手の中の戦争




ようこそ、特殊機動部隊へ



翌日。伊原は、体中が痛かった。
礼子にさせられた腕立て伏せ二百回の疲れが、全身に残っている。そのせいで、目覚めはあまり良くなかった。
普段はきっちり整えている髪も少々いい加減だったが、今日は戦闘服を着ているので、作業帽で隠している。
すぐ前を行く礼子の背はぴんと伸びていて、姿勢は良い。だが、小さい。肩幅も狭く、伊原より大分背も低い。
戦闘服と揃いの、迷彩柄の作業帽の後ろから出た短い髪が、日に焼けた細い首筋に掛かっているのが見える。
ホルスターを提げていて、その中にはSIG・P220が差してある。腰のベルトには、コンバットナイフもあった。
駐屯地の中なのに、武装している。普通は、訓練以外では外すものなので、武装している礼子は異様だった。

「鈴木二尉」

伊原がその背に声を掛けると、礼子は立ち止まらずに振り返った。

「なんですか。不審物で見つけましたか」

「そうじゃない。君は、いや、あなたはなぜ武装しているのですか?」

伊原は礼子に対する口調を、途中で変えた。上手に接して、昨日のようなことになっては、たまらない。

「SIGの中身は強化貫通弾が十発、コンバットナイフは高宮重工製特殊合金で出来たものです」

「貫通弾…?」

そんな弾を、なぜ持っているのだろう。伊原が疑問に思うと、礼子は朝靄の掛かった空を指した。

「私達の戦う相手は人間だけじゃなくて、ロボットもいますので。そのロボットは空から降ってくることもありますんで、そういった際に対応出来るように、装備しています。ちなみに、この貫通弾も高宮重工製です。ロボットの装甲ぐらいだったら、簡単に撃ち抜けます。人間だったら即死します。コンバットナイフも、見た目は普通ですが材質がちょっと特殊でして、鉄板だってさくっと貫けます」

「高宮重工は人型兵器だけでなく、そんなものまで造っているのですか?」

「造っている、というか、造ってもらったんですよ。従来の武装のままだと、立ち向かえない敵ばかりですから」

礼子は、さっさと先に進んでいく。伊原はそれに続いて歩いていたが、意外に礼子の足が早く、間が開いていく。
置いて行かれないようにしながら、なんとか付いていった。特殊機動部隊の営舎を過ぎ、更に遠くへと進む。
駐屯地の奥まった場所までやってくると、ようやく礼子は足を止めた。そこには、トレーラーが並んでいた。
五つのコンテナが、全て展開されている。その周囲で、高宮重工の作業服を着た作業員達が、忙しくしている。
トレーラーから離れた平地に、妙なものがあった。アンテナの伸びた四本の金属柱が、四角形に並んでいる。
その金属柱の根元には太いケーブルが繋がれていて、アンテナ一本に付き一つのコンテナに接続している。
アンテナの傍には、北斗と南斗、グラント・Gがいた。彼らは二人に気付くと、北斗が急いで駆け寄ってきた。

「礼子くーん!」

ざざざっ、と足を滑らせながら礼子の前で止まった北斗は、大きな手で礼子の両肩を掴んだ。

「どうだね、飽き飽きしただろう、制服の世話など! さっさと放逐して、自分の元へ戻ってきてはくれまいか!」

「飽きたけど、まだ六日もあるから。ちょっとは辛抱してよ」

礼子は北斗の手を払うと、その傍を通り過ぎた。北斗は礼子と伊原を見比べたが、礼子を追った。

「ま、待ちたまえ礼子君! お願いであるからして!」

そのまま、礼子は北斗にまとわりつかれながら、トレーラーに向かっていった。伊原は、その場に立っていた。
これから何が起きるのかということと、なぜ北斗があそこまで礼子に執着するのか、どちらも解らなかった。
伊原が二人の様子を見ていると、今度は南斗が近付いてきた。軽薄に笑いながら、だらしなく歩いてくる。

「よう、制服! 礼ちゃんと一緒で羨ましいぜ!」

「鈴木二尉と一緒にいても、いいことはないと思うのですが」

伊原が素直な感想を述べると、南斗はちょっとむっとする。

「えぇー。制服には礼ちゃんの素敵さが解んねーのかよぅ。マジつまんねー、ていうか有り得なくねー?」

「七号機もそうですが、六号機も、なぜそこまで鈴木二尉を慕うのです?」

「余所余所しいなー、もう。南斗でいいよ、南斗で」

南斗は、伊原との間を詰めてきた。伊原は、一歩下がった。

「では、南斗」

「それでよろしい。オレらが礼ちゃんのこと好きな理由っつーのはな、まー、色々とあるんだよ」

南斗はにやけながら、伊原に顔を寄せてくる。伊原は、更に一歩下がる。

「…はぁ」

「そのうちお前にも解るようになるって、制服。礼ちゃんの良さが」

じゃな、と南斗は軽く手を振りながら、四角形に並んで立っているアンテナの元に向かっていった。

「Good Morning 、制服! 今日ハイイ訓練日和ダゼ!」

グラント・Gは、下半身のキャタピラを軋ませながら伊原に近付いてきた。伊原は、曖昧に笑った。

「君まで、僕を制服呼ばわりなのですか」

「Hahahahahahahahahaha! 制服ハ制服ジャネェカ、ダカラ制服ナノサ!」

そう言って、彼女は両手を上向けた。だが、それは手ではなく巨大なドリルで、ゆっくりと回転している。
昨日、顔を合わせた時には、左腕にデストロイドリルが装備されているだけだった。それが、右腕にもある。
伊原が不思議に思いながら二つのドリルを見ていると、グラント・Gは両方のドリルを振り上げ、叫んだ。

「left ノドリルハデストロイドリル、right ノドリルハエレクトドリル! 二ツ合ワセテ、Hell and heaven!」

「…意味が解らないのですが」

伊原には、グラント・Gの言葉の意味がさっぱり掴めなかった。Oh、とグラント・Gは仰け反る。

「ナンテ野郎ダ! 勇者王ヲ知ラネェナンテ! It is not possible!」

Oh no、とグラント・Gはいかつい顔の乗った首を左右に振りながら、ごとごとと動いてアンテナの方に向かった。
伊原は、体の疲れもさることながら、精神にも疲れを感じていた。このロボット共は、終始こんな感じなのか。
誰も彼も、まともじゃない。北斗は態度は普通だが言葉遣いが古臭く、そのくせ行動は子供っぽいので妙だ。
南斗も、いやに態度が軽い。最新のテクノロジーを駆使した戦闘兵器なのに、その自覚がないように思える。
米軍から買い付けたシュヴァルツ工業製のロボット、グラント・Gも、人工知能は女性なのに言動は男そのものだ。
しかも、やたらとテンションが高い。正直、付いていけない。伊原は、朝だというのに、もうぐったりしていた。

「あれ? 新入りさんっすか?」

背後から呼ばれたので伊原が振り返ると、そこには高宮重工の作業服を着た青年が立っていた。

「いえ、研修です」

伊原が力なく笑うと、美空涼平、と書かれた社員証を提げた青年は笑った。

「そうっすか。なら、よく見ていって下さいね。北斗達の訓練用バリアーフィールド、良い具合なんすよ、これが!」

涼平は得意げに、四本のアンテナを見上げた。

「こいつを公表出来ないのが、残念でたまんないんすよ。バリアーフィールドの範囲が広げられないのと、バリアーを維持出来る時間が少ないのと、エネルギーをやたらと喰うせいで、実用化にはまだまだ遠いんすけど、試験運用と周囲の安全確保を兼ねて、北斗達の訓練に使ってるんすよ」

「バリアー…ですか?」

「そんなところっすね。正式名称は、フォトンディフェンディングバリアーシステム、って言いますけど長ったらしいんでフォトンバリアーかバリアーって言われてるっすね。あの四本のアンテナはバリアーを発生させるためのエネルギーを安定させるためのユニットで、本体はトレーラーのコンテナに入ってるんすよ。フォースバリアージェネレーターは、これでもまた小型化した方なんすよ。初期の試作機なんて、戦車ぐらいの大きさがあったんすから」

「そうなんですか」

伊原が相槌を打つと、涼平は作業帽の鍔を動かし、反対向きに被った。

「電力をフォトンエネルギーに変換するのが難しいんすよ、これが。発電装置はかなり小型化出来たんすけど、エネルギー変換装置の小型化がまだまだなんすよねー。それさえなんとか出来れば、北斗達にも標準装備させることが出来るようになるんすけど、一体何年先になるやら」

バリアー。フォトンエネルギー。いずれも、どこかで聞いたことはあるが現実味のない、単語ばかりだった。
要は、電力を元にして生み出すバリアー装置なのだろうが、そんなものが現代日本にあるのが信じられない。
確かに、ここ最近で科学技術は飛躍的に進歩した。高性能なロボットが次々に販売され、日常に溶け込んでいる。
近頃では、人型兵器を元にして造られた建設機械や、小回りの効く二足歩行型の車両も一般販売されている。
車載型のカーナビゲーションシステムも、ただのプログラムではなく、疑似人工知能を持つようにもなった。
いずれも、北斗達を造った高宮重工とその系列会社が開発販売している商品で、どれも売れ行きは好調だ。
以前は高宮重工を凌ぐ売り上げを誇ったシュヴァルツ工業が、度重なる不祥事で低迷したから、との理由もある。
耐久性は高いが精密さに欠けるシュヴァルツ製品を見限った消費者が、丁寧な作りの高宮製品に流れたのだ。
その高宮重工の技術が優れていることは、伊原も承知している。北斗と南斗の存在で、それはすぐに解ることだ。
反重力装置やら小型ジェット推進装置を造り出したとは聞いていたが、まさか、バリアーまで造っていたとは。
だが、簡単に信じることは出来なかった。伊原が怪訝に思っていると、涼平はにかっと快活な笑みを見せた。

「ま、見てのお楽しみっすよ。今日の訓練は北斗とG子の戦闘だから、迫力はあると思うっすよ」

「はぁ」

伊原は曖昧な返事をして、頷いた。その北斗は、ケーブルの繋がったトレーラーの傍で、礼子に詰め寄っていた。
北斗は、礼子が伊原の傍にいるのが気に障るらしく不機嫌だったが、礼子はと言えば、なぜか楽しげだった。
面白くないだの不愉快だのと繰り返す北斗を見て、口元を上向けて目元を緩め、柔らかな表情で笑っていた。
伊原は、その表情を見ていた。鈴木礼子とは、冷徹で機械的な女だとばかり思っていたから、かなり意外だった。
戦闘ロボットと組んで戦うような女なのだから、彼女自身もまた、ロボットのような生きた戦闘兵器なのだと。
伊原に対する態度が冷ややかだったし、笑いもしなかったので、伊原は余計にそうなのではないかと思っていた。
だが、違う。礼子が北斗に対して見せている笑顔は、年相応のもので、気恥ずかしげな眼差しに可愛げがある。
伊原は、なんとなくだが、南斗の言っていた意味が解ったような気がした。




四本のアンテナは、帯電し、ほの明るく光っていた。
アンテナに囲まれた空間の中に、北斗とグラント・Gが対峙している。北斗は、戦闘服の上半身を脱いでいた。
人間に良く似た、だが金属で出来た分厚い胸板と太い上腕を晒しており、左の上腕には、七号機、とある。
その背には小型のジェットポッドが二本と、薄っぺらい方向指示翼が生えていて、空を飛べるようになっている。
礼子と南斗は、バリアーフィールドから離れた場所に並んで立っていた。伊原も、二人の少し後ろに立っている。

「ジェネレーティングシステム作動、フォトンエネルギー粒子放出開始、通電率八十パーセント!」

管制のトレーラーにいる作業員が、モニターに表示される作動状況を読み上げている。

「八十、八十一、八十二、八十三、八十四、八十五、九十、九十二、九十五、九十七、百! 突破しました!」

「ディフェンディング可能領域到達、フォトンエネルギー粒子凝結率百二十パーセント!」

アンテナとトレーラーの間にある、ケーブルの繋がったコンピューターに向かっていた涼平が、手を振り下ろす。

「バリアーフィールド、形成!」

だん、とスタートボタンを力強く押すと、アンテナから放電が開始された。静電気のような、乾いた破裂音がする。
激しく迸った黄色い閃光は光度を増していったが、一定の明るさになると弱まり、アンテナの間に光の壁を生じた。
空間に薄いカーテンを掛けたような、そんな感じだった。バリアーの接した地面は焼けていて、草が焦げている。
僅かな電気を帯びた空気に、土の焼ける匂いが混じる。アンテナが囲む四角い空間の上にも、光の壁があった。
十平方メートルを囲んでいるアンテナの高さは、およそ五メートル。それなりに、大きさのある空間になっている。
両腕にドリルを備えたグラント・Gは、ぐっと腕を引いた。どるどるん、と背部の排気口から黒い排気を噴き出す。

「Trans form!」

その掛け声と同時に、グラント・Gの下半身が持ち上がる。キャタピラ部分が割れて装甲がずれ、足に変形した。
姿勢を正して着地したグラント・Gは、左のデストロイドリルを軽く振ってみせた。北斗を、挑発しているようだ。

「Hey、兄貴! サッサトオッ始メヨウジャネェカ!」

「ふん。自分に勝てるなどと思うな、グラント・G! 行くぞおっ!」

北斗は足元を蹴って飛び出し、ジェットポッドから炎を噴き出した。一瞬で、グラント・Gとの距離を狭めてしまう。
グラント・Gはキャタピラから変形させた足を曲げ、かかとを地面に接させた。タイヤを急激に回転させ、後退する。
土を蹴散らし、グラント・Gは北斗の軌道上から逸れる。デストロイドリルを伸ばしたが、その前に北斗は消えた。
グラント・Gは兄の姿を探すため、動きを止めた。だが、その直後、背後に滑り込んでいた北斗が妹の背を捉えた。

「はあああっ!」

北斗は両膝の装甲を開き、ブースターの噴射口を出した。背部のジェットポッドと合わせ、一気に噴き出した。
背中を強く押されたグラント・Gは、前のめりになる。倒れるかと思ったが、両腕のドリルを地面に突き立てた。
ドリルが地面に刺さった瞬間に回転させ、大きく抉る。ぎゅいいいいいっ、と両腕のモーターが唸りを上げる。
押していた背がなくなり、北斗は己の勢いで少しつんのめった。その隙を、グラント・Gは見逃さなかった。

「HaaHaaaaaaaaaa!」

グラント・Gはドリルを更に地面にめり込ませながら、腰を回転させて逆にした。太い両足で、北斗の体を挟む。

It a revenge!お返しだ

グラント・Gは腰を捻って北斗を持ち上げると、バリアーフィールドの光の壁に向けて、強い力で放り投げた。
北斗はバリアーフィールドまで飛ばされたが、光の壁に接する直前に背部から噴射し、アンテナをつま先で蹴った。
その先には、両腕を地面に埋めたグラント・Gがいる。グラント・Gは両腕を引き抜くと、腰も元に戻した。
顔を上げ、こちらに向かってくる北斗を見据える。背部から機関銃を飛び出させると、肩に乗せ、発砲した。

「Hahahahahahahahahahahahaha!」

耳をつんざくような、激しい銃声が轟く。だが、北斗はその弾が到達するよりも前に身を捻り、急降下する。

「だから、いつも言っておるだろうが!」

北斗は地面のすれすれを飛んで、グラント・Gの足元までやってきた。身を縮めて、彼女の懐に飛び込む。
発砲を続ける機関銃を掴んで持ち上げ、銃口を上に向ける。上を塞いでいるバリアーに弾が埋まり、破裂する。
北斗はグラント・Gのドリルを足で押さえ、肩の機関銃を押し上げてしまう。熱を持った銃身を、握り締める。

「銃に頼るでない、グラント・G!」

グラント・Gは、すぐ目の前にいる北斗に顔を突き出した。

「Hahahahahahahahaha! クセダヨ、クセ!」

そう言いながら、グラント・Gは北斗が押さえ込んでいるドリルを回転させた。北斗は、反射的に足を引いた。
グラント・Gは下半身を戦車のような形態に戻すと、どん、と重々しく着地し、キャタピラを地面に噛ませる。
機関銃を背中に戻してから、グラント・Gは急発進した。北斗は直進してくるグラント・Gを、受け止める。
地面を抉るキャタピラの、速度が落ちた。だが、押さえている北斗のかかとにも土が溜まり、徐々に後退する。
グラント・Gは両肩を押さえられながらも、右腕のエレクトドリルを高く振り上げ、勢い良く回転させる。

「Shit!」

力強く、エレクトドリルが振り下ろされる。北斗の肩に叩き付けられたエレクトドリルが、装甲を引っ掻いた。
激しく火花が飛び散り、金属同士がぶつかり合う。しかしそれでも、北斗は怯まずにグラント・Gを押し返す。

「それが、どおしたあっ!」

曲げていた両腕を伸ばし、グラント・Gの肩を張り飛ばす。グラント・Gの、キャタピラの前が持ち上がる。

「Noooooooooo!」

北斗はグラント・Gのキャタピラの間の底面を掴んで、持ち上げると、ひっくり返してしまった。

「てぇやあっ!」

Oh、との悲鳴を上げ、グラント・Gは逆さまになった。ドリルで体を支えようとしたが、間に合わなかった。
頭から地面に突っ込んだグラント・Gは、機体の裏側を見せながら、キャタピラを空しく回転させている。
その様に、北斗が清々しげに笑っている。ひっくり返ったグラント・Gは、地面に埋まった顔を更に埋めた。

dishonorable恥ずかしい........」

気弱に呟いたグラント・Gは、腰をよじった。ドリルの両手を挙げて、機体の底面に向けようとしているが届かない。
どうやら、無防備に底を見せているのが恥ずかしいようだ。大きな肩を縮めて顔を伏せ、ゴーグルを光らせる。
太いキャタピラの間にある底部は、人型に変形した際に股間部になるパーツがあるが、今は収納されている。
腿になる部分のパーツと膝と脛になる部分のパーツが折り畳まれてタイヤと連結し、キャタピラを構成している。
普段は誰にも見せない場所であるし、何より股間部である。グラント・Gは、居たたまれない気分になっていた。
人格は男そのものだが、基本設定は女だ。普段は隠れている女の部分が表に現れ、感情回路に熱を持たせる。
逆さになっているために先端が地面に接している排気筒から、排気を噴いた。だが、恥ずかしさは紛れなかった。
ひっくり返ったままもじもじしているグラント・Gに、伊原は変な気分になったが、南斗はやたらと楽しげに笑った。

「そっかー、G子も女の子だもんなー! そりゃマジハズいよなー!」

「スカートめくりみたいなもんなのかな」

礼子が呟くと、グラント・Gは顔を逸らしてしまう。

「アンマリ、見ンジャネェ…」

「そうかそうか、遂にグラント・Gにも羞恥心が生まれたのか! うむ、実に素晴らしい!」

赤飯を炊こうではないか、と北斗が喜ぶ。グラント・Gは起き上がろうとしたが起き上がれず、再び倒れた。

「サッサト元ニ戻セヨ、コノ馬鹿兄貴共! オレハ今、very very dishonorable ナンダカラナ!」

「お前が恥じらっている様などそうそう見られるものではないのであるからして、ここはじっくり鑑賞せねば」

北斗がにやけると、南斗も頷く。

「そうそうそう。マジ貴重だぜー、これは」

Sexual harassmentセクハラだぜ.........」

グラント・Gはそっぽを向いてしまい、拗ねた。北斗と南斗は余程可笑しいのか、とても楽しげに笑い合っている。
礼子は、さすがにグラント・Gが哀れになってきたので、まだ馬鹿笑いを続けている北斗と南斗に言い放った。

「あんたら、いい加減にしないとグラントに嫌われるよ?」

すると、北斗と南斗はぴたりと笑うのを止めた。首だけを起こしたグラント・Gは、恨みがましく兄達を睨む。

「Yes,Yes,Yeeeeeeees!」

礼子の咎めるような視線と、グラント・Gのいきり立った声色で、北斗と南斗は互いがしていたことを思い知った。
思わず、調子に乗ってしまった。北斗と南斗は顔を見合わせていたが、謝った方がいいだろう、と判断した。

「悪ぃ」

「すまん」

二人がグラント・Gに頭を下げると、グラント・Gは逆さのままふんぞり返った。

「ソレデイイノサ、兄貴共!」

先程までの威勢はどこへやら、北斗と南斗はしおらしくなっている。どうやら彼らは、礼子と妹には弱いらしい。
北斗と南斗は礼子の尻に敷かれている、とは昨日の時点で解っていたが、まさかグラント・Gにもだったとは。
だが、普通に考えれば、北斗と南斗はグラント・Gより優位の立場だ。上官であり、兄であり、先輩なのだから。
それを、妹だからと言って従う理由はないのではないのか。ロボットなら尚のこと、機械的な判断をするだろう。
なのに、三人とも恐ろしく人間臭い。特撮番組よろしく、北斗と南斗の中にスーツアクターでも入っていそうだ。
いっそのこと、そう言われた方がしっくり来る。だが、彼らの中身は間違いなく機械であり、人工知能で動いている。
人工知能や人格などと言っても、プログラムはプログラムに過ぎず、記憶と経験と言ってもデータに過ぎない。
それが、どうしてここまで、人間に近く出来るのだ。人間の脳ですら、未だに全て解析出来ていないというのに。
しかし、高宮重工は、それを電子情報とプログラミングで再現してしまった。遠い未来に、先に行ったかのようだ。
いや、きっと行っているんだ。と、伊原は妙な確信を持った。そうでなければ、到底、ここまでのことは出来まい。

「どうっすか、凄かったっすよね?」

涼平が、伊原に近付いてきた。伊原は思考から意識を戻し、涼平に向いた。

「あ、はい。そうですね」

「でも、まだまだこんなもんじゃないっすよ。これはまだ機体の慣らしだから、次が本番っすね」

得意げに北斗とグラント・Gの性能を語る涼平を横目に、伊原はバリアーフィールドの中の二人を、眺めていた。
今し方見たロボット同士の戦闘に、圧倒されていた。あんなにパワーがあったのに、慣らしだというのだろうか。

「制服三尉」

礼子は、横目に伊原を見上げた。

「こいつらのが終わったら、次は私のでも見学してもらいましょうか」

「あ、はぁ」

伊原は生返事をして、再び北斗とグラント・Gに向いた。礼子の訓練は、彼らに比べれば、至って普通だろう。
多少、他の部隊よりも特殊かもしれないが、それぐらいだ。だから、これといって期待する要素も見当たらない。
そう思った伊原は、礼子から注意を外してバリアーフィールド内に視線を据えた。彼らの戦闘の、続きを見たい。
北斗がグラント・Gを起こすと、グラント・Gは激しく文句を言っていたが、後退して北斗との間隔を広げた。
そして、戦闘を再開した。今度はグラント・Gもジェットポッドを用いて、飛びながら北斗と取っ組み合っている。
二人が鍔迫り合いを行う様を凝視している伊原を、礼子は見上げた。ヒーロー番組に見入る、子供のような顔だ。
仮面ライダーや戦隊ヒーロー番組を見ている南斗の横顔や、北斗の拳を読み漁る北斗の表情と良く似ている。
男って皆がそうなのかな、と礼子は呆れた。彼らの嗜好は解らないでもないが、感覚までは理解出来ないのだ。
礼子は、ひっそりとため息を吐いた。





 


06 8/29