手の中の戦争




第三話 待機の一日



でかいロボット二人とごっこ遊びをするには、ある程度広い空間が必要だ。
そう思った私は北斗と南斗を引き連れて、特殊機動部隊の建物に隣接しているガレージへとやってきた。
この中には、北斗と南斗が乗れる馬力とサイズにした軍用バイクや、陸戦用ジープなどが置かれている。
なので、それ相応の大きさがある。横幅は十メートルほど、高さに至っては四メートル以上はありそうだった。
私は、そのガレージのシャッターを開けるべく、持ち上げようとした。だが、なかなか持ち上がってくれない。
腰に力を入れてみても、足を踏ん張ってみても、ほんの数センチ程度しか動かず、開いてくれる気配はなかった。

「やっぱり、筋肉付けた方がいいのかなぁ」

私は悔しく思いながら、力を入れすぎて痛くなった手を振った。背後にいた北斗が、笑いながら出てきた。

「はははははははは、どきたまえ礼子君! こういう時こそ自分の出番なのだ!」

腰を落としてしゃがんだ北斗は、私がほんの少しだけ浮かせた、シャッターとコンクリートの隙間に手を入れた。
戦闘時ではないので、アーミーグリーンの手袋を填めていない銀色の手が、壊れそうなほどシャッターを掴む。
北斗は落としていた腰を少し上げると、ジャングルブーツを履いた足を踏ん張り、思い切り立ち上がった。

「北斗神拳奥義っ!」

北斗が立つと同時にシャッターが勢い良く上がり、がらがらがらがらっ、と激しい金属音を響かせながら開いた。

「一発開門拳!」

「ていうか、それ神拳とちげーし」

私の後ろにいる南斗は、開け放ったシャッターの下で胸を張っている北斗の背に、馬鹿にした言葉を投げた。
北斗はちらりと南斗を見たが、薄暗く湿った空気の籠もったガレージの中へ、大股に歩いて入っていった。

「ふん。北斗神拳の奥義は経絡秘孔だけではないのだ!」

ごっこ遊びをやる前からその気になっている。というか、シャッターを開けるぐらいでなんでそんなに張り切るんだ。
私はげんなりしてきたが、先程ああ言ってしまった手前、引っ込みが付かなくなっていたのでガレージに入った。
壁に付いているライトのスイッチを入れると、天井に付いた大きめのハロゲンランプが、ゆっくりと明るくなった。
ガレージの中を見回した南斗は、右側の壁際に二台並べてある大型の軍用バイクに近付き、歓声を上げた。

「うーわーマジイカすー、ていうか超スゲー!」

「あ、新型だ」

私は、南斗がうっとりしながら撫で回している軍用バイクを見、それが初めて見るタイプのバイクだと気付いた。
フェンダーやタンクだけでなく、ハンドルやフレームもアーミーグリーンで塗られていて、いかにも頑丈そうだ。
だけど、以前ここにあったものとは細部が違う。型番も、数字が大きくなっていて、改良型だと示している。
以前のものは、016、だったのに、南斗がいじり回しているバイクのタンクに書かれた数字は、026、だ。
一体、どこが新しくなったのか、私にはちっとも解らない。神田隊員が説明してくれた時も、そうだった。
内蔵の武装がどうの、駆動力がどうの、フレームの素材がどうの、と言っていた気がするけど、覚えていない。
このバイクは北斗と南斗の専用機なので、当然ながら二台ある。だが、本人達と違って性能は同じなのだそうだ。
南斗は浮かれながら、真新しいバイクに跨っている。うひゃひゃひゃ、と弛緩した笑い声を上げていて不気味だ。
その姿を見ていたら、ふと、あることが思い付いた。あまりに馬鹿げていることだが、言うだけ言ってみた。

「ねぇ、南斗。仮面ライダーごっこがやりたい理由、って、それ?」

「あー、解るぅ?」

うへへへへ、と南斗はだらしなく笑いながら、新型のバイクに頬擦りする。気色悪い。

「だってさー、こいつに乗れる機会なんて、そうそうあるもんじゃないじゃん? 今のところ、オレらにはバイク使うような任務なんてないわけだしさー。だけどさ、仮面ライダーごっこでもやれば、絶対に乗れんじゃん?」

オレって凄くね、と得意げな南斗に、私は首を横に振った。

「凄くない。ていうか、馬鹿すぎ。大体、そいつのキーなんてないでしょうが。それに、隊長の許可も得ないで勝手にバイクなんて乗ったら懲罰だよ、全員が。一人の失態は、連帯責任で全員の失態になるわけだし。私、嫌だからね。腕立て伏せするなんて」

「どうってことねーじゃん、腕立て伏せぐらい。オレには、ボディの暖気が出来て丁度良いぐらいだぜ?」

それにぃ、と南斗はやたらと丁寧な仕草でハンドルを撫でた。やっぱり気色悪い。

「キーなんてなくたって、やろうと思えば動かせちまうんだよなー。やっちまおうかなぁん」

「やるな。絶対やるな。やったら蹴るよ、側頭部を十五回ほど。ついでに、南斗の仮面ライダーカードコレクションを焼き捨てるよ。隊長の灰皿にキャンプファイヤーの如く積み重ねて、ライターで火を放つよ。仮面ライダーと怪人のソフビフィギュアも、一つ残らずカッターナイフで解体するよ。南斗の机の上を、さながら猟奇殺人現場みたいにしてやるよ」

私がむっとすると、南斗はかなり残念そうにしていたが、渋々バイクから下りた。

「そんなに怒らなくてもいいじゃんよー、冗談だぜ冗談ー」

「あんたらの冗談は常に本気だから」

私は、名残惜しそうにバイクから離れた南斗から目を外し、振り返った。北斗は、変なポーズで固まっていた。
恐らくは中国拳法であろう構えで、あらぬ方向を睨んでいる。一人だけで、北斗の拳ごっこをしているらしい。
私は全力で無視したかったし、突っ込む気力もなかったが、放置するわけには行かないので、北斗に目を向けた。

「何やってんの」

「見て解らんか、礼子君! これは」

変な構えのまま振り返った北斗が叫ぼうとしたので、私はそれを遮った。

「北斗神拳でしょ。解ってるから、そんなことぐらい。ていうか、まだ始めてもないんだけど。ごっこ遊びを始めたら、いくらでも下らないことをやらせてあげるから、ちょっとぐらい我慢しておきなさい」

「自分はさっさと遊びたいのだ。礼子君が始めてくれんのが悪いのだ」

子供丸出しの態度で、北斗はむくれている。

「じゃ、今から始めるから。こっち来て」

私が手招きすると、二人とも素直にやってきた。私は、かっ、とジャングルブーツのかかとを叩き合わせた。
すると、二人も条件反射でかかとを鳴らして背筋を正した。私は二人を見回してから、声を張った。

「南斗は怪人、私は大佐、北斗は仮面ライダー! 以上!」

私の声がガレージに反響し、次第に弱まって消えた。開け放したシャッターの外では、雨が降り続いている。
たっぷり、三十秒ぐらい間があった。南斗は唖然としていたが、私に詰め寄ると、北斗を指差した。

「って、礼ちゃん、なんだよそれぇ! こんな、こんな、シャドームーンと仮面ライダーBlackの区別も付かないような特撮オンチに、仮面ライダーの役なんてやらせるのかよぅ!」

「決定権は私にあるの。さっき言ったよね、それで嫌なら遊んであげないって」

私が言い返すと、南斗はかなり面白くなさそうな顔をして引き下がったが、負け惜しみをした。

「くそおっ! これも全て、ゴルゴムの仕業だあ!」

「そうか、自分が仮面ライダーなのか。はははははは、なんだか嬉しいぞ、礼子君」

北斗は本当に嬉しいのか、にやけている。

「常日頃、自分が怪人の役ばかりやっていて、正直あまり面白くなかったのだ。ライダーキックとやらも、一度ぐらいはやってみたいと思わないでもなかったのだ」

「…ところで、礼ちゃんの大佐ってどっちの大佐? ゾル? ファンファン?」

あからさまに不機嫌な南斗が、私を見下ろした。私は少し考えてから、思い出した大佐の名を口にした。

「ムスカで」

「それ、仮面ライダーとマジ関係ねぇよ! 大佐っつってもそれ、ラピュタの後継者だよラピュタ王家の末裔だよ!」

南斗が喚き散らすと、北斗も喚いた。

「そおだあっ! ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタなど、自分は好きではない! リュシータ王女の方が好きだぁ!」

「私は好きだよ、ああいうの。解らないかなぁ、悪役の良さって」

だって、面白いじゃないか、ムスカ大佐の言動は。私は腰で結んでいた戦闘服の袖を解き、ちゃんと着込んだ。
ベルトの隙間に押し込んでおいた、戦闘服と揃いの迷彩柄のキャップを出し、形を元に戻してから被る。

「慎みたまえ。君はラピュタ王の前にいるのだ」

「礼子君…。君は、ムスカのセリフを、覚えているのかね?」

戸惑い気味の北斗に、私は頷いた。

「まあ、大体は。ジブリアニメはうんざりするくらい見たし」

私は、弱った二人が楽しくて楽しくて仕方なかった。普段困らされている相手を、困らせるのは気持ち良い。
北斗と南斗は、まだ何かを言いたげだった。だが、私はそれをすっぱり無視して、思考に耽ることにした。
どんなストーリーにして、どんな怪人にして、どんなライダーにしようかな。ああ、なんて楽しいのだろう。
たまには、こういうのも悪くない。


そして。構想十五分、脚本、配役、構成、演出、全て私の仮面ライダーごっこが始まった。
仮面ライダー役の北斗は、ガレージの隅にあった駐屯地内の移動に使う二十六インチの自転車に跨っている。
腰には、ライダーの証であるベルトではなく、これもまたその辺りにあった紐を適当に結んでいるだけだ。
顔には、南斗の部屋から持ってこさせたプラスチック製の仮面ライダーのお面が付けてあり、異様な光景だった。
対する怪人南斗は、ゲリラ戦でも行うかのように、至るところに草やら木やらをくっつけた状態になっている。
その名も、ゲリラ怪人クサムラン。最初、ベトナームにしようかと思ったけど、色んな意味でやばいので却下した。
うっかり、アメリカの負の記憶なんて呼び起こしてしまったら、どうなってしまうのか解ったものではないからだ。
私はと言えば、とりあえず大佐らしくしようと思い、腕を組んでいた。他人を見下すポーズなんて知らないからだ。
仮面ライダー北斗は、ガレージの奧にいる。お面で前が見づらいのか、側頭部にずらしてから、ペダルを踏む。

「行くぞーデストロンー!」

威勢良く地面を踏み切った北斗は、しゃこしゃこと自転車を漕ぎながらやってくると、私達の前で止まった。
きゅっ、とブレーキを掛けてから両足を付くと、ハンドルから手を離して腕を下げ、両手を左腰の脇に付けた。

「ライダー、変身!」

「違ぇよそれかめはめ波だよ! ていうかなんでいきなりV3なんだよ、ショッカーじゃねぇのかよ!」

居たたまれなくなったのか、南斗は仮面ライダー北斗に詰め寄った。確かに、北斗のポーズはそれだ。
両手の付け根を重ねて、手のひらと指を球体を掴むように丸くさせ、腰を落とす。うん、かめはめ波だ。
北斗は、文句を言われたことが不満なのか、口元を曲げている。かめはめ波の形にしていた手を、下げる。

「ならば、どういうものが仮面ライダーの変身ポーズだというのだ」

「だーからぁ」

と、仮面ライダーの変身ポーズをしようとした南斗の袖を、私は引っ張った。

「教えちゃダメ。怪人が変身ポーズなんて教えたら、ダメでしょうが」

「だけどさぁ、マジ苛々するんだよぅ」

南斗の嘆きを無視し、私は動きを止めている仮面ライダー北斗に顔を向ける。

「じゃ、続けていいよ」

「了解しました、大佐!」

北斗は敬礼してから、再び変身ポーズらしきものを取った。今度は、両腕を直角にクロスさせている。

「ライダー、変身!」

「それも違ぇよそれスペシウム光線だよ!」

あーもうっ、と南斗は腹立たしげに足元を踏み付けた。私は口元を押さえて、辛うじて笑いを堪えていた。
馬鹿だ。どっちも馬鹿だ。北斗の勘違いっぷりもだが、いちいちむきになる南斗も、可笑しくてたまらない。

「埒が明かねぇ、オレから攻撃してやるー!」

草木を揺らしながら駆け出したゲリラ怪人南斗は、拳を放った。が、その拳は、北斗に到達する前で止まった。
何をしているのだろう、とよく見ると、南斗の拳は北斗の被っている仮面ライダーのお面の寸前にあった。
南斗は仮面ライダーのお面と、きょとんとしている北斗をじっと睨んでいたが、拳を下げて身を引いた。

「…殴れねぇ」

南斗は頭を抱えると、上半身を反らした。

「本郷猛は殴れねー!」

「じゃ、一文字隼人は殴れるんだ」

私が呟くと、南斗は素早く振り向いた。

「そっちも殴れねぇに決まってんだろ!」

「行くぞー轟天号ー!」

ゲリラ怪人南斗が掛かってこないので、仮面ライダー北斗が自転車を漕いで、そのまま突っ込んでこようとした。
ここまで来ると、私はもう元ネタが解らない。南斗は北斗の自転車を掴んで止めると、またむきになって叫んだ。

「R田中一郎かよ! 仮面ライダーのバイクは、サイクロン号に決まってんだろうが!」

「さあ行け、怪人! 仮面ライダーを滅ぼしてしまえ!」

私は手を振り翳し、南斗に叫んだ。南斗は自転車のハンドルを握り締め、そのまま前輪を持ち上げてしまった。

「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタに言われなくたって、こんな激萎えライダーは滅ぼしてやる! 宇宙の恥だぁー!」

確かに、これには萎える。私は、南斗の言い分に納得しながら、宙に放り投げられた自転車を見上げた。
浮き上がったと同時に自転車から離脱した北斗は、姿勢を曲げて着地し、すぐに立ち上がって身構えた。

「いいだろう、相手をしてやる! さあ来い、ザケンナー!」

「オレは闇の世界の住人じゃねぇえええー!」

もうやけっぱちになった南斗が、足を振り上げて蹴りを放った。北斗は重心をずらし、南斗の蹴りを避ける。

「はははははははは! 自分とお前で二人はプリキュアだー!」

「十年も昔のアニメの話を持ち出すんじゃねぇー! つうかなんでそんなの知ってんだぁー!」

南斗の絶叫が響く中、二人の格闘が始まった。私はやることがなくなったので、壁にもたれて休むことにした。
北斗も南斗も、見た目はかなり恰好悪いことになっているが、中身は変わらないので冴えた戦いをしている。
躊躇いのない、パワーのある拳。重みがありながら、スピードのある蹴り。それが、ひっきりなしに続いている。
どちらも決定打となるダメージを与えないまま、互いに蹴り合って跳ね飛ばし、間合いを広げて姿勢を直す。
動きを止めて睨み合いながら、じりじりと間を狭める。北斗も南斗も息は上がっておらず、平然としている。
二人が同じタイミングで踏み込み、拳を振り翳そうとした時、ガレージに近付いてくる足音が聞こえてきた。

「礼子ちゃーん」

水溜まりを踏み付けて、雨水を散らしながら、傘を差したすばる隊員がガレージに駆けてきた。

「神田はんから電話やでー」

すばる隊員の手には、私の携帯電話が握られている。そういえば、事務室の机に起きっぱなしだったっけ。
ガレージの中にすばる隊員が入ってくると、北斗と南斗はぴたりと拳を止めて、彼女の方に顔を向けた。
すばる隊員は、傘を閉じてから私に携帯電話を渡した。私は携帯電話を開き、耳に当ててから話し掛けた。

「どうも、お電話替わりました」

『やあ、礼子ちゃん。そっちは今、どうなってるんだい?』

電話の向こうから、親しげな神田隊員の声がした。私は、当たり障りのない返事をした。

「えー、まぁ、それなりにやっています」

『何もないなら、良かったよ。オレと隊長がいないと、北南の暴走をまともに止められるのは、礼子ちゃんぐらいしかいないからね』

神田隊員の、程良く私を買い被っている言葉を聞き流しながら、私は変な格好をしている二人を見やった。
いえ、全然止められていません。むしろ引き摺られています。口からそう出そうになったけど、堪えた。

『オレの仕事は終わったから、一四○○ぐらいには戻れそうだよ』

「あ、そうですか」

『じゃ、また後でね』

「はーい」

私は、神田隊員が電話を切ったのを確かめてから切った。ぱちん、と携帯を閉じて北斗と南斗に向く。

「神田さん、一四○○ぐらいに戻ってくるってさ」

「なんだ、意外と早いな」

北斗は、南斗の前から身を引くと残念そうにした。南斗も、少しつまらなさそうだった。

「もうちょっと、カンダタのいない自由を味わえると思ってたのになぁ」

「そう言わないの」

私は、携帯電話のサブウィンドウに表示されている、デジタル表記の時刻を見た。11:52、とある。

「そろそろ十二時かぁ。お昼食べた後に、この続きね。今度は北斗の拳ごっこ」

「ちぇーつまんねー、仮面ライダーはもう終わりかよぅ」

南斗はぶちぶち文句を言いながら、怪人の装備を外している。逆に、北斗は途端に張り切った。

「ケンシロウの役は渡さんぞ、南斗!」

にやにやしながら、浮かれた北斗が変な拳法のポーズを取った。何度見ても、馬鹿馬鹿しすぎる恰好だ。
すばる隊員は、仮面ライダーになれなかったので不機嫌な南斗と、逆にハイテンションな北斗を見比べた。
どちらも変な恰好をしている理由が解らないのか、かなり不可解そうに眉を曲げて、私に振り向いた。

「なぁ…礼子ちゃん。あの子らと、一体、どないな遊びしてはるん?」

「まぁ、色々と…」

私はすばる隊員に曖昧な返事をしながら、ふと冷静になった。あの二人にあんな恰好をさせたのは、私だ。
一体、何をやっているんだろう。最初は全然乗り気じゃなかったのに、思わず調子に乗ってしまった。
この分だと、北斗の拳ごっこでも調子に乗ってしまうだろう。何がどうなるか、自分でもよく解らない。
全く、悪ノリってものは怖い。思い掛けない方向に突き進んで、後先のことを考えなくなってしまうのだから。
でも、こういうことが異様に楽しかったりするのも、また事実だ。





 


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