ドラゴンは滅びない




魔導兵器三人衆



 五芒星を囲む二重の円の間には、魔法文字が並んでいる。
 ぐにゃぐにゃとした曲線の固まりや、歪んだ楕円、捻れた長方形、左右に交差した直線など、文字には見えない。
だが、それでも文字は文字なのだという。しかし、その手の知識がない者にとってはやはりただの図形だった。
その図形の一つを、太い爪が生えた足で踏みにじる。ラオフーは尾を振りながら、五芒星の中心に向かった。
 天井は高く、今度ばかりはラオフーの手は届かない。巨大な半球状の屋根が被せられた、石で出来た部屋だ。
その石は四角いレンガ状に加工されているが、澄んだ色合いの宝石に似たものが混じっており、光を放っていた。
足元にある石の一つ一つが、魔導鉱石だった。一歩踏み出すごとに空気が動き、空気中の魔力もゆらりと動く。
魔導兵器の身であっても、息が詰まりそうなほどに魔力が濃く重かった。まるで、水中にいるようかのようだった。

「さあて」

 ラオフーは魔導鉱石のレンガを軋ませながら足を進め、五芒星の中心に辿り着いた。

「しばらく、暇じゃのう」

 頭上を仰ぐと、半球体がうっすらと淡い光を放っている。そこには、水を透かしたかのように波打つ空が見えた。
それは、実際に見えているものではない。高濃度の魔力が充満しているため、何もしなくても空間が歪んでしまう。
藍色の夜空に雲はなく、遠くに浮かぶブリガドーンの姿が良く見えた。幻想的ではあるが、不気味な光景だった。
何度目にしても、不自然で異様な光景だ。ラオフーは頬杖を付いてぼんやりと見上げていたが、気配を感じた。

「うん?」

 気配は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。ラオフーが腰を上げると、突然、半球体の天井が大きく揺れた。

「あんのたわけがっ!」

 考えずとも、それが誰なのかは解った。ラオフーはぐいっと腕を捻り、空間を曲げて鉄槌を手元に転送させた。

「死んでも馬鹿が治らんとは、余程の馬鹿じゃな!」

 ラオフーは金色の鉄槌を掲げ、大きく振った。立ち込めていた魔力が魔力によって切り裂かれ、空間が歪む。
鉄槌が振られた先の景色が途切れ、刃物で傷を付けたかのように細長く色が変わる。手を差し込んで、押し開く。
びちびちと空間の接点が千切れたが、構わずに拡大させて身を滑り込ませた。出現した先は、夜空の下だった。
眼下には、半球体が見えた。周囲の建物の数十倍はあろうかという大きさの半球体の上にも、魔法陣がある。
それもまた、五芒星だった。その五芒星の中心、すなわち半球体の頂点に、腕をめり込ませている影があった。

「フリューゲル!」

 ラオフーの激しい怒声が、夜風を掻き乱した。フリューゲルはレンガから手を抜き、面倒そうに振り返った。

「あん?」

「おぬし、何をやっとるか! この中の魔力がどれだけ高いか、おぬしも知っておろうが!」

 ラオフーが鉄槌を向けて怒鳴るが、フリューゲルはけたけたと笑うだけだった。

「くけけけけけけけ。暇なんだぞこの野郎。軍隊もいねーし、ルージュの馬鹿は相手になんねーしよー」

「それは嘘じゃろ。おぬしがあの女に勝てるわけがなかろうて」

 ラオフーに即座に鼻で笑われ、苛立ったフリューゲルは両翼を開いて威嚇した。

「うるっせえ! あーもう、あいつもてめぇもマジムカつくー!」

「そもそも、儂らオスがメスであるルージュに逆らうことからして筋違いなんじゃい」

「そんなの違うんだぞ。メスなんか、ちっとも役に立たないんだぞこの野郎」

 くけけけけけけ、とフリューゲルは無意味に笑う。ラオフーは半球体の上まで身を進めると、どぅん、と降りた。

「おぬしは人の中で生きてきた獣じゃからな、間違った認識をしておっても無理はない」

 ラオフーは、フリューゲルに歩み寄っていった。一歩歩くたびに、いくつものレンガにヒビが走って容易く砕けた。

「オスなんぞ、種を運ぶ器に過ぎん。真に尊いのは、子を孕み産み落とすメスなんじゃ」

「人間の女はめっちゃめちゃ弱っちいぜ? 何言ってやがんだこの野郎?」

「そりゃ、そういう種族だからじゃろうて」

 ラオフーは鉄槌を軽く持ち上げると、肩に担いだ。

「ほんで、おぬしはなんでここを壊そうとしちょるんじゃ?」

「いいじゃねーか、こんなの壊したってどうにもならないんだぞこの野郎」

 フリューゲルは、足元のレンガを乱暴に踏み付ける。ラオフーは、目元をしかめる。

「どうにもなるわい。こいつは、高濃度の魔力と高純度の魔導鉱石の固まりなんじゃからな。下手に攻撃して過熱でもさせてみろ、ここから海までの土地が綺麗に吹っ飛ぶわい。そうなれば、いくら儂らとて持ち堪えられん」

「だーから、超マジつまんねーんだよこの野郎!」

 いきり立ったフリューゲルはラオフーに詰め寄ると、クチバシのような装甲を乗せた顔を突き出してきた。

「毎日毎日毎日毎日変な場所に行かされて、どーでもいい本なんか集めさせられてばっかりでよー!」

 銀色のクチバシの下で、吊り上がった赤い瞳が強く光を放つ。

「ジジィ! てめぇは悔しくねーのかよ、あんな奴に顎で使われて! オレ様はもううんざりなんだぞこの野郎!」

「ピーチクパーチクやっかましいのう。いっそのこと、頭から喰っちゃろうか」

 ラオフーは上体を曲げ、フリューゲルに顔を寄せた。太い金属の尾を振り下ろしてレンガに叩き付け、砕いた。

「儂とて、この状況に疑問を持たんわけではない」

「じゃあなんであいつに掛かっていかねーんだよ、この腰抜けネコ!」

「儂はトラじゃ。あんなチンケな生き物と一緒にせんでもらいたいわい。しかし、相変わらずつまらん文句じゃのう」

「うるっせぇ! 疑問持ってんだったら、なんで動かねーのかって聞いてんだよこの野郎! 答えろよばーか!」

「馬鹿に馬鹿とは言われとうないわい」

 頭に響く声にうんざりし、ラオフーは首を横に振った。

「儂らはおぬしほど頭の出来が単純ではない、それだけのことじゃ。気に入らなかったらとりあえず叩くっちゅう姿勢は良くないのう、フリューゲル。なぜおぬしが儂らと同列の位置付けにおるのかが、不思議でならんわい」

「オレ様もフマンなんだぞこの野郎! てめぇらみてぇな訳解らないのと組まされてこき使われて、苛々してどうしようもねーんだぞこの野郎!」

 フリューゲルは顔を背けたが、視線を遠くに向けた。 

「けど」

 荒涼とした光景が、どこまでも続いている。視界の隅では、先程の小競り合いで被害を受けた建物が崩壊した。
瓦礫が落ちて砂埃が舞い上がり、重たい震動が足元を揺らす。両腕に付けられた銀色の翼が、緩くなびいた。
耳元を風が吹き抜け、細かな砂粒が金属の肌を引っ掻いていく。湿り気のある春先の匂いを、風が運んでくる。

「ちったぁ、マシか」

 あの頃に比べたら、まだまともな世界だ。フリューゲルが彼方を見つめていると、ラオフーが静かに言った。

「おぬしもちぃと休め。儂らの力は無限にも等しいが、限りはあるからの」

「うるっせぇなこのネコジジィ」

 途端に振り向き、フリューゲルは喚いた。ラオフーは鉄槌を振り下ろし、その底を彼の頭部に押し付けた。

「潰されたいか、うん? じゃから、儂はトラなんじゃ。ネコなんぞと同じに扱うでない」

「…怒ってんのか、そんなんで?」

 鉄槌の底に押されたフリューゲルは、ぎしぎしと首を軋ませながらラオフーを睨んだ。ラオフーは目を細める。

「さあてな」

「ウゼぇんだよ、そういうの。オレ様みたい時に休むんだよ、いちいち指図すんなばーか!」

 フリューゲルは身を引いて鉄槌の下から脱すると、一番先の翼を横に振り、空間に細い切れ目を入れた。

「ばーかばーかばーか!」

 とても下らない罵倒を残し、フリューゲルは空間の隙間に体を突っ込んだ。銀色の手足が吸い込まれ、消えた。

「しょうもなさすぎて、気力が削げるのう」

 ラオフーはなんだかやけに疲れた気がして、首を回した。ごきごきっと首の関節が鳴り、少しばかり楽になる。
どっこいせ、とラオフーは鉄槌を傍らに置いて腰を下ろし、胡座を掻いた。自重を支えている膝が、低く軋んだ。

「ロイズに、ヴェイパーに、ダニエルと言ったかな」

 ラオフーは独り言を呟きながら、ブリガドーンを見上げた。

「さあて、どうしてやろうかのう」

 視線はブリガドーンに据えているのに、視界には他のものが流れ込んでくる。魔力の流れに沿って、注がれる。
 この半球体は、空間を歪めた中に造られている。そして、禁書の映像が視界に現れる魔法が施されている。
禁書は、それ自体が魔力を帯びている。強力な呪文や魔法陣が記されているだけで、魔力が発生するからだ。
半球体には禁書から生じた魔力と同調する魔法が仕掛けられているので、同調した禁書の映像が現れるのだ。
禁書が封じられている場所ではなく、禁書の現在位置が割り出せるので、禁書が他者に奪われてもすぐに解る。
今まで、魔導兵器三人衆が迷わず禁書を見つけ出していち早く奪取出来ていたのは、これのおかげなのである。
だが、誰が禁書を持っているのかを判別することまでは出来ないので、結局は大々的な破壊活動をするしかない。
細かいようでいて、なかなか大雑把なのだ。この魔導鉱石の半球体を造った者の性格が、実によく表れていた。
 便利と言えば便利だが、面倒でもある。視界に現れる禁書は無作為なので、目的地への距離はまちまちだ。
飛んですぐの場所にあるかと思えば、相当な距離を移動しなければならないこともあり、いつも振り回されている。
文句の一つも言いたいが、それを文句を言うべき相手は近くにはいない。ラオフーは背を丸め、頬杖を付いた。
 視界には、新たな禁書の位置が見えていた。




 翌朝。三人は、半球体の上に揃っていた。
 廃墟の街は吹きさらしなので、広大な地表を走り抜けてきた風がまともに当たり、気を抜けば流されてしまう。
それぞれの体内には浮遊の魔法が施されているので、気を向ければ簡単に浮かべるがそれだけでしかない。
背部の推進装置を使用しなければ進行方向も定められない上に、足場もふわふわとしていて少々不安定だ。
なので、彼らは無意識のうちに両足に魔力を流し込んで踏ん張っているのだが、それでも少し流されていた。
 ルージュは右腕の主砲の先で、半球体の頂点に置いた地図を押さえていた。こうしなければ、飛んでしまう。
それを、左右に浮遊している二人が覗き込んでいる。ルージュは左手の人差し指を伸ばして、地名を示した。

「ラオフーは南東に五千、フリューゲルは北北西に七千、私は北東に三千五百。目標の場所はいずれも直線上にあるから、方向さえ間違わなければ半時もしないで辿り着ける」

「あっ、それマジずるくねー!? なんでオレ様が一番遠くてルージュが一番近いんだよこの野郎!」

 フリューゲルは平べったい指先で、ルージュの顔を指した。だが、ルージュは目も向けない。

「効率を重視しただけだ。作戦には従え」

 ラオフーは、幅が太く厚い指で顎をなぞる。

「近頃、面倒な連中がうろついとるからな。早う終わらせるに越したことはない」

「死人の重剣士もそうだが、ルーの小娘も少々厄介だ」

 ルージュの目元が、かすかに歪む。ラオフーは肩に担いでいる鉄槌の柄を、こんこんと指で叩く。

「連合軍は魔法の知識はあるが、心得がないから退屈凌ぎにもならん。じゃが、あの連中は厄介じゃな。儂が会うたのは異能者共の部隊じゃったが、数は少のうてもその力は本物じゃ。なんせ、隊長とやらは儂の鉄槌を止めたからのう。なかなか骨のある男じゃったが、敵に回すとなるとちぃと厄介じゃのう」

「え、てめぇら、そんなのに会ってんの?」

 フリューゲルは身を乗り出し、興味を示す。ルージュは、即座に身を引く。

「お前は会っていないのか? どちらも、あの人の話に出てきた人物だが」

「んー、前に変なのには会ったんだぞこの野郎。こー、目の細くて口の軽い変な男と、赤い髪のちっこい女」

 フリューゲルは、赤く鋭い目の両脇をぐいっと引いてみせた。ルージュは、面倒そうに呟く。

「その男、髪は薄茶で長かっただろう。その女の目は緑色のはずだ」

「え、なんで知ってんだよこの野郎!」

 ぎょっとしたフリューゲルに、ルージュはさも嫌そうに口元を曲げた。

「お前が眠っている間に、記憶を少し覗かせてもらった。お前が会ったのは、リチャード・ヴァトラスとキャロル・サンダースだ。いや、キャロル・ヴァトラスか。二人ともあの人の話に出てきた人物ではないか。なぜ覚えていないんだ。しかも、あんな薄っぺらくて胡散臭くて下らない嘘に実に呆気なく言いくるめられて追い返されてしまったとは、他人事だが情けなくて笑えてしまいそうだ。もっとも、笑えるほど面白いというわけでもなかったが」

「ほいで、そいつらのことはどうするんじゃ、ルージュ」

 ラオフーが言うと、ルージュは返した。

「別に、どうもしない。私達の仕事は、あくまでも禁書の回収及び禁書の回収を妨げる者との戦闘だ。必要とあらば処理しないでもないが、あの人はその必要はないと言っている。だから、別に何もしなくていい。私達の仕事は、あくまでも禁書の回収であってそれ以上でもそれ以下でもないからな」

「つーかあれって嘘だったのかよこの野郎! 基地と一緒に殺されてやるってのは!」

 ルージュの言葉を聞いていないのか、フリューゲルは喚き立てている。ラオフーは呆れ、ぞんざいにあしらった。

「当たり前じゃろ。普通に考えて、わざわざ死に場所を宣言して殺されに行くような人間はおるわけながろうが、このたわけが。もうええか、ルージュ。この馬鹿がうるそうて、頭が痛うなってきおったわ。儂は出るぞ」

「私も出よう。これ以上相手をしていたら、馬鹿が移りそうだ」

 ルージュはあからさまに顔をしかめ、背を向けた。フリューゲルは、けっ、と顔を逸らす。

「オレ様だって、てめぇらみたいな辛気くさいのとは一緒にいたくないんだぞこの野郎」

「それだけは同意する」

 ルージュは背面の推進装置に魔力を向け、炎に変換した。ルージュが飛び出すのと同時に、二人も飛び出した。
二つの影は地平線と空の間を抜け、あっという間に見えなくなった。ルージュも正面を向き、炎を強めて加速した。
ふと振り返ると、半球体の建造物は姿を消していた。あれは三人が望んだ場所に現れるように、造られている。
いわば、移動する家だ。それもまた便利であると思う傍らで、それほどのことが成せる彼の者の力に圧倒される。
 ルージュら三人に与えられている情報は、多いようで少ない。禁書のことばかりで、肝心のことは教えられない。
先のことが見通せないのは、不安だ。だが、所詮は死人である身なのだから、未来などとっくの昔に潰えている。
不安になる意味もない。そう思い直したルージュは、銀の髪をなびかせながら、朝焼けの広がる空に向かった。
 今日もまた、戦いが始まる。




 魔導金属で成した肉体を持ち、魔導鉱石の器に魂を収める者達。
 兵器でありながらも意志を持つが故に、その心は重ならない。
 それぞれの思いを魂の奥底に秘めながら、今日も彼らは戦いに赴く。

 それが、魔導兵器三人衆なのである。







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