ギルディオスは、打ちひしがれていた。 目の前には、両手を縛られて両足椅子の脚に縛られ、布を噛まされて目隠しをされた元部下が座っていた。 椅子の下には白墨で書かれた魔力封じの魔法陣があり、窓にはカーテンが引かれ、鉱石ランプが光っていた。 見張りとしてここにいる以上、気は抜けない。彼は一介の兵士とはいえ、魔法の心得もそれなりに持っている。 ギルディオスはバスタードソードを両腕の間に抱えて、アンソニーの真正面に胡座を掻いて座り込んでいた。 この状態になって、かれこれ半日が過ぎた。アンソニーが裏切っていたことを知ったのは、今日の昼頃だった。 ロイズらと釣りに出掛けたはずのリリとフリューゲルが戻ってきたかと思うと、ラオフーが現れたと報告してきた。 ロイズとヴェイパーが湖に残っているから早くなんとかしないと、とリリは青ざめながら必死にまくし立ててきた。 二人にはこのまま家に帰るように言い聞かせてから、ギルディオスは誰よりも早くゼレイブを出て湖に向かった。 後からブラッドとレオナルドがやってきたが、時は既に遅く、ロイズとヴェイパーはラオフーと戦った後であった。 ロイズとヴェイパーはラオフーに勝利したものの、激しく取り乱しており、ロイズに至っては嘔吐するほどだった。 ヴェイパーは怒りすぎて突き抜けてしまったらしく、恐ろしく冷静だが憎悪に満ちていて、言葉は乱暴になっていた。 二人の心中には、嵐のような憎しみが吹き荒れているのだろう。それを想像しただけで、涙が出てきそうだった。 勝利がもたらしたのは、あまりにも辛い結末だった。同じ部隊の仲間によって、母親や皆を殺されていたとは。 硬い足音が、扉の前で止まった。ギルディオスが顔を上げると扉が開き、ラミアンがすっと室内に滑り込んだ。 ラミアンはギルディオスへ礼儀正しい仕草で一礼してから、銀色の仮面を付けた顔を伏せ、ゆっくりと横に振った。 「ロイズもヴェイパーも命には別状はありませんが、心の傷の深さは測り知れません」 「二人はどうしている」 ギルディオスが問うと、ラミアンは静かに答えた。 「ロイズはひどく興奮していましたが、鎮静剤が効いたので今は眠っています。ヴェイパーも、破損の激しかった機体から魔導鉱石を取り外して休眠させております。ですが、どちらもいずれ目覚めることでしょう」 「目ぇ覚ましてからが、二人の本当の戦いってわけだな」 「幼き身の上に訪れた運命は、あまりにも過酷です。私達が折れれば、彼らもまた折れることでしょう」 「ああ。解っている」 ギルディオスは、鉱石ランプの淡い光を浴びて半身を輝かせているラミアンを見上げた。 「二人共、オレの可愛い部下が残した大事な宝物だ。絶対に折れさせねぇよ」 バスタードソードを抱えている腕を、軋むほど握り締めた。鋼鉄の肌を通じて痛みが走り、内心で顔を歪めた。 だが、二人の受けた痛みはこの程度ではない。ギルディオスが苦々しく思っていると、ラミアンは重たく項垂れた。 「私もかつて、会長を裏切り、キース・ドラグーンを手に掛けました。ですが、それとは程度が違います」 「ロイズじゃなくても、反吐が出そうだ」 ギルディオスが毒突くと、ラミアンは右手を挙げて爪先を擦り合わせて涼やかな金属音を響かせた。 「ここなら悲鳴も漏れませんし、私の爪ならば音も出さずに屠れましょう」 「いや、いい。こいつはオレ達の問題であって、お前らの問題じゃねぇ。だから、手を出さないでくれ」 「承知しました」 ラミアンは歯痒げだったが、爪を下げて再度礼をした。 「では、私はジョーと共に下におりますので、用事があればお呼び立て下さい」 「おう」 ギルディオスが返すと、ラミアンは静かに出ていった。その足音が聞こえなくなってから、ギルディオスは呻いた。 なんとか平静を保っているが、少しでも気を抜けば背から剣を抜いてアンソニーの首を跳ね飛ばしてしまいそうだ。 だが、ここでアンソニーを殺しても何も解決しない。アンソニーの処遇を考えるのは、隊長であるロイズの役目だ。 すると、また足音がやってきた。ギルディオスは深く息を吐いて気を静めてから返事をすると、扉が開かれた。 廊下の窓から差し込む逆光の中に立つのは、異能部隊の最後の生き残りである念動能力者、ピーターであった。 「よう、ピート」 ギルディオスが声を掛けると、ピーターはギルディオスに挨拶してから、アンソニーに向いた。 「連合軍もキース・ドラグーンも悪い奴だとは思ったが、お前ほどじゃなかったよ、アンソニー」 ピーターの声に、アンソニーは僅かに反応したが声は出さなかった。 「このクソ野郎!」 ピーターは怒りを抑えることもせずに、喚き散らした。怒気と共に放たれた念動力が、窓を激しく揺さぶった。 「お前みたいな奴を仲間だと思っていたオレが馬鹿だったよ! この裏切り者が!」 窓はがたがたと暴れ、カーテンは舞い上がり、棚が揺れる。ギルディオスは、ピーターの腕を取って押さえる。 「落ち着け、ピート。窓、割れちまうぞ」 「少佐、こいつを殴らせて下さい! お願いです、少佐!」 ギルディオスの手を振り解こうとするピーターの目尻には、涙が溜まっていた。 「解った。だが、殺すなよ」 ギルディオスがピーターの腕を離すと、ピーターは弾かれるように飛び出し、アンソニーの顔へ拳を叩き込んだ。 肉と骨のぶつかる鈍い音の後、手足の自由が効かないアンソニーは椅子ごと床に転げ、強かに頭を打ち付けた。 突然の衝撃と痛みで低く呻きを漏らしているアンソニーの襟首を掴んだピーターは、もう一度力一杯殴り付けた。 「恥知らずが!」 ピーターは再度床に転げたアンソニーの頭を掴み上げ、叩き付けようとしたので、ギルディオスは彼を制した。 「そんなことしたら死んじまうぜ」 「こんな奴、生かしておく価値なんてないじゃないですか! 少佐がやらないなら、オレがやりますよ!」 「それを決めるのはオレでもなければお前でもない、ロイだ」 「ロイもきっと同じ気持ちですよ。こんな奴、生かしたいと思う人間なんているわけがないですからね」 ピーターがアンソニーの頭を放ると、ごっ、と側頭部と床が衝突した。その痛みで、アンソニーは顔を歪める。 目隠しと猿ぐつわで表情はあまり見えないが、苦しげなのは確かだった。だが、それは、痛みに対してだけだ。 決して、詫びの言葉も述べなければ弁解もしようとしない。完全に開き直り、裏切ったことを認めてしまっている。 ロイズらとラオフーの戦闘が終わった直後に拘束した時も同じで、アンソニーは一言も喋らず、押し黙っていた。 事の真相を、自分の中に隠しておくつもりなのだろう。ロイズとヴェイパーが知った事実だけが、全てではない。 だが、それでは困る。ギルディオスは真相をロイズに伝えるためにも、裏切りの真相を聞き出す義務がある。 「ピート。思念、使えるか」 ギルディオスが言うと、ピーターはギルディオスに向いた。 「オレは消耗してませんから使えますけど、何をさせるつもりですか?」 「アンソニーの口をこじ開けろ。出来るな」 「出来ないことはありませんけど、でも、オレの力なんかじゃ引き出せる情報は…」 「諜報じゃねぇんだ、礼儀正しくやる必要はねぇよ。手加減なんてするな、全力でやってくれ。政府も軍もとっくになくなっちまっているし、オレ達はもう軍人でもなんでもねぇんだ、条約やら軍規を守る必要はどこにもねぇ。だが、拷問に掛けちまうと子供らと女達が色々と言うかもしれねぇし、血の匂いを嗅ぎ付けたヴィクトリアが自慢の斧で扉を叩き割るかもしれねぇからな。ロイが目を覚ます前に、終わらせておこうぜ」 「了解」 ピーターは倒れているアンソニーの頭部に手を添えて、魔力を高めて異能力を調整して思念へと変換させた。 アンソニーに触れている手のひらから流れ出した強烈な思念が、アンソニーの脳内を巡り、掻き混ぜていった。 繋がれている椅子を揺らしながら、アンソニーは何度か痙攣する。猿ぐつわの下から、荒い息と喘ぎが漏れる。 ピーターはアンソニーの頭から手を外すと、深く息を吐いた。立ち上がると軽く目眩が起きたが、壁で体を支えた。 ここまで強い出力で力を放ったのは久々だったので、軽い頭痛が起きていた。アンソニーは、力なく唸っている。 「終わりました。自白剤でも飲ませれば、完璧ですよ」 「この状態だと、飲ませても出しちまうだけだろう。それに、窒息されて死なれたら困るしな」 ギルディオスはすらりとバスタードソードを抜くと、滑らかで厚みのある刃をアンソニーの顔のすぐ脇に出した。 「さて、自白の時間だ。モーガン伍長! 速やかに起立せよ!」 ギルディオスが声を張ると、アンソニーはまたびくりと体を跳ねた。 「いい反応だ。この調子で喋ってもらうぜ、アンソニー」 アンソニーの青ざめた頬の上で刃を横たえて軽く滑らせると、アンソニーの口を戒めていた布が切れ、落ちた。 相当きつく噛み締めていたのか、布の内側は噛み切られており、布はアンソニーの唾を吸い込んで濡れていた。 布を切り裂いた際に刃が掠ったらしく、布の跡が付いたアンソニーの頬には浅い傷が縦に走り、薄く血が滲んだ。 布が外れても、アンソニーは口を半開きにしていたままだった。強く噛んでいたせいで、顎が痺れていたのだろう。 ギルディオスはアンソニーの体を起こさせると、顎を掴んで持ち上げ、その首筋にバスタードソードを押し当てた。 「これが解るな? オレの剣だ。今のお前は、世界で一番素直な男だ。素直だから、オレが尋ねたことは全て喋ってくれる。嘘を吐けるわけがねぇ。もちろん、誤魔化しもハッタリもなしだ。これは命令だ。最重要命令だ。お前は部下で、オレは上官。だから、お前は絶対に逆らえない。逆らえるわけがない。そうだよな、アンソニー?」 ギルディオスが語気を強めると、アンソニーはかすかに頷いた。 「ようし、良い子だ」 ギルディオスは大きく頷いてから、アンソニーの顎を支えていた手とバスタードソードを外した。 「まず最初に、なぜお前は同じ部隊の皆を殺そうと思ったんだ?」 「…嫌いなんだ」 細い声で、アンソニーは答えた。ギルディオスは、太い腕を組む。 「誰が嫌いなんだ? 言ってみろ」 「皆が、全て」 「全員ってことか? どうして嫌いなんだ?」 「異能者、だから」 「そうか、異能者だからか。だが、お前も異能者だ。接触感応能力者だろう? 違わないよな?」 「違わない。でも、嫌いなんだ」 「その理由を答えろ、アンソニー」 ギルディオスがやや声を張ると、アンソニーは唇を歪めた。 「おかしいからだ。どいつもこいつも、変だからだ。だからオレは、昔から異能者なんて嫌いだったんだ。魔導師も、同じくらい嫌いなんだ。近付きたくもないし見たくもない」 「だったら、なぜ異能部隊に志願した? 答えろ」 「慣れれば平気だと思ったんだ。そうすれば、いつか嫌いじゃなくなるかもしれないと思ったんだ。オレにも変な力があるから、普通の世界では生きていけない。オレに異能者だって解った途端、父さんも母さんも兄ちゃんも姉ちゃんも、オレを邪魔者扱いした。オレを家から放り出して、どこかに行っちまった。だから、オレが生きていける場所は、異能部隊しかないと思った。だから、志願したんだ」 「それでどうしたんだ。答えろ」 「共和国軍に入隊して、異能部隊に配属された。でも、他の連中と上手くやれなかった。元々、人と仲良くするのは得意じゃないし、喋るのだってあんまり上手くない。それに、オレの力は色んなことを読む力だ。オレに近付いてくる奴なんて、そんなにいなかった。たまにいても、魔力を外に出してオレに読まれないようにしていた。オレが絶対に読まないって言っても、信用されなかった」 「それで?」 「オレは、もっと異能者が嫌いになった」 アンソニーの口調は平常時よりも幾分か幼く、少年のようだった。 「物が動かせる奴は偉そうで、飛べる奴も気が強くて、頭の中身を読める奴は自分勝手で、うんざりした。そういう奴らばかりを隊長はいい扱いをして、褒めてばかりいた。だからオレは、隊長も嫌いだ。自分が強いから、同じように強い奴にしか興味がないところが嫌いだ。力ばかりで、ろくに物を考えないところも嫌いだ。古い時代からこの世にいるってだけで偉そうなのも嫌いだ。そんなことは偉ぶる理由になんてならない。あんなのが偉いわけがないのに、付いていく連中は馬鹿みたいだ。オレは、あれが上官だから逆らえなかったってだけだ。あんなの、嫌いだ」 「少佐を侮辱しやがって! 少佐がオレ達のために何をしてくれたのか忘れたのかよ!」 ギルディオスを軽蔑する言葉に怒ったピーターは掴み掛かろうとしたが、ギルディオスは彼を押し止めた。 「そうか、そんなにオレが嫌いか」 「嫌いだ。どこに行っても、オレの居場所はない。死にたかったけど、前線に出られないから死ねなかった。だけど、自殺するのも怖かった。基地島が竜に潰されて、世の中に急に放り出された時も嫌だった。オレの居場所はこの世のどこにもないから、探しても見つかるわけがない。案の定見つからなかった。そのうち、オレは変な女と変な連中に捕まって頭をいじられた。これでやっと死ねると思ったけど、結局死ねなかった。挙げ句の果てに竜の医者に助けられて、生き延びた。そうしたら、オレはあの異能者共に外へ連れ出された。行きたくもない場所に連れて行かれて、したくもない戦いをさせられた。だけど、そこでも死ねなかった」 ぎぢりっ、と奥歯を噛み締めたアンソニーは、肩を怒らせる。 「でも、オレは気付いたんだ。オレが死ねないんなら、他の連中を殺せばいいって。あの鬱陶しい異能者共を全部殺せば、異能者って呼ばれる人間はいなくなる。そうなったら、オレは力さえ知られなければ異能者でもなんでもなくなる。ただの人間になれる。異能者が全部いなくなれば、兄ちゃんも姉ちゃんもオレに会いに来てくれる。異能力が全部なくなれば、あいつらもただの人間になるから偉ぶったりしなくなる。異能部隊だって、隊員が全員いなくなればあの馬鹿な隊長だって隊長じゃなくなる。ただの木偶の坊になる」 「それで?」 ギルディオスが続きを乞うと、アンソニーは叫んだ。 「連合軍の化け物が、オレの願いを叶えてくれる奴がいるって教えてくれたんだ! 竜と戦いたがっている虎がいるから、それを上手くそそのかせばオレの代わりに手を汚してくれるって言った! その通りだった! オレの願いは叶って、異能者共を殺してもらったんだ! どいつもこいつも簡単に死んだ、死んだ、死んだ!」 自分の言葉で高揚してきたのか、アンソニーの声色は大分上擦っていた。 「一番死んでほしかったダニエルの野郎も死んだ! 死んだ! 死んだ! 全部全部、死ねばいいんだ!」 「このおっ!」 ギルディオスを力任せに押し退けて飛び出したピーターは、アンソニーを殴り飛ばした。 「ダニーを馬鹿にしやがって! ダニーがどんな気持ちで戦って死んでいったのか、考えたことがあるのかよ!」 「どうでもいい」 殴られた勢いで床に半身を引き摺りながらも、アンソニーはへらへらと笑っていた。 「皆、死ねばいいんだ」 ギルディオスは内心で眉根を歪めていたが、ピーターの両肩を掴んで下がらせた。 「下がれ、ピート。お前がこじ開けたのは、アンソニーの口だけじゃなかったみたいだな」 「ぐ、ぁ…」 ピーターは歯を食い縛って涙を堪えていたが、ギルディオスに肩を叩かれると、堰を切ったように泣き出した。 「こんなのって、あんまりじゃねぇかよ…。こんな野郎を一瞬でも部下にしちまったロイが可哀想で可哀想で…」 「ピート。しばらく、ラミアンの地下室にでも籠もって泣け。あそこなら、魔力封じもされている」 ギルディオスがピーターの肩をぽんぽんと叩くと、ピーターは涙を拭いながら頷いた。 「すみません…。少佐、後、お願いします…」 「気が済むまで泣いてこい、ピート」 ギルディオスは扉を開けると、ピーターの背を押して廊下に出させた。扉をきっちり閉めてから、床を見下ろした。 アンソニーは最後の糸が切れてしまったらしく、笑い続けていた。妙に高ぶった異様な笑い声が、部屋に広がる。 ギルディオスはアンソニーの頭上にしゃがみ込み、背中をひくつかせながら笑っている、元部下の顔を見つめた。 よく見ると、目隠しが水を吸い取って変色していた。笑い声に聞こえていたのは、引きつった泣き声だったようだ。 「どうでもいいのに、なんで泣くんだ?」 ギルディオスが静かに尋ねると、アンソニーは体を丸めた。 「少佐…」 アンソニーは、涙の伝う頬を床に押し付けた。口調は高ぶったままだったが、語気には理性が戻っていた。 「オレ、嬉しいはずなのに、苦しいんです。異能者がほとんど死んで、すっきりしたはずなのに、なんででしょうか」 「オレに聞くな」 ギルディオスはアンソニーの頭上で、片膝を付いた。 「寂しいなら寂しいって、言ってくれれば良かったんだよ」 「それだけで、良かったんですか」 「ああ。それだけでいいんだ」 ギルディオスがアンソニーの頭に触れると、アンソニーは途端に震え出し、がちがちと歯を鳴らした。 「あ、うぐあ、あああああっ…」 「皆を殺したことを後悔しているか?」 ギルディオスの問い掛けに、アンソニーは頷かなかった。だが、言葉も出せないほどに震え、激しく怯えていた。 それは、彼の答えも同然だった。ギルディオスは、がくがくと震えながら嗚咽を吐き出すアンソニーを見下ろした。 アンソニーが自白した真相は、子供染みていた。疎外感、劣等感、孤独感の合間に、自尊心が見え隠れした。 異能部隊時代には押し殺していた内情が、キース・ドラグーンと特務部隊の一件で、大きく揺さぶられたのだろう。 それを生体魔導兵器の二人に引き摺り出され、ラオフーという都合のいい武器を与えられたことで爆発したのだ。 「悪いことをしたと思うなら、死ぬな。生き延びて、一生苦しめ。苦しんで苦しんで、のたうち回ってから死ね」 ギルディオスは立ち上がり、アンソニーから離れて扉の前に座り込んだ。アンソニーは、吼えるように泣いた。 その様を、ギルディオスは冷淡に眺めていた。彼の事情はどうあれ、アンソニーの犯した罪は変わらないのだ。 彼の内に潜んでいた自殺願望と他者への劣等感を揺さぶったのはあの二人で、手を下したのはラオフーだ。 だが、異能者達を殺してしてくれと願い、異能部隊を裏切って仲間達を死に追いやったのはアンソニー本人だ。 許せるはずもない。許されるわけがない。ギルディオスは扉に背を預けて、アンソニーの泣き声を聞き流した。 以前であれば、慰めの言葉を掛けたり、涙を拭く布でも渡しただろう。だが、アンソニーは仲間達を裏切った。 信頼も友情も何もかもを私情で壊し、仲間の血で手を汚した。そんな男を慰めるような者は、どこにもいない。 この先、アンソニーに待っているのは無限の孤独と膨大な闇だ。誰一人として、手を差し伸べてこないだろう。 裏切りの末路は、悲惨だ。 07 9/11 |