アステロイド家族




ルーザー・イン・ザ・スカイ



 翌日から、新たな戦いの日々が始まった。
 プロケラを従えたトニルトスは、南極へと向かうウィオラケウミオンとアトルミオンを迎撃し、両軍を制圧した。
ニンブスのこともあり、プロケラはひどく落ち込んでいたが、命令を下すと逆らうこともなく素直に攻撃を行った。
両軍から反撃を受けてカエルレウミオンも損害が生じたが、両軍に与えた損害に比べれば軽微なものだった。
 それからあまり間を置かずに、今度はフラウミオンがカエルレウミオンの領土へと大規模な侵略を開始した。
大方の予想通り、AIを改造されてしまったニンブスはフラウミオンに利用されて、戦場の真っ直中に投入された。
エネルギーシールドを張りながら猛攻してくるフラウミオンの戦線の中心には、かつての仲間のニンブスがいた。
 プロケラと同等の体格を持つ巨体の機械生命体、ニンブスは、改造により自己認識回路を著しく損傷していた。
記憶回路も全て抜かれているらしく、カエルレウミオンの軍勢を目にしても反応することはなく、突っ立っていた。
プロケラやサピュルスが呼びかけても反応せず、意志を持たぬ破壊兵器と化した彼は無差別に破壊を行った。
 ニンブスの進行方向で戦線を張っていたカエルレウミオンは甚大な被害を受けたが、プロケラの動きは鈍い。
ニンブスの放つミサイルの雨を無抵抗に浴び、巨体の繰り出す拳に打ちのめされても、応戦する気配はなかった。
このままでは、プロケラが原因でカエルレウミオンは全滅する。プロケラさえ立ち上がれば、戦況は覆せるはずだ。
プロケラを守るための地上部隊に混じり、戦況を見ていたトニルトスは浮上すると、彼女の顔の傍まで接近した。

「戦え、プロケラ!」

 プロケラの外装から立ち上る熱気は強烈で、陽炎すら浮かんでいた。だが、彼女は首を横に振る。

「出来ないよ。だって、ニンブスはニンブスなんだもん…」

「甘ったれたことを言うな! あれを倒さなければ、我が軍は全滅だ! カエルレウミオンの存亡に関わる!」

 トニルトスはプロケラの聴覚センサーの傍で叫ぶが、プロケラは頭を抱えてしまった。

「だって、だってぇ!」

「いい加減に自分の立場を弁えろ! お前一人が立ち上がるだけで、どれほどの仲間が救えると思うのだ! お前が地に膝を付いただけで、どれほどの仲間が死ぬと思うのだ! それでもお前はカエルレウミオンの戦士か!」

「戦士だよ、だけど、ニンブスは僕の友達なんだもん!」

「ならば、なぜその友の殺戮を止めようと思わない!」

 トニルトスの絶叫に、プロケラは声を詰まらせた。

「だって…」

「腰抜けが」

 トニルトスは吐き捨て、プロケラに背を向けた。たったこれだけの会話の間にも、何人もの兵士が死んでいった。
ニンブスの猛攻は止まらない。戦闘車両を踏み付けて破壊し、上空を行く戦闘機を撃墜し、歩兵を蹴散らしていく。
怒号と悲鳴が轟き、爆音が絶え間なく響く。黒い煙に混じる濃密なオイルの匂いに、トニルトスは胸が悪くなった。

「立て。立たねば、死ぬ」

 トニルトスはそれだけ言い捨てると、前進した。このままプロケラの傍にいても、流れ弾に当たってしまうだけだ。
だったら、少しでも前に出て戦闘に参加した方が余程マシだ。一人でも多くのフラウミオンの兵士を、殺さなくては。
プロケラの小さな声が聞こえたような気がしたが、爆音に掻き消された。トニルトスは急浮上し、武器を展開した。
左腕に内蔵されたパルスビームガンと、背部に装着した翼に似た放電板を伸ばし、爆風を切り裂いて降下した。
途端に、地上から嵐のような銃撃が行われる。トニルトスは敵兵の銃口から吐き出される弾を避け、身を翻した。
上昇すると見せかけて一気に急降下し、歩兵部隊の中心へと飛び降りた。無数の銃口に睨まれた瞬間、叫んだ。

「エレクトリック!」

 トニルトスは背部の放電板を全開にし、体内で増幅させた膨大な電力を解き放った。

「ストォオオオオオオムッ!」

 青白い雷光が、地面を駆け抜ける。フラウミオンの兵士の体を伝い、伝い、伝い、伝い、周囲数キロに広がった。
汚れた大気にイオンが混じり、青い装甲に電流が撥ねる。程なくして、過電流を浴びた兵士の胴体が吹き飛んだ。
過剰なエネルギーを受けて、動力機関が暴走したためだ。多少の時間差はあったが、次々に兵士が破裂していく。
トニルトスは焼け焦げた大量の死体の中心に立って、肩を上下させた。いきなり飛ばしすぎたか、と軽く自戒する。
プロケラの態度に苛立って、放出する電流の出力を高めすぎた。背部の放電板も過熱して、薄い煙を上げている。
 ふと、敵と目が合った。フラウミオンの軍勢の中心に立つ小柄ながら大きな両手足を持つ司令官、トパジウスだ。
フラウミオンを率いる最強の防御力を持つ機械生命体、トパジウスは青い瞳をにっと細め、トニルトスを見据えた。

「やるな。だが、気に入らねぇ」

 トパジウスは体格に反比例して大きな手を挙げ、真っ直ぐにトニルトスを指した。

「やれ、ニンブス。次はあれだ」

 トパジウスからの命令を受けたニンブスは愚直に頷き、真っ二つに折った戦闘機をぞんざいに投げ捨てた。
トニルトスは退避行動を取るべく背部のスラスターを開いたが、消耗が激しすぎたため、一瞬だが点火が遅れた。
だが、敵はその一瞬を見逃さなかった。ニンブスは両腕のミサイルポッドを開いて、照準をトニルトスに合わせた。
弾幕から逃れるために空中へと飛び上がったが、位置が悪かった。トニルトスは、弾幕の中心に飛び込んでいた。
 煙の尾を引いて空中を突き進む大量の円筒が、こちらに降ってくる。小型だがそれ故に密集すると威力は高い。
ニンブスが発射したミサイルの数は、どう見積もっても数百はある。そんなものを一斉に受ければ、粉々に砕ける。
だが、最後の抵抗はしてやろう。トニルトスは動力機関に繋がるケーブルを千切るべく、腹部装甲を握り締めた。
 濃密な硝煙の匂いが熱を伴って接近し、着弾するかと思われた時、空を覆うほどの巨体がミサイルを遮った。
壁のような腕の向こうで、無数のミサイルが破裂する。トニルトスは腹部装甲から手を外して、防御態勢を取った。
腕の主は、プロケラだった。重みのある熱風が吹き抜けた後、トニルトスが顔を上げると、彼女は立ち上がった。

「ニンブス…」

 プロケラは切なげに上擦った声でニンブスの名を呼んだが、彼はやはり反応しなかった。

「ごめんね」

 プロケラはトニルトスを安全な位置まで下がらせてから、拳を下げ、身構えた。

「ニンブスは僕の大事な友達だよ。でも、僕の新しい友達を殺すことは、絶対に許さない」

 再びトパジウスに命じられたニンブスはプロケラの前まで歩み出ると、同じように拳を固め、腰を落として構えた。

「だから」

 プロケラは腰を捻って巨大な拳を振り上げると、同じく拳を振り上げてきたニンブスに叩き付けた。

「僕は、君を倒す!」

 プロケラの水色の拳が、ニンブスの藍色の拳と当たる。大地が揺れるほどの衝突音と衝撃波が、戦場を抜けた。
プロケラはニンブスの拳を押し切ってしまうと、巨体にも関わらず大きく跳躍し、ニンブスの胴体に膝を突っ込んだ。
膨大な質量に伴った衝撃でニンブスは体を折り曲げ、たたらを踏んだ。プロケラは彼の足を払い、姿勢を崩した。
 ニンブスはそのまま倒れ込むかと思われたが、プロケラの腕を掴んで引き摺り寄せ、空中で体勢を反転させた。
プロケラはニンブスの下になり、背中から地面に叩き付けられた直後、ニンブスの両足に胴体を踏み付けられた。
苦しげな呻きを漏らしたが、プロケラはニンブスの両足を力任せに持ち上げて、強引に彼の両足を外側に捻った。
藍色の装甲が割れ、ねじ曲げられた内部器官が飛び散る。黒い油の瀑布を浴びながら、彼女は足を投げ捨てた。

「どうしたの? ニンブス?」

 膝から下を失って地面に転げたニンブスを見下ろし、立ち上がったプロケラは全身の火器を展開した。

「これからが本番じゃない」

 彼女の両肩、両上腕、両腕、両手、胸部、腹部、両脚部から伸びた無数の砲口から、超高温の閃光が迸った。
その閃光は、プロケラの影を掻き消してしまうほどの光量を持ち、敵のシールドすら貫くほどの熱量を持っていた。
彼女の熱線を全て浴びせられたニンブスは分厚い装甲を溶かされ、抗う間もなく動力機関が過熱して、爆砕した。
その瞬間に赤く溶けた金属が無数に分裂して飛び散り、戦場に降り注ぎ、カエルレウミオンの本陣にまで届いた。
トニルトスも灼熱の飛沫を浴びそうになったが、なんとか回避し、熱線を放射し続けるプロケラの背後に接近した。

「もういい、プロケラ。撤退しろ」

「なんで? やっと、僕も調子が出てきたのに」

「今のお前の攻撃で、フラウミオンは主戦力を失った。これ以上の攻撃は、こちらも消耗するだけだ」

「やだ。僕はまだ戦う」

 プロケラの幼子のような物言いに、トニルトスは苛立ちが呼び戻された。

「いいから私の命令を聞け!」

「やだ」

 プロケラは首を横に振り、身動ぎもせずにこちらを睨んでいるトパジウスへと大きな手を伸ばした。

「もっと、殺すの」

「んだよ、つまんねぇな。あれっぽっちの砲撃で溶けちまうなんて、装甲が薄っぺらいにも程があるぜ。所詮、カエルレウミオンはカエルレウミオンってことか」

 近衛兵が逃げまどう中、トパジウスだけは平然と立っていた。その余裕が、司令官たる証拠とも言えた。

「防御ってぇのはな!」

 トパジウスは両腕を突き出してプロケラに向けると、シールドジェネレーターを作動させ、光の壁を生み出した。

「こうやるんだよ!」

 トパジウスを中心にして、平面の黄色の閃光が広がった。閃光がプロケラの右手を貫き、その手首を切断した。
あらゆる攻撃を防ぐことの出来る光の壁なら、出来ない芸当ではない。光の壁の向こう側で、ずるりと右手が滑る。
右手が切断されたことに気付いたプロケラは黒い筋が流れ落ちる右手首を挙げたが、呆然としているだけだった。

「だが、今日はちょっと分が悪いぜ」

 トパジウスは両腕を下げると苦々しげに舌打ちし、背を向けた。

「全軍撤退! 自陣へと帰還する!」

 トパジウスから下された命令に、逃げ惑っていたフラウミオンの兵士達は規律を取り戻し、一斉に撤退を始めた。
その様に、トニルトスは安堵した。プロケラに戦意が生まれたのは良いが、無闇に暴れてはただ消耗するだけだ。
それに、こちらも被害を受けた。プロケラは不思議そうに切断された右手と手首を見ていたが、急に膝を落とした。

「いたい、よぉ…」

 プロケラはオイルがだらだらと流れる右手首を押さえ、背を丸めた。

「いだいぃいいいいっ!」

 突然張り上げられた甲高い絶叫をまともに聞き取ってしまい、トニルトスは聴覚が少し痺れてしまいそうになった。
トニルトスが傍にいることも忘れたのか、プロケラは泣きじゃくった。先程まで見せていた戦意は、影も形もない。
何度となく、痛い、と繰り返しているだけで、立ち上がろうともしない。地面に座り込んで、ただひたすら泣いている。
 トニルトスはプロケラの脆弱さに内心で呆れつつも、敵の様子に気を配った。今、追撃されれば一溜まりもない。
トパジウスと共に撤退を始めたフラウミオンの軍勢は、戦場から大分遠のいていた。だが、油断してはならない。
サピュルスから撤退命令が出るまでは、気を抜けない。トニルトスはプロケラの肩に腰を下ろし、戦場を見渡した。
青と黄色の兵士の死体が入り乱れ、判別が付かないほど装甲が焼けた者もあり、中でも目立つのがニンブスだ。
 プロケラから最大出力の砲撃を注がれた彼は装甲だけでなく部品という部品が溶け、赤い液体と化していた。
ごぼごぼと煮え滾った液体からは高温の煙が吐き出され、周囲に散らばっている兵士の死体をも溶かしていた。
だが、その攻撃を行った主は、弱々しく泣いている。彼女は、人格に見合わない能力を持って生まれたのだろう。
 この星では、よくある話だった。


 戦闘を終えたプロケラを回収した空中戦艦に、トニルトスも乗艦した。
 この空中戦艦でもやはりプロケラの巨体は艦内に運び込めないので、彼女は甲板の上で治療を受けていた。
一通りのメンテナンスと補給を終えたトニルトスが甲板にやってくると、プロケラは直った右手首を動かしていた。
日が暮れて夜になっていたため、彼女の姿は粘ついた闇の中に沈んでいたが、その存在感は変わらなかった。
トニルトスが近付くと、プロケラは右手首を動かすのを止めた。夜間なので、彼女の挨拶の声量は控えめだった。

「やっほー」

「右手の調子はどうだ」

 トニルトスが尋ねると、プロケラは右手を握って見せた。

「うん、バッチリだよ。でも、まだ自己修復が完全じゃないから、明日は一日待機だってさ」

「当然の処置だ」

「トニルトス」

 プロケラは両腕で膝を抱え、トニルトスを見下ろしてきた。

「僕、ニンブスを殺しちゃったんだよね」

「そうだ」

「あんなにニンブスを殺したくないって思っていたのに、立ち上がって戦ったら、躊躇いなんてなくなっちゃったんだ。いつも、いつも、そうなんだ。戦いたくないって思っているのに、戦いを始めちゃったら皆を殺しちゃうんだ」

「それは我らという種の本質であり、本能だ。戦わぬ機械生命体は機械生命体ではない」

「うん。解っている。でも、やっぱり思っちゃうんだ」

 プロケラは膝に顔を埋め、背を丸めた。

「なんで、僕はこんなことをしているんだろうって。どうして、機械生命体は戦わなきゃならないんだろうって」

「青き体を持って生まれたのであれば、カエルレウミオンの繁栄と名誉のために尽力すると決まっている」

「トニルトスは真面目だなぁ」

 プロケラは力なく笑った後、巨体に似合わない糸のように細い声で呟いた。

「ねえ、ちょっとだけ泣いてもいい?」

「戦場で散々泣いたではないか」

「あれは、物凄く痛かったからだよ。でも、今度のは違うんだ。本当にちょっとだけだから、ね?」

 プロケラから懇願され、トニルトスは舌打ちした。

「特例だ。許可してやる」

 ありがとう、と小さく礼を述べたプロケラは、両手で顔を覆った。出もしない涙を絞り出すかのように、泣いた。
機械生命体は、泣くための機能を持っていない。泣いたところで分泌物は何もなく、エネルギーの無駄遣いだ。
トニルトスもそう思っていたが、下手に抑圧してまた暴れられでもしたら面倒だと判断したから許可しただけだ。
 よくも、こんなに泣けるものだ。それは女だからか、心が弱いからか。トニルトスからしてみれば、弱いだけだ。
トニルトスは、生まれてから一度も泣いたことはない。泣いている暇があったら、立ち上がって戦っているからだ。
何度見ても、無駄な行動だ。トニルトスはプロケラに背を向けて甲板に腰を下ろし、時折見える星々を見上げた。
 戦う理由はあるが、戦う意味を考えたことはない。戦うしかないと思うからこそ、武器を取って立ち上がり、殺す。
武器を捨てれば殺される。殺さなければ殺される。多少の栄誉も欲しているが、それは飽くまでも副産物なのだ。
戦うことは快楽であり、殺戮は快感だ。それは、生まれた時から思考回路の奥底に染み付いている価値観だ。
今更、それに疑問を持つはずがない。プロケラの言葉の意味を考えることを拒絶し、トニルトスは夜空を仰いだ。
 全身に残留する戦闘の余韻が、この上なく心地良かった。





 


08 9/11