頭が落ちて、目が覚めた。 反動が付くほど勢い良く前のめりになったギルディオスは、顔を上げた。窓は閉められ、ベッドは空っぽだった。 ぐちゃぐちゃの掛布の傍には、不格好に畳まれた黒い服が置かれていた。ヴィクトリアは起き、着替えたようだ。 部屋の中は闇に満たされ、窓の外に見える空も真っ暗だ。どうやら、夜になるまで寝入ってしまったようだった。 いい歳をして情けない、と思いつつも、ギルディオスは腰を上げた。背中の関節を伸ばして肩を回し、首も回した。 頭は冴え冴えとしていて、気分も良い。ヴィクトリアだけでなく、自分自身も予想以上に疲れが溜まっていたらしい。 やはり、ガタが来ている。以前は何日も眠らなくとも全力で戦えたし、疲れらしい疲れを感じることはなかった。 何百人もの兵士を相手に戦っても、ほとんど休息を取らないで作戦を指揮し続けても、堪えなかったというのに。 だが、今はどうだ。二ヶ月近く旅をして、魔導兵器や連合軍と数回交戦しただけだというのにかなり疲れている。 疲労の感覚は久々なので懐かしさすらあったが、浸れる気分ではなかった。改めて、魂の衰えを実感してしまう。 ギルディオスはバスタードソードの鞘を取って背に担ぐと、部屋の扉を開けた。屋敷の中は、しんと静まっている。 どうやら、かなり遅い時間らしい。夜空に浮かぶ月も高い位置にある。屋敷にいる面々も、寝静まっているだろう。 ブラドールの屋敷に身を置いているのは、ギルディオスらだけでない。異能部隊の面々と、リチャード夫妻である。 この屋敷はゼレイブの建物の中では最も広く部屋数も多いので、多少人間が増えたところでどうということもない。 異能部隊は、隊員の一人であるポール・スタンリーが寝込んでしまった。だから、彼を看病する人が必要なのだ。 そして、リチャードの妻であるキャロルは身重であり、まだ孕んだばかりだ。だから、彼女も一人には出来ない。 彼らの世話を買って出たのは、ジョセフィーヌだ。みんなにたすけてもらったんだもん、とうぜんだよ、と言っていた。 キャロルの妊娠は、喜ばしい限りだ。だが、ポールは心配だ。何日も前から、激しい頭痛が治まらないのだそうだ。 フィリオラの作った魔法薬を飲んで痛みを弱めているが、それがいつまでも持つわけがないのは皆が解っていた。 異能者は、体ではなく頭、脳から力を放つ。その脳が痛んでいるということは、ポールはガタが来ているのだ。 人であって人でない異能者達は、その特異性からか寿命があまり長くない。だが、ポールはまだ四十代なのだ。 早すぎる、と思った。だが、ギルディオスは医者でもなんでもないから、ポールの行く末を見守ることしか出来ない。 自分よりも遥かに年若い者が死に向かう様を見るのは、とても悲しい。何度経験しても、その辛さは変わらない。 気持ちを紛らわそうと、バスタードソードを背負って部屋を出た。すると、廊下には銀色の骸骨が立っていた。 狂気の笑みを浮かべた仮面が、ギルディオスに向いた。ブラドール家の屋敷の主、ラミアン・ブラドールである。 「ギルディオスどの。今宵の月は美しく、星の瞬きもまた麗しくございます」 「…口説く気か?」 ギルディオスがやや身を引くと、ラミアンは仮面の口元に手を添えた。 「そう聞こえてしまいましたか。ですが、あなたを口説き落とせる男がこの世にいるとお思いで?」 「女ならいそうな気もするがな」 ギルディオスが笑い返すと、ラミアンは片手を胸に当てて銀色のマントを広げ、深く礼をした。 「口説くわけではありませんが、今宵はこの吸血鬼めにお付き合い頂きたく存じます」 「丁度いい。オレも、お前に色々と話を聞きたかったんだ、ラミアン」 ギルディオスが頷くと、ラミアンは姿勢を戻した。鋭い爪の付いた指先を、ギルディオスに向ける。 「私も、そのつもりであなたをお誘いしているのです、ギルディオスどの。我が息子の報告を信用していないわけではありませんが、ブラッディはまだ幼い。それ故、彼の目が見咎める出来事や彼の耳が聞き取る情報は不完全であるように感じるのです。ですから、外からお出でになったあなたに色々と聞きたいことがございます。それに、少々懸念がありまして」 「懸念?」 ギルディオスが聞き返すと、ラミアンは仮面を僅かに伏せた。 「我が息子の心を支配する、鋼の貴婦人について知っていることがあればお話し頂けませんでしょうか」 「そりゃあ、構わねぇが。つうか、なんで敬語使ってんだよ?」 ギルディオスは、ラミアンの質問ではなくその口調が引っ掛かった。ラミアンは、また礼をする。 「あなたは私が忠誠を誓った方が最も敬愛する御友人でありますので、私も敬意を払うべきかと思いまして」 「なーんか、やりづらいなぁ…」 ギルディオスは苦笑いしつつ、歩き出した。ラミアンは、その後に続いて歩き出す。 「屋敷の中で話すのは、退屈でしょう。屋根の上にでもご招待いたしましょう」 「やっぱり口説く気じゃねぇか」 ジョーに言っちゃうぞ、とギルディオスが茶化すと、ラミアンは仮面の顎に手を添えて肩を震わせた。 「あなたを落とせるものならば、是非落としてみたいものです」 馬鹿野郎、とギルディオスが笑うとラミアンは楽しげに笑った。その声は落ち着いていて、響くほどではない。 言葉の言い回しこそ回りくどく気障ったらしいが、語尾や態度は柔らかく穏やかで、上流階級の人間を思わせた。 元々、ラミアンは礼節を重んじる男だ。銀色の骸骨と化してもその言動を続けているので、異様ではあるのだが。 だが、これもやはり慣れてしまうと引っ掛かりは感じない。それどころか、そうでないとおかしいような気にさえなる。 ギルディオスはラミアンに連れられ、屋敷の外に出た。ラミアンは身軽に跳ね上がり、木を踏み台にして跳んだ。 細身の影が、マントをなびかせながら屋根に降りた。その動きは以前と同じくしなやかで、優雅ささえ漂っていた。 ギルディオスは両足に力を込めて、地面を蹴り上げた。人でない体は力が入りやすいので、跳躍力も凄まじい。 一回の跳躍で二階の窓近くまで上昇したので、出窓の上の庇を蹴って更に跳ねる。途端に、屋根の上に出た。 今日は大丈夫そうだ。内心で安堵しつつ姿勢を整えたギルディオスは、古い屋根に足を擦らせながら着地した。 「お見事です」 先に飛び乗っていたラミアンは、深々と礼をする。ギルディオスはその場に座り、胡座を掻いた。 「よせやい。大したことじゃねぇよ」 「ご謙遜を。私のように機械仕掛けの体ではないのに、それほどの力が出せるのはギルディオスどのの才覚です」 「あんまり褒めるな。背中が痒くなる」 ギルディオスは辟易し、首を竦めた。ラミアンは、ギルディオスの傍らに腰を下ろした。 「では、儀礼はこの辺にしておきましょう。夜は長いですが、朝はいずれ訪れますので」 「なんだ、やっぱりお世辞か。まぁいいけどよ。じゃ、とっとと本題に入ろうじゃねぇか」 ギルディオスはラミアンから目を外し、厚い闇に包まれた街を見下ろした。夜風が吹き付け、マントを揺らす。 「ヴィンセントの正体には気付いているか?」 「あれがただの魔物ではないことは、重々承知しております。気配を感じずに背後に寄られたことは、一度や二度ではありません。ヴィンセントは何か目的を持ってゼレイブに侵入してきたのでしょうが、その目的は未だに判明していないのです。私なりに探り出そうとはしているのですが、何分情報が乏しくてなりません。ブラッディは密偵の仕事を行えるほど器用ではありませんし、私もゼレイブを離れられませんので。魔導師協会の名簿や資料なども漁ってみたのですが、東方出身の魔物族が在籍していた記録は一文字も見つかりませんでしたのでその線は消しました。魔導師協会に少しでも絡んでいたのであれば、会長どのの側近であった私が知らないわけがありませんしね。ギルディオスどのは、ヴィンセントなる魔物の正体をご存じなのですか?」 「ありゃ、連合軍の手先なんだよ。この間、オレらはあのネコが連れてきた生体魔導兵器に襲われたからな」 「それはまた意外な。連合軍は、私達のような者達を排除しているのではないのですか?」 「その辺はオレも気になっているんだが、どうも見通しが悪いんだ」 ギルディオスは背を丸め、頬杖を付いた。ラミアンは、少し唸る。 「情報がもう少し多ければ判断の付けようもあるのですが、それすらも足りていないのでは…」 「だが、ロイとリチャードの証言だと、ヴィンセントは魔導兵器三人衆と一緒にいたってんだから妙な話だぜ」 「ブラッディの話に寄れば、魔導兵器三人衆なる者達は連合軍と戦い合っていたそうですが」 「てーことは、二重の密偵ってやつか」 「そうだとすれば、ヴィンセントは一体どちらに付いているのでしょうか」 「どっちにしたって、面倒なのには変わらねぇよ。ヴィクトリアのトランクの中には、禁書が四冊も入っているしな」 ギルディオスは、指を四本立ててみせる。ほう、とラミアンは興味深げにする。 「それは素晴らしいですね。ですが、魔導兵器三人衆が禁書に執心しているのであれば、禁書が欠けていることに気付かないわけがありませんからね」 「だから、いずれ奴らが来るかもしれねぇ。その時は手ぇ貸してくれよな、ラミアン」 「言われるまでもありません。ジョーや皆を守るためならば、この爪が折れようとも立ち上がることを誓いましょう」 「その辺は気が合うな、ラミアン」 ギルディオスがラミアンに向けて拳を突き出すと、ラミアンは手の甲をその拳に当てた。 「鋼の肉体は私達の誇りであり、力なのですから。それを使わずして、何になりましょうか」 「頼りにしてるぜ」 ギルディオスは拳を下げると、屋根に寝転がった。視界一杯に、巨大な星の運河が横たわる夜空が広がった。 ラミアンの造り上げた魔力の蜃気楼と魔導結界を通して見ても、目に映る夜空はいつもとなんら変わらなかった。 「会長の行方は、御存知なのですか?」 ラミアンは、仰向けになったギルディオスを見下ろした。ギルディオスは片手を上げ、軽く振る。 「そいつぁ知らねぇよ。だが、心配なんてしてねぇよ。相手はあのフィルだぜ? 殺したって死なねぇ女だ」 「あの人は、私が知る中で最も強い女性です。強すぎると思わないでもありませんがね」 ラミアンは月光を映した仮面を上げ、夜空を仰いだ。 「あなた方がゼレイブに集ったのは、ほぼ同時と言ってもいいでしょう。最初にリチャードとキャロルが到着し、それから二日後に異能部隊が到着し、そしてその翌日にあなた方が到着しました。ヴィンセントが現れたのも、数日前からです。神が導かれたのか、或いは悪しき者が仕組んだ罠なのか。後者ではないことを、祈るばかりです」 「オレは前者だと思いたいね」 ギルディオスは頭の下で手を組み、上体を反らした。 「そうでも思わねぇとやってらんねぇよ。本当に、どこかの誰かがオレ達をゼレイブに導いたんだとしても、オレ達を集めたところで何がどうなるってんだよ。そりゃ確かにオレ達はちょいとばかり変で、妙な力があるかもしれねぇが、それだけだ。出来ることなら、放っておいてほしいねぇ」 「全くで」 ラミアンは、そこで言葉を切った。しばらく黙っていたのでギルディオスが顔を上げると、彼は詰め寄ってきた。 「それで、その、ブラッディの焦がれている鋼の貴婦人がどのような女性なのか、お教え頂きたいのですが」 「ああ、ルージュのことだな。ラッドからもちょいと聞かれたが、大したことは知らねぇよ」 ギルディオスは銀色の太い指先に、赤い頭飾りの先を絡めて弄ぶ。 「禁書を巡る戦闘が起きても、ルージュは手っ取り早く終わらせちまうからな。ラオフーはあれでいて状況を楽しんでいるような節があるから結構時間掛けるし、フリューゲルはガキも同然だからやたらとしつこいんだが、ルージュはお仕事って感じで戦うんだよな。不利だと解ればちゃっちゃと撤退するし、追撃も大して深くねぇし、砲撃は凄ぇけど無茶苦茶に破壊するわけでもねぇ。態度はつんけんしてるし、愛想もまるでねぇから軍人みてぇな女だけどツラだけは綺麗なんだよな。だけどありゃ、本当に機械の固まりだぜ?」 「ああ…嘆かわしや…」 ラミアンは顔を伏せ、ゆっくりと横に振った。 「ブラッディが女性を愛するのは一向に構いません。年頃になった証拠なのですから、私も喜びたい気持ちはあるのです。ですがその女性が、私達のように鋼の体に魂を宿した魔導兵器であるとなれば、私も不安を覚えざるを得ません。それとなく忠告はしてみたのですが、ブラッディが物思いに耽る時間は日に日に増えていくばかりでして」 「うん。オレもそれは思った。ラッドの奴、オレと会っても上の空だったしなぁ。だけど、あんなののどこがいいってんだよ。確かに、オレもルージュのツラは綺麗だとは思うし、体型もなかなかそそるもんがあるし、生身の女だったら理解出来ないでもないが、ルージュは両腕に大砲をぶら下げた女だぜ? どこに惚れる要素があるってんだ?」 ギルディオスが首をかしげていると、ラミアンはため息を零した。 「この身に臓物があれば、きりきりと痛んでいることでしょう」 「まあ、なんだ。頑張れラミアン」 ギルディオスの気のない励ましを受けたラミアンは、はあ、と力なく返した。彼の心境も、なかなか複雑そうだ。 ラミアンにはラミアンの苦労もあるのだろう。仮面で表情は見えないが、その内には様々な思いが錯綜している。 魔導兵器と化した吸血鬼といえど、彼も年頃の息子を持つ父親だ。不安になってしまうのは、無理のないことだ。 一陣の夜風が、二人のいる屋根を抜けた。初夏が近付いても夜は冷え冷えとしていて、鋼の体に良く染みる。 埃っぽさもなければ硝煙臭さもなく、血生臭さもない風だった。戦火を浴びていないので、景色も穏やかだった。 戦時中や戦後に住民が退去してしまったので空き家となった家々が並んでいるが、いずれも壊されていない。 砲撃の痕跡もなければ、死体もない。他の街の惨状を見た後に見ると、ゼレイブはある種、異世界のようだった。 ギルディオスが黙ると、ラミアンも黙った。しばらくの間、二人は夜風に耳を澄まし、星々の瞬きを見上げていた。 「連合軍に、三人衆に、ついでにヴィンセントか。しばらく、気を抜けそうにねぇな」 「また、悪夢が訪れなければ良いのですが」 「そうだな。出来ればオレも、戦いたくはねぇよ。でも、オレは戦うことしか出来ねぇからさ」 ギルディオスは、静かに呟いた。だから、戦うのだ。背中に乗るバスタードソードは大きく、そして重たかった。 これが使えるうちは、体の自由が効くうちは、守りたいものがある限りは、戦わなければ自分の気が済まない。 だが、ヴィンセントの言葉に心が揺らいだのは確かだ。振り切ったつもりではいたが、未だに胸に残っていた。 「ヴィンセントのことは、皆に報告しますか?」 ラミアンの言葉に、ギルディオスは迷った末に言った。 「いや。まだ、そういう時じゃねぇと思う」 「なぜ、そう思うのです」 「単なるオレの我が侭だ。気ぃ抜けないとか思っているくせに、気ぃ抜きてぇんだよな、正直な話」 「あなたも人です。それは、無理からぬことかと」 「ありがとな、ラミアン。それと、もう一つだけ聞いてくれ」 ギルディオスは体を起こし、ラミアンと向き合った。 「オレは、もうじき死ぬ」 銀色のヘルムと、銀色の仮面が対峙する。ラミアンの仮面の奥にある魔導鉱石製の瞳が、僅かに陰った。 彼は、しばらく言葉を選んでいたようだった。だが、目線を外すことはなく、真摯な眼差しを甲冑に注いでいた。 ギルディオスは、言ってしまってから少しばかり後悔した。すぐに死ぬとは思いたくないが、いつか死ぬのだ。 そのことは、隠しておきたいと思った。だが、隠しきれるものでもない。けれど、皆に言えるようなことではない。 ギルディオスのことを不死の存在のように認識している異能部隊には言えるはずもなく、フィリオラにも言えない。 彼女は、以前ほど盲目的ではないがギルディオスをかなり敬愛している。その点については、ブラッドも同じだ。 ギルディオスが死に向かっていることを知れば、彼らは必死になるだろう。だが、気遣われると逆に心苦しい。 だからといって、戦犯としての罪に苦しむリチャードや家族を守り生かすことで精一杯のレオナルドも無理だ。 ジョセフィーヌは、その身が持つ予知能力で知ることになるだろう。そして、伯爵にはどうしても言いたくなかった。 付き合いが長いからこそ、躊躇ってしまうこともある。だから、この告白をするのに適しているのはラミアンだ。 経緯こそ違えど、境遇は同じだ。ギルディオスが二の句を継げずにいると、ラミアンはゆっくりと顔を上げた。 「あなたは嘘を吐くような方ではなく、増して妄言で他人をからかうような方ではない。ですから、それは」 「本当だ。最近、体の動きが鈍くなってきててよ。魂が弱ってきたみてぇな感じがするんだ」 ギルディオスは右手を挙げ、握ってから開いた。 「体の反応もちょいとばかり遅くなってきちまってさ。このままいけば、そのうち力も出なくなっちまいそうなんだ」 「そう、ですか」 ラミアンはギルディオスから視線を外さずに、言った。 「戦いを終えた戦士がヴァルハラへ旅立つのは、天の定めたこと。それは、抗えるものではありません」 「なんか悪ぃな、ラミアン。情けねぇこと話しちまって」 ギルディオスが苦笑すると、ラミアンは首を横に振った。 「死は、誰しもが恐れます。あなたが命在る者である証です、ギルディオスどの。情けなく思うことなどありません」 「いい口説き文句だぜ、ラミアン。オレが女なら、惚れちまうところだ」 ギルディオスは目元を押さえるようなつもりで、ヘルムを押さえた。自分でもはっきり解るほど、声が震えていた。 他の者達が思うほど、ギルディオスという男は強くない。人並みに死を恐れ、苦しんでいるのだが、表に出せない。 意地とは違う。虚勢とも違う。自分自身の内に造り上げた、ギルディオス・ヴァトラスという戦士を守りたいからだ。 自分自身であり、また自分の内の他人である彼は、誰よりも強く逞しい。彼は死を恐れず、敗北すらも恐れない。 同一だが、別物だ。戦士としてのギルディオス・ヴァトラスと、一人の男としてのギルディオス・ヴァトラスがいる。 どちらも強いが、どちらも弱い。だが、死を恐れるのはどちらも同じだ。死ぬのが怖くない者など、誰もいない。 ラミアンに話して、楽になった気はしない。むしろ、はっきりとした現実となって目の前に立ち塞がってしまった。 だが、隠し続けていられないのだ。ギルディオスは己の弱みを受け止めてくれたラミアンに、心の底から感謝した。 冷ややかな月明かりが、二人の男を照らしていた。 鋼の体を持つ二人の、密やかなる語らい。 重剣士は己の運命を吐露せずにはいられず、そして苦悩する。 吸血鬼は息子の恋に頭を悩ませつつも、重剣士の苦悩を受け止める。 異形達の夜は、静かに更けていくのである。 07 5/9 |