ドラゴンは滅びない




逃亡の果てに



 リチャードは、安らいでいた。


 二人の体温が残る薄汚れた毛布を引っ張り上げ、顔を埋める。出来れば、もう少し眠っていたい気分だった。
隣で体を丸めている愛妻は、小さく寝息を立てている。ベッドで眠れたのは久々なので、熟睡しているのだろう。
見上げた天井はクモの巣が張り、埃が溜まっている。空気もざらついているが、今更そんなものは気にならない。
枕元に置いた懐中時計を取り、開いた。針は、朝の時刻を指している。慎重に様子を窺うが、他人の気配はない。
リチャードは安堵しながら起き上がり、ざんばらの前髪を掻き上げた。背中を曲げると、固まっていた関節が鳴る。

「もう、朝か」

 ベッドのすぐ脇にある窓からは、鬱蒼と茂った庭が見える。花壇らしきものは残っているが、花は咲いていない。
壁に造り付けられている本棚には、分厚い専門書がびっちりと詰まっていて机の上には実験器具が並んでいる。
昨夜忍び込んだ時には解らなかったが、何の目的で使用されていたのかは察しが付かないが、施設のようだ。
 リチャードはキャロルを起こさないように気を付けながら、ベッドから下りると、窓の白い汚れを手で拭い去った。
手のひらを見ると、乾いた砂が貼り付いている。この施設が放置されてから、大分時間が経っているようだった。
ここは一体何なのだろう、と好奇心から部屋の中を見回していると、部屋の奥にある巨大な檻が目に飛び込んだ。
 太い鉄格子。立派な錠前。人一人が入れる大きさ。そして、その中の白骨。頭蓋骨からして、動物のようだった。
だが、首から下の骨は人間に似た形をしている。手足も異様な長さを持っていて、四肢の先には爪が生えていた。
 リチャードは、眉根を歪めた。ああいった形状の骨格標本は、魔法大学の講師時代に目にした記憶があった。
あれは恐らく、人造魔物の死骸だろう。となれば、とリチャードは本棚に近付いて適当な帳面を一冊引き抜いた。
ページに貼り付いてしまった表紙を開くと、ぱりぱりと乾いた音がした。几帳面に、研究成果が書き記されている。
幾度にも及ぶ投薬の様子と、強力な魔法薬を投与された人造魔物が死していく様子が詳細に記録されていた。
何のための研究であるかは、これだけでは判断出来ない。だが、興味も湧かないので、帳面を本棚の中に戻した。
 檻の中の獣の足元には、大量の羽根が散らばっている。先端や根元に赤黒いものが付着し、乾き切っている。
足のカギ爪の先端は割れていたり、折れていたりする。檻の上下には、カギ爪で付けたと思しき傷が残っていた。
頭蓋骨の口の部分には、鋭く突き出したクチバシが生えていた。どうやら、この死骸はワーバードのものらしい。

「ひどいことをするねぇ」

 リチャードは独り言を漏らし、自嘲した。

「僕も、人のことは言えないけど」

 この十年に比べれば、部屋の荒れ具合など気にならない。戦犯として連合軍に追われることが二人の日常だ。
 共和国戦争の初期、リチャードは共和国軍に徴兵されて中尉となり、特務部隊隊員として最前線で戦っていた。
志願して軍人になったのならば、まだ良かったかもしれないが、キースの策略に利用されて戦火に身を投じた。
キースは自分で直接手を下すことはなく、リチャードに魔法を用いた殺戮を命じてきたが、従わざるを得なかった。
不本意ではあったが、そうしなければ死ぬ状況だったのだ。そして、言われるがままに大量の人間を手に掛けた。
その際に、敵であった連合軍の兵士だけでなく戦場で戦っている共和国軍の兵士や市民も手に掛けてしまった。
基本的な罪状はそれだ。他にも様々な罪状を押し付けられているらしいが、自分自身でも全ては把握していない。
共和国軍が戦争に大敗し、共和国軍の暗部の大半を生み出していた特務部隊も解体されて、大半は処刑された。
特務部隊の隊長で、リチャードを嵌めた男、サラ・ジョーンズ大佐ことキース・ドラグーンも処刑されたことになった。
 だが、事実は違う。サラ・ジョーンズなる人物こそこの世から消え去ったが、キースの魂と肉体は死ななかった。
キースの魂はフィリオラの内側に入った。肉体を失ったキースが器として使っていたジョセフィーヌも、生きている。
しかし、その事実は、十年前の出来事を知る者達のみしか知っておらず、世間には公表されていないものである。
あまりにも荒唐無稽であり、魔法に疎い昨今の人間では理解出来ないので握り潰すだろう、との判断からだった。
その判断が本当に正しかったのかどうかは解らないが、フィリオラもジョセフィーヌも普通とは言えない者達なのだ。
フィリオラは竜族の末裔であり、竜の力を宿した女性だ。ジョセフィーヌもまた、優れた予知能力を持つ異能者だ。
共和国軍も連合軍も、都合の悪いことを知る彼女達を捕らえて処刑してしまうだろう。軍隊とは、そういうものだ。
だから、そうするしかなかったのだろう、とリチャードは思った。彼女達を生かすためには、事実を隠すしかない。
そして、リチャードに罪状を下す際に事実の改変が行われ、特務部隊の所業の全てがリチャードに向けられた。
戦時中の大量虐殺や兵士や捕虜を利用した生体実験、将軍を始めとした上位軍人に魔法を掛けて操った容疑。
身に覚えのあるものもなければ、サラ・ジョーンズ大佐が行っていた悪辣な所業も一纏めに押し付けられていた。
 だからリチャードは、かつてはヴァトラス家のメイドであり、十六歳年下の新妻であるキャロルを連れて逃亡した。
死にたくなかったからだ。ようやく、キャロルという愛すべき人生の伴侶を見つけたのに、処刑されてはたまらない。
 その逃亡生活も、今年で十年になる。当初は十四歳だったキャロルは二十四歳になり、すっかり大人になった。
リチャードも不惑になり、若い頃の勢いは失った。魔法の腕は変わらないが、魔力の出力は低下したように思う。
前は共和国周辺の国々を巡って逃亡していたのだが、共和国内よりも外の方が連合軍の目は鋭く数も多かった。
最初はそれなりに持っていた金も底を突き、生きるだけで精一杯になった。愛する妻が傍にいても、苦しかった。
だから、里心が湧いた。どうせ死ぬなら生まれ育った国の土で、という気持ちがどちらからともなく起きたのである。
二人が出会った場所であり、ほんの短い時間だったが幸せな時を過ごした場所、共和国まで戻りたくなったのだ。
旧王都は壊滅したので二度と暮らせないが、共和国には思い入れがある。だから、二人は共和国に戻ってきた。
しかし、共和国は荒れていた。連合軍の支配が及んでいない国境から入ったが、移動手段がないので動けない。
戦前は動いていた蒸気機関車も連合軍の管理下に置かれ、大きな街には手配書が貼られ、逃げ道も限られた。
何度も死に目を見たが、二人とも未だに生き延びている。だから、最後まで逃げ切ってしまおうと思うようになった。
 リチャードは、キャロルを見下ろした。やつれてはいるが顔色は良く、良い夢でも見ているのか、寝顔は安らかだ。
起こすのが、なんとなく可哀想になった。まだ寝かせておいてやろう、とリチャードは微笑み、音もなく部屋から出た。
 朽ちた建物は、冷たく静まっていた。




 ヒゲと耳と尾が、風に乱暴に弄ばれている。
 二本の尾を持つ白ネコ、ヴィンセントは、吹き付けてくる強い風で目が乾いてしまい、何度となく瞬きしていた。
だが、潤した傍から乾いてしまう。どうにもやりづらいが、彼の肩に載せてもらっている身分では文句は言えない。
眼下には、戦火で荒れ果てた地上が広がっている。これまで見てきたどの街の景色とも、それほど変わらない。
連合軍が放置していった壊れた戦車や砲台、蒸気自動車が転がされ、砂混じりの乾いた風に錆の匂いが混じる。
 戦時中の生臭い匂いではないが、それでもいいものではない。ヴィンセントは彼の肩に爪を立て、身を乗り出す。
進行方向には、山が見えた。火を放たれたらしく、太い木々は焼け焦げて地面は黒ずみ、草が僅かに生えている。
その山の中腹には、高い塀に囲まれた建物が建っていた。だが、長らく放置されているらしく、荒れ果てている。

「かったりーんだぞこの野郎」

 金属の平たい翼が伸びた両腕を広げて滑空しながら、彼はぼやいた。

「つうか、なんでオレ様が行かなきゃならねーんだよこの野郎?」

「そいつぁ、鳥の兄貴の役割だからでごぜぇやすよ」

 ヴィンセントは、目を細めた。鳥人のような外見の人造魔導兵器、フリューゲルは荒っぽく吐き捨てた。

「あいつらにやらせりゃいいだろ、こんなもん! オレ様のやることじゃねぇんだぞこの野郎」

「仕方ありやせんよ、兄貴。あっしらは少数精鋭、人出が足りねぇんでごぜぇやす」

 ヴィンセントが諭したが、フリューゲルは納得しなかった。

「あーもう、マジだりぃんだぞこの野郎!」

 フリューゲルは、苛立ちの混じった声を上げる。

「ていうか、あんな奴に使われたくねーんだよ! いちいちウッゼェんだよこの野郎!」

「そうお言いなさんな」

「つまんねーんだぞこの野郎」

「何がご不満なんでごぜぇやす?」

「人間、いねぇんだもん」

 フリューゲルは金属の翼に風を孕ませ、空中で制止した。ヴィンセントはずり落ちそうになったが、堪えた。

「ああ、そういうことでごぜぇやすか」

 不機嫌そうに、フリューゲルは両腕をだらりと垂らした。ヴィンセントは彼の態度に辟易し、内心で苦笑した。
 フリューゲル。彼の性格は攻撃的だが、幼すぎる。行動にもムラが多く、強力な戦闘兵器としての自覚も薄い。
同じ魔導兵器であるルージュとラオフーは、その身に滾る過剰な破壊力を持て余さずに有効に利用している。
だが、フリューゲルは使いこなすどころか手に余らせている。恐らく、それは二人の経験の違いによるものだろう。
出来れば、ルージュやラオフーにはフリューゲルを鍛えてもらいたいところだが、二人共日々忙しく動いている。
 三人は、全員が禁書の奪取という任務を帯びている。そして禁書は、共和国内外に大量に散らばっているのだ。
それを一つ一つ回収しなければならないのだから大変だ。魔導兵器でなければ、到底出来ない量の仕事である。
ルージュとラオフーはそれなりに効率よく回収しているようなのだが、フリューゲルはそもそもやる気がなかった。
禁書の奪還を命じられてもすっぽかしてしまったり、目的の相手ではない部隊を襲撃して破壊の限りを尽くしたり。
そのたびにルージュとラオフーに折檻されても全く懲りず、自分のやりたいことをやりたいだけしかやらなかった。
ヴィンセントはフリューゲルが垂れ流す文句を聞き流していたが、匂いを感じた。火薬と硝煙と、人間の匂いだ。

「おや。あれが今回の標的のようでごぜぇやすねぇ」

「みてぇだな」

 フリューゲルは、途端に機嫌を良くした。ヴィンセントは、彼の横顔を見上げる。

「ですがねぇ鳥の兄貴、暴れるんでしたらひとまずあっしを下ろしてからに」

「くけけけけけけけけけけけけけけけっ!」

 期待に身を震わせたフリューゲルはヴィンセントを無視し、急降下した。瞬間、ヴィンセントは一瞬浮き上がる。
金属で出来ている肌はつるつるしていて爪が立たないが、必死に前足と尾を使ってフリューゲルにしがみ付いた。
風の勢いが一気に強まり、毛に覆われた肌に当たる砂粒の数が増えた。目も痛くなり、息も出来なくなってしまう。
 真下にあった地面が、間近に近付いてくる。このまま行けば衝突してしまう、と思った瞬間に方向を急転換した。
ヴィンセントが恐る恐る瞼を上げると、フリューゲルは地面とのすれすれの超低空を物凄い速度で飛行していた。
目の前に迫ってくる瓦礫や車両の残骸を、鮮やかに避ける。目標が目の前に向かってきた直後、舞い上がった。
今度は、地上が遠ざかる。連合軍の車両部隊は豆粒ほどに小さくなり、砲撃も届かないであろう距離まで離れた。
フリューゲルは両腕を広げて翼を掲げ、魔力を漲らせた。目標を見据えて、フリューゲルは甲高い叫声を放った。
 禍々しく、怪鳥が猛る。




 眠りから覚めたキャロルは、庭でぼんやりしていた。
 建物の外れにあった井戸から汲んできた水で顔を洗い、髪を整えたはいいものの、すぐに目が覚めなかった。
共和国内に入ってきてからはろくに休めなかった日々が続いていたので、休養を取れたのはいいが休まりすぎた。
いつもは張り詰めている神経が緩んだので、体がだるい。隣で寝ていたはずの夫は、目覚めた時にはいなかった。
 だが、建物の外から呼び掛けたら返事がしたので中にいるのだろう。キャロルは、桶の水を掬って口に含んだ。
ねばついた口中を濯いでから、水を飲む。ざらざらと砂っぽい髪や肌も洗いたかったが、まだ気は抜けなかった。
連合軍に目を付けられている可能性もあるのだから、気を抜いてはいけない。キャロルは深く息を吸い、吐いた。
 桶の水面に映る女は、疲れ果てている。少女の頃は色鮮やかだった赤毛も、栄養が足りないのでばさばさだ。
昔も貧乏だとは思っていたが、今に比べれば余程いい。金はなかったが、食べる物も寝る場所も仕事もあった。
乾いた指先で髪を撫で付けてみたが、整わなかった。少しは身嗜みを整えたいが、物がないので無理な話だ。
庭に出てくる前に、部屋にあるタンスや戸棚を探ってみたが、あったのは研究用の道具や薬品ばかりだった。
女性はいなかったらしく、大きな鏡はおろか、櫛の一本すらなかった。前に使っていた櫛は折れてしまったのだ。
半分になっても使い続けていたが、それも逃亡の最中に落としてしまった。キャロルは、乱れた髪を指で梳いた。
 だが、気落ちしていても仕方ない。キャロルはぱんと頬を両手で叩いてから、きっと唇を締めて顔を上げた。
庭に生えている植物はどれも不気味で、毒々しい色合いの花や葉を持つものばかりだ。魔法薬に使うのだろう。
キャロルもリチャードから魔法を教えてもらったので一通りは使えるが、知識はないので判別は付けられない。
魔力の気配で、それらしいということだけしか分からない。食べられそうなものはない、とキャロルは落胆した。
でも、一つぐらいは食べられるかもしれない。探すだけ探そう。キャロルは井戸から離れて、花壇に踏み込んだ。
雑草の間を抜けて、鋭く尖った枯れ枝を踏んで折りながら進む。庭は狭かったので、あっという間に塀に着いた。
 灰色の無機質な壁にはツタが這い回り、青々とした葉が広がっている。塀の外の木が、太い枝を伸ばしている。
足元にたっぷりと積もった葉は柔らかくなっていて、靴底がめり込んだ。キャロルは足を引いて、塀を見上げた。
灰色の壁には、うっすらと二重の円が刻み付けてある。手で埃を払うと、二重の円の間に魔法文字が現れた。

「リチャードさあん!」

 キャロルは、建物に振り返って夫を呼んだ。しばらくすると、裏口の扉からリチャードが出てきた。

「どうした、キャロル?」

 リチャードは、庭の奧までやってきた。キャロルは彼に寄り添うと、塀に刻み付けられた魔法陣を指した。

「これ、なんでしょう」

「なんだか古そうだな」

 リチャードは細い目を更に細め、魔法陣を見据えた。キャロルは、彼の腕に縋る。

「古代魔法文字ってことですか?」

「それとも違う気がする。僕の専門は魔法歴史学じゃないから、なんとも言えないけど」

 リチャードはキャロルに掴まれていない方の右手を挙げて、くるりと円を描いた。

「彼の者を穢せしものよ、いざ立ち去らん」

 リチャードを中心にして、生温い風が立ち上った。その風は汚れた塀を舐めていったかと思うと、砂が剥がれた。
塀の汚れやツタが、薄い膜で持ち上げられたかのように手前に押しやられ、手を地面に向けると呆気なく落ちた。
砂埃が軽く舞い上がったので、リチャードはそれを手で払った。塀に刻まれた魔法陣が、良く見えるようになった。
 魔法陣の大きさはそれほどでもなく、キャロルの身長の半分もなかった。魔法文字も円も、丁寧に刻まれている。
リチャードは、円の中心にある星に目を留めた。普段目にする魔法陣とは違い、線が一本少ない、五芒星だった。
通常は、六芒星を使う。いかなる魔法も、六つの線を引いて魔力の均整を保って力を変化させて発動させるのだ。
五芒星の魔法もないわけではないが、これを使っていたのは魔導の歴史の中でもごく僅かな期間だけのはずだ。
五芒星の魔法は、魔法大学の講師時代に授業の中で使ったことはあったが、魔力の制御が上手く行かなかった。
簡単な魔法だったのだが、魔力の作用が思っていた以上に強かった。荒々しい、洗練されていない魔法なのだ。
 魔法陣があること自体は、不思議ではない。人造魔物を研究していた施設ならば、魔法がない方が不自然だ。
だが、五芒星である意味はない。リチャードは魔法陣の真下にある魔法文字を見据えたが、文字もまた古かった。
今の魔法文字でもなく、古代魔法文字でもない。発動させればどんな魔法か解るが、それはあまりにも危険だ。
これは触らない方が良いだろう。そう判断したリチャードは、キャロルの華奢な肩を抱いて魔法陣の前から引いた。

「近付かない方がいいね。何が起きるか解らない」

「はい」

 キャロルは従順に頷いた。リチャードは頷き返し、笑んだ。

「じゃあ、そろそろ朝食にでもしようか。食料は、まだ少し残ってたよね」

「配給のものですから、大したものじゃないですけど」

「キャロル」

 リチャードはキャロルを伴って歩いていたが、足を止めた。キャロルも、立ち止まる。

「なんでしょう?」

「ゼレイブに行こう」

 リチャードは、キャロルの緑色の瞳を見つめた。幼さは失せ、顔立ちも女性らしくなっている。

「さすがに、僕も疲れた。それに、姪っ子の顔も見ておきたいしね」

「そうですね。きっと、大きくなってますよ」

 キャロルは、夫に微笑んだ。ゼレイブとは、リチャードの四歳下の弟であるレオナルドとその妻が住む街だ。
街といっても、都市部から遠く離れた山奥にある小さな田舎の村も同然の場所で、連合軍の手は及んでいない。
そこはラミアン・ブラドールの生まれ故郷であり、ブラドール一家も住んでいる。そして、彼らが守っている街だ。
 生前は吸血鬼だったが十年前の出来事でキース・ドラグーンの手に堕ちたラミアンは、人造魔導兵器と化した。
旧王都でキースの道具として暗躍していた頃、ラミアンは吸血鬼の本能のままに人間を手に掛け、血を啜った。
そして、妻であるジョセフィーヌも肉体をキースに乗っ取られ、サラ・ジョーンズとなって特務部隊を率いていた。
二人の息子でありハーフヴァンパイアであるブラッドも、両親の罪深さを知りつつも、家族として生活している。
十年前は、ブラドール一家は引き裂かれていた。その空白を埋めるために、罪を背負って生きることを選んだ。
それもまた、容易いことではない。だが、そうしなければならないのだと、以前ラミアンが言っていたことがある。
 ゼレイブは、罪を隠匿している場所だ。親族に会いたいから、というのもあるが、そういった意味でも相応しい。
どれだけ逃げても、罪は追い掛けてくる。拒絶しても、捨てたつもりでも、いつのまにか背中に貼り付いている。
 キャロルは罪らしい罪は犯していないが、リチャードが苦悩する様を最も近い場所から長らく見つめてきた。
だから、彼の気持ちの全てとまでは行かなくとも、感じ取れる。その苦悩を、少しでも癒すのが妻の役目だ。
罪は消えない。だからこそ、向き合って生きるしかない。キャロルはリチャードに引き寄せられ、顔を上げた。
 互いを確かめるように、深く口付けた。







07 3/10