ドラゴンは滅びない




異能の申し子



 この手段は、使ってほしくなかった。
 ロイズの意識の下で、ヴェイパーは重たい不安で魂が縮こまりそうだった。精神同調訓練は、まだ途中なのに。
フローレンスが生きていた頃から、二人の精神を重ね合わせて一体化させて戦闘を行う訓練は繰り返していた。
ある程度は同調出来るようになったのだが、まだ発展途上段階に過ぎない。実戦で扱えるほど、熟練していない。
精神同調を行えば、ロイズはヴェイパーの体を思いのままに操れ、異能力も制御力が増すので攻撃力も増す。
だが、精神同調を行っている間、ロイズの本体は無防備になってしまう。事実、今も地面に転がっているままだ。
精神感応能力者ではないロイズが、長時間肉体から意識を離した状態で異能力を操れば生命活動が危うくなる。
あまり無理をすれば、生身が無事であっても魂が壊れてしまい、死ぬだろう。なぜ、そんな危険なことをするのだ。

「相手が相手だからだよ。多少は無茶をしないと、まともに戦えないじゃないか」

 ヴェイパーの発声機能から出た声は、ヴェイパーのそれとは違ったが、ロイズのそれとも違っていた。

「ヴェイパー、引っ込んでいて。全部僕がやる」

『だけど、ロイズ。こんなのは無茶だ。いつもみたいにやればいいじゃないか!』

 ヴェイパーが思念を用いて言い返すと、ロイズは戦闘を待ち兼ねているラオフーを見やった。

「ヴェイパー」

 たしなめられるように名を呼ばれ、ヴェイパーは引かざるを得なかった。今のロイズは、普段のロイズではない。
ヴェイパーの魂と己の魂を一時的に融合させているため、精神年齢も上昇し、八歳の少年ではなくなっている。
愛する母親を殺した者を倒したい気持ちは、ロイズもヴェイパーと全く同じなのだ。だから、反論出来なかった。
 二人は兄弟だ。産まれ方と体こそ違うが、同じ母親から命を与えられ、同じ父親から戦う術を教え込まれた。
フローレンスさえ死んでいなければ、と思う場面はいくつもあった。母親が戻ってきてくれる夢を、何度となく見た。
だが、母は殺された。目の前にいる魔導兵器の手で。そして、父も死んだ。ブリガドーンでの激戦で命を落とした。
本当なら、この役目は父親がやるべきものだろう。しかし、その父親はもういない。骨となり、土に還っていった。

「ヴェイパーはさ」

 ヴェイパーの肉体を完全に支配したロイズ、ヴェイズはラオフーへと歩み出した。

「僕を守ろうとしてくれたんだよね。だから、黙っていたんだよね」

『うん…』

「ありがとう、ヴェイパー。父さんが死んだばかりの頃に教えられていたら、きっと僕はおかしくなっていただろうし」

 ヴェイズの声色は、至極落ち着いていた。

「でも、もう大丈夫。僕は戦える。だから、戦おう、ヴェイパー」

『ロイズ。怒っていたんじゃないの?』

「うん。怒った。でもそれは、ヴェイパーが僕に隠し事をしていたからであって、ヴェイパーが嫌いなわけじゃない」

『ごめんね、ロイズ』

「いいよ。それよりも今は、戦うことが先決だ」

 ヴェイズは足を開いて腰を落とすと、両の拳を固めた。

「勝負だ! ラオフー!」

「話し合いは終わったようじゃのう」

 ラオフーは腰を落として両足を広げ、両腕を掲げて構えた。ヴェイズが飛び出すと同時に、ラオフーも飛び出す。
双方の足元で、乾いた草と土が蹴り上げられ、飛び散った。それらが落ちるよりも前に、二人は拳を交え合った。
互いの装甲が擦れ、火花が散る。ラオフーの拳はヴェイズの側頭部を、ヴェイズの拳はラオフーの顎を狙った。
だが、どちらも入らなかった。ヴェイパーの状態ではまともに受けていたであろう打撃を、一瞬前で引き、避けた。
頭を反らしたヴェイズは上体も反らし、右足を軸にして回転した。そのまま蹴りを放つが、ラオフーに掴まれた。
しかし、微塵も怯まなかった。ヴェイズは軸にしていた右足で地面を強く蹴ると、掴まれた左足へ全体重を掛けた。
突然、彼の体重を腕に受けたラオフーは、僅かに足元が崩れた。ヴェイズは右手で、ラオフーの頭を鷲掴みする。
己の体重を物ともしない身軽さで、ヴェイズは空中で前転した。ラオフーの背後へ落下しながら、その背を蹴る。

「ぐっ!?」

 急に背後に回られたことに戸惑いつつも、ラオフーは即座に振り返った。ヴェイズは落下したが、片手を付く。
その手でぽんと跳ねて上下を戻し、改めて着地した。ヴェイズは何事もなかったかのように、すっと立ち上がる。

「さすがに母さんの設計だ、僕がどれだけ自由に動いてもちゃんと付いてきてくれる」

「おぬし、本当に小童か?」

 子供らしからぬ的確ながらも俊敏な動きに、ラオフーは訝った。ヴェイズは、重たい装甲の付いた肩を回す。

「思念の扱いってのは、体の扱いとは違うから。僕の生身の体はまだ成長途中だから僕の思考に付いてこられないけど、ヴェイパーの体だと別なんだよ。ヴェイパーはネジの一本から歯車の歯一つまで、全部が高純度の魔導金属で出来ている。おまけに母さんが色々と細工をしてくれていたものだから、魔力伝達率はほぼ十割。だから、物凄く使い勝手がいいんだ」

「少しは面白うなってきたわい」

 ラオフーは笑み、腰を落として飛び出した。

「じゃが、いつまで持つかのう!」

 真正面から懐に突っ込んできたラオフーを両手で受け止めたが、堪えきれず、足元が抉れて後退していった。
ラオフーは腰を捻ると、ヴェイズの肩と股の間に手を差し込んだ。そして、腰を上げ、巨体を軽々と持ち上げた。

「頭の方はちぃと成長したようじゃが、まだ体が追いついておらんのう!」

「うわあっ!?」

 次の瞬間、ヴェイズの巨体は湖面へと放り投げられた。激しい衝撃が背中に訪れ、水柱が高々と上がった。
大量の気泡と色の暗い湖水が視界を覆い尽くし、各関節に水が滑り込み、装甲の間に溜まって重たくなってくる。
排水しなければ、と思うものの、浮力が一切ない体は湖底に導かれるように沈み続け、太い両足が土に埋まる。
 すると、頭上が白く発光した。顔を上げると、湖面が砕かれ、そこから魔法と思しき閃光の固まりが降ってきた。
自由の効かない重たい体の軸をずらして体重を移動させ、なんとか動くと、先程までいた場所を閃光が貫いた。
一瞬、湖水が熱した。直後、閃光が埋まった部分の地面が膨張し、数秒後に炸裂して泥と石が大量に散った。
ただでさえ鈍い視界が更に暗くなり、もう何も見えなかった。おまけに、砂が歯車に入り込んで動力が伝わらない。

雷槍レイキァン!」

 水中に轟く爆音すらも圧倒する叫び声が、聞こえた。ラオフーと思しき影と共に、更なる閃光の槍が出現する。
ヴェイズは魂を高ぶらせて魔力を人造魔力中枢に流し込んで増幅させると、右腕に注ぎ込み、腕を回転させた。

「空間湾曲!」

 湖面が歪み、円形に割られる。ヴェイズは己の沈んでいる位置から、ラオフーのいる位置まで空間を曲げた。
縦長の円筒形のような形状で、湾曲空間は伸びていく。右腕の回転に会わせて、竜巻の如く空間も回転する。
湖底に沈んでいたヴェイズのほぼ真上で、閃光の槍に囲まれていたラオフーは、小さく舌打ちして飛び退いた。
縦に伸びた湾曲空間は閃光の槍を全て巻き込み、吸い上げた湖水と共に閃光を取り込んだ空間を凝縮させる。

「空間!」

 水の溜まった脚部から排水すると同時に蒸気を噴き出し、湖底から脱したヴェイズは、両腕を突き出した。

「最凝縮!」

 ヴェイズの両手の前で、湖水と閃光が渦巻きながら球体へと変化する。球体の周囲で、魔力の電流が爆ぜる。
過剰な魔力が行き場を失って競り合い、破裂寸前だ。ヴェイズは右手を引いてから、その球体へと叩き付けた。

「射出!」

 ヴェイズが空間と魔力を圧縮した球体を叩き出した瞬間、その直前の空間も曲がり、ラオフーの前で開いた。

「ぐっ!」

 空間が閉じると、ラオフーの前で球体が炸裂した。雷光よりも強く、爆薬よりも凄まじい衝撃が全身を揺さぶる。
その爆発で生じた水蒸気を手で払っていると、背後から突然現れた巨大な物にのし掛かられ、前のめりになった。
振り向こうとすると、頭が蹴られる。ラオフーは膝を曲げて背後のものを蹴り、間を開けさせると体を反転させた。
それは、ヴェイズだった。空間を曲げて上昇しているらしく、彼の両膝から下はぐにゃりと曲がり、何もなかった。

「素っ頓狂な力の使い方じゃのう」

 ラオフーが毒突くと、ヴェイズは拳を振り上げた。

「効率的って言ってほしいね!」

 ラオフーは両腕でその拳を防いだが、宙に浮いているために下降した。空中では、打撃を受け流しきれない。
応戦するも、ヴェイズの姿勢は揺らがない。ラオフーは次第にずり下がっていき、いつしかヴェイズが上にいた。
足場があるとないとでは、打撃の威力が違う。空を飛ぶ代わりの手段かと思っていたが、そうではなかったようだ。
このままでは、落とされる。ラオフーはヴェイズが絶え間なく放つ蒸気の合間から、地面を見、彼の足を確認した。

小雷槍シャオレイキァン!」

 ラオフーは右手を振り下ろし、指先でその足を指した。魔力を溜める暇がなかったので、閃光の槍は小さい。
だが、足場を崩すだけならこれで充分だ。ヴェイズはラオフーの意図に気付いたが、その時にはもう遅かった。

「しまった!」

 閃光の槍はヴェイズの右足を貫き、爆砕した。その激痛と衝撃で空間を操れなくなり、体の位置が元に戻った。
右足の装甲には派手な穴が開き、煙が立ち上っていた。ヴェイズはその穴を押さえたが、痛みは消えなかった。
ヴェイパーであったら、外装の破損と可動部分の破損の衝撃だけで済んだだろうが、今、体の主はロイズなのだ。
生身と同じように感覚を巡らせて操っているため、痛覚もあれば触覚もある。だから、痛みはもろにやってきた。
 ラオフーは浮遊魔法を切ってヴェイズの前に着地すると、おもむろに拳を振り上げ、ヴェイズの顔に叩き込んだ。

「笑止!」

 両腕で防いでも、ラオフーの拳は止められない。恐ろしく重たいくせにやたらと速く、腕装甲が呆気なく歪む。

「言うこともやることも青臭うて青臭うて、鼻に付いてならんわい!」

 一際強い打撃が側頭部を叩き、ヴェイズは吹っ飛ばされた。姿勢を直そうと思っても、痛みが思念を邪魔した。
遅れて受け身を取ったが、一瞬遅く、ヴェイズは肩から落ちて転がった。思念が弱まったため、体がひどく重い。
ぐいっと頭を掴まれて、強引に上げさせられた。そこにはラオフーの顔があり、赤い瞳がぎらぎらと輝いていた。

「これまでか。勢いだけで儂を倒せるとでも思うておったのか?」

「あ、う…」

 右足の激痛と全身の重たさに耐えかね、ヴェイズは呻いた。ラオフーは、ごぎっ、と額を突き合わせる。

「死にとうなかったら、儂の命を喰らえ」

 ラオフーの赤い眼差しが、ヴェイズの汚れた頭部装甲を毒々しい色合いで照らす。

「死にたかったら、素直に喰らわれろ!」

 死にたいわけがない。死んでたまるか。絶対に死にたくない。ヴェイズは、どしゅうっ、と左手を射出させた。
じゃらじゃらと太い鎖が腕の中から伸びていき、ラオフーの足に絡まり合いながら上昇し、魔導鉱石を掴んだ。
だが、肝心の手の力が入らなかった。左腕内部の歯車に損傷が起きたらしく、力を込めようにも空回りしている。
金属製の太い指がラオフーの命である紫の魔導鉱石を掴もうとするも、その台座にすら引っ掛からずに外れる。

「う、うう…」

 ここで終わるのか。母を殺した者を殺せないのか。ヴェイズが嗚咽を押し殺していると、ラオフーは哄笑した。

「ふはははははははははははははははははははははははは!」

 獣の王が、笑っている。

「異能とはいえ、所詮人は人じゃのう! 人にもなれぬ、魔物にも劣る、奇天烈にして無様な存在よ!」

 まだ動く右手を挙げてラオフーの腹部に叩き込むも、力が入らないので打撃にならなかった。

「なかなかの釣りじゃったぞ。引きも悪くなかったが、獲物が小さすぎたのが惜しかったのう。じゃが、退屈凌ぎには丁度良かったぞ。ちぃとは楽しませてもろうた。おぬしらを屠り終えたら、次はゼレイブに赴こうぞ」

 ぎ、とヴェイズの右手が軋む。

「おぬしら二人を屠っただけでは、気が済まんのでな。儂の仕事の範疇からは外れちょるが、まぁ、あやつは許してくれるじゃろう。いずれ訪れるべき出来事が、今日に訪れるだけに過ぎん。それさえ終わらせてしまえば、我が本懐も遂げられるというものよ」

 皆が、死ぬ。

「ん?」

 腹部の違和感に、ラオフーは目線を下げた。ヴェイズの右手がラオフーの装甲を掴もうと、必死になっている。
だが、引っ掛かりがないのですぐに抜けてしまう。ヴェイズは何度となく装甲を剥がそうとするが、びくともしない。
むず痒いだけだ、とラオフーはその様を呆れ半分に見ていたが、手の中のヴェイズの顔から高温が伝わってきた。
すると、ヴェイズの関節という関節から蒸気が噴き出した。強烈な圧と熱を浴びたが、ラオフーは動じなかった。
何をするつもりなのかは知らないが、無駄だ。ヴェイズの頭を握り潰そうと力を込めたが、違和感が強くなった。
 腹の中がまさぐられている。だが、痛みは感じなかったはずだ。ラオフーが見下ろすと、腹部に穴が開いていた。
ヴェイズは、ラオフーの腹部装甲を空間と共に歪めて、己の右腕が丸々突っ込めるほどの大きな穴を開けていた。
ラオフーはその腕を引き抜こうとしたが、ヴェイズの右手は人造魔力中枢を握り締め、指を深くめり込ませていた。

「おぬし…まさか」

 ラオフーが身動ぐと、ヴェイズは残された力を振り絞って叫んだ。

「解き放たれよ、蒸気の力! 貫け、鋼の弾丸! 我が右腕に、滅ぼせぬものはあらず!」

 人造魔力中枢を握り締めたヴェイズの右腕が、回転を始めた。内臓を直接掻き混ぜられるような痛みが、迸る。
部品という部品が弾け、砕け、内部機関が壊されていく。ラオフーはヴェイズの右腕を掴んだが、抜けなかった。
ヴェイズは全体重を掛けて、ラオフーの腹部へと右腕を進める。体重を掛ければ掛けるほど、破壊力は高まった。

「おのれえ!」

 ラオフーはヴェイズへ拳を上げるも、腕を可動させる主軸と歯車が砕かれ、肩ごと右腕が落ちてしまった。

「なんと!?」

「超」

「やめろ、やめんか、おぬしらまで砕けるぞ!」

「轟」

「ああ、ああ、砕けてしまう!」

「弾!」

 ラオフーの悲痛な叫びを頭上で聞きながら、ヴェイズは最大限まで加速させた右腕を切り離し、射出した。

「ぐおあぁおああああああああ!」

 回転する右腕に腹部装甲を貫かれたラオフーは、魂まで逆流した魔力の奔流に流され、意識が飛んでいた。
魔力で痛みを押さえ付けようにも、肝心の人造魔力中枢が砕かれてしまっては、最早魔力を成せなくなっていた。
ヴェイズの拳の数倍にも広がった穴からは、ただの鉄屑と化した部品が零れ落ち、機械油が流れ出していた。
今までの衝撃と熱で弱ったのか、ラオフーの体に巻き付けていた左腕の鎖が千切れたが、腕は外れなかった。
その左手が這い上がり、ラオフーの魔導鉱石を掴んだ。みしり、と石の表面にヒビが走り、ラオフーは硬直した。

「うっ!?」

 自身の体から立ち上る蒸気の中で倒れ伏していたヴェイズは、顔を上げ、ラオフーを睨んだ。

「…死なせない」

 今にも崩れてしまいそうな両膝を騙しながら立ち上がったヴェイズは、絶叫した。

「もう、誰も死なせたりしない!」

 装甲が赤く発光するほど熱した左手が握られ、ラオフーの魔導鉱石に叩き込まれると、ヒビが大きくなった。
拳の先がヒビに入り込み、熱がヒビを拡大させる。ヴェイズの意志で拳が捻られると、ヒビが広がり、遂に砕けた。
紫の魔導鉱石から破片が飛び散り、ラオフーの断末魔の絶叫が轟く。ヴェイズは、その様を睨み付けていた。
瞳から光を失ったラオフーの背後には、砕けた人造魔力中枢を握ったまま煙を漂わせる右腕が転がっていた。
 戦えた。守れた。強くなれた。ヴェイズはラオフーが完全に死したか確認するために歩き出したが、止まった。
過度の緊張と疲労と恐怖が一気に襲い掛かり、ロイズの魂は弱った。それを、ヴェイパーは強引に押し出した。
ロイズの意識が抜けて元に戻ったヴェイパーは、倒れている少年が僅かに動いたのを確認してから膝を付いた。
ラオフーが倒れた。それを知れば、次にロイズを狙うのは彼だ。早く立ち上がらなくては、と思うが、無理だった。
ブリガドーンでの戦いの最中にラオフーがヴェイパーに伝えてきた思念を信じるならば、あの男は裏切っている。
 もう一息踏ん張らなければ、ロイズの命はない。だが、体が持たない。悔しくて悔しくて泣けてしまいそうだった。
歯痒い思いを抱えたまま、鋼の兄は気を失い、倒れた。その衝撃を地面越しに感じたロイズは、薄く目を開いた。

「ヴェイパー…」

 だが、兄からの返事はなかった。ぶつりと途切れた思念の中には、勝利の安堵ではなく懸念が込められていた。
その中身を読もうとするも、ヴェイパーから流れてこないので解らず終いだった。ロイズは、起き上がろうとした。
しかし、短時間とはいえ精神同調を行ったために予想以上に精神力も魔力も消耗し、体は少しも動かせなかった。

「窮鼠虎を噛む、っちゅうことか」

 死んだと思っていたラオフーが喋ったので、ロイズは驚いて目を見開いた。

「お前、まだ」

「なあに、案ずるでない。おぬしらに魔導鉱石を砕かれてしもうたんじゃ、黄泉へと旅立つ時は近いわい」

 腹部に開けられた傷口は機械油に濡れてぬらぬらと光り、壊れた部品やねじ曲がった主軸は内蔵じみていた。
ラオフーは左腕を挙げようとしたが、右腕と同じく主軸が回転する拳に引き抜かれてしまったので、すぐに落ちた。
鈍い音を立てて、恐ろしい怪力を発揮していた太い腕が転がる。その様に、ラオフーは自嘲気味に笑みを零した。

「小童。いや、ロイズ。どうせ儂もおぬしも動けぬ、話でもしてやろうぞ」

「聞きたく、ない」

 ロイズは心中で怒りが燻っていたが、腹に一切力が入らず、叫んだはずの声は情けないほど弱々しかった。

「じゃが、聞かねば一生後悔するぞ。これから、儂が話すのは」

 ラオフーは、冬の気配が感じられる高い青空を仰いだ。



「おぬしらの母の死に様なんじゃからのう」




 異能の父と異能の母より生まれし、異形の兄と異能の弟。
 同じ思いが兄弟の魂を重ね合わせ、荒ぶる力を無限大に引き出した。
 母への愛と仇への憎しみを滾らせた拳に貫かれた、老翁は。

 二度目の死の間際に、語り始めるのである。







07 9/3