手の中の戦争




ラスト・フロンティア



 四肢を外された彼は、痛々しかった。
 ほとんどの機能を落とされて外装も剥がされて駆動部分も緩められている北斗は、整備作業用 デスクに横たえられていた。その右には南斗、その左にはグラント・Gが、同じ状態で転がされていた。 顔の上半分を覆うゴーグルも外され、豊かな表情を見せてくれる自在金属製の顔の下半分も外され、 機械そのものが丸出しになっていた。外装を全て剥がされた状態では、三機を見分けるためには それぞれに接続されているケーブルに印された番号を見るしかなかった。NO.6、NO.7、NO.8の ケーブルを見比べてから、私は自動小銃を抱え直した。

「皆と、話したいなぁ」

 物言わぬ三人の警備を行いながら、私は彼らと私を隔てる超強化ガラスのパネルに寄り掛かった。

「まあ、無理か」

 ガラスの内側では技術者達が忙しく立ち回り、例のハッカーが訪れていないかどうかを神経質に 確かめていた。そのざわめきを聞きながら、私は冷たい銃身を指先で少し撫でた。北斗の感触に少しだけ 似ているが、本人とは程遠い。同じ兵器であっても、これは単に弾を撒き散らすだけで、北斗のように 私を好いてくれるわけではない。彼らの機能が解除されて敵をおびき寄せるための餌と化してから、優に 一日半が経過していたが、異変が起きる気配はない。ベガ号の艤装が完了していないからだろうが、何も 変化が起きないと、このまま何も起きずに済んでくれ、と思わずにはいられなかった。敵さえ来なければ、 北斗も南斗もグラント・Gもオーバーホールを済ませるだけで無傷で帰ってくる。けれど、それで済むわけが ない。今までだって、そうだったのだから。

「任務、ご苦労でござる」

 天井がぐにゃりと歪むと、紫の装甲の戦士が上下逆さまにぶら下がっていた。

「…どうも」

 私がちょっと驚きながら挨拶すると、光学迷彩を解除したイレイザーは飛び降りて私の前に立った。

「綿密な情報分析の結果、敵の正体が判明したので報告に参った次第でござる」

「無線じゃダメですか」

「それでは、敵に筒抜けでござる」

 イレイザーは私の隣に立ち、戦士にしては細めの腕を組んで素顔を曝した三機を見下ろした。

「調査、照合、分析の結果、ハッカーの正体とは自己増殖型のコンピューターウィルスでござった」

「ってことは、生き物みたいに成長するコンピューターウィルスなんですか?」

「かなり簡潔に表現すればそうでござる。銀河系には文明の数だけコンピューターとプログラム言語が存在し、 プログラマーの数だけコンピューターウィルスが作成されているのでござるが、今回、地球にて暴れていたのは ネットワークに寄生して情報を取り込んで成長するタイプでござった」

「ああ、ありがちですね」

「ありがちではあるが、難敵でござる。地球上の形成されたネットワーク内部には、今、この瞬間にも 膨大な情報が発信されているのでござる。奴はそれを貪り食い、吸収し、進化を繰り返しているのでござる。 人工衛星を経由して地球上のネットワークに寄生した段階では幼生体だったのでござるが、今では成体へと 成長し、明確な自我を持ち得ているのでござる」

「で、それを倒す方法はあるんですか?」

 それが解らなければ困るのだから。私がイレイザーの横顔を見上げると、イレイザーは答えた。

「厳密には、ウィルスを完全に消滅させるのは不可能でござる。情報をエネルギー源として成長する 過程で無数に分裂し、独自のネットワークを形成して疑似生命活動を行っているのであるからして、どれほど 削除しようとも追い付かないのでござる。かといって、ウィルスを放置しておけば、地球全体はおろか 銀河全体のネットワークを浸食し、破壊する可能性があるのでござる。よって、現段階で全ての情報を 削除せねばならぬのでござるが、ウィルスの情報を圧縮保存するための入れ物が不可欠なのでござる」

「物理的にデータを破壊する、ってことですか」

「いかにも。だが、地球上で使用されているコンピューターの容量は乏しく、拙者が算出した電脳生命体の 情報量を全て保存出来るほどの容量を持ち合わせているのは世界各国の研究機関のスーパーコンピューター、 或いはベガ号の人工知能搭載型制御コンピューター、識別名称・織姫のメインコンピューター、そして」

 イレイザーのゴーグルに、丸裸の三機が映った。

「南斗、北斗、グラント・Gの三機の記憶容量を合計すれば可能なのでござる」

「予備機じゃ、ダメなんですか?」

 私は戸惑いを堪えながら返すと、イレイザーは平坦に述べた。

「人型自律実戦兵器は日々改良を加えられているのでござる。同型機であろうとも、前線で使用されていた 機体の方が格段に性能も良ければ記憶容量の規模も情報処理能力も高いのでござる。よって、彼ら三機には ウィルスが好む情報を与え、ウィルスをおびき寄せて捕獲して保存した後、切り離し、我らの手で大気圏外から投下し…」

「嫌、やめて!」

 それ以上は聞くに堪えられず、私は頭を抱えた。間違っちゃいない、それが正しい、それ以外の方法が ないのは解っている。病原菌の処理と同じだ。だけど、だけど、だけど。

「器を失っても、彼らは死なぬのでござる。それを承知しておられぬわけではなかろう」

「そりゃそうだけど、でも」

 バックアップと予備機さえあれば、三機とも完全に死ぬことはない。大気圏外から地球目掛けて投下されて 大気圏摩擦で燃え尽きたって、北斗も南斗もグラント・Gも何事もなかったかのように復活する。それがいつもの ことだし、当たり前だと解っているけど、怖いものは怖いし嫌なものは嫌だった。

「それが彼らの役割にござる」

 イレイザーは私の様子を一瞥しただけで、また三機を見下ろした。 

「彼らがいなかったとしたら、拙者がウィルスを全て喰らって機体を自壊させていたのでござる。でなければ、 兄者方の誰かがそうしていただけのことでござる」

「でも…」

 私は任務中であることも忘れかけて泣きそうになると、イレイザーは組んだ腕を握る手にやや力を込めた。

「予備機に意識を移し替え、バックアップを用いて人格と自我を再生させても、拙者達はなんら変わることは ないのでござる。いや、変わると思って頂きたくないのでござる。変わらぬことを信じて頂きたいのでござる」

 イレイザーの横顔が、心なしか険しくなった。私は頭を抱えていた手を外し、イレイザーと三機を見た。 そうだよ、不安なのは彼らも同じなんだ。生死の概念が私達とは違っていても、自分を失うことには変わりない。 新しい自分が別の自分になることに慣れていても、不安は付きまとう。自分では変わらないつもりでいても、 変わらないことなどないからだ。だから、信じてもらうしかないのだ。

「ごめんなさい。もう、大丈夫です」

 私は深呼吸してから平静を取り戻すと、イレイザーは僅かに口元を綻ばせた。

「理解して頂けて何よりでござる」

「任務に入る前に、北斗達は何か言っていましたか?」

「礼子どのと海で遊ぶのが楽しみだ、と」

「それだけですか?」

「それだけにござる」

 イレイザーの語気に笑みが混じったので、私も釣られて頬を緩めた。

「じゃ、準備しておきますよ」

 イレイザーは満足げに頷いてから、光学迷彩で姿を消した。そして、足音もせずに立ち去ったらしく、 彼の駆動音も聞こえなくなった。私は少しだけ滲んでしまった涙を拭い去り、再度深呼吸してそれなりに気分を 落ち着けてから、電脳の世界で戦いを繰り広げている三機を見下ろし、冷たく重たい自動小銃を抱えて 気持ちを引き締めた。
 私も私で、頑張らねば。




 翌日の早朝、私達は緊急出動を余儀なくされた。
 高宮重工宇宙事業部所有の島の南南西に百キロ地点に船籍不明の高速艇が出現し、監視衛星 からの映像によれば重武装した戦闘部隊が搭乗しているようだった。民間人のプレジャーボートのように 偽装していたが、甲板には不自然な膨らみを持ったシートが掛けられており、船の沈み方が深すぎた。 よって、朱鷺田隊長の判断の下、私を小隊長とした戦闘部隊が招集された。マシンソルジャー五兄妹は 非常事態であるということで参戦することになったが、有機生命体に対する非殺傷プログラムのために 対人戦闘が不可能なので後方支援に徹することしか出来ず、北斗達がいないのに他の警備員とはろくに 戦闘訓練を行えなかったせいもあり、高速艇への突入は私と北斗達と同型だが人格はまるで持っていない 人型兵器と共に行うことになった。彼らは北斗達とは違い、ゴーグルの形状も違えば顔もマスクフェイスで、 無駄口も叩かず余計なことは何一つ行わないので、やりやすいのだが逆にそれが物寂しかったりもする。 無駄に人命を消耗するよりは良いが、心から背中を預けられる相手がいないのは切ない。
 久々に身に付けたパワードアーマーは、体に馴染む重みと厚みだった。右腕外装に装備された ワイヤーカッターの動作を確認し、パワードアーマーと同じく光学迷彩加工を施した自動小銃にマガジンを 装填し、手榴弾とナイフも確認してから、私はV-22オプスレイの内部で待機している心を持たない部下達と 現場総括のために同乗した朱鷺田隊長、オペレーターの伊原隊員、そしてマシンソルジャー五兄妹を 見渡し、小隊長らしい態度に切り替えた。

「現時刻より、敵船への突入作戦を開始する! 目的はテロリストの制圧と逮捕であり、射殺ではないが、 威嚇、及び自己防衛のための発砲は許可する! 降下順は、私、一号機、二号機、三号機、四号機、五号機。 十五分以内に敵船を制圧せよ! 以上!」

 私は強く言い切ってから、ハッチを開くように合図すると、機体後部のハッチが開いて潮混じりの暴風が 吹き込んできた。普通ならここでロープを下ろしてヘリボーンを行うのだろうが、量産型人型兵器には北斗達と 同じく飛行能力が備わっているので、私は一号機に合図をしてから飛び降りた。パワードアーマーは鋭く風を 切り、眼下にはエメラルドグリーンの美しい海が広がった。このまま落下していけば数十秒後には海面に激突 して全身打撲で死ぬな、とか思っていると、私の腰が量産型一号機の太い腕に抱えられ、彼のブースターと 反重力装置によって落下速度が緩み、急速前進した。敵のレーダーに引っ掛からないようにするために 海面すれすれに降下して飛行した。敵船の使用する周波数を割り出してジャミングを掛けた、との報告が 伊原隊員から飛んできたので、私は返事をしてから一号機に指示を出してプレジャーボートを真っ直ぐ目指した。
 空はまだ暗く、水平線には朝日の切れ端すら窺えない。波飛沫がパワードアーマーのゴーグル部分を 叩いて水滴が付くが、風圧によって千切られて消し飛んだ。南斗と北斗とグラント・Gのいずれかがこの小隊に 加わっていれば誰かしらが余計なことをごちゃごちゃ言っていただろうが、量産機達は良い子すぎてちょっと 物足りなかったが、私は戦闘に集中した。敵の正体は漠然としているが、予想は付いている。高宮重工が 技術提供と出資を断った共産圏の国営企業から派遣された、多国籍の傭兵部隊だ。特殊機動部隊時代にも 何度か小競り合いをしていて、シュヴァルツ工業ほどの規模と資金力はないが侮れない。
 プレジャーボートの甲板が接近し、見張りに立っていた兵士の一人が私達を見咎めた時には私は宙に 身を躍らせていた。一号機の両腕から脱して甲板に飛び降りると、両足を擦り付けて減速してから、銃口を 向けてきたまだ若い兵士に発砲した。マズルフラッシュが迸って鉛玉が散ると、異変に気付いた兵士達が船室から 飛び出してきたが、私は射殺した最初の一人が倒れた瞬間に光学迷彩を作動させて甲板の端を駆け抜けた。 船室に繋がるドアを開けた途端にパワードアーマーの背部に発砲されたが、跳弾した。私は身を反転させて乱射し、 五人の敵を黙らせておいてから船室に飛び込んだ。それぞれの武器を手入れしていた四人の兵士達は、何事かと 腰を浮かせたが、私の姿を見つけられた者はいなかった。迷彩服を着た屈強な男達のぎらついた視線が上がるが、 彷徨うだけだった。私はワイヤーカッターを放ってしなやかに振り、兵士達の戦闘服ごと皮膚と筋肉を切り裂いた。 派手な切り傷を負った手足を庇って崩れ落ちた兵士達の間を更に駆け抜けた私は、下層部の船室に向かった。
 次々に突入した量産機達が戦闘を始めたらしく、そこかしこから銃声が轟いた。が、所詮は量産機なので、 あまり持ち堪えられないらしく、爆砕する音も聞こえた。あまり時間はないと判断し、私は機関室をひたすら目指した。 その間にも何人か射殺し、手榴弾も放り投げ、機関室に入ってプレジャーボートには似付かわしくない高性能な エンジンに手榴弾を放り投げてから全速で離脱した。数秒後、機関室から爆音が轟いてプレジャーボートが 完全に停止した。私は周囲に気を配りながら、自動小銃のマガジンを交換し、呻き声を漏らす兵士達を見回しつつ 船室から出た。甲板では、案の定、量産機の二機が至近距離で対戦車砲を浴びたせいで爆砕していたが、 残りの三機が倒してくれたようだった。対戦車砲を担いだ兵士は胸に風穴を開けられ、首の折れた死体や 顔を撃ち抜かれた死体がごろごろ転がっていた。私は通信状態を確認してから、上空に待機しているオプスレイに 連絡を入れた。
 
「チームからアルファへ。戦闘状況終了、損害二。我々と捕虜の回収を要請する」

『アルファからチームへ。了解。回収機は十五分後に到着する。それまで待機せよ』

「了解」

 私は伊原隊員との通信を終えてから、甲板に転がる死体と死にかけた兵士達を見渡した。

「全く、よくやってくれるぜ」

 突然聞こえた声に私は即座に反応して銃口を上げると、船室の屋根の上にリボルバーが着地した。

「おいおい、俺とやり合う気か?」

 硝煙が漂う銃口と目を合わせたリボルバーが両手を上向けると、私は銃口を下げた。

「一応、まだ戦闘中なので、警戒しておくに越したことはありませんから」

「で、お前一人でこの船に乗っていた連中を全員黙らせたのか?」

「いえ。彼らも戦ってくれましたから」

 と、私が量産機達を示すと、リボルバーは爆砕した二機を見下ろして口の端を引き締めた。

「…すまねぇ」

「これが私達の仕事ですから、気に病むことはありません」

 私は視界の隅に動く影を感じ、開け放したままの船室のドアの陰に隠れていた兵士の足を撃ち抜いてから、 リボルバーにまた向き直った。

「若ぇ頃には、親父が俺達に仕掛けた細工の意味が解らなかったもんだが」

 リボルバーは船室の屋根から飛び降りて甲板に着地し、船全体を揺らしてから、私に歩み寄ってきた。

「今となっちゃ、親父がとんでもねぇ博愛主義者だって思わぁな」

「あなた方はれっきとした兵器なのに、わざわざ人間を殺さないように設定したんですからね」

「ああ。それが面倒だと思ったこともあったが、誰も殺せなくて本当に良かったと思うぜ。そのおかげで、俺は スズ姉さんの顔をまともに見られるんだからよ」 

 リボルバーは敵兵士の手元に転がっていた自動小銃を一挺拾い、握り潰した。

「だが、お前とあいつらは違う。俺達が出来ねぇことを、次から次へとやってくれる」

「気に病みますか」

 私が今し方射殺した兵士の生々しい死体を見下ろすと、リボルバーは口元を歪めた。

「当然だ」

「では、三機を処分する件も」

「当ったり前だ」

 リボルバーはがつんと己の膝を殴り、吐き捨てた。

「あいつらを処分するなんざ、本当なら思考回路に走らせたくもねぇ思考だ。だがな、それ以外にどうにか 出来る手段がねぇんだよ。この星には予備機がまるでない俺達と違って、あいつらにはいくらでも予備機があるが、 だからっつって胸が痛まないわけがねぇだろう。まして、あいつらは…」

「お気持ちはよく解ります」

 私は居たたまれなくなったが、目線は逸らさなかった。リボルバーは顔を押さえ、首関節を軋ませた。

「本当にすまねぇ。人間のお前が割り切れてるっつうのに、機械の俺が割り切れないとはよ」

「私だって、割り切れていませんよ。ただ、ちょっと意地を張れるようになっただけです」

 そうでなければ、どれだけ泣いていたことか。私は視界が歪みそうになったので素早く瞬きしてから、遠方から 聞こえる新たなローター音に気付いて顔を上げた。回収用に手配された大型ヘリコプター、CH−47チヌークが 爆音を散らしながら接近しつつあった。私は自動小銃を振ってみせると、リボルバーも立ち上がって銃身を掲げた。 リボルバーは一足先に浮上して飛び去り、私は無事だった量産機の手を借りて飛行し、下降して接近してきた オプスレイに帰還した。ミネラルウォーターで喉の渇きを癒してから手短な報告を行い、全身を守っていた パワードアーマーを脱ぎ、アンダースーツを緩めた私は、ヘリボーンを行って船に乗り込んできた警備員達に よってチヌークに回収される敵兵達を眺めた。死体と生存者は半々で、生き残った連中から証言を引き出せれば よいのだが、そうは問屋が卸さないのがこの業界だ。取り調べは今回も難航するだろうな、と思いつつ、私は 三機に思いを馳せた。
 三つの流れ星は、この島から見えるのだろうか。





 


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