手の中の戦争




最終話 戦闘開始




それから、五年が過ぎた。


色々な事件や、色々な戦いがあった。何度も死に目に遭った。でも、なんとか生きている。
生傷が増えた。銃創だってある。使える銃の種類も、昔に比べたら、大分増えた。
体は鍛えて強くなっても、心はそんなに強くなってくれなくて、泣いた夜もあった。


でも、私は、生きている。


それだけで、充分なんだ。




眼下の夜景は、美しかった。
ビル群のミラーガラスに歓楽街のネオンが反射して、道路に車のテールランプが並ぶ様は光の運河のようだ。
空の星が見えない代わりに、地上に星が落ちているような感じだ。夜中であっても人は休まず、行き交っている。
腕時計を出して見ると、時刻は午前一時十五分、○一一五、だ。眠たさはなく、作戦前の緊張で頭は冴えている。
私達が今日行う作戦は、空港の検問をくぐり抜けて都心に入り身を隠している、武装グループの一掃だった。
高宮重工の監視衛星や警察からの情報で、敵の居場所は掴めている。後は、私達が攻撃を仕掛けるまでだ。
史上初の無音飛行が可能な飛行機、クワイエットエアプレーンの窓から夜景を見ていたが、私は身を戻した。

「平和だねぇ」

隠密行動を目的としているクワイエットエアプレーンは機体が小さいので、中も小さく、十人も乗れないほどだ。
一目で奧まで見渡せるし、コクピットと座席の間には距離がない。輸送目的ではない機体だから、仕方ない。
その中にでかいロボットが三体もいるので、余計に狭くて仕方なかった。向かい側に、北斗と南斗が座っている。
機体後部の降下ハッチ付近にはグラント・Gがおり、ぎゅるぎゅるとドリルを回している。静かにして欲しい。
操縦席には神田隊員が座っていて、各種モニターを見ながら操作していた。よく、こんなものを操縦出来るなぁ。
普通のヘリや飛行機とは全く違う操縦方法なので、操縦を覚えるのも大変だろうに、それを自在に操っている。
高宮重工の新製品であるクワイエットエアプレーンは、反重力装置を使って空を飛ぶ、超未来的な飛行機だ。
普通の飛行機とは勝手が違いすぎるし、一機を造るのに相当な金が掛かるため、今はまだ実用化されていない。
特殊機動部隊が使っているものは高宮重工の試作機で、対地ミサイルは付けられておらず、機関銃止まりだ。
武装は足りないと思うけど、仕方ないことだ。政府の財源は無限じゃない、兵器にばかり金は掛けられない。
なので、このクワイエットエアプレーンは、特殊機動部隊が高宮重工から借りている、という名目で使っている。
実質的には、譲り受けた、なのだけど、所有権だけは高宮重工に残っているので厳密には陸自のものではない。
だが、そのうち、正式に陸自が買った機体に乗ることになるだろう。どれだけ税金を使うか、考えたくもないが。

「今度の連中って、どっち系だったっけ?」

南斗が言うと、グラント・Gが答えた。

「USA ノ連中サ! アラブ系ノナ!」

「空港の検問さえ手堅かったら、俺達がこんな面倒をする必要はないんだがなぁ」

壁際のシートに身を沈め、朱鷺田隊長は不愉快げにする。私は足元に置いていたMP5A5を、持ち上げる。

「ま、仕方ないですよ。この国の平和ボケは致命的ですから」

「自分達がストライキでも起こせば、嫌でもそれは失せると思うがな」

北斗が、にやりとした。私はMP5Aを構えて照準を確かめてから、マガジンに装填された弾丸も確かめた。

「してみる? メーデーにでも。賃金引き上げとか勤務状態の改善とか、防衛庁にでも要求してみようか」

「Hahahahahahahahaha! ンナコトシタラ、日本中カラ Meydey ガ掛カルゼ! Help me ッテナ!」

グラント・Gは上体を逸らし、笑った。労働者の祭典のメーデーと、国際救難信号のメーデーを掛けているのだ。

「カンダター、あとどのくらいで目標に到着するん?」

南斗は自動小銃を抱えたまま身を乗り出し、操縦席の神田隊員に声を掛けた。神田隊員は、振り返らずに返す。

「もう少しってところだな。後は、降下するだけだ」

「今回は、ちゃっちゃと終わらせちゃいますよ。神田さんも、早く帰りたいでしょうからね」

明日は翼ちゃんの誕生日ですから、と私が付け加えると、神田隊員は照れくさそうに笑った。

「まぁね。出来れば、明日の午前中までには家に帰りたいところだけど」

「早いもんだな。今年で三歳か?」

機内ではタバコが吸えないので手持ち無沙汰なのか、朱鷺田隊長はキングコブラの弾倉を出し、銃身に戻した。
ええまぁ、と神田隊員は情けなく思えるほど表情を緩めた。私はその様が微笑ましくて、つい笑ってしまった。
神田隊員とすばる隊員は、今から四年ほど前に結婚したのである。そしておよそ一年後に、娘さんが生まれた。
その名も翼といい、これがまた可愛い。神田隊員とすばる隊員の、良いところだけを持ってきたような子だ。
すばる隊員は結婚を機にこの世界から身を引いているが、今でも、在宅で高宮重工の仕事をこなしている。
彼女の仕事はコンピューターを使ったプログラムや解析だから、便利なことに、仕事場でなくても出来るのだ。
その稼ぎは、神田隊員より多いらしい。大方、高宮重工の機密に関わる情報でも、扱っているのだろう。
朱鷺田隊長は、相変わらずだ。管理職が板に付いてきたけど、私やロボット三人のせいで気苦労は絶えない。
そのせいか、タバコの量は以前よりも増えている。年々値上がりしているのに、一向に止める気はないらしい。

「鈴木」

朱鷺田隊長は目を上げ、私に向いた。私はMP5A5を下ろし、振り向く。

「なんですか」

「お前、成人式、出るのか?」

「ああ、そういえば、もうそんな歳になってましたね。でも、なんでいきなり?」

私が不思議がると、朱鷺田隊長は得意げにした。

「鈴木。成人式に出られるかもしれんぞ。まぁ、本当に出られるかはその時の情勢次第だが、家に帰る準備だけはしておけよ。シュヴァルツがようやく落ち着いてきてくれたからな」

「帰れるんですか?」

私は、あまり期待せずに言った。今までもそんなことが何度もあったけど、肩透かしを喰らってばかりだった。
それもこれも、シュヴァルツ工業のせいである。執拗なまでに私を付け狙ってきて、その度に攻防戦になった。
相手の目的が不透明なのは相変わらずだったが、戦ううちに次第に目的が見えてきて、最近にやっと発覚した。
マシンソルジャーの、レッドフレイムリボルバーやブルーソニックインパルサーを引っ張り出すつもりだったのだ。
私達や高宮重工を煽ったり追い詰めて二人やその弟達を表に出し、行く行くは全面戦争を始める計画だった。
敵は自社のロボットの性能を高めてしまいたいのと、高宮重工の技術が向上していくのが気に食わなかった。
マシンソルジャーと戦って、挙げ句に殲滅してしまえば、そのどちらも叶う、ということを画策していたのだ。
その戦場として選ばれそうになったのが日本とその周囲で、私達はそれを阻止するべく、死に物狂いで戦った。
いや、あれは、本当に死ぬかと思った。敵のロボットは性能が上がっているし、北斗達も何度も追い詰めらた。
それでも、どうにかこうにか勝利を収めてシュヴァルツ工業の目論見を阻止し、日本はそれなりに平和である。
だが、シュヴァルツ工業が力を失ってきたからと言って気を抜いてはいけない。戦いは、まだまだ続いている。
シュヴァルツ工業が造り出した様々な戦闘ロボットや戦闘兵器は、世界各国のろくでもない連中に売られている。
それらを悪用されてしまう前に、テロが起こされる前に、危険な連中を押さえ込むのが私達の仕事なのである。
いつ何が起きるか解らないし、代わりに引き受けてくれる部隊も少ないので、必然的に私の仕事は増えていく。
おまけに、シュヴァルツ工業絡みで身辺が色々と危なかったものだから、帰宅許可をもらえたことはなかった。
だから、今度こそ、とは思うが、また裏切られるのでは、とも思ってしまって簡単に信じることは出来なかった。

「帰れるさ。振り袖でも着て、親を喜ばせてやれ」

朱鷺田隊長らしからぬ優しい言葉に、私はちょっと肩を竦めた。

「似合わないと思いますよ、そういうの。礼服だけでいいと思います」

「うむ、自分も見てみたいぞ、礼子君の着物姿は! さぞ麗しいことだろう!」

北斗がにっと笑うと、南斗はにやけながら間を詰めてきた。

「そうそうそう! せっかくだからさ、写真撮って持ってきてくれよぅ!」

「Oh Yes! オレモ見タイゼ、礼子! 減ルモノジャネェダロウ?」

グラント・Gまで、二人の兄と調子を合わせて私に顔を向けてきた。私は、彼らからちょっと身を下げる。

「でも、まだ帰れるって決まったわけじゃないし」

「帰してやるとも! その前にある任務を全て片付けてしまえばいいだけのことだ!」

北斗は胸を張り、張り切っている。私はその意気込みの強さに逆に不安になったが、気持ちはありがたい。

「ありがと」

「目標確認、前方十五メートル地点。総員、降下準備!」

神田隊員の鋭い声が、機内に響いた。私は会話を止め、装備した武器を確かめてから降下ハッチに向かった。
北斗と南斗は降下ハッチの手前に立ち、グラント・Gもやってくる。ぎちっ、とキャタピラが軋み、止まる。

「Trans Form!」

その掛け声と共に、グラント・Gは下半身を変形させた。キャタピラが連結して板のようになり、外れる。
キャタピラ内部の駆動部分を出して伸ばし、膝とかかとが現れ、板になったキャタピラが再度装着される。
いかつい上半身によく似合う、逞しい両足だ。キャタピラの長さの関係で、足が短めなのが難点だけど。
グラント・Gが変形する際に発した掛け声に、南斗は変な顔をした。気に食わないところでもあるのか。

「G子、それさぁ、もうちょっと捻らね? マジストレートすぎじゃね? 元ネタ、マジばればれじゃん?」

「Hahahahahahahaha! 変形ロボットッテノハ、コウ言ッテ変形スルモノダッテ決マッテルンダゼ!」

グラント・Gの言葉に、南斗はまだ渋い顔をしていたが、徐々に開かれていく降下ハッチに向き直った。

「オレはそう思わねーけどなぁー。変形ロボットの掛け声については、任務後にでも談義しようじゃねーか、G子」

「Oh yeah! 合体ロボットノ必要性ニ付イテモナ!」

グラント・Gはそう言いながら、一歩身を引いた。降下ハッチが全開になると、四角い空間に夜景が見えた。
その十五メートル先にある、歓楽街から外れた雑居ビルの一角に敵はいるので、そこまで飛ぶ必要がある。
南斗は背部の装備を外していて、戦闘服の背中には、方向指示翼一対ととジェットポッドを二つ出している。
方向指示翼の形状は、この五年の間に改良されていて、以前のような戦闘機の翼に似たものではなくなった。
薄っぺらくて伸縮自在の、ハンググライダーの翼に似たものになっている。軽量化や低予算化を考慮した結果だ。

「じゃ、南斗、行っきまーす」

「lets GO!」

南斗の軽い掛け声の後、南斗とグラント・Gは揃って飛び出した。機体の真下で、一瞬、青い閃光が走った。
夜の闇に紛れて、二人の影は目的のビルへと向かっていく。グラント・Gにも、飛行装備が追加されたのだ。
北斗と南斗のそれよりは性能が劣るけど、重たい体重を支える推進力は強く、燃料も多いので持久力がある。
二人が目標に到達する少し前に、私達も出なくては。私は顔全体を覆うヘルメットを被り、ゴーグルに触れた。
全身とは行かないまでも、体の各所をカバーする強化装甲を着た自分の姿が、窓ガラスに映り込んでいる。
これもまた高宮重工の新製品で、その名もパワードアーマー。そのまんまだが、これがなかなか便利なのだ。
装甲はしっかり金属なのにそれほど重たくはなく、体の動きに合わせて曲がり、だけどちゃんと防弾する。
今回は夜戦なので、装甲の色は艶消しの黒だ。唯一色が違うのは、暗視機能を備えたゴーグルだけだった。
MP5A5を担いでから、北斗の元に向かう。北斗は私の体を抱え上げると、背中から方向指示翼を伸ばす。
私はゴーグルの暗視機能をオンにし、北斗の首に腕を回した。装甲越しなので、お互いに感触が良くない。

「私とあんたは裏口からだね」

「上は南斗とグラント・Gの担当であるからな。自分達は正攻法に、裏からだ」

では行くぞ、北斗は降下ハッチから飛び降りた。一瞬、全身に無重力の浮遊感が訪れるが、直後に推進した。
滑らかな流線形のクワイエットエアプレーンの下部を抜けて降下を始めると、すぐに機体は上昇していった。
北斗はあまり高度を下げずに、速度も出さずに、音もなく夜の闇を滑っていく。風音だけが、聞こえている。
街の雑踏やクラクションの音がしているはずなのに、遠かった。私は北斗の首に回した手を、そっと外した。
ヘルメットのゴーグルから下の部分を上げて、口元を出す。排気混じりの夜風が冷たくて、唇が乾きそうだ。
私が体を前に出すと、北斗は顔を向けた。どちらからともなく唇を重ね、私は身を下げるとヘルメットを戻した。

「私が帰ったら、寂しい?」

「まさか。礼子君には帰るべき場所があるのだ、帰るべき時が来たら帰るのが必然なのだ」

北斗は、口元を上向ける。私は内心でにやりとして、北斗を見上げる。

「へぇ。浮気の心配とかしないの?」

「されたいのであるか?」

「出来ればね」

私は、また前に向き直った。北斗は、怪訝そうにする。

「意味が解らないのだが」

「解らないんだったら、解らなくてもいいよ」

でも、出来れば、少しだけでもいいから妬いてもらいたい。自分でも不可解だと思うけど、それが女性心理だ。
北斗は首をかしげていたが、表情を元に戻した。この手の話は、任務が明けたらじっくり話すことにしよう。
目標の場所に向かって降下しながら、私はパワードアーマーの脛に装備してあるグロック26を見下ろした。
この銃とも、長い付き合いだ。初めて手にしたのは十四歳の頃、一番使ったのは十五歳から十八歳の頃まで。
今は体に筋肉が付いてくれて体格が少し大きくなったから、もう少し大きな銃を戦闘でメインに使っている。
でも、この銃は手放せない。最後の手段として使うこともままあるし、何より私が初心を忘れないで済む。
十五歳の頃に、こちらの世界に身を投じると決めた時の、頼りなくても力強い決意と、戦いを恐れる心を。
最前線に出るようになって戦いに慣れてくると、あの頃に感じていた躊躇いや苦しさを忘れてしまいそうになる。
もちろん、戦闘状況中は忘れているけど、失いたくないのだ。私が戦う理由や、私の戦意を支えているものを。
あの頃、戦いは手の中のような狭い世界で起きていた。自分が解る範囲、関わっている範囲だけのものだった。
ただの子供だったし世間知らずだったから、それだけだと思っていた。これからも、そうなのだと信じていた。
でも、そうじゃなかった。李太陽リ タイヤンの一件や、中学校で起きたテロリストとの戦闘で、ようやく私は知ったのだ。
手の中なんて狭い範囲での戦いなんて、在りはしない。様々なものが絡み合って捻れ合って、起きてしまうのだ。
その感情の連鎖は、いつもどこかで生まれていて、人の心を軋ませていく。だから、戦いが起きてしまう。
連鎖を全て断ち切ることは出来ないけど、人間が争うことはなくなりはしないけど、私達の戦いは無意味ではない。
ゴーグル越しに見える都市の夜景は、薄汚くも美しい。その中にいる人間も、泥臭く、愚かしく、けれど愛おしい。
それらを守ることは、尊い。私の驕りかもしれないが、少なくともそう思う。信念は、強く持っていなければ。

「そろそろだ」

北斗は速度を緩めると、姿勢を前に傾けた。私は落とされないように、北斗の首を抱き締める。

「うん」

雑居ビルは闇に包まれ、三階の窓には新聞紙で目張りがされている。不法侵入して、潜伏しているのだろう。
屋上には、南斗とグラント・Gの姿がある。二人は屋上の左右に分かれていて、ワイヤーフックを撃ち込んでいる。
左右から攻める作戦を取るのだ。私達は、二人が攪乱した中に裏口から突っ込んで、一気に制圧をする役目だ。
裏口に回って、着地した。足音を立てないようにしながら、裏口と思しき安っぽいスチール扉の両脇に回る。
息を殺して気配も殺し、敵の気配を探る。今のところは気付かれていないようだが、事は早く済ました方がいい。

「礼子君」

北斗は私に向くと、余裕のある笑みを見せた。

「自分は、礼子君に何があろうとも妬きはせんぞ。礼子君は揺らがぬと信じておるからな」

「任務中に恥ずかしいこと言わない」

私は針金を取り出し、スチール扉のドアノブの鍵穴に針金を入れて捻って、かちっ、と鍵を外した。

「帰ったら、うんざりするほど聞いてあげるから」

視界の隅で、北斗がやたら満足げに頷いていた。私も充分恥ずかしいことを言ったのだ、とそれで自覚した。
今は、そんなことを気にしている場合じゃない。私がそっと扉を開くと、北斗は壁から背を離し、中を覗いた。
隙間から中に滑り込み、私もそれに続く。廊下の汚れた壁に背を当てると、スチール扉のちゃちな鍵を閉める。
針金を腰の物入れに戻し、蓋を閉じる。手を放す時に、腰の後ろに提げたコンバットナイフの柄に指が触れた。
斜め前の壁に背を当てている北斗の表情は硬く引き締められていて、すっかり戦闘モードに切り替わっている。
ヘルメットに内蔵された無線に、南斗からの無線が入った。突入準備完了、だそうだ。さあ、戦いの始まりだ。
敗北を許されない、私達だけの戦争が。




戦いは、終わらない。
明日が訪れ、未来が続き、人がいる限り。

決して、終わることはない。






THE END.....





06 8/16


あとがき