手の中の戦争




ようこそ、特殊機動部隊へ



午後。伊原は、また別の訓練場に連れて行かれた。
今度は屋内で、無骨なコンクリートで造られた空間だった。伊原は、管制室から、その空間を見下ろしていた。
管制室は、訓練場の二階にある。広大な訓練場全体を見渡せるようになっていて、窓も大きく造られている。
ガラスには、計器などが並ぶ背景が映っている。その奧では、強烈なスポットライトが光の空間を作っている。
真っ白な閃光の中心には、光を一切受け付けないような、ずしりとした黒の装甲服を着込んだ礼子が立っていた。
脇にはヘルメットを抱えていて、体の各部分には武器がある。そのどちらも黒で、色があるのは彼女の顔だけだ。
その周囲には、十数機の歩兵ロボットが構えていた。両腕に機関銃を付けている機体もあり、物々しかった。

『これから、第二種戦闘訓練を開始します。三尉、よく見ておくように』

「はい」

無線越しの礼子の声が、背後のモニターを通じて聞こえた。伊原が返事をすると、礼子はヘルメットを被る。
普通のヘルメットとは違い、繋ぎ目が多かった。バイザーの部分も、光沢を消すような加工を施されている。
礼子はヘルメットの脇に手を添えて、耳元のカバーを開いた。そこにあるボタンを、軽く叩いて操作した。

『屈折率変化、開始』

「屈折率変化、開始確認。シャドウイレイジングシステム、パワードアーマーに適応されます」

一際大きなモニターの前に座っている、高宮重工の女性研究員がコンソールを叩く。

「特殊合金装甲、通電開始。頭部装甲、両腕部装甲、胸部装甲、腹部装甲、両足部装甲、通電確認。通電率、及び屈折率変化率、共に異常なし。鈴木二尉、脈拍、体温、脳波、全て異常なし」

伊原は、ガラス越しの光景に目を見開いていた。強烈な光を浴びている礼子の影が、僅かずつ、薄らいでいる。
闇の固まりが光に掻き消されるように、光っていた部分から黒が弱まり、影が消え、光の中に溶け込んでいく。
光の領域は、穏やかに広がっていく。頭から肩、胸、腹、両腕が消え、遂には尖ったつま先までもが失せた。
伊原はしきりに目を動かして、礼子の居た場所を舐めるように見た。影があるべき場所に、影が見当たらない。
だが、どこにもいない。歩兵ロボットの間に潜んでいるような影もなく、足音も、何も聞こえてこなかった。
ならば、本当に消えたというのか。伊原が訝しんでいると、女性研究員が椅子を回し、伊原に振り返った。

「鈴木二尉は消えたわけではありません。彼女は、あそこに立っています」

ほら、と女性研究員はモニターの一つを示した。サーモグラフィーらしく、外側が青い人の影が映っている。
歩兵ロボットの熱反応もあり、間違いない。だが、他のモニターや訓練場を見比べても、礼子はいなかった。

「第二種戦闘訓練、開始用意。開始」

研究員の一人が指示を出すと、礼子の声が返ってきた。

『了解』

モニターの一つが点滅し、作動開始、との文字が光った。礼子の居た場所を囲む歩兵ロボットの、目が輝いた。
北斗と南斗に比べれば大分細身だが、人間と比べれば逞しい腕を持った彼らは、その腕を下げて飛び出した。
三体同時に、バネ仕掛けの人形のように跳ね上がると、礼子のいた場所に向かって加速しながら落下する。
彼らの足が一点を踏み潰したが、破壊音はしなかった。すると今度は、円の外側にいた歩兵ロボットが動いた。
両腕に装備されたサブマシンガン程度の大きさの機関銃を上げ、照準を壁に合わせ、五体が揃って発砲する。
けたたましい銃声が訓練場全体に響き渡り、大きな窓ガラスもびりびりと震えた。それが、十数秒、続いた。
銃声が止むと硝煙が広がり、訓練場全体が薄く煙る。彼らが撃った壁には弾痕はなく、塗料が付いていた。
機関銃を上げていたロボットの一体が、ぎ、と首を回した。直後、硝煙の中を一筋の光が滑り抜けてきた。
サーチライトの中に飛んできた一筋の光はしなやかに曲がると、歩兵ロボットの首に独りでに巻き付いた。
それが、ぴん、と伸びた。一瞬の後に歩兵ロボットの首は胴体から離れ、電流を走らせながら、落下する。
首を失った歩兵ロボットが、その場に崩れ落ちた。それが合図であったかのように、一筋の光が踊り始める。
アーミーグリーンの装甲が光に引っ掻かれたかと思うと、劈かれ、胴体を輪切りにされてオイルを噴いた。

「五号機、三号機、十七号機、いずれも沈黙。機能停止確認」

「目視確認、出来ません。汎用型人型自律実戦兵器のスコープでは、屈折率異常を確認出来ます」

研究員達の冷静な声が、伊原の意識の外を掠めていった。訓練場の中で何が起きているのか、全く解らない。
光は踊り続ける。歩兵ロボットを切り裂きながら、硝煙の中に軌跡を残しながら、見えない影が戦っている。

「三分経過。現在、鈴木二尉の撃破数は十二。新記録です」

歩兵ロボットの腕に巻き付いた光は、長く伸びていたが歪み、引かれると同時にぐにゃりと大きくたわんだ。
刹那、ぱぁん、と何かが破裂し、光が切れた。光が切れたのとほぼ同時に、ちぃっ、と苦々しげな舌打ちがした。

「鈴木二尉のワイヤーカッター、破損しました」

研究員が的確に情報を伝えてくるので、伊原が考えなくとも事態は把握出来た。礼子は、武器を失ったらしい。
次は、どうするつもりだ。伊原が次を待っていると、どこからか銃声が走り、歩兵ロボットの装甲を貫いた。
まだ立っていた、数体の歩兵ロボットの額が次々に撃ち抜かれる。スコープカバーが破損し、破片が飛び散る。
その中の二体が、反撃を始めた。銃弾が飛んでくる方向に向けて、マーカー弾の機関銃を構え、激しく連射した。
二体の銃口は、徐々に左に動いていく。伊原には見えなくとも、彼らには礼子の姿が見えているらしかった。
その銃声が、急に止んだ。弾切れなのか、二体の歩兵ロボットは銃口から硝煙の立ち上る機関銃を下ろした。
彼らが周囲を見渡そうとした瞬間、側頭部を撃ち抜かれた。だが、銃声は続かず、またもや礼子の舌打ちがした。
どちらも、弾切れだ。生き残った三体の歩兵ロボットは、礼子がいるであろう、弾丸の軌道上を見定めている。
そして、そちらに向かって駆け出した。そのやかましい足音の合間に、武装した人間の足音が混じっていた。
分厚く重たい装甲の擦れる音の合間に、吐息が聞こえた。その息が吸われ、ふっ、と力の入った声が漏れた。
三体の歩兵ロボットのうちの、中心の一体の頭部が見えない落下物で叩き割られ、機能停止して倒れた。
残った二体が飛び掛かろうとすると、落下物は今し方倒した歩兵ロボットの肩を蹴って、真上に飛び跳ねた。
右手にいた一体の頭部が、また、叩き割られる。よろけたそのロボットの真向かいで、最後の一体が身動ぐ。
その一体も、顔面を何かによって潰された。割れた装甲から零れたオイルが、空中を伝い、流れ落ちていく。

「全機、機能停止確認。訓練終了しました」

研究員の訓練終了を告げる言葉が、訓練場に響いた。間を置き、礼子の安堵と疲労が混在した息が漏れた。

『ワイヤーカッターの耐久度、もっと欲しいですね。カッティング性能を上げたのは良いんですけど、その分金属糸が細くなっちゃって、全体的に脆くなっちゃってました。いつも注文ばかりして、すみません』

彼女の言葉が止むと、ぱちり、と何かを外す音がした。機能停止した歩兵ロボット達の間に、影が滲み出た。
空間に、黒が現れる。体格の小さな輪郭を形作り、次第に人間の姿となる。腕と足が見え、胴体と頭も見えた。
先程まで見えていた背景が、見えなくなった。破損したスコープカバーを、ぱきり、と黒いつま先が踏み潰す。
礼子だった。左足の膝と右手の拳には、オイルと塗料が付着している。最後の戦闘は、肉弾戦だったようだ。
左腕の先から垂れ下がっている細い金属の糸が、ワイヤーカッターらしいが、確かに途中から千切れている。
ヘルメットを外した礼子は、暑かったのか頬が紅潮していた。右手をぱたぱたと動かし、顔に風を送っている。
伊原は、いつのまにか興奮している自分に気付いた。礼子の戦闘技術もさることながら、全てが凄かった。
礼子を凝視する伊原を見ていた女性研究員が、笑った。長い黒髪を一纏めにして、肩から垂らしている。
吊り上がり気味の目元はきつい印象だが、顔立ちは割と整っていて、顎も細く、美人の部類に入る顔だった。
胸元に付けられた社員証には彼女の顔写真と、神田さゆり、とあった。さゆりは得意げに、目を細めた。

「光学迷彩、というものを聞いたことはありませんか?」

「ええ、まぁ」

伊原がさゆりに向くと、さゆりはコンピューターを操作して、他の研究員達に後を任せてから立ち上がった。

「鈴木二尉のパワードアーマーには、その光学迷彩の処理が施してあるんです。パワードアーマーの装甲に用いた特殊合金に、弱電流を流せば屈折率変化を起こす効果を持った樹脂塗料を塗布してあるんです。特殊合金だけでも屈折率変化は可能なのですが、コーティングを施した方がより高い効果が出ることが判明したので、その改良品の試験を行っているんです。前のものは、光学迷彩と言っても、処理が甘いせいで大して役に立たなかったんです。通電率も悪いから、実戦で使うとなると相当な量の電力を喰うので、その分搭載するバッテリーの量も増えてしまいます。そうなれば、鈴木二尉に掛かる負担は更に増えてしまって、戦闘時の妨げになっていたのです。ですが、この改良型パワードアーマーであれば、通電率は従来の製品の数十倍、屈折率も百二十パーセントを超えていますので戦闘時にも使用可能なんです」

『さゆりさん。売り込みですか?』

礼子の半笑いの声が、モニターに付けられたスピーカーから流れた。さゆりは、手を横に振る。

「あ、そういうんじゃないの。ちょっと、自慢したかっただけ。だって、せっかくの光学迷彩なんだもん」

『売り込むなら、しっかり売り込んでおいた方がいいですよ。そこの制服三尉は将来有望ですから』

「それもそうかも。売り上げが伸びるなら、何よりだものね」

さゆりは窓に近付くと、訓練場を見下ろした。

「あ、そうそう。後で、北ちゃんと南ちゃんとG子ちゃんに会いに行こうと思うんだけど、平気かな?」

『行かなくても、こっちに来ると思いますよ。あいつら、暇ですから』

「じゃ、会えるね。楽しみだなぁ」

さゆりは屈託のない笑みになると、白衣の裾をなびかせながらモニターに戻っていった。

『制服三尉』

礼子からいきなり声を掛けられたので、伊原は少し反応が遅れた。

「あ、はい、なんでしょう」

『そちらには、歩兵ロボットの遠隔操作ツール、リモートコンシャスネスシステムの本体とコントローラー一式があるはずです。それを使って、私と戦ってみて下さい』

「なんですって?」

『聞いての通りです』

礼子の言葉は、淡々と続く。

『私も、この状態で戦うのは、ちょっときついんですよね。光学迷彩を使っているとヘルメットのバイザーの屈折率も変わりますから、視界が歪んで遠近感が鈍くなってしまうんです。だから、私もちょっと不利なんです。歩兵ロボットの操作は簡単です、思考を伝えればいいんですから。リモートコンシャスネスシステムに慣れるまで、少しは時間が掛かると思いますけど、慣れてしまえば簡単ですよ』

「リモート…コンシャスネス?」

「簡単に言えば、念じて操作が出来るシステムのことです。そのシステムを使えば、大抵の機械は脳波で操ることが出来るようになるんです。歩兵ロボットも例外ではありません。マニュアルもちゃんとありますので、もし、鈴木二尉との訓練を行うのでしたら読んでからの方が良いですよ。簡単そうですけど、難しいですから」

はいどうぞ、とさゆりは分厚いファイルを伊原に差し出した。伊原は、ファイルとさゆりを見比べる。

「ですが、僕は」

『ゲームだと思えば、心も痛みませんよ。それに、私はあなたとは違って、痛みには慣れています』

スピーカーから礼子の言葉が流れてきたので、伊原は訓練場を見下ろした。礼子は続ける。

『歩兵ロボットの打撃はパンチもキックもせいぜい百キロ程度です。対する私のパワードアーマーは、五百キロ程度までなら耐えることが出来ます。もちろん、それなりの衝撃は来ますけど、装甲で殺されますし、クッションも付けられているので骨が折れることもありません。ですが、もし折ってしまうようなことがあったら、労災をお願いしますね。それと、賠償金も』

「あんなこと言ってますけど、別に心配しなくてもいいですよ? 鈴木二尉は、ロボットを相手に戦って、骨を折られたことなんてないんですから」

さゆりは欠片も心配していないのか、にこにこしている。他の研究員達も、どこか楽しげに伊原を見つめていた。
どうやら、期待されているようだった。伊原はリモートコンシャスネスシステムのマニュアルを、見下ろした。
表紙には高宮重工のロゴがあり、その下には、先端技術研究所、とある。さゆりの社員証にも、ある名前だ。
北斗と南斗を生み出した人型兵器研究所とは、また違った分野での研究を行っている、研究所のようだった。
伊原は、さゆりらの視線を浴びていたが、背中にも視線を浴びた。振り返ると、礼子が伊原を見据えている。
とても、断れる状況ではなかった。


リモートコンシャスネスシステムのマニュアルは、とにかく量が多かった。
さゆりや礼子に言われた要所だけを掻い摘んで読んでいたが、それでも相当な分量があり、目が疲れてきた。
伊原は眼精疲労を感じながらも、細かい文字の並んだマニュアルを読んでいたが、頭に入ってこなかった。
マニュアルを読み始めてから、かれこれ二時間にもなる。武装を解いた礼子が、暇そうに椅子に座っている。
その背後の北斗と南斗は、先程やってきた。バリアーフィールド内の戦闘のせいで、戦闘服に少々焦げがある。
グラント・Gはといえば、一人で訓練場を走り回っているようで、楽しげな高笑いが訓練場に響き渡っている。
パワードアーマーを脱いでいる礼子は、全身スーツに似たアンダー姿になっていて、缶コーヒーを飲んでいる。

「それぐらい、すぐに読めると思うんですけどねぇ」

「仕方あるまい。礼子君は文字を読み取ることに長けておるが、制服はそうではないのだろう」

妥協したまえ、と北斗が言うと、礼子は意外そうに目を丸める。

「あれ。あんた、制服三尉が嫌いなんじゃなかったの?」

「無論、嫌いだとも。礼子君に無用に近付いておるのだ、気に食わんことには変わりない。だが、思い出したのだ」

「何を?」

礼子が聞き返すと、北斗は誇らしげに胸を張る。

「礼子君は自分にゾッコンであるからして、決して揺らぎはせんということを!」

「って、いつの言葉だよ、それ! 超マジ古すぎんだけど!」

南斗が変な顔をすると、礼子はぐたっと肩を落とした。呆れたらしい。

「北斗、あんた、絶対に昭和生まれだ…」

「何を言うか! 自分の人工知能は二○一○年製だ。故に、製造時期も稼働開始時期も年号は平成ではないか。自分のどこが昭和生まれだと言うのだ!」

北斗が不愉快げにすると、南斗は壁にもたれて両手を上向けた。

「そーゆーとこ、全部。昭和っぽいっつーか、古臭いっつーの? ていうかさ、オレとお前って同じ教育を受けた人工知能のはずなのに、どうしてそこまで違ってきちまうのか、お兄ちゃんにもさっぱりだぜ」

「北ちゃんと南ちゃんの人工知能の元にした、リボルバーの人格データも同じだったはずなのにね」

不思議、とさゆりが二人に振り返ると、南斗は北斗の首根っこを掴んで引き寄せ、弟の頭を叩いた。

「でしょでしょでしょー? なぁなぁ、さゆりん、この世紀末馬鹿の人格、再教育してくんね?」

「なっ、何を言うか! 再教育するべきは、この特撮馬鹿の方ではないか!」

北斗は南斗を押しやり、南斗を指した。礼子は、缶コーヒーを傾ける。

「二人して馬鹿なこと言うんじゃないの。あんた達のメモリーとエモーショナルを全削除したり人格の再プログラミングを行うことは、出来ないようにされてあるでしょうが。物理的にもプログラム的にもロックが掛けてあって、その解除キーとパスワードを持っているのは鈴音さんだけど、あの人はあんた達をどうにかするような人じゃないから、絶対にそういうことにはならないって解っているでしょうが」

「そういうこと。それに、北ちゃんと南ちゃんはそのままの方が素敵だよ。だから、そういうこと言っちゃダメ」

さゆりは両手を後ろで組み、二人を見上げた。北斗と南斗は互いを見ていたが、揃って相手を指した。

「自分は、この愚兄が素晴らしいとは思えんのだが」

「オレもー。愚弟なんだもん、こいつぅ」

「で、読み進めました?」

礼子が伊原に尋ねると、伊原はファイルから顔を上げ、首を横に振る。

「いえ、全く。やかましいので」

「一五○○までには頭に叩き込んでおいて下さいね。一五三○から、私との戦闘訓練を開始しますから」

缶コーヒーを飲み終えた礼子は、空き缶をテーブルに置いた。伊原は時計を見上げると、時刻は午後二時だ。
あと一時間でこれを覚えて、三十分で動かせるようになれ、というのか。無茶も良いところだ、と伊原は思った。
せめてもう少し時間が欲しかったが、あまり文句は言えない。研修を受けている身なのだから、我慢しなくては。
伊原は痛くなってきた目を擦りながら、ファイルのページをめくった。北斗が、にやりとした笑みを浮かべた。

「しかし、歩兵ロボットでは、礼子君はつまらんだろうな」

「どーせなら、もうちょい面白いことしようや」

南斗もにやけながら、身を乗り出してきた。礼子は、背後の二人を見やる。

「何、しょうもないことでも思い付いたの?」

「うむ。バリアーフィールド装置輸送用のトレーラーには、仮組みの状態の人型自律実戦兵器があったのだ」

北斗は、礼子を見下ろしてきた。南斗も、礼子を見下ろす。

「二○一七年仕様のボディでさ、オレらにとっちゃ、古くて使い物にならないわけよ? でも、他の研究所じゃ、人工知能テストとかで使うらしくて、帰る途中で適当な研究所に置いてくるんだってさ」

「へぇ」

礼子は、少し面白そうに、唇の端を上向けた。

「ボディの仕様はどっち?」

「セッティングはタイプ・セブン。つまり、愚弟だな」

南斗が返すと、礼子は立ち上がった。

「それ、面白そう。さゆりさん、その仮組みのボディ、こっちで使えるように掛け合ってみてくれませんか?」

「無茶苦茶言うなぁ、もう」

言葉とは裏腹に、さゆりの態度は楽しそうだった。社員用携帯電話を取り出して操作し、電話を掛けている。
礼子は、伊原に近付いてきた。アンダー一枚なので、あまり減り張りのない体のラインが露わになっていた。

「三尉。上手く行けば、あなたの使用機体は歩兵ロボットなんかじゃなくなりそうですよ?」

「と、言いますと?」

「北斗と同じ仕様の機体で、私と戦ってもらいます。もっとも、ガンは使いませんけどね」

「冗談…ですよね?」

「いえいえ。私は至って本気です。それに、北斗と南斗とやり合ったことは、何度もありますから」

慣れてますよ、と礼子はにやりとした。伊原は膝の上の分厚いファイルに一度目を落としたが、礼子を見上げた。
そんなこと、非常識極まりない。もしも、伊原が力加減を謝った操縦をしたら、礼子を殺してしまいかねない。
北斗と南斗、つまり、人型自律実戦兵器の持っている出力は、人間など簡単にへし折れてしまうほどの力なのだ。
重量もあるから、倒れた時に押し潰してしまう可能性もないわけではない。それに、中身は二人ではなく伊原だ。
戦闘兵器でありながらも人格を持つ二人なら、礼子に対して手加減も出来るだろうが、伊原は何も知らない。
だから、誤って、事故を起こしてしまうかもしれない。死なせはしないだろうか、と伊原は不安になってきた。

「大丈夫ですよ」

礼子は、薄く笑っていた。

「制服さんに操縦された木偶の坊なんかに倒されるほど、私はか弱くありませんから」

明らかな、挑発だ。礼子の笑みは温かみなどなく、完全に伊原を見下している。伊原は、そこで何かが切れた。
人が下手に出ていれば調子に乗りやがって、WACなんかに舐められてたまるか、これ以上偉ぶられたくはない。
どうせなら、存分に戦ってやる。昨日と今日の憂さを晴らすために、北斗と同じロボットを操って、戦うのだ。
俄然、戦意が湧いてきた。調子付いている特殊機動部隊の面々を黙らせるためにも、操縦を頭に叩き込まねば。
伊原は腹立たしさに任せ、ファイルをめくった。





 


06 8/30