アステロイド家族




祝言醜聞



 結婚式とは、その世界の文化が如実に表れる儀式だ。
 神の前で永遠の愛を誓うのだから、宗教的な側面が大きい。ミイムの母国、コルリス帝国でも同じことが言える。
ミイムと名乗る前は皇太子だったので、他国の王族の結婚式や貴族の結婚式に来賓として招かれて、出席した。
 惑星プラトゥムは宗教の幅はあまり広くなく、原住民族は動物から進化した獣人なので自然を何より尊んでいる。
神々の言葉を伝えるとされている巫女や神官は、植物の意志を感じることの出来る超高感度のテレパスなのだ。
数多の植物に宿る命は全て神の命の欠片だと捉え、大地は神の御身だと捉え、空は神の住まう世界だと捉えた。
森羅万象の全てが神であるため、結婚式で永遠の契りを誓う相手も、神の化身とされている植物の一部だった。
だが、新人類ではそうではないらしい。民族は統一されても宗教の自由は認められているから、なのだそうだ。
 だから、これもまた宗教の自由なのだろう。花嫁は真っ白な着物を着て、不思議な形状の白い被り物をしている。
その被り物の下には彼女の髪色に近い色合いのかつらが被せてあったのだが、よく解らない形に結われていた。
結われた髪には金で出来た細長い装飾品が刺され、穢れのない白に映えている。ブンキンタカシマダ、だそうだ。
意外なことに、着付けたのはヤブキだ。着物と紋付き袴は、アウトゥムヌスがどこからともなく持ってきたそうだ。
なぜ彼がそんな特殊技能を持ち合わせていたのかは謎の中の謎だが、着崩れもなく、帯も綺麗に絞めてあった。
 文金高島田を着付けられたアウトゥムヌスは、テーブルとソファーが出されたリビングにちょこんと正座していた。
右隣には、黒の紋付き袴を着たヤブキが正座していた。体格が良すぎるからか、似合うようで似合っていない。
背後には、巨体の割に手先が異様に器用なトニルトスに作ってもらった金屏風が立てられ、様にはなっている。

「なんで文金高島田なんだ?」

 リビングに入ってきたマサヨシは、和装の新婚夫婦を見下ろした。

「そうなんすよねー、不思議なんすよー。ていうか、この家紋って、よく見たら葵の御紋じゃないっすか。世が世なら、恐れ多すぎて打ち首獄門レベルっすよね」

 ヤブキは膝を崩して胡座を掻くと、古めかしい家紋が入った紋付きの袖をつまんで広げた。

「オイラがインテゲル号に積んで持ってきた荷物の中には、こんなの入ってなかった気がするんすけどねー。でも、バニーの時もこんな感じだったんで、まあいいんじゃないっすか? 特に害があるわけじゃないんすから」

「害はないが、疑問は持て」

 マサヨシはへらへらと笑う新郎を制してから、二人の背後の金屏風に隠れている掃き出し窓を指した。

「お前が買ってきた一斗樽は庭先に出しておいたが、本当にあんなものを割るのか?」

「そりゃ割るっすよ、祝い事っすから。本当はインテゲル号のために買ったんすけど、この際どっちでもいいっす」

「俺も日本酒は好きだが、アルコールが強いのがなぁ…」

 香りが飛ぶ前に飲み切れるかな、とマサヨシが呟くと、アウトゥムヌスは紅を差した薄い唇を開いた。

「大丈夫。問題はない」

「オイラはアルコールの分解機能を高めてあるんでそんなに酔わないっすし、何日か掛けて飲めば平気っすよ」

 胸を張ったヤブキに、マサヨシは釘を刺した。

「だからといって、過信するなよ。お前みたいなのが暴れたら、手が付けられなくなる」

「あー、それひどいっすねー。オイラは正体なくすほど飲まないっすよー」

 心外だと言わんばかりに、ヤブキは不満げに零した。その会話を聞き流しつつ、ミイムは調理を続けていた。
あの胸焼けに似た不快感は、まだ消えていなかった。それが料理に出ないように気を付けるのが、大変だった。
料理ほど、作り手の感情が染み込むものはない。刺々しい気分で作ると、出来た料理の味も変に辛くなってしまう。
だから、これは嬉しいことなのだと考えて笑顔を作りながら料理に励んだが、気を抜くと不快感が込み上げてきた。
 冷蔵庫にはまだ段を重ねていないウエディングケーキが入り、オーブンではメインの料理が焼き上がっている。
庭先には一番大きなテーブルを出して白いテーブルクロスを掛け、花も飾り付け、それらしい雰囲気に仕上げた。
パーティが始まって皆が喜ぶ様を見るのが楽しみだと思う反面、さっさと終わってしまえ、と思っている自分がいる。
後者は単なる悪意か、それとももっとタチの悪いものなのだろうか。ミイムはオーブンを見つめながら、嘆息した。
 悩みすぎて、料理の選択を間違えた。




 庭先のテーブルに並ぶのは、大判のピザだった。
 手製のパイ生地の上にはトマトソースが塗られ、様々な具がトッピングされ、チーズがぐつぐつと沸騰している。
しかも、一枚ではない。ノーマルなサラミとピーマンのピザに始まり、トマトがメインのピザ、シーフードのピザと続く。
クリームソースにコーンを散らした子供向けの味のピザもあるが、全てのピザがLサイズよりも一回り以上大きい。
 パーティ料理としては間違っていないし、至極真っ当だとは思う。フレンドリーな結婚式ならば、充分有りだろう。
だが、新郎が紋付き袴を着て新婦が文金高島田を着ているとなると、どちらの存在もぶつかり合ってしまっている。
これには、さすがのヤブキも言葉を失っていた。大量の出来たてのピザを凝視していたが、乾いた笑いを零した。

「十代で突然変異体で忍者な亀は大喜びっすね」

 アウトゥムヌスは熱々のピザへ手を伸ばそうとしたが、真っ白な振り袖がテーブルに引っ掛かり、手を止めた。
振り袖とピザの位置関係を見比べていたが、普通に手を伸ばせば、ピザの中に袖が入ってしまうのは確実だ。
だから、片方の袖を押さえてもう一方の手を伸ばそうとしたが、今度はもう一方の手の袖が垂れ下がってきた。
このままでは、白い着物が汚れてしまう。だが、食欲には従うべきだ。アウトゥムヌスは、じっとピザを睨み付けた。
ピザに手を付けるに付けられない新婦の様子に気付いたヤブキは、アウトゥムヌスの振り袖を、軽く持ち上げた。

「後でたすきとか前掛けとか持ってくるっすよ。そうすれば、着物が汚れなくて済むっすよ」

「解った。それまで堪える」

 アウトゥムヌスは少々不満げに、眉を顰めた。着付けに時間を取られ、朝からろくに食べていないからだろう。
その点については彼女を着付けたヤブキも同じだが、フルサイボーグと底なしの食欲を持つ彼女では訳が違う。
本当なら今すぐにでも食べてしまいたいのだろうが、我慢してくれているのだ。そう思うと、申し訳なくなってきた。
一通りのことが終わったら、存分に食べさせてやらなくては。ピザでもサラダでもウエディングケーキでも何でも。
 けたたましい金属音が撒き散らされ、徐々に家へと近付いてきた。その音の主は、イグニスとトニルトスだった。
腰に結んだ数本のワイヤーにスクラップを下げた二人は家に戻ってくると、今度は家の周辺を駆け回り始めた。
二人の姿が近付くたびに騒音も近付き、金属音が激しくなる。それが五回も続いた後、イグニスは立ち止まった。

「これに何の意味があるんだよ!」

 イグニスは騒音を発生させていたスクラップを指し、叫んだ。その背後で止まったトニルトスも、激昂する。

「このような愚行を強要されるとは、屈辱の極みだ!」

「オープンカーがないからっすよ」

 本当は空き缶を引き摺るんすけどね、と笑ったヤブキに、二人は詰め寄った。

「てぇことは何か、俺達はクルマの代わりかよ!?」

「誇り高きカエルレウミオンの戦士を単なる輸送車両と同等に扱うとは、貴様、身の程を弁えんか!」

「何か違う…」

 ヤブキに文句を吐き出す二人を見上げ、マサヨシは頬を歪ませた。自分の知る結婚式は、こんなことはしない。
ヤブキなりに知識があるのだろうが、全てがずれている。すると、ヤブキはおもむろに新婦の着物の裾を広げた。
 純白の着物と襦袢の下から現れた白い太股には、着物では絶対身に付けないはずのものが付けられていた。
それは、白いレースのガーターベルトだった。ヤブキは新婦の裾に頭を突っ込むと、マスクにそれを引っ掛けた。
アウトゥムヌスはヤブキの頭が下がるに連れて足を上げていくので、当然裾が乱れて、中身が見えそうになった。
マサヨシは居たたまれなくなって背を向けたが、ヤブキは続行し、新婦の左の太股からガーターベルトを外した。
セオリーには則っているが、真っ昼間にしては淫靡だ。マサヨシは複雑な思いを感じつつ、二人に振り返った。

「終わったか?」

 ヤブキはマサヨシに背を向けると、新婦の体温の残るガーターベルトを肩越しに投げつけてきた。

「んでは、ガータートスを」

 反射的にそのガーターベルトを掴んでしまったマサヨシは、家長の威厳を保つために声を荒げた。

「着物でガーターベルトを付けるな! それ以前に、新婦の裾をみだりに乱すな!」

「案外いけるっすよ?」

「何がどういけるのか説明しないでくれ」

 マサヨシはため息混じりにぼやいてから、赤と青の人型オープンカーを見上げた。

「お前らも、役目が終わったんならさっさとそのガラクタを外してこい。うるさくて敵わないんだ」

「言われなくても外してくるさ」

 あーうぜぇ、と毒突きながらガレージに向かうイグニスに、トニルトスも続いた。

「屈辱だ…」

「うわぁ、マサ兄貴が受け取ってどうするんすか! それじゃマサ兄貴が次の花嫁ってことになるっすよ!?」

 やけに派手な身振りで、ヤブキはマサヨシの手中にあるアウトゥムヌスが付けていたガーターベルトを指した。
これ以上調子に乗らせるのは良くない、とマサヨシは彼に背を向けて、ガーターベルトをポケットに押し込めた。

「ベタなことを言うんじゃない」

〈あっ、相手は誰なのよぉー!?〉

 すると、サチコのスパイマシンがマサヨシの顔面に飛び込んできたので、マサヨシは彼女を受け止める。

「お前も真に受けるな。そんなわけがないだろう」

「ぱーぱぁ、ケーキまだぁ?」

 子供用の椅子に座っているハルは、退屈そうに足を揺らしていた。

「ケーキはまだ冷蔵庫の中だ。秋になったとはいえ、日差しはまだ暑いからクリームが溶けるんだ」

 マサヨシはハルにそう言ってから、掃き出し窓を開けてリビングに顔を入れ、キッチンへと声を掛けた。

「ミイム、そろそろ始められるか?」

「でぇーいじょーぶでぇすよぉ」

 キッチンから顔を出したミイムは、サイコキネシスでコップを浮かばせていたが、マサヨシの手元に飛ばした。

「お前の方が大丈夫なのか?」

 人数分のコップを受け取ったマサヨシが聞き返すと、ミイムはけっと吐き捨てた。

「ボクはいつだってまともですぅ、まともじゃねぇのはアンチキショウですぅ」

「…そうか」

 マサヨシは曖昧に返し、リビングから出て窓を閉めた。だが、彼の表情は不機嫌極まりなく、まともには見えない。
機嫌が悪いのは昨日からだったが、明らかに悪化している。原因は解り切っているが、本人は認めようとしない。
ハルの次に執心していたアウトゥムヌスが、ヤブキと結婚したのが面白くないのだろう。まるで幼い子供のようだ。
 言いたいことがあるなら、素直に言えばいいのに。いつものミイムであれば、暴言と共に彼にぶつけるはずだ。
しかし、今回はそんなことはせずにひたすらヤブキを遠ざけて料理に没頭し、現実逃避をしているかのようだった。
けれど、それではストレスが溜まる一方だろう。まずいことにならなきゃいいんだがな、とマサヨシは懸念を抱いた。
結婚祝いのパーティなのだ、平穏に終わりたい。だが、それが無駄な思いだとマサヨシは身に染みて解っていた。
 そんな願いは、叶った試しがないのだから。




 宴の序盤は、それなりに平穏だった。
 神式のようなのだが、神主も巫女もいないので自己流にも程がある三三九度を終えると、鏡開きも行われた。
ヤブキのハンマーで蓋を叩き割られた酒樽は一斗樽なので、中身の日本酒も大量で酒の匂いも充満していた。
マサヨシも日本酒を少しでも消化するために、升に注いだ日本酒を飲んでいたが、いくら飲んでも減らなかった。
 上座に並んで座っている新郎新婦は、一通りの儀式が終わると、Lサイズよりも大きいピザを食べ始めていた。
アウトゥムヌスはヤブキの手でたすきと前掛けを掛けられ、化粧が落ちることも構わず黙々とピザを囓っている。
ヤブキもたすきを掛けて袖を上げ、ピザを食べている。おかげで、五枚もあった大きすぎるピザが減っていった。
マサヨシもハルも食べることには食べたが、とにかく量が多かったので、一日で食べきるのは無理だと思った。
だが、この分だと日本酒とケーキ以外は残らずに済みそうだ。マサヨシは日本酒を傾けつつ、ミイムに向いた。
 ミイムは、やはり不機嫌だった。ハルの相手や世話はするが、雑談には混ざらずに機械的に食べ続けていた。
アウトゥムヌスならいざ知らず、あのミイムだ。鼻に突くほどのぶりっこなお喋りが始まらないのは、珍しかった。
頬杖を付いてあらぬ方向を睨んでいる美少女の如き美少年は、マサヨシに気付くと、金色の瞳を向けてきた。

「なんですかぁ、パパさん」

「いい加減に機嫌を直せ」

 マサヨシが言うと、ミイムは唇を歪めた。

「ボクのどぉーこが不機嫌だってんですかアンニャロー、そんなわけがなぁーいじゃないですかぁコンチクショウ」

「それで上機嫌だったら気持ち悪いんだが」

 マサヨシはミイムの空になったコップにオレンジジュースを注ぐと、ミイムはそれを一息で飲み干した。

「だってぇ、絶対に認めたくはないですけど、祝いの席じゃないですかぁテヤンデェ。ボクはれっきとした成人なんですしぃ、そんな席なんですからぁ、一応はいい顔しなきゃいけないんですぅベラボウメ」

「言いたいことを言った方が楽になると思うがな」

 マサヨシはミイムのコップにもう一度お代わりを注ぐと、ミイムはそれもまた一気に飲み干した。

「あーんな底辺野郎に言いたいことなんかあるわきゃねぇだろスットコドッコイですぅ」

 そうは言いながらも、ミイムの視線は二人に向いた。ミイムの横顔に、なんともいえない複雑な表情が浮かぶ。
悔しいような、それでいて切ないような、だがどこか悲しいような。ママとしての顔ではない、年相応の少年の顔だ。
切っ掛けさえあれば言い出せるかもしれないが、ヤブキはアウトゥムヌスに集中していてミイムには気付かない。
アウトゥムヌスもまた、黙々と料理を食べているだけだ。だが、マサヨシが間に入ったら尚更こじれてしまうだろう。
しかし、放っておくのも気分が悪い。マサヨシが考え込んでいると、ミイムの手が日本酒が入った升に伸びていた。

「あ、おい」

 マサヨシが止めるよりも先に、ミイムは喉を鳴らして飲み干してしまった。

「ちょっと構成成分は違うけど、ボクの星にもお酒ぐらいありますぅ。でもって、飲んだことぐらいありますぅ」

「そんなに強い酒を一気に飲むと体に悪いぞ」

「らぁーいひょうぶにきまってんらろうがスカタン」

 だが、もう呂律が怪しかった。マサヨシが不安を感じていると、ミイムはゆらりと髪をなびかせて宙に浮かんだ。
既に酔いが回っているのか、サイコキネシスが不安定になったらしく、ミイムの体はふらふらと左右に揺れている。
下ろした方がいい、と判断したマサヨシは足を掴もうとしたが、手が触れる寸前にミイムは突然上昇してしまった。

「ヤブキてめぇこの野郎!」

 ミイムはピンクの長い髪を振り乱しながら、ヤブキに向かって突っ込んでいった。それを止める暇などなかった。
アウトゥムヌスとピザに集中していたせいで対処が遅れたヤブキは、まともにミイムのドロップキックを喰らった。
だが、紋付き袴を汚してはいけないと頑なに思っているらしく、ヤブキにしては俊敏に姿勢を戻して立ち上がった。

「何するんすか!」

 ヤブキが言い返すと、ミイムはゆらゆらと揺らぎながら地面に降り、けたけたと笑った。

「かぁくごしやがれぇ」

 ミイムはヤブキの背後にあった一斗樽を浮かび上がらせると、目の前に落とし、柄杓を使って豪快に飲んだ。

「れめぇのうびへっこひっおぬいれやるー!」

 二杯目でべろべろに酔ったらしく、ついに言葉が聞き取れなくなった。アウトゥムヌスは食事を中断し、通訳した。

「てめぇの首根っこ引っこ抜いてやる」

「みゃははははははははは、へっこんふぁんかしやらって、らうきのくえにならいきやー!」

「結婚なんかしやがって、ヤブキのくせに生意気だ」

「ひょうというひょうは、うっころひてやるぅー!」

「今日という今日は、ぶっ殺してやる」

 アウトゥムヌスは通訳を終えると、食べかけのピザを囓った。ヤブキはしばし呆然としていたが、逃げ出した。

「それなんてジャイアニズムっすかー!」

「うるへぇにへんなあほんららー!」

「うるせぇ逃げるなアホンダラ」

 ヤブキを追い回し始めたへべれけのミイムを見つつ、アウトゥムヌスは大皿に残っていた最後のピザを取った。
これは、放っておくに限る。そう判断したのはマサヨシだけではなく、イグニスもトニルトスも最初から傍観していた。
ハルは二人のことが心配げだったが、サチコに手を出さない方が良いと言われたので大人しく椅子に座っていた。
ミイムから酒が抜けるまでは、この状態が続くだろう。だが、抜けるには相当時間が掛かりそうだと誰もが思った。
 ミイムはヤブキを追う傍ら、サイコキネシスで一斗樽を引き摺っていたからだ。





 


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