたげだったが、まあいいか、と呟いたので彼なりに自己完結したようだった。絡まれると面倒なことになる ので、挨拶だけしてやり過ごそう、と狭間は逃げ出そうとしたが、寺崎にベルトを掴まれてしまった。こうなったら、 寺崎の気が済むまで付き合うしかないだろう。抵抗するだけ無駄なので、従う他はない。
 酒を飲む前に逃げられればいいのだが。




 


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