目的のマルスパークは、イクウェーターエリア内のリニアラインを三路線乗り継いだ先にあった。 火星基地の点在するテーマパークの中でも最も規模が大きく、アトラクションも最新設備が取り揃えられている。 惑星の地表に造られた娯楽施設なので、空間が限られているコロニー内に作られる娯楽施設よりも広大である。 古典的なジェットコースターなどの乗り物だけでなく、高度な科学技術を用いた体験型アトラクションも数が多い。 いつの時代でも、人間は娯楽を求める。そのためだけに追求された技術が、嫌と言うほど使われている空間だ。 アドベンチャーシナリオを疑似体験するアトラクションでは、ネットゲームに用いる意識直結技術を応用させている。 そのため、シナリオを体験している最中は五感の全てがヴァーチャル空間に入り、生々しい体験が出来るのだ。 乗り物も重力制御を行っているために無茶苦茶な動きが出来るマシンばかりで、安全な危険を味わえるのである。 だが、日々命の危険に曝されながら生活費を稼いでいるマサヨシには、特に興味を惹かれるものではなかった。 何百万年も戦い続けていたイグニスもトニルトスも似たようなもので、皆と共に入場したはいいが無反応だった。 しかし、他の三人は別だった。入場するや否や、当初の目的を忘れたかのようにアトラクションに目を奪われた。 「みゅわーん、なんですかぁここぉ! 凄いですぅ、面白そうなのが一杯ですぅー!」 ミイムはスカートがめくれ上がってしまいそうなほど激しく尾を振っているので、マサヨシは冷や冷やしていた。 金色の瞳は恍惚としていて、アトラクションを彩るイルミネーションや人工の空に映る派手な映像に見入っている。 「ショーが終わったら手当たり次第に乗るっすよー、そのためにわざわざフリーパスを買ったんすからね!」 ヤブキはやたらと力みながら、情報端末から園内見取り図のホログラフィーを展開している。 「ねえねえパパぁ、一緒に行こうよぉ!」 ハルはマサヨシの手を引っ張ってはいるが、今にも駆け出してしまいそうだった。 「で、なんで俺達までここに入るんだよ? 乗れもしねぇのに入場料取られるなんて、馬鹿げてるぜ」 いつになくテンションの高い面々を見下ろしながら、イグニスが首を捻った。トニルトスは頷く。 「うむ。これらの娯楽施設はこの星系の連中に合わせた大きさなのだから、私達が遊ぶことなど出来ない。というか、それ以前に貴様らと共に遊ぶなど言語道断だ。誉れ高きカエルレウミオンの名が廃る」 「みゃあーん! あれ、あれに乗りましょうよぉ!」 ミイムは尾だけでなく長い耳もぱたぱたと揺らしながら、電磁レールの上を高速移動するコースターを指した。 「いやいやいや、ここはまず一週間前から稼動し始めた新作に行ってみるっすよ!」 ヤブキは、ミイムの指した乗り物とは反対方向にある体験型アトラクションを指した。 「違うよぉ、観覧車だよー!」 ハルは二人の意見を遮り、一際目立つ超巨大観覧車を指した。 「その前に、ムラサメだろうが」 マサヨシが三人を宥めると、サチコが園内見取り図のホログラフィーを浮かび上がらせ、目的地を指し示した。 〈ムラサメのショーが行われるステージは、ここから十キロ離れた屋外ステージよ。まずはそこに行って、入場して、ムラサメのショーを堪能してから遊ぶべきね〉 「俺達もムラサメを見るのか?」 イグニスが自分とトニルトスを示すと、マサヨシは笑った。 「お前らの図体だったら、入場しなくても見られるから却って好都合じゃないのか?」 「興味がない。私は行かんぞ」 トニルトスがそっぽを向くと、ハルが拗ねた。 「トニーちゃんも一緒に来てくれないとやだー! その方がもっと面白いもん!」 「おらおら連行だぁ! ハルが喜ぶんだったらなんだってしてやるぜぇ!」 すると、途端にイグニスが張り切ってトニルトスを担ぎ上げ、駆け出した。 「まっ待て、待たんかルブルミオン! なんたる屈辱だ!」 トニルトスはイグニスの頭上で暴れるが、彼の両手に首の後ろと股間を掴まれているので、身動きが取れない。 仰向けにされた状態で豪快に輸送されていくトニルトスを見送ってから、マサヨシは家族と連れ立って出発した。 イグニスのせいで良い晒し者になってしまったトニルトスは、他の家族連れや恋人達から熱い注目を浴びていた。 中には新手のアトラクションだと思う者もいたらしく、子供だけでなくその親も興味深げに二人の姿を眺めていた。 二人に対して少々不安を抱きながら、マサヨシは家族を引き連れて屋外ステージに近い路線のトラムに乗った。 なんだかんだ言って、マサヨシもショーが楽しみだった。 そして、一時間後。 ニンジャファイター・ムラサメのショーが行われる屋外ステージの観覧席には、一万人もの観客が入っていた。 ステージを取り囲むように扇形に展開された観客席には、マサヨシらのような家族連れだけでなく大人も多かった。 ヤブキのような人種が大半かと思いきや、女性の組み合わせも多く、彼女達は訳の解らない言語で会話していた。 番組本編はともかく、その辺りの事情は疎いので、イグニスはぼんやりしながら人間達の会話を聞き流していた。 イグニスの隣で、トニルトスは膝を抱えていた。イグニスに担がれて引き回されたのが堪えたようで、黙っている。 イグニスには何がそんなに恥ずかしいのかは解らなかったが、トニルトスはとにかく恥ずかしかったのか大人しい。 これはこれでやりやすい、と思いながら、イグニスはステージを見下ろした。案の定、機械生命体は楽に覗けた。 二人がいる位置は、ニンジャファイター・ムラサメのショーが行われる屋外ステージを囲むフェンスの外側だった。 フェンスの高さは2.5メートルなので、身長が4メートルのイグニスと4.2メートルのトニルトスには関係なかった。 係員も最初は咎めてきたが、二人の体格を見て言うだけ無駄だと解ったのか、なんとなく許されてしまったらしい。 「おい、始まるぜ」 イグニスがつま先でトニルトスの後頭部を小突くと、トニルトスは渋々顔を上げた。 「…ふん」 二人の視線の先にあるステージには巨大なタイトルロゴと共にセットの背景が並び、手狭な戦場を造っていた。 番組のセットに比べるとさすがに安っぽかったが、特殊効果用のホログラフィック装置がステージ前に並んでいる。 映像の編集で行えない特殊効果は、ホログラフィーで行うらしい。その効果がなければ、ひどく地味に違いない。 開演時間になり、観客達のざわめきも落ち着いてきた。すると、ステージにマイクを持った司会の女性が現れた。 「皆さーん、元気ですかぁー!」 元気良く声を上げた司会の女性は、波打った赤毛の髪で緑色の瞳が特徴的な派手な衣装を着た少女だった。 彼女の呼び掛けに、子供達のはしゃいだ甲高い声でだけでなく、いやに情熱的な野太い男達の声も返ってきた。 「本日はマルスパークに御来場頂き、誠にありがとうございまーす!」 司会の女性は大袈裟にも思える身振りで、観客達へと礼をした。 「司会を務めさせて頂くのは、アル・マイトことキャロライナ・サンダーです! どうぞよろしくお願いしまぁーす!」 キャロライナが大きく手を振ると、またもや歓声が返ってきた。アル・マイトとは、ムラサメの登場人物の名だ。 一般市民の少女でニンジャファイター達とは友人同士なのだが、事ある事に騒動に巻き込まれてしまう少女だ。 誘拐されたり、殺されかけたり、監禁されたり、改造されそうになったり、宇宙の果てに捨てられそうになったりと。 彼女がひどい目に遭うのはお約束なので、被害に遭わないとニンジャファイター達は出動出来ないとも言われる。 そのくせ、アル・マイトは妙な根性があるので、ニンジャファイター達との付き合いは止めないのでまた被害に遭う。 だが、今となっては被害に遭うシチュエーションがギャグと化しているので、欠かせないキャラクターなのである。 「それでは皆さん、お待たせしました! 宇宙の平和を守るサイボーグ戦士、ニンジャファイターを呼びましょう!」 せーの、とキャロライナがマイクを観客へ向けると、ニンジャファイター、と掛け声が津波のように沸き上がった。 すると、ステージの両脇に設置されたスピーカーから番組主題歌が流れ出し、特殊効果のレーザーが放たれた。 キャロライナと入れ替わりにステージに飛び込んできたのは、鎖鎌を担いだ元気一杯の少女、鎖鎌のユリカだ。 「やっはー! 皆元気ぃー!?」 戦闘服にしては露出の多い強化装甲服を着たユリカが観客席へウィンクすると、またもや歓声が溢れ出した。 特に多いのが、男性ファンの声だった。子供達の屈託のない声を掻き消してしまうほど強烈で、音量も凄まじい。 「おう! 今日は楽しんでいってくれよな!」 ユリカとは反対からステージ上に昇ってきた大柄な戦闘サイボーグ、コウノスケは二本のクナイを掲げた。 「えっと、その、よろしくお願いします」 ユリカと同じ方向からステージに昇ってきた小柄なメガネの少女、トオリは薙刀を横に持って観客席に一礼した。 残るはリーダーのムラサメだけとなったが、ステージに昇ってくる気配がなかった。三人も、辺りを見回している。 演出だと解っていても、見ている方は気になるものである。イグニスも、釣られてムラサメの姿を探してしまった。 すると、観客席の中から声が上がった。同時に三人が同じ方向を見上げたので、視線を向けるとムラサメがいた。 背中に二本の刀を背負った戦闘サイボーグ、ムラサメは屋外ステージから離れたアトラクションの屋上にいた。 ムラサメは一度膝を曲げ、力強く建物の屋根を蹴った。そのままイグニスらの頭上を越え、ステージに着地した。 それも、三人の仲間達の目の前に。今まで以上に凄まじい歓声と拍手が爆発する中、ムラサメは立ち上がった。 「ニンジャファイター・ムラサメ、ここに見参!」 ムラサメがいかにも忍者らしいポーズを決めると、他の三人もおのおのの決めポーズを取った。 「しっかし、らしくねぇなぁ、ムラサメ。リーダーのお前が、一番最後に来るなんてよ」 全員が決めポーズを解除してから、コウノスケがムラサメを茶化した。 「きっとムラサメ先輩には退っ引きならない事情があったんだよ。コウちゃんなんて、いっつも私との約束の時間に遅れてきちゃうんだから、人のこと言える立場じゃないじゃんかー」 ユリカがコウノスケににじり寄ると、コウノスケは強く言い返す。 「馬鹿、違ぇよ! 遅れてくるのはお前の方だろうが、ユリカ! 一週間も前から約束してたくせに、当日になったら一時間も遅れて約束の場所に来やがったじゃねぇか!」 「デート前の女の子は、色々としなきゃならないことがあるんだもん。時間が掛かっちゃって当然なの。そういう時は、俺も今来たところだーって言うのが女の子へのエチケットだよぉ、コウちゃん」 ユリカがにやけると、コウノスケは大袈裟にため息を吐いた。 「あーのなー…」 「ですけど、ムラサメ先輩は、約束の時間に、遅れたりは、しませんよね?」 トオリがムラサメに向くと、ムラサメは頷いた。 「それはリーダーとしてだけではなく、人として当然のことだ。何事も五分前行動だ」 「えっと、ですから、今日の遅刻には、きっと、理由があったんですよ。例えば、マスター・シズナが二日酔いだった、とか、マスター・シズナがまた寝坊した、とか、マスター・シズナがムラサメ先輩の作った朝ご飯にケチを付けた、とか、マスター・シズナが午前様だった、とか…」 トオリのフォローにならないフォローが延々と続きそうになったので、ムラサメは彼女の肩を叩いた。 「いや、そうじゃない。確かに、今までにはそんなことがあったかもしれないが、今日は違うんだ」 「んじゃ、なんだってんだよ」 コウノスケに問われ、ムラサメは答えた。 「実は、ここへ来る途中で鉄扇のヴォルフラムが放った下忍軍団と一戦交えたんだ。だから遅れてしまったんだ」 「ヴォルフラム、と、ですか?」 大きなメガネの下で、トオリの眼差しがすっと冷えた。ムラサメは背中から、愛刀・ムラマサを二本抜く。 「ああ、そうだ。だから、気を付けろ。俺は巻いたつもりだが、奴らはしつこいからな、すぐ傍に来ているかもしれん」 「そうだよねー、ヴォルフラムってばトオリちゃんがいればどんな場所にだってすぐに駆け付けるしぃ、トオリちゃんを狙ったいやらしくてねちっこい作戦を立てては襲ってくるしぃ、ぶっちゃけストーカーと違う?」 ユリカの軽口に、トオリは苦笑いを浮かべた。 「そう言われると…そう思えてきちゃいますね…」 「ま、暴れられるんだったらなんだっていいけどな」 コウノスケは腰からクナイを抜き、叩き合わせて鳴らした。ユリカも、鎖鎌の先に付いた分銅を回している。 「トオリちゃんの貞操のためにも、女性の敵はやっつけちゃうぞ!」 「なんでストーカーが疑惑から決定事項になっているんだ?」 敵ながら少々同情する、と付け加えてから、ムラサメは刀を構えた。トオリは神妙な顔になり、薙刀を構える。 「ヴォルフラムとの決着は、いずれ、付けなきゃ、いけませんから」 ステージに、沈黙が流れた。BGMも明るく激しい主題歌から、重々しい深刻そうな音楽に切り替えられていた。 観客席に、緊張にも似た期待感が広がっていった。イグニスとトニルトスも、いつのまにか物語に見入っていた。 そして、BGMが途切れた瞬間、巨体のサイボーグがムラサメと同じように飛び降り、ステージ中央に着地した。 「我が名は鉄扇のヴォルフラム!」 分厚い装甲を肩に載せ、長いマントを翻した、覆面に似た形状のフェイスパターンの屈強なサイボーグだった。 その両手には、大人の身の丈ほどの長さはありそうな鉄板を重ねて作られた、強大な殺傷兵器が握られていた。 「ここで会ったが一万年、今日こそ貴様らニンジャファイターを滅ぼしてくれようぞ!」 ヴォルフラムの掲げた鉄扇が上げられると同時に、ユリカが悲鳴を上げた。 「ストーカー来たぁー!」 「だぁれがストーカーだっ! 私は気高きダークネスサムライの戦士にして勇士、鉄扇のヴォルフラムだ! 貴様らのようなガキに興味を抱くほど落ちぶれてはいない!」 激昂するヴォルフラムに、ムラサメは鋭利な切っ先を二つ向けた。 「ならば、大人しくその首を渡せ、ヴォルフラム。これまでにお前がしてきた悪事の数々を、お前が奪った命の数々を、そして俺の仲間達に付けた傷の全てを、俺は忘れてはないからな」 「私もそちらの方が好みだ。愚にも付かぬ言葉を吐き付け合うよりも、拳と拳で語り合う方が余程心地良い!」 ヴォルフラムが両手を上げると、ばしゃん、と勢い良く分厚い金属が広がり、見るからに凶悪な鉄扇が現れた。 ムラサメが斬り掛かるより速く、ヴォルフラムは鉄扇を振り抜く。動きの速いムラサメに対し、ヴォルフラムは重い。 ユリカの鎖鎌に腕を取られようと、コウノスケの荒っぽい攻撃に襲われようと、トオリの刃を受けようと、怯まない。 これは所詮ショーだと解っているし、皆が皆役者で決められたことをしているだけだが、生で見ると迫力がある。 特に悪役のヴォルフラムの存在感は絶大だった。重厚でありながら凶暴だが、戦いに命を捧げた不器用な男だ。 だが、その性格は己の力に溺れ、力以外の価値を見出せない。故に正義のニンジャファイターが引き立っている。 ヴォルフラムは戦士としては誇り高いかもしれないが、人間的価値は低い。だからこそ、悪役たり得ているのだ。 イグニスは、いつのまにか己をヴォルフラムに重ねていた。トニルトスもそうらしく、ヴォルフラムを見つめていた。 ヴォルフラムは、ニンジャファイター達を倒してその胎内の動力源を奪う、と息巻いているが彼は決して勝てない。 悪役とは、正義とは何か示すために作られた存在である以上、ヴォルフラムが勝利を手にすることは有り得ない。 そして、力を求めた末に待っている末路も決まっている。だから、二人はヴォルフラムが他人とは思えなくなった。 たかがヒーロー物だ、下らない虚構だ、結末の見えているフィクションだ。だが、だからこそ、自分を投影出来る。 戦争に始まり戦争に終わった惑星フラーテルにはなかった文化だが、あれば何か違ったかもな、と思っていた。 もっとも、今となっては手遅れだが。 08 7/15 |