手の中の戦争




ラスト・フロンティア



 それから、更に一週間後。
 私の仕事は、歩哨から要人警護に一気にグレードアップした。といっても、ただの会議室のドア前警備 ではあるのだが。高宮重工の宇宙開発事業に大きく食い込む部署の高級官僚、軍需産業でも取引があった 防衛省の人間、大物政治家が、神田葵操縦士によって操られた小型ジェット機によって連れられてきた。 会議の相手は、三十三歳の若さで宇宙開発事業の最高責任者に上り詰めた高宮鈴音女史を始めとした 高宮重工の重鎮達と、特別ゲストにして十六年越しの論争の中心人物である、マシンソルジャー五兄妹である。
 これまでの慣例では、彼らは会議で話題には出るが直接呼び出されることはなかった。あくまでも道具として 扱われていたので、道具の意見など聞く必要がないと判断されていたからだ。だが、SATに採用されたK−9が 人格の教育不足で満足に性能を発揮出来なかった件が功を奏し、ようやくマシンソルジャーの人格が人並みに 認められるようになった。といっても、それは公式な判断ではなく、政府上層の判断材料の一点に過ぎない。 ここを踏ん張れば、宇宙開発作業用汎用機として法的にも認められ、余程上手くいけば人権も認められるかも しれないので、鈴音さんや皆には是非とも頑張ってほしいところである。

「なー、礼ちゃん」

 私と同じドアを守る南斗は、警戒方向を見つつ話し掛けてきた。

「なあに」

 私が素っ気なく答えると、南斗は明らかに不満を示した。

「水着見せるのは愚弟だけかよ!」

「シフトの都合ってもんがあるでしょ。それに、私の水着なんて見たって面白くもなんとも」

「でもって、太陽とあんまり話してほしくねーし!」

「あーはいはい。北斗も同じことを言ってた」

 面倒になってきたので私が受け流そうとすると、南斗はむくれた。

「てか、礼ちゃんを殺し掛けたような奴と話す義理すらねーし。なんで仲良くするわけ?」

「仲良いってわけじゃないんだけど…」

 具体的に説明しようにも、それがなかなか難しいのだ。私が思考をまとめようとしていると、会議が終わったらしく、 会議室の中からざわめきが漏れ聞こえてきた。私と南斗はすぐに態度を元に戻し、所定の立ち位置でお偉いさん方を 出迎える準備をした。程なくしてドアが開かれ、高宮重工の幹部社員に促されて政府の高級官僚や防衛省の上層部 の面々が出てきたので、私と南斗だけでなくもう一つのドアを守っていた北斗とグラント・Gも最敬礼した。彼らは 私達には目もくれずに出ていってしまい、日本から連れてきた自衛官に護衛されながらエレベーターに乗り込んだ。続いて 出てきたのが、高宮重工の幹部社員達で、最後に残ったのが鈴音さんと五兄妹だった。

「やっほー、礼子ちゃーん」

 ふわりと浮かびながら会議室から出てきたのは、小柄な少女型ロボット、ブラックヘビークラッシャーだった。

「お疲れ様でーす」

 私はクラッシャーに笑顔を向けてから、中を覗いた。レッドフレイムリボルバー、ブルーソニックインパルサー、 イエローフォトンディフェンサー、パープルシャドウイレイザーが揃っており、彼らは高宮重工謹製の椅子に座って いた。見た目は普通の椅子だが、構造物が恐ろしく頑丈なので彼らの重量にも耐えられるようになっている。

「よう、息子!」

 リボルバーがにっと明るく笑うと、もう一つのドアが勢い良く開き、グラント・Gが飛び込んできた。

「oh,My Daddy!」

 勢い余りすぎて下半身を変形させて人型に可変したグラント・Gがリボルバーに飛び掛かるが、リボルバーは ドリルを左腕に備え付けた戦車型ロボットの娘をあっさりと受け止め、それどころか高々と掲げた。

「良い子にしてたか、グラント? そうかそうか、そんなに俺に会いたかったか?」

「oh Yes! Yes,Yes,Yes!」

 太い右腕とドリルの付いた左腕を目一杯使って、グラント・Gはリボルバーにしがみついた。おうよしよし、 と彼女を撫でるリボルバーの姿は、立派なお父さんである。ロボット同士でも親子の情が生まれるというのも 不思議なものだが、彼らと長らく付き合っていると当たり前だと思えてくるのもまた不思議だ。

「暑苦しい親子だぜ」

 大きな両手両足を投げ出していたディフェンサーが鬱陶しげに親子を窺うと、イレイザーが微笑んだ。

「赤の兄者の系列機では仕方のうござる」

「僕としては微笑ましいと思いますけど。G子ちゃん、可愛いじゃないですか」

 インパルサーがにこにこすると、クラッシャーは父親に抱かれた少女の心を持った戦闘兵器を撫でてやった。

「そうそう、G子ちゃんはとっても可愛い女の子なんだもん。ねー」

「南斗、北斗、お前らも来い。たっぷり可愛がってやらぁな」

 リボルバーは真紅の銃身を上げて息子達を指すと、北斗は言い返した。

「グラント・Gと我らでは、可愛がるの意味がまるで違うではないか。父上と言えども許し難い差別だ!」

「てか、愚弟、あんなふうに可愛がってもらいたいわけ?」

 俺はやだ、と南斗がそっぽを向くと、北斗は兄の首根っこを掴んで引き摺った。

「自分は可愛がってもらいたい! それが子供冥利に尽きるというものではないかぁっ!」

 ちょっ、俺やだ、やだってば、と言うわりに南斗は本気の抵抗はせず、北斗にずるずると引き摺られて リボルバーの前に連れ出された。グラント・Gを下ろしたリボルバーは、久々に会った二人の息子をやたらに 乱暴な仕草で可愛がった。その様を見守るマシンソルジャー五兄妹の眼差しは親戚のそれであり、鈴音さんの 表情は親戚の集まった席でちょっと澄まし気味の母親の顔だった。実際、そんな感じなので特に変ではない。 となると、私の立場は嫁だろうか。いやいやそれはどうだろう、うんまだそこまでじゃ、と下らないことを考えて いると、後ろからせっつかれた。

「さっさと中に入れ。いつまでぼさっとしてるつもりだ」

 朱鷺田隊長だった。その背後には、神田隊員と伊原隊員、そして李太陽が控えていた。

「あ、どうも」

 私は朱鷺田隊長に押されて会議室に入ると、両方のドアが閉められ、カーテンが引かれて鮮やかな 陽光が遮られた。ほのかに薄暗くなった室内では、ロボット達の目から発せられる光が目立つようになった。 彼らは人間らしいお喋りを止め、表情を強張らせた。その雰囲気に気圧されたのか、伊原隊員はおどおど しながら椅子を引いて腰掛けた。それに対し、神田隊員は至って普通に椅子に腰掛けた。李太陽は、少々 やりづらそうに辺りを見回しながら、皆からは多少距離が空いた席に座った。私は座るか否かを少し迷ったが、 自動小銃を傍らに置いてつい先程まで高級官僚が座っていた椅子に座った。南斗と北斗、グラント・Gは 人型自律実戦兵器としての本分を貫くために、再びドアを背にして護衛に付いた。

「では、本題と参りましょうか」

 鈴音さんは脚線美を彩るストッキングに包まれた足を組み、ぐるりと皆を見渡した。

「今回の会議で決まったことは三つ。一つ目は、通称マシンソルジャー、異星文明製完全自律式高機動兵器の 一号から五号を高宮重工の所有物とすることを許可する法案を、次の衆議院本会議で可決すること。二つ目は、 異星文明製完全自律式高機動兵器を宇宙開発用汎用機としてJAXAとNASAの共同宇宙開発事業に参加させ、 技術協力を行うこと。三つ目は、現在、世界中で発生しているハッキング事件の犯人を逮捕、或いは殺処分すること」

「最後のは、まるで脈絡がねぇな」

 リボルバーが訝ると、インパルサーは長兄に返した。

「でも、そう突飛な話ではありませんし、良い機会だと思います」

「けど、どこぞのハッカーは地球人だろ? 俺達が相手になるのかよ?」

 ディフェンサーがあからさまに馬鹿にすると、イレイザーが横長の赤いゴーグルを光らせた。

「会議中にインターネットを経由し、件のハッカーの情報を集積、解析してみたのでござるが、敵が扱っている プログラム言語は地球のものではござらぬ。かといって、ユニオンのものでもないようでござる。現在、高宮重工 所有の高出力通信衛星を経由し、銀河全体のネットワークに接続して使用されたプログラム言語の照合中にござるが、 情報量が恐ろしく膨大であるからして、正確な情報を得るには最低でも三十四時間は必要でござる」

「でも、目星は付いてるんでしょ?」

 クラッシャーが浮かびながら四男の背後に近付くと、イレイザーは妹に向けて柔らかく笑った。

「無論でござる」

「で、それと俺とどういう関係があるんです? こいつらはともかく、俺はしがない雇われパイロットですよ」

 太陽が鈴音さんを見やると、鈴音さんは答えた。

「敵の目的が何にせよ、現時点で地球外に脱出出来る移動手段はうちの宇宙船、ベガ号しかないのよ。 同型機のデネブ号とアルタイル号はまだメインフレームすらも組み上がっていないし、ロシアと中国のロケットも 準備段階だし、アメリカのオライオンも発射段階には程遠いわ。だから、敵が逃亡を目論むなら、うちに来るしか ないじゃない? もしかしたら、ベガ号の発進直後に取り付くかもしれない。その時に的確な対処が出来なかったら、 高い金を払って買い上げて鍛え抜いた貴重なパイロットを失うことになるわ。太陽君だって、その若さで死ぬのは嫌でしょ?」

「そりゃ、まあ」

 鈴音さんの容赦ない言葉に太陽が苦笑すると、神田隊員が挙手した。

「作戦中にリボルバー達は戦力として介入することが許可されているのか?」

「そればっかりは無理ね。下手に頑張りすぎて被害を出したりしたら、元の木阿弥だもの」

 鈴音さんが肩を竦めると、ディフェンサーが体格に反比例した大きさの手で頬杖を付いた。

「いくら俺達は非殺傷プログラムに縛られているっつっても、二次被害が出ないとは限らねぇしな。それが懸命だ」

「その通りだ」

 朱鷺田隊長はセブンスターに火を付け、煙を深く吸い込んだ。

「が、そのためには武器が必要だ。自衛隊の頃には、湯水の如くとは言わないが、国民の血税で賄われた 御立派な武器を使えたもんだが、民間企業の警備員となるとそうもいかない。だから、まずは武器を寄越せ。 拳銃、自動小銃、対戦車砲、手榴弾、鈴木の特殊武装もだ。ここで経費を渋ってみろ、一生後悔させてやる」

「言われるまでもないわよ」

 かなぁり高く付くけど、と鈴音さんはぼやいてから、私に向いた。

「てなわけだから、礼子ちゃん。この会議が終わったら、一階の格納庫に行ってちょうだい。礼子ちゃんの パワードアーマー、セッティングし直さなきゃならないから」

「了解です」

 私が敬礼すると、北斗が一歩踏み出した。

「母上。我々は」

「南斗、北斗、グラント・Gは全武装を解除、全無線を解放して無期限の待機」

 鈴音さんの命令に、伊原隊員がぎょっとした。

「え? それじゃ、三機とも丸裸じゃないですか! そんなことをしたら、敵に付け入られて」

「解りやすく罠を張るのよ。マシンソルジャーが五機ともこっち側にいるんだから、まず負ける戦いじゃないわ。 武装を解除しているとしても、彼らの性能は折り紙付き。対する私の子供達は、消耗することを前提として作成した 機体だから、そういうことのために使うべきなのよ。心苦しいけどね」

 鈴音さんは三体を見据え、やや声を低めた。

「やってくれるわよね?」

「あったりまえじゃん!」

 南斗はリボルバーに良く似た表情で笑みを見せ、北斗は最敬礼した。

「全力を尽くして任務を遂行する所存であります!」

「oh,Yes! ソレガ My Daddy ト My Relative ノ happiness ノタメダッテンナラ No problem!」

 ぎゅいいいいっ、と左腕のデストロイドリルを回転させ、グラント・Gは胸を張った。

「俺も異存はない。お前らはどうだ」

 朱鷺田隊長に尋ねられ、神田隊員は少し考えてから答えた。

「俺もです。でも、罠だと見破られないようにしないと。あからさますぎると逆に怪しまれる」

「僕も賛成です。というより、この作戦を失敗したら、後がないですしね」

 伊原隊員は時間と共に場慣れしたらしく、鈴音さんと五兄妹を見渡した。

「ハッカーの正体が何にせよ、リアルタイムで世界を脅かしている相手を仕留めることが出来なければ、 間違いなく全責任を背負わされて処分されますね。マシンソルジャーの皆さんを当てにしているのは、日本政府 だけではないようですし。この非常時に、他国のエージェントがまるで介入してこないのは異常ですから。ですので、 鈴音さんの作戦は賢明です。踏ん張りきるには手段を選ぶわけにはいきませんよ」

「鈴木、お前はどう思う」

 朱鷺田隊長に再度問われたが、私は即答出来なかった。頭で考えれば、人型自律実戦兵器を囮にして 敵をおびき寄せ、罠に填めるのが最も有効だろう。艤装すら終えていない宇宙船ベガ号を犠牲にするのは 早急だし、かといってマシンソルジャー達には制約が多すぎる。だから、犠牲に出来るのは、兵器という名の 消耗品である三機だ。

「礼子君」

 私が答えられずにいると、北斗は私の背後に近付いてきた。

「迷うことはない。自分達は死にはせん。この機体が砕け、記憶も感情も消し飛んだとしても、バックアップと 予備機さえあればすぐにでも再起動出来るのだ」

「そうそう。だからさぁ礼ちゃん、なーんにも怖いことなんてねぇっての」

 南斗はへらへらと笑いながら、私に顔を寄せてきた。

「Yes,Yes! Battle is like a soldier's life戦いこそ兵士の生き様だぜ!」

 グラント・Gはペンチ状の右手で、私の肩を叩いてきた。

「揃いも揃って、何を今更心配してんだか。もう慣れたよ、こんな展開には」

 私は三人を見回してから、隊長に言った。

「だから、私も賛成です。それ以外に良い作戦もないでしょうしね」

「決定ね。じゃ、すぐにでも作業に取り掛かるわ。南斗、北斗、グラント・Gは武装解除とセッティングのために 作業場に移動、それ以外は本来の業務に、マシンソルジャー達は屋内で待機。くれぐれも注意を怠らないようにね」

 以上、全員解散、と鈴音さんは言い、次の仕事があるらしく、ヒールを鳴らしながら会議室を出ていった。 次に出ていったのはシミュレーターの訓練がある太陽、その次には政府の人間達を本国に送り届けなければならない 神田隊員、武器と武装の申請書を書く必要がある朱鷺田隊長、今回の敵の情報収集に取り掛かる伊原隊員、 これまでとはまるで違う任務に身を投じる南斗と北斗とグラント・Gの兄妹。私は彼らに続こうとしたが、引き留められた。

「礼子」

 リボルバーの声に、私は立ち止まって振り返った。

「なんでしょうか」

「あいつらを迷わせないでくれて、ありがとな」

 リボルバーの言葉に、私は笑おうとしたが頬が引きつった。

「…それはどうも」

 彼らに一礼してから、私は自動小銃を担いで会議室を後にした。持ち場に戻らなければ、と歩調を 早めたが、足取りは重たかった。理由は解りきっている。北斗が、南斗が、グラント・Gが、もしかしたら 本当に死んでしまうかもしれないのだ。完璧なバックアップがあろうとも、同じボディの在庫があろうとも、 それは私の知る彼らではない。私の知る彼らに良く似た彼らなのだ。あんな作戦、死んでもごめんだ。 もっと他にも手段があるはずだ。体を張るのは、北斗達でなくても良いはずだ。なのに、頭が混乱して まともに考えられず、一番辛いであろう三人から慰められてしまい、当たり障りのない言葉で受け流した。 この程度のことで泣いちゃいけない、まだ何も起きていないんだから、と思おうとしても、私は鼻の奥が 塩辛くなって喉が痛んだ。なんて情けないんだろうか。
 せめて、北斗に水着を見せてからにしてほしかった。





 


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