非武装田園地帯




第二十四話 雪、降りし中で



「本当はね、言おうかどうしようかって迷ったんだ。でも、こういうことはさっさと言っちゃった方がいいと思って」

 百合子は笑顔のままだ。

「手術して半年は入院してなきゃならないから、ムラマサ先輩の卒業式には出られないや。それが残念だな」

「て、ことは、お前…」

 鋼太郎が呆気に取られると、百合子はあっけらかんと言った。

「うん。余命三ヶ月ー。でも、もう一ヶ月過ぎちゃったから、残りは二ヶ月くらいかな。今は十二月の中旬だから、二月の中旬辺りが限界ってところじゃないかな?」

「三ヶ月ー、って、そんなに明るく言うことかよ!」

 鋼太郎は彼女の態度の軽さに苛立ってしまい、声を上げた。だが、百合子は動じない。

「そりゃあ最初は、皆には言わない方がいいかなーって思ったよ。フルサイボーグになる話がなかったら、そのまま余命を全うして死んじゃうつもりでいたよ。でもね、フルサイボーグになれるの。だから、言っておこうと思って」

「なんで、もっと、早くに」

 透は眉を下げ、目元を潤めている。百合子は、笑っている。

「フルサイボーグ化が本決まりするまで、待ってたんだ。フルサイボーグ化するためには、サイボーグ協会の審査が必要なんだよね。審査の申請をしても、すぐに承認されるとは限らないからさ。きちんと承認される前に言っちゃうと、無駄な心配掛けちゃうだけだから。でも、もう大丈夫だから。カルテの審査も、サイボーグ協会所属の特殊外科の先生の診察も終わったし、主治医の先生からの許可ももらったし、全身疑似人体使用者登録もしたし、フルサイボーグ化を承認しましたって手紙が来たし。だからね」

 百合子の明るさに、陰りはない。

「私は死なないの」

「お前なあ!」

 鋼太郎は堪らなくなり、怒鳴った。

「死ぬとか死なないとか、そういう問題じゃねぇよ! なんで、誰にも言わなかったんだよ!」

「だって、言ってもどうしようもないもん」

 飄々としている百合子に、鋼太郎の苛立ちは増した。

「勝手過ぎるじゃねぇか、そんなの! すっげぇ薄情だ!」

「じゃあ」

 百合子は、眉を吊り上げる。

「鋼ちゃんに、何が出来るの?」

 張り詰めた低い声が、病室に響いた。百合子の強い眼差しに、鋼太郎は少しばかり気圧された。

「何って…」

「無理矢理手術して内臓の大半を切除して、人造臓器をごってり入れた変な体になってまで生身で生きろっての? それとも、このまま投薬だけを続けろっての? 私はモルヒネなんて嫌だからね。あんなもの、死んでも欲しくない。それに、痛いのはもう嫌なの。そりゃ、慣れてるけど、好きで痛い目に遭ってるわけじゃないんだよ!」

 百合子の剣幕に、鋼太郎は言い返せなくなった。

「薄情って何のことなの。私は、自分の意思でフルサイボーグになるんだよ? 全部、私が決めたことなんだよ? なんで、そこで鋼ちゃんが怒るわけ? 意味解らないよ! 鋼ちゃんには関係ないじゃん!」

「お前だって、なんで怒るんだよ!」

 鋼太郎は、再び怒りが込み上げてきた。百合子は点滴のチューブが千切れそうなほどの勢いで、立ち上がった。

「怒ってなんかないもん!」

「訳解らねぇのはお前の方だ! オレらは友達だろうが! だったらなんで話さねぇんだ!」

「友達だよ、友達だから言わなかったんじゃんか! それぐらい解ってよ、この馬鹿!」

「馬鹿に馬鹿とは言われたくねぇよ!」

 鋼太郎が百合子に掴み掛かりそうになったので、正弘はいきり立つ鋼太郎を制した。

「その辺にしておけ、鋼。ゆっこも、あんまり興奮すると体に障るぞ」

「あ、あの…」

 透はすっかり怯えてしまい、泣きそうな顔をしている。鋼太郎は肩で息をしていたが、苛立ちは収まらなかった。
腹立たしい。苛々する。解らないのはそっちの方だ。百合子はいつになく怖い顔をして、鋼太郎を睨んでいる。
話さない方が、おかしいのだ。フルサイボーグ化手術は、相当な大事だ。話しておくのが、普通ではないのか。
それ以上に、また百合子が隠し事をしたのだという事実が腹立たしかった。なぜ、いつもそうなってしまう。
正弘への相談の時も、そうだった。百合子は肝心なことを鋼太郎にだけ言わずに、一人で勝手に進めてしまう。
 それでは、何のために自分がいるのか解らない。幼馴染みだから、百合子に最も近い位置にいるはずなのに。
なのに、やけに遠い。正弘を隔てただけの距離しかないのに、百合子との間に深い溝が空いている気がする。
そして、こんなに強く拒絶されたことは今までに一度もなかった。それが、鋼太郎には最も大きな衝撃だった。

「馬鹿野郎」

 鋼太郎はそれだけ吐き捨てると、病室を後にした。あ、と透が引き留める声が背に掛けられたが、振り切った。
どこに行くつもりもなかったが、無性に百合子から離れたかった。苛立ちに任せて、鋼太郎は早足で歩いた。
気付いたら、階段を上へ上へと昇っていた。屋上に辿り着いて扉を開けると、屋上には一面に雪が積もっていた。
 眩しいほどの白と冷え切った風を浴びていると、少しだけ心が冷えた。


 正弘は、少々迷っていた。
 一ヶ谷市立病院には、正弘もサイボーグボディの整備や換装を行うために入院したので、構造は把握している。
なので、道には迷っていなかったが、どこに行くべきか迷っていた。サイボーグの反応を探そうにも、多すぎる。
 院内にいるサイボーグの数は、フルサイボーグに絞っても相当な数がおり、センサーには大量の反応が出る。
サイボーグには、緊急時に個体を判別するためのシリアルナンバーがあるのだが、基本的にそれは秘密だ。
その番号を知り得ているのはサイボーグ本人と、主治医と、緊急時の修理を担当する医療器具会社だけだ。
それを他人に知らせたり、また無理矢理に聞き出したりすることは、サイボーグ規定法に抵触する行為だ。
だから、いくら仲の良い友人とはいえ、鋼太郎のボディのシリアルナンバーを控えることは出来ないのだ。
シリアルナンバーさえ解れば、こちらから送信したサイボーグ間専用電波に、自動的に反応が返ってくる。
その番号を照合すれば、それが本人であることが確認出来たり、また、こちらの現在位置を知らせられる。
 けれど、その方法を使うことを許可されているのは、基本的には自衛隊か警察に所属するサイボーグだけだ。
いくら将来は自衛官になることが決定されているとしても、現在はただの中学生であり、一般市民に過ぎない。
だから、鋼太郎のシリアルナンバーを知ることも、正弘の教えることも、許可されているわけがないのである。
 そういうわけで、今回ばかりは、便利であるはずの対サイボーグ感知用センサーが逆に不便なものとなった。
しばらく、病棟と各科の診察室の間をうろうろしていたが、そのうちにふと思い付いて屋上へと向かった。
これといった、根拠があったわけではない。ただなんとなく、鋼はこっちに行きそうだ、と思ったからだった。
屋上に繋がる扉を開けた正弘は、屋上一面に積もっている大量の雪を見渡していたが、大きな足跡を見つけた。
建物の庇のおかげで雪が積もっていない部分を辿るように歩いていて、扉から建物の後ろに回っている。
正弘は、ここにいてくれたか、と内心でほっとした。やけに大きな足跡の先には、案の定、鋼太郎がいた。
壁にもたれて踞り、虚空を見つめている。銀色の頭部装甲には雪が積もっていて、サイボーグでも寒そうだ。

「鋼。ここにいたか」

 正弘が隣に立つと、鋼太郎はがっくりと項垂れた。

「ムラマサ先輩。なんか、もう、やってらんないっす…」

「ゆっこは普通にしてはいるが、大分堪えている。だから、気が立っていたんだ。許してやれ」

 正弘が諭すと、鋼太郎は頭を抱えた。

「あーもう、マジ情けねー…。何やってんだよ、オレは」

「まぁ、お前の気持ちも解る」

 正弘は鋼太郎の隣にもたれると、延々と雪が降ってくる空を仰いだ。ずしりと分厚い雲が、敷き詰められている。

「でも、ゆっこの気持ちも解らないわけじゃないんだ」

「オレにも、解らないでもないっす。でも、なんか、腹が立って」

「友達だからな」

「そうっすね。ゆっこが怒ったのも、オレがムカついてどうしようもねぇのも、たぶん、それなんすよね」

 鋼太郎は頭部装甲に積もった雪を払い、ゴーグルに付いた水滴を拭う。

「変な話っすけど、友達だからって思えば思うほどおかしくなっちまうんすね」

「ああ、全くだ」

「ムラマサ先輩は、平気っすか? ゆっこが、フルサイボーグになっちまうのって」

「平気、というわけにはいかないな。いくらオレ達がフルサイボーグでも、ショックなものはショックだ」

「今になって、銀の気持ちがよーく解るっすよ。ホント、今更って感じっすけど」

「だな」

 正弘の相槌は、既に膝上丈まで積もっている雪に吸い込まれた。雪は音を吸い、静けさを生み出してくる。
香川からこちらに越してきて最初に迎えた冬、あまりの雪の多さに戸惑って、何度も転んだことを思い出した。
歩こうにも上手く歩けずに、足を取られて至るところで転び、歩道橋の階段を十数段ほど滑り落ちた覚えがある。
その時は外装交換だけで済んだのだが、サイボーグじゃなかったら死んでたわよ、と静香に大いに笑われた。
夏場は良く聞こえていた電車の音も今は遠いが、その代わり、病院前の道路を通る除雪車の音が聞こえてきた。
じゃりんじゃりんじゃりん、とチェーンを付けたタイヤを盛大に回転させていて、エンジン音は荒々しく力強い。

「鋼」

 正弘は、胸が締め付けられる思いだった。

「自分でなんとかしろよ。全部、お前の責任だからな」

 これは、鋼太郎と百合子だけの問題だ。横から余計なことをしたら、変にこじれて面倒なことになるだけだ。
身を引くと決断したのだから、これ以上深入りはしないべきだ。本音を言えば、百合子の味方になりたかった。
だが、それでは鋼太郎ばかりが責められてしまうことになる。友人としては、さすがにやりたくなかった。

「そうっすよね」

 鋼太郎は、顔を上げた。

「早いとこ、謝らねぇと」

 そのついでに、ショートカットも似合うと言っておこう。長い髪を見慣れていたから、違和感を感じてしまったのだ。
だが、よく見てみればそれほど悪いものでもない。鋼太郎は、どうやって百合子に謝ろうかと必死に考えた。
考えれば考えるほど深みに填っていって、おかしな方向に逸れてしまいそうになり、だんだんうんざりしてきた。
 下手な小細工などしないで、素直に謝ってしまおう。それが一番だ、と鋼太郎は立ち上がり、雪を鷲掴みにした。
何をするんだ、と正弘から問われたが、鋼太郎は答えずに投げた。真っ直ぐ飛んだ雪玉は、フェンスに命中した。
がしゃっ、と金属の揺さぶられるけたたましい音がし、雪玉は砕け散った。少しだけ、気持ちが落ち着いた。
 二球、三球、四球、五球。投げても投げても一直線に突き進むばかりで、変化球など一つも投げられなかった。
だが、それでいいのだ。所詮、ノーコンはノーコンなのだから。鋼太郎は気分が晴れるまで、雪玉を投げ続けた。
 合計で、二十八球投げ込んだ。





 


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