ドラゴンは滅びない




鋼鉄の乙女



 夜風が、髪を乱している。
 背中に擦れる毛先は硬質で、有機的な柔らかさはない。月明かりが作る影も、生き物から掛け離れた姿だ。
右腕の肘から先に付けられた巨大な砲を、軽く上げる。意思を送ると、長さの違う砲身が勝手に回転していく。
一番長い砲を据え、じゃきり、と止めた。左腕には手は付いているが、こちらの腕の上にも砲が付けられている。
肩に乗っていた白いものが、爪を立ててよじ上ってきた。顔の傍までやってくると、逆三角形の鼻をひくつかせた。

「構造は単純でごぜぇやす。魔導結界の芯を撃ち抜いちまえば、一発で崩壊するでやんすよ」

「肝心のものは燃えないだろうな?」

 涼やかな声が、銀色の唇から零れた。赤い瞳の傍に、白ネコは顔を突き出す。

「その辺は抜かりありやせんぜ、吸血鬼の姐御。あの女の仕掛けが施された本でさぁ、簡単に燃えちまうようなタマじゃございやせん」

「ならば、好きにやらせてもらう。連合軍も吹き飛ばして構わないな?」

 彼女の強い口調に、白ネコ、ヴィンセントはにたりと目を細めた。

「あの連中はあっしも嫌いでごぜぇやす。前に、馬鹿な兵隊共に喰われそうになったことがありやしてねぇ」

「お前のようなネコを捌いたところで、食える肉は限られているがな」

「今じゃ、兵隊も食うに困っちょりやすからねぇ」

 ヴィンセントは彼女の肩から下り、着地した。彼女はヴィンセントに背を向け、足元を蹴って空中に飛び出した。
金属糸で出来た長い髪が広がり、その背から伸びた縦長の推進翼から炎が走ると、辺りに強烈な熱気が漂った。

「注意するべきは、不死の重剣士だ。それ以外は雑魚だ」

「ええ、そうでやんすねぇ。武運を祈っとりますぜ、吸血鬼の姐御」

 ヴィンセントがうやうやしく頭を下げたが、彼女は面倒そうにしただけだった。

「ヴィンセント。お前は次の場所へ行け。ラオフーはともかく、フリューゲルが心配だ。あの馬鹿鳥は、少しでも目を離すと何をしでかすか解らないからな」

「へい。そんなら、あっしは鳥の兄貴んところにでも行きまさぁ。そいでは失礼しやす」

 ヴィンセントが顔を上げた時には、彼女の姿は遠ざかっていた。光がほとんどない暗闇の街に、向かっていく。
辺りには魔力を含んだ熱気が残っていたが、夜風に掻き消された。ヴィンセントは、ヒゲを前足で撫で付けた。
前足を舐めて顔を洗ってから、崩れた塔の屋根に寝そべった。フリューゲルの元に向かうのは、もう少し後だ。
 まずは、様子を見なければならない。彼女は、あの若者に反応した。恐らく、本能が働いてしまったのだろう。
戦力としての不満はない。頭も良く回り、戦闘の心得も持っているし、魔力の扱いにも長けているが、女性だ。
色々な面で不安がある。それをきちんと見て、報告しなければ。それが自分の役目だ、とヴィンセントは思った。
塔の上から見える世界は、静かだ。だが、この静寂も、あと少しすれば彼女の手によって切り裂かれてしまう。
 程なくして、暗闇を引き裂く閃光が迸った。




 闇が、砕かれた。
 ブラッドは反射的にヴィクトリアを庇い、覆った。彼女が向かおうとしていた場所に、何かが撃ち込まれたのだ。
半円形に抉られた石畳の中心から薄い煙が立ち上り、破片が飛び散った。砕けた石の欠片が、耳の脇を掠めた。
ブラッドの隣に立つギルディオスは、バスタードソードを抜いて構えており、切っ先で煙の中心を指し示している。
ブラッドは、腕の中のヴィクトリアを見下ろした。ヴィクトリアは相当驚いたらしく、両目を最大限に見開いている。
動揺はしているようだが、ケガはしていないようだ。ブラッドはほっとしながら、ヴィクトリアを背に隠して身構えた。
この石畳の真下には、例の空洞が存在している。半日掛けて調べ回って、ようやくここであると判断したのだ。
その中に禁書が封じられているとは限らないが、ないとも限らない。だから、気を付けて掘り起こそうとしていた。
 そこへ降ってきたのが、先程の砲撃だ。的確に、ヴィクトリアが空洞の中心点だと判断した場所を撃っている。
敵の正体は掴めないが、応戦しなくては。ブラッドは両袖を捲り上げて指を立て、口の中で攻撃呪文を紡いだ。
がら、と石畳の抉れの中で物音がした。煙が内側から破られ、巨大な砲が突き出されてブラッドの頭に向いた。

「邪魔立てするなら」

 凛とした、女の声がした。逆三角に連なった、それぞれ長さの違っている砲身の奥から強い光が零れている。
濃密な、魔力の気配。生き物が持ち得る魔力の尺度を遥かに超えた量の魔力が、空気に混じって流れてくる。
尖ったつま先が石畳を踏み締め、ぎち、と重たく関節が軋んだ。暗がりの中で、あの瞳のない赤い目が輝いた。

「魂までも焼き尽くす」

 美しい兵器だった。吊り上がった赤い目は光のみで成され、銀色の肌には汚れはなく、口元には色気すらある。
装甲を被った頭部の後部からは、銀色の髪が伸びていた。だがそれは、金属糸で作った髪に良く似た装甲だ。
右腕の肘から先は、長さの違う三つの砲口が付いた巨大な砲に埋まっていて、両肩にも装甲が付いている。
左腕の肘から先にも砲が付いていたが、右のものと比べれば小さいものだった。左手はあるが、やけに大きい。
大きな胸は顔と同じ素材で出来ているのか、動きに合わせて形が変わる。細身の腰も、太股も、柔らかそうだ。
 ブラッドは、息を呑んだ。動揺が明確になり、心が震える。美しき兵器は一歩前に出、更に間を狭めてきた。

「死にたくなければ、そこを退け」

「あんた、一体…」

 ブラッドは身構えたまま、動けなくなった。ギルディオスは彼の前に割り込み、二人の間に立った。

「どこの誰かは知らねぇが、穏やかじゃねぇな?」

「ギルディオス・ヴァトラスだな」

 魔導兵器の女は眼差しを強め、左腕の砲を挙げてギルディオスに据えた。

「無意味な破壊は好まないが、障害となるならば別だ。副砲、掃射!」

 鋭い声と同時に、左腕の砲から無数の魔力弾が放たれた。ギルディオスは二人を抱え、石畳に押し付けた。
直後、頭上を光が抜けた。それが、路地から現れた連合軍の兵士達に命中し、鈍い音を立てて頭部が弾けた。
連合軍の到着がいやに早い気もしたが、ずっとブラッドに張っていたのだから、到着が早くても不自然ではない。
ギルディオスが慎重に顔を上げると、周囲の建物は横一線に砕かれていた。割れた部分から、崩れる家もある。
建物が脆いせいもあるが、光線の破壊力は凄まじかった。だが、その威力以上に発射速度の速さが問題だった。
 魔力式の光線砲は、普通の小銃や大砲のように装填をしなくていい。だから、あの女の方が圧倒的に有利だ。
ギルディオスも魔導拳銃は持っているが、今は手元にない。接近戦で戦おうにも、相手の弱点が全く解らない。
せめて生身であるなら急所を狙えたのだが、相手も自分と同じ金属の固まりだ。普通の打撃は一切通用しない。
逃げるか、それとも二人を逃がすために時間稼ぎとして戦うべきか。ギルディオスが起き上がると、彼が動いた。
ギルディオスを押し退けて立ち上がったブラッドは魔導兵器の女の前に出たが、その横顔は緊張で強張っている。

「お前の名は?」

「いきなり何を聞く」

 魔導兵器の女が少々鬱陶しげに漏らすと、ブラッドは拳を固めた。

「ブラッド・ブラドール」

「ルージュ・ヴァンピロッソ」

 魔導兵器の女は平坦に返してから、地面を踏み切った。

「それが、どうした!」

 一気に間を詰められたが、ブラッドは逃げなかった。それどころか、真正面から向かってくる女を受け止めた。
右手を突き出し、女の右腕の砲身を掴んだ。魔力の高熱で皮が焼け爛れたが、ぐっと堪えて砲身を押し返す。
ルージュと名乗った魔導兵器の女は、左腕の砲をブラッドの腹にめり込ませてきた。赤い瞳に、射抜かれる。

「抑えたつもりか?」

「ルージュか…いい名前だ!」

 ブラッドはルージュの砲を無理に曲げて下に向けさせたが、遥かに強い腕力で戻されて逆に押し返された。
魔力砲の熱が肌を焼き、嫌な匂いを漂わせる。ブラッドは、あの針で刺されるような感覚を全身で感じていた。
あの気配は、彼女だったのだ。機械の体に充ち満ちている敵意と戦意が、魔力を通じて感覚を逆立ててくる。
腹を抉っていた左腕の砲が上がり、ブラッドの喉元にめり込んだ。濁った声を漏らしたブラッドに、女は言った。

「そうか、お前は」

 砲口はブラッドの喉を更に押してきたので、仰け反らないように踏ん張るが、首の骨が軋みを立てる。

「ラミアン・ブラドールの息子だな」

 父親の名を出されて動揺したブラッドが目を剥くと、背後から少女の甲高い声が迸った。

「目障りだわ、死になさい!」

 ギルディオスの制止も振り切り、ヴィクトリアが駆けた。ルージュは青年の喉から外した砲口を、彼女に向けた。

「砕けろ」

 ルージュの冷徹な言葉を遮るように、ヴィクトリアは声を上げた。

「真に強きは我にありて、理は我が手中にこそ在らん!」

 ルージュの砲口から溢れ出した閃光が弱まり、薄らいだ。ルージュが一瞬戸惑うと、ヴィクトリアは手を振り翳す。

「故に、力は我に従わん!」

「うっ!?」

 ルージュの悲鳴と同時に、左腕の肘の部分から光弾が飛び出した。たたらを踏んだ彼女を、少女は睨む。

「あなたこそ、邪魔なのだわ。私が欲しいものを横取りする資格なんて、あなたにはなくってよ」

 ルージュは膝を曲げていたが、立ち直した。ばちり、と乱れた魔力が電流となって破れた装甲から爆ぜた。

「私の砲撃を逆流させたか。なるほどな、お前がルーの娘だな?」

「あら。私のことを存じて下さっているなんて、嬉しい限りだわ」

 ヴィクトリアは皮肉を吐き捨てると、魔法を放つべく右手をルージュへ向けた。そこへ、ギルディオスが叫んだ。

「伏せろ、お前ら!」

 ヴィクトリアがその声に反応するよりも先に、ブラッドは左手でヴィクトリアの襟首を掴んで地面に引き倒した。
路地の合間から突き出された連合軍の移動砲台から、炎が吹き出した。爆風が走り、砂埃を舞い上がらせる。
砂埃の中から、砲台から発射された砲弾が飛び出してきた。それは、一直線にルージュに向かって飛んでいった。
ルージュは真正面に向かってきた砲弾を、右腕の砲で振り払った。かぁん、と火花と金属音が散り、弾は逸れた。
それは、斜め前の路地に控えていた連合軍の兵士達の元へ向かった。悲鳴が上がるよりも先に、爆音が轟いた。

「嘘だろ…」

 ずきずきと熱い右手の痛みに脂汗を滲ませながら、ブラッドは彼女を見上げた。その表情は、変わらない。
砲弾を弾くなど、有り得ない。いくら魔導兵器に使用されている魔導金属が強いと言っても、限度があるはずだ。
彼女は、普通の魔導兵器ではない。先程の魔力砲といい、この強度といい、なんといい、まともなものではない。
畏怖が沸き起こる。だが、それ以上に陶酔感もあった。真正面から見た時の、彼女の美しさが忘れられなかった。
銃撃が始まっても、ルージュは動じない。柔らかそうな乳房や唇に弾丸がいくつか掠ったが、傷一つ付かなかった。
 ブラッドは体の下に組み敷いているヴィクトリアを抱きかかえると、這いずるようにして戦場から移動していった。
ギルディオスはバスタードソードを派手に振り回し、銃撃を繰り返す連合軍の部隊へと荒々しく切り込んでいった。
小銃を切られ、剣を折られた兵士達は、我先にと逃げ惑っていった。ブラッドは、近くの家の壁際まで後退した。
腕の中に収まったヴィクトリアは、三度も急に押さえ付けられたからか、恐ろしく不機嫌そうに眉を吊り上げている。
砲撃と銃撃の中心にいるルージュは、尖ったつま先で石畳を蹴り上げ、魔力砲で作った抉れの真上に浮かんだ。

「出力最大!」

 右腕の三角形に連なる砲身が一回転し、腕の中で歯車が噛み合う。三つの砲から、一斉に光が放たれた。

「主砲、発動!」

 ルージュを中心にして、夜が昼に変化した。目が白むほどの強烈な光が溢れ出し、石畳を容易く貫いていく。
光を撃ち込まれた部分から走り出した亀裂は、ブラッドのつま先まで到達した。亀裂の間からも、光が溢れる。
洪水のように圧倒的で膨大な量の魔力に、息が詰まりそうになる。どれほどの力が、彼女の体内にあるのだ。
不意に、足の下で魔力が歪んだ。ブラッドが何事かと戸惑うと、ヴィクトリアは身を乗り出して女を睨み付けた。

「あの女、なんてことをするのかしら」

 無数の亀裂が走った石畳が、ぐにゃりと曲がった。破片のみならず、砲撃の閃光も歪みの中心に向かった。
そのまま、足元は半円状に湾曲した。逆円錐形の穴と化した石畳に、鋼鉄の女は躊躇いもなく飛び込んだ。
ブラッドが反射的に手を伸ばすと、程なくしてルージュは戻ってきた。その左手には、分厚い本が握られていた。

「あれは!」

 ヴィクトリアはブラッドの手から逃れ、ルージュの元に向かおうとしたが、石畳は湾曲したまま崩壊し始めた。
ルージュは背中から伸びた二本の細長い板のような推進翼から青白い炎を吐き出し、するりと上昇していった。
 私の禁書が、とヴィクトリアの恨みがましい呟きが聞こえたが、その言葉の続きは悲鳴で掻き消されてしまった。
太い光が、いくつも撃ち込まれる。抉れた石畳ではなく、その周囲で控えていた連合軍を主に狙って撃っている。
ギルディオスは砲撃の合間を擦り抜けて駆け、二人の元に戻った。ヴィクトリアは立ち上がると、眉根を曲げた。

「こんなの、つまらないのだわ」

「ひとまず退くぞ。あんなのとまともにやりあったら、体がいくつあっても足りゃしねぇや」

 ギルディオスはヴィクトリアを背負うとブラッドに、走れるよな、と確かめた。ブラッドは頷く。

「死にたくもねぇし、連合軍にも捕まりたくねぇしな」

 追え、との声が連合軍から上がったが、追う者はなかった。凄絶な砲撃に、大半の兵士が死んでいたからだ。
ヴィクトリアを背負ったギルディオスは、火傷の痛みと疲弊で速度が鈍っているブラッドを気にしながら走った。
走って走って、街外れに隠しておいた蒸気自動車のところまで戻った。幸いなことに、蒸気自動車は無傷だった。
街の騒ぎを見ていた伯爵は、矢継ぎ早に三人に問い詰めてきたが、ギルディオスは伯爵の言葉を全て無視した。
とにかく、逃げる方が先決だった。ルージュの存在も気掛かりだったが、連合軍の追っ手が来る方が厄介だった。
 一晩中蒸気自動車を走らせて、どこかの山の中に辿り着いた。そこでようやく、彼らは落ち着くことが出来た。
ヴィクトリアは気が立っていたようだが、慣れない戦闘で感じた極度の緊張のためか、水を飲んで眠ってしまった。
ブラッドもまた、右手のひらと手首の内側に出来た赤黒い火傷の痛みに苛まれていたが、疲労に負けて眠った。
ギルディオスも眠ろうかと思ったが、少しも眠くならなかった。連合軍も面倒だが、それ以上に面倒な者が現れた。
 また、厄介なことになりそうだ。




 翌朝。ブラッドは、浅い眠りから目を覚ました。
 蒸気自動車の助手席に押し込めていた長い手足を出し、伸ばしたが、右手の焼けた皮が突っ張って痛んだ。
まだ、完全に再生していない。普通の傷なら半日もしないで元通りになるのだが、魔法による傷は治りが悪い。
ブラッドはあまりの痛みに涙目になりながら、助手席を出た。後部座席では、ヴィクトリアが深く眠り込んでいる。
ヴィクトリアは、ブラッドが貸した黒いマントと自前の毛布にくるまっている。黒の上で、長い黒髪が波打っている。
伯爵は、いくら話し掛けても誰も反応してくれないことに怒ってしまったらしく、後部座席の隅でふて寝している。
 ブラッドは少女の穏やかな寝顔に表情を緩ませたが、右手の熱い痛みが昨夜の出来事を無理矢理蘇らせた。
そして、感情も蘇らせてしまう。ルージュに対して感じた動揺と甘さのある陶酔を、拭い去ってしまいたかった。
あの女はろくでもない。何を見取れていたんだ、と自責するが、瞼の裏にはルージュの姿が焼き付いていた。
ブラッドが顔を上げると、山の麓に繋がる細い道にギルディオスが立っていた。よ、と片手を挙げて挨拶した。

「起きたか、ラッド」

「んー、まぁ」

 ろくに眠れやしねぇ、とブラッドが毒突くと、ギルディオスは彼の右手を見やった。乱暴に布が巻いてある。

「その傷じゃあな。一人でゼレイブに戻れるか?」

「傷さえ治れば。魔力も充分あるし、空間転移魔法を二三回使えば一日で帰れるよ」

 ブラッドはギルディオスの隣に立ち、湿り気を含んだ柔らかい朝日を浴びた。寝乱れた髪が、煌めく。

「前にも、こういうことがあったよな」

 ギルディオスが言うと、ブラッドは苦笑いした。

「ああ、あったあった。あの時は旧王都の公園で、相手は父ちゃん、つーかアルゼンタムだったよな。で、おっちゃんはフィオさんが憑依したフィリディオスだったよな。十年も前のことだけど、よく覚えてるよ。つか、忘れられんね」

「オレらって、なんでいつもこうなのかねぇ。戦うつもりはねぇのに、戦う羽目になるっつーか」

 ギルディオスがぼやくと、ブラッドは左手で寝癖の付いた髪を直した。

「そういうのって、結構理不尽じゃね?」

「全くだぜ。こっちとしちゃあ、関わりたいとは思っちゃいねぇのになぁ」

 ギルディオスの沈痛な言葉は、甲高い鳥の鳴き声に掻き消された。ブラッドは、布を巻いた右手を見下ろした。
指先まで焼け焦げてしまったので、二三日は使い物になりそうにない。指を動かすだけで、皮膚が割れそうだ。
 ルージュ・ヴァンピロッソ。機械で出来た女。破壊力の固まりの女。そして、本能をざわつかせる気配の女だ。
出来れば、二度と会いたくない相手だ。次に会った時には、あの砲撃で焼き尽くされてしまうかもしれないのだ。
だが、またあの美しい兵器と向き合ってみたい。なぜだろう、とブラッドは疑問を感じたが、そう思ってしまった。
疑問はそれ以外にもある。なぜ、ルージュはギルディオスだけでなく、ブラッドとヴィクトリアも知っていたのだ。
禁書を狙う意味も、解らない。解らないことだらけだったが、今はとにかく、右手を治すために帰ることが先決だ。
ラミアンに、事の次第を報告しなければ。仕事をしくじったことも、三人に会ったことも、鋼鉄の女戦士のことも。
交わした言葉はほんの一言で、交わった眼差しには敵意が満ちていて、砲口を向けられた相手だというのに。
 彼女のことは、忘れられそうにない。




 闇夜を貫く砲を備えた、美しき魔導兵器。
 彼女の放つ閃光は魔導結界だけでなく、半吸血鬼の青年の心をも貫いた。
 悪しき少女に代わり、禁じられた書を得た鋼の乙女は再び闇へと消えていく。

 その目的を知る者は、白き魔物だけなのである。







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