アステロイド家族




乱れた白昼



 長女には、長女の意地がある。


 柔らかな微睡みが、緩やかに終わった。
 タオルケットに顔を埋めて寝返りを打ち、小さく呻く。瞬きを繰り返すと、ぼんやりとした視界が次第に晴れた。
天井に差し込む日差しは少々傾いているが、夕方と呼ぶには少々高すぎる。広いリビングは、静まり返っていた。
それもそのはず、リビングにはウェールしかいないのだ。体を伸ばしてから、身を起こし、寝乱れた髪を整えた。
 勉強を終え、昼食を終え、妹達と寛いでいるうちにいつのまにか眠ってしまったようだ。それも、一時間以上も。
ホログラフィークロックに表示されている時間は午後二時半を経過しており、気怠くも心地良い昼下がりだった。
耳を澄ましてみるが、二階からも一階の他の部屋からも妹達や他の家族の声は聞こえず、気配も感じなかった。
皆は、外に行っているのだろう。次女は自主訓練、三女はヤブキと共に畑仕事、四女はミイムと花摘みだろう。
いつもはウェールも誰かしらに付き合っているのだが、ぐっすり昼寝をしたせいで取り残されてしまったようだった。
放置されたことを若干不満に思いつつ、ウェールはソファーから下りてタオルケットを畳み、キッチンに向かった。

「ガンマ、いる?」

 冷蔵庫を開けてオレンジジュースのボトルを取り出しながら、ウェールが尋ねると、スパイマシンが現れた。

〈ここにおります、ドーター・ウェール〉

「他の皆、どうしてる?」

 手近なコップに注いだオレンジジュースを飲みながらウェールが問うと、ガンマが返した。

〈現在、このコロニーを含んだアステロイドベルトの一帯に磁気嵐が発生し、通信障害が起きております〉

「そういえば、朝の宇宙予報でそんなこと言ってたっけ」

〈必要でしたら、私のスパイマシンを出動させて映像と音声を取得させますが〉

「いいよ。急ぎの用事でもないから、そこまでする必要ないよ」

 ウェールは目玉に似たスパイマシンを指先で小突いてから、コップを洗い、洗いカゴに載せた。

「ゲームするのも悪くないけど、対戦相手がガンマじゃ勝てないしなぁ。本を読むとまた眠くなっちゃいそうだし、一人でアニメ見てもそんなに面白くないし、どうしようかなぁ…」

 父親に似た茶色の髪を手で撫で付け、寝癖を直しつつ、ウェールは独り言を漏らした。

「一人で家の中にいてもつまんないや。とりあえず、外に行こうっと」

 ウェールはキッチンを出て廊下を抜け、玄関に向かった。ガンマもそれに従って、ウェールの後を追ってきた。
何をして遊ぶかは、外に出てから考えればいい。今日は天気が良いから、何をしたとしても楽しいに違いない。
ウェールは玄関のドアを開け、歩き出しかけて足を止めた。見慣れないものが、進行方向に立っていたからだ。
 白い日差しの中に、異様な茶褐色の物体が立ち尽くしていた。丸い頭部からは、細長い触覚が生えている。
油を塗ったような光沢を帯びており、上、中、下、と合計六本の足が生えていて、目には瞳らしいものは見えない。
胸は分厚く盛り上がり、先細りだが丸い腹部は節が付いていて、全ての足の先端には指はなく爪が揃っていた。
身長がやたらと高く、ウェールの倍近くはあった。ヤブキの身長と比例して考えても、二メートル以上は優にある。
プロポーションは人間に近しく、人型昆虫と称すべき外見だが、コロニーの中にいる虫はこんなに大きくはない。
訳の解らないことに、首には真っ赤なマフラーを巻いている。ヒーローなら似合うだろうが、昆虫では不気味だ。
 きちきちきちきち。ぎちぎちぎちぎち。金属的だが生々しい異音が耳を掠め、ウェールは眉根を歪めてしまった。
見たことがあるとは思うが、すぐには思い出せなかった。ぞわぞわと肌が粟立って、不快感が込み上がってきた。
勢い良くドアを閉めたウェールは、普段は掛けることのない鍵を掛け、今し方目にした者が何なのか思い出した。

「もしかして、あれ、ゴキブリ…?」

 うえぇ、と声を潰し、ウェールは二の腕をさすった。確か、あれは旧時代に猛威を振るった害虫ではなかったか。
以前、旧時代の生物にやたらと詳しいヤブキから教えられたことがあり、皆が強烈に気持ち悪がった虫だった。
妙に油っぽい外見もさることながら、一匹現れれば三十匹は潜んでいる、との猛烈な繁殖能力がおぞましかった。
どんな場所でも生き延びることが出来て、固く閉ざした食糧庫へも侵入し、いつのまにか食品を食い荒らしている。

「いやああああああ!」

 そのゴキブリが至近距離にいることが耐えきれず、ウェールは逃げ出した。

「何あれ何あれ何あれ何何何なのー!」

 廊下を駆け抜けたウェールは、一番奥の壁際に辿り着いて背を当て、わなわなと震えた。

「ガンマぁ、あれ、なんでいるのー!」

〈ドーター・ウェールが玄関のドアを開ける数秒前、空間超越反応を確認しました〉

 ウェールの傍に寄ったガンマは動じることなく、淡々と答えた。

「じゃ、じゃ、じゃあ、あれ、テレポートしてうちの前に来たってこと?」

 青ざめたウェールに、ガンマはやはり平坦に答えた。

〈カタパルトへの侵入反応はありませんでしたので、高確率で空間超越による侵入だと思われます〉

「いやぁ何それ、気持ち悪すぎるぅ!」

 頭を抱えたウェールが座り込むと、ガンマはスパイマシンを下げてウェールを覗き込んだ。

〈侵入者に動きがありました。現在、玄関前方五メートル、四メートル、三メートル、二メートル、一メートル…〉

 カウントダウンが終わると同時に、チャイムが鳴り響いた。普段は絶対使うことのない、呼び鈴が押されたのだ。
考えるまでもなく、それを押したのはあの害虫に間違いない。ウェールが恐る恐る顔を上げると、再度鳴らされた。
柔らかく明るい電子音なのに、びくりと肩が跳ねた。後退ろうとしても、壁に阻まれて動けず、膝が笑ってしまった。

「うぇえ…」

 怖い。気持ち悪い。逃げたい。ウェールは涙目になるが、チャイムの音は止まらない。

「や、やだぁ…」

 ずりずりと壁沿いに這い進んだウェールは、階段に足を掛けた。二階に逃げれば、少しは害虫との距離が開く。
階段の壁に手を添え、足を上げた。ぎっ、とウェールの体重を受けて板が軽く軋み、緊張で乾いた喉が痛かった。
 一段、二段、三段、と慎重に昇っていたが、足を止めた。いつのまにか、チャイムの音がぴたりと止んでいた。
何度も鳴らしていたのに、急に止まるのは妙ではないか。嫌な汗が首筋に滲み出し、背筋を伝って流れ落ちた。
そう思うと、二階に昇ることすらも怖くなったが、二階に出なければもっと怖い。ウェールは唇を締め、足を進めた。
踊り場に入り、深呼吸して気分を落ち着けてから、ウェールは自分を鼓舞するために作り笑いを浮かべようとした。
だが、顔全体が強張って上手く行かなかった。恐怖心と戦いながら顔を上げると、二階の廊下の窓が翳っていた。

「…え」

 真正面の窓に、異物が貼り付いていた。逆光が輪郭を淡く縁取り、長い触覚がゆらりと揺れる。

「うぎゃあああああっ!」

 再度絶叫したウェールは階段を駆け下り、一階の廊下に座り込んで泣きじゃくった。

「なんでなんで、なんで上にいるのぉー!」

〈あの昆虫は飛行能力を有していますので、なんら不思議なことではありません〉

 ガンマが冷静に解説してきたので、ウェールは逆上した。

「解るよそれぐらい! 羽があるんだから! でも怖いんだから仕方ないじゃん!」

〈申し訳ございません〉

「うぁあああんっ、もうやだぁー!」

 ぼろぼろと涙を落としながら、ウェールは頭を抱えた。

「お父さん、助けてぇ! お兄ちゃあん、ミイムママぁ、早く帰ってきてよぉー!」

〈マスターがコロニーに帰還するまでの所要時間は、およそ百二十九時間二十四分です〉

「解ってるよぉ!」

〈通信状態が改善するまでは、最低二時間は掛かります。また、サブマスター・ヤブキ、サブマスター・ミイムの帰宅時間は不明ですが、御両人は徒歩では最低三十分は掛かる距離の地点に赴いております〉

「解ってるってばぁ!」

〈また、ドーター・アエスタス、ドーター・アウトゥムヌス、ドーター・ヒエムスは、身の安全を考慮し、侵入者を排除するまでは帰宅を促さないべきかと判断しております〉

「解ってるから、黙っててよぉ!」

〈ですが、ドーター・ウェール。現在、ドーター・ウェールは興奮状態にあり、冷静な判断力を失っております〉

「だから、解ってるって!」

〈理解しておられるのでしたら、尚更私に判断を委ねるべきだと判断しております〉

「うー…」

 杓子定規な言葉しか出さないガンマに苛立ってしまい、ウェールは目玉に似た形状のスパイマシンを睨んだ。
確かに、今のウェールは恐怖と動揺で怯え切っている。判断能力も落ちているだろうし、それ以前に子供なのだ。
だから、ガンマから指示を受けて行動した方が安全に違いないのだが、十歳児にもなけなしのプライドがあった。
 ゴキブリは怖い。気持ち悪い。けれど、やられっぱなしでいるのは情けない。そして、自分は長女なのだから。
四姉妹の長姉であるとはいえ、同い年なので姉としての区別はあまりなく、姉らしさはお姉様と呼ばれる程度だ。
だが、長姉だからと言って秀でた部分は特にない。平均的で模範的だが、個性に欠けているのもまた事実だった。
 きっと、これはお姉ちゃんらしさを示せるチャンスだ。そうに違いない。そう考えるべきだ。たぶんきっとそうだ。
勝手に考えて勝手に納得したウェールは、ぐいっと力任せに涙を拭って、恐怖心を振り払うために深呼吸した。

「おっしゃあ!」

 イグニスを真似て拳を突き上げたウェールは、廊下を駆け出した。

「私はお姉ちゃんなんだもん、頑張らなきゃ!」

 家を守るため、ゴキブリと戦おう。ヤブキから聞かされた話を思い出しながら、どうすれば倒せるか考え込んだ。
リビングに飛び込み、ゴキブリがやってきても見ないためにカーテンを締めてから、ウェールはキッチンに入った。
マサヨシの持っている武器は危ないし、ロックが掛けられているので使えないが、調理器具の類はそうではない。
だが、普段使っているもので戦うわけにはいかない。虫を切った包丁で作った料理など、さすがに食べられない。
その上、接近戦など不可能だ。アエスタスのように訓練などしていないのだから、近付いたところで負けるだろう。
 となれば、化学兵器に限る。ウェールはシンク下の収納を開け、鍋とは離れた位置に置かれた洗剤を見つけた。
シンクの水垢を取るために使うクエン酸溶液が入ったスプレーと、焦げと油汚れを落とすために使う重曹を出した。

「こっちは解るとして、こっちはどうやって使うんだろう?」

 スプレーを傍らに置いてから、ウェールは重曹が詰まったボトルを開けた。中には、白い粉が入っていた。

「んで、これって食べられるんだよね。食品、って書いてあるし」

 ウェールは指先を舐め、少しだけ重曹を付けてから口に含み、目を丸めた。

「うわあ、シュワシュワするぅ! 面白ーい!」

 もう一度、と舐めかけて本題を思い出した。これはゴキブリと戦うための武器なのだから、舐めるべきではない。
それ以前に、いくら食品と言えど洗剤は洗剤なのだ。舐めすぎては体に毒だ。ウェールは己を戒め、蓋を閉めた。

「よっし!」

 ウェールはスプレーとボトルを手にして立ち上がったが、首を捻った。

「んで、どうやればいいんだろう?」

 これらをゴキブリに掛けるにしても、近付かなければ無理だ。しばらく考えてから、思い付いた。

「罠を張ろう」

 くどいようだが、ヤブキが言っていたのだ。旧時代、ゴキブリに対抗するために人間は罠を仕掛けていたのだ。
粘着性のシートを貼ったものをキッチンや家の隅に置き、毒餌を配置した。決定打ではないが、有効ではある。
だが、そんな粘着シートなど家にあるはずがない。工作に使うテープでは細すぎるし、すぐに見つかってしまう。
それに、罠に仕掛けるための餌が必要だ。ウェールはスプレーとボトルを抱え、冷蔵庫を開けて中を覗き込んだ。
 今日の昼食はヤブキが作ったのだが、手巻き寿司だった。使い残しの具材と、海苔が少しばかり残っていた。
酢飯は残っていないが、普通の白飯は冷凍されている。冷凍庫を開け、岩石のような白飯を二つほど取り出す。
それをオーブンレンジに入れ、解凍させた。手近な茶碗を取ってラップを敷き、その中に解凍した白飯を入れる。

「適当でいいよね、どうせ餌なんだし」

 白飯の中央を窪ませてから、細長く切られたキュウリを短く折って入れ、次に納豆、アボカド、と詰めた。

「あつっ」

 白飯の熱さに辟易しながら、ウェールは具を詰めたおにぎりを手の中で何度も転がし、それらしい形に整えた。
ラップを開いて海苔を貼ると、おにぎり自体が大きすぎて白飯がはみ出してしまったが埋める必要はないだろう。
ウェールは出来たてのおにぎりを小皿に載せてから、手を洗い、熱を冷ましながら罠に出来そうなものを考えた。

「ゴキブリ用の罠っていうのは、ベタベタで足をくっつけちゃうものなんだよね。だから、ベタベタしたものを塗った板か布を仕掛ければいいんだろうけど、そんなに都合の良いものってあったっけ…」

〈主に宇宙船の緊急修理に用いる接着剤が納戸にありますが〉

 ガンマが近付いてきたので、ウェールは振り向いた。

「それ、使えるの? ていうか、私が使ってもいいの?」

〈はい。強力な接着剤ですが、剥離剤を塗布すれば簡単に剥がれますし、含有成分に有毒物質は一切含まれておりませんので、壁の補修や棚の設置などに用いられております〉

「んじゃ、それで罠を作ろう! ありがとう、ガンマ!」

 ガンマを撫でようとして、ウェールは先程のことを思い出し、眉を下げた。

「さっきは怒ったりしてごめんね、ガンマ」

〈私の方こそ、申し訳ありませんでした。ナビゲートコンピューターの分を越えた発言をしてしまいました〉

「ガンマは悪くないよ、だって私を心配してくれたんだから」

 少し冷めたおにぎりを持ち、ウェールは意気込んだ。

「悪いのは、あのゴキブリ! 皆が帰ってくる前に、お姉ちゃんが倒しちゃうんだから!」

 使った食器を片付けてから、ガンマを伴ってキッチンを出たウェールは、いかに上手く罠を張るか頭を巡らせた。
その接着剤を地面に塗ってしまっては、片付ける時が大変だ。ヤブキにも、ミイムにも、怒られてしまうことだろう。
ならば、板や布に塗ってから敷いた方が良い。けれど、粘着シートをあからさまに置いたのでは全く意味がない。
せっかく作った餌も、不自然な場所に置いては怪しまれてしまうだろう。出来るだけ、自然な位置に置かなければ。
 納戸から接着剤の入ったボトルを取り出したウェールは、それを塗るのに良い大きさのビニールシートを出した。
海や山に出掛けた際に敷布に使っているものだが、多少の犠牲は仕方ない。それを広げて、しばらく考え込んだ。
そして、傍らに浮かんでいるガンマを見た途端に閃き、スパイマシンを両手で掴んだウェールはにやにやと笑った。
 最高の作戦だ。




 のどかな昼下がりだった。
 農作業が一段落したヤブキは、農作業を手伝っていたアウトゥムヌスと共に倒木に腰掛け、休息を取っていた。
自宅から持ってきた水筒に詰めてきた麦茶を与えると、アウトゥムヌスは喉を鳴らして飲み、息を吐いて弛緩した。
少女の横顔を見つつ、ヤブキも水筒のキャップを兼ねたコップに注いだ麦茶に飲用チューブを差し、啜り上げた。
 畑には、丸々と成長したキャベツが並んでいた。葉が上手く巻かなかったものもあるが、大多数が成功作だ。
畝に茂った雑草は二人掛かりで毟ったおかげでほとんどなくなり、毟られた雑草は畑の傍らに山積みにされた。

「ほい、むーちゃん」

 ヤブキが麦茶と共に持ってきた堅焼き煎餅を差し出すと、アウトゥムヌスは受け取り、囓った。

「頑強」

「煎餅っすからね」

 ヤブキも堅焼き煎餅を囓り、破片を口中に入れて噛み砕いた。醤油を重ね塗りしてあるので、塩気が強い。
喉が乾く味だが、ひとしきり働いた後では格別だった。サイボーグでもそう思うのだから、生身なら尚更だろう。

「ジョニー君」

 堅焼き煎餅を半分食べ終えたアウトゥムヌスは、山の斜面を見上げた。ヤブキも顔を上げ、その視線を辿る。
濃緑の葉が生い茂っている緩やかな斜面では、スケッチブックを広げたミイムとヒエムスが並んで座っていた。
二人は互いに描いた絵を見比べながら、楽しげに言葉を交わしている。今日は花摘みではなく、スケッチらしい。
ミイムは手先が器用なので絵が上手く、ヒエムスもなかなか色遣いが綺麗なので、成果は期待出来そうだった。

「いやあ、平和っすねぇ」

 早々に二枚目の堅焼き煎餅を囓るヤブキに、アウトゥムヌスは頷いた。

「良好」

 すると、空の一部が切り取られて前に倒され、カタパルトが伸び、格納庫の奥ではHAL2号が待機していた。
シミュレーターでは飽き足らなくなったアエスタスが実機を持ち出すのも、日常の一端なので別段驚くことはない。
電磁力を帯びていないカタパルトを踏み切ったHAL2号は身軽に跳躍し、脚部のスラスターから青い炎を噴いた。
戦闘訓練ではないので、HAL2号の身のこなしには余裕があった。空中を踏むように進み、高度を上げていく。
 HAL2号は妹達を見定めると、敬礼してみせた。ヤブキがアウトゥムヌスと共に手を振ると、振り返してくれた。
ミイムとヒエムスも手を振るが、こちらは声も出していた。HAL2号は二人にも手を振り返してから、急上昇した。
五メートルの巨体をしなやかに捻りながらアクロバットを行う様は、彼女なりのダンスを踊っているかのようだった。
HAL2号を操縦し始めた頃に比べると大分ぎこちなさは抜けていて、体重移動や姿勢制御のラグも減っている。
さすがにマサヨシには遠く及ばないものの、日々進歩している。見ている方が解るのだから、本人は尚更だろう。
 微笑ましい気分になりながら、ヤブキは三枚目の堅焼き煎餅を取り、半分に割ってアウトゥムヌスに銜えさせた。
齧歯類のように堅焼き煎餅を囓ったアウトゥムヌスは、少しばかり照れ臭そうに頬を緩め、ヤブキを見上げてきた。
 他愛もないからこそ、素晴らしい一時だ。







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