横濱怪獣哀歌




火星ノ赤キ丘



 体力が回復するまで、更に三日を要した。
 風呂に入ったことで緊張の糸が切れてしまったらしく、狭間は起き上がれなくなった。今更ながら、自分がしでか したことの大きさに打ちのめされたからでもある。その間、野々村と佐々本の世話になったのは言うまでもなく、彼ら には感謝する他はない。カミソリを貸してもらえたので、みすぼらしくなってしまった顔を整えることも出来た。ツブラ は狭間の傍から片時も離れようとせず、用を足しに行く時でさえも付いてくる始末だったが、その気持ちは痛いほど 解るので無下には出来なかった。
 野々村の服と佐々本の作業着を借りて、狭間はアトランティスの居住区へ向かった。シャンブロウを好まない人間 もいるから気を付けてくれ、と念を押されたので、ツブラにも布を被せて触手を隠してやった。これでは横浜にいた 頃と何も変わらないではないか。だが、それも無理からぬことだと身を持って知っているので、狭間もツブラも文句 は言わなかった。ここは怪獣の居住臓器の中ではあるが、人間の世界だからだ。野々村と仲のいい共存怪獣サンダー チャイルドを貸してもらい、彼を伴って出掛けた。サンダーチャイルドは狭間とツブラを気に入ったらしく、しきり に話しかけてきた。
 家々は解体された火星怪獣の骨と皮で出来上がっていて、生活を成り立たせている物資のほとんどが火星の鉱物 から作り出されていた。火星怪獣の部品は微弱ではあるが怪獣電波を放っているが、皆、穏やかな余生を楽しんで いた。農作業や土木工事に従事している怪獣達は、神話時代の終焉を憂う者、嘆く者、喜ぶ者と様々だったが、 決して敵意は抱いていなかった。時代が移り変わることは仕方ないことだ、と、皆、割り切っていた。
 土色の街並みは小ぢんまりとしていて、先日の大噴水の名残が至るところに残っていた。鉱石をくりぬいて作った 水瓶や桶には並々と水が張られ、人々は久し振りに風呂に入れた喜びを口々に語り合っている。砂地の畑で育つ作物 も瑞々しく葉を広げていて、アトランティスが放つ人工の日光を受け止めていた。住民達の顔触れは様々で、人種 もばらばらで、頭上を飛び交う言語も種類が豊富だった。日本語が聞こえてくると、狭間はすぐさま振り返っては その声の主を確かめた。だが、見知った顔ではなく、何度となく落胆した。
 通貨に代わるものは燃料となる鉱石や怪獣達の動力源である輝水鉛鉱、そして水だった。経済と呼べるほど発達 してはおらず、物々交換が主流になっている。人々が身に付けている衣服は、光の巨人が地球から奪ってきたもの もあれば怪獣の皮を鞣したものもあった。店先に並ぶ作物は必然的に砂地でも作りやすい根菜ばかりで、家畜も 多少はいるようだったが、育てるのが極めて困難なのか卵一つに恐ろしい高値が付いていた。娯楽の中心は映画 で、地球から丸ごと転送されてきた映画館をそのまま使っていた。上映されている映画は古典が多いのかと思いきや そんなことはなく、最近の映画も上映されていた。だが、フィルムを全て手に入れられているわけではないらしく、 前半だけ、後半だけ、中盤だけ、音声無し、との但し書きが付いていた。そこまで半端ならいっそ見ない方がいいの ではないだろうか、とは狭間は呆れたが、それは先日まで地球にいた人間の驕りだと思い直した。

「片目の巫女様だ!」

 市場の中で誰かが声を上げると、ざっと人垣が割れて道が開けた。ほら兄ちゃんもお下がり、と店番の男が狭間 の腕を引いて引っ込ませると、サンダーチャイルドの行列がやってきた。まるで怪獣使いの怪獣行列である。多肢 をうねうねと波打たせながら市場を通り抜けていく、かと思いきや、彼らは狭間を見て動きを止めた。

〈人の子!〉

〈人の子!〉

〈人の子!〉

 サンダーチャイルド達が嬉々として詰め寄ってきたので、狭間はツブラを抱えて身を引く。

「おいお前ら、仕事に戻れ。俺に構うことはねぇよ」

〈人の子がいてくれるなら、俺達はムラクモの嫁よりも人の子に従いたい!〉

〈あの嫁さんは優しくていい人だけど、人の子と違って言葉までは通じないから!〉

〈嫁さんは俺達の気持ちを少しだけ解ってくれるけど、それだけでしかないから!〉

「ムラクモの、嫁?」

 それはまさか。狭間がサンダーチャイルド達を掻き分けて市場の通り道に出ると、鉱石で彩られた輿がやってきた。 それを牽引しているのも、やはりサンダーチャイルドである。おい兄ちゃん、と他の人々が諌めてくるが、狭間は 制止を振り払って輿に駆け寄って声を上げた。

「千代だろ、なあそうなんだろ!?」

 しゃらり、と透き通った鉱石で出来た簾が上がる。

「まーくん……?」

 左目に眼帯を付けた女が顔を出し、右目を大きく見開いた。古めかしくも厳かな衣装を着せられていて、長い黒髪 は結い上げられている。化粧と髪の長さこそ違うが、間違えようがない。氷室千代だ。

「な、なんでここに、どうして」

 千代は輿から抜け出して狭間に掴み掛かってきたが、つんのめって転んでしまった。

「おい」

 大丈夫か、足が痺れちまったのかよ、と狭間は千代を助け起こしたが、細い両足には鎖の付いた枷が付けられていた。 それは輿と繋げられていて、簡単に外れる代物ではない。千代は狭間の腕を握り締め、肩を震わせる。

〈マリナー一族がムラクモの嫁を飼っている〉

〈ムラクモが掘り出す水を掌握するため〉

〈ウワバミの嫁はマリナー一族から逃げ出したけど、レムリアと一緒にいなくなってしまった〉

〈ムラクモは人を殺した怪獣だ。だから、俺達はムラクモに手を貸すことは出来ない〉

〈だけど、人の子は人の子だ〉

〈人の子は怪獣を救える〉

〈人の子は人間を救える〉

〈それが人の子だと、ミンガ遺跡が教えてくれた〉

 いつのまにか、サンダーチャイルド達は狭間と千代を取り囲んでいた。市場の人間達は不安げにざわめいていて、 狭間を千代から引き剥がすべきかどうかを相談しているが、サンダーチャイルド達に手を出すべきではないとも 言い合っている。怪獣と多少なりとも通じ合える千代と、怪獣達を重んじているからだ。事の次第を見守っていた ツブラは、狭間の背中越しに千代を窺っていたが、好意的とは言い難い怪獣電波が漏れていた。

「あ、この子……」

 船島集落が光の巨人に消滅させられる直前の出来事を思い出したのか、千代はツブラを注視する。

「まーくんの隠し子!」

「違ウ! ツブラ、マヒト、オ嫁サン!」

 ツブラは丸っこい頬を張り、むきになって言い返す。千代は一拍置いてから理解したが、混乱する。

「えぇ!? まーくん、それはダメだよ! いくらなんでも受け止めきれないよ!」

「ややこしくなるから、その辺の話はまた後でだ。千代、お前をいいようにしているのはマリナー一族っていう 連中なんだな? そいつらがアトランティスの中に出来上がった街を掌握していて、水を掘り出せるムラクモを 私物化するために千代を人質に取っている、と」

「あ……うん。そういうことになっちゃった」

 千代は目を伏せ、苦々しげに述べる。

「船島集落が滅茶苦茶になって、私はムラクモに飲み込まれて、死んだとばかり思っていたんだけど、気付いたら 火星にいたの。もっとも、ここが火星だって知ったのは最近のことなんだけどね。それで、私はムラクモ様と一緒 にアトランティスに辿り着いて、船島集落の人達とも再会して、大変だけどなんとかやっていかなきゃって思って、 アトランティスは慢性的な水不足だからムラクモ様の力をお借りして水を届けるようにしたの。皆、喜んでくれた んだけど、マリナー家が私に目を付けて、巫女だのなんだのって言って連れていかれて、それからはずっとこんな扱い。 ちょっといい服を着せてもらえるけど、それだけだよ。ムラクモ様にもずっとお会い出来ていないし……」

 市場の店先にある水瓶を見やり、千代は憂う。

「この前、ムラクモ様が水を山ほど送り込んでくれたけど、それでも自由にはしてもらえなかったの」

「それは厄介だな」

「でもね、いいこともあるんだよ。まーくんの親御さん、無事だよ。あかねちゃんとヤンマさんも、八雲荘の皆も、お客 さん達も、他のお宿の人達も。ムラクモ様が頑張ってくれたから。……罪滅ぼしがしたいんだね」

「ムラクモだもんな」

「うん、ムラクモ様だから」

 千代は再度口を開きかけたが、閉ざし、躊躇いがちに目を逸らした。

「まーくん、もう行った方がいいよ。マリナー家の人達が知ったら、後で何をされるか」

「助けてくれとでも言いたいなら、ちゃんと言いやがれ。俺は怪獣の声は頭の中に直接聞こえてくるが、人間の声は 耳で聞かないとどうにもならねぇんだよ。俺を誰だと思っていやがる。怪獣使い御墨付の怪獣使われだ」

 狭間がにいっと笑ってみせると、千代はきょとんとした後に噴き出した。

「なあに、それ。意味解んない」

「すぐに解る。ツブラ、もう一仕事するぞ。サンダーチャイルド共、アトランティス、でもってその他諸々の怪獣共!  ソロモン王たる人の子に話を聞いてもらいたきゃ、俺の声を聞けぇえええっ!」

 懐から抜いたメーを掲げ、狭間は怪獣電波を放ちながら叫ぶ。途端に、サンダーチャイルドの群れが騒ぎ出す。空を 映し出している居住臓器の内壁が脈打ち、ぉおおおおん、と海鳴りの如き低い声が聞こえてくる。風向きが変わり、 市場の屋台に張られている怪獣の皮の幌がばたばたとはためく。千代が呆気に取られていると、狭間は腰を屈めて ツブラと唇を重ねて体力を吸わせた。少し照れ臭そうに微笑んだ後、彼女は質量を増大させた。
 巨体と化したツブラが、伸びやかに歌った。




 一際高い丘に、ロケットの残骸が突き刺さっている。
 それはかつて人類が火星を探査しようとした痕跡であり、長い年月を経て価値観が歪んだ者達の愚かさの象徴 でもあった。ツブラの涼やかな歌を聞きながら、狭間は一塊になって行進しているサンダーチャイルドの一体の頭に 乗っていた。彼らの中に入ってもいいのだが、そうするとツブラが拗ねてしまいかねないので、敢えて箱乗りしていく ことを選んだ。宇宙飛行士の末裔など、横浜の裏社会を牛耳るヤクザに比べれば可愛いものだ。
 棒倒し遊びをするかのように、ロケットの周囲に瓦礫が寄せ集まっていた。円錐型に積み重ねられていて、住居 らしき部分もあればただのガラクタの山もある。ビルの屋上に据え付けらていたであろう給水タンクがいくつもあり、 マリナー一族の富の象徴となっていた。水をふんだんに使っているからか、ロケットの刺さった小高い丘では草花が 茂っていた。その景色を横目に、狭間は怪獣達からマリナー一族の情報を聞き出した。
 マリナー一族は歴史が浅い。先代当主は一九六〇年に火星にやってきた開拓移民船団の船員の生き残りであり、 光の巨人によって火星に転送された人々を匿い、怪獣達と共存しようと尽力した。アトランティスはそんな彼に心を 打たれ、居住臓器を大幅に拡張して人々を受け入れるようになった。その甲斐あってアトランティスの居住臓器は 豊かになり、人々の暮らしも安定したが、先代当主が亡くなって長男が家督を継いだ頃合いから 雲行きがおかしくなってきた。長男はシャンブロウを異様に恐れ、そればかりかアトランティスの住民を支配すべく 画策するようになった。住民の数が増えていくにつれて食糧と水の制限が厳しくなるのは仕方ないが、問題はその 水をマリナー一族だけが大量に所有するようになったことだ。そのせいで作物は枯れる一方だが、そのくせ税だと 言って食糧を捧げるようにと命じてくる。ムラクモと千代がやってきてからは尚更だった。アトランティスと通じ合える のは自分だけだと言い張っていることもあり、誰も手出し出来なかった。万が一、アトランティスが暴走したら、 人が死ぬどころでは済まされないからだ。とのことだった。

〈別にそんなことはないんだがね〉

 呆れ交じりに笑ったのは、そのアトランティスである。

〈私が彼と通じ合えていたのは、別に彼が人の子のような体質を持ち合わせていたからではなくて、意思を疎通する 方法を知っていたからなんだ。モールス信号でよく語り合ったものだよ〉

「で、二代目はそのモールス信号を知らないと?」

〈知っていたとしても、私が息子と話すことなんて何もないさ。彼はとても優しかったんだが、息子に 甘すぎたんだなぁ。厳しい環境でも不自由なく暮らせるように、と手を回し過ぎた結果、自分が特別だからあらゆる 富を与えられるんだと思い込んでしまった。やだねぇ、私はそういうのが一番苦手だよ〉

「だったら、追い出せばいいじゃないか。光の巨人の中に放り込んで地球に送り返すとか」

〈それが出来ないのが大陸怪獣なんだよ。来る者は拒まず、去る者は追わず。それが私達の信念だ〉

「だが、俺は人間だ」

〈そうだね、我らが人の子だ〉

 語り合っているうちに、丘の麓へと辿り着いた。ツブラが歌い続けていたからか、ガラクタの奥から人影が覗いて いた。使用人扱いされている人々や、件の馬鹿息子に虐げられている女性や、千代のように変な格好をさせられて 足枷を填められている少女もいる。皆、不安と期待を入り混ぜた眼差しを向けてきたが、サンダーチャイルド達の 影から千代が顔を出して手を振ってみせると、彼女達の表情が一変した。

「ん」

 狭間が怪獣電波で指示を送ると、サンダーチャイルド達はわさわさとタコのような足を蠢かせて足場の悪い斜面 を難なく昇っていき、女性達を運び出した。鎖で繋がれている者は足枷を壊してやり、柱に繋がれている場合は柱 ごとぶっ壊し、服とすら呼べないほど粗末な布きれしか与えられていない女性には手近な布を被せてやり、ものの 数分で狭間の元まで連れてきてくれた。使用人達や女性達のことは千代に任せてから、狭間はサンダーチャイルド の頭上から下り、作業着を脱いでからスカジャンを羽織った。勝負服と言えば、やはりこれだ。
 千代の声援を背に受けながら、狭間は丘の頂点を目指して歩き出す。それに伴い、ツブラは触手を艶やかに広げて 丘全体を覆い尽くした。箱根の時と同じ戦法だが、あれに比べれば遥かに小さい。薄暗くなったが、触手の隙間 から細い光が差し込んでくるので問題はない。異変に気付いた家人達が現れたが、狭間ではなくツブラを見ただけ で悲鳴を上げて逃げ出した。が、触手に退路を阻まれているので、ぎゃあぎゃあと叫びながらロケットの周りを走り 回るしかなかった。英語で何かを叫ばれたが、生憎、英語は不得手なので意味が解らなかった。
 不格好なドアを潜り、構造が全く違う家屋を無理矢理くっつけて作った部屋を通り、女性達が囲われていた部屋 を通り、レコードやカセットテープや何やらが積み上げられている一角を通り、そして頑丈な鉄格子に閉ざされた 最深部の部屋に至った。そこには、鎖に縛られた一振りの剣が吊るされていた。柄に赤い目が見開き、ぎょろついて 狭間を捉える。目が合った途端、心臓を切り裂かれたかのような威圧感を覚えた。怪獣電波の出力が恐ろしく強く、 迂闊に近付けば常人でも思考を読み取られかねない。それどころか、正気を失うかもしれない。

「……お前、ストームブリンガーだな?」

 斬撃怪獣ヴィチローク、もとい、ライキリの原型にして魔剣と称される怪獣である。

〈あらまあ! 御客様だわ! 大変、お茶の御用意をしなくっちゃ!〉

 が、そのストームブリンガーは女性的な声を発し、がちゃがちゃと鎖を揺らして暴れた。その迫力とは裏腹な性格 に、狭間はぎょっとした。氷川丸は初恋を拗らせてしまった年増女のような性格だったが、ストームブリンガーは 親戚に一人はいる御節介焼きの年増女のような性分の持ち主だった。これでは恐怖もへったくれもない。怪獣電波の 出力にしても、人間や他人に対して興味が強すぎるが故なのだ。彼女は純然たる好奇心で人間の心を探ろうとする のだが、人間はそうは思わない。その結果、魔剣扱いされてしまったのだろう。

〈あらやだ、どうしましょう! お茶の用意もしていなかったわ! 人の子の噂は怪獣達から聞いていたから、実際に お会いしたら御持て成ししようと思っていたんだけど……〉

「ああ、いや、お気遣いなく」

 狭間が遠慮すると、ストームブリンガーは目を瞬かせる。

〈あら、そう? それは残念ね。なんだったら、御夕飯を御馳走するわ〉

「いえ、本当に大丈夫ですから。ていうか、ストームブリンガーは料理なんて出来ないでしょうに」

〈そんなことないわよ。私は色んなものを切ってきたけど、お野菜を切るのは一番得意なのよ〉

「いえいえ、本当にお構いなく」

〈そういえば、千代ちゃんって子がいてね、その子からはムラクモさんの話を一杯聞かせてもらったわ。人の子の 子供の頃の話も聞かせてもらったんだけど、人の子ってかわいかったのねぇー。うふふふ〉

「その辺でもう勘弁してくれませんか、先に進みたいんで」

〈なんで私が火星にいるのかって? うふふっ、知りたい? 私は火星探査機の動力怪獣にされたんだけど、色々 あって火星に取り残されちゃったのよ。エレシュキガルともちょっとお話ししたけど、気が合わなかったわぁ。こんな 鎖なんてちょっと気合を出せば千切れるんだけど、せっかくだからそのままにしてあるのよ。だって、オシャレさせて もらうことなんて滅多にないんだもの。あ、そうそう。しばらく前に火星にやってきた火星開拓移民船団が出会った シャンブロウはね、人の子のお嫁さんじゃないのよ? あれね、エレシュキガルなのよ? それなのに、ここんちの 息子さんったら、シャンブロウを一緒くたにして怖がっちゃって。うふふふ、かわいいわぁ〉

「それはそれとして、あんたを借りてもいいか? あんたの親戚を使っていたことがあるが、要領は同じだよな?」

〈ええ、大丈夫よ。私の眷属を上手く扱えたのなら、私も上手く扱えるはずよ。お手柔らかに頼むわね?〉

 そう言って、ストームブリンガーは身震いした。じゃらりと鎖が波打つと同時に爆ぜ、鉄格子にぶつかった。自由 を取り戻した彼女はくるりと身を転じると、軽い衝撃波を放って鉄格子を細切れに断ち切った。鉄の破片が散らばる 床を踏み締め、狭間が手を伸ばすと、ストームブリンガーが手中に収まった。ライキリよりも確かな質量と高出力 の怪獣電波が負荷を掛けてくるが、大したことではない。
 狭間は深く息を吸い、ぐっと両足を踏ん張ってから腰に力を溜め――――薙ぎ払った。ストームブリンガーの刃が 放った衝撃波は、瓦礫の山の家屋どころかロケットも真っ二つに断ち切った。微妙な均衡で積み上げられていた モノががらがらと崩れ出していくが、狭間はストームブリンガーを適当に振るって行く手を切り開きながら、二代目 当主を探した。そして、地下室への入り口を見つけ出した。
 狭い階段を断ち切って大穴を開けてから飛び降りると、饐えた匂いが立ち込める薄暗い空間に行き着いた。剣先で 埃を振り払ってから奥へと進むと、そこに少年が蹲っていた。逆光の中、剣を携えて立つ狭間を見てびくついたが、 切り裂かれた穴から見えるツブラを見て目を見開いた。その瞳に宿る光は恐怖でも嫌悪でもなく、羨望と情欲 としか言いようがなかった。要するに、シャンブロウへの性的興奮を誤魔化すために取り繕っていたのだろう。 そんなものに振り回された人々への同情や憤りや少年への呆れを感じる前に、狭間は猛烈な苛立ちを覚えた。
 それが嫉妬だと悟った瞬間、体が動いていた。ストームブリンガーを再度振るって地下室の天井を吹き飛ばして やってから、剣を投げ捨て、少年に詰め寄る。突如現れた男に怯えながらも、シャンブロウへの興奮を隠し切れて いない少年は後退った。口を開閉させていたが、声は出ていない。

「悪いな。こいつは俺の嫁だ」

 狭間はちょっと心配げに覗き込んできたツブラと目を合わせてから、少年の襟首を掴んで引っ張り、怪獣電波を 放ってサンダーチャイルドを呼び寄せた。即座にわさわさと集まってきたサンダーチャイルドに少年を預けてから、 ストームブリンガーも放り出してやり、ツブラに手を差し伸べた。すぐさま赤い触手がするりと伸びてきて、狭間 を絡め取ってくれた。巨大化したツブラの手中に収まった狭間は、狭間の名を呼びながら手を振ってくる千代と女性 達に応じてやってから、弟からの餞別を銜えて火を灯した。
 ゴールデンバットの味は格別だった。





 


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